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21世紀の通訳 -Interpreting in the 21st Century-

第55回 ポケモンGO

先週末は皆さんいかがお過ごしでしたか。私は今話題のポケモンGOをダウンロードし、プレイしてみました。好奇心からダウンロードしただけなのですが、やってみると懐かしさもあり(初代のポケモンが出たときに私は小学生でした)、友人と公園などでポケモンをゲットしてきました。

AR(Augmented Reality=拡張現実)を利用して楽しむこのゲームですが、事故や危険な場所への立ち入りなど、トラブルも相次いでいます。アメリカでは「原発はピカチュウを探す場所ではない」、ロシアでは「ポケモンがクレムリン(ロシアの大統領府)を訪れる理由はない」といった茶目っ気あふれるコメントが報道官から出ています。日本でも、菅官房長官が「私はポケモンはやっていませんが...」と言っていました。経済効果を期待した「ポケモノミクス」などの造語も作られています。デパートでは「ポケモントレーナーの皆さんへ、周りに注意してお楽しみください」といったアナウンスが流れており、注意を引くようなコミュニケーションを心がけているのが分かります。

それにしても、日本発のエンターテインメントが海外で広く楽しまれているのはうれしいことです。海外の友人ともポケモンについての話をしましたが、エンターテインメントの分野においても様々な異文化コミュニケーションの努力が見られます。

ポケモンについていうと、アニメの主人公はサトシという名前ですが、英語圏ではAshという名前に変えられています。また、ポケモンもピカチュウのように名前がそのまま使われているものもありますが、ほとんどは別の名前が使われています。

また、カスミというキャラクターがいますが、彼女は途中からトゲピーという卵のようなかたちをしたポケモンをゲットし、常に胸のところに抱えるようになります。これは、彼女は年齢の割に露出の激しい服を来ているので、ポケモンのアニメがアメリカに進出するときに、胸からお腹のあたりを隠すために持たせるようにしたと言われています。 日本ではコンビニなど、子どもが来るところにも性描写の激しい漫画などが置かれており、とくに欧米からは批判されていますが、こういった何気ないところにも文化的な配慮が隠れているのですね。ちなみに、ポケモンは進化しますが、この「進化」というコンセプトも、宗教によっては進化論を否定しているので、国によっては色々と表現を変えて使われているようです。

他にも、カルピスなどは海外で売られていますが、ある理由から英語圏ではカルピコと呼ばれています。私がイギリスでよく食べていた、Walkersのポテトチップス(ソルト・アンド・ビネガー味がおいしい!)もアメリカではLayと呼ばれているなど、固有名詞も国によって違うことがあります。カタカナの商品名が英語でもそのまま使われていると、通訳するのは楽ですが、そうでない場合はかえって通訳が難しくなりますね。


第54回 皇室

天皇が生前退位の意向を示したことが、ニュースを賑わせています。海外メディアでもカバーされていましたが、表現に違和感を覚えた方もいたのではないでしょうか。

私もしばらく前に、友人と英語で会話をしていたところ、友人が「Emperor Akihito」と言ったので少し戸惑いました。このような表現を海外メディアで耳にし、私のように一瞬思考停止に陥ってしまった方もいるのではないでしょうか。

日本では、報道でも日常会話でも、天皇の名前が出てくることはありません。天皇か、もしくは私の祖父母の世代であれば「天皇陛下」のように言います。皇后のことは「美智子様」とも言うので、名前に馴染みがありますね。英語でもEmpress Michikoのように表現されています。雅子様や悠仁様も同様です。

昭和天皇についてはEmperor Hirohitoという表現が使われています。皇太子はCrown Princeです。名前は徳仁ですね。ちなみに在任中の天皇は今上天皇と呼ばれ、存命中は年号をつけて呼ぶことはないそうです。亡くなることは「崩御」と言いますね。このような漢語は通訳泣かせですが、出くわすたびに覚えていくしかありません。

