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Training Global Communicators

原不二子先生は通訳の先駆者として活躍される傍ら84年に通訳・翻訳会社、ディプロマットスクールを設立。併設スクールでは、21世紀、世界レベルで活躍できる人材育成を目指し「グローバル・コミュニケーション・スキルズ」という新クラスを開講し、後進の指導にも大変力を入れていらっしゃいます。著書に『通訳という仕事』『通訳ブースから見た世界』(ジャパンタイムズ)、英訳書に『尾崎咢堂自伝』(プリンストン大学出版会)、『笹川良一研究』(イーストブリッジ出版社)などがあります。

第8回 「読み書き」から「聴いて話をする」ことへ

 日本語は読み書きで学ぶ言語である一方、英語は相手の言うことを聴いてそれに応え、話をする言語です。昨今、外国へ行くときだけではなく、国内でも外国人と接する機会が増えています。「読み書き」主体のコミュニケーションから耳と口を使う「聴いて話しをする」コミュニケーションへの切り替えがますます必要になっていると思います。

 63年間、衆議院議員を務めた私の祖父・尾崎行雄は全12巻からなる尾崎咢堂全集を残しましたが、その最初に、彼が17歳のときに手にした「公開演説法」について掲載されています。幼いとき父親に連れて行かれた死刑場で「問答無用。切り捨てごめん」と有無を言わさず刑を執行される不条理な世の中を変えたいという想いがその強い動機になったのかもしれません。権力がものをいう封建時代から、対話により物事を進める民主的な社会への移行に際し、尾崎が最も重視したのが演説法でした。尾崎は自らそれを身に付け、その普及に尽力しました。現在ではあたりまえのことでも、「書物」が尊ばれ、「言葉」は軽んじられていた当時の日本では難しいことだったのです。
 
 コミュニケーションの必要性は、尾崎の没後50余年が経つ現代においても変わりありません。特に、外国人と一緒に仕事をする現代の職場では、自分の意見をうまく伝えることがリーダーとしての重要なポイントになります。それは、英語でのみならず、通訳を介して日本語で話す時にも当てはまります。コミュニケーションの得手・不得手が、自身の評価に影響するともなれば疎かにできない問題のひとつであると思います。                 

原 不二子


第7回 情報を心の糧に

 今の私は何処で何をしていることが一番良いか思い悩み、故郷である福島県相馬地方をはじめとする被災地のために何かしたいのに、それが儘ならないことに苛立ちを感じています。「最善を尽くす心構えとその備えさえあれば、必ずそれを用いる機会が来る。用意がなければ、チャンスが訪れてもそれに気づかず、機会が与えられないと嘆くことになる。」という亡き母の言葉を思い出し、今一番いいと思うことを懸命にすることが重要であると気をとり直しています。与えられた条件の中で最善を尽くすことは通訳者としての当然の心構えですが、これは日常にも相通じると思います。

 戦後の目を見張る復興、それに次ぐ経済成長を遂げた日本。未曾有のマグニチュード9.0の東日本大地震は、世界情勢とかけ離れ、平和を当たりまえのことと甘んじてきた私たちに警鐘を鳴らしています。今回、各国からの救助支援の申し入れを有り難く受け入れたことは、通訳がいない、雇うお金がないなどの理由で支援を拒んだ阪神淡路大震災と比較すると大きな前進と言えますが、諸外国から情報の透明性を指摘されるようでは、人命救助より、日本の面子を重んじる悪弊が蔓延っている現実を露呈しています。

 正確な情報を迅速に提供することは国民の生命と財産を守る立場にある政府の勤めであり、またそれを正しく理解して各々の行動に繋げることが国民1人ひとりの責任であると思います。「情報は心の糧」になると思います。

 内容に乏しい言葉を並べるだけの記者会見が多く見られますが、言葉だけを数珠つなぎに並べるのではなく、情報をきちんと伝達しなければ通訳者としての務めは終わらないことを改めて心に刻んでいます。

原 不二子


第6回 こども教育の在り方

 今回は、グローバル・コミュニケーションや異文化間コミュニケーションに興味のある方、その分野で仕事をしておられる皆さんに必読の本を紹介します。太田裕子著「日本語教師の『意味世界』―オーストラリアの子どもに教える、教師たちのライフストーリ―」(ココ出版)です。
 子どもに対する日本語教育は「ことばを教えること」と「全人的教育を行うこと」を統合し、異文化間で柔軟に適応する能力を育成することにある、という内容です。
 「ことばの教育と全人的教育を統合することにより、異文化や他者に対する理解と寛容さを発達させ、他者とのかかわり方や生き方を学ばせることを目指している。異なる言語・文化を持つ他者との関係を築くためには、他者を個人として受け入れて、共感し、尊重する姿勢と共に、他者とコミュニケーションを図り、お互い理解し合うためのことばの力が必要となる。まず教師が子どもをそれぞれ個人として受け入れることで、子どもも自分自身を個人として認識できるようになる。そうすることで、子どもは初めて他者をも個人として受け入れることが可能になる。言語教育は異文化社会で生きる能力を育成するためのものである。」
 ここまで読んではっとしました。日本では、子どもは親の付属物、所有物とさえみなされています。親子関係を見ても、親が子に命令こそすれ、子どもを一個人として受け止める親がどれだけいるでしょうか。
 家庭で、学校で、個人として認められない子どもは、社会性を身につけた責任ある大人に育ちにくいと思うのです。親から離れ、異文化の中で暮らすことを厭う若者が増えているのもそのせいかもしれません。日本の家庭教育、学校教育を変えなければ、21世紀の多文化社会を生き抜いていく個人を育成できないのではないでしょうか。国は個人の集合体であることを考えると由々しき問題です。
 人と人との結びつきは、経済的、政治的、職業的意義以上に重要だと思います。
 幼児を育てながらの彼女の奮闘に敬意を表すとともに、その示唆するメッセージが広く理解されることを願ってやみません。  

