HOME > 通訳 > 通訳者のひよこたちへ

放送通訳者直伝!

第308回 ノイズに負けない覚悟

ある程度の年月、同じ仕事をしていると自分なりの「型」ができてきます。通訳の世界でも同様です。「○月○日に△△という分野の国際会議同時通訳を依頼された」としましょう。業務日からさかのぼって「いつ・何を勉強するか」がおのずから見えてきます。具体的には、「資料をそろえる」「話し手の動画をインターネットで視聴する」「著作物に目を通す」「用語リストを作る」という具合です。

もっとも通訳デビュー当時の私はやるべき課題に圧倒されていました。どれから手を付ければ良いかわからなかったのです。課題の多さに立ちすくんでしまい、あちこちをかじったものの結局どれも中途半端になってしまいましたね。結局、何も吸収しきれず時間切れ・当日突入という展開が多かったことを思い出します。本番では散々な出来になり、「自分に通訳者は向いていないのでは」と思い悩むこともしばしでした。それでも引退宣言をせずに今に至っているのは、やはりこの仕事が好きだったという一言に尽きます。

私はここ数年ほど教える仕事もしており、通訳とは違ったやりがいも感じています。と同時に、指導という職業にはまた別の大変さがあるとも思います。通訳の場合、自分で予習をして自分なりの訳語を口から発し、「できた・できなかった」という評価はある程度自分でも下すことができます。もちろん、お客様も通訳者の出来・不出来を場内アンケートなどで書くことはできるでしょう。クライアントからエージェントへフィードバックが直接行くこともあります。ただ、「単語を拾えた・拾えなかった」ということは通訳者本人が一番自覚しており、また、認識できるというのも通訳という仕事の特徴です。

一方、教室というのは受講生の状況も様々です。場の空気や自分のプロダクトに対する「自分自身が抱くコントロール感」というのは、通訳現場に比べると教室の方がはるかに難しいと私は感じます。

と言いますのも、通訳の場合、通訳者自身に「こうあるべき通訳商品」というアウトプット基準があり、それに合致していることが自分なりの合格点になるのですね。けれども指導現場の場合、受講生も千差万別であり、Aという指導法が教室メンバー全員に効果的という保証は一切ないのです。

さらに指導の場合、方法論もどんどん時代と共に変化しています。英語に関して言えば、文法訳読、パターン・プラクティスなどの指導法を始め、オーラル・メソッドや多読など時代と共に移り変わりもあります。オール・イングリッシュで指導すべしというお達しが出たこともありましたし、大学受験制度の変化など、時代に合わせていかねばならない部分もあるのです。

書店に行くと、「指導法」という名の付く書籍は実に多く存在します。今は小学校から英語を教える時代ですし、早期幼児教育という観点から世間の関心も高いと言えます。よって、英語教科指導法の本も棚の多くを占めるのです。一方、通訳アウトプットや通訳メソッド指導法の本などそれに比べればほとんどありません。英語教員への期待がどれだけ高いか、英語指導に携わる先生がどれだけ高い向上心を持っているかもこのことからはわかります。

しかし、こうしたたくさんの方法論というのは、万人に当てはまるとは限りません。著者自身がtried and tested methodとしてその方法を紹介していたとしても、その著者だからこそ成功したというケースも考えられます。その先生の個性やキャラ、置かれている指導現場など、多くのことが重なってうまくいっている方法という見方もできます。オール・イングリッシュで教えているA先生の方法をそっくりそのまま自分が導入しても、本で書かれているほどうまくいかないということも起こり得るわけです。

おびただしい量の情報が存在する昨今、自分のこれまでのやり方を刷新したいと思い、新たな方法を模索すれば当然様々な手法を目にするでしょう。それらを片端から取り入れてみて何とか自分の指導方法に新風をもたらしたいという気持ちもあります。私もその一人です。けれども、そうした方法を取り入れたものの、うまくいかなかった場合、まじめな教師ほど大きな挫折感を味わいかねません。焦燥感のあまり、それまで持っていた自分の持ち味を全否定までしかねないのです。

自分の強みは何か。
自分がどのようにすれば生徒のお役に立てるか。

そうした観点から物事をとらえられるようになれば、ダメージも少ないように私は思います。

大量の情報やノウハウ、他者の成功談を「参考程度」にしつつ、「ノイズに負けない覚悟」を持つことも、指導者には求められるのではないか。

「教える」という現場で試行錯誤を続ける私は、最近そのことを痛感しています。

(2017年5月22日)


【今週の一冊】
hiyoko-170522.jpg

"50 Successful Harvard Application Essays (5th Edition)" Harvard Crimson (Corporate Author)、Griffin、2017年

世界トップのハーバード大学に入学する受験生たちは、どのような入学志願書を書いているのか?

