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放送通訳者直伝!

第241回 診察から感じたこと

本コラムも今日が2015年では最後の回となりました。今の時期というのは多くの方がこの12か月間を振り返るのではと思います。私もクリスマスあたりから、2015年がどのような年だったかを顧みる日々が続いています。

不思議なもので、日々の仕事や日常生活の中に身を置いていると、その渦中に「わあ、大変!」と思えたことも、なぜか月日と共に記憶が薄らいでいるのですね。年頭から今まで「忙しい~」「どうしよう!?」と心の中で思っていたこともあったはずなのですが、今となっては今一つ思い出せないのです。人間の記憶力には限界がありますので、新しいことが入ってくると古いものは外に出てしまうのでしょう。そして強烈なことだけがふるいにかけられて残っていくのかもしれません。そこが人の記憶力の長所だと私は思っています。コンピュータのメモリのようにすべてのことが正確に記憶され、それがいつでもどこでも「はい、どうぞ」と言わんばかりに提示されたら却って困りますよね。

放送通訳現場では、訳語が出てこずに戸惑ったことももちろんありました。時間で見れば1,2秒だったのかもしれませんが、自分にとっては数十秒の沈黙に思えて焦ったことも数知れません。そして何よりも大きかったのは、11月下旬から見舞われた「声のかすれ」でした。

声を出す仕事に携わる人間にとって、声の異変というのは困ってしまう事態です。当初は「授業で大声を出しすぎたかな」という程度に思っていたのですが、12月中旬になっても改善されず、不安が募りました。

このような時、私が考えるのは「今、自分にできる最善策は何か?」ということです。不安なときほど「どうしよう?もしこのまま声が出なくなったら?」などと悪い方へ考えがちになります。けれどもそれでは一歩も前には進めません。まずはプロに診ていただくことが最善策ですので、私は迷わず病院へ行ったのでした。万が一何か深刻な病気であれば、早め早めに関係各方面へ連絡し、対応策を考えなければいけないからです。

ところで「病院」と言っても、患者との間の相性は大切だと私は考えています。どんなに名医と言われる先生でも自分との感性が合わなければ、治す気力も湧いてこないと私は思うのです。ですので、自分と先生の波長が合うこと、価値観などが共有できることが治療の上ではとても大切だと私は感じています。

最初の病院でのこと。診察室に案内された私を待ち受けていたのは、コンピュータ画面に私の問診票内容をひたすら入力する医師でした。最近はどの病院も電子カルテになっていますので、先生自身が診察もして画面入力もしてと本当に忙しくなっています。画面に文字を打ち込む際には両手でキーボードを打たねばなりませんので、どうしても顔や姿勢が画面に向かってしまうのです。

その日のこと。結局先生と目を合わせられたのはしばらくたってからで、問診票に基づき私はファイバースコープを両鼻から入れてもらい、のどの状態を診察していただきました。結果は「異常なし。おそらく生活習慣ゆえでしょう」というものでした。

「良かった、何事もなくて」とまずは一安心だったのですが、その後数日しても事態は良くならないばかりか、余計声のかすれがひどくなっていきました。それで私は別の病院へ出向いて診ていただくことを選択したのです。ファイバースコープという最新技術の結果も大事ですが、もっと人間的な診察を自分自身が好んでいたからです。

新たに向かった病院は受付のスタッフも感じがよく、「1時間ほどかかりますので、それまでいったん外でお過ごしになられても良いですよ」という指示を受けました。ありがたく外で用事を済ませて戻るとほどなく診察時間となり、担当医が笑顔で迎えて下さいました。問診票に基づき口を開けてのどを見たり、リンパも触診で確かめたりと、技術だけに頼らない診察を私は受けられたのです。幸いなことに特に異常はありませんでした。ちなみに声というのは年齢と共に変化していくものなので、日頃から温存することも大切だというアドバイスを私はいただきました。

世は機械翻訳に自動通訳機と、技術の革新は医学や通訳を始めあらゆる分野で進んでいます。けれども私のように、専門家自身の経験や人間的なもので対応していただけたらという思いを抱いている人もまだまだいるように感じます。今回受けたヒューマンな診察は通訳現場でも応用できると思います。その気持ちを大切にしていき、来年も社会のお役に少しでも立てればと考えています。

みなさまにとって2016年が素晴らしいものとなりますように。

(2015年12月28日)

