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放送通訳者直伝!

第288回 番付2016

日本経済新聞では時々、商品に関する番付が発表されています。その年に発売されたアイテムやサービスなど、東西に分けて相撲番付のごとく紹介しているのです。「そういえば、今年の始めにこれが流行したっけ」「このサービスは本当に便利だった」という具合に、一年を振り返りながら私もその記事を欠かさず読んでいます。

私の場合、もともと「モノをできるだけ増やさずスッキリ暮らしたい」という思いがあります。片づけや断捨離など、書店でそうしたキーワードの本を見かけるとつい読んでしまうほどです。ヘアサロンで手にする雑誌にも不定期で片づけ特集と銘打った企画がよく掲載されています。ヘアカラーから帰宅後、そのまま片づけ開始などということもありますね。

出来る限り今あるモノで何とか切り抜けるべく、創意工夫をすることがおそらく私にとっては楽しいのだと思います。とは言え、手持ちのアイテムだけではうまくいかない場合、もちろん新たな商品を調達します。そこで今回は、今年私が入手したモノや利用したサービスで役立ったものをご紹介しましょう。読者の皆様の参考にしていただければ幸いです。

1.多機能ペン
私は長年「3色ボールペン+シャーペン」の多機能ペンを使っていました。インクの出が非常に滑らかで書き易く、キャップ側には小さな消しゴムも付いています。鉛筆書きをする際にも安心して使えるのですね。替え芯も多めに揃えて同じペンを長いこと愛用してきました。ところが今年初め、このペンが壊れてしまったのです。同じ型版を探したところ、なんと製造中止!ネットオークションでも探しましたが、見つかりませんでした。そこで使い始めたのが、あの有名な「消せるボールペン」です。この3色タイプを現在は使っています。多少インクの消費が早いのですが、書いて消せるという便利さは何物にも代えがたく、以来、ヘビーユーザーになっています。迷った末に購入しましたが、大満足の一品です。

2.ビジネス型リュック
ハイ、今年もビジネスバッグが壊れました。重いものを入れてガンガン使うため、ビジネスバッグはいわば消耗品です。これまでは肩にかけるタイプだったのですが、左肩にいつもかけるため、肩こりの原因に。そこで買ったのが女性向けビジネスリュックです。私の場合、中にA4書類が「横向きで入ること」が絶対条件だったのですが、幸いインターネットで見つけることができました。肩に背負うことがここまで体を軽くしてくれるのかと実感しています。

3.小型ショルダーバッグ
引き続きカバンの話題です。ついついあれこれ入れて重くなるのを防ぐため、今年は「容量自体が小さいカバン」を選びました。ショルダーにもなり、手にもかけられる布製バッグです。長さを調節することで斜め掛けにもできますので、重宝しています。

4.オーダー靴
外反母趾に長年悩まされている私にとって、歩きやすい靴というのはほぼ不可能な状態が続いていました。そこで今年は思い切ってオーダーのパンプスを入手してみたのです。型を取り、足のタイプなどを徹底的に測定したうえで作っていただいたところ、足にしっくりとなじみ、たくさん歩いても全く疲れないパンプスが手に入りました。量販店の靴と比べれば確かに高額ですが、毎日自分を支えてくれ、健康をも左右する靴ですので費用対効果大です。

5.家事代行サービス
今年も窓や浴室・台所の掃除サービスを専門会社に頼みました。自分で掃除できなくもないのですが、たまってしまった水垢や窓の桟の汚れなど、素人で落とし切るには限界があります。家事代行会社はキャンペーンを実施していますので、「年末の大掃除の時期に」などと言わず、季節外れであってもキャンペーン期に合わせて依頼することでpeace of mindは確実に得られます。私の場合、スタッフの方々にお掃除していただいている間、別室で仕事が大幅にはかどったのは言うまでもありません。

以上、私にとって大いに役立ったものを「番付」でご紹介しました。ちなみに今年は旅先でレンタカーを借りる際、以前から乗ってみたかった新車にトライしたり、ようやく我が家にもカーナビやETCを取り付けたりと、車関連でも楽しい進歩がありました。モノやサービスを上手に使い、充実した日々を来年も送りたいと思います。 

(2016年12月19日)

【今週の一冊】
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「シェイクスピアは『ターヘル・アナトミア』」 近藤ヒカル著、光陽出版社、2011年

