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21世紀の通訳 -Interpreting in the 21st Century-

第10回 Decision-Making Moments

毎日通訳の仕事をする上では、色々と自分で決定をしなければならない場面に直面します。逐次通訳、同時通訳、ウィスパリングのどの形態で通訳をするかということも、指定がある場合もありますが、様子を見てやってくださいと言われることもあります。一般的には同時通訳のほうが逐次通訳よりも難しいと思われているようですが、同時通訳のほうが楽な場合もあります。特に、プレゼンテーションのスライドがある場合は逐次だとメモを取りながらスライドも見なければならないため、負荷が高くなります。先日ある研修の通訳をしましたが、パナガイド(トランシーバーのような機器)の数が足りずに、すべて逐次通訳で行ったため、大変でした。あきらかにスライドの内容をそのまま読み上げているだけのプレゼンであれば、メモも取らなくていいし、極端に言えば聞いていなくてもスライドを和訳しながら読み上げればいいのですが、きちんと自分のことばで語りなおしていたり、ところどころスライドには書いていないことを話したりしている場合はやはりメモを取りながら聞かなければなりません。何をメモして何は記憶力でカバーするかも一種の意思決定です。

それから会議などでの自分の席の確保も意思決定です。上座や下座などもありますが、すばやくスピーカーの真横の席に陣取って音が取れるようにします。これはウィスパリングではもちろんですが、逐次通訳でもなるべくスピーカーの近くに座ります。日本人よりは英語スピーカーの近くに座ります。日本語は母語なので少々離れていても聞き取れるからです。

また、逐次とウィスパリングを素早く切り替えることもあります。逐次でと頼まれていたのに、参加者が通訳が入っていることを忘れて議論を始めてしまった場合などは、できる範囲でウィスパリングをして少しでも情報伝達をします。またそれとは逆にウィスパリングが難しくなってきた場合は許されるのであれば逐次に切り替えることもあります。先日は70代のご高齢の方の通訳をする機会があったのですが、声があまり大きくなく、聞き取りづらいところがあったため、その方の発言だけ逐次で訳しました。先日いらっしゃったフリーランスの方も、最初はウィスパリングでやっていたけれど、スピーカーがメモを取り出したため、メモの進み具合を見ながらときどき遂次に切り替えたとおっしゃっていました。

また、分からない単語が出てきたときにリスクを冒してまで電子辞書で調べるかも意思決定です。先日はSOBという表現に出くわし、文脈から意味は分かったのですが、厳密に何の略語なのか分かりませんでした。あとから社員の方に質問したところ、「意味は分かるが何の略語かは分からない」ということでした。そのあとわざわざ調べて教えてくださり、結局Source of Businessの略だったのですが、通訳中にリスクを冒してまで電子辞書で調べた結果はSon of a bitch。「絶対違う...」と、一瞬集中力が途切れそうになりました。あとになってみると笑い話ですが、脱力して心が折れそうになった瞬間でした。

それから、会議の直前になって大量に資料が届くことがあります。その場合は限られた時間の中で準備を進めなければなりません。全部に目を通せないときにどの資料から準備するかも自分で決める必要がありますし、英日、日英の準備をどのくらいの割合でするかも自分次第です。


第9回 日本語と英語の主語

私は社内通訳者として仕事をする傍ら、来月頭が締め切りとなっているロンドンメトロポリタン大学院の修士論文の執筆にも当たっています。研究テーマは、英語から日本語に同時通訳するときに、レベルの高い通訳者がどのように主語の処理を行っているかということについて分析をしています。現発言と実際の同時通訳を書き起こして、比較を行っています。

英語では毎回IやYou, Theyなどの主語をいちいち言いますが、日本語では文脈から分かる場合、主語は省略します(分からない場合でも省略する人がいて、これを通訳するのは非常に困難です)。ですから、毎回「わたしは」とか「彼らは」と訳していると、非常に聴きづらい通訳となってしまいます。