これが私を本書に向かわせたきっかけでした。日本の大学入試はペーパーテストがメインです。しかし、私が大学院生活を送ったロンドン大学を始め、英米の大学・大学院の多くが、入学動機を綴ったエッセイを重視します。エッセイと言っても、単なる軽めの作文とは程遠いものです。限られた文字数の中でその大学に対する熱い思いを記し、入試担当者を説得する必要があります。学業成績が良いだけでは入学が叶わないのです。

本書は実在する50人のハーバード大学合格者たちのエッセイが掲載されています。出願書類の長さ1ページ分エッセイに、それぞれの受験生が自らの強みや入学後に自分が貢献できることなどを書いており、その書き方も多種多様です。日本のような、いわゆる「対策」で乗り切れる入試ではないことが本書からは感じられます。

受験生たちの背景も様々で、人種も出身地もみな異なります。高校時代の内申書はほとんどがトップレベル。SATも高得点です。給付型奨学金を高校時代から受けていたり、各種受賞歴などもあります。つまり、そうした功績はハーバードを受験するのであれば当たり前。差を付けられる部分こそがエッセイなのです。

エッセイには各自の個性が表れています。物語風もあれば、冒頭からいきなり会話調にして読者をぐいぐい引き込む文章も見受けられます。パンチの利いた短文で読み手をハッとさせるものもあります。数学式で始めているエッセイもありました。アメリカは多様性を良しとする国であり、大学側もそうした個性を重視しているのでしょう。

私が中でも興味を抱いたのは、「高校時代の課外活動」欄でした。日本であれば、運動系の部活をPR材料にする受験生は多いと思います。しかし、本書に紹介されている50人のほとんどが文化系の活動を挙げているのです。「ホームレス支援団体部長」「文芸部創設者兼編集長」「室内楽部部長」「グリークラブ部長」「演劇部部長」という具合です。男子生徒でも、音楽や演劇分野で高校時代に活躍したことをアピールしているのが目立ちました。

日本の部活動はややもすると運動部の方がエライという機運があります。少なくとも私が中学高校時代はそうでした。けれども英米の場合、アカデミックな世界への進学を目指すのであれば、そうした分野でのPRが必要なのでしょうね。

エッセイの書き方本として参考になるのはもちろんのこと、大学受験生が日本とハーバードでは文化的に大きく異なる点を知ることもできた一冊でした。 


第307回 プロセスそのものを楽しめるか

実は最近、色々と考えねばならないことがあり、頭の中がゴチャゴチャする状況が続きました。そのようなときはなかなかchallengingです。でも「時」というのはありがたいもので、結局は時間が解決してくれました。GWも明けましたので、あとはまたフルパワーで(もちろん、無理のない範囲で!)夏に向けて歩みたいと思います。

今回自分自身が疲弊してしまった原因を私なりに分析してみました。具体的には、日記のページを左右に分け、左側に「好きなこと・得意なこと」を、右ページには「嫌いなこと・苦手なこと」をどんどん思いつくままに記していきます。仕事に限らず、家事や日常的なことすべてを順不同で書いてみました。

その結果、自分の傾向が見えてきたのです。たとえばケーキ作りのように材料をきっちり量り、オーブンの時間を合わせて作り上げるというのは私好みです。しかし、残り物をチャチャッと合わせてテキトーに一品を作るというのは不得手なのですね。他にも「掃除・洗濯・洗濯物畳みは好き」ですが、「窓ふき・窓の桟の掃除」はニガテです。

苦手なものも数多くこなせばいつの間にか慣れて好きになる。そうした考えももちろんあります。私もそう言い聞かせて好きになろうと努力してきました。けれども理屈抜きで「どうしても得意になれないこと」は存在するのでしょうね。正直なところ、私にとっての食事作りがまさにそれです。家族の栄養を考えて、もちろんしっかりと作るよう心掛けています。けれどもケーキ作りのように材料を量るさなかからウキウキしたり、オーブンから取り出したときのような「やったぁ!できたあ!」という達成感を通常の料理の場面ではあまり抱くことができないのです。要は料理が苦手科目ということなのです。

