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放送通訳者直伝!

第245回 だしと紙辞書

前回のこのコラムでは、日常生活、とりわけ家事で私なりに工夫しているポイントを10項目お話しました。人間というのは不便になればそれなりに知恵を出すものなのかもしれません。ちなみに英語でsapientという語がありますが、これは「知恵のある」という意味です。「人類」の「ホモサピエンス」は英語でHomo sapiensと書きますが、これはラテン語が語源で「賢い人」ということです。ヒトには賢さや知性が備わっているからこう呼ばれるのですね。

さて、自分なりに工夫をするようになると、工夫そのものを考えることが楽しくなってきます。「ああかな?こうなるかな?」と結果を想像しつつ、試してみる工程が実験のようで面白いのです。今の時代は何事もめまぐるしい速さで動いていきます。かつてコンピュータが出回り始めたころは、漢字変換も今ほど速くありませんでしたし、記憶媒体に保存するにも時間がかかりました。昔の電話はプッシュホンではなくジーコロジーコロとダイヤルを回すタイプで、ダイヤルが元に戻るまで数秒を要しました。外食産業も発達しておらず、ファストフード店もコンビニも存在しない時代が昔は当たり前だったのです。

技術や科学が進歩することで私たちの生活は大いに便利になりました。格安でモノやサービスが手に入るようになり、忙しい人にとってはありがたい時代になっています。けれども、お金を昔ほど費やさなくてもそこそこのものが手に入るということは、恵まれているようでいて打ち上げ花火のごとく思えます。あっという間に幸せ感も消えてしまうように私は感じるのです。

私は紙辞書が好きで、今でも家では「ジーニアス英和辞典」の紙版を愛用しています。CNNの同時通訳のさなかは瞬時に訳語を必要としますので電子辞書を使いますが、家ではのんびりとページをめくりながら他の単語に目をやりつつ目的の語を引くのが楽しいのですね。寄り道が許されること、思いがけず新しい語に出会えることなどが私にとっては喜びです。もちろん、ピンポイントで訳語を早く知りたいという気持ちがないわけではありません。英文を読んでいる途中で辞書を引いた際には迅速に意味を知りたいとむしろ思います。けれども、はやる気持ちをおさえて目的への道のりそのものも味わいたい気持ちもあるのです。

私が尊敬する教育者の佐藤初女先生は、食を通じて悩める心を持つ人を受け入れ、痛みを共有する活動をなさっています。初女先生はおむすびや日本の伝統食を人々に差し上げて心を解きほぐしていらっしゃり、料理に関する本もたくさん出しておられます。

その初女先生がだしの取り方について記した一文があったのですが、丁寧にだし作りに向き合う様子がそこからはうかがえました。梅干し作りも同様で、ひとつひとつの粒を大切にいつくしむ様子が描かれていたのです。多忙な生活を営む人であれば出来合いのだしスティックや既製品の梅干しは大いに助かるアイテムでしょう。けれども「作ることそのもの」を味わえれば、人はそれだけでも幸せになれると私は感じています。

だし取りと紙辞書。一見かけ離れていますよね。けれども自分が向き合っていることそのものを大切に思う心があれば、慌ただしい毎日も幸せに満ちたものになるように思います。丁寧に暮らしていこうという気持ちになります。 

(2016年1月25日)

【今週の一冊】
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「学校って何だろう―教育の社会学入門」 苅谷剛彦著、ちくま文庫、2005年

ロンドンのBBCに勤めていたころは、ずっと放送通訳の仕事で生きていきたいと思っていました。ところが人生というのは何もかも計画通りにいくとは限りませんよね。我が家も家族が増えたり雇用形態が変わったりしたことにより、イギリスの永住権をあっさり手放して帰国しました。2002年のことです。

帰国後しばらくは夫婦そろって失業状態。義父母の優しさに甘えて居候していたのですが、下の子が生まれることもあり、思い切って家族で独立したことが仕事を見直すきっかけになりました。幸いCNNの放送通訳の仕事をいただけるようになり、現在に至っています。

