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放送通訳者直伝!

第258回 文末のこと

先日ラジオを聴いていると、観光案内のコーナーが流れていました。その街の魅力を現地に住む方が紹介するという内容で、これからの行楽シーズンにはぴったりの話でした。

私は仕事柄、人の話し方や言葉の使い方についつい注目してしまいます。講演会に出かければ、セミナー講師の「間」の取り方や話術、笑いを挟むポイントなどに意識が向かいます。世の中にはお話の素晴らしい方が多く、実に参考になることが多いのですよね。「なるほど、ここでその話題を振ると、聞いている方も気づくことがあるなあ」など、話のコンテンツだけでなく話術にも感心しています。

今回のラジオインタビューも、そうした意味ではとても有意義なものでした。ラジオの場合、画像がありませんので、聞いている人が頭の中で想像できるように話すことが求められます。より具体的であればあるほど、リスナーにとっても理解が促されるのです。

ただ、一つ気になる点がありました。それは文末の締めくくり方です。

「今日は~~についてご紹介します」と言えば通じることが、「今日は~~について紹介できればいいかな、と思います」となっていたのです。「ん?何かやけに長いなあ」とその時は思ったのですが、それから続く文章でも「最近は~~というものがはやっているのではないかと思うのですが」「たとえば、~~というものが観光客にとっては喜ばれるように思わなくもないのですが」「ぜひ多くの方々に来ていただければ良いかな、と考えています」という感じでした。

文法的に見れば間違いではありません。ただ、文末をオブラートに包むような話し方に、私はふと思考が止まってしまったのです。

そういえば以前子ども向けテレビ番組を観ていたときも「では今日は~~という遊びをしてみたいと思います」という話し方が聞こえてきましたし、子どもたちが小さいときに出かけたイベントでも、お姉さん・お兄さんが同様のセリフを口にしていました。

考えてみると、最近はこうした文末で締めくくる表現が増えているように思います。私が小学校・中学校時代は先生方の口調も命令形で断定的でした。「~~しなさい」はまだ良い方で、「~~するな!」という言葉もよく耳にしましたね。一方、最近の教育現場では先生方の話し方も丁寧になっており、「~~した方が
良いんじゃないかなと思います」というような話し方も見られます。

なぜこのような文末になったのでしょうか?おそらくこれは日本語特有の性質もあるでしょうし、日本人の考え方として摩擦を避けたいという思いも存在すると私は考えます。「~~です」と言うときつく聞こえてしまうため、「~~だと良いかなと思います」の方が無難なのでしょう。

ただ、これも程度問題だと思うのですよね。あまりにも会話の中で何度も出てきますと、くどく聞こえてしまいます。私はイギリスにいた子ども時代、話が回りくどくなるとクラスメートから"Oh Sanae, get straight to the point!"とよく注意されました。要はグダグダ言わずに単刀直入に話してほしいというわけです。

パシパシ断定調の話し方をすれば日本語の場合、角が立ってしまいますが、かといって常時オブラート文末では聞いている方も疲れてしまいます。

私自身、これまで実は「文末濁しオブラート状態文章」を非常によく使っていました。ですので今回客観的にこの問題をとらえ、大いに反省しています。

(2016年5月2日)

【今週の一冊】
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「福井県の学力・体力がトップクラスの秘密」 志水宏吉・前馬優策編著、中公新書ラクレ、2014年

今年3月のこと。福井県で高校生向けに「通訳」につい講演しました。これまで金沢までは足を運んだことがありますが、福井県は初めてです。どんなところだろうとワクワクしながら新幹線を経て電車に乗っていると、あっという間に福井駅に到着しました。

これまで私が抱いていた福井県のイメージは恐竜、永平寺、オバマ大統領で一躍有名になった小浜市、東尋坊といったところでしょうか。あまりよく知らなかったため、出張決定後は東京・永田町の福井県東京事務所へ向かい、慌てて現地の観光パンフレットを取り寄せて予習をしました。ちなみに私は各都道府県の東京事務所でパンフレットを一式頂くのが趣味です。事務所に入ると、東京に派遣されてきた職員の方々がお国ことばで話しながらお仕事をしているのですよね。そうした雰囲気に触れるのも好きなのです。