通訳で出てきた場合は、それぞれ日本語、英語で分かりやすいように訳す必要があります。言葉をそのまま訳すだけではいけないという好例になっていると思います。

イギリスにも王室がありますが、王室への態度は日本と比べると随分くだけているように感じます。土産物屋などに行くと、女王の顔が載っている皿が売られています。ファッションも注目されていて、全身ピンクのコーディネートは壮観です。対照的に、タイなどは非常に不敬罪については厳格なようです。日本も、どちらかというとタイ寄りでしょうか。実は私も、この記事を書く時に、最初は敬語を使って書いていました。読みやすさを考慮して平易に書き換えましたが、何となく失礼に当たる気がして、少し落ち着きません。

そういえば、昭和と平成も通訳泣かせですね。自分が通訳をしているときに、和暦を使われてしまい、詰まってしまったことはまだありませんが、資料に和暦が使われていることは結構あります。特に省庁からの通知などはほとんどが和暦です。


第53回 数字

通訳をしているときに、数字が出てくると、処理に苦労します。逐次通訳でも難しいですが、特に問題となるのは同時通訳のときです。事業会社の予算や売り上げ確認の会議などでは、順番に数字を見ていき、目標を達成したか、していないか、また理由はなんなのか、といったことを順番に話していきます。

このような場合は、数字は資料に書いてありますし、「125ミリオン」のように、位取りも日本語に直すことなく話が進んでいく場合が多いので、資料のどこを読んでいるかさえ分かればそんなに難しくはありません。

もちろん資料がない状態で数字が出てくることがあります。「今期の売り上げは125ミリオンドルです」は不自然ではないですが、「日本の人口は125ミリオン人です」とはさすがに言えません。

そのような場合は、日本語と英語では位取りが違うので、苦労することになります。One hundred...と聞こえてきたところで、すぐに100と訳出してしまうと、そのあとにtwenty five millionが続いた場合は、1億2500万と訳さなければならないので、言い直す羽目になります。そのため、最近はいきなり数字が出てきた場合には、まず書き取ってみるようにしています(私はまだ経験が浅いので、同時通訳のときに少し待つというのはとても怖いのですが...)。それとは逆に、数字はとにかく分かった段階ですぐ訳出するというテクニックもあります。例えば元発言が「X党は衆議院では⚪︎議席、参議院では△議席を占めています」であれば、X党は、⚪議席と△議席、衆参それぞれで占めています」のように、数字を先に出してしまうのです。

数字が出てくると、通訳者の負担が増すということは、研究結果でも裏付けられているそうです。私は日本語と英語の通訳で数字が出てきた場合は、ヨーロッパ同時の場合よりも位取りが違う関係で特に難しいと思うのですが、ヨーロッパ言語にも特有の問題があるのかもしれません。これは英語の例ですが、リンカーンによるゲティスバーグ演説はfour scores and seven years agoで始まっています。1 scoreは20年なので、87年前という訳になります。もし原稿がない状態で同通していたら、最初からつまずいてしまいそうですね。ダースが12を表すということは、日本でも(チョコレート菓子のおかげで?)知られていますが、あまり一般的に使われる表現ではありません。

英語では割とよく使われるのでしょうか。例えばオバマ大統領による広島での演説では、We come to mourn the dead, including over 100,000 Japanese men, women and children, thousands of Koreans, a dozen Americans held prisoner.というくだりがありました。


第52回 国際とグローバル

日本ではここしばらく、グローバル化とかグローバル人材という表現がよく使われています。今はグローバル社会だと言われていますが、これは国際社会とはどう違うのでしょうか。

国際は英語ではinternationalなので、国と国のあいだ、という意味です。なので、私は2つの国のあいだというイメージを持っています。私は二十歳のときに初めて渡米をし、2週間のホームステイを体験しましたが、そのときは事前にアメリカのことを少し学んでから行きました。簡単なことですが、握手をするときには手をしっかりと握るほうが好ましいとか、必要なことがあれば自分からきちんと言う必要がある、というようなことです。

また、ホスト側のほうもある程度日本のことを学んで、受け入れ態勢を整えている感じを受けました。日本人は時間をきちんと守るから、スケジュール調整を密にやっておこうとか、喉が乾いたりしていてもなかなか言わないから、こまめに質問してあげよう、などと気を遣ってくれていました。