【今週の一冊】
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「井上ひさしの読書眼鏡」 井上ひさし著、中公文庫、2015年 

以前の私はかなりの乱読派でした。仕事の後に気分転換もかねて大型書店へ直行。上から下まですべてのフロアの棚を見歩きながら過ごすというのが至福の時間だったのです。気になる本、具体的には「棚から取り出した本」はすべて「ご縁」と考え、店内のカゴへ入れ、まさに「大人買い」の王道を行っていました。そのあとはカフェに入り、買ったばかりの本をパラパラとめくるのが楽しみだったのです。かなり本は増えてその後片づけに苦労しましたが、当時の私のライフステージにおいてはあれが最適だったと今は感じています。

一方、現在はどうかと言いますと、一冊を読み終えてから次の本を買うことにしています。これは本が激増した結果、読む速度が追い付かなくなり、心に負担となっていったからです。本来自分を幸せにしてくれる読書生活が、「早く読め読め」と言わんばかりにせっつく道具になってしまっては本末転倒です。そこで「読了したら次の本を買う」という鉄則を自分に設けたのでした。もちろん、読み始めたものの今一つ相性が合わなければその場で読むのを止めます。ただ、本を購入するのは前の本を読むことを止めた後です。こうすることでずいぶん書棚はすっきりとしましたし、「読まなきゃ」という切迫感からも解放されました。

5年前に亡くなられた井上ひさしさんは多くの作品を残しています。特に日本語の行く末についても色々と考えを抱いており、そうした内容が戯曲にも反映されています。仙台文学館は井上ひさし氏がその設立に尽力しており、氏の直筆原稿も展示されています。数か月前に私は出かけたことがあるのですが、氏の日本語に対する熱い思いを感じることができました。

本書は井上氏がお勧めする本がエッセイ形式で掲載されており、どこからでも読むことができます。中でも面白かったのが「現代英米情報事典」(研究社出版)の紹介。ノックを何回するかというのも文化により異なるのですね。ちなみに英米の文化では郵便配達人は2回、電報配達人は3回で、家族などは5回ノックするのだそうです。日本ではたいてい2度ですので、「コンコンコンコンコン!」と5度もたたかれると何だかせっつかれているようにも思えてしまいます。これも文化の違いです。

書籍の後半にはロシア語通訳者・米原万里氏についてもつづられています。米原氏の実妹が井上ひさしさんの奥さまなのですね。通訳の仕事に興味がある方にとっても、今回ご紹介する本は読み応えがあると思います。


第240回 年末断捨離!

通訳者に必要なことはと尋ねられると、「語学力」「知識力」「体力」と私は答えています。英語と日本語を瞬時に言語変換できる実力はもちろんのこと、専門分野に対する深い知識に加えて幅広い教養も求められます。そしてそれ以上に大切なのがスタミナ!休養に運動、栄養を意識した食事を心がけるなど、「商品」としての自分を常に最善の状態に保つ必要があるのです。よって私にとってはスポーツクラブで体力づくりに励むことも仕事の一部となっています。

仕事を請け負う際には、なるべく運動を犠牲にせずにスケジュールを組むようにします。ところが年末や年度末になるとどんどん仕事が舞い込みます。あ、ちなみに日本の「年度末」は3月ですよね。英語で「年度」はfiscal year。「カレンダー年」と混同しないように訳すことも現場では大切です。

今年の12月はこの原稿を書いている現在でも例年以上にバタバタしています。指導先で試験を実施したり、何か所からの原稿依頼があったり、通訳業務であちこちに出かけたりという具合です。手帳に書き込んでいたスポーツクラブ行きも泣く泣く行かずじまいになってしまいました。

そのようなときは早朝にウォーキングもかねて年賀状を出しに行き、少し大回りしてみます。仕事に出かけるときも2駅先まで歩くなどして、運動できなかった分を穴埋めするようにしています。年賀状は今から一日数枚ずつでも書いておくと、年末になって慌てずに済むのですね。早め早めに物事に取り組みたいと思っています。

さて、こうして何とか運動不足解消と体力アップを工夫してはいるのですが、先日、究極の(?)運動を実践しました。カロリー的にどうかはさておき、こまめにあちこち動けるのが「断捨離」、そう、「片づけ」です。