さて、今回本書を購入したきっかけは、そのセミナーでの高校生の反応が非常に素晴らしかったことでした。通訳の仕事に関心を抱いてわざわざ貴重な週末をセミナーのために来てくれた生徒たちですので、もともとの意識が高いというのはもちろんあるでしょう。けれども、講演の中で実際に通訳演習をしたり、音読やペアワークをした際、生徒たちの意識がとても高いと私には感じられたのです。

その理由を探るべく本書を読んでみると、色々と見えてくることがありました。家庭がしっかりしていることはもちろん、先生方の多大な努力が総合的な学力をつけていることもわかりました。大都市圏と異なり塾が少ないため、限られた環境の中でどう工夫して勉強をしていくかということも、福井県では大きなポイントだと感じます。

豊かになり余裕が出てきた今の時代、ついつい大人は子どもに対してあれこれ手を貸してしまいます。助言をして道筋を示すのももちろん大切です。けれどもお膳立てのしすぎも、本人の工夫を阻害するように私は考えます。

私はセミナーで「紙の新聞を読んでいる人は?」といつも参加者に尋ねるのですが、挙手率は今回の福井県高校生がダントツでした。だからなのでしょう、時事ネタを振っても返答率・正解率がとても高かったのです。これも福井県の学力向上に大いに貢献していると思います。 



第257回 チェックマークから思い出すこと

随分前に時間管理についての本を読み、以来実践していることの一つに「やることリストを作る」というものがあります。やるべきことを書きだし、その左端にそれぞれ四角いマスを書き、終了したらチェックマークを入れるというものです。優先順位を付けたりカテゴリー別に分けたりと方法もいろいろあるようですが、私の場合、とにかく思い付いたことはランダムにチェックボックス付きで書き出し、取り組むようにしています。以前はポストイットに一つ一つ書いて並べ替えるということもしていたのですが、今は手帳に書き出したリストを一日の始めにざっと眺め、一番大事なことから着手するようにしています。・・・とは言え、最優先項目をprocrastinate、つまり後回しにしてしまう「気の弱さ」と抱き合わせではあるのですが・・・!

さて、チェックと言えば、先日読んだ記事に面白い記述がありました。イギリスの投票についてなのですが、put a cross in that boxとあったのですね。
選挙関連の内容で、ぜひとも投票に行きましょうという文脈での表現でした。that boxとは、投票用紙に書かれている四角いチェックボックスのことをその著者は述べていました。ちなみにイギリスの投票用紙では、候補者名の隣にチェック用の四角いマスが記載されています。

興味深いのは、日本であれば自分が支持する候補者名の上に「○」を記しますよね。一方、イギリスの場合、「×」を付けて「私はこの人に投票します」という意思表示をするのです。日本では「○=正解、×=誤答」ですが、イギリスでは「✔=正解、×=誤答」です。確かオランダも同様で、小学校2年生の時にオランダの学校へ転入した際、自分では得意だった算数の点数が「✔」マークだらけで、ものすごいショックを受けたことを今でも思い出します。「あんなに得意だった算数で零点とは・・・!」と思いきや、よくよく見たら正解だった、という笑い話です。

ところで選挙と言えば、ロンドンで働いていた1999年のこと。なぜか私宛にヨーロッパ議会選挙の投票通知が送られてきました。「うーん、日本人で在留届を出しているだけでイギリス国籍は持っていないのに。とは言え、労働許可証と永住権は付与されているから投票しなさいってことなのかしら」と思いつつ、指定された投票所へ向かいました。イギリスの選挙は投票日を木曜日と定めているのですが、この選挙も1999年6月10日木曜日でしたね。

当時私は公休が木曜日でしたので、早速投票所へ行き、通知を係員に提示しました。ただ何となく不安でもありましたので自分の立場を説明したところ、
「あら、そういうことなのね。じゃあ、あなたには投票権はないですよ。この通知は間違って送られてしまったということになるわ。ゴメンナサイ~~!」
という感じであっさりと投票権はく奪(?)となったのでした。