これまでの私は「家庭を持った以上、料理も得意科目にせねば」と躍起になっていました。私の場合、性格的にきちんとさせたいという思いがあるため、それこそ「だしスティック」ではなく、こんぶや煮干しでだしをきちんととらねばというぐらい極端です。冷凍食品も日常の食卓に出すのははばかられると勝手にハードルを設けていました。手間と時間がかかるゆえ、ますます苦手意識克服への道のりを遠ざけていたのです。

ショートカットを自分に許すこと。そして何よりも「得意な人を探して助けてもらう」ということを自分に許すことこそ大切なのだと思います。せっかく我が家は4人家族で、それぞれ得意分野を持っているのです。私が苦手とする項目は、逆にそのプロセスに喜びを覚えて取り組んでくれる家族メンバーに頼む方がお互いの幸せなのですよね。しゃかりきになって一人で抱え込み、燃え尽きてしまうのはあまりにももったいない!嬉々として引き受けてくれる項目は周囲にお願いして、私自身が幸せ感を抱ける事柄に集中したいと感じます。

気分ダウンで家族にはメーワクのかけ通しとなりましたが、この教訓を得られたのは本当に良かったと思っています。

(2017年5月15日)

【今週の一冊】
hiyoko-170515.jpg

「フェルメールからの手紙」
藤ひさし著、ランダムハウス講談社、2007年

世界中の美術ファンを魅了する画家フェルメール。生涯描いた作品はそう多くありません。有名な「牛乳を注ぐ女」や「天文学者」など、それぞれの絵画には多くの謎が秘められているようで、解説本もたくさん出ていますよね。

私もフェルメールが大好きで、美術展があれば出かけます。初めてその作品を観たのは幼少期に暮らしていたオランダ時代でした。また、学生時代にも短期留学でウィーンへ立ち寄った際、実際に鑑賞しています。ただその頃はさほど私の中でフェルメールが大きな存在ではありませんでした。それでも「実物を観られた」というのは、今にして思えば私にとって財産です。

今回ご紹介する一冊は映像作家・藤ひさしさんが記したものです。フェルメールの作品そのものの解説のほか、イラストや当時の時代考証などが紹介されています。中でも参考になったのは、各ページ右下にある年表でした。当時のフェルメールとオランダ、そして世界や日本、その頃の有名な絵画などが一覧になっているのです。カラーで色分けされているので、見やすくなっています。

フェルメールの妻・カタリーナは1675年の夫の死後も作品を手放さず努力を続けたそうです。しかし翌年には自己破産を申請、1677年には聖ルカ組合でフェルメールの作品は競売にかけられました。ちなみにその頃の日本と言えば江戸幕府が生類憐み令を発布したころです。

ところで今年から来年にかけて日本ではブリューゲルやゴッホの展覧会が開催されます。そちらも今から楽しみです。


第306回 40年後を見据える

今から4年前、我が家はイギリスで10日間の夏休みを過ごしました。息子が生まれた街で短期滞在用アパートを借りるというものです。当時の生活を疑似体験でき、まさにノスタルジック・ツアーとなりました。

私はこれまでこの街で2度暮らしたことがあります。最初は父の転勤に伴ったときで、小学4年から中学2年にかけてでした。また、1990年代後半にBBCで働いていた際には結婚後、そこを拠点にしました。職場まで1時間以上かかりましたが、緑が多くゆったりとした街で息子と3人で暮らせたのも、今となっては幸せな思い出です。2013年に一家4人で再び訪れることができ、感慨深いものがありました。

ただ、定点観測的に同じ街を見てみて、色々と感じることもあったのです。「街の雰囲気」に関してでした。

私が子ども時代、その街の人口の大半は、いわゆる生粋のイギリス人でした。日本人もごく少数ですが暮らしていましたが、いわばマイノリティです。当時の駐在員一家には、どの会社も福利厚生の一環として大き目の住宅を提供していました。また、その子弟にも一流校へ行くための学費が援助されていたのです。だからこそ、私たちを始めとする日本人家族は悪目立ちしないように、現地の方々から反感を抱かれないように、そして日本人として恥ずかしくないようにという思いを抱いていたと思います。みな控えめに暮らしていました。

