HOME > 通訳 > 通訳者のひよこたちへ

放送通訳者直伝!

第338回 割り切りも必要

長年使っていたデスクトップPCが、どうにもこうにもならなくなりました。具体的には「反応が極端に遅い」という点が一番の懸案でした。メール一通を開くのに1分以上もかかることさえあったのです。ワードで原稿を書いていても、なかなか変換されず、保存にも時間がかかり、このままでは仕事に支障が出てしまうという段階にまで来ていました。昨年秋のことです。

それでも私にとって、新たに買い直すことは非常にハードルが高く感じられました。仕様も異なるでしょうし、新しいWindowsというのは、これまでも買い替えのたびに慣れるまで時間がかかっていました。その移行期間における心身の疲労(?)が私にはもったいなく思えてしまったのです。慣れるのに貴重な自分のエネルギーを費やすぐらいなら、現行の遅さで不自由しても構わないとさえ思っていました。フリーズしたわけでもなかったからです。

しかし、そうも言っていられなくなりました。ますます動作不安定に陥っていたのです。このままでは考えられる最悪のシナリオとして「完全にダウン。現在進行中の仕事や各種データなどがすべて消えてしまう」というものでした。そこで、年末のある日。思い切って近くの家電店へとりあえず見に行きました。

それまではデスクトップPCを使っていました。私はいまだにスマートフォンも持たず、ノートPCもiPadも持っていません。その理由は、「出先ではとにかく自由でいたい。束縛されたくない」という思いがあったからです。もちろん、そうしたグッズを持っていても自己コントロールをできる方は大勢いると思います。けれども私は、ことデジタル機器との付き合い方において自分を信用できないのですね。いったんそうしたアイテムを手にしてしまうと、出先でも電車内でもメールやネットが気になってしまうタイプであると自覚しています。だからこそ、あえて距離をとる方が私には合っていると思い、デスクトップPCだけでここまでやってきたのでした。

久しぶりに足を運んだ量販店には最新機種がたくさん並んでおり、目を見張るような技術的進歩がどの商品にも見られました。しかもスペックは飛躍的な向上です。そう考えれば、今の価格はお手頃ということになります。やはりここまで来たからには、思い切って買い替えて仕事環境を良くすべきなのだと思いました。データの移行や新しい仕様への慣れというのはプロの手を借りたり時間をそれなりにかけたりすれば解決する課題です。そのような思いが自分の中で湧き上がってきました。

帰宅後、家族に相談すると、「せっかく買うのだからもう少しいろいろとお店を回って比較したら?」との意見が出ました。確かにそれも一理あります。せっかく買うわけですし、しかも今後数年間は愛用していくものです。不十分な下調べのままで買うのももったいない。その気持ちもわかります。

しかし、年が明けた1月3日。私は思い切って先の量販店にまた足を運びました。「よし、もう今日ここで買ってしまおう。さもないとあれこれ迷い始めて結局買わずじまいになる。そして『あ~、PCの反応が遅い~』と低周波のイライラと共存する羽目になってしまう」と思ったのです。その場で即決で購入しました。

データ移行は古いPCをお店に持ち込めばやっていただけるとのこと。幸いその週はレギュラーで携わっている原稿執筆もなかったため、自分専用のPCがなくても何とかなります。数日後にはデータ移行済みの新しいノートPCが自宅へやって来ました。そして今、新しいPCでこれを書いているところです。

検討から購入までのあまりの速さに家族はあきれ顔で、「まさに脊髄反応!」とからかわれたほどです。けれども私としては良かったと思っています。今回の体験を通じて思ったのは、PCの買い替え自体、私が想像していたよりはるかにハードルが低かったことでした。たとえて言うならば、旅先でレンタカーを借りるような感じかもしれません。「自宅の車と少し違うけれど、自分が必要とする機能を最低限使いこなせれば良し」ということだったのですよね。そう思うと、あそこまで数か月間、さんざん悩んで買おうか買うまいかと思っていた時間そのものの方がもったいなかったように感じられます。