シェイクスピアの生年は1564年、没年は1616年です。「人殺し、色々」と私は覚えたものでした。同年代の日本と言えば、朱子学・林羅山の時代です。

今回ご紹介する一冊は、シェイクスピアの作品に出てくる様々な病気をテーマ別にとらえたものです。ページをめくると「外科学」「内科学」「伝染病」という具合に紹介されています。私はシェイクスピアの作品すべてを読破したわけではないのですが、これまで鑑賞したいくつかの劇を中心に本書を読み進めてみたところ、実に興味深い内容でした。

たとえば「リア王」。この劇の中には一時リア王が狂気に見舞われ、末娘のコーディリアが父親を救うシーンがあります。他にもマクベスの狂気についても説明されています。現代の医学と当時の治療法の比較や、聖書に描かれた同様の病気など、著者は幅広い視点から記しているのがわかります。

病気と死。これは人が生まれてきた以上、平等に与えられるものです。古の時代の病への思いと現代の西洋医学、神が病気をどうとらえたか、あるいは中世の画家たちが病をどのようにキャンバスに描いたかなど、シェイクスピアをキーワードに教養的な知識を得ることができる一冊となっています。

本書を読み進めるにつれ、病気による差別がかつてどれだけはなはだしかったか、そして多くの人々の良心や倫理観により、いかに偏見が克服されていったかも読み取ることができます。この一冊を読むことで、シェイクスピアや医学への距離感が縮むというのが私の読後感です。シェイクスピア没後からちょうど今年で400年が経ちます。


第287回 一期一会

私の場合、長年フリーランス勤務が続いています。大学卒業後は会社員として定時の仕事に就いていました。平日は満員電車に揺られ、夕方は会社や友人とのお付き合いで帰宅が遅くなり、行きも帰りも座れない通勤というのはなかなかハードでしたね。就職直後は仕事も好きで張り切っていたのですが、そのうち「留学したい」という思いや「英語の勉強がしたい」という情熱が高まり、週末は専門の学校へ行くようになりました。多少の寝不足も何のその、夢さえあればという思いがありましたので、今にして思えば若かったのでしょう。

留学から帰国後は正社員の仕事に就くことができず、どうしようかと思っていたところ、運よく通訳の仕事が回ってきました。以来、ロンドンのBBCでの4年間を除きずっとフリーランスです。会議通訳の仕事のおかげで、それまでは体験できないようなことを見聞することができ、自分の人生観も大いに変わりました。また、すばらしい方々の言葉を通訳したり、お人柄に触れることができたりと、職業冥利に尽きることもたくさんありました。本当にありがたいことと思っています。

人生、生きていれば色々な人に巡り合うものです。通訳業務の場合、たいていは一期一会の世界です。「これほどの素晴らしい人と一度しか会えないなんて」という方もいらっしゃれば、その逆のケースも私は経験しています。後者に関しては「自分と価値観や倫理観が異なる」というのが、違和感を抱く最大の理由でした。ただ、通訳者の場合、「仕事を依頼した側」つまり、クライアントが私の雇用主になりますので、通訳者としては忠誠を誓わねばなりません。たとえ自分の人生哲学に合わなかったとしても、意味を捻じ曲げて通訳してはいけないのです。

幸い私の場合、すばらしい方々のお傍で通訳する機会の方が断然多かったのですが、自分の良心と照らし合わせて通訳するのが苦しかった、というケースもごく稀にありました。海外の方が来日の際、日本の企業へ同行したのですが、訪問目的の趣旨が私の価値観と合致しなかったのです。私がただ単にnaïveで神経質になり過ぎていた、ということもあったのでしょう。

ではそのようなとき、どうするか。こればかりは、その業務が終了するまで忠実に自分の役目を果たすのみです。訪日目的が明らかに法律違反ではなかったのですから、こちらが目くじらを立てたり気分を害したりしていては、それだけで邪念が入ってしまい、通訳の精度が落ちてしまいます。業務時間中はとにかく通訳という行為自体に集中して、あれこれ考えないようにするのが最善策なのです。

これは日常生活でも同じことが言えると私は考えます。過去の嫌な出来事を思い出してしまったり、自分が苦手な相手のことを考えてしまったりするだけで、私たちはついつい気分を自ら暗くしてしまいます。このような心境に陥ると、よほど即座に、そして大々的に気分転換でもしない限り、負の感情がのさばってしまうのではないでしょうか。