私は元々片づけが好きで、子どもの頃はよくラジオを聴きながら整理整頓していました。ポップスやロックが流れているとリズムに乗って片づけもはかどるのですね。ところが最近は何事も「締め切り順に手がける」を実行しようとする分、どうしても「掃除や片づけ」より「仕事」が優先していたのでした。

幸い先日は懸案の原稿が納品できたので、思い切って片づけをすることにしました。ポイントは「気になるところからやること」「完璧を目指しすぎないこと」「少しでも不用品を処分できればOK」というルールを設けたことです。

特に重点的に行ったのが自分のクローゼットでした。というのも、扉を開けるたびに数年前に購入したスカートが目に入るのですが、何となく好みではなく、ずっと処分しようかどうしようか迷っていたのですね。それまでずっと身につけることもなく来ていましたので、今回思い切って処分しました。

大物を一つ手放すと、俄然気持ちも大きくなります。小さなものを処分するよりも、懸案だったものとサヨナラするだけでそこから片づけは大幅にはかどりました。

その勢いで家じゅうの片づけをしていたところ、キッチンの上の棚に正体不明の袋がありました。よく見ると自分の字で「2015年中一度も使わなかったら処分!」と太字で書いたメモが貼ってあります。おそらく食器だと思うのですが、もし12か月間一切取り出さなければ処分しようと1年前に考えていたのですね。

ここで開封してノスタルジアに浸ってしまっては逆戻りしてしまいます。ですので「えいっ!」とそのまま処分箱へ直行させました。ちなみに我が家の近所にはチャリティーショップがあり、不用品を引き取ってくれます。まだ使えるものはそちらに寄贈することにしています。

このようにして書籍や雑貨、洋服などずいぶん手放すことができました。ゴミも大量に出ています。あとは年末の大掃除に向けて少しずつ準備するばかりです。


【今週の一冊】
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「大人が楽しい紙ペンゲーム30選」 すごろくや著、スモール出版、2012年

子どもたちが幼いころ、どうしてもゲーム機が欲しいと言ったことがありました。お友達も持っているし、ゲームをやりたいというのが理由です。我が家は夫婦の間で「ゲームや携帯は自分で判断力がつくまで持たせない」という方針を決めていましたので、子どもたちが主張した時も理由を丁寧に説明してあえて買うことはしませんでした。もちろんバトルはありましたが、最終的には「電子ゲームのない家」ということで納得してくれたようです。

その分、ボードゲームや外遊びに必要な道具などは状況が許す限り買ってきました。これなら親子でも遊べますし、「人生ゲーム」などのボードゲームは親にとっても懐かしいですよね。普段の日も夕食後に遊んだり、お客様がいらしたときは子ども同士で遊んだりと楽しんでいます。

今回ご紹介する本は、紙とペンさえあれば遊べるゲームが紹介されています。私は昔「いつ・どこで・誰が・何をした」という遊びをしたことがありますが、本書には30個ものゲームが色々と出ています。

中でもおすすめしたいのが「たほいや」という辞書遊びゲーム。数名でグループを作り、一人の出題者が辞書の中から珍しい単語を読み上げます。残りのメンバーは音の響きから想像してその言葉の意味を「辞書の定義風」に紙に書きます。次に出題者が辞書に書かれている語義と各自の定義を読み上げ、皆に正解を予想してもらいます。以前テレビでもやっていたそうですので、覚えておられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

「たほいや」では広辞苑を使いますが、我が家は英和辞典でこれをやったところ、聞いたこともないような発音の英単語に盛り上がりました。これから年末年始、家族やお友達が集まる時期ですよね。本書のゲームで頭を使うのも楽しいのではと思います。


第239回 アレッポの石鹸

毎年年末になると私はNPO団体のグッズを購入しています。国際協力団体からはクリスマスカード、年賀状や各種文具を手に入れます。一方、環境関連団体から買うのは生活グッズや食材などです。市販されている一般的な商品と比べれば多少値は張るのですが、ささやかでもその団体の活動にお役にたてればと思うと、たくさん買いたくなります。

今年購入した生活グッズは、オリーブオイルに紅茶、干物やトイレットペーパー、砂糖に石鹸などです。中でも個人的に思い入れがあったのが「アレッポの石鹸」でした。

アレッポとはシリアに古代からある都市で、ここでは昔から独自の製法で石鹸が作られています。作業工程は長期にわたり、代々受け継がれてきているそうです。自然成分のみで作られており、世界中の人々からその質の高さが評価されてきました。