無責任に投票せずに済んだと安堵した反面、こういう凡ミスはイギリスでは珍しくありませんので、またまた「オモシロ体験談」のストックが増えたと思った次第です。

ちなみに「オモシロ体験談」は他にもいくつかあります。留学中には大手英国系銀行の私の口座から間違って多額の現金が引き落とされましたし(銀行員のミス)、BBC時代にはクリーニングを引き取りに行ったところ、自分のとは異なる商品を返品されたこともありました。「・・・これ、私の赤ジャケットじゃないのですが・・・」とスタッフに言ったところ、「あ、あれね。あなたのジャケット、かなりボロで破れちゃったんですよ。代わりにこちらを入れておきましたから」という始末。

こういうことがイギリス時代には多くて、"How to write complaint letters"という類の本には本当にお世話になりました。

(2016年4月25日)

【今週の一冊】
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「強くしなやかなこころを育てる!こども孫子の兵法」 齋藤孝著、日本図書センター、2016年

「古典を読まなければ」と思いつつ、まだまだ読破できた数は多くありません。けれども読書は一生続けられるものですので、焦らずに良質の古典を読み進めたいと思いながら今に至っています。

「孫子の兵法」はすでに多くの出版社から出ており、原文と解説を合わせた本や、抜粋タイプの書籍などいろいろあります。本来であれば原文と日本語訳をじっくり味わうのが良いのでしょうけれども、あえて私は子ども向けの本を今回購入しました。オビには齋藤先生の言葉で「『孫子の兵法』をおとなだけのものにするのはとってももったいないと思います!」と出ています。

早速開いてみたところ、活字も大きく、親しみやすいイラスト入りで原文と解説が書かれていました。面倒なことは早めに解決する大切さを始め、「戦わないで勝つほうが本当にすごいこと」というフレーズなど、孫子の兵法のエッセンスがわかりやすく掲載されています。

中でも印象的だったのは「意味のある『逃げる』だってあるんだよ。かなわないなら、さっさと逃げてしまおう」という齋藤先生の解説文です。原文は「少なければ則ち能くこれを逃れ、若かざれば則ち能くこれを避く」です。困難な状況に立ち向かうことで成長できるのが人間ですが、その一方で、もうこれ以上がんばれないというならば、逃げてリセットしても良いのだというのが孫子のメッセージです。

特に日本社会の場合、同調圧力が強く、周りの目が気になってしまうと、自分の心が壊れてしまうぐらい自らを追い込んでしまうことになりかねません。人は一度しか生きられない以上、勇気ある撤退もありだと私は考えます。


第256回 好きなら迷わず、ニガテなら他で

このコラムでも何度か書いてきたのですが、通訳者に必要な要素の一つとして私は「体力」を挙げています。限られた時間内で瞬発力や集中力が求められる仕事だからです。また、フリーランスで働く以上、健康管理がおざなりであったがゆえに仕事に穴をあけることも許されません。自分自身を一つの「商品」として維持・管理することが大事なのです。人間は年を重ねるごとに無理がきかなくなり、若いころのような体力も期待できなくなります。だからこそ、年齢に応じて自分にどういった栄養が必要か、休養はどれぐらい取るべきか、運動の頻度はどうすべきかといったことを考えながら、日々の生活を送るべきだと私は考えます。

数年前、私はマラソンに凝っていました。体力増強を図りたかったことと、体重を落としたかったためです。最初は自宅マンションの周りを一周する3分ほどでも息切れしていました。けれども継続は力なり。本当に少しずつ走れるようになったのは喜びでした。3キロマラソン、5キロ、10キロと増やしていき、2回ほどハーフマラソンに出たこともあります。中学生の頃、マラソン大会を仮病で休むぐらい走ることが苦手だった自分が、ハーフを完走できたというのは大きな自信になりました。