また、WeやYou, Theyなどはときに何を指しているのか明確にして訳したほうが、聴き手には分かりやすくなることになります。

分析したのはダボス会議と呼ばれる世界経済フォーラムのパネルディスカッションですが、ある場面では司会者が欧州中央銀行(ECB)の理事に対して「The market is approving your action」と発言しているのが、「市場はECBの行動を承認している」と通訳してありました。「あなたがたの」という訳でももちろんいいですが、このように随時訳出されると、非常に分かりやすい訳になります。

また、英語では言い換えが非常に頻繁に使われます。最初はChief Cabinet Secretaryと言っていたのに、次はTop Government Spokespersonと言ったりします。日本語ではこのようなことはしないので、訳はどちらも「内閣官房長官」でしょう。「政府の最高報道官」と「内閣官房長官」を通訳に混在させてしまうと、誰のことだかわからなくなってしまいます。

また、ニュースなどでよくありますが、Tokyo's position is〜とか、Beijing is saying〜といった表現が使われます。ここでは、東京が日本政府、北京は中国政府を表しています。

このような主語をめぐる、英語と日本語の表現方法の違いがどのように同時通訳において処理されるのかということについて修士論文を執筆しています。スクリプトを書き起こして、分析をする作業は大変でしたが、自分自身が通訳をするときも主語の処理に気をつけるようになったので、このテーマを選んで良かったと思っています。


第8回 非言語コミュニケーション

コミュニケーションを取るうえで、実際の言葉が伝える割合は7%くらいしかなく、あとは声の調子や顔の表情などの「非言語コミュニケーション」が占める割合が大きいというのを聞いたことがあります。通訳の仕事をしていると、つくづくこれは本当だと思います。

ロンドン留学中に、BBCでの逐次通訳を務めたことがあります。そのときは、スピーカーがイギリス人で、日本人が聞き手だったのですが、スピーカーは私の通訳が終わると、間髪なく話を再開するのです。これはやっていて本当にすごいと感じました。日本語が分からないはずなのに、通訳者の声の調子やしぐさなどから、大体終わりに近づいているのが分かるのでしょうね。面白かったのが、このスピーカーがあるときジョークを言ったのですが、それより少し前の部分でも日本人にとってはおかしく聞こえるところがあり、笑いが起こったのです。そのため、スピーカーは私が最後まで訳しきったと思い、話を再開してしまいました。勝手な判断で、正当化できないかもしれませんが、笑いが取れたのだからいいかと思い、そこはあえて止めてジョークを訳すことはしませんでした。注意をひきつけたうえで訳して、すべってしまっても困るからです。

また、スピーカーがストレスなく話せるように、「段落」が終わったら、間髪を入れずに通訳を始めるようにします。実際は話し言葉なので段落があるわけではないのですが、意味のまとまりが終わりに近づいているときは大体分かります。ためらって、スピーカーとお見合いしてしまうのを防ぐためにすぐ通訳を始めます。しかも大きい声ではきはきと通訳しするために、話が終わりに近づいたところで、息を大きく吸います。これがスピーカーへの合図にもなるようです。

変なたとえかもしれませんが、何度か逐次通訳を務めたあとに感じたのが、スピーカーと息が合っているときの逐次通訳はまるで「もちつき」みたいだということです。もちつきはもちをつく人とこねる人が交互にそれぞれの作業を行いますが、特に「今からこねるので私の手をたたかないでください」などと言わなくても、自然にリズムに乗ってもちをついているからです。

また、テレカンと呼ばれる電話会議の通訳を務めているときも、普段いかに非言語コミュニケーションに頼っているかということを痛感させられます。音質にばらつきがあるのももちろんですが、スピーカーの様子が見えないときは非常に通訳が難しくなります。参加者が複数いる場合は、目線を追うことができないので、日本語のように毎回「田中さん」や「鈴木さん」と言わずに、youやtheyなどの代名詞を使う英語では、誰に向かって話しかけているのか分からなくことがあります。また、どうも話が噛み合わないと思ったら、電話の向こう側とこちら側で見ていた資料が違った、という経験もあります。

