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放送通訳者直伝!

第313回 何がその人を突き動かすか

読書を通じてこれまで私は素晴らしい著作に触れることができました。「尊敬する人は?」と尋ねられれば、少なくとも3名の方のお名前を挙げられます。今でも折に触れてその方たちの書籍を読み返し、自分を励ますことがあります。

私が敬愛する3名は精神科医・神谷美恵子先生、福祉活動家・佐藤初女先生、そしてジャーナリストの千葉敦子さんです。いずれもすでに鬼籍に入られています。

このお三方に共通する点は、静かなる志を持ちながら生き抜いたということです。そしてもう一つは「自分のちからではどうにもならない状況に直面した壮絶な体験があること」が挙げられます。

神谷先生と初女先生は若いころ、結核を患ったことがあります。当時、結核は死の病と言われ、お二人とも自分がこの世からいなくなることを念頭に闘病されていたのでした。千葉敦子さんは若くして乳がんになり、ニューヨークに渡ってからも病と闘いながら英語でニュースを発信し続けました。

病気や死というものは、自分のちからでどうなるものでもありません。ある日突然やってくることさえあります。かつてのように大家族で暮らしていた時代であれば、曽祖父母や祖父母が順番にあの世へ旅立っていく様子を幼い子どもたちも間近に見ていました。いつかは順に巡って来るもの。そうした状況に身を置いていたのです。

しかし核家族化が進み、死や病は必ずしも間近にあるものとは言えなくなりました。突如、そうした境遇にさらされれば、人は戸惑い、悲しみ、「なぜ自分だけが?」と怒りを抱くかもしれません。

私は20代前半のとき、親しき友を事故で喪いました。あまりにも突然のことでした。そのことをどうしても受け入れたくなかった私は、あえてその事実を見つめず、気持ちをそらすことばかりに専念しました。何かに打ちこめば悲しみは薄まるのではないかという考えにしがみついたのです。その対象となったのが、英語であり、通訳の勉強でした。

気持ちを別の所に向けていれば、確かに崩れにくくはなるでしょう。けれども私の場合、ずいぶん後になってからその反動がやってきました。悲しむべき時に悲しむことの大切さを反省しました。

あれからずいぶん年月が経ちました。尊敬すべき著者や見習いたいと思える立派な方々に日常生活で巡り合うと、自分もささやかながら他者に対してお役に立てるような生き方をしたいと感じます。自分には与えられた役割がある。有名になるとか他者に評価されるとかいうこととは全く別に、自分が今果たすべき使命がある。そう思えてくるのです。

神谷先生も初女先生も千葉敦子さんも、ある意味では「喪失体験」を経て生き抜くという人生を歩まれました。それがご本人たちの生き方を突き動かしていたと言えます。

与えられている時間には限りがあります。だからこそ、努力を出し惜しんだり、評価ばかりを気にしたりせず、自分にできることは何かを常に考えていきたいと思います。それが自分に影響を与えて下さる方々への恩返しだと思うのです。

(2017年7月3日)

【今週の一冊】
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「こんなとき私はどうしてきたか」 中井久夫著、医学書院、2007年

先日、大学の授業で「闘病記」を取り上げました。難病にかかった方についての英文記事を読むというものです。その準備作業として、闘病記を1冊読むという課題を学生たちに出しました。私が読んだのはドクターから見た治療・闘病に関する本で、その中に紹介されていたのが中井久夫先生の記された本書でした。

中井先生の本はこれまでも何冊か読んだことがあります。いずれも穏やかなことばで書かれており、読み進めるにつけ、先生ご本人に語りかけられているような、そんな思いを抱きます。精神科医として患者さんたちに接する際にも、活字に出てくるような雰囲気の先生でいらっしゃるのだろうなあと思わせるものがあります。

本書は病院関係者を対象にした研修会の内容をまとめた一冊となっています。暴力をふるう患者さんとどう接するべきか、病院の内装はどのような色にすると良いか、家族の方に知ってほしいことは何か、といったことが綴られています。医学界以外の人でもヒントになる考え方がたくさんあります。