しかしその後、関節を痛めてしまい走るのが困難になりました。病院で診てもらったところ、生まれつき関節に問題があったこともわかりました。医師からは「固いアスファルトやマラソンは控えるように」とストップがかかったのです。それからリハビリに通うこと1年強。幸い「スポーツクラブなら床が柔らかいので、それならOK」とのゴーサインを頂き、運動は続けています。

スポーツクラブで気に入っているのはスタジオレッスンです。私が通うジムはプールやマシンなど一通りあるのですが、スタジオレッスンだけが好きなので、それ以外の施設は全く使っていません。参加するレッスンは格闘技系のクラスと筋トレ系のクラス。音楽に合わせて体を動かすというものです。60分クラスでは10曲ぐらいかかるのですが、いずれもノリの良い曲ばかりで、レッスンに出るだけでも元気が湧いてきます。

体をトータルで鍛えるには、燃焼系と筋トレ系をバランスよく取り入れることだと言われています。ですので私の場合も、別の見方をすればあえてレッスンに出なくてもウォーキングマシンやバーベルなどを用いた自主トレーニングでも構わないわけです。

けれども私にとって、一人で黙々と取り組むことはどうも性に合わないのですね。60分格闘技クラスをする代わりにウォーキングマシンや自転車こぎでも同じぐらいのカロリーは消費できるでしょう。けれどもスタジオであれば音楽があり、仲間がいて、インストラクターから元気をいただける。そんなトータルでの良さが私にはかけがえなく思えるのです。

そう考えると、運動にせよ学習にせよ、好きな項目や作業なのであれば、自分で遠慮したり我慢したりせず、迷わず取り組むべきでしょう。逆にニガテなのであれば、その分を別のもので補えるような工夫をすればよいと私は思います。たとえば私は自主ストレッチがとても苦手で、「やらなくては」と頭ではわかっているものの、お風呂上がりの体が柔らかいときでさえ、ストレッチを怠ってしまいます。運動している分、きちんと筋肉を緩めることが大切だと感じているのですが、どうも苦手なのですね。ではどうするかと言うと、お金はかかってもマッサージを受けたり、整体をお願いしたりすることで「苦手なこと」を別のもので補うようにしています。幸い相性の良い整体師さんに巡り合うことができ、定期的に体のメンテナンスをお願いしています。

ちなみに私が英語学習で苦手なこと。それはズバリ「英文法」です。幼少期に海外で暮らしていたためか、どうしてもフィーリングで文章を組み立ててしまうのですね。英文法書も持っていますが、難しい文法用語を見ただけで閉じてしまうほどです。でも避けてばかりはいられませんので、辞書を引いたついでに文法の囲み記事を読むなど、別の角度から触れるようにしています。大好きな「ジーニアス英和辞典」には文法項目が易しく書かれているので助かっています。

好きなら迷わず取り組む。ニガテなら他で補う。

そうした贅沢が許されているのが大人なのかもしれません。 

(2016年4月18日)

【今週の一冊】
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「さあ、音読だ~4技能を伸ばす英語学習法~」 今井宏著、東進ブックス、2015年

先日、久しぶりに大型書店へ行きました。このところエキナカの書店に慣れてしまったこともあり、大規模な本屋さんから足が遠のいていたのです。以前は新宿の大型書店へ仕事帰りに立ち寄り、最上階にまずは向かってどんどん下の階に行きながら大量の本を買っていました。そうした乱読期があったのですよね。最近はもっぱら少数厳選のお店で買うようになっています。

今回ご紹介する一冊は、近所の大型書店の受験コーナーで見かけたものです。私は自分の授業の参考にと、高校生向けの参考書を眺めるのが好きなのですが、本書もその一角に置いてありました。著者は予備校で英語を教える今井宏先生です。

今井氏が述べるとおり、私も音読には絶大な信頼を寄せています。「同時通訳者の神様」と呼ばれた故・國弘正雄先生も「只管朗読」という言葉を唱えておられました。繰り返し音読することが大切であるという内容です。