それと同時に考え始めたのが、次世代の育成です。今は通訳養成所で後進の指導に当たるほか、大学生にも教えています。通訳学校の場合、通訳者を目指して自費で来る受講生が多いのに対して、学生の場合はバリバリのプロを考えているとは限りません。指導相手によって授業内容にも工夫が必要であると痛感しています。

授業はどうあるべきか、そもそも大学や通訳学校という教育機関は何を意味するのか。そのようなことを今学期は考え続けていました。そこで出会ったのが本書です。

著者の苅谷教授は現在オックスフォード大学で教鞭をとっておられます。本書は中学生向けの新聞コラムをまとめたもので平易な文章ですが、一方的に「答え」を著者が提示するものではありません。むしろ全体を通して問いかけがなされており、読者はその問いを自ら考え、答えを探し出すという構成になっています。

入試や義務教育の定期テストのように「答え」があるものもあれば、人生論や哲学などのように「絶対的な正解」がないものもあります。私たちはあまりにも「解あり学習」に慣れてしまったために、ついつい「正しい答え」を探してしまうのではないでしょうか。ゆえにダイエットでも英語学習でも次々と新しい方法が登場し、私たちは「今度こそこの方法さえやれば!」と期待してしまうのです。

「答えがないことが答えなのだ」と考えれば生きることも楽になります。「学校とは何か?」を本書の問いかけを通じてじっくりと考えることによって、「答えがなくても間違いではない」という安心を抱けた、そんな一冊でした。 


第244回 工夫を楽しむ

なるべくモノを増やさずに生活したいと思っています。このため、何かを買い足すにしても、本当にそれが必要か自問自答してから購入するよう心掛けています。先日電車に乗った際、作家・小川糸さんの最新エッセイ「これだけで、幸せ」の広告を見ましたが、少ないもので幸せを感じる生き方に私も共鳴します。

モノが少ない状態になると、その中でいかにやりくりするかが問われます。実はその「工夫の工程」というのが私は好きなのですね。たとえば我が家の場合、
以下のような方法をとっています。

1.水切りかご
以前は台所に水切りかごがあるのは当然と思っていました。けれどもしばらく使っていると目地の部分に水垢がたまってきます。それを洗うのが私にとっては大変だったのですね。見て見ぬふりをすれば何となく衛生面で気になります。そこである日、思い切ってかご自体を処分しました。今では台所のステンレス作業台にそのままお皿を置いて乾かしています。乾かすためには作業台自体を広めにとっておく必要がありますので、必然的にモノをさらに減らそうという意識が高まったように思います。我が家にはザルや蒸し器用の網もありますので、必要に応じてそうしたものを「かご替わり」にしています。

2.ガラス製パイ皿
ガラス製の丸型や四角型のパイ皿、また、同じくガラス製のパウンドケーキ用の型はケーキやパイだけのものとは限りません。我が家では大皿替わりにして
サラダやおかずなどをドンと盛り付けています。土鍋も同様です。これは乳がんで若くして亡くなられた英語ジャーナリスト・千葉敦子さんが著作に記していた方法で、土鍋にサラダを盛り付けて外国人のお客様をもてなすとありました。

3.ポケット
ジャケットやコートなどにはポケットがついていますよね。高校生の頃は小銭入れやティッシュを入れたりとポケットはフル稼働状態でした。大学生や社会人になるとバッグを持つようになりましたので細々したものはそちらに入り、ポケットは実質上「洋服についている飾り」となったのです。けれども重いバッグを極力軽くしたいと考えた私は今ではポケットも使うようにしています。あまりたくさん入れるとボコボコになるのでバランスが必要ですが、おかげでカバンは大幅に軽くなりました。

4.裏紙を生ごみ処理に
仕事柄、かなりの裏紙が我が家では発生します。そのまま古紙回収に出すのはなんとなくもったいないので、A4用紙であれば半分に切り、メモ用紙にしています。それでも余りがちなので、野菜などの生ごみを入れて処分する「箱」を作っています。インターネットで見つけた折り紙の「箱」なのですが、その折り方でA4用紙を折ると、手のひらサイズの箱が出来上がります。調理中はそこに野菜の皮や種、魚の内臓などをどんどん捨てていきます。他にもA4を広げれば大きな面積でゴミを捨てていけます。1枚ですと破れがちなので2枚の方が安心です。作業終了後にくるりと包んで捨てれば紙が水けを吸収してくれ、ニオイも気になりません。