ところで私は自分の通訳アウトプットにおいて、「ハキハキと滑舌の良い話し方」「聞き取りやすいトーン」をこれまで目指してきました。授業では「元気のある声」が一番大事と信じていました。けれども先日、とある講演会を聞きに行った時のこと。登壇された方の話し方がとても穏やかで、それでいてユーモアがあり、誰もが真剣に耳を傾けるものだったのです。「エネルギッシュな声でひたすらしゃべれば注目してくれる」と信じて疑わなかった私にとって、これは大きな衝撃でした。

その体験をした数日後、この本に出会ったのです。しかも中井先生の記述の中には声に関するものがありました。「ふわりと相手の肩をつつむような声」が大切と出ています。これぞまさに過日、私が体験したものでした。

以来、私は通訳においても授業の場においても、声にテンションを込めることを控えるようになりました。どうなるかなと観察してみると、授業では今までと変わらず、学生たちは真剣に聞いてくれています。声を張り上げるだけが授業であってはならなかったのですね。今更ながら反省をしたのでした。

「声には"こころの弱音器"をつけてしゃべったほうがいい」と述べる中井先生。本書を機に、他の作品も読みたいと思っています。


第312回 上機嫌は伝染する

今年の関東地方は、梅雨とは言え雨が少ないようです。我が家近くのアジサイもドライフラワーと化しています。その一方、CNNの放送通訳で出てくる世界の気象情報を見てみると、アジアの一部の地域では洪水が発生。こうした気候のアンバランスも地球温暖化の一環なのでしょうか。気になるところです。

先日、出講先の大学へ行ったときのこと。その日は珍しく朝から雨模様でジメジメしていました。講師室で準備をしていると、ネイティブの先生が元気よく入って来るなり、こうおっしゃったのです。

"Good morning! Oh, what a lovely day! Dry and crisp. I wish it's like this every day!"

もちろん、外の景色はこの正反対。つまりこれも楽しいジョークなのですよね。けれどもこのセリフに私は思わず吹き出してしまい、その日は何だか楽しい気分で過ごせたのでした。

ジョークの持つ力、笑顔がもたらすエネルギーなど、実は私たちの身の回りには「自分を上機嫌にさせるヒント」が潜んでいます。つまり、上機嫌というのは、いったんそのモードになれば自分が幸せになるのはもちろんのこと、周囲をもハッピーにさせることができるのです。

けれどもその逆もしかりです。私たちはついつい社交辞令代わりに「ぼやき」を言うことが少なくありません。「んもう、雨ばかりで嫌になりますよねえ」とは梅雨時のセリフ。真夏になれば「毎日暑くてバテますよね、ホントに」という具合です。挨拶の一環と割り切ればそれで済むのかもしれませんが、もし複数で会話をしていると、これがどんどん拡大して誰もがぼやき状態になりかねません。

通訳業務に関しても同じことが言えます。たとえば私の場合、ずいぶん前のことですが、「資料は一切ありません」と言われていながら当日会場へ着くや、電話帳数冊分の資料がデーンと卓上にあるのを目にして絶句したことがあります。そのような時など、どう自分のメンタルをコントロールするかによって、その後の気分も変わります。

当時の私はデビューしたばかりでしたので、心の中では「えぇ?聞いてないよ~。そもそも資料は無いって言っていたじゃない~~~(涙)」という心境でした。けれども幸いペアでご一緒した先輩通訳の方がその場でササッと分担ページを決めて下さったのです。グチひとつ言わず、淡々と割り振り、「じゃ、お互いこの分量でそれぞれ準備しましょう」とおっしゃったのですね。この一連の動きに要したのはわずか数分。私はその先輩のお陰で気分をネガティブにすることなく、置かれた状況と時間を最大限使い、準備に集中できたのです。

