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放送通訳者直伝!

第306回 40年後を見据える

今から4年前、我が家はイギリスで10日間の夏休みを過ごしました。息子が生まれた街で短期滞在用アパートを借りるというものです。当時の生活を疑似体験でき、まさにノスタルジック・ツアーとなりました。

私はこれまでこの街で2度暮らしたことがあります。最初は父の転勤に伴ったときで、小学4年から中学2年にかけてでした。また、1990年代後半にBBCで働いていた際には結婚後、そこを拠点にしました。職場まで1時間以上かかりましたが、緑が多くゆったりとした街で息子と3人で暮らせたのも、今となっては幸せな思い出です。2013年に一家4人で再び訪れることができ、感慨深いものがありました。

ただ、定点観測的に同じ街を見てみて、色々と感じることもあったのです。「街の雰囲気」に関してでした。

私が子ども時代、その街の人口の大半は、いわゆる生粋のイギリス人でした。日本人もごく少数ですが暮らしていましたが、いわばマイノリティです。当時の駐在員一家には、どの会社も福利厚生の一環として大き目の住宅を提供していました。また、その子弟にも一流校へ行くための学費が援助されていたのです。だからこそ、私たちを始めとする日本人家族は悪目立ちしないように、現地の方々から反感を抱かれないように、そして日本人として恥ずかしくないようにという思いを抱いていたと思います。みな控えめに暮らしていました。

あれから数十年。世界はグローバル化し、国境を越えて人やモノが行きかうようになりました。私が暮らした街も、典型的なイギリス人の数がぐっと減っていたのです。代わりに移民や季節労働者、旧植民地の2世3世の姿が目立ちました。

2013年夏、私にとって驚きだったのは、その街の高級住宅街の様子でした。私が幼少期に見たアングロサクソン系英国人の姿がほとんどなかったのです。代わりに見られたのは、旧植民地出身移民の2世・3世と思しき方々でした。朝、散策をしていた際、私が目にしたのは大邸宅から出てくる子育て世代の男性や女性たちです。いずれも上質のスーツを着用し、出勤途上であることがわかりました。また、近所の公園でもそうしたご家庭のお子さんたちが拡張高い英語を話しながら遊ぶ姿が見受けられました。

さらにもう一つ、私にとって衝撃的だった光景がありました。1970年代、その街から車で20分ほど行ったところには悪名高い地域がありました。有色人種の割合が当時は非常に高く、生粋のイギリス人は寄り付かないような街でした。ところが2013年にその街を車で通りぬけてみると、街中を歩くのはアングロサクソン系の方々ばかりだったのです。つまり、40年ほどで住む場所が完全に入れ替わったことを意味します。

その街の端にあるパブへも行ってみたのですが、そこで食事をとっていたのも同様の方たちでした。かつてそのパブは私が子どもの頃、階級によって入口が違うお店でした。子どもの入店はもちろん禁止でしたので、当時の私は排他的な印象を受けましたね。ところがいつの間にか大改装しており、ファミリーレストランと化していたのです。提供しているメニューも油をふんだんに使った、決して健康に良いとは言えないようなものばかりでした。

つまりこの数十年でどうなったかを見てみますと、住む場所や食事処が人種によって逆転していたのですね。パブでの食事を見てみても栄養に対する認識が異なることがわかります。つまり、教育レベルも変化したと言えるのです。

30年、40年経てば世界は大きく変わります。これはイギリスに限ったことではありません。他の国もそうですし、日本も同様です。しかも日本は世界で最も速いと言われるぐらいの高齢化に向かっています。今、働き盛りの我々世代が老後になったとき、日本はどういう状況にあるのか、今のうちから考えねばならないのです。「遠い先のこと」ととらえるのではなく、逆算して課題に真剣に取り組まねばいけないのですね。