快適に仕事をするための道具なのです。その道具をめぐり、お金と時間を出し惜しみしては、仕事面で自分の力を発揮しづらくなります。だからこそ、思い切りと割り切りと行動が必要なのだと感じた今年のお正月でした。

・・・それにしても「脊髄反応」というのは言いえて妙だと思いましたが、考えてみれば、これぞquick responseですよね。

(2018年1月15日)

【今週の一冊】
hiyoko-180115.jpg

ロゴライフ 有名ロゴ100の変遷」 「ロン・ファン・デル・フルーフト著、グラフィック社、2014年

私は街中を歩いている時、視界に入る景色を眺めるのが好きです。その時の気分に応じてテーマを決め、集中的にそればかりを見ることがあります。たとえば、雲の形ばかり眺めることもあれば、家の表札だけに焦点をあてることもあります。お店の看板や道路標識など、自分なりに絞り込んでみると楽しめるのですね。携帯音楽プレーヤーやスマートフォンがなくても、エンジョイできるのです。

今回ご紹介する一冊は、企業ロゴばかりを集めた本です。日本企業だけでなく、世界中の会社名やブランド名が本書には紹介されています。それぞれのロゴがどのような経緯でデザインの変更をしてきたかが一目でわかります。

著者のロン・ファン・デル・フルーフト氏はオランダを拠点とするクリエイティブディレクターです。私も幼少期、オランダに住んでいたため、本書に出ているオランダの店名など懐かしく読むことができました。たとえば、ファストファッションの先駆けとも言えるのがオランダのC&Aという店舗です。こちらは1970年代にずいぶんオランダでも人気でしたが、そのロゴもマイナーチェンジをしつつ、今の形に落ち着いていることがわかります。

他にもキヤノン、ニコン、資生堂やJALなどのロゴもあります。マイクロソフトやアルファロメオ、ボルボなど、今や日本でおなじみのデザインも紹介されています。こうしてページをめくってみると、企業ロゴにも会社側やデザイナーの熱い思いが込められていることがわかります。消費者として何となく素通りしてしまうには、あまりにももったいない!ロゴが醸し出す芸術的な「美」をこれからはもっと味わいたい。そんな思いを抱くことができる一冊でした。


第337回 仕事道具にこだわる

みなさま明けましておめでとうございます。旧年中は本コラムをお読みいただきありがとうございました。今年もみなさまにとって少しでもお役に立てるような文を寄稿してまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、昨年末の少し仕事が落ち着いて来たころから、私は自分の仕事道具を見直すことにしました。電子辞書やカバンなど、仕事で使うグッズの刷新を図ったのです。きっかけとなったのは、「電子辞書の反応が遅い」という小さな懸案でした。

ただ、以前の買い替え時のように電子辞書そのものが完全にダウンしたわけではありません。まだまだ使えます。しかも手持ちの電子辞書にはたくさんのコンテンツが
入っていますので、わざわざ買い替えるのはもったいないと思っていました。それなりの投資も必要ですし、同一メーカーであっても、キーボードや仕様のマイナーチェンジもあることでしょう。そうしたものに慣れる時間と手間が惜しいように思えたのです。

ただ、キーボードの反応の悪さは気になっていました。使うたびに「あ~、またキーを押しても反応しない!」という潜在的苛立ちのようなものを感じていたのですね。我慢できなくはないけれど、愉快ではないという感覚です。

実はこうした目に見えない小さなイライラというのが一番良くないのではないかと、次第に私は思うようになりました。せっかく好きな英語の仕事をして、大好きな辞書引き作業をしているのに、それがつまらなくなってしまっては本末転倒です。ゆえに思い切って新しい電子辞書を買ったのでした。

せっかく手に入れるのであればと思い、奮発して最新かつ最上位機種を買いました。結果は大正解でした。キーの反応も速く、重さも格段に軽くなり、持ち運びもさらに楽になりました。なぜもっと早く買わなかったのだろうと悔やんだほどです。そう、日常的に使う仕事道具だからこそ、惜しまずタイミングよく購入することを自分に許すべきだったのです。