「今、この瞬間」にその人やその出来事と直接的な接点がないのであれば、もはや心配に値することでは実はないのですよね。そのことを考えること自体、正直なところ、単なる「時間の無駄」でもあるわけです。自分の貴重な「人生時間」をそうした人や出来事に捧げてしまっていることになります。

では、常時接点がある際にどうするかを考えてみると、これは「改善のために直接的行動に出る」「耐える」「そこから離れる」の三択しかありません。中でも「耐える」というのはかなりハードな選択肢です。けれども、極端な話、「演じているのは見事に耐えているワタシ」といっそのこと、思い切りなりきってみるのも、逆説的ではあるのですが一案だと思うのです。

心身を害するまで我慢することはもちろん良くありません。けれども、日常生活では「気分がすぐれないものの、あえて明るく振舞っていたら何だか楽しくなってきた」という経験を私自身しています。それと同様、「耐える演技をしていたら、何だか乗り切れてしまった」という方法もあるのではないかと最近の私は考えているのです。

人生、長い目で見ればすべて一期一会の世界です。特にフリーランス通訳というのはそれが色濃くあります。狭い視野の中でうじうじ悩むのでなく、何事も割り切ってみる、ダメなら次の案を実行してみる。

こうした方法を実践し、試行錯誤しながら人生は続くように思います。

(2016年12月12日)

【今週の一冊】
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「図説 戦時下の化粧品広告〈1931-1943〉」 石田あゆう著、創元社、2016年

ことばを生業としているため、「活字」の色々な側面に私は日ごろから注目するようにしています。たとえば語源や意味、ことばの変化などです。ことばは生き物であり、時代と共に変遷します。そうした違いを日本語だけでなく、他言語でも楽しむようにしています。

もうひとつ、日常生活の中で関心を抱いているのが「デザイン」です。ただ、私自身、子どもの頃の図画工作、あるいは美術の成績はさっぱりで、今も自ら絵を描いたり制作をしたりすることは得手でありません。私の場合、もっぱら「観る側」にまわっています。幸いに首都圏に暮らしていると、世界各地の名画や作品の展覧会がありますので、本当にありがたいと感じます。ちなみに数年前のこと。東京で見逃してしまったフェルメール展を出張先の九州で観たことがありました。仕事の合間を縫って閉館間際に駆け込んだのですが、実物を鑑賞できてとても幸せだったことを思い出します。

さて、今回ご紹介するテーマは「化粧品広告」。しかも時代は第二次世界大戦前から半ばまでのものです。この時代にしては2色刷りでカラーも見られ、描かれているデザインは当時としてはとてもモダンであることがわかります。実際、当時のキーワードは「モダンガール」。ポスターに写る女性たちはいずれも黒髪の色白美人です。戦争前の広告に注目してみると、着物姿も多く、その一方で洋装に帽子、毛皮などの装飾品も見受けられます。まだ厳しい戦争に突入する前でしたので、その頃はまだ女性たちのあこがれを表す余裕があったのかもしれません。

ポスターに書かれている文言も縦書きや右からの表記が多く、「ニキビ」も左から読めば「ビキニ」、「クリーム」は「ムーリク」とついつい読んでしまいます。写真ポスターの特徴としては、真正面を見つめたものより、斜め上を見つめているものが多いように思いました。未来に向けての目線、ということでしょうか。

どのポスターも美しく、絵葉書好きの私にとってはぜひともポストカードにして販売してほしいものばかりでした。



第286回 師走なので生活ノウハウを少々

ついこの間お正月を迎えたかと思いきや、早くも12月になりました。先日、大学で実施した単語テストでexponentially(急激に)という語が出てきましたが、私にとってはまさにtime goes exponentially fastです。

今回はみなさまの年末大掃除や時短にお役に立てればと思い、ちょっとした生活ノウハウをお伝えいたします。師走のこの時期、少しでも参考になれば幸いです。

1.思い切って大掃除はプロに頼む
掃除そのものは嫌いでないのですが、どうしても苦手項目があります。特にお風呂場のカビや水垢の除去です。長年暮らしていると、どうしてもこびりついてしまうのですね。力のある主人に頼んでも限界がありますので、思い切ってプロの掃除会社に依頼しました。今回はちょうどキャンペーン中で、お風呂場と台所の2か所でのセット料金。半日かけてせっせと汚れを落として下さり、おかげで見違えるようにきれいになりました。今後、汚れを付けないようこまめに掃除をしていけば、これが維持できそうです。お金を払うことで「時間」と「ストレスフリー」を得られましたので、これは費用対効果大です。