国際的な会議通訳者の組織であるAIICのProfessional Code of Ethics(職業倫理規定)では、例外的な場合を除いてはスピーカーが直接見えない状態で通訳をしてはならない、とされています。もちろんこれは国際会議の基準ですから、コストカットが重要な民間での通訳業務で遵守するのは無理がありますが、スピーカーの顔、様子が見えるということがどれだけ大切かということが分かると思います。


第7回 通訳と翻訳の違い

今週は翻訳の仕事の比率が多めだったので、通訳と翻訳の違いについて思うところを書いてみたいと思います。大学院では会議通訳のコースを履修し、翻訳理論はほとんどやらなかったため、毎日試行錯誤を繰り返しています。ロンドンでは周りの通訳者は、通訳は日本国内と比べると仕事量が少ないため、大体翻訳も手がけていました。日本ではフリーランスの方は通訳か翻訳に特化されている方が多いようです。

日本では通訳者と言えば話し言葉、翻訳者と言えば書き言葉を訳すというように、通訳・翻訳にあまりなじみがない人でも使い分けています。私の現在のタイトルは組織図を見ると日本語では「通訳者」となっていますが、英語では「Translator」となっています。ロンドンにいたときは通訳になじみがない人に対しては、I am an interpreterとか、I study interpretingと言ってもあまり通じませんでした。「interpret」には「解釈する」という意味があるからかもしれません。Oral translationなどと言って理解してもらっていました。「『real-time translation』もできるのか」とイギリス人に聞かれて、「simultaneous interpreting(同時通訳)」のことだと理解するのに少し時間がかかったこともあります。立教大学教授の鳥飼玖美子先生は、日本で「通訳」という言葉が汎用化しているのは、アポロ11号が月面着陸したときに、当時は日本ではテレビのスクリーンに映せるものがなく、苦肉の策として通訳ブースの様子を放映したことで通訳者が一躍スポットライトを浴びたからだと分析しておられます。

通訳と翻訳の違いは、何と言っても翻訳は時間がかけられることです。たとえば通訳であれば、その場ですぐに訳をひねり出さなければならないため、用語が完全に正確ではなくても、次善の策で乗り切るしかないわけです。例えば「国務長官」の訳をど忘れしてしまったら、用語として間違っているのは分かっていても、とりあえずその場でのコミュニケーションを可能にするために「US Secretary of State」の代わりに「Foreign Minister(外務大臣)」と言うこともあるでしょう。「The European Council(欧州理事会)」を「ヨーロッパ評議会」と訳して乗り切ることがあるかもしれません。実際には「The European Council(欧州理事会)」と「The Council of Europe(欧州評議会)」は別の組織なのですが、いきなり出てきたときには、自分が今できる最善の訳をするしかないのです。翻訳であれば、正しい用語を調べて使うことができます。

それから、通訳は伝わらなかったときは即座にコミュニケーションが止まってしまいます。とくに日→英の翻訳では「この訳で通じるだろうか」と感じることが多々ありますが、通訳はその場ですぐに訳が通じたか通じなかったかが分かります。また、スピーカーの発言を聞きながら、用語を修正していくこともできます。上記のような場合に、何とか乗り切った後で、スピーカーが正しい用語を使いつつ次の発言をするということもあります。その場合は、次からその用語をしれっと(!)使えばいいのです。

私は会議通訳の大学院に行ったくらいですから、通訳のほうが好きなのですが、翻訳も非常に勉強になります。今の職場では自分が訳した資料を使った会議に参加することもありますので、翻訳作業がそのまま通訳案件の準備になります。用語を1つひとつ確認できますし、訳すという作業をじっくりと行うことができるので、通訳にも活きてくると思います。