5.電子レンジの活用
純正ココアや葛湯など、本格的に作るとなるとお鍋やへらが必要になりますよね。おいしく作る楽しさがある反面、洗い物が大変という場合、電子レンジが
頼りになります。インターネットには電子レンジで調理できるレシピがたくさん掲載されており、ココアや葛湯、簡単ケーキなど短時間でできるものが紹介されています。慣れるまではレシピを書き出してそれを見ながら何度か練習すると、次第にできるようになります。

6.服ブラシ
外出先から帰宅後、着ていた洋服にブラシをかけるとホコリをはらえるので気持ちが良いですよね。生地にとっても長持ちさせることにつながります。ただ、仕事でくたびれて帰ってきて着替えてからまたブラシをかけるとなると結構億劫です。そこで私の場合、服ブラシを玄関の靴入れの引き出しにしまっておき、玄関のたたきでブラッシングするようにしています。ポイントは帰宅後、玄関の廊下に荷物を下ろしたらすぐにコートだけ脱ぐこと。そこでブラシをまずはかけます。その後、今着ているシャツやスカートなどにも手の届く範囲でブラシをあてます。完璧を求めすぎると大変なので、あくまでも出来る範囲というのがポイントです。何もやらないよりマシと思いながら取り組むだけでもハードルは低くなります。

7.月末は冷蔵庫内・乾物整理
昨年の大掃除の際、冷蔵庫内を拭きたいと考えました。そのためには中にある食材をできる限り使い切る必要があったのですね。1週間、ひたすら在庫品で調理してみると結構何とかなり、おかげで隅々まで拭くことができました。そこで考えたのが「月末を冷蔵庫内や乾物の整理にあてること」。月1回、冷蔵庫や乾物棚を掃除できますし、在庫もローテーションできるので一石二鳥です。

8.ウェットティッシュを掃除に
コンビニやレストランなどで配られるウェットティッシュ。我が家ではなぜか余ることが多いため、もっぱら台所の拭き掃除に使っています。個別包装しているウェットティッシュですが、あまり長期間放置しておくと乾燥してしまうのですよね。台所の壁タイルの目地を拭いたり、床の隅の方を拭いたりガスコンロの下(うちはビルトインではないので)を拭くなど活用しています。雑巾のように洗って乾かしてというプロセスが省けますので、ちょっとした掃除に便利です。

9.ジッパー付き食材はそのままで
以前私は小麦粉、乾燥わかめ、お麩、スキムミルクなどを別容器に入れていました。かつて「見せる収納」にこだわったことがあり、透明のケースに入れて
台所の作業台に置いていたのです。けれども洗いかごを撤去して作業台を広く使う必要が出てきたため、見せる収納もその時点で終了。今度はそうしたケースを棚の中にしまったのですが、ケース自体が大きいため場所ふさぎになっていました。昔の小麦粉などの袋は開封後に輪ゴムで閉じなければいけませんでしたが、今の日本では多くの食材がジッパー式袋に入っています。これを活用しない手はないと思い、そうしたパッケージのものはそのまま使うようにしています。袋の場合、空気を抜けば小さくなりますので、省スペースで済んでいます。

10.多用途に使えるか考える
たとえば日本酒が切れた場合、レシピによっては白ワインで代用できます。みりんがなくなってもお酒とお砂糖があれば何とかなりますよね。だしもこんぶや煮干しがあればむしろ本格的な味になります。一方、化粧品も同様に工夫ができます。たとえばメイク落としもオイル配合の多いボディクリームで十分落とすことができます。ボディクリームが不足していればハンドクリームでも保湿はできるのです。「このアイテムを他に活用できないかしら?」と考えながら工夫をしてみると、結構切り抜けられると思います。

以上、10項目をご紹介しました。今はインターネットのおかげで色々な人たちが自らの工夫をネットで提供してくれています。自分の工夫に不安があれば、ネットで確認してからにすれば安心ですよね。あれこれモノを増やさず、今あるもので工夫すること自体を自分の「趣味」にしてしまうと、日々の暮らしがますます楽しくなってきます。
(2016年1月18日)

