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21世紀の通訳 -Interpreting in the 21st Century-

第35回 交通整理

通訳をしていると、いつもなるべく多くの情報を訳したいという思いと、なるべく分かりやすい訳をしたいという思いが交錯し、ジレンマを抱えます。最近、通訳をするとき、特に同時通訳をするときの感覚が変わってきました。今までは言葉を追いかけているイメージだったのが、向かってくる言葉を交通整理しているような感覚に変わってきたのです。もちろん、何が大事で何が大事でないかということを判断する権限は通訳者にはありません。ただ、一字一句すべてを訳すことは不可能ですし、それでいいのなら人間の通訳者ではなくグーグル翻訳にかければいいでしょう。

もう少し具体的に話をしましょう。たとえば、誰かの発表が終わって、質疑応答が始まったとします。そのときに、質問者がI wanted to ask you a question about...と切り出したとします。同時通訳をしていると張り切って「私が質問したいのは...」と言いたくなってしまいますが、この部分は訳す必要があるでしょうか。質疑応答の時間なのですから、質問をしているということは自明です。ここはすぐに訳したくなるのをぐっと我慢して、メインの質問の部分の主語、動詞を正確に聞き取ったほうがいいのではないでしょうか。他にも「為替市場では円がドルに対して安くなっています」というのも、もちろん全部訳すことはできますが、訳が遅れているようであれば、「円が安くなっています」だけで十分ではないでしょうか。円の取引は基本的には為替市場でしかやっていないし、基本的に世界の基軸通貨はドルなので、特に言及がなければドルとの比較でしょう。「コンビニでは牛乳が安くなっています」であれば、牛乳はコンビニでもスーパーでも買えるわけですから、「コンビニでは」という部分が大事になってきますが、為替市場というのはそうでもありません。「事前準備」はpreparationで十分です。事後にやる準備などないのですから。

あとは、情報で新しいものと既出のものをふるいにかけながら訳すようにしています。英語の一文と日本語の一文を比べたときには漏れがあったとしても、英語と日本語のまとまりを比べたときに、きちんと必要な情報がカバーされていればいいわけです。まとまり全体でMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)になっていればいいということです。MECEというのは最近学んだコンセプトですが、知ったかぶりをして使ってみました(笑)。要するに全体として意味がカバーされていればいいのではないでしょうか、ということです。日本語の場合は文脈から明らかな場合は主語を省略します。「英語は動詞の活用から主語が分かる場合があるけれど(He likes~など)、日本語はそうではない」という意見がありますが、日本語も敬語のときは動詞が活用されています。「召し上がってください」という場合は主語はYouです。おうかがいします、であれば主語は自分か自分の家族や同僚です。

言葉を1つひとつ見るだけでは、情報が漏れてしまっているように感じても、実はきちんとカバーされているということがあります。それを意識せずに全部逐語訳をしてしまうと、聞いていて疲れる訳になってしまうような気がします。


第34回 共有経済

先日、世界経済フォーラム(ダボス会議)の動画を見ていたところ、共有経済のプラットフォームのセッションがありました。UberやAirbnbなどのプラットフォーム型ビジネスを例に議論が行われていましたが、通訳業界にもこの破壊的(disruptive)なテクノロジーの波は押し寄せてくるのでしょうか?LACUという同時通訳者と通訳を必要とする人をつなぐアプリを見たことがあります。ビデオ通話で通訳を行うようですが、あまり話題にはなっていませんね。なぜでしょうか?自分なりに考えてみました。

まず、前述の成功例であるUberとAirbnbは、どちらももともとBtoC(消費者向け)です。タクシーも、ホテルも、例外はありますが基本的には個人の消費者が利用するサービスです。対照的に、通訳はBtoBのサービスです。2人(以上)の人間の間に入って訳すのですが、クライアントが個人であるということはかなり珍しいでしょう。実際に訳を聞いているのは個人でも、発注しているのは企業だという場合がほとんどだと思います。

BtoBの場合は、信用が非常に重要になってきます。もちろんタクシーもホテルも、得体がしれない個人からサービスを受けたいとは思わないでしょう。私はUberもAirbnbも利用したことはないのですが、Airbnbはユーザーレビューが見られるようになっているようです。今までに泊まったことがある人たちがレビューを残していくのです。