基礎学力をつける、英語を学ぶ、プレゼン能力を向上させるなど、「グローバル化」に向けた提言はすでにたくさん聞こえてきます。教育現場でもそれらを反映した授業が行われています。けれども生き延びるためのテクニック的なものだけでは、いずれ立ち行かなくなるでしょう。40年経ったイギリスの現状から、日本もおそらく数十年後を想像できるはずです。つまり、もっと私たち個人の問題として認識し、未来の世代に課題を丸投げすることなく、今、とるべき行動を考えることが求められると私は感じています。

(2017年5月8日)


【今週の一冊】
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「知られざる空母の秘密」 柿谷哲也著、ソフトバンク・サイエンス・アイ新書、2010年

ここ数週間、CNNでは北朝鮮のニュースが頻繁に流れます。アメリカが韓国と合同軍事演習をした話題や、原子力空母カール・ビンソンが朝鮮半島に向かったことなども大きなニュースとなりました。インタビューでは現役・退役軍人が登場しますが、そこでも肩書きが出てきます。放送通訳の仕事をする際、軍事用語をしっかりと押さえることが求められるのですね。

通訳者は単にAという単語をBに置き換えるだけでは不十分です。大切なのは単語記憶力だけではなく、内容自体を把握していることなのです。そうしたことから、今回も北朝鮮情勢をきっかけに軍事分野の本を読もうと思いました。そこでご紹介するのが今週取り上げる一冊です。

本書は空母の歴史から各国の保有する空母に至るまで、様々な切り口からとらえる構成になっています。先日のニュースに出てきたカール・ビンソンも写真で紹介されていました。ちなみにカール・ビンソンは2010年のハイチ地震で被災者を救援する際に投入されています。原子力空母の場合、原子力関連の作業者には特殊な能力が求められ、たとえ空母の他乗員であれ原子力関連エリアには立ち入ることはできません。作業員は機密を厳重に守ることも求められるそうです。

カラー写真がふんだんに用いられた新書ですので、本書はとても手軽に読むことができます。中でも印象的だったのは、飛行甲板における艦載機の位置決定に関してでした。今の時代であればコンピュータでそうした計画を立てるのかと思いきや、平面ボード上にミニカーならぬミニ機体を置き、手で動かしながら考えているのだそうです。いまだにアナログなのですね。著者の柿谷氏いわく、この作業の電子化は過去に何度も試みられたものの、やはり使い勝手では指先で動かす方が効率的なのだそうです。

ソフトバンクのサイエンス・アイ新書シリーズには多様な理系分野のトピックが並んでいます。講談社のブルーバックス同様、文系の読者でも大いに親しめると思います。
 


第305回 「あの時はあれがベストだった」

ロンドンのBBCワールドで放送通訳者デビューをしたのは1998年でした。当時のBBCはまだ時間の流れもゆっくりしており、ニュースキャスターが読む原稿をPCからあらかじめ印刷したり、現地特派員のレポートも事前に視聴したりできました。自分が通訳者として納得できるまで日本語訳を推敲し、読み練習もした上で本番に臨めたのです。「最高品質の通訳をしたい」という思いを反映できる、そんな時代でしたね。

あれからほぼ20年。世の中の動きそのものも高速化しています。現在私が携わるCNNは「完全生同通」、つまりキャスターの原稿は一切なく、その日どのようなニュース項目が出るのかもわかりません。同時通訳ブースに入り、ヘッドホンをセットし、画面を見ながら通訳し始めて初めて、その日の話題がわかるのです。ニュースですので扱う分野も幅広く、世界情勢はもちろんのこと、医学や宇宙、エンタテインメントにスポーツなど多岐に渡ります。最大の予習方法は日ごろから新聞を丹念に読み、一般常識をたくさん携えること。不意に出てくる話題にも知識力でカバーするのみです。

そのようなことから、本番中どうしても訳せないという状況に私はよく直面します。ブース内は一人体制で、国際会議通訳のように2人一組でパートナーがサポートするという体制とは異なります。数字や固有名詞をメモしてくれる助っ人もいませんので、自分一人で対処します。とりわけ大変なのが早口で述べられる数字、それも桁が大きければ大きいほど訳す際に苦戦します。特に日本語と英語では100万から1兆までの訳が難しく、たとえば800 millionなら「8億」、一方、9.5 billionは「95億」という具合です。細かい数字が何ケタも述べられるととても追い切れません。

