INTERPRETATION

通訳の護身術

上谷覚志

やりなおし!英語道場

こんにちは。今年はどうも繁忙期が少し長いような感じですね。12月に入ったら落ち着いてくれるのではと思っていたのですが、実際にはまだもう少し続きそうです。

さて今週は通訳の護身術についてお話したいと思います。護身術といっても合気道とかを使って暴漢から身を守るという話ではなく、いかに不合理な状況から通訳者が身を守るかをちょっと考えてみたいと思います。

最近いくつか???と思うことが重なり、“これってどうなんだろう?”と考えてしまうことがありました。フリーランスで通訳をしていると思いもよらないことや、“そんなこと聞いてませんけど…”が頻発します。プロとしては、クライアントのため、時にはエージェントのためできる限り対応していく方がいいのでしょうが、それにも限界があるような気がします。

例えは以前、あるITセミナーでの通訳(終日・二人体制)を引き受けたときのことです。事前にPPTの資料をもらって準備をし、某ホテルの会場に到着。比較的大きなセミナーだったので、エージェントの営業の方も来られていて、パートナーの通訳者の方とクライアントに挨拶をし、スピーカーとのブリーフィングをするための部屋に案内されました。終日のセミナーだったので7〜8名のスピーカーがおり、事前に頂いたPPTもかなりの量になっていました。ブリーフィングの部屋で個々のスピーカーとブリーフィングを始めると、当日使用する資料がほぼ100%差し替えになっており、自分たちが事前準備した資料はほぼ使えないということが当日発覚。エージェントの営業の方が真っ青になっており、今回はとりあえずこの状況を乗り切ることを優先し通訳をしました。今から冷静に考えると、あそこまで資料が差し替えになるというのは準備なしで会場に放り込まれたのと同じでは?と思うのです。もちろん資料が当日一部変更になるということはよくあることなので、それは通訳としても当然対応すべきだと思いますが、ほぼ100%変わってしまうという条件でも、本当に無条件で仕事を受けないといけないのでしょうか?内容によってクオリティーが保障できないようなら、それは正当な理由としてエージェントやクライアントに伝えることも大切だと思うのです。当日まで資料が全部差し替えになることをエージェントが把握できていなかったことも問題なわけですし。

また別のケースでは、午後から始まる案件(同通・二人体制)で、午前中案件が入っていたので案件を引き受ける段階で1時以降でないと会場入りできないと念を押しておいたにも関わらず、前日の連絡表にはブリーフィング12時スタートとなっていました。内容的にブリーフィングを受けずにブースに入るのはかなり厳しいと判断し、ブリーフィングの時間に間に合う通訳の方を代わりに探してもらうようエージェントにお願いすると、クライアントと交渉し1時ブリーフィング開始ということになりました。ただセミナー開始が1時半だったので、どのみち全員のスピーカーとはブリーフィングできないということで、3本あった日本語の講演は通訳なしで、その間に英語で講演される方とブリーフィングをするということで合意がとれ、とりあえず一旦話はまとまりました。ところが実際に現場に行き、ブースで準備をしているとクライアントから日本語の講演部分も通訳して欲しいと言われました。前日の段階でやらなくてもいいと言われたので、準備もしていないし、資料すらもってこないような状態でしたが、その場では“できません”とは言わず、会場に来ているエージェントの営業に話をしてもらうように伝えました。営業は真っ青になって、ブースに飛んできて“クライアントから日本語の講演部分も同通して欲しいと言われて困ってしまいました・・・。何とかお願いできませんか?”と言われました。当然クライアントの無茶な要求であったとしても、それに応えることで顧客満足度を上げ、エージェントの顔をたてるということが1番いいことだとは思いますが、それができない場合もあると思います。今回の案件でも“状況が状況だけに、だいたいのところを訳していただければいいとクライアントがおっしゃっていますので、何とかお願いできないでしょうか?”というような言い方で営業に頼みこまれました。皆さんならこのような場合どうされますか?

“だいたいのところを訳してもらえれば”と言われても、“だいたい”の求められているものが蓋を開けてみると案外高く、クレームにつながるというリスクは高いと思います。社内通訳であれば、無理を聞いて頑張るということも大切な要件だと思いますが、フリーランスの通訳の場合、頑張ったということよりも、クライアントが期待しているレベルの通訳を出せたかどうかが一番の評価基準になりますので、“頑張りました!”としか言えないような通訳しかできないと予想されるのであれば、通訳者のリスク管理のためにもあえてできませんと伝える必要がありますし、逆にそれがクライアントにもエージェントに対しても誠実な対応となるのではないでしょうか?

ちなみに今回の案件に関しては、その時間にブリーフィングをすると本来の合意と違っており、準備も何もせずにとりあえずやってみるというのはエージェントに対してもクライアントに対しても良くないということで、パートナーの方の同意の下当初の予定通り“日英同通はなし“でお願いしました。

ただそうは言っても実際には仕方なくやらないといけないという状況はありますけどね・・・。難しいです。

Written by

記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

END