原 不二子


第5回 ダボスにて

 「新しい現実に即した価値・規範の共有」をテーマに開かれた今年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)は、危機感がみなぎっていました。中国やインドなどの新興諸国の台頭により、世界の経済金融の手綱がG8からG20に託されたのは昨年のことでした。ダボス会議開催直前にモスクワ近郊ドモジェドボ国際空港で死傷者を出したテロ。ギリシャ、アイルランドなどに波及した欧州金融危機とユーロ存続への危惧。さらに中東にまで飛び火したチュニジア民衆蜂起による独裁政権の崩壊。
 中国の画期的な成長が、世界経済を牽引する様相を見せていますが、経済格差が生じ、インフレが懸念されています。これを意識してか、カースト制度の残るインドは、同会議において、すべての人を対象とした成長、「インクルーシブグロース」を政策に掲げていることを発表しました。「Inclusive」をどのように訳したら良いか。「包摂的」か「包括的」か、大いに悩みましたが、なんでも「公式」の訳語は、「あまねく広い」ということ。何か、掴みどころのない抽象的な表現で、決め手がないように思いました。日本語は、問責されないよう真意をぼやかすのに都合の良い言葉なのでしょうか。
 会期中、私に充てられる宿は、ドイツの小説家トーマス・マンの「魔の山」の舞台になり、元々療養所であったシャッツアルプ・ホテルです。「魔の山」の英訳題は「Magic Mountain」。英訳題では、ファンタジーにあふれる山が連想されますが、邦題の「魔の山」では怖いイメージが湧きます。
 通訳という言葉に関わる仕事をしていると、これらの微妙な「ずれ」が気になります。祖父の尾崎行雄が短期間学んだ東京大学は、その当時、「工学寮」とよばれ、講義はすべて英語で行われたそうです。列国に肩を並べる国を造らなければ、という先代の意気込みが感じられます。その要件は、往時も今も変わっていないのではないかと思います。

原 不二子


第4回 「仕方がない」、「しょうがない」、「関係ない」。

 「何気なく使ったこの3つの言葉のせいで、僕は11歳のとき、ニュージーランドの全寮制学校へ留学させられました。」これは、先日私が通訳を務めた第29回港ユネスコ協会国際シンポジウム「変貌する『家族』」において、20歳代の青年が発言した言葉です。
仕方がないことはない。仕方はいくらでもある。」「しょうがない生姜なら冷蔵庫に入っている。」「なに、関係ない?家族なのだから関係ある。放ってはおけない。」父親との問答の末、留学が決まったそうです。
 親子3人でニュージーランドへ。着いたその日からホームシックに陥り、両親との別れにもめそめそする彼に、「可哀そうだ。やっぱり連れて帰ろうか」と折れたのは父親。一方、母親は「今ここで連れ帰ったら、この子は一生、独り立ちができなくなってしまう」ときびすを返し、機上の人となってしまったのだそうです。
 「それからもすべてが順調であったわけではない。親に、祖父母に、叱咤激励されながら今の自分がある。」と青年は臆することなく語ってくれました。
まさに、子どもの教育に最適な環境を選び3度引っ越したという「孟母三遷の教え」の現代版であると思いました。
 学校で勉強さえしていれば人格が形成され、グローバリゼーションが進む21世紀をも生き抜く力が自然に身につくと思うのは、親の無責任かもしれません。家族や社会とより深く関わってこそ、人を思いやる心や互いを助け合う精神が育まれ、直面する問題を解決する能力も培かわれるのではないでしょうか。それこそが、グローバルレベルのコミュニケーションに繋がると思います。

原 不二子



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プロフィール

原不二子

原 不二子さん
上智大学外国語学部国際関係史研究科博士課程修了。 祖父は「憲政の父」と呼ばれた尾崎行雄、母は「難民を助ける会」会長の相馬雪香。母の薫陶により幼い頃からバイリンガルで育ち、21歳の時MRAスイス大会で同時通訳デビュー。G7サミット、アフガニスタン復興会議、世界水フォーラムなど数多くの国際会議を担当。AIIC(国際会議通訳者協会)認定通訳者で、スイスで開催される世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)、ILO総会の通訳を務め、最近では、名古屋における生物多様性(COP/MOP)会議、APEC女性リーダー会議、アジア太平洋諸国参謀総長会議、ユニバーサル・デザイン(IAUD)会議、野村生涯教育センター国際フォーラム等の通訳を務めている。