ではそのような時どうするか?本来であれば「聞いた通りすべてを正確に訳す」のが通訳者の使命ですが、どうしてもできない場合はざっくりと訳さざるをえません。「およそ~」を用いたり、「要は大きいことを言いたいのだな」と推測できれば「莫大な」と訳したりすることもあります。

他にも番組ゲストの名前と肩書きが聞き取れず、「では『専門家の方』に伺います」と訳すことも少なくありません。通訳しつつ頭の中では「え?何て名前だっけ?画面下の字幕に出ないかなあ。もし出てくれれば記憶しておいて最後の最後で『○○さん、ありがとうございました』とせめて滑り込みセーフでキャスターの訳のところで入れられるのだけど」などと考えることもあります。いずれにせよ「訳せない原因」は、「超速すぎて頭の中の単語変換が追い付けない」「そもそも知識を知らず、一般常識力で補えない」「単なるド忘れ」の3つが原因だと私は分析しています。

何とか沈黙せずに同時通訳を終えられても、自分としては勉強不足・経験不足を痛感する毎日です。私の場合、自宅の最寄り駅までの帰路は電車内でもっぱら「一人反省会」をしているのですが、「今日はパーフェクト!」などと言う日はまずありません。「あの分野、このトピック、まだまだ学ばなければ」という強い思いを抱きながら家路についています。

デビュー当初はあまりの自分の不出来に情けなくなってしまい、お客様にもエージェントにも顔向けができないと思い悩んだこともありました。ただ、通訳業の場合、仕事の失敗は仕事で挽回するしかないのですよね。自分の弱点をまざまざと現場で見せつけられたなら、その悔しさをバネにして一層勉強するしかありません。「ああ、できなかった」「どうして自分はあんなにヘタなんだろう」と嘆いたところで、真正面から学習をしなければ一ミリも進歩できないのです。

ただ、長年の経験と共に「落ち込み過ぎないこと」も術として身についてきたと私は感じます。落ち込むことで反省につなげることもできますが、「落ち込み」はややもすると「できなかった自分への言い訳」と化すこともあります。自己の不出来を合理化しすぎてしまうと、「さらなる勉強をしなくても良い」という理由づけになってしまうのです。

私にとって最善のとらえ方。それは「あの時はあれがベストだった」という考え方です。「あれ以上の通訳はできなかった。けれどもあれ以下で妥協せずに頑張った」と思うことなのですね。あとはそこからどう動くかです。通訳勉強にゴールはありません。だからこそ、これからも謙虚に学び続けたいと思っています。

(2017年5月1日)

【今週の一冊】
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「世界の廃墟」 佐藤健寿著、飛鳥新社、2015年

「高所恐怖症」とまでは言わないものの、数年前まで私は歩道橋も怖いぐらい高い所が苦手でした。今ではだいぶ慣れましたが、それでも札幌や名古屋のテレビ塔に上った時は足がすくみましたね。けれども人間というのは「怖いもの見たさ」の心理があるのでしょう。コワイと言いつつ、展望デッキのある最上階まで向かうことが私の場合少なくありません。

今回ご紹介するのは、そんな人間の「怖いもの見たさ」を集大成させた一冊と言えそうです。テーマは「廃墟」。編集者は世界各地の「奇妙なもの」を追いかける佐藤健寿氏です。

日本の廃墟で有名なのは世界文化遺産に登録された軍艦島。島の正式名称は長崎県の「端島(はしま)」です。本書にも海に浮かぶ巨大な軍艦島が紹介されていますが、いつ見てもその光景は独特です。本書に描かれている他の廃墟同様、家財道具をそのままにしてこの地を人々は後にした様子が如実に描かれています。

本書をめくっていると、他にも道半ばにして建築がとん挫した中国の遊園地、表側だけがガラス一面に覆われ、裏はむき出しになったまま建築中止となった平壌のビル、開通することなく駅だけ残されたベルギーの地下鉄など、世界各地の廃墟が紹介されています。