そう考えると、日常生活でも「事実を事実ととらえ、最大限の解決策を必死に考えること」が上機嫌につながるとも思えます。目の前の状況は起きたことである以上、過去にさかのぼって変えることはできません。そうであるからこそ、事実をありのまま受け入れ、そこから何が最善策として講じられるかを考えた方が生産的なのですよね。

不機嫌というのは逆に大きなエネルギーを持って伝染し、自分の心をも暗くしてしまいます。自分で自分の中に増幅拡大するばかりか、それが身近な他者へも「感染」してその場の空気がますます悪くなります。大切な家族と過ごす家庭の場において、あるいは、生徒たちの意欲を引き出したい教室の場において、いかに上機嫌の空気を生み出しながら良い方向に動かしていくか。リーダーはそれを常に考えなければいけないのでしょう。

ちなみに私は先日、掃除機を新調しました。それまではコンセント式のものを使っていたのですが、何度も差し込んだり、掃除機本体がコロンと転んで壁を傷つけてしまったりということが内心「不機嫌」の種になっていました。そこで思い切ってコードレスを買ったところ、実に快適!使うのが楽しくなり、頻繁に掃除をするようになりました。自分の意思で上機嫌を生み出すのが難しい場合、頑張らずに済む「上機嫌用グッズ」をそろえるのも一案だと思ったのでした。

(2017年6月26日)

【今週の一冊】
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「広告絵はがき―明治・大正・昭和の流行をみる」 林宏樹編集、里文出版、2004年

デジタルグッズの普及により、人々のコミュニケーションもずいぶん変わってきました。かつてあった郵便ポストがいつの間にか撤去されていたり、集配時間が大幅に減ったりという具合に、手紙そのものを書く文化が今やメールにとって代わられています。いえ、メールよりも手軽なLINEがもはや世代によっては主流になっているのですよね。さらに簡単・迅速なツールも登場しつつあると聞きます。

私は今でも手書きという行為自体が好きであるため、出来る限りはがきや手紙を出すようにしています。旅先に出かけるとまず探すのがご当地絵はがきなのですが、あいにく時代柄、そもそも販売していないという状況が増えてきました。地方のターミナル駅や空港の土産店でも同様です。

だからなのかもしれません。今回ご紹介するような絵はがき本にはとても惹かれます。本書は広告のために作成された絵はがきがメインなのですが、明治から昭和に至るまでのデザインを見てみると、物事の描き方にも流行があることがわかります。個人的にはレトロデザインが大好きなので、本書はどのページを見ても魅力的な絵ばかり。立派な美術作品と言えます。

今はなきカルピスの古い図案、着物柄の女性、時代を感じさせる乗り物など、眺めているだけで日本が歩んでいた人々の生活を感じ取ることができる、そんな一冊です。


第311回 将来の支えとなるもの

最近はさわやかなお天気が続いていますね。空梅雨のような気もしますが、その分、
関東地方は連日カラッとした気候で、実に気持ちの良い日々です。このようなお天気はロンドン時代を私に思い起こさせます。

私がロンドンのBBCに勤め始めたのは1998年6月のことでした。ちょうど今ぐらいの時期です。確かヒースロー空港に着いたのが金曜日。月曜日から仕事が始まりますので、土日でアパートを探さねばならず、週末はひたすら不動産屋さんめぐりをしました。

一緒にロンドン入りした同期スタッフはすんなり決まったようでしたが、私はなぜか難航。希望条件が多すぎたのが理由です。

それでも何とか日曜日の夜には短期滞在型のホテルに身を寄せることができたのは幸いでした。そのホテルのオーナーが所有するフラットに数週間後であれば入居できるというのが決め手でした。

晴れてそのフラットに引っ越せたときは本当に嬉しかったですね。大学院時代に暮らした寮から近かったため、土地勘もある場所だったからです。家賃はかなり高額だったのですが、結婚のあてもなく、物欲もなかったため、良しとしました。美術館やコンサートなどへのアクセスも良く、仕事がシフト制だったこともあり、地の利を生かして本当に色々なことを見聞できました。そうしたことが今では私の財産となっています。