これを機に他のものも見直しました。「今、使っているもので、何となく我慢して使っているものは?」と身の回りを見渡してみたのです。その結果、購入対象として挙がったのがハンドバッグとビジネスリュック、財布とダウンジャケットでした。

ダウンジャケットは数年前に購入したものなのですが、だいぶダウンがくたびれています。しかも先日、炭酸飲料をこぼしてしまい、シミだらけになっていました。ただ、こちらはダメモトでクリーニングに出したところ、見違えるほどシミが取れて戻ってきました。ですのでダウンジャケットは再購入ではなく、このまま使うことにしました。

ハンドバッグも、実は数か月前に「そのまま倒れず自立するものが欲しい」と思い、新調していました。ところがそれは革製で自立する分、重くなってしまったのです。そこでしまい込んだ先代の軽いバッグを再びクローゼットから取り出し、再活用しています。やはり私にとっては軽さが最優先です。

ビジネスリュックも重さと汚れが気になっていました。ネットで探したところ、さらに軽量の女性用リュックがあることを発見。色も私のお気に入りのレッドでしたので迷わず購入しました。今まで入れていたものを移し替えても非常に軽く、これで肩こりが軽減されそうです。

お財布も長年使いこんでいる分、くたびれてきていました。私は長財布を使っているのですが、ジッパーの開閉がしづらくなってきており、レジでお財布を開けるたびに引っかかっていたのです。いつかそのままジッパーがにっちもさっちも行かなくなるのではとドキドキしながらの利用が続いていました。

数年前から実はチェックしていたお財布があります。日本のメーカー製で、名前通り薄いお財布が売られているのです。カード用ポケットも5枚分しかなく、小銭も15枚ぐらいしか入りません。けれども厳選してお札やコインにカードを入れさえすれば、非常に軽量かつ薄い状態で使えます。そこでこの商品を思い切って買いました。結果はこちらも大正解。購入を機に手持ちのカードを5枚に絞り込み、持ち歩く際にも小銭をジャラジャラと入れなくなりました。会計時にキリの良いお釣りを目指すべく暗算をする必要はありますが、ぴったり決まったときなど気分爽快です。お金を払うたびに頭の体操をして、スリムなお財布を持ち歩ける快感を抱いています。日常生活におけるちょっとした達成感です。

このようなことから気づいたこと。それは、自分の仕事道具への投資を惜しむのはかえってもったいないということでした。その勢いで先日もPCを新調し、目下、データを業者に依頼して移行していただいているところです。長年買い替えが気になっていましたので、勢いで購入して本当に良かったです。

最後にもう一つ。

自分の仕事道具の中でも最も大切にケアせねばいけないのは、実は自分の体だと改めて思いました。健康第一だからこそ、仕事もプライベートも充実できるのですよね。今年も睡眠、栄養、運動に気を付けて一年を健やかに過ごしたいと思っています。

(2018年1月9日)

【今週の一冊】
HIYOKO-180109.jpg
「『家事のしすぎ』が日本を滅ぼす」 佐光紀子著、光文社新書、2017年

昨年11月から年末にかけては怒涛のような日々でした。「やってもやっても仕事が終わらない、家事はてんこ盛り、家族がダウン」という状況だったのです。自分に体力があるときは、こうした時も対応できます。けれども私自身の疲労蓄積もあり、クリスマス前はクタクタでした。

しかもこの時期と言うのは、どこを見渡しても「大掃除」「クリスマス」「お正月」の大合唱です。やらねばならない家事が雪だるま式に増えるシーズンです。「あれもやっていない、これもまだ」と思えば思うほど、自分の能力不足に嫌気がさしてしまいました。

そのような時に出会ったのが今回ご紹介する一冊です。著者の佐光氏は翻訳家として有名ですが、上智大学の修士課程で研究も最近なさっており、本書も学術的観点から日本の家事をとらえた一冊となっています。特に前半は各種データや海外の様子なども詳細に書かれており、アカデミックな内容となっていました。説得力があります。