ただ、本書を読みつつ私はこうも思ったのです。

今、自分は世界各地に点在する奇妙な光景を写真で見ている。けれども、実際に今この瞬間、着の身着のままで自宅を後にし、安全な場所を求めている難民がシリアを始め世界にはいるのだ、と。

本書を通じて私は「今を生きる人々」を忘れてはならないと思わされたのでした。


第304回 「あなたしかいない」と言われるために

先日我が家のポストに投げ込みチラシが入っていました。いつもであればよく見ずにゴミ箱直行です。しかし、何気なく読んでみたところ、時代の流れだなあと思わせるものがありました。

チラシは地元サッカースクールのものでした。

そこにはQ&Aが書かれており、「お茶当番や休日の保護者送迎お手伝いはありますか?」「練習中は保護者が一緒に見学しなければなりませんか?」という問いがありました。スクール側の答えはいずれも「ノー」です。その学校は、「忙しい保護者でも安心して子どもを通わせられる」というのがセールスポイントでした。

私が子どもの頃は共働きが珍しく、私の母も専業主婦でした。習い事の送り迎えもしてくれましたし、学校からの帰路、荷物が重かったり雨が降ったりしていれば電話一本で最寄駅まで車で来てくれたものです。そうした母のサポートには今でも感謝しています。

けれども時代は変わりました。

今は共働きも多く、親も子も大変忙しい時代です。仕事内容によっては有休や早退ができないケースもあります。たとえばオペラ歌手やオーケストラの楽団員など、「その人」が「その場」にいなければ成立できませんし、俳優や芸能関係者も同様でしょう。教員もしかりです。学校というのは時間をかけて先生と生徒たちの信頼関係を築き上げていきます。そうした観点から年間を通じて効果的な授業を実施するととらえれば、度重なる休講や代講は避けたいと言えます。このように、「あなたにしかできない」という仕事が世の中にはたくさんあるのです。

先のサッカースクールのチラシには「保護者のお手伝いは不要。当校スタッフが責任を持って運営する」との記述がありました。つまり、今まで保護者の善意とボランティアに頼っていた部分を、学校がスタッフにきちんと有償の形で仕事として割り当てているのがわかります。

かつて時間の流れがゆったりとした時代には、人びとにも余裕がありました。「自宅にずっといるよりは子どもの習い事や学校のお手伝いを通じて世間を見てみたい」という考えもあったことでしょう。けれども年月の経過と共に価値観も変化しています。その是非はともかく、「世の中が変わってきた」という事実を私たちは直視せねばならないのです。

ボランティアやお手伝いには、労力と献身が求められます。「自分ができることをできる範囲で行う」のが本来のボランティア精神です。特にボランティア・マインドが古き時代から見られるイギリスでは、「できることをできる人がおこなう」という考えが今でも強く残っています。かつて大学院でボランティア・セクター組織論を学んでいたときのこと。「やりたくないこと」を「やりたがっていない人」に「『みんながやっているのだから平等にやるべし』と押し付けること」はボランティアの理念に反するものであり、「組織として失敗する」と指導教官から教わりました。

つまり、「私にはこれができます」「○○ならあの人しかいない」という、one and onlyのメンタリティが大切なのです。これはボランティアに限ったことではありません。これからの時代の職業も、そうした要素がより一層求められることでしょう。

通訳者も同様です。「あの分野の通訳にはあの人しかいない」とご指名いただけるようなパフォーマンスを日頃から目指して自己鍛錬することこそ、お客様のお役に立てる通訳者の姿だと私は思います。

そう遠くない未来、私たち通訳者のライバルはAIに代表されるロボットになるでしょう。生身の人間が競争相手ではなくなりつつあるのです。オックスフォード大学の研究によれば、あと10年から20年ほどで700強ある職業の半数が自動化されると言われています。