中でも懐かしく思い出すのが、フラットの近くにあったRIBAです。RIBAはRoyal Institute of British Architects(王立英国建築家協会)の略で、ロンドン市内に大きな本部を有しています。設立は19世紀初めという、歴史ある団体です。

外観はシンプルな白い建物なのですが、中に入るとひっそりとしており、おごそかな空気が流れます。私はその一角にあるカフェがお気に入りでした。朝8時から夕方5時までやっており、温かい食事に豊富な飲み物、たくさんのスイーツなど、メニューを見るだけで迷うほどでした。放送通訳の仕事を終えて最寄駅で地下鉄を折り、北上するとRIBAにたどり着きます。仕事帰りにときどき立ち寄るのが私にとってのひそかな楽しみとなりました。

あと数分歩けば家に帰れるのはわかっていても、どこか第三の場所でホッと一息つくのも大切なことなのでしょうね。RIBA Cafeでは大好きなスコーンと紅茶を頂きながら、館内で集めた無料パンフレットを眺めたり、日本の両親や友人に手紙を書いたりするのが私にとって幸せなひとときでした。

あのような雰囲気の場所にその後、私の人生の中で巡り合えたことはないのですが、当時の素晴らしい思い出はかけがえのないものとなっています。

言い換えると、「今という瞬間をいつくしむこと」が、いずれ将来自分を支えてくれる記憶になるのですよね。

だからこそ、これからも丁寧に生きていきたいと思います。

(2017年6月19日)


【今週の一冊】
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「世界の美しい名建築の図鑑」 パトリック・ディロン他著、エクスナレッジ、2017年

関節の調子が今一つなことを幸いに(?)、ウォーキングではなく楽チン自転車乗りを最近は楽しんでいます。6月に入ると日の出もますます早くなり、自然に目が覚めます。朝30分ほど近所のあちこちを回るようになりました。休日は1時間近く乗り続けることもあります。行動半径を広げられるのが自転車のだいご味なのですよね。

このところの私のテーマは「美しい建物」。豪邸街の古き家並みを味わったり、珍しいデザインのビルを探したりという具合に、毎朝新たな建物を発見してはワクワクしています。

今回ご紹介するのは、世界の建築物を図解説明した一冊です。写真ではなく、あえて絵で描かれていることに温かみを感じます。ピラミッドから教会、劇場や個人の家に至るまで、本書に取り上げられている建物もさまざま。断面図によって細かい部分まで描かれており、まるでその建物の内部に入ったかのような感覚を味わえます。

中でも惹かれたのはイギリスの水晶宮Crystal Palaceです。もともと万国博覧会の展示場として1851年に建てられたものです。従来の建築方法ではなく、枠組みの中をすべてガラスで埋め尽くすという斬新な方法が注目を集めました。しかも当時のイギリスは産業革命を経て大量生産が可能になった時代。使われたガラス板は30万枚に及んだそうです。博覧会後はロンドン南部に移築されたのですが、あいにく1936年に火災で焼け落ちてしまいました。ロンドンの消防署の半分にあたる消防車89台と消防員400人が出動したものの、消火はできなかったのだそうです。

先日ロンドンでは高層マンションの火災がありました。家を失った大勢の人々のことを思うと言葉もありません。災害のもたらす怖さに人は謙虚になる必要があるのではないか。そのようなことを考えさせられます。



第310回 だめなら次の方法で

今から随分前のこと。ジョギングブームが始まりかけた頃でした。個人的に悩みやらストレスやらが同時期に襲ってきたこともあり、「食」に逃げていた時期があったのです。下の子の出産後、せっかく元の体重に戻ったと思いきや、ムチャ食いで重くなってしまい、個人的にも自己嫌悪のピークにありました。