【今週の一冊】
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「食べてはいけない添加物 食べてもいい添加物」 渡辺雄二著、だいわ文庫、2008年

私は日ごろポテトチップスなどの「乾きものスナック」は買わないのですが、それには理由があります。どうしても後を引いてしまうため、いったん食べ始めるとなかなかやめられないのです。スナック菓子のCMではありませんが、本当に「止まらない」という感じになってしまいます。そして食べ終えてから「大後悔」というオマケがついてきます。体重も気になりますよね。

何かをやめるというのは相当の強い意志が必要だと思います。悪い習慣以上に良い習慣を導入すれば良いと言われていますので、スナック菓子を食べすぎて体重が増えたならその分運動をすれば良いと言えるでしょう。けれども忙しくて運動できないなど、人間は言い訳づくりの天才です。よって私の場合、「スーパーではお菓子コーナーに近づかない、買わない」ということをせめてものルールにしています。

もう一つは「正しい知識を増やすこと」です。特に食品添加物などの情報をしっかりと把握しておくことは、自らの健康にもつながりますよね。そこで入手したのが今回ご紹介する一冊です。私の場合、そこまで厳格に食べ物の取捨選択をしようというつもりはなく、あくまでもアバウトです。ただ、何も知らないでいるよりは知っておくに越したことはありません。

本書には今の日本で許可されている保存料や合成の添加物などが一覧となって紹介されています。アイウエオ順に並んでいますので、気になる名称を調べて内容を把握するという使い方もできます。本の前半には具体的な人気商品について説明がありますので、どのような添加物が使用されているのかが分かります。

ただ、気にしすぎると何も食べられなくなってしまいますよね。ですので、私の場合あくまでも「参考情報」と認識しつつ、より安全なものが何なのかを考えようと思っています。長く通訳の仕事を続けるためにも、正しい食の知識を得て健康状態を保ちたいというのが私の願いです。


第243回 少しだけ視点をずらす

お正月気分が続く中、日本では1月2週目に連休があります。年末年始休み明けの仕事で少し疲れた人にとってはありがたい3連休ですよね。一方、大学などは近年、文科省の指導により15週間の授業が標準となり、大学によってはハッピーマンデーも通常の月曜授業です。私が学生のころは休講や祝日で授業がなくなると喜んだものですが、最近は教わる側も教える側もまじめになっているような印象です。

昨年同様、今年も仕事と家庭のバランスを工夫したいと思います。去年は家事、とりわけ掃除や洗い物などに取り組む際、いつも時計を見ては自分なりの制限時間を設けていました。たとえば台所に立ち、「さあお皿を洗おう」というとき、目の前のお皿の量を見てから壁の時計に目をやります。「よし、この分量なら5分で洗い終えよう!」と自分の中で決めるのです。できる限り制限時間内に終えることが目標となり、無事終了すると達成感でいっぱいになりました。お風呂場の掃除や片づけなども、こうした方法をとっていたのですね。

最初のうちはレース間隔でできるこの作業が快感でした。けれども今年に入ってから少し考えを変えてみたのです。きっかけは曹洞宗住職・枡野俊明氏の本でした。詳しくは「今週の一冊」でご紹介しますが、本書を読んで「イヤイヤ取り組むこと」の不毛さを感じたのでした。

私の場合、掃除や片づけ、洗い物などは決して嫌いな作業ではありません。けれども制限時間を設けることで、「イヤだからさっさと片付ける」という思いが潜在的に沸き上がっていたようです。「本当はもう少し隅々まできれいに磨きたいなあ」と思ったとしても「いや、制限時間が優先!」となり、気になる箇所をないがしろにしたまま終えていました。

枡野氏は「掃除とは心を磨くこと」と説いていますが、そのような観点でとらえるようにした結果、「きれいに仕上げることで心が豊かになる」と思えるようになりました。ですので最近はあえて制限時間を設定していません。代わりに「ここを磨き上げたらきっと気分も良くなる」と思うようにしています。