本書には音読の効果や方法など総括的な内容が書かれています。中でも私が共感したのは、「英語学習とは体育会系の力任せのものである」という趣旨の記述です。日本ではダイエットにせよ英語学習にせよ、色々な方法が出ては消えていきますが、要は「やるか・やらないか」だけのことなのですよね。小難しいことを考えたりせず、理屈を述べたりせず、とにかくガンガンやることが大切だということを私も感じます。

最終章は受験生に向けた応援メッセージです。特に昨今の「コンピュータによる合格発表」に違和感を覚えるという部分は私も共感しました。今はinstant gratification、つまり、何事も「今、すぐ」手に入ったり満足できたりという時代です。だからこそ、寄り道や余韻があっても良いと私は強く思っています。



第255回 得意なことは得意な人に 

通訳の仕事を始めてから早や20年以上が経ちました。フリーランスで働いていますので、年金や保険などは国管轄のものに入っています。一般企業の保険と比べれば割高ですし、住宅手当もなければ通勤定期券の支給もありません。慶弔時の祝い金もないですし、仕事で使う文具などもすべて自腹です。業務に必要なスーツも靴もカバンも辞書もコンピュータも、何から何まで自分でそろえ、自分のお金で賄うという生活を長年続けてきました。

会社員生活からフリーになった時、周囲からはずいぶん心配されました。「せっかく安定した企業人なのに、収入が不安定になるわよ」「自分が病気になったらどうするの?」「ただでさえ高齢化社会になっているのに、年をとった時どうやって暮らしていくの?」といった質問が投げかけられました。

当時の私は若かった分、「大丈夫、その時になったら考えるから」「何とかなるし、何とかしてみせる!」と答えていました。事実、そう応じる以外自分に選択肢はなかったのです。けれども不安に思ったことは一度もありませんでした。なぜなら、自分が心から好きと思える仕事をできる喜びの方が大きかったからです。

当時の私のロールモデルは、乳がんでわずか40代で亡くなったジャーナリストの千葉敦子さんでした。病が進行していたにも関わらず、あえて日本での生活を捨てて念願のニューヨークに拠点を移し、亡くなるまで現地で精力的に暮らしていたのです。日本のことを英語で海外に発信するという大きな使命を抱いていた千葉さんは、最期までジャーナリストとして勇気ある姿を見せながら生き抜いたのでした。

私自身は英語が好きで、通訳という作業が楽しくて今に至っています。放送通訳の現場では多様な話題が飛び出しますので、予習のしようがありません。けれども新聞を読むこともネットサーフィンをすることも、美術館や映画館に出かけたりすることも、すべていつか自分の蓄積になると私は考えます。日々の生活の中で体験することや見聞することすべてが仕事に結びつくと思えるからこそ、不安定さや不安感よりも喜びの方が大きいのです。

組織にいると、私のような楽観的な生き方では済まされないかもしれません。企業には企業としての方向性があり、人事もそれに基づいて決定されます。時には意に反する配属があることでしょう。それでも文句を言わず、与えられた環境の中で精一杯仕事をすることが組織にいる場合は求められます。私もかつて会社に勤めたことがありましたが、自分にはそうした働き方や組織への帰属が向いていないのだとそのとき痛感しました。ですので、このまま働き続けていては自分もハッピーになれず、そのようなメンタリティの私が組織にいること自体、その会社にとってもむしろマイナスになるだろうと思ったのです。

以来、「得意なことは得意な人に任せる」という考えが私の中では大きな指針になっています。そうすれば本人も幸せに感じますし、それが周囲にも伝染します。本人が意欲的に動けば、それは組織にとってもプラスになるでしょう。私の場合、組織にフルタイムで所属してはいませんが、通訳や教える仕事が好きですので、この分野であればささやかなりともお役にたてるのではという思いがあります。

人間というのは、好きなことであれば周囲から止められてもあきらめないものです。寝食を忘れても取り組めるはずです。幸せそうに取り組む人を見れば、周囲にも明るい雰囲気が伝わってきます。それがさらに周りを感化し、相乗作用を起こしていけるのです。逆に、本人がイヤイヤ取り組んでいれば、周りにも暗い空気が伝わりますし、組織であれば全体的な沈殿に至ってしまいます。