傍から見ればさほど重そうではなかったので、「え~、それぐらい増えても大丈夫よ~~」と励まされていたのですが、私としては体重が1キロ増えただけで倦怠感に見舞われてしまうのです。そこでジョギングの流行にあやかり、走り始めることにしました。

最初のうちはマンションの周りの一画を走るだけでふーふー言うありさまでした。しかし毎日続けていると少しずつ距離が伸びてくるのですね。そのうち数十分走っても疲れなくなり、季節の移り変わりや街並みを楽しむ余裕まで出てきました。

そこで味を占めたのを機に、マラソン大会に出るようになりました。3キロ、5キロ、10キロと少しずつ距離を伸ばし、ハーフマラソンを完走できたことは本当にうれしかったですね。当時は雨の日も走るぐらいランに魅了されていましたので、そうした日々の努力が実ったことを幸せに感じました。おかげさまで体重も元通りになり、しかも人生初のベスト体重にまで絞ることができ、フットワークも軽くなりました。以前抱えていた悩みもなくなり、マラソンのお蔭で人生が変わったのは本当にありがたく思えました。

しかし、熱中しすぎたのがいけなかったのでしょう。股関節の痛みに悩まされるようになり、整形外科を受診。レントゲン検査の結果、生まれつき骨に微妙なずれがあることがわかり、固いコンクリートを長時間走り続けることは控えるよう言われました。

私としては「一生に一度で良いからホノルルマラソンに出たい」という思いがありました。けれどもドクターストップであれば仕方ありません。コンクリートを「走る」のがダメでも「歩く」ことはOKなのですから、それではと今度はウォーキングに励むようになりました。同じ時間で比べてみると、歩いた場合の行動半径はぐっと縮まります。けれども外の空気を吸える幸せは引き続きあるわけですので、楽しめていましたね。

ところがところが、やはりまた古傷の痛みがぶり返してしまったのです。「歩くだけなら大丈夫」と思ってはいたものの、やはり「限度」というものはあります。私の場合、熱するとのめりこむ癖があるため、ジョギングと同じぐらいの負担を関節にかけてしまったのでしょう。

「それならば」と次に取り組み始めたのが「早朝の自転車乗り」です。もともと自転車は好きなのですが、「ランやウォーキングの方がトレーニングになるはず。自転車はこいでいるだけで、あまりダイエットにはならないのでは?」という思いがあったのですね。それでずっと避けていたのでした。

しかし、いざ自転車で日の出とともにこぎ出してみると、これまた実に快適であることがわかりました。仕事をしてくれるのは「足」と「ペダル」だけですし、後ろの自転車かごにカバンなどを入れても体自体は身軽です。ウォーキングやジョギングの時はお財布すら持たずに出ていたのですが、自転車であればフラッとコンビニに立ち寄り、買い物をしても荷物になりません。

そう考えると今の私のライフステージでは朝の自転車が一番合っているのでしょうね。これまためぐりあわせを嬉しく感じています。

日々の生活の中で「できなくなってしまったこと」というのは思いのほか精神的に応えます。「昔はできていたのに」「○○さえしなければこんな事態にはならなかったのに」という思いも出て来るでしょう。「失ったこと」や過去への後悔に苦しむことがあるかもしれません。

けれども過去はどう頑張っても変えられないのですよね。それなら「じゃ、次にできることは何だろう?」ととらえ、必死になってそれを探し出すのみだと私は思います。

今にして思うと、エネルギーあふれる年齢の頃、マラソンができたのは本当に幸せでした。コンクリート上のウォーキングはやはり関節に負担となりますが、スポーツクラブのウォーキングマシンなら大丈夫です。そして今、自転車のおかげでさわやかな初夏を楽しんでいます。

新たな境遇は、必ず別の世界を連れてきてくれる。
だめなら次の方法を考えれば良い。

そのように私はとらえています。

(2017年6月12日)

【今週の一冊】
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「書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト」 松原隆一郎・堀部安嗣著、新潮社、2014年