タクシーもホテルも、サービスを利用してしまったあとにトラブルになることは少ないと思います。タクシーは目的地に着けばそれでいいですし、ホテルもチェックアウトしてしまえばそれっきりです。それに対して、通訳は企業間の交渉など、機密性の高い情報を扱います。案件が終わった後も、そこで聞いた情報をどこかで喋ってもらっては困りますし、万が一機密が漏れた場合は補償してもらう必要があります。その場合、対個人では難しくなります。また、エージェントに登録している通訳者は基本的にフリーランスで、通訳だけやっている場合がほとんどだと思いますが、Uberなどは日中は他の仕事をしている人が空き時間を利用してドライバーをやっているわけです。企業からすると、通訳者は通訳だけをやっている人が望ましいでしょう。

また、通訳技術は運転技術や人を家に泊める技術(?)よりもずっと専門性が高いということもあります。外国語さえできれば務まると思っている方もいるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

以上の理由から、すぐにUberやAirbnbのようなサービスが出てきて、仕事がなくなるということはないと思いますが、テクノロジーの動向には目を配っていきたいですね。通訳の仕事をしている限り、意識しなくても可能かもしれませんが...。

共有経済の影響ではありませんが、共有といえば、今はユーチューブなどに通訳音声がアップされてしまうこともあるので、通訳の間違いは幅広く「共有」されてしまうかもしれませんね...。


第33回 用語集

通訳案件の準備の代表格ともいえるのが用語集作りだと思いますが、皆さんはどんな作り方をしていますか?あえて手書きにして記憶の定着を図っている人、用語集を作るよりも資料を何度も見たり声に出したりして覚える人など、それぞれのスタイルがあると思います。私は案件が数時間後、という場合には、もらった資料に書き込みながら単語を覚えるようにしていますが、数日間準備の時間があるときには、エクセルで用語集を作り、当日までこまめに見直して記憶の定着を図っています。

訓練中は動詞に形容詞と、とにかく色々なものを入れて長々とした用語集を作り、自己満足に浸っていましたが、毎日違う分野の案件をこなすようになった今は、効率を重視しているため、用語集に乗せる単語も厳選するようになりました。結果として、名詞が8割、残り2割が動詞、そして形容詞が一握りでしょうか。理由としては名詞は言い替えがきかないことが多く、あったとしても同時通訳では言いかえている余裕はないからです。動詞は言いかえがききますし、形容詞は修飾語なので、制限用法のときは最悪無くても文は成り立つわけです。もちろん医療分野などで、「侵襲性の」といった表現は言えないとコミュニケーションが成り立ちませんが、それでも形容詞の割合は名詞・動詞に比べるとずっと低くなります。

それから、通訳をするということで、なるべく日本語に訳したくなりますが、カタカナで通じるところはカタカナでそのまま訳出してしまうことも大切です。たとえばジョイントベンチャーなどは「合弁企業」などと訳すよりも、そのまま出したほうが分かりやすいかもしれません。「ジョイベン」と言っている人もいます。私は用語集が長くなりすぎてしまうと気分が滅入るので、カタカナでも可能な用語については用語集には入れません。

私は基本的には英語と日本語を一対一で書いていますが、備考欄を作って、そこに用語の説明を入れる人もいます。アルファベット順に並べる人もいますし、資料をもとに作った場合は資料に出てきた順番のままにしておいたほうが使いやすい場合もあります。人の役職や組織の名前などの固有名詞は用語集に入れるよりも別紙にまとめておいたほうがいいかもしれません。これらの固有名詞は会議のはじめに一度出てくるのみで、そのときは別紙を参照して読み上げてしまえばいい場合が多いからです。

用語集には「作りながら(見返しながら)単語を覚える」という役割と、「案件中に参照する」という2つの役割があります。一般的なビジネスや会計の用語はインハウス通訳をやれば、自然と身に付きますし、すでにまとめてある参考書なども売っているので、それらを利用するのもいいかもしれません。


第32回 10,000時間の法則

先日仕事とは関係ないところで、ルービックキューブで世界第3位になった方にお目にかかることがありました。実際に目の前でぐちゃぐちゃになったルービックキューブを揃えてくれたのですが、まさに神業。一度頭の中でどうやれば揃うかイメージしてしまうと、実際にルービックキューブを見なくてもできるということで、実際に頭の上でルービックキューブが見えない状態で完成させる様子も見せてくれました。