私が初めてアレッポという地名を聴いたのは石鹸を通じてではありません。シリア内戦のニュースを通訳していたときでした。紛争開始からすでに数年がたちますが、シリアではいまだに政府軍と反政府勢力の対立が続きます。さらにその混乱に乗じて別の武装勢力が勢いを拡大させ、難民の問題はヨーロッパにまで広がっています。古代都市アレッポも空爆により甚大な被害を受け、石鹸の生産もままならなくなったのです。

今回、そのNPO団体のカタログを見ると、掲載されているアレッポの石鹸会社は危険地帯から撤退し、別の場所で操業を続けているそうです。その文章を読んだとき、私はニュース通訳で出てきたアレッポの街の光景を思い描いたのでした。何か私にできることはないか。石鹸を買うだけでも何らかのお役にたてないだろうか。そんな思いがあったのです。

他の購入商品と共にアレッポの石鹸も届きました。段ボール箱を開けると箱の隅に入っています。石鹸は日本のように小箱に入っているわけでもなければ、かわいらしいデザインのパッケージというものでもありません。深緑の石鹸が見えるよう、そのままシンプルに透明ラッピングがされているだけです。大変な情勢の中、商品は海を越えて日本まで来たのです。

実はこの石鹸を早速使い始めたころ、私は仕事が多忙で毎日あわただしい日々を送っていました。「師走」と言うにふさわしく、誰もがこの時期は忙しいのですよね。私も日々あれやこれやと取り組みつつも体力面でぐったりしていました。ある日のこと。寝不足のまま目を覚まし、さあ顔を洗おうと洗面台に立つと、ソープディッシュの上に置かれたアレッポの石鹸が目に入ったのです。

使い始めたときは意識していなかったのですが、石鹸の表面には文字のようなものが書かれています。私はアラビア語が読めませんので内容はわかりません。ただ、その文字の刻印を見たとき、わが身を反省したのでした。

当時の私はこう考えていたのです。「仕事が忙しいし、クリスマス・年末の準備もある。子どもたちのプレゼントも買わなくちゃ、大掃除もしないと。依頼されている原稿もそろそろ書き始めないといけないし、大学の期末テスト準備もある。美容院にも行きたいし、カレンダーの転記もしなくては」と。

私はそのころ「あれもやらなきゃ、こっちも取り組まないと」と心が急いていたのですね。けれどもこの石鹸が生まれたシリアでは、人々が生きるだけで精一杯という状況が続きます。そうした大変な中でも石鹸が生産され、何とか日本にまでたどり着いてくれた。これだけでも大きなことだと思うのです。

人は悩みを抱えていたり、多忙な状況に置かれたりすると、ついつい自分「だけ」が大変のように思えてしまいます。自分の苦悩が肥大化してしまうのです。けれども、「自分のみが苦しい」という思いから少し視点をずらして眺めてみることも大事なのではないか。

アレッポの石鹸からそのようなことを感じたのでした。

(2015年12月14日)

【今週の一冊】
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「PHP12月号」 PHP研究所、2015年 

PHPとはPeace and Happiness through Prosperityの頭文字で、パナソニック創業者の松下幸之助が設立した団体です。雑誌のほかにも書籍を出版したり、セミナー開催や政策提言などを行ったりしています。

今回ご紹介する月刊「PHP」は創刊が昭和22年(1947年)、戦後間もないころでした。「心」をテーマにした記事が多い一方、グラビア写真や生活術、著名人のエッセイなど、様々なトピックが取り上げられています。

私はレギュラー読者ではないのですが、今回は特集の「心をスッキリ整える」の題に惹かれて購入しました。書店でこれを入手したころは仕事が何かとあわただしく、少々疲れ気味だったのですね。そのようなときにはこうした文章を読むことで私は元気を得ています。

特集に掲載されていたのは、作家・津村記久子さんや将棋棋士の羽生善治さん。中でも津村さんの「しんどい人からは黙って逃げる」というのは面白かったですね。津村さん自身がご自分を冷静に分析しつつ、人間関係におけるご本人ならではの解決法を導き出していた様子が印象的でした。

一方、羽生さんの「反省するタイミング」は通訳業務にも応用できます。羽生さんの場合、対局中に反省し始めると集中力が途切れてしまうのだそうです。これは通訳のときも同様です。「先ほどの訳語はあれでよかったのかしら?」と思い始めると、「今、この瞬間」に集中できません。「とにかく目の前の対局に集中し、余計なことは考えない。今やるべきことに集中し、反省はあとですればいい、と思えば心乱れることも少なくなります」という羽生さんの言葉に励まされました。