あれから数十年。世界はグローバル化し、国境を越えて人やモノが行きかうようになりました。私が暮らした街も、典型的なイギリス人の数がぐっと減っていたのです。代わりに移民や季節労働者、旧植民地の2世3世の姿が目立ちました。

2013年夏、私にとって驚きだったのは、その街の高級住宅街の様子でした。私が幼少期に見たアングロサクソン系英国人の姿がほとんどなかったのです。代わりに見られたのは、旧植民地出身移民の2世・3世と思しき方々でした。朝、散策をしていた際、私が目にしたのは大邸宅から出てくる子育て世代の男性や女性たちです。いずれも上質のスーツを着用し、出勤途上であることがわかりました。また、近所の公園でもそうしたご家庭のお子さんたちが拡張高い英語を話しながら遊ぶ姿が見受けられました。

さらにもう一つ、私にとって衝撃的だった光景がありました。1970年代、その街から車で20分ほど行ったところには悪名高い地域がありました。有色人種の割合が当時は非常に高く、生粋のイギリス人は寄り付かないような街でした。ところが2013年にその街を車で通りぬけてみると、街中を歩くのはアングロサクソン系の方々ばかりだったのです。つまり、40年ほどで住む場所が完全に入れ替わったことを意味します。

その街の端にあるパブへも行ってみたのですが、そこで食事をとっていたのも同様の方たちでした。かつてそのパブは私が子どもの頃、階級によって入口が違うお店でした。子どもの入店はもちろん禁止でしたので、当時の私は排他的な印象を受けましたね。ところがいつの間にか大改装しており、ファミリーレストランと化していたのです。提供しているメニューも油をふんだんに使った、決して健康に良いとは言えないようなものばかりでした。

つまりこの数十年でどうなったかを見てみますと、住む場所や食事処が人種によって逆転していたのですね。パブでの食事を見てみても栄養に対する認識が異なることがわかります。つまり、教育レベルも変化したと言えるのです。

30年、40年経てば世界は大きく変わります。これはイギリスに限ったことではありません。他の国もそうですし、日本も同様です。しかも日本は世界で最も速いと言われるぐらいの高齢化に向かっています。今、働き盛りの我々世代が老後になったとき、日本はどういう状況にあるのか、今のうちから考えねばならないのです。「遠い先のこと」ととらえるのではなく、逆算して課題に真剣に取り組まねばいけないのですね。

基礎学力をつける、英語を学ぶ、プレゼン能力を向上させるなど、「グローバル化」に向けた提言はすでにたくさん聞こえてきます。教育現場でもそれらを反映した授業が行われています。けれども生き延びるためのテクニック的なものだけでは、いずれ立ち行かなくなるでしょう。40年経ったイギリスの現状から、日本もおそらく数十年後を想像できるはずです。つまり、もっと私たち個人の問題として認識し、未来の世代に課題を丸投げすることなく、今、とるべき行動を考えることが求められると私は感じています。

(2017年5月8日)


【今週の一冊】
hiyoko-170508.jpg
「知られざる空母の秘密」 柿谷哲也著、ソフトバンク・サイエンス・アイ新書、2010年

ここ数週間、CNNでは北朝鮮のニュースが頻繁に流れます。アメリカが韓国と合同軍事演習をした話題や、原子力空母カール・ビンソンが朝鮮半島に向かったことなども大きなニュースとなりました。インタビューでは現役・退役軍人が登場しますが、そこでも肩書きが出てきます。放送通訳の仕事をする際、軍事用語をしっかりと押さえることが求められるのですね。

通訳者は単にAという単語をBに置き換えるだけでは不十分です。大切なのは単語記憶力だけではなく、内容自体を把握していることなのです。そうしたことから、今回も北朝鮮情勢をきっかけに軍事分野の本を読もうと思いました。そこでご紹介するのが今週取り上げる一冊です。

本書は空母の歴史から各国の保有する空母に至るまで、様々な切り口からとらえる構成になっています。先日のニュースに出てきたカール・ビンソンも写真で紹介されていました。ちなみにカール・ビンソンは2010年のハイチ地震で被災者を救援する際に投入されています。原子力空母の場合、原子力関連の作業者には特殊な能力が求められ、たとえ空母の他乗員であれ原子力関連エリアには立ち入ることはできません。作業員は機密を厳重に守ることも求められるそうです。