このように2カ国間のコミュニケーションであれば、お互いがお互いに合わせるかたちで、コミュニケーションが円滑に進むように心がけることができます。

それに対して、グローバル環境においては、様々な国の人々が一緒くたになって研究や仕事をするので、こちらを立てればあちらが立たずで、どうしてもコミュニケーションがある程度煩雑になってしまうのだと思います。グローバル化はアメリカ化だという声もありますが、私はどちらかというと、グローバル化というのは色々な国や文化の人が一緒くたになって何かをすることで、グローバルコミュケーションとは言いたいことを絞って、文化を共有していなくてもわかるかたちで言葉によってコミュニケーションをとることだと思います。

通訳でいうと、逐次通訳と同時通訳のようなものではないかと思い立ちました。逐次通訳は時間が2倍かかりますが、コミュニケーションはより正確なものになります。2カ国、2つの言語であればこれは十分可能だと思います。それに対して、同時通訳の利点は、伝達される情報の正確性は落ちるものの、時間を節約することができます。3カ国や4カ国語のコミュニケーションを逐次通訳でやっていては、時間がいくらあっても足りませんから、必然的に同時通訳を使うことになります。


第51回 Brexit

おそらく他のコラムでも取り上げられるでしょうが、イギリスがEUを離脱することになってしまいました。今回は、この出来事が通訳業界にどのような影響が出てくるか、可能性を考えてみたいと思います。

どの業界でもそうでしょうが、通訳業界も外部要因に大きく左右されます。私は当時通訳者ではありませんでしたが、東日本大震災が起こったあとは、福島第一原発の事故があったことで、日本から外国人が引き上げてしまいました。日本で予定されていた国際会議も軒並みキャンセルになり、中小の通訳エージェントの中には淘汰されたところもあったようです。フリーランスから、3.11をきっかけに社内通訳者に転向した通訳者もいると聞いたことがあります。

今回のイギリスのEU離脱はどうでしょうか。

まず、現在イギリスにヨーロッパ展開の拠点を置いている日本の企業が、戦略の見直しを迫られるだろうということがあります。そのため、短期的には密なコミュニケーションが必要となり、通訳業界は短期的な特需に沸くかもしれません。その後、様々な企業が機能を大陸に移してしまい、イギリスに拠点を置く日本企業の数は大きく減ってしまう可能性があります。ただ、拠点がどこであろうとも、ビジネスの言語は英語なので、イギリスでの案件は減るかもしれませんが、ビジネス通訳自体の需要は変わらないということも考えられます。

さらに、イギリスの大学院における通訳教育のあり方も今後変わっていくかもしれません。ロンドン時代のクラスメートの多くは、将来はEUのスタッフ通訳者として働きたがっていました。イギリス以外にも英語圏の国はあるものの、EUのパートナー大学となっているリーズ大学とバース大学は、イギリス人の通訳者を育成してEUに貢献する必要がなくなることから、存在意義が問われることになるでしょう。

また、逆説的ですが、EUの中で、逆に英語が多く使われるようになるかもしれません。強国であるイギリスがいる場合は、イギリスに有利に働かないように通訳を通じて折衝を行っていたのが、イギリスが抜けることによって、英語が使われ出すということがあるのかもしれません。EUでの通訳、翻訳のコストは相当かかっているため、イギリスが抜けたことで、逆に共通語を英語にしようとする動きが進む可能性もあるのではないかと思っています。

ビジネスや政治の場でも、非ネイティブ同士の場合は通訳者を介さずに英語で直接折衝をするけれど、非ネイティブが英語ネイティブと渡り合うときは、相手の土俵で戦わなくて済むよう、通訳を介することもあると聞いたことがあります。



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プロフィール

佐藤 祐大

佐藤 祐大さん
日英会議通訳者。熊本大学英文科卒。 公益財団法人日本英語検定協会に4年半務めたのち、ロンドンメトロポリタン大学に留学し、会議通訳の修士号を取得。 製薬会社、経営コンサル会社での社内通訳者を経て、2016年7月より現職。