本や雑誌というのは活字や写真だけの世界ですが、それが読者に与えてくれるエネルギーは大きいですよね。自分が疲れたとき、どのような媒体なら自分は元気になれるか。そうしたものをいくつか持っておくのも大事だと感じています。


第238回 自分に同じことができるかどうか

今年1年も残り数週間となりました。この12か月を振り返ってみても、放送通訳現場では例年同様、事件や事故の多いニュースが続きました。私はニュース通訳の映像で出てくる悲惨な映像は見ていても大丈夫なのですが、映画の予告やテレビドラマに出てくる血の多いシーンや手術の光景などは直視できません。家事でかすり傷を負ったり、職場のコピーペーパーで指を切ってしまったりして血が出てきたときも動揺するほどです。ニュース現場ではおそらく通訳することに必死であるため、映像をそのまま見られるのかもしれません。

さて、私は大きな事件・事故が起きると日本のニュースもチェックします。報道の観点の違いや、日本とそのニュースの関わりを知るためです。

日本のニュースは模型を使ったり、専門家をスタジオに招いたりするなどして、視聴者にわかりやすい構成となっています。欧米のニュースは原稿の読みも早く、テンポもどんどん進みます。同じ30分ニュースでもCNNやBBCなどの方が大量の情報が入ります。日本はあくまでも視聴者の理解に合わせた作りです。

そうした部分はとてもありがたいと思うのですが、その一方で私が違和感を抱く点もあります。それはキャスターが適宜個人的意見を挟むことです。おそらくこれは昔からの慣習であるため、今となっては「そういうもの」という気もします。ただ、そのニュースが広く国民に視聴されている場合、キャスターが世論を大きく動かせるほどの影響力を持っていることも否定できません。

そんなことを考えながら日本のニュースを見ていてふと感じたことがありました。それは私自身、そのキャスターの是非を頭ごなしに下しているのではないか、と。

日本には思想の自由があり、報道の自由があります。何をどう考えるかはそれぞれの自由であり、他人に危害を加えたり法を犯したりしない限り、その自由は保障されています。ただ怖いのは、その「自由」があるがゆえに、人はつい他者を判断してしまうことだと思うのです。

「政治家のやっていることに異議がある」「あのキャスターの意見には同意しかねる」という具合に、私たちは自分の意見と異なるものに対して抵抗感を抱きます。けれども、「じゃあ、自分には何ができるのか?」と自問自答すれば、大きなことなどとてもできません。そのための行動力も資金も周囲の協力体制も持っていないことに気づかされます。

以前、電車の中で騒がしい乗客たちと乗り合わせたことがありました。その日私は仕事の準備を車内でしようと思い、わざわざ座席を確保して取り組もうとしていたのです。けれどもとても予習どころではありませんでした。その時私の目の前にあった選択肢は「我慢する」「相手を注意する」「その場を離れる」の3つしかなかったのです。我慢した場合、波風を立てることは避けられますが、とても自分の仕事はできません。一方、その場を離れることもできましたが、せっかく確保した座席をあきらめ、混んだ別車両に行くことになります。それでは予定しているペースで仕事も進まないでしょう。相手を注意することもできたとは思いますが、果たして説得できるかどうか、周囲に不快感を与えずに済ませられるかどうか、自信はありませんでした。

先のニュースに話を戻しましょう。キャスターの言動や政治家の態度など、私たちは門外漢として物事を見ると、相手に言いたいことが何かと出てきます。けれども注意しなければならないのは、「じゃあ、あなたが代わりにやってごらん」と言われた時、堂々と受けて立てるかどうかなのです。

そのニュースキャスターと同じレベルで仕事ができるか。つまり、カメラの前に座って間違いなく原稿を読み、突発事態にも対応できるか。時間管理をしっかりと行い、CMにかぶらないよう話をまとめられるか。政治家であれば、長時間労働に選挙や地方訪問など、肉体的・精神的疲労を厭わず仕事をできるか。自分の資産も家族構成も年齢もすべて公開され、匿名の一国民としてではなく「公人」として一生を捧げる勇気があるかどうか。そうしたことまで考える必要があると私は思うのです。