本人が自分の得意分野を自覚すると同時に、組織を率いる者も部下の強みを把握し、そこを伸ばしていく。

それができればどのような組織も飛躍していけるのだと思います。

(2016年4月11日)

【今週の一冊】
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「小倉昌男 祈りと経営 ヤマト『宅急便の父』が闘っていたもの」 森健著、小学館、2016年

私には「大好きな組織」がいくつかあります。その会社自体が好きという以上に、たまたま優秀なスタッフの方がその組織に属していたと言った方が正しいかもしれません。ただ、良き社員がいる組織というのは往々にしてその会社全体が素晴らしいと私は感じています。

ヤマト運輸はそうした私のお気に入り企業の一つで、荷物を送る際には多少割高でも利用するようにしています。そう思うようになったきっかけは、我が家を担当するスタッフさんが素晴らしいからというのが一つ。そしてもう一点はクロネコヤマトの生みの親である小倉昌男氏の本をこれまで何冊か読み、その企業哲学に魅了されていることが挙げられます。

官庁と闘ったり、不正に対しては毅然とした態度を示したりという姿から、小倉氏というのは近寄りがたいイメージを持たれています。けれども以前読んだ著作からはむしろ謙虚さや控えめさの方が大きく、実際にテレビインタビューの映像などを見ても、今でいう「カリスマ経営者」からはほど遠い雰囲気の持ち主です。

そんな小倉氏がヤマトを引退した後、なぜ福祉の世界に全力を注いだのかを本書の著者・森健氏は切り込んでいきます。かつてのインタビューで小倉氏は、ただ何となく福祉の分野に身を置くようになったという趣旨の答えをしていました。しかし、もっと本質的な理由があるのではないかと森氏はとらえ、それを探っていったのです。

本書は小倉氏の使命感の、深い或る部分にまで読者を連れて行きます。その内容は、これまでクロネコヤマトのオモテだけを見ていた者にとっては衝撃的かもしれません。けれども私はこの本を読み、精神科医・神谷美恵子先生が心の中に抱えていた使命感に共通するものを感じ取りました。

「小倉昌男」「ヤマト」となれば、書店のビジネス本コーナーに本書は置かれることでしょう。けれども私が書店員であれば、本書を精神医学の棚に置くと思います。「こころ」に関心のある方にお勧めしたい一冊です。


第254回 目に見える達成感を 

デジタル全盛期の今でもあえてこだわって使っているモノがあります。「紙の辞書」と「紙新聞」です。今や混んだ電車の中で紙新聞を広げるのは迷惑行為とみなされてしまうようですので、私も読む場所には気を付けていますが、それでも紙新聞を止められない理由がいくつかあります。

一つ目は「一覧性があること」。どんなにスマートフォンやiPadが発達しても、あの紙新聞を広げた大きさまでスクリーンが巨大化することはありません。それではかえって携帯性の意味がなくなってしまうでしょう。私は自宅で新聞を読む際には食卓に新聞を広げて立って読むのですが、そうすると瞬時にしてすべての記事が目に入りますので、概要を素早く把握しやすいのです。それが最大の利点です。

もう一つは「意外な情報にありつけること」です。「ページの下の方に目をやったら、ふと雑誌広告に気づいた、しかも面白そうな特集が掲載されている」という具合です。その雑誌になじみがなかったとしても、このようなふとした出会いで新たな世界が広がることもあるのですよね。

3つ目は「読んでみたら面白かった」という記事との出会いです。たとえば日頃スポーツニュースに興味がなかったとしても、写真やタイトルが面白くてつい引き込まれて読んだら楽しめた、というケースです。これを機にその分野にどんどん引き込まれることもあります。

以上3点は紙新聞だけでなく、紙辞書も同様です。放送通訳の仕事をしていると、物事を大局観的にとらえて瞬時に同時通訳する必要があります。だからこそ、こうした把握方法にこだわるのかもしれません。