先日のこと。とあるホームパーティーに招かれました。主人の知り合いで家族ぐるみのお付き合いをさせていただいている先生のお宅です。その先生は現役で指導に携わりながら、ご自身の研究も精力的に行っていらっしゃいます。

数年前にもご自宅を訪ねたことのある主人から、「先生の蔵書はとにかくすごい!」と聞いていました。そこで今回、私も見学させていただきました。ご自身の研究テーマの本はもちろんのこと、多様な本が書斎には並び、実に圧巻でしたね。これだけの「知」を授業の場で先生を通じて学べる生徒さんたちは本当に幸せだと思います。

私も本を読むのが好きですが、我が家のスペースに限りがあることから、読み終えるとさっさと手放してしまうタイプです。その分、今は勤務先の大学図書館にお世話になっています。

本というのは、読み手の思考の歴史が反映されます。そう考えると、本は処分せずに保管しておいた方が、自分自身の「知の変遷」を再度たどることができるのですよね。保管できるのであれば、とっておくことに越したことはないなあと感じます。

そのようなことを考えていたところ、今回ご紹介する一冊に巡り合いました。本書は「実家の思い出をそのまま残したいと」いう思いを抱く社会経済学者と、それを書庫という形で実現させる建築家による一冊です。話し合いから完成までのいきさつが綴られています。

その書庫は小さな敷地に完成しました。けれども工夫をすれば、素敵な建物が出来上がるのですね。中は壁一面に書棚があり、らせん階段でフロアが結ばれています。階段をのぼりながら書棚を眺める。そしてまた次の棚へという具合に、思考も流れるように知の世界を泳ぐことができそうです。

私個人にとっては、このような立派な書庫は夢また夢ですが、それを実現させた方々の体験談を読むだけで、どっぷりとその世界に浸ることができます。本書を読むと、何だか今すぐ本が読みたくなります。


第309回 アクティブ・ラーニングと言うけれど

数年前から日本の教育界ではアクティブ・ラーニングという言葉が聞かれます。以前は、教師がひたすら講義をする形式を日本の教育現場ではとっていました。しかし、「それで果たして生徒が理解できているか」「本来であればもっと活気ある授業をすべきではないか」というのが導入のきっかけです。ペアやグループワークを取り入れることでお互いに刺激を与え合うことができます。教師も一方通行の授業をするのでなく、「考えさせる問いかけ」をすることで、単なる丸暗記・テスト対策型の授業から脱却をすることができるのです。近年はアクティブ・ラーニングという名称の他に「自立した学習者の育成」や「協同学習」といった用語も出てきており、専門的な研究も盛んになっています。

私が初めて「アクティブ・ラーニング型授業」に触れたのはイギリス時代のことでした。小学校4年生で現地校に転入したのですが、その学校では様々な試みがなされていたのです。

中でも印象的だったのが、Speech and Dramaという授業でした。演説や劇を一つの科目としていたこと自体が驚きでしたね。日本では「国語」の授業でそれらを扱いますが、通年科目として「話す」「演じる」というテーマがあったのです。こうして幼いころから人前で話す訓練や自分の意見を主張するトレーニングをしているからこそ、欧米人は堂々としているのだなと後に私は思ったものでした。

そのSpeech and Dramaでは脚本を使ったり、即興スピーチをしたりと毎回盛りだくさんでした。ただ、私はどうしてもその授業が苦手だったのです。理由は「英語力不足」でした。

当時の私のクラスは人数が奇数で、先生はその授業でペアワークを多用なさっていました。毎回クラスの冒頭で"Get into pairs"と指示を出してから活動させます。ところが英語力ゼロの私とペアワークをしたがる生徒はいなかったのですね。毎回毎回あぶれ、広い講堂の中でぽつんと「引き取り手のない身分」になることは、正直なところ、屈辱でした。

結局その都度先生がどこかのグループに私を押し込んでくださるのですが、語学力に乏しい私が入れば、そのペアにとって活動ペースが鈍化することになります。子どもは素直ですし、そのぐらいの年齢層の子というのはある意味で無慈悲です。入れてくれる女子2人が明らかに困惑していたのも覚えています。