日常生活でも同じことが言えます。「あの店員さんは仕事が遅い」「この教員は教え方が下手」などなど、批判はいくらでも簡単にできます。けれども「じゃ、自分は?」と自問自答してしまうと、そうやすやすと批判はできないと私には思えてきます。だからこそ、他者の立場に立ち、謙虚に物事を受け止めなければいけないと考えています。 

(2015年12月7日)

【今週の一冊】
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「内村鑑三所感集」 鈴木俊郎編、岩波文庫、1973年

本を読む醍醐味はいろいろありますが、私にとってうれしいのは、以前別の本に出てきた人名や項目と再会できること。今回ご紹介する内村鑑三の本には、前田多門の名前が出てきました。前田多門は1945年から46年にかけて文部大臣を務め、その後東京通信工業(のちのソニー)の初代社長にも就任した政治家・実業家です。私にとっては精神科医・神谷美恵子先生の父君として印象に残っています。

その前田多門が師事したのが宗教家の内村鑑三。「内村鑑三所感集」には、クリスチャンとして内村が何を考え、どのような説教を信者たちに説いてきたかが綴られています。年代・月別に小文が掲載されているため、どこからでも読める一冊です。

この所感集が始まるのは1900年、明治33年です。当時の内村は40歳。終わりは大正6年の1917年、内村57歳の時でした。第一次世界大戦に向けて不気味な機運が高まる中、内村は平和を願い、それを人々に理解してもらいたいと考えます。どの文章を読んでも、内村の穏やかでいながら強い信念が伝わってきます。

印象的な個所はいくつもあり、線を引きながら読み終えてみると、印でいっぱいになりました。中でも次の文章が心に残っています。

「何事も憤怒に駆られてなすべからず、何事も競争のためになすべからず。(中略)常に喜ばしき、かつ平穏なる心をもってなすべし。」

心を落ち着けて平静の気持ちで何事にもあたる大切さを、この文章から改めて私は感じます。今の時代、周囲は常にあわただしく、人々は正解を求めて苦心します。英語学習にせよ健康法にせよ、Aという方法が世に出れば皆がそれを追いかけ、Bという術が登場すれば一気にそちらになびいていく。それに追いつけなくなると人は落ち込み、疲弊し、癒しを求める。そんな世の中のように思えます。

生き延びるために憤怒は不要です。競争も、必要ないならば求めることはないでしょう。静かに目の前のことを大切にして生きていくこと。そのことをしっかりと心に留めて残り少ない2015年を過ごし、次の年へと結び付けたいと私は考えています。



第237回 心を寄せるということ

パリでのテロ事件から1週間以上が経ちました。AFNラジオで毎時中継されるAP Network Newsでもほかのニュースが増えつつあります。大きな事件が起きるとしばらくはその話題が続きますが、時間と共に少しずつ少しずつ日常生活に戻ろうとしていくのが感じられます。

私は幼少期、父の仕事でイギリスに暮らしていましたが、その頃から「武装組織による攻撃」を身近に感じていました。当時のイギリスはIRAによる無差別襲撃事件があったのです。当時の国鉄や地下鉄に乗ると、車内の目立つところに不審物への対処方法が掲示されていました。「不審物を見つけたら触らず、すぐに職員へ通報するように」という文字が書かれていたのです。確か英文はDON'T TOUCH ITと大文字の太字だったと記憶しています。禁止行為を呼びかける場合、英文が命令調であることもその時知りました。ちなみに日本の駅ホームに書かれている注意事項はどれもPleaseから始まります。本当に禁止したいのであれば、命令文の方が良いのではと個人的には思います。

大学院に留学した1990年代もそうした爆発物への警戒が盛んに呼びかけられていました。誰かがちょっと荷物を置いてその場を離れただけでも警報が鳴り響くことも頻繁にあったのです。そのたびに電車から降り、ホームから離れて安全な場所に避難ということもありました。たとえ安全が確認されてもなかなか電車に戻れず、地下鉄の入口には人だかりということもしょっちゅうでした。イギリス人は慣れっこなのか、不満を言う人もいません。「ま、待てばそのうち何とかなる」というスタンスでした。

私は今までの人生で2度、テロに巻き込まれずに済んだことがあります。一つ目は地下鉄サリン事件です。当時私は翻訳の仕事で霞が関近辺の事務所で働いていました。事件の数日前のこと。スポーツクラブのスタジオレッスンでけがをし、足首にひびが入ってしまったのです。そのため、あえて朝早い電車に乗り、座って通勤していたのでした。いつもの電車であれば、霞が関で巻き込まれていたかもしれなかったのです。