ところで紙新聞と紙辞書でもう一つ私が好きなことがあります。それは「達成感が目に見える」点です。紙新聞であれば、1ページ目から読み始めて最終頁までをパラパラとめくります。するとそれまで空気が入っておらず、くっついていたページ同士が最終頁に到達するころにはほどよくほぐれ、最後のページをめくり終えると、未読の時より新聞紙全体が明らかにふっくらと(?)しているのです。それが私にとって「よし、読み終えた!」という達成感につながります。

一方、紙辞書に関しては私の場合、引くたびに必ず下線を引くようにしています。最近はあえて基礎的な単語も引き直して通読しているのですが、その際にも面白いと思った語義や例文などにはアンダーラインをしています。インクの色にはこだわりませんので、その場にある筆記具で線を引きます。もちろん、物差しなども使わずバッと無造作に引くのですが、その気軽さが私は好きなのですね。

辞書も紙新聞同様、購入当初はページ同士がくっついています。引くたびにページがほぐれてくるとますます引き易くなりますので、辞書を使うのがさらに楽しくなります。おそらく紙辞書が面倒に思える方の多くは、物理的に引きづらいのが原因なのではないでしょうか。

こうして書き込みや下線だらけになってくると、自分の勉強の足跡を目で把握できるようになります。これは何物にも代えがたい達成感です。私の場合、日常生活の中でまとまった時間を勉強に充てることがなかなか叶わないのですが、「ちょっと調べて線を引いた」という蓄積が残っていることは、自分の努力の跡を見るようで本当にうれしくなります。

「今日は体力的にくたびれているなあ」「何となく気乗りがしない」などという日こそ、私はあえて紙辞書を開きます。すると「そうそう、この単語はCNNのニュースに出てきたっけ」と引いたときのことを思い出すのです。今は使っていないペンのインキ跡を見つけると、「これを調べたのはもう1年以上前かも」という具合に、過去のことがよみがえってきます。

このような「目に見える達成感」があるからこそ、学習スピードが落ちても前を向けるのだと私は感じています。

(2016年4月4日)

【今週の一冊】
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「戦場カメラマンの仕事術」 渡部陽一著、光文社新書、2016年

カメラマンの渡部陽一さんと言えば、あの独特の語り口でバラエティ番組でもおなじみですよね。独自のキャラで知られていますが、本職は戦場を専門に取材活動を続けるジャーナリストです。その渡部さんがこれまで経験してきたことを文章で表した一冊をご紹介しましょう。

私は自分が放送通訳業という、ジャーナリズムの世界に関わる仕事をしていることもあり、ニュースキャスターやディレクター、新聞雑誌記者、編集職、カメラマンなどに興味があります。私はもっぱら空調の効いた安心安全快適な同時通訳ブースで仕事をしていますが、その大元の素材を見つけて伝えてくれるのは、過酷な現場で活動する記者やカメラマンたちです。

かつて私がBBCワールドで働いていたころ、東南アジアの東チモールで独立運動がありました。インドネシアから分離して国家を新たに作るという動きだったのです。ところが独立と一言で言っても、そう一筋縄ではいきません。様々な利害関係がからみ、衝突もあったのです。その様子を取材していたBBCの現地特派員が、取材中に暴徒に襲われてけがをする事件がありました。その一部始終が映像として伝えられ、非常に衝撃を受けたことを覚えています。

そのような危険と隣り合わせにいるジャーナリストたちがいるからこそ、私たちは世界においてひっ迫している問題点を知り、その解決策を見出そうと知恵を絞ることができるのです。一般市民が何か具体的な改善方法を実施することが今すぐできなくても、「事実を知ることそのもの」が非常に大切だと私は考えます。

本書は渡部さんがカメラマンを志したいきさつから、中東での紛争地を撮影した経験談まで、たくさんのエピソードが盛り込まれています。テレビではひょうひょうとしたイメージですが、実はおびただしい数の古典や名作を読破しています。なぜ本を読むのか、読書を通じて何を感じたのかを知ることもできます。本との関わり方について知りたい読者にもお勧めしたい一冊です。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 通訳学校で後進の指導にあたるほか、大学の英語学習サポートルームにて英語学習アドバイザーも務める。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。