2.年賀状やクリスマスカードの工程リストを作成しておく
年賀状やクリスマスカードの送付は、毎年そのほとんどが同じ工程を踏みます。写真つき年賀状であれば「写真を選ぶ」「文面とデザインを考える」「発注枚数を決める」「写真店に注文する」という具合です。私はPCの中に色々な家事や手続きの「仕組みリスト」を作っています。「年賀状仕組みリスト」には時系列にやるべきことをチェックボックス付きで表示しているのです。たとえば「11月1日」の横には「写真選定」「枚数決定」という具合。「11月5日」には「写真店に行き注文する」、「12月1日」のところは「クリスマスカード送付開始」などと記しています。このようにして具体的な日付を書き、その日に取り組むべきことを書くことで、毎年繰り返し行う作業は機械的に実施できるようにしています。

3.「買いものしないデー」を設ける
冷蔵庫の中をこの時期になると少しずつ空にしていきます。冷凍庫や冷蔵庫の調味料の類など、今あるもので料理を工夫してみるのです。そうすることで徐々に空にしていけば、拭き掃除も楽になります。同様に缶詰や乾物類などもこの時期には積極的に使うようにします。防災の観点から最近はrolling stockという方法が注目されていますが、毎年9月の防災期間だけでなく、年末の大掃除にも使える方法だと私は感じています。

4.調味料をどんどん使い果たす
乾燥ハーブやスパイス類、粉類などは何かと余りがちになります。先日私はとある懸賞で各種調理用粉をプレゼントされました。ところが揚げ物をさほど作らない私にとって、大量の天ぷら粉に実は困ってしまったのですね。幸い我が家にはホームベーカリーがあり、二日に一回はパンを手作りしています。そこで強力粉に少し天ぷら粉を混ぜて作ってみたところ、ドイツ風パンのような少し硬めのものができました。ハーブやスパイスもこまめに入れることで、いつもとは違うパンが楽しめています。

5.「まだ使えるから」を断ち切る
毎日の生活を続けていると、自分たち家族にとっては色々なものが風景の一部と化してしまい、とりたてて違和感を覚えなくなってしまいます。たとえば「くたびれたタオル」や「茶渋のついたマグカップ」などがその一例です。「まだ使えるし」「ずっと愛用してきたから」という具合に、深く考えずに使い続けているのですね。けれども新年というのは気分を新たにする絶好の機会でもあります。昔の人たちはタオルや下着、服などを新年におろして使っていました。我が家もそろそろタオルを変えようと思っています。

6.「期限付きボックス」を作る
たとえば「すぐには捨てたくないけれど、あまり使わないもの」というものがあります。そうしたものを今の時期、私は一気に取り出して箱にまとめてしまっています。ポイントは、箱に入れたらそのままガムテープで封をしてしまうこと。そしてその上に「処分日」として1年後の日付を書きます。今後12か月間、一度も中身を開けなければそれらのアイテムは自分にとってもはや卒業を意味します。我が家ではそうしたボックスをそのままチャリティショップに寄贈しています。

7.「ポケットサーチデー」
これは勝手に私が命名したのですが、要はあらゆる「ポケット」の中を点検するということです。衣類のポケット、カバンのポケット、車の中のポケットなどなど、「モノを収納する小さなポケット」を今一度チェックしてみるのです。ゴミが入ったままであったり、今や不要になったチラシが突っ込まれたままだったりなど、探してみると結構片付きます。

8.家具の場所にマスキングテープを
よく小学校の教室には机の場所を決めるため床にビニールテープが貼られています。我が家ではダイニングテーブルの脚の位置にマスキングテープを貼ってみました。と言いますのも、腰かけたりぶつかったり、あるいは地震があったりした際にテーブルの位置も微妙にずれてしまうからです。同様にTV台の角の床にもテープを貼っています。

9.「縦の面」の掃除
意外と忘れがちなのが壁の掃除です。床は意識して掃除機掛けをしますが、壁にも結構ホコリがたまっているのですね。同様にPCスクリーンや電子辞書の画面もこの時期になると「縦のもの」を重点的に掃除するようにしています。