私が救われたのは本書の後半部分です。読み進めると、いかに「きちんと」すべてを行うことが日本の中では良しとされているかに気づかされます。本人が快適であれば、何も世間の「きちんと」基準を気にする必要はないはずです。けれども周囲の雰囲気やマスコミの報道などにより、私たちは知らず知らずに最適解答を求め、それに向けて自分を縛ってしまうのです。

本来「家事」というのは快適かつ安全に暮らせるのであれば、その基準の幅はもっとあって良いはずだと私は本書を通じて感じました。「そこまで綺麗に掃除するのは私にはムリ」というのもアリだと思うのです。あまりにも完璧を求めてしまい、心身ともに疲れ切ってしまえば、それは本末転倒です。

本書を読了してまず思ったこと。それは「年末の大掃除はほどほどにしよう」ということでした。もっと暖かくなったら取り組めばよいのです。そう達観できただけで、穏やかな年末を迎えることができました。感謝! 


第336回 epidemic? pandemic? endemic?

以前、環境問題の国際会議で事前予習をしていたときのこと。deforestation、reforestation、afforestationという3つの単語が出てきました。森林伐採や植林に関する単語にも色々とあるのですよね。単語帳を作りながら必死に覚えたことを思い出します。

他にも私にとってゴチャゴチャになりやすい単語は幾つかあります。kidneyとliver、strategyとtacticsもその一例です。また、直近のCNNニュースでは「トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と承認した」という話題があったのですが、これも私の中では混同しやすい固有名詞です。「イスラエルをエルサレムの首都と承認した」とつい言いかけてしまい、焦ったこともありました。

まだまだあります。以前、通訳の指導をしていた際、教材で感染症の話が取り上げられたときも、こんがらがってしまったのです。出てきた単語はepidemic、pandemic、endemicでした。

endemicは「特定の地域」がメインなのに対して、epidemicは「ある地域で急激に増えている」状況、pandemicは「全世界的」という規模の伝染病です。いずれもdemicはギリシャ語のdemos(人々)から来ています。demosはdemocracyのdemosです。ちなみにdemonstrationの方はラテン語のmonstro(示す)から来ています。単語を覚える際には、このようにして意味だけでなく、例文を音読したり、語源を調べたりして、それこそ五感をフル活用して覚えるようにはしています。それでも人間というのは物事を忘れる生き物です。完全に記憶しようとすると辛くなってしまいます。よって、「忘れても良い」という前提条件で日々の通訳業務にあたるようにしています。

ところで「伝染」で思い出したことがあります。「通訳現場で通訳者はどこまで話者のテンションと同一化すべきか」という課題です。話者の話し方や気合が通訳者に伝染し、その状態で通訳した方が良いのか、それとも通訳者はあくまでも通訳する「文言」そのものに集中すべきであり、それこそ喜怒哀楽の部分にまで「感染」すべきでないととらえるか、迷うからです。

私個人としては、楽しい状況下での通訳作業であれば、大いに通訳者もその雰囲気を声に載せるべきだと考えます。たとえばレセプション通訳や華やかな記者会見の場などであれば、通訳者が一人淡々と訳していては白けてしまうからです。話者が熱い思いを持って何かを伝えたいのであれば、やはり言葉以上に込められたメッセージそのものを聞き手に伝達させるのが通訳者の使命であると考えます。

では、「怒り」の場合はどうでしょうか?これも迷うところです。ずいぶん前に、来日したお客様が訪問先企業へクレームをしに行くという状況下で通訳を仰せつかったことがあります。お客様の方はかなりのご立腹。何としてもそのビジネスミーティングで先方から有利な条件を引き出したいのは明らかでした。一方、お訪ねした会社側と言えば、その提案を受け入れる心積もりは一切ない状況だったのです。

その時私があえてとった行動は、「お客様のご不満を言葉で伝えつつ、私も一緒にヒートアップはしない」というものでした。なぜかと言いますと、もし私も一緒にテンション高く通訳してしまうと、雰囲気がさらに悪化し、双方が同時に話し出してしまう恐れがあったからです。そうなりますと、逐次通訳の場合、2人以上の声をすべて拾って訳すことはできなくなります。あくまでもone at a time, pleaseというのが、より良い通訳をする上では絶対条件です。