たとえば入浴後には浴槽や壁にたくさんの水滴がつきますよね。最近は換気扇が進化していますので、そのままにしておいてもきれいに水滴が乾くお風呂場もあるそうです。残念ながら我が家の場合は従来のバスルームですので、水滴を何とかしない限り、放っておけばカビが生えてしまいます。以前はその水滴をふき取るのも面倒だったのです。

そこで考え方を変えてみました。一日の終わりで疲れていたとしても、水滴をふき取ることが次につながると考えるようにしたのです。具体的には、「水滴一つ一つは今日自分が一日取り組んだすべての労働」と思うことでした。

仕事や家庭、勉強など一日を振り返ればたくさんの細々したものに誰もが取り組んでいると思います。「一つの水滴」を「自分がその日に取り組んだ一つの作業」と見立てるのです。すべてを拭き終えれば何百という水滴の粒がきれいになります。そうすることで自分が一日かけて取り組んだ仕事や勉強、家事など細かい一つ一つの作業すべてが報われたと考えます。

要は少しだけ視点をずらすことで「やらされ感」を脱せられると思います。私は水滴を拭きながら「今日はこれも頑張った」「料理の味は今一つだったけれど、次への教訓を得た」など、心の中でその日一日を振り返りながら明日への活力を見出そうとしています。 

(2016年1月11日)

【今週の一冊】
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「片づける禅の作法」 枡野俊明著、河出文庫、2015年 

年末と言えば大掃除ですよね。私の場合、当初の予定では「掃除」をしようと思っていたのですが、結局のところ、昨年末は「大片づけ」で終わりました。拭いたり磨いたりという作業よりも、不用品を処分することに終始したのです。もう少しあちこちピカピカにしたかったという気持ちはありますが、その一方で、要らないものを大幅に減らせたのでほっとしています。

今回ご紹介するのは曹洞宗徳雄山建功寺住職を務める枡野俊明氏の一冊です。枡野氏は2006年に「ニューズウィーク」で「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれています。

この本との出会いは、乗換駅構内にある小さな書店です。私は本屋さんがあるいとつい覗きたくなります。この日も乗り換え時間5分という短い間のことでした。本のオビには「物を持たず、豊かに生きる。」と大きな文字で書かれています。ネット書店で購入する際、場合によってはこのオビが画像で掲載されていないこともあるのですよね。だからこそ実際に自分の足で探したり、偶然の出会いを楽しんだりというのも大事なことだと思っています。

英語学習にせよ掃除にせよ片づけにせよ、イヤイヤやることほど不毛なことはありません。せっかく取り組むのであれば楽しく行う方が心も幸せになります。枡野氏も掃除については「心を磨くこと」だと述べており、お寺の場合は雑巾や箒さえあれば十分だと記しています。「掃除=面倒」であるがゆえに今の時代は便利グッズや各種洗剤が店頭に並びます。けれども根本的な考えを変えさえすれば、そうした便利品なしでも取り組めるということなのです。

本書は目次が充実しているので、どこからでも読むことができます。小説であれば冒頭から読む必要がありますが、実用書の場合、真ん中から読んでもとがめられません。現に私など巻末から前にページをめくりながら読むこともあるほどです。今回の一冊も気が向いた個所から読み、そこに書かれていることを日常生活に応用できる作りになっています。

「掃除は自ら体を動かし、時間をかけて行うもの。洗剤や道具がやってくれるわけではありません」と語る枡野氏の考えは、私の心に大きく響きました。英語の勉強も口コミで高評価の教材やアプリが売れています。しかし結局は自分の手で英文を書き、口を動かして英語を発し、耳で英語を聴いて目で英文を読むという作業が必要なのです。自ら体を動かして時間をかけることは同じだと私は考えます。

今年こそ片づけや掃除と向き合いたい方にお勧めの一冊です。


第242回 今年心掛けたいこと

2016年が始まりました。新年の開始にあたり、私は今年、以下の10点を心掛けたいと思っています。みなさまの参考になれば幸いです。

1.いかに早く手放すか?
昨年末に片づけを大々的に行った際、ずいぶん不用品を処分しました。そこで得た教訓が「なるべく早く手放してモノをためこまない」ということでした。もともとなかった場所にモノが入り込むがゆえに、増えてしまうのですよね。チラシにせよ新聞にせよ仕事で使った印刷資料にせよ、本当に必要なもののみ保管し、あとはできる限り手放したいと考えています。