時代の変化にしなやかに対応しつつ、「自分にしかできないことは何か」という問いを、誰もが抱き続ける必要があります。「あなたしかいない」と言っていただけるような職業人をめざしていきたいと私は思っています。

(2017年4月24日)

【今週の一冊】
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「決断の瞬間」 大西展子著、家の光協会、2007年

私は出先でフリーペーパーを手に入れるのが好きです。通訳という仕事柄、そうした冊子には業務に有益な情報が盛り込まれていることが意外とあるのですね。たとえば地下鉄のPR誌には近場の名所旧跡案内や話題のお店が紹介されています。海外からのお客様をご案内の際、そうした情報を活用することがこれまで何度もあったのです。また、地方自治体の広報誌も現地の話題を知るのに役立ちます。私は出張時に目的の駅や空港へ降り立つと、そうした冊子をなるべく手に入れるようにします。その土地ならではの最新トピックや、人口数、文化風習などについて知るきっかけにもなり、重宝しています。

過日手に入れたフリーペーパーには歌舞伎役者の市川團十郎さんが出ていました。そこに出ていたインタビューが実に面白かったので、他にもないかと図書館の検索機で探したところ見つかったのが、今回ご紹介する一冊です。

本書はあいにく絶版になっているのですが、掲載されているのは團十郎さんを始めとする現役の方々ばかりです。分野もスポーツ選手から芸術家、企業関係者など多岐に渡ります。副題は「プロフェッショナルが語るリーダーの条件」。上に立つ者はどうあるべきかがそれぞれの方たちの口から語られています。

印象的だったのが指揮者の佐渡裕さん。佐渡さんの趣味はゴルフで、指揮とゴルフの共通点については「いかにおもしろくむだなく練習するか」が大切だと語ります。英語学習も同じですよね。「音楽の得意、不得意はあってもいいけど、音楽の好き、嫌いはつくっちゃいけない」というのは私も同感です。私自身、教壇に立つときには常に「英語を好きになってもらいたい」と願っています。

一方、柔道の山下泰裕さんは「柔道を通して人間を磨き高めて社会の役に立っていくこと」が大切だと語ります。人にはそれぞれ役割があり、それが天命となるのですよね。私も英語を通して人間性を向上させ、社会の役に立ちたいと思います。

リーダーを目指す方はもちろんのこと、「新年度の疲れが出てきてしまい、元気が欲しい」という方にこそぜひ読んでいただきたい一冊です。


第303回 在宅はツライよ

最近、大学図書館で雑誌のバックナンバーをよく借りてきます。先日借りたTIMEの巻末に出ていた記事がきっかけとなり、面白い動画を見つけました。登場するのは韓国・釜山の大学で教鞭をとるRobert E. Kelly先生。BBCのニュース・インタビューに自宅からスカイプで答えていました。

ところが生放送の最中、背後のドアから先生の幼いお嬢さんが書斎に突然「闖入」してきたのです。しかもその数秒後には歩行器に乗った赤ちゃんまで!慌てた奥様が駆け込み、二人のお子さんを室外へ引っ張り出す様子が一部始終映し出されています。動画はこちらです:

http://www.bbc.com/news/world-39232538

それでも冷静沈着に先生は韓国情勢について答えていたことから、この動画はあっという間に拡散したそうです。その後、BBCの同じニュースキャスターがご一家を改めてインタビューするという状況にまで発展しました。

そちらの動画を見たところ、ケリー先生は自宅で研究をする苦労を話しつつも、件のインタビューに関しては「書斎のドアをきちんと閉めていなかった自分が悪かった」と語っています。その一方で、二人の子どもたちにとって親がapproachableであればと願っているため、完全立ち入り禁止にはしたくない、と述べていました。

自宅で仕事をするということ。

これは一見魅力的です。混んだ電車に乗らずに済みますし、家事や子育てと両立しやすいと言えます。私自身、フリーランスで生きていこうと決めたのも、それが最大の理由でした。