今は、ルービックキューブは一時期ほどはやっていないということでしたが、世界を目指していた頃は、1日5時間ルービックキューブの練習に明け暮れていたようです。社会人の方なので、仕事をしていないときはほとんどルービックキューブをしていたということでしょうか。その話をしていたときに、別のある方が「10,000時間の法則」ということを教えてくれました。非常に単純な話で、何であっても10,000時間やれば、その道の専門家になれるという内容です。

私の場合は、1日に90分から2時間くらいの会議を1、2個こなす場合が多いので、仮に1日2時間通訳をしているとしましょう。それでも1年で730時間、10年やっても7,300時間で10,000時間に届きません。

通訳者が少なかった時代は、少ない人数で毎日フル稼動していたでしょうから、10年くらいで10,000時間に達していたかもしれませんね。また、資料の読み込みや英語学習、リサーチなども入れればもう少し早く10,000時間に達するかもしれませんが、純粋に英語から日本語もしくは日本語から英語に訳している時間だけを数えるということになると、10,000時間というのは相当にハードルが高いです。特に今は駆け出しの通訳者にはなかなか安定して毎日仕事が来るということはありません。また、海外や地方に住んでいる場合も同様です。

幸いインターネットのおかげで通訳練習に使える素材には事欠きません。10,000時間目指して、練習を積み重ねようと決意を新たにしました。


第31回 ブース案件

社内通訳者としては珍しいことですが、先日ブースでの案件を担当しました。クライアント先の会議室に同時通訳ブースが備え付けられていたためです。しばらくずっとウィスパリングの仕事で、しかも広い会議室で遠いところでボソボソしゃべっている人もいる、という案件が多かったため、マイクを通じて音声をはっきり聞けるブースは天国のようでした。私の通った大学院は、AIIC標準のブースが6室設置されており、常にそこで練習をしていたため、ブースの扱いには慣れています。機材のメーカーはどこだったか記憶が定かではありませんが、先日の機材はボッシュでした。

大学院時代はリレー通訳の練習も多くありました。リレー通訳というのは、例えばフロアの言語(実際にスピーカーが話している言語)を通訳者が解さないときに、別のブースから聞こえてくる通訳を聞いてそれを自分の言語に通訳をすることです。例えばフロアの言語が中国語であれば、私は中国語は分からないので、中国語ブースの通訳者が英語に通訳したものを聞いてさらにそれを日本語にします。その場合は拾う音声をフロア言語から英語通訳に切り替えなければなりません。この操作は通訳者自身が行います。また、日本語がフロアで話されたときは日本語ブースが英語に訳しますが、英語に訳し終わったら、すぐに出力チャンネルを開放して、次に英語で出力する通訳者がそのチャンネルを使えるようにしなければなりません。

ブースの中には2つマイクがありますが、片方のマイクがついているともう片方のマイクはつけることができません。もしくは片方のマイクが付いている状態で、もう1つのマイクをつけると、最初のマイクが消えてしまいます。大学院にあったのは前者のタイプなので、交代するタイミングがきたら、ブースの中でブースメイトに合図をしてマイクを切り替えなければなりません。しかもこのとき、切れ目なく切り替えをしないと、通訳を聞いている人のヘッドセットにはフロアの音声が大容量で聞こえてしまいます。

今回の案件は1人で対応し、しかもリレー通訳ではなかったので、拾う音はずっとフロアのままでよく、パートナーとの切り替えのタイミングを図る必要もなかったので、その点は楽でした(1人でずっと訳し続けないといけないという辛さはありましたが)。

ブースでの案件は音もよく、隔離されているので少し気持ちが落ち着きますが、マイクを切り忘れたままブースメイトと会話に興じたりすることがないように気をつけなければいけませんね。あとは、会議が始まる直前までヘッドセットはしたくないという方もいると思いますが、その場合はスピーカーをオンにして、フロアでの音を拾っておくようにしましょう。資料の読み込みに没頭して、会議が始まっているのに気づかなかった、フロアから通訳者への指示を聞き逃した、ということを防ぐためです。



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プロフィール

佐藤 祐大

佐藤 祐大さん
日英会議通訳者。熊本大学英文科卒。 公益財団法人日本英語検定協会に4年半務めたのち、ロンドンメトロポリタン大学に留学し、会議通訳の修士号を取得。 製薬会社、経営コンサル会社での社内通訳者を経て、2016年7月より現職。