2.平面確保
たとえ大きな家で収納場所がたくさんあっても、平面にあれこれ載せてしまえば、いざ物を置こうとしたときに一苦労です。テーブルの上や洗面台脇の平面など、ちょっとしたスペースがあるとついついモノを置きたくなってしまうのでしょうね。けれどもそこを我慢して空間を確保しておくと、いざ使いたいときに使用できます。「平面=モノを常時置く場所ではない」ということを意識したいと思います。

3.期限を決めて処分
たとえば食器の場合、1年間まったく使わないものがあるかもしれません。使わなさそうな食器類を私は箱に詰めてふたをし、「2016年末まで一度も使わなければ処分」とシールを貼っています。これは洋服などにも応用できると思います。1年間使わない場合、おそらく今後もご縁がなさそうだというのが私の考えです。

4.在庫品でサバイバル
昨年末の大掃除の際、冷蔵庫の中をきれいにしようと考えました。そこで取り組んだのが、冷蔵庫内のものだけでサバイバルというものでした。冷蔵・冷凍食材をとにかく使い切る方向で調理をしていきます。このおかげで拭き掃除もできて大助かりでした。乾物類もこれを機に使い切り、新年に新しいものを調達できました。

5.まずは工夫
片づけをしていると、引き出しの中をうまく整理するために仕切り板やちょっとした小箱が必要になってきました。私は日頃無印良品を愛用しているのですが、わざわざ買いに行くほどでもありません。そこで思いついたのが紙袋の活用。紙袋はサイズもいろいろありますので、引き出しの大きさに応じて使い分けられます。好みの高さのところで袋を折り返しておけば、補強にもなります。

6.なるべく身軽に
年始に屋内型アトラクション施設へ行きました。建物の中でしたのでコートを着ているにはちょっと汗ばむ感じだったのです。以前の私であれば「手に持って歩けば良いし」と考え、わざわざ有料コインロッカーは使わなかったのですね。けれどもコートやサブバッグなどを預けて身軽になってみると実に快適!コインロッカーも立派な投資だと思ったのでした。

7.目の前の光景を楽しむ
冬の車中の楽しみは何と言っても冬晴れの光景です。青く晴れ上がった冬空には雲も少なく、遠くまで空気も澄んでいます。雪景色の富士山や、夏であればかすんでしまう彼方の建物も良く見えます。そうした光景を楽しむだけでも心が和みます。目の前の景色だけでも十分気分転換になるのですね。

8.先を考えすぎない
「ああなったらどうしよう?」「これはこうなってしまうのかしら?」日々の生活を続けているとついついこうしたメンタリティになってしまいます。けれども先を案じても疲れるばかりです。建設的な考えは前に進めますが、まだ起きていないことをあれこれ考えても仕方がありません。心配しすぎないことを今年は心掛けたいと思います。

9.過去を悔やまない
先を不安に思っても仕方がないのと同様、過去を悔いても前進は期待できません。エッセイストの松浦弥太郎さんは「反省ノート」というものを付けているそうですが、大事なのは反省から何を感じとり、どういう教訓を得るかだと思います。単に悔やむのではなく、未来のための反省が大事だと思います。

10.目の前に集中
就職セミナーなどが今は学生たちに人気だそうです。歩き方講座やマナーに関するレッスンなどいろいろあるようですが、大事なのは日頃からの心掛け。マナー講座に参加する一方、電車内で大あくびをしていては元も子もありませんよね。歩き方、所作、考え方、生き方など、まずは目の前のことに集中するのが大切だと私は考えています。

以上10項目を挙げてみました。今年はこうしたことを意識しながら毎日を大切に過ごしたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

(2016年1月4日)

【今週の一冊】
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"The Kurds of Asia (First Peoples)"  Anthony C. LoBaido, Yumi Ng, Paul A. Rozario著、Lerner Publishing Group, 2002
 