カラー写真がふんだんに用いられた新書ですので、本書はとても手軽に読むことができます。中でも印象的だったのは、飛行甲板における艦載機の位置決定に関してでした。今の時代であればコンピュータでそうした計画を立てるのかと思いきや、平面ボード上にミニカーならぬミニ機体を置き、手で動かしながら考えているのだそうです。いまだにアナログなのですね。著者の柿谷氏いわく、この作業の電子化は過去に何度も試みられたものの、やはり使い勝手では指先で動かす方が効率的なのだそうです。

ソフトバンクのサイエンス・アイ新書シリーズには多様な理系分野のトピックが並んでいます。講談社のブルーバックス同様、文系の読者でも大いに親しめると思います。
 


第305回 「あの時はあれがベストだった」

ロンドンのBBCワールドで放送通訳者デビューをしたのは1998年でした。当時のBBCはまだ時間の流れもゆっくりしており、ニュースキャスターが読む原稿をPCからあらかじめ印刷したり、現地特派員のレポートも事前に視聴したりできました。自分が通訳者として納得できるまで日本語訳を推敲し、読み練習もした上で本番に臨めたのです。「最高品質の通訳をしたい」という思いを反映できる、そんな時代でしたね。

あれからほぼ20年。世の中の動きそのものも高速化しています。現在私が携わるCNNは「完全生同通」、つまりキャスターの原稿は一切なく、その日どのようなニュース項目が出るのかもわかりません。同時通訳ブースに入り、ヘッドホンをセットし、画面を見ながら通訳し始めて初めて、その日の話題がわかるのです。ニュースですので扱う分野も幅広く、世界情勢はもちろんのこと、医学や宇宙、エンタテインメントにスポーツなど多岐に渡ります。最大の予習方法は日ごろから新聞を丹念に読み、一般常識をたくさん携えること。不意に出てくる話題にも知識力でカバーするのみです。

そのようなことから、本番中どうしても訳せないという状況に私はよく直面します。ブース内は一人体制で、国際会議通訳のように2人一組でパートナーがサポートするという体制とは異なります。数字や固有名詞をメモしてくれる助っ人もいませんので、自分一人で対処します。とりわけ大変なのが早口で述べられる数字、それも桁が大きければ大きいほど訳す際に苦戦します。特に日本語と英語では100万から1兆までの訳が難しく、たとえば800 millionなら「8億」、一方、9.5 billionは「95億」という具合です。細かい数字が何ケタも述べられるととても追い切れません。

ではそのような時どうするか?本来であれば「聞いた通りすべてを正確に訳す」のが通訳者の使命ですが、どうしてもできない場合はざっくりと訳さざるをえません。「およそ~」を用いたり、「要は大きいことを言いたいのだな」と推測できれば「莫大な」と訳したりすることもあります。

他にも番組ゲストの名前と肩書きが聞き取れず、「では『専門家の方』に伺います」と訳すことも少なくありません。通訳しつつ頭の中では「え?何て名前だっけ?画面下の字幕に出ないかなあ。もし出てくれれば記憶しておいて最後の最後で『○○さん、ありがとうございました』とせめて滑り込みセーフでキャスターの訳のところで入れられるのだけど」などと考えることもあります。いずれにせよ「訳せない原因」は、「超速すぎて頭の中の単語変換が追い付けない」「そもそも知識を知らず、一般常識力で補えない」「単なるド忘れ」の3つが原因だと私は分析しています。

何とか沈黙せずに同時通訳を終えられても、自分としては勉強不足・経験不足を痛感する毎日です。私の場合、自宅の最寄り駅までの帰路は電車内でもっぱら「一人反省会」をしているのですが、「今日はパーフェクト!」などと言う日はまずありません。「あの分野、このトピック、まだまだ学ばなければ」という強い思いを抱きながら家路についています。

デビュー当初はあまりの自分の不出来に情けなくなってしまい、お客様にもエージェントにも顔向けができないと思い悩んだこともありました。ただ、通訳業の場合、仕事の失敗は仕事で挽回するしかないのですよね。自分の弱点をまざまざと現場で見せつけられたなら、その悔しさをバネにして一層勉強するしかありません。「ああ、できなかった」「どうして自分はあんなにヘタなんだろう」と嘆いたところで、真正面から学習をしなければ一ミリも進歩できないのです。