第6回 原不二子先生の授業

私は現在テンナインのご近所さんでもある、ディプロマットスクールに通っており、先週の火曜日には校長の原不二子先生の授業が行われました。間もなくサマーコースも開講される予定で、パンフレットには原先生からのメッセージが寄せられています。

「国際的な課題は外交と話し合いによって解決されます。主役はコミュニケーション、通訳により貢献するチャンスです。よい通訳とは、言葉、知識、技を磨き、心をこめて伝えること。みなさん、大いにチャレンジしてください。お手伝いします」。
原先生ご本人からも、大事なのは「言葉」「知識」そして「通訳技術」だとクラスの冒頭で伝えられました。そして、クラスを通じて、このメッセージが体現されていましたが、原先生は特に「言葉」に真摯に向き合っておられるな、と感じました。

授業の冒頭に、原先生が「Gender Equality」の日本語訳は何ですか、とご質問になりました。日本語での定訳は、「男女共同参画」ですが、この訳になったことでオリジナルのニュアンスが失われてしまっていることを指摘されました。また、ILOでお仕事をされたときに「Decent Work」というコンセプトがあったそうです。Decentは適切な、という意味ですが、仕事に関わる人たちには労働者、企業、政府があり、それぞれが何を「適切」だと捉えるかということには差があります。そのため、日本語ではカタカナで、フランス語やドイツ語でも英語の表現をそのまま取り入れて「Decent Work」のまま使うことになったそうです。それから、癌などの「告知」はtruth tellingですが、これもフラットな英語のニュアンスに比べて、日本語になると医者と患者の上下関係を彷彿とさせるとご指摘になりました。

この他にも、通訳者として百戦錬磨の原先生ならではの言語に対する鋭い洞察力が感じられる場面が多くありました。あまり特定の訳語に対してフィードバックをされるということはありませんでしたが、合間にはご自身の体験を語って下さり、あっという間の2時間でした。扱った通訳教材の中には、スピーカーがいきなり古典を引用する部分があったのですが、原先生は「私も古典を専攻したわけじゃないから、いきなり引用されたら、全部は訳せないでしょうね。それでも、今スピーカーは古典を引用していて、ホレーシオの話をしています、とでも言えば、少しは分かるし、聞き手があとから自分で調べることができるから、黙り込んでしまうよりはいいよね」とおっしゃっていました。通訳者はコミュニケーションのために存在している意識が常にあるからこそ、このような発想が出てくるのだと思います。また、準備段階で音読をすることで口や耳を慣らすこと、通訳者を目指しているのであれば一度国際会議に参加して、一日ヘッドフォンで通訳を聞いてみて自分がどういう通訳をしたいのか考えてみてはどうかとのアドバイスもありました。

ディプロマットスクールは、通訳とはどういうものか体験してみたい方、もうすでにプロになったけれどこれからもスキル向上を続けたい、と感じている方に最適なところだと思います。知識を詰め込むというよりは、訳出までのプロセスを講師や他の生徒さんと話し合い、自分の通訳を見つめなおすことができます。また、通訳をやったことのない方は、まず一度やってみることをおすすめします。一度実際にやってみることで、色々な発見があると思います。思うようにできないけれど、通訳が楽しいと感じるか、それともプレッシャーが大きすぎるので翻訳のほうが向いているかなど、気づきがあるでしょう。頻度は週1回だけですし、クラスの見学もできるので、興味がある方は是非一度クラスに参加してみてはいかがでしょうか。

http://www.diplomatt.com/diplomatts-school-for-interpreters.html

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プロフィール

佐藤 祐大

佐藤 祐大さん
日英会議通訳者。熊本大学英文科卒。 公益財団法人日本英語検定協会に4年半務めたのち、ロンドンメトロポリタン大学に留学し、会議通訳の修士号を取得。 製薬会社、経営コンサル会社での社内通訳者を経て、2016年7月より現職。