大学の授業で難民問題を取り上げたことがあります。「日本はシリア難民を受け入れるべきか」という課題を学生たちに提示し、話し合いをしてもらったのです。2015年はシリアから大量の難民がヨーロッパへ押し寄せました。日本から地理的に見れば遠い話なのかもしれません。しかし、日本でもかつてインドシナ難民を受け入れるかどうかで世間が大きく注目をしたことがあったのです。1970年代のことです。そうしたことを考えると、シリア情勢も決して他人事ではないと私はとらえています。

今週の本は、イラク・イラン・トルコなど広い地域で暮らすクルド民族を紹介する一冊です。ISISに抵抗する勇敢な兵士たちとして最近はニュースでも話題になっていますよね。クルド族は現在、国家を持たない民族としては世界最大規模と言われています。

本書はアメリカの小学生向けに書かれており、カラー写真をメインに説明文があります。英文も非常にわかりやすく、難しい単語は言い換えがなされており、巻末には専門用語の解説も出ています。私は調べ物の際、まずは児童書から入るのですが、日本語の百科事典や英語で書かれた小学生向け教科書や参考書などは実によくできていると思います。

クルド地域における資源の問題やクルドの歴史、文化、政治など、本書を読めばクルドの概要をしっかりとつかめる構成です。本シリーズは世界の少数民族を扱っており、オーストラリアのアボリジニ、カナダのイヌイット、日本のアイヌなども含まれています。ぜひほかのシリーズも読んでみたいと思うほど、ためになる一冊でした。


第241回 診察から感じたこと

本コラムも今日が2015年では最後の回となりました。今の時期というのは多くの方がこの12か月間を振り返るのではと思います。私もクリスマスあたりから、2015年がどのような年だったかを顧みる日々が続いています。

不思議なもので、日々の仕事や日常生活の中に身を置いていると、その渦中に「わあ、大変!」と思えたことも、なぜか月日と共に記憶が薄らいでいるのですね。年頭から今まで「忙しい~」「どうしよう!?」と心の中で思っていたこともあったはずなのですが、今となっては今一つ思い出せないのです。人間の記憶力には限界がありますので、新しいことが入ってくると古いものは外に出てしまうのでしょう。そして強烈なことだけがふるいにかけられて残っていくのかもしれません。そこが人の記憶力の長所だと私は思っています。コンピュータのメモリのようにすべてのことが正確に記憶され、それがいつでもどこでも「はい、どうぞ」と言わんばかりに提示されたら却って困りますよね。

放送通訳現場では、訳語が出てこずに戸惑ったことももちろんありました。時間で見れば1,2秒だったのかもしれませんが、自分にとっては数十秒の沈黙に思えて焦ったことも数知れません。そして何よりも大きかったのは、11月下旬から見舞われた「声のかすれ」でした。

声を出す仕事に携わる人間にとって、声の異変というのは困ってしまう事態です。当初は「授業で大声を出しすぎたかな」という程度に思っていたのですが、12月中旬になっても改善されず、不安が募りました。

このような時、私が考えるのは「今、自分にできる最善策は何か?」ということです。不安なときほど「どうしよう?もしこのまま声が出なくなったら?」などと悪い方へ考えがちになります。けれどもそれでは一歩も前には進めません。まずはプロに診ていただくことが最善策ですので、私は迷わず病院へ行ったのでした。万が一何か深刻な病気であれば、早め早めに関係各方面へ連絡し、対応策を考えなければいけないからです。

ところで「病院」と言っても、患者との間の相性は大切だと私は考えています。どんなに名医と言われる先生でも自分との感性が合わなければ、治す気力も湧いてこないと私は思うのです。ですので、自分と先生の波長が合うこと、価値観などが共有できることが治療の上ではとても大切だと私は感じています。

最初の病院でのこと。診察室に案内された私を待ち受けていたのは、コンピュータ画面に私の問診票内容をひたすら入力する医師でした。最近はどの病院も電子カルテになっていますので、先生自身が診察もして画面入力もしてと本当に忙しくなっています。画面に文字を打ち込む際には両手でキーボードを打たねばなりませんので、どうしても顔や姿勢が画面に向かってしまうのです。