ただ、長年の経験と共に「落ち込み過ぎないこと」も術として身についてきたと私は感じます。落ち込むことで反省につなげることもできますが、「落ち込み」はややもすると「できなかった自分への言い訳」と化すこともあります。自己の不出来を合理化しすぎてしまうと、「さらなる勉強をしなくても良い」という理由づけになってしまうのです。

私にとって最善のとらえ方。それは「あの時はあれがベストだった」という考え方です。「あれ以上の通訳はできなかった。けれどもあれ以下で妥協せずに頑張った」と思うことなのですね。あとはそこからどう動くかです。通訳勉強にゴールはありません。だからこそ、これからも謙虚に学び続けたいと思っています。

(2017年5月1日)

【今週の一冊】
hiyoko-170501.jpg
「世界の廃墟」 佐藤健寿著、飛鳥新社、2015年

「高所恐怖症」とまでは言わないものの、数年前まで私は歩道橋も怖いぐらい高い所が苦手でした。今ではだいぶ慣れましたが、それでも札幌や名古屋のテレビ塔に上った時は足がすくみましたね。けれども人間というのは「怖いもの見たさ」の心理があるのでしょう。コワイと言いつつ、展望デッキのある最上階まで向かうことが私の場合少なくありません。

今回ご紹介するのは、そんな人間の「怖いもの見たさ」を集大成させた一冊と言えそうです。テーマは「廃墟」。編集者は世界各地の「奇妙なもの」を追いかける佐藤健寿氏です。

日本の廃墟で有名なのは世界文化遺産に登録された軍艦島。島の正式名称は長崎県の「端島(はしま)」です。本書にも海に浮かぶ巨大な軍艦島が紹介されていますが、いつ見てもその光景は独特です。本書に描かれている他の廃墟同様、家財道具をそのままにしてこの地を人々は後にした様子が如実に描かれています。

本書をめくっていると、他にも道半ばにして建築がとん挫した中国の遊園地、表側だけがガラス一面に覆われ、裏はむき出しになったまま建築中止となった平壌のビル、開通することなく駅だけ残されたベルギーの地下鉄など、世界各地の廃墟が紹介されています。

ただ、本書を読みつつ私はこうも思ったのです。

今、自分は世界各地に点在する奇妙な光景を写真で見ている。けれども、実際に今この瞬間、着の身着のままで自宅を後にし、安全な場所を求めている難民がシリアを始め世界にはいるのだ、と。

本書を通じて私は「今を生きる人々」を忘れてはならないと思わされたのでした。


第304回 「あなたしかいない」と言われるために

先日我が家のポストに投げ込みチラシが入っていました。いつもであればよく見ずにゴミ箱直行です。しかし、何気なく読んでみたところ、時代の流れだなあと思わせるものがありました。

チラシは地元サッカースクールのものでした。

そこにはQ&Aが書かれており、「お茶当番や休日の保護者送迎お手伝いはありますか?」「練習中は保護者が一緒に見学しなければなりませんか?」という問いがありました。スクール側の答えはいずれも「ノー」です。その学校は、「忙しい保護者でも安心して子どもを通わせられる」というのがセールスポイントでした。

私が子どもの頃は共働きが珍しく、私の母も専業主婦でした。習い事の送り迎えもしてくれましたし、学校からの帰路、荷物が重かったり雨が降ったりしていれば電話一本で最寄駅まで車で来てくれたものです。そうした母のサポートには今でも感謝しています。

けれども時代は変わりました。

今は共働きも多く、親も子も大変忙しい時代です。仕事内容によっては有休や早退ができないケースもあります。たとえばオペラ歌手やオーケストラの楽団員など、「その人」が「その場」にいなければ成立できませんし、俳優や芸能関係者も同様でしょう。教員もしかりです。学校というのは時間をかけて先生と生徒たちの信頼関係を築き上げていきます。そうした観点から年間を通じて効果的な授業を実施するととらえれば、度重なる休講や代講は避けたいと言えます。このように、「あなたにしかできない」という仕事が世の中にはたくさんあるのです。