10.とにかくMax数を決める
保冷剤に割り箸、プラスチックスプーンやコップなど、「持っていればいつか役立つかも」というものが家の中にはあふれがちになります。私は「とにかく最大所有数」を決めて、それ以上になったらたとえもったいないと思っても処分するようにしています。そうでもしないと見境なく増えていってしまうからです。ちなみに保冷材は最大3個、アイスクリーム用のプラスチックスプーンなどは一切持たないと決めています。コンビニで渡された割り箸は市販のものと比べて多少脆弱なものもありますので、そうしたものは捨てる前に使ってから処分します。我が家の場合、超多忙でお皿洗いなどにまで時間を割けない日などに「今日は地球に(ゴメンナサイ)厳しいデー」を設け、余った割り箸や紙皿などを使い切るようにしています。

以上、10項目ほど並べてみました。何かひとつでも参考になることがあればうれしいです。

(2016年12月5日)

【今週の一冊】
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「植民地朝鮮に生きる―韓国・民族問題研究所所蔵資料から」 水野直樹他編、岩波書店、2012年

指導している大学の授業で北朝鮮情勢を取り上げました。事前課題として学生たちには「北朝鮮」をキーワードに書籍や雑誌を読むように伝えておきました。私も学生たちと共に学び続けたいと思っていますので、学生たち同様、図書館へ出向いて本を探しました。その時見つけたのが今回ご紹介する一冊です。

本書は全編カラー写真から成り立っており、第二次世界大戦中、日本が北朝鮮や韓国でどのような支配をおこなっていたかが説明されています。私が中学高校時代の授業では、現代史に割く時間がさほどなく、いずれもさらっと取り上げておしまいだったと記憶しています。ゆえにきちんと知っておくべきことを知らないままになってしまいました。イギリスの大学院で学んでいたころ、同じ学生寮にはアジア各地の出身者がたくさんいたのですが、戦争の話になった際、きちんとした知識が無いまま話を進めていく自分を私は恥じたのでした。

以来、現在にいたるまで「過去の歴史を知ること」は私にとって大きな課題です。知らないこと自体が恥なのではなく、知らない「まま」にしておくことこそ良くないのだと今は痛感しています。ですので、学ぶ機会はすべてチャンスでもあるのです。

パラパラと本書をめくってみると、日韓併合に関する内容や抗日運動に関する資料が色々と出てきます。日本がどのように支配を進めていったかは当時の地図を見ると明らかです。日本の領土となっている部分がすべて真っ赤に塗られているからです。一方、当時の学校教育現場の様子も私にとっては衝撃的でした。植民地を含めて国を団結させるべく、いくつかのスローガンが教室には貼ってあることがわかります。日常生活における啓蒙ポスターも戦争一色です。

今回、「北朝鮮」をひとつのきっかけに本書を知り得たわけですが、こうして過去を振り返ってみると、そこには日常の生活があり、人々の人生があることがわかります。「戦争」とひとことで片づけてしまうのではなく、当時の人々に思いを馳せるということ、そしてそこから私たちが何を感じ、どういった教訓を得て、未来につなげていくかを考えること。

こうしたプロセスを私たち一人一人が考えるべきだと感じたのでした。



第285回 好奇心

先日、日帰りで大阪へ出張してきました。その前後に仕事があったため、朝一番の新幹線での強行軍です。

最近は放送通訳と指導の仕事が多いため、業務拠点は関東がほとんど。ですので、新幹線に乗れるというだけで心の中はワクワク感でいっぱいでした。手元の東海道新幹線ポケット時刻表(相変わらず紙版が大好きです)をパラパラとめくりつつ、どの電車に乗ろうかなあ、途中駅にはどのような場所があるのかしらと、出張のずいぶん前から空想して楽しんでいました。

出張当日は祝日。東京駅までの早朝電車はガラ空きでした。しめしめ、きっと新幹線も空いているのではと期待大で東京駅へ降り立つと・・・ものすごい人出。そう、祝日だからこそ世間は行楽地へ向かうのですよね。

行きの道中は仕事準備のため、車窓からの風景はほとんど見られませんでした。品川、新横浜で指定席もほぼ満席です。乗客の大半は京都で下車していきました。京都は紅葉シーズンなのです。

