INTERPRETATION

第188回 ひとり反省会

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

通訳者としてデビューしたころは右も左もわからず、ずいぶん戸惑うこともありました。先輩とご一緒している時は先輩の陰に隠れて(?)何とか業務を無事終わらせたいという思いで必死だったのです。周囲の状況を把握することなどほとんどできず、とにかく一日が滞りなく過ぎますようにと祈るような気持ちで仕事をしたことを覚えています。

その後一人で仕事現場に向かうことも増え、いよいよ自分だけで対応する状況に置かれました。特に問題なければ良いのですが、仕事にはハプニングがつきものです。とっさの判断をどうするか、何かあった際は誰に相談すべきかなど、その都度自分で考えることが求められました。もちろん失敗も数多くしてきましたし、そこから自分なりに教訓を得て、再発を防げるようにもなっていきました。ある意味では「経験」が大きい職業だと言えます。

では長い年月この仕事に携わったから万事オーライかと言えば、決してそうではありません。今でも日々の仕事において反省することはしょっちゅうです。「適切な訳語が浮かばなかった」「余裕を持って自宅を出たのに、電車遅延で思いのほか時間がかかった」「マイクのスイッチを入れ忘れた」など色々とあります。

こうしたことから、私は仕事からの帰路、電車の中で「ひとり反省会」をしています。一日を振り返ってみて、改善できることはないか振り返ってみるのです。さほど大きなミスがなかった日でも、なるべく次に向上できることはないかを考えます。一方、省みるのもしんどいぐらいのミスをしたときも、考えることから逃げず、あえて直視するようにしています。

なぜ帰り道に反省をするかについては理由があります。まず、仕事帰りというのはまだ記憶が新しいままです。先ほど起きてしまったミスは鮮明に覚えています。それをなるべく早く思い出し、再発防止のためにはどうすべきかを早めに考えることが大切だと思うのです。ミスを振り返るというのは、追体験することでもありますので、決して気持ちの良いことではありません。けれどもそのままにしてしまい、数時間後・数日後に思い出すと余計辛さが身に沁みます。早く反省して早く教訓を得る、そしてミスそのものは早く過去のものにする方が心の負担が少ないと私は考えます。

反省の際には小さなメモ帳にミスの内容を書き出します。たとえば「○○という訳語が思い浮かばなかった」という具合です。具体的にどういうことが起きたのか、事実関係を書き出します。

次に「自分はどう感じたか」を記します。「苦し紛れの訳で対応してしまい、辛かった」「しかも何度も出てくる単語だったので、その都度大変だった」という具合です。ここでは自分の感情を書き出します。

次にやることは「教訓」です。「そのニュースが出てくるのは新聞で読んでいたはず。単語リストを作っておくべき」「知っている単語でもあえて口慣らしをしておくこと」という具合に、次にできる行動案を書いていきます。

こうして「失敗」から「教訓」へと何とか書き出すことで「ひとり反省会」は終了します。大事なのは自宅最寄り駅に着く前にこの作業を済ませておくこと。そして下車後は気持ちを切り替えて家に帰るということです。いつまでも引きずってしまっては精神衛生上良くありません。大好きな仕事だからこそ、失敗に圧倒されず、次へ次へと気持ちを持っていきたいと思っています。

(2014年11月17日)

【今週の一冊】

“Habit Stacking: 97 Small Life Changes That Takes Five Minutes or Less” S.J.Scott, Kindle版, 2014年

良い習慣を身につけるためにはどうすれば良いか。これは誰にとっても永遠の課題だ。「やらなければいけないのは分かっている。でも忙しいし・・・」「予定表には書き込んでいた。でもできなかった」という具合に、意思はあるものの行動に結びつかず、自己嫌悪に陥ってしまうのではないだろうか。かく言う私もそんな一人である。

一日は誰にとっても24時間。私だけが忙しいわけではない。だから本来なら言い訳などしていてはいけないのだ。ではどうすれば良いのだろう?そんな思いを抱いていたところ巡り合ったのが本書である。たまたま英字新聞のコラムに紹介されていたので入手した。

アマゾンで注文した際に気付いたのは、具体的な出版社名が見当たらなかったこと。どうやら著者のScott氏が自費出版したようだ。おそらくご本人のインターネットコラムを書籍化したのではと思われる。

本書は活字も大きく、文章も平易で読みやすい。97個のヒントが掲載されており、いずれも具体的なヒントと所要時間が書かれている。数分以内で取り組めるものばかりで、それらを自分の生活に導入し、繰り返し行うことによって良き習慣が蓄積されるとある。義務感でやらなければと思うとストレスになってしまうが、本書のように数分以内でできるものであれば、ハードルも低くなる。

中には「毎日水を飲む」「机の上を片づける」など、類書に出ているような内容もある。ただこの本のメリットは、それらの所要時間が記されていること。逆を言えば、「片づけ」「手紙書き」など、一見大変そうに思える内容も「なあんだ、3分でできるのか。ならばやってみよう!」と思わせてくれる。一気にやるのではなく、まずは容易にできそうなものから始めてみることで、良い習慣をstack、つまり積み重ねていきたいと思う。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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