その日のこと。結局先生と目を合わせられたのはしばらくたってからで、問診票に基づき私はファイバースコープを両鼻から入れてもらい、のどの状態を診察していただきました。結果は「異常なし。おそらく生活習慣ゆえでしょう」というものでした。

「良かった、何事もなくて」とまずは一安心だったのですが、その後数日しても事態は良くならないばかりか、余計声のかすれがひどくなっていきました。それで私は別の病院へ出向いて診ていただくことを選択したのです。ファイバースコープという最新技術の結果も大事ですが、もっと人間的な診察を自分自身が好んでいたからです。

新たに向かった病院は受付のスタッフも感じがよく、「1時間ほどかかりますので、それまでいったん外でお過ごしになられても良いですよ」という指示を受けました。ありがたく外で用事を済ませて戻るとほどなく診察時間となり、担当医が笑顔で迎えて下さいました。問診票に基づき口を開けてのどを見たり、リンパも触診で確かめたりと、技術だけに頼らない診察を私は受けられたのです。幸いなことに特に異常はありませんでした。ちなみに声というのは年齢と共に変化していくものなので、日頃から温存することも大切だというアドバイスを私はいただきました。

世は機械翻訳に自動通訳機と、技術の革新は医学や通訳を始めあらゆる分野で進んでいます。けれども私のように、専門家自身の経験や人間的なもので対応していただけたらという思いを抱いている人もまだまだいるように感じます。今回受けたヒューマンな診察は通訳現場でも応用できると思います。その気持ちを大切にしていき、来年も社会のお役に少しでも立てればと考えています。

みなさまにとって2016年が素晴らしいものとなりますように。

(2015年12月28日)

【今週の一冊】
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「井上ひさしの読書眼鏡」 井上ひさし著、中公文庫、2015年 

以前の私はかなりの乱読派でした。仕事の後に気分転換もかねて大型書店へ直行。上から下まですべてのフロアの棚を見歩きながら過ごすというのが至福の時間だったのです。気になる本、具体的には「棚から取り出した本」はすべて「ご縁」と考え、店内のカゴへ入れ、まさに「大人買い」の王道を行っていました。そのあとはカフェに入り、買ったばかりの本をパラパラとめくるのが楽しみだったのです。かなり本は増えてその後片づけに苦労しましたが、当時の私のライフステージにおいてはあれが最適だったと今は感じています。

一方、現在はどうかと言いますと、一冊を読み終えてから次の本を買うことにしています。これは本が激増した結果、読む速度が追い付かなくなり、心に負担となっていったからです。本来自分を幸せにしてくれる読書生活が、「早く読め読め」と言わんばかりにせっつく道具になってしまっては本末転倒です。そこで「読了したら次の本を買う」という鉄則を自分に設けたのでした。もちろん、読み始めたものの今一つ相性が合わなければその場で読むのを止めます。ただ、本を購入するのは前の本を読むことを止めた後です。こうすることでずいぶん書棚はすっきりとしましたし、「読まなきゃ」という切迫感からも解放されました。

5年前に亡くなられた井上ひさしさんは多くの作品を残しています。特に日本語の行く末についても色々と考えを抱いており、そうした内容が戯曲にも反映されています。仙台文学館は井上ひさし氏がその設立に尽力しており、氏の直筆原稿も展示されています。数か月前に私は出かけたことがあるのですが、氏の日本語に対する熱い思いを感じることができました。

本書は井上氏がお勧めする本がエッセイ形式で掲載されており、どこからでも読むことができます。中でも面白かったのが「現代英米情報事典」(研究社出版)の紹介。ノックを何回するかというのも文化により異なるのですね。ちなみに英米の文化では郵便配達人は2回、電報配達人は3回で、家族などは5回ノックするのだそうです。日本ではたいてい2度ですので、「コンコンコンコンコン!」と5度もたたかれると何だかせっつかれているようにも思えてしまいます。これも文化の違いです。

書籍の後半にはロシア語通訳者・米原万里氏についてもつづられています。米原氏の実妹が井上ひさしさんの奥さまなのですね。通訳の仕事に興味がある方にとっても、今回ご紹介する本は読み応えがあると思います。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 通訳学校で後進の指導にあたるほか、大学の英語学習サポートルームにて英語学習アドバイザーも務める。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。