無事新大阪に着き、駅構内の観光案内所でマップをもらおうと思いました。ところが近くに案内所らしきものは見当たりません。集合時間も迫っていましたので、とりあえず地下鉄の路線図だけ手に入れ、そのまま現地へ向かいました。旅先で私は必ず案内所に立ち寄り、市内マップをもらいます。スマートフォンなしの私ですので、今回は地下鉄マップと方向感覚だけを頼りに動き始めました。それでも何とかなったのが今回の出張でした。

大阪はずいぶん前に訪ねたきりですので、土地勘はほとんどありません。その分、目の前の光景は何もかもが新鮮に映りました。地下鉄の車内アナウンスに広告が流れたり(関東の場合はバスアナウンスのみです)、アナウンスの音声ボリュームが小さいことに気づいたりと自分なりに色々と発見がありました。ちなみにアナウンスの速さは関東よりわずかだけ速いように感じましたね。

ちなみに先週のこのコラムで橋の本をご紹介しましたが、あの本を読んでいたおかげで車窓から見える橋も楽しく眺められました。現地での仕事を終えてからはイチョウ並木を見ながら歩き、片道6車線の車道に驚いたり、建物の高さがほぼ均一であることに注目したりと、何を見ても楽しいひとときでした。

物事をエンジョイできるか否かは、今、目の前のことを好奇心でとらえられるかです。通訳の仕事を始めて以来、「何事も面白がること」が感覚的にしみついてきたようです。お金をかけなくても、大きな刺激がなくても、とりあえず「今、この瞬間」をワクワクしながら味わえるかどうか。それが日々の充実感につながると私は考えています。

(2016年11月28日)

【今週の一冊】
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「バカボンのパパよりバカなパパ」 赤塚りえ子著、幻冬舎文庫、2015年

相変わらず紙新聞に紙辞書が好きな私にとって、もうひとつ「アナロググッズ」として手放せないものがあります。ラジオです。我が家は洗面台と台所に小型ラジオを供えています。それまでは電源コードにさし込むタイプの大きいラジオだけでした。しかし東日本大震災を機に「電池で動くラジオ」をそろえたのです。単4電池2本さえあればどこにいても聞けますし、小さいので部屋から部屋へと持ち歩くこともできます。コンパクトで軽く、大いに重宝しています。

私は朝の身支度の際、NHKラジオをつけることが多く、他のことをしながら「耳で」情報を仕入れています。先日興味深く聞いたのは「著者に聞きたい本のツボ」という、日曜日の朝に放送されたコーナーです。その日番組に出ていらしたのは漫画家・赤塚不二夫さんの長女、赤塚りえ子さんでした。

私自身、「天才バカボン」や「ひみつのアッコちゃん」などの赤塚作品はいくつか読んだことがありました。しかし、それほど詳しいわけではありません。今回、りえ子さんのインタビューが非常に面白かったのを機に、本書を入手しました。

赤塚ワールドというとギャグ満載のイメージですが、実は赤塚家も「今」を大いに楽しみながら生きていたことが本書からはわかります。りえ子さんのお母様はもともと赤塚さんのアシスタントを務めており、お父さん顔負けのギャグセンスがあったそうです。しかし両親はその後離婚してしまい、それぞれまた再婚しています。しかし、りえ子さんは二人の「ママ」がそれぞれ亡くなるまで実に仲良くしていたそうで、そのエピソードは読みごたえがありました。「典型的な家族観」からとらえれば、赤塚家のそれは波乱万丈だったかもしれません。そんな赤塚家に当時、世間は冷やかな目を向けていました。けれども赤塚家の誰もが前を向いて明るく暮らしていく様子から、読者はエネルギーを感じられるはずです。

本書を読み進めるにつれて、「小さな世界での価値観」や「人目を気にすること」がいかに人生を寂しいものにさせているかがわかります。「ちょっと最近疲れているなあ」という方、日々の生活に息切れしつつある方など、本書を読めばきっと元気が出てくるはずです。



第284回 先生の偉大さ

私は手紙を書くことが好きです。メール全盛期になっても旅先では葉書を買います。文具店へ行けばおしゃれな便箋セットに目がありません。私の机の引き出しを開けると、これまで買いためたカードや便箋、記念切手などが所狭しと収納されています。