しかし、ケリー先生の心境も非常によくわかるのですね。書斎で仕事をすると言えども仕事は仕事であり、お給料をいただくための責任でもあります。中途半端な気持ちではできません。締め切りが迫った原稿、翌日に控えた通訳業務、大量の採点など、やるべきことは山とあります。そのような時の私はかなりの形相(?)であり、「お母さ~ん♡」と書斎に入ってきた子どもたちに向き合い、満面の笑顔で「なぁに~?」という反応とは程遠くなります。ハイ、事実です。

特に私の場合、いったん集中モードに入るとキリの良いところまで一気に仕上げたいという思いがあります。原稿を書いているときなど頭の中にあれこれ言葉が浮かんでいますので、それらが消え去らぬうちに入力せねばなりません。脳内に漂う言葉を網で捕獲するがごとく、キーボードを打ち続けているのです。その時に全く関係のない話題や音などで遮られてしまうと、ダメージが大きいのですね。自分の集中力不足・努力不足であることは大いに自覚しているのですが・・・。

では、いつ集中するのか?私の場合、子どもたちが学校に出かけている日中が勝負時なのですが、繁忙期になるとどうしても仕事がずれ込んでしまいます。午前3時に早起きして対処できれば良いのですが、睡眠不足も避けなければなりません。

我が家は二人兄妹で、時に喧嘩をしつつも二人でワイワイ話しながら家では仲良く過ごしています。ささやかな自宅ですので、話し声は家のどこにいても聞こえます。二人で替え歌を作っては盛り上がったり、学校の話題でテンションが高くなったりという具合です。そのような時にこちらが「お仕事」をすることはほぼ不可能なのですよね。よってそこは割り切って私自身も家事をしたり、たまった新聞や雑誌などを読んだりして過ごします。

しかし一日の中でも、まるで真空内に陥ったかのごとく静かになるときがあります。具体的には子どもたちが「何かに集中しているとき(勉強や読書含む)」と「入浴」です。ほんの数十分に過ぎないこともあるのですが、このときこそチャンス!たとえ料理中でも、お皿を洗っているときでも、ここぞとばかり私は家事をほっぽらかして自分の勉強や仕事に突入します。私にとっては本当に貴重な時間ですので、悩む暇はありません。そして再び子どもたちがおしゃべりを始めたりお風呂からあがってきたりしたらGame over!「えぇ?もうお風呂から出てきちゃったの?もっと長湯で良いのよ~~~」と内心思いつつ、それでもこちらにしてみれば少しでも仕事が進んだわけですので、ありがたい限りです。

理想をあえて述べるならば、「天井から床まで壁一面の本棚、書類をたくさん広げられるデスクに座り心地の良い椅子、そして外部の音を気にせず集中できるような書斎」があることでしょう。けれども現実はそうではありません。だからこそ工夫のしがいがあるのですよね。敵(?)の動向を見極めつつ、自分が「今」できることに「ひたすら集中する」。その繰り返しがあるのみなのです。在宅勤務はツライですが、そういった試行錯誤を楽しめてこそ、次に進めると私は考えています。

(2017年4月17日)


【今週の一冊】
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「『アクティブ・ラーニング』を考える」 教育課程研究会・編著、東洋館出版社、2016年

私が大学生の頃の授業と言えば、大教室に学生たちが着席し、先生の話す講義をメモするというものでした。質疑応答の時間など特に設けられず、板書を書き写すだけ。板書やプリント配布もない先生の場合は睡魔との戦いになります。昼食後の授業など恰好のお昼寝タイムでしたし、成績評価の甘い授業は「楽勝科目」と呼ばれ、出席カードだけ出して後部ドアからひっそりと退室するツワモノもいましたね。

私も決して真面目な学生ではなく、バイト疲れで授業中にまぶたが重くなることはしょっちゅうでした。意気込んで入ったサークルも2年の終わりでやめてしまい、3年生になるとバイト三昧。そのツケは4年生の時に訪れ、最終学年には土曜日の授業までフルでとっていたほどでした。当時はペアワークやディスカッション、プレゼンなどもなく、授業内容によっては私の場合、なかなかの苦行だったのです。