もう一つはロンドンでBBCに勤めていたときです。本社の正面玄関前に止められた不審車が爆発し、全面ガラス張りの玄関が吹き飛びました。いつも出社・退社時に使っていた玄関です。当時のBBC日本語部は夜シフトもあったのですが、たまたま私はその日非番でした。朝、家で寝ていると、日本の友人たちから電話がかかってきて、そこで初めて事件のことを知ったのでした。ちなみに余談ですが、当時の私は産休に入る直前で、「うーん、イギリスのことだからこのガラス玄関が修理されるのは産休明けかもねえ」と冗談で言っていたのですね。半年後に復帰した時も、やはり割れたガラスの上はべニア板のままだったのでした!

自分がこうした事件を身近に感じたり、あるいは今回のパリ事件のように報道でたくさん目にしたりすると、なぜ今自分はここでこうして元気に生きているのだろうと感じます。自分の意思で生きているというよりは、何百何千という偶然の積み重ねで生かされているとしか思えません。生きる恩恵を与えられている者の義務は何なのかと感じます。

すぐに答えが出るものではありません。もしかしたら一生その「正解」は手に入らないのかもしれません。けれども、目の前の事実をしっかりと見つめ、相手の立場になり、心を寄せることが答えに向かう第一歩のように感じています。

(2015年11月23日)

【今週の一冊】
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「ウーマン・オブ・ビジョン ナショナルジオグラフィックの女性写真家」ナショナルジオグラフィック編 日経ナショナルジオグラフィック社、2014年

最近はスマートフォンやiPadの性能が上がったこともあり、誰もが手軽に写真や動画を撮影する時代になりましたね。私はどちらも持っておらず、いまだにデジタルカメラを使っていますが、個人的には「肉眼でしっかり見ておき記憶したいタイプ」なので、撮影よりもついつい見入ってしまう方です。子どもたちが小さいころはいろいろなイベントを写真に収めたのですが、年々写真そのものの数が増えてしまい、管理が追い付かなくなったのも「撮るよりも見る派」になった理由です。

一方、新聞の写真やテレビニュースに映し出される動画などはじっくりと分析するのが好きですね。写真であれば背景に映し出されている情報から何かを読み取りたいと思いますし、動画の場合、日本と海外ニュースの違いなどに注目します。たとえばニュースキャスターがインタビューをする際、ミニスカートで足を組むなどは欧米でよく見られる光景です。日本ではありえませんよね。

今回ご紹介する写真集はナショナルジオグラフィックに写真を提供している女性写真家たちの作品を集めたものです。本書を読むきっかけとなったのが、リンジー・アダリオさんのインタビューをCNNで通訳したことでした。

アダリオさんは戦場カメラマンで、アフガニスタンやリビア、ソマリアなどの紛争地で撮影をしてきています。特に焦点を当てているのが声なき人々の声、つまりなかなかニュースなどでは取り上げられない弱い立場にいる女性や子供たちの姿です。アダリオさん自身、リビアのカダフィ政権兵士らに誘拐された経験もあります。

「CNNトゥデイ」のインタビューで映し出された一枚は非常に衝撃的でした。アフガニスタンで撮影したもので、荒野の中に全身青いベールに身を包んだ女性二人が立っています。一人は母親、もう一人は身重の娘で、出産間近です。産気づいて夫の車に乗り込んだものの、車が故障してしまったのです。戒律が厳しい現地では女性が運転することはできず、夫が車を修理しようとしてその場を離れた際、アダリオさん取材陣の車が通りかかったのでした。

本書をめくってみると、少数民族や病、差別されている者など、女性写真家たちが様々なテーマで人生を切り取り、カメラに収めていることがわかります。日本に暮らす私たちはふだん見慣れた風景の中でしか生きていませんが、この本の写真一枚一枚をじっくりと見てみると、世界の広さ、不条理、恩恵、人の運不運といったことばが頭の中に浮かんできます。

「持てる立場」にいる私たち一人一人が何かを感じ取ること。それがこの写真集のメッセージだと私は解釈しています。




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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 通訳学校で後進の指導にあたるほか、大学の英語学習サポートルームにて英語学習アドバイザーも務める。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。