幼いころから手紙で近況報告をしてきたことが幸いし、今でも懐かしの先生方とお手紙のやりとりをしています。暑中見舞いや年賀状から先生方のお元気な様子をうかがうことができると、とても嬉しく思います。

長年そうした手紙の往復をしていると、お互いの文体にも変化が表れます。たとえば小学校時代にお世話になった先生の場合、その直後は「児童」と「先生」の関係です。私の文章も当時は拙く、先生からのお返事も「教員らしい」文章でした。

しかし、児童生徒であった私が大人になったころから、先生方の文は敬語に満ちたものとなってきたのです。私を一人の人間として見て下さり、それを文言で表してくださっていることがわかります。私からすれば先生はあくまでも一生私にとっては先生なのですが、こうして尊重して下さることを本当にありがたく思います。

手紙と言えば、先日、次のようなことを経験しました。とある講演を聞きにいったときのこと。その先生がお話なさったことに大変感銘を受け、お手紙を差し上げたのです。一人の聴衆としてお送りしたわけですのでお返事はまったく期待せず、むしろこちらの感想を読んでいただけるだけでも幸せと思っていました。

ところが投函して数日後にご丁寧なお返事を頂戴したのです。多忙な方でおられるにも関わらず、わざわざ時間を割いてお手紙を書いて下さったことに心からありがたく感じました。

もう一つは、高校時代に教えていただいた先生からのお葉書です。数週間前、私はとある高校の資料館を訪れる機会があり、そこに展示してあった記念誌を手に取りました。後ろの方に歴代教員名簿があり、何気なく眺めていると、高校時代にお世話になった先生のお名前があったのです。同姓同名の方はおそらく日本にはいらっしゃらないくらい、先生のお名前は非常に珍しいものです。先生はすでに定年退職なさっていたため、とりあえず母校気付でお手紙をお送りしたのでした。

少しすると先生からは毛筆で書かれたお返事が届きました。一卒業生のためにわざわざ美しい筆跡でお手紙を下さったのです。文面を拝見すると、先生は大学を卒業した直後、その高校で教鞭をとられていたそうです。

「先生」というのは何も直に教わっている間だけにとどまりません。こうして何年も何年も経った後、その先生の偉大さに気づかされることもあるのです。私も一人の教員として、どのように次世代と歩み続けるか考え続けたいと思っています。

(2016年11月21日)

【今週の一冊】
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「橋の形を読み解く」 エドワード・デニソン、イアン・スチュアート著、ガイアブックス、2012年

BBCワールドで放送通訳をしていたときのこと。ナローボートを貸し切り、イギリスの運河を家族で旅しました。イギリスは産業革命を機に貨物輸送用として運河とナローボートが発達しています。鉄道網が全国的に張り巡らされていることは有名ですが、イギリスの運河もずいぶん広範囲に広がっているのです。

私たちが運航したのはウェールズの北東にあるランゴレン運河でした。緑豊かな中、ゆっくりと進むナローボートで私たちはくつろぎました。食事は運河沿いのパブへ。そして夜はボートを係留させて小さな船内で体を休めます。日頃はなかなか味わえない「ゆっくりとした時の流れ」に身を任せることができました。

そのランゴレン運河にある有名な橋が「ポントカサステ水路橋」です。長さは300メートル強、そして高さは地面から何と40メートル近くもあります。穏やかに進むボートから眺める光景は実に美しいものでした。と同時に、高所恐怖症の私にとってはなかなかchallengingでもありましたね。懐かしい思い出です。

今回ご紹介する本のキーワードは「橋」。橋と言っても実に多様です。構造や用途も異なり、素材もさまざまです。本書は橋の歴史や建築学的なポイントが詳しく書かれており、カラー写真と豊富なイラストで分かりやすい一冊となっています。ページをめくるたびに、橋の奥深さ、美しさが視界に入ります。

ちなみにエッフェル塔で有名なギュスターヴ・エッフェルは橋も設計していました。山口県の錦帯橋は大洪水に耐えるためのデザインだそうです。一方、徳島県・祖谷渓谷の橋は「かずら橋」として有名です。こちらは有機材料の葛類で作られています。

鉄やコンクリートだけでなく、植物やレンガなど、橋の世界は実に奥深いものです。本書を機にこれからは「橋ウォッチング」が楽しめそうです。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 通訳学校で後進の指導にあたるほか、大学の英語学習サポートルームにて英語学習アドバイザーも務める。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。