あえてテンションを上げずに通訳していたことが少しは寄与したのか、時間の経過とともにお客様の興奮も収まっていきました。おかげで私も早口や威圧的な言動を耳にすることなく、その日は通訳業務を終えることができたのです。今でもあのときの選択は正しかったと思っています。

そう考えると、場の空気というのは本当に「伝染する」のだと感じます。これは通訳現場に限りません。クラス運営をする上での教室しかり、家庭の中しかりです。今年一年を振り返ってみて、果たして自分は「良き空気」を「伝染させる」ことはできていただろうかと自省してしまいます。理想に届かなかった部分は潔く認めて反省するしかありません。来年に向けて気分も新たに歩み続けることが最大の解決策だと思っています。

今年もご愛読、ありがとうございました。セミナー会場などで「『ひよこたちへ』、いつも読んでいます!」との嬉しいフィードバックも頂きました。心より感謝しています。来年は1月9日火曜日にアップする予定です。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

皆さまにとって2018年も幸せいっぱいの一年となりますように!

(2017年12月25日)

【今週の一冊】
hiyoko-171225.jpg
「からだにおいしい野菜の便利帳 世界の野菜レシピ」 高橋書店編集部編、高橋書店、2010年

最近はインターネット上でレシピのサイトが充実していますよね。食材名を入力すれば、あっという間にたくさんのレシピがヒットします。余った食材やスパイスをどう使い切るか困っている時など便利ですし、忙しい毎日の食事作りにも活躍してくれるので本当に重宝しています。ネットの長所は必要とする情報をピンポイントで探し出すことですので、時間が足りないときはありがたい存在です。

ただし、特に当てもないときにネットを検索し始めると、大いなる時間泥棒となってしまいます。あーでもない、こーでもないと気分もあちこちに飛び始めると収拾がつかなくなるのです。「はて、最初に検索し始めたのは何だったかしら?」と立ち止まるころには、すでに膨大な時間を失ったことになります。私にとっては要注意です。

ですので、「何となく眺めたい」という心境の時こそ、書籍の出番だと私は考えます。ペラペラとめくったとしても、インターネットほど時間を費やすことはありません。書籍には1ページ目から最終頁までという区切りがあるからです。アイデアを探し出したり、単に息抜きのために眺めたりできるのが書籍の長所だと思います。

今回ご紹介するのは、そのような心境の時に入手した一冊です。世界各地の野菜が紹介されており、レシピに加えて巻末には細かな索引も付いています。私は「索引」というものがとにかく好きで、どのような本であれ、後ろにインデックスが付いているだけでその本の価値は格段にアップすると考えます。本書も単に野菜紹介やレシピに留まらず、学名や分類なども細かく出ています。まさに学術的な価値のある一冊です。

頁をめくってみると、日本で入手できるおなじみの野菜もあれば、現地ならではの食材も見られます。写真もすべてカラーで、レシピも国旗・国名と合わせて紹介されています。

たとえば私にとってrhubarb(ルバーブ)は、幼少期のイギリス時代を思い出す食材です。本書にはこの珍しい野菜も出ています。説明を読むと、漢方薬の一種で整腸作用があることがわかります。他にもjackfruit(ジャックフルーツ)という世界最大のフルーツについても初めて知りました。

ところで小松菜はkomatsuna、たかなはtakana、ゆずもyuzuと表記されています。そのまま英語になっているのですね。一方、クウシンサイはwater spinachとありました。漢字では「空心菜・空芯菜」ですが、英語の場合はwaterが付くあたり、興味深く思います。


第335回 基準は人それぞれ

先日、付き添いでクリニックへ行く機会がありました。今までその診察内容であれば別の病院へ行っていたのですが、仕事が立て込んでいたこともあり、別の病院を選んだのでした。