あまりにもこの状態が続いたため、ある日私は思い切って担当の先生に直談判しました。つたない英語で「毎回あぶれるのは辛い。先生がペアを割り振ってほしい」と訴えたのです。私は小学校2年生まで日本の公立小にいましたが、その時の記憶では、「先生が色々と配慮して平等をもっと意識して下さった」という思いがあります。「日本にいればこんな思いはしないのに。どうしてイギリスではこれほどドライなのだろう」という悲しさが心の底にはありました。

幸い理解のあるイギリス人教師は、その日を境に配慮をして下さるようになりました。しかし、先生にしてみればご自身なりの授業計画があったのでしょう。結局また"Get into pairs"の号令は復活し、またまたあぶれるという時期が続きました。ようやく私の悩みが解消されたのは数年後のこと。私自身の英語力が追い付いたころで、まさに帰国直前のことでした。

このような体験から、自分が指導者となった今、学習者たちへ活動をさせる際には内心とても神経を使います。奇数の時はこちらであらかじめ人数を割り振ったり、毎回同じ人同士が活動をせず、なるべくミックスしたりという具合です。かつての私のように萎縮してしまっては、せっかく授業に出たのにその内容を100パーセント吸収できないと思うからです。

これからの時代、日本の教育現場には日本人以外の児童生徒がもっと増えることでしょう。今までのやり方だけでは通用しなくなります。日本人学習者を相手に最大限の効果を期待すべくアクティブ・ラーニングを取り入れるという趣旨はもちろんわかります。けれども今後、配慮すべき点はグローバル化による日本社会の多様化です。数十年前に私が体験したイギリスの多民族共生が、今、日本にも訪れつつあります。

未来を担う子どもたちが伸び伸びと学べるような環境をどのようにしたら築いていけるか。

行政、教育界、保護者、そして学習者などが考えるべき段階に差し掛かっていると私はとらえています。

(2017年6月5日)


【今週の一冊】
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「謎解き ヒエロニムス・ボス」 小池寿子著、新潮社、2015年

ここ数年、忙しさにかまけてしまい、美術展からすっかり足が遠のいていました。日本、とりわけ首都圏に暮らしていてありがたいのが、世界の名作が日本に来てくれることです。わざわざ海外まで行かなくても一流の美術品を見ることができるのですよね。日本美術はもちろんのこと、西洋美術やアジア、中東の作品など、実に多くの貴重品が日本では展示されます。

久しぶりに向かったのは東京都美術館で行われていたブリューゲルの作品展でした。幼少期にオランダに暮らしていたこともあり、ブリューゲルやフランドル地方の画家には個人的に興味を抱いています。今回の美術展ではあのバベルの塔も出展されており、会場も大いににぎわっていました。

ブリューゲルとの関連で展示されていたのがボスの作品です。ボスの作品は教科書や他の美術展で見たことがあったのですが、じっくりと鑑賞したのは今回が初めてでした。卵の割れた中から人が出ていたり、人のような獣のような不思議な物体がいたりと、実に謎の多い画風で知られています。キリスト教を主題にした作品や、寓話、教訓などが描かれており、当時の時代に人々が何を価値観として生きていたかが伺える美術展でした。

鑑賞後、改めて今回ご紹介する一冊を読み進めてみると、様々なことに気づかされます。一つ一つの絵の細かい部分にどのような意味が込められているのかを知るには解説書が大いに参考になるのですよね。今回は鑑賞後に読んだのですが、今後は出展作品をあらかじめ調べておき、出かける前に解説本を読んでおくとより一層楽しめると思いました。

本書はカラー版でボスの作品について初心者でもわかりやすく記されています。16世紀のオランダについて知りたい方、ボスの不思議な世界を味わいたい方、会期終了前に予習したい方にお勧めの一冊です。




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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。