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Training Global Communicators

原不二子先生は通訳の先駆者として活躍される傍ら84年に通訳・翻訳会社、ディプロマットスクールを設立。併設スクールでは、21世紀、世界レベルで活躍できる人材育成を目指し「グローバル・コミュニケーション・スキルズ」という新クラスを開講し、後進の指導にも大変力を入れていらっしゃいます。著書に『通訳という仕事』『通訳ブースから見た世界』(ジャパンタイムズ)、英訳書に『尾崎咢堂自伝』(プリンストン大学出版会)、『笹川良一研究』(イーストブリッジ出版社)などがあります。

第32回 英語文化との隔たり

英語文化との隔たりをもっとも感じるのは、カジュアルな会話や手紙のやりとりかもしれません。英語では、文語体の文字や言葉と比べると繊細なニュアンスがうまく伝えられないことが多くあります。
例えば、折角お見舞いの手紙を出したのに、手書きの文字が汚かったがために郵便局側で宛名が判読出来ず、「住所不明」で戻ってきてしまったことに対して、「I was most unhappy.」との文面。あなたならどう訳しますか?「不愉快千万だった」、「実に不愉快でした」としますか?それとも、さらりと「残念ながら―」としますか?ちなみに、これは男性から男性へ宛てた手紙です。
私も人を褒めたり、諭したりする場合、どちらかというと英語で書くほうが気持ちを素直に伝えられるような気がします。 

原 不二子


第31回 TPOの大切さ

ポジティブ・リスポンス(positive response) について

日本語・英語間の通訳をしていて、つくづく感じるのは、言葉はその時、その場の状況に応じて使い分けをしなければならないということです。英語では、格調の有無はあっても、日本の社会ほど上下関係を気にしないですみます。

英文を邦文にする際は,口で物事を言う時以上に戸惑いを感じることがしばしばあります。
英語は、歯切れがよくてきぱきと、緩急を入れて話しをしないと、相手にしてもらえない,伝わらないように思いますが、日本語では逆に、高圧的に聞こえてしまい、逆効果の時もあるように思います。

最近、「ポジティブ・リスポンス」と言う言葉が使われる場面に遭遇し、この言葉もTPOにより使い方がたくさんあることを強く感じました。単に、ダンスに誘われて「いいわよと言ったわ」、という軽い使い方から、物理的、法的、医学的など多数の使用法があります。肯定的な回答に使われる場合でも、「疑問の余地がなく、明白」と言う使い回しから、「前向きな立場」を意味するものまで運用の幅が広いように思います。
 到達する頂上が見えないことを実感する機会が多いのも、通訳者の妙かもしれません。   


原 不二子


第30回 「ジェンダー平等 (gender equality) 」と「男女共同参画」

通訳をしていると、英語で伝えられる事象とその邦訳にあたる日本語での記述に、理解の差異があるのではないか、としばしば首を傾げることがあります。「ジェンダー平等 (gender equality)」 と「男女共同参画」もそのひとつです。もっとも、 生物学的に異なる存在である男女間に平等はあり得ないと言ってしまえば、英語の表記自体が不自然であることなりますが...。「生物学的な差異故に社会的に平等でないことは公平ではない。男性であれ、女性であれ、人として公正に扱われることが望ましい」と言う意味であれば、「equality」ではなく「equity」 が使われても良いはずですが、ついぞ、「ジェンダー・エクイティ(gender equity)」という表現にはお目にかかりません。

英語での「 ジェンダー」とは、「男らしさ、女らしさ」というような男女の属性を表すときに使われますが、もともと英語で「sex」と表現されていた生物学的な男女差や属性の意味で「ジェンダー」が用いられるようになったのは、性科学者・心理学者のジョン・マネー(John Money)によるとされています。それまでは、言語学上の用語であった「ジェンダー」ですが、社会的な意味を持つ言葉として広範に使用されるようになったのは、フェミニスト運動が盛んになった1970年以降のことです。

日本の政府内には、男女共同参画社会を形成すべく同名の局が設置され、係る基本法が制定されています。また自治体にも、「男女平等共同参画」と銘打ったセンターなどが各地に設けられています。