そのような時代から時を経た今、教育界ではアクティブ・ラーニングということばがキーワードになっています。かつて見られたような一方的な講義形式ではなく、生徒や学生たちの主体を重視するという考え方です。指導者が知識を大量に伝えるというよりも、学習者本人に考えさせ、問題を発見させ、それを次の学びにつなげていくというのが主体的学習です。

私は長年通訳学校でも教鞭をとっていますが、通訳のようにたくさんの訳例がある世界でも、受講生はついつい「正解訳」を求めがちです。大学生も同様で、絶対的に正しい答えを探ろうとしてしまいます。なぜでしょうか?おそらくこれは、それまで受けてきた教育が「解あり学習」だったからと私はにらんでいます。

「正解が一つ」というのは、実は学ぶ側にしてみればラクなのですよね。それだけ暗記すれば良いわけですし、深く考えずに済みます。けれども、そうした思考様式が身についてしまうと、何事においても常に「正解」を求めてしまうのではないでしょうか?日々の物事の選択においても、ささいな問いに関しても、無意識のうちに「正解」を探し求めてそれに安住してしまう。その結果、自分の本音が心の奥底に追いやられてしまい、生き方自体に息苦しさを覚えてしまう。そのようなことを私は危惧します。

本書は教育現場においてアクティブ・ラーニングをどのようにとらえ、どう実践しているかが各著者の視点からまとめられた一冊です。具体的な方法が多岐に渡り紹介されており、指導現場に携わる者にとってはアイデアの宝庫です。

講義一辺倒だった日本の教育界は今、大きく変わりつつあります。現場の先生方がこうして実践され、次世代の子どもたちを育てて下さっているのは心強い限りです。指導者、学生、保護者、そして日本の教育の未来に興味のある方すべてにお勧めしたい一冊です。



第302回 同じで良いの?

先日、ファッションデザイナー・山本寛斎さんの本を読みました。たまたま別のところでインタビューを読み、その個性あふれる生き方に共感したからです。私自身はさほどファッション業界に詳しいわけではないのですが、寛斎さんのお言葉ひとつひとつに励まされ、著作を探したのでした。

本の扉を開けると、明るい色彩の服に身を包んだ寛斎さんの全身写真が目に飛び込んできます。かなり華やか(いえ、正直に言えば派手!)な洋服です。けれどもその表情は生き生きとしており幸せそうです。それだけで強烈なオーラとエネルギーが放たれているのがわかります。

けれども本を読み進めるにつれて、幼少期に非常に苦労されたことがわかりました。ご両親が幼いころに離婚。お父様はその後も離婚・再婚を繰り返し、兄弟が離れ離れになったり、引っ越しや転校を繰り返したりという具合です。小さいころは引っ込み思案だったとも綴られていました。

それでもファッションへの情熱は強く、20代にしてファッションショーで大成功をおさめます。しかしそれで気を良くしてしまい慢心した挙句、パリのショーでは大失敗。業界から完全に干されてしまったのです。

しかしそこであきらめないのが寛斎さんの素晴らしいところです。鬱々とする中、借金取りに追い立てられ、一時は死のうとさえ思ったそうです。しかし、司馬遼太郎の小説を偶然読んで生きる勇気を再び得たとあります。新撰組の話に自らをなぞらえ、そこから再起をかけたのでした。

そんな寛斎さんが語る言葉には力強さがあります。生きるとは何か、どうすれば幸せになれるのかなどが本書のひとことひとことからにじみ出ています。中でも私が印象的に感じたのが、着る服が人に与える影響、そして、装いがいかに本人に幸せをもたらすかという話題でした。

寛斎さんは、「日本人はあまりにも他人の目を意識しすぎてしまう」と記します。そうした規律の良さは歴史的なものであり、世界的に見れば「秩序」として見られるでしょう。けれども本人はそれで本当に幸せなのだろうかという疑問を投げかけています。

