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知ってトクするシゴトの韓国語

ハイ・キャリアに韓国語関連コラムが初登場! 大学卒業後に韓国語の学習を始め、韓国留学。海運会社勤務後、2004年に韓国語スクールを設立した幡野さん。2010年には中国語講座も開始し、自身も中国語の学習を始め、現在上級レベルを目指し奮闘中なのだとか。そんな幡野さんから、韓国語の話、語学学習の話、そしてスクール運営をする中での様々な風景について語っていただきます。

第9回 「察してもらおう」とする日本人の日本語を、どう通訳・翻訳するべきか

「察してもらおう」とする日本人の日本語を、どう通訳・翻訳するべきか

先日、韓国フードコラムニストの八田靖史さんが主催する「第7回オレカテ(俺の韓流家庭教師)~韓国関係の仕事をする人、したい人たちの非営利勉強会」に参加してきました。この日の講師は、芸能界きっての韓国通で知られる女優の黒田福美さん(イベント詳細)。テーマは「となりの韓国人~傾向と対策」。黒田さんの韓国との付き合いの始まり、地方を旅するようになった理由、韓国・韓国人との仕事やビジネスでの付き合い方の心構えなど、黒田さんの、韓国・韓国人に対する変わらぬ情熱と愛に満ちあふれたあっという間の2時間でした。

その講演の中で黒田さんは、韓国の大陸性と日本の島国性について、「はっきり言わないとわからない韓国人」「はっきり言ったら失礼だと思う日本人」というふうに対比させ、その事例についてお話しくださいました。例えば飛行機の機内で日本人が「ビールありますか?」と聞く。これは「ビールが飲みたいので、ビールを持ってきてほしい」ということ。相手の反応として求めているのは「はい、ございます。お持ちいたしましょうか」です。しかし、場合によっては聞かれたほうは「あるかないか」を聞かれただけと思い、「はい、ございます」という答えしか返ってこないかもしれない......。

そう、日本人は、どちらかというとハッキリとものを言わず、無意識のうちに「察してもらおう」としていると思います。すると、通訳や翻訳の場面でどのようなことが起こるか......。私はこの日、数年前に当校で手がけた一つの短い手紙の翻訳のことを思い出しました。

「韓国語」「中国語」という看板を道ばたに掲げている当校に、「看板を見て」と、一人の初老の日本人男性が突然訪ねて来られました。なんでも、「息子がとある国の女性と国際結婚をしたいと言って困っている。ご破算にしてもらいたく(婚約を解消して欲しく)、その女性あての手紙を書いたので、翻訳をして欲しい」とのこと。「息子は何を言っても聞く耳をもたないから、相手に直接手紙をあてて(別れるよう)説得しよう」ということなのでしょう。

原稿をお預かりし、翻訳を承りました。A4用紙一枚に収まる手書きのお手紙。翻訳も手がけている当校のネイティブ先生が翻訳をしてくださいました。その内容についてはもちろんすべてをここに書くことはできませんが、かなり省略すると以下のような内容です。

「あなたたちはまだ若いからよく分からないかもしれないが、生まれた国が違うといろいろ大変なことがある。よく考えるように」

日本の文化で育っていたら、ここから「相手のお父さんが私たちを反対している。すなわち、別れて欲しいということなんだ」ということを汲めるかもしれません。しかし私は、これではきっと男性が手紙を書いた(別れて欲しいという)意図は、相手の女性の母国語に翻訳したところで通じないだろうと思いました。

そこで、翻訳をしてくださったネイティブ先生に「お父さんが別れて欲しいと思っていることは、手紙を読めば通じるでしょうか」と尋ねたところ、答えはNO。「おそらくこの文章を見たら、受け取った側は'相手の男性のお父さんは私たちを心配してくれている'としか思わないと思う」とのこと。

もう翻訳は済んでいましたが、依頼者の男性に「これでは通じませんよ。別れて欲しいなら、はっきり'別れてください'と書いた方がいいですよ」と、言うべきなのか悩みました。しかし、一度しかお目にかかっていない方に対し、そんな出過ぎた行動にはでられません。また、通訳者の基本的な心構えの一つに「私情を入れない。忠実に耳に入ってきた文章を訳す」ということがあります。

でもこれは「私情」ではないのではないか。当社は「心の橋渡し」をするために語学教育事業を行っている。男性が「当たり前」だと思っている「察し」の文化は、日本独特のものであること、そして他国では、はっきりとものを言うことが求められる、ということも伝えないといけないのでは、と葛藤しました。

例えばこれが、当事者同士が揃っている通訳の現場などであれば、「それは言い換えると、こういうことなんですね」「はい、とどのつまりはそういうことです」というやりとりを通じ、例えばこの事例で言うなら「別れて欲しい」という一言を本人から引き出すことができるのですが、文章をお預かりする翻訳だとそうはいきません。

結局、男性には何も言わず、お預かりしたお手紙をそのままその国の言語に翻訳したものをお渡ししました。ふと思い出しては、「はっきり'別れてください'と書いたら、彼女はショックを受けて二人の関係はこじれ、本当に別れてしまうかもしれない。しかしそのままだったら、'お父さんは心配しているのね。でも、私たちは大丈夫よね'と、なんだかんだ言いながら結婚して幸せになっているかもしれない」「いや、結局男女の間柄は本人同士の想い次第だから、たとえ親からの手紙でも、一通の手紙で左右されることはないのでは」など、あれこれと考えを巡らせています。私のとった行動が良かったのかどうか、いまだにわかりません。皆さんだったらどうされるでしょうか。

さて、第八回のオレカテは、「シゴトの韓国語と韓国語のシゴト」というテーマで、私が講演をさせていただくことになりました。韓国語を仕事で活かすにはどれくらいの韓国語力が必要なのか、韓国語を使った仕事にはどのようなものがあるのかなど、当校の受講生の皆さんやプロの先生方の事例をご紹介しながら、お話ししたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。


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プロフィール

幡野泉

幡野泉さん
早稲田大学第一文学部卒業。1998年、韓国・延世大学校韓国語学堂修了。韓国大手商船会社の日本総代理店に勤務後、有限会社アイ・ ケー・ブリッジ設立。04年には「シゴトの韓国語講座(現・アイケーブリッジ外語学院)」を開設し、ビジネス韓国語を中心とした講座運営を開始。同年、延世大学校韓国語教師研 修所、第20期研修過程修了。現在、「アイケーブリッジ外語学院」代表および「All About 韓国語」ガイド。著書に『明日から使えるシゴトの韓国語』(アルク)、『シゴトの韓国語 基礎編応用編』(三修社)、『リアルな表現が話せる!韓国語フレーズブック』(新星出版社)などがある。2010年の中国語講座開講をきっかけに中国語の学習を開始し、2012年にはHSK(新漢語水平考試験)の5級を取得。