以前、このテーマに関する会議の通訳をしたとき、スウェーデンから来日していた話者が「『gender equality』とは『共同参画』というようなことではない。例えば、議会において女性議員が男性議員と同数であること、ビジネスにおいて女性の管理職が男性と同数になることです」と言っていたことを思い出します。
同じような言葉を用いても、その概念に対する認識や理解がずれてしまうことが多くあるような気がします。 

原 不二子


第29回 自然体で通訳を楽しむ

1912年に日本から米国へ桜が贈られて100年を迎える今年、ワシントンで開催される百年祭に招かれたため、普段であれば私が通訳する仕事を若い通訳者にお願いすることになりました。

いつも原稿を用意されない方の通訳ですので、今回話されるであろうトピックのリストをその通訳者に伝え、一緒に
「Good luck. Be natural, have no fear, and enjoy the opportunity. It is an honor.」
とのメッセージを送ったところ、案件終了後に次のようなメールが届きました。
「前日に原先生から頂いたメッセージにもっとも救われたかと思います。プレッシャーの大きな現場ですと、ついつい自然体で通訳を楽しむという精神状態を忘れてしまいがちで、そんな時に限ってパフォーマンスが伴わなくなるものですから、本当にありがたいアドバイスを絶妙のタイミングでいただきました。今回は準備段階で話者の著書を読むことによって、今まで自分としてはまったく持っていなかった視点を学ぶことができましたし、このような貴重な機会を与えてくださったことに感謝するばかりです。」

「自然体で楽しんで通訳をする」ことで、話者ともより良いコミュニケーションが図れ、嬉しい結果につながったのだと思います。

原 不二子


第28回 奥深い通訳の世界

日野原重明先生が看て居られる平塚にあるピースハウスで、毎年のことながらまた大きな学びがありました。生きること、死に関することは、深く厳かなできごとですが,普段あまり考えもしなければ、何かを読むわけでもなく、話もしないため、適切な語彙の持ち合わせがなく、いかに日頃の自分の生活が表層的であるかを実感させられます。
今年のテーマは、「Loss and Grief--transforming suffering」で、 米国からは大学教授で臨床看護士が、カナダからは同じく大学教授で小児臨床心理学士を講師に迎え、 北は北海道から南は沖縄まで日本全国から の参加者と共に2日間にわたり、勉強会が おこなわれました。
「Loss and grief--transforming suffering」あなただったらどのように訳しますか?
翻訳すれば、「喪失と悲嘆--苦悩からの転換」となるのでしょうか?通訳の場合はどうでしょう。愛する人を亡くすことを「喪失」とは言えない。そして、どうしようもない悲しみを「悲嘆」でくくってしまうこともできない。特に、亡くなった方の遺族に対する適切な表現であるとは思えません。毎日、ホスピスで、あるいは、病院で医師として、看護士として、ソーシャルワーカーとして甲斐甲斐しく立ち振る舞う人とて同じ気持ちでいるのではないか、と思います。「悲嘆」は悲しんで嘆くと書きますが 、「 深い悲しみ」と言った方がより心が通うのではないでしょうか。通訳の仕事は、心が伝わってはじめてプロと言えるのではないかと思います。 


原 不二子



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プロフィール

原不二子

原 不二子さん
上智大学外国語学部国際関係史研究科博士課程修了。 祖父は「憲政の父」と呼ばれた尾崎行雄、母は「難民を助ける会」会長の相馬雪香。母の薫陶により幼い頃からバイリンガルで育ち、21歳の時MRAスイス大会で同時通訳デビュー。G7サミット、アフガニスタン復興会議、世界水フォーラムなど数多くの国際会議を担当。AIIC(国際会議通訳者協会)認定通訳者で、スイスで開催される世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)、ILO総会の通訳を務め、最近では、名古屋における生物多様性(COP/MOP)会議、APEC女性リーダー会議、アジア太平洋諸国参謀総長会議、ユニバーサル・デザイン(IAUD)会議、野村生涯教育センター国際フォーラム等の通訳を務めている。