確かに日本に暮らしていると、「皆と同じであること」による安心感は非常に大きいと思います。私自身、海外生活から帰国して成田空港に降り立った際、最初に感じたのは誰もが「きちんとした」身なりをしているという点でした。ボロボロの服やヨレヨレのものを身にまとう人はいません。清潔感があり、色彩も穏やか。日本人の国民性がそのまま表れているように感じました。

けれどもそれは一歩間違えると、他者と異なることを拒否する空気にもなってしまうのですよね。現にファッション雑誌を見ていると「悪目立ちしない」といった表現も見受けられます。「他の人と違うことをしてしまうと反感を招いてしまう。すると仲間外れになってしまう。それはコワイ。だから無難に行こう。」そんな考え方です。

これはファッションだけに限ったことではありません。食事会などで誰かがAというメニューを頼むと、何となく流れで「じゃ、私も同じで」となりがちです。英語学習も同じです。○○という勉強法がヒットすると誰もがそれに飛びついてしまう。ダイエットしかりです。

でも本当にそれで良いのでしょうか?一人一人に価値観や考え方が異なるように、本人が選ぶものもそれぞれ違って良いはずです。「みんな違ってみんないい」「世界に一つだけの花」といったフレーズが聞こえてくる割には、なぜか「違う」ということにアレルギー反応を示してしまう。そのような雰囲気を私は感じてしまうのです。

本当の幸せに向けて何をすべきか。実は心の底で本人は答えを持っていると私は思います。書店の自己啓発本コーナーには「愛され」や「好かれる」といった文言を含む書籍タイトルが並びますが、受身でいるよりも、自主的に「幸せ」を堂々と追究した方がよほど体には良いと私は思います。

もちろん、人間は弱い存在です。長いものにまかれた方がラクですし、私自身、つい流されてしまうことは頻繁にあります。だからこそ、「皆と同じで良いの?」「本当にそれで良いの?」と自問自答しながら誠実に生きていきたい。そのように最近強く思っているのです。


(2017年4月10日)

【今週の一冊】
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「あきらめない - 働くあなたに贈る真実のメッセージ」 村木厚子著、日経BP、2011年

私は指導先のクラスで学期初めに必ずとあることを質問します。それは「紙新聞を読んでいますか?」です。自宅、図書館を問わず、「紙でできた新聞」に日頃触れているかを尋ねてみるのです。

講師の仕事を始めたころは、まだ紙新聞も健在でした。クラス内の大半が「読んでいます」と挙手していましたね。けれども年を追うごとに数は減り、最近では少数派です。自宅から通学する学生でも「親が購読をやめた」という人が増えているのです。世の中がデジタル化し、「いつでもどこでもスマートフォンで電子版が読める」という時代であればこそ、この流れは必然と言えます。

それでもなお私は紙新聞にこだわります。一面から最終面までパラパラとめくる間に思いがけない記事と出会えるからです。今回ご紹介する村木厚子さんの本を読むきっかけも、日経新聞に出ていたインタビュー記事でした。

村木さんは数年前に郵便不正事件で逮捕・起訴されたことがあります。裁判では無罪となりますが、拘置所での村木さんはこう考え続けたそうです。「今やるべきは体調を崩さない。気持ちが折れないようにする、裁判の準備をしっかりする、の3つだけだ」。

シンプルに3つの柱を心の中に打ち立て、戦い抜いた姿に私は感銘を受けました。そのような思考に至るまでどのような人生を歩んできたのかに興味を抱き、本書を入手したのです。

タイトルの「あきらめない」にある通り、仕事も子育ても村木さんは決してあきらめず、コツコツと歩み続けてきました。過去を悔やまず未来を憂えず、今できることは何かを必死に考える姿が本文からはわかります。悲壮感は決してなく、むしろ精一杯今を生きておられることが感じられます。

村木さんは「悩む」ということについて、「悩むなら上手に悩む」と述べています。そう、ウツウツと堂々巡りになっても先には進めないのですよね。一歩でも前進するにはどうすべきか。同じ「悩み」でも建設的な前進作業のためであれば、これは有意義であると私は感じています。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。