先のサッカースクールのチラシには「保護者のお手伝いは不要。当校スタッフが責任を持って運営する」との記述がありました。つまり、今まで保護者の善意とボランティアに頼っていた部分を、学校がスタッフにきちんと有償の形で仕事として割り当てているのがわかります。

かつて時間の流れがゆったりとした時代には、人びとにも余裕がありました。「自宅にずっといるよりは子どもの習い事や学校のお手伝いを通じて世間を見てみたい」という考えもあったことでしょう。けれども年月の経過と共に価値観も変化しています。その是非はともかく、「世の中が変わってきた」という事実を私たちは直視せねばならないのです。

ボランティアやお手伝いには、労力と献身が求められます。「自分ができることをできる範囲で行う」のが本来のボランティア精神です。特にボランティア・マインドが古き時代から見られるイギリスでは、「できることをできる人がおこなう」という考えが今でも強く残っています。かつて大学院でボランティア・セクター組織論を学んでいたときのこと。「やりたくないこと」を「やりたがっていない人」に「『みんながやっているのだから平等にやるべし』と押し付けること」はボランティアの理念に反するものであり、「組織として失敗する」と指導教官から教わりました。

つまり、「私にはこれができます」「○○ならあの人しかいない」という、one and onlyのメンタリティが大切なのです。これはボランティアに限ったことではありません。これからの時代の職業も、そうした要素がより一層求められることでしょう。

通訳者も同様です。「あの分野の通訳にはあの人しかいない」とご指名いただけるようなパフォーマンスを日頃から目指して自己鍛錬することこそ、お客様のお役に立てる通訳者の姿だと私は思います。

そう遠くない未来、私たち通訳者のライバルはAIに代表されるロボットになるでしょう。生身の人間が競争相手ではなくなりつつあるのです。オックスフォード大学の研究によれば、あと10年から20年ほどで700強ある職業の半数が自動化されると言われています。

時代の変化にしなやかに対応しつつ、「自分にしかできないことは何か」という問いを、誰もが抱き続ける必要があります。「あなたしかいない」と言っていただけるような職業人をめざしていきたいと私は思っています。

(2017年4月24日)

【今週の一冊】
hiyoko-170424.jpg
「決断の瞬間」 大西展子著、家の光協会、2007年

私は出先でフリーペーパーを手に入れるのが好きです。通訳という仕事柄、そうした冊子には業務に有益な情報が盛り込まれていることが意外とあるのですね。たとえば地下鉄のPR誌には近場の名所旧跡案内や話題のお店が紹介されています。海外からのお客様をご案内の際、そうした情報を活用することがこれまで何度もあったのです。また、地方自治体の広報誌も現地の話題を知るのに役立ちます。私は出張時に目的の駅や空港へ降り立つと、そうした冊子をなるべく手に入れるようにします。その土地ならではの最新トピックや、人口数、文化風習などについて知るきっかけにもなり、重宝しています。

過日手に入れたフリーペーパーには歌舞伎役者の市川團十郎さんが出ていました。そこに出ていたインタビューが実に面白かったので、他にもないかと図書館の検索機で探したところ見つかったのが、今回ご紹介する一冊です。

本書はあいにく絶版になっているのですが、掲載されているのは團十郎さんを始めとする現役の方々ばかりです。分野もスポーツ選手から芸術家、企業関係者など多岐に渡ります。副題は「プロフェッショナルが語るリーダーの条件」。上に立つ者はどうあるべきかがそれぞれの方たちの口から語られています。

印象的だったのが指揮者の佐渡裕さん。佐渡さんの趣味はゴルフで、指揮とゴルフの共通点については「いかにおもしろくむだなく練習するか」が大切だと語ります。英語学習も同じですよね。「音楽の得意、不得意はあってもいいけど、音楽の好き、嫌いはつくっちゃいけない」というのは私も同感です。私自身、教壇に立つときには常に「英語を好きになってもらいたい」と願っています。

一方、柔道の山下泰裕さんは「柔道を通して人間を磨き高めて社会の役に立っていくこと」が大切だと語ります。人にはそれぞれ役割があり、それが天命となるのですよね。私も英語を通して人間性を向上させ、社会の役に立ちたいと思います。

リーダーを目指す方はもちろんのこと、「新年度の疲れが出てきてしまい、元気が欲しい」という方にこそぜひ読んでいただきたい一冊です。



《 前 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 次 》


↑Page Top

プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。