最近の医療機関は、私が子どもの頃と比べるととても居心地が良くなっています。昔は病院の入り口でまずはスリッパへ履き替え、薄暗い待合室を横切って受付で診察券と保険証を出していました。私は幼児期、中耳炎にかかりやすく、とある開業医の先生に時々診ていただいていました。ところがその先生というのがこれまた非常に怖ーい方で、診察日が憂鬱でしたね。当時はお医者様の数自体少なかったのです。しかもその先生は小学校の校医も務めておられ、学校の集団検診でも「要診察判定」をもらってしまい、とにかく嫌でたまりませんでした。

そのような昔を思えば、今やどのお医者様も優しいですよね。言葉遣いも丁寧ですし、表情もにこやか。看護師さんたちも献身的で、処置も痛くなく、待合室にはテレビ画面や雑誌があり、無料のお茶や水、飴まで用意しているところもあるほどです。

ただ、「病院を選ぶ際には自分なりの基準が必要だ」と今回の付き添いで私は思いました。と言いますのも、私にとって再考を促された要因があったからです。具体的には、

*処方された薬の量が非常に多かった
*薬や自宅における処置方法の説明がマシンガントークで理解できなかった

という2点でした。

私は通訳という仕事柄ゆえか、診察室でも必ずメモと筆記用具を取り出し、医師の話を記入します。メモが数ページにわたる場合、メモ用紙にページ番号まで振ります(←これは通訳資料にページ番号を書く習慣ですので、マストではないのでしょうけれども)。

ところが、ことそのクリニックに関しては、とにかく説明が速くてついていけなかったのでした。もちろん、大切な内容であれば私の方から「もう少しゆっくり説明していただけますか?」「つまり、この薬とこの薬を夕食後に飲むのですね?」などと再確認すべきなのだと思います。けれども私の心の中ではあまりの速度に圧倒されてしまい、半ばあきらめてしまったのです。待合室にたくさん患者さんがいたことも思い出してしまい、いちいち再度の説明を求めて私の診察時間が伸びてしまうことも憚られました。

結局、家族と話し合った結果、この病院での再診察はやめようということになりました。今まで診ていただいていた先生のところへ戻ろうということになったのです。いわゆるセカンドオピニオンです。そして後日、大量に処方された薬を携え、以前お世話になったドクターの所へ駆け込んだのでした。幸いその先生は嫌な顔ひとつせず、私たちが持参した薬の中で最低限必要なものだけを挙げ、具体的な方法も丁寧に教えて下さいました。

今回感じたこと。それはどのようなサービスであれ、受ける側の人間は自分自身がしっかりと基準を持つべきだというものでした。世の中には色々な判断材料があり、それこそインターネットのランキングやコメントを見れば色々な意見が出ています。けれども大事なのは他者がどう思うかではなく、自分がどう受け止めるかなのですよね。

通訳の世界であてはめてみると、自分が通訳アウトプットをする際、もちろんベストを尽くします。改善点があれば直していきます。けれども、「この通訳者が好き」というクライアントさんもいれば、同一評価をしてくださらないお客様もいらっしゃいます。それはそれで良しと通訳者も割り切るべきだと思うのです。万人受けは無理でも、改善できることは直していく。それに尽きると思います。

(2017年12月18日)

【今週の一冊】
hiyoko-171218.jpg
「世界の国鳥」 水野久美著、青幻舎、2017年

街中を歩いている際、注目しているポイントが私にはあります。たとえば家の門や木の形、咲いている花、駐車中の車などです。その日の気分に応じて色々と眺めてはウォーキングを楽しんでいます。以前はイヤホンを付けて歩いていたのですが、最近は鳥のさえずりに心が和むため、もっぱら鳥に注目です。カラスやスズメだけでなく、よく見ると色々な鳥がいます。鳥の名前に詳しくないのが残念なところなのですが・・・。

今回ご紹介するのは、世界の国鳥をテーマにした一冊です。「国鳥」とは、国のシンボルや象徴として定められた鳥のことです。日本の国鳥はてっきりツルだと私は思い込んでいましたが、そうではなかったのですね。正解はキジです。日本書紀や民話などでも描かれており、オスは勇敢、メスは母性愛を表すことから、1947年に日本鳥学会が選定したのだそうです。

一方、アメリカは、予想通りワシでした。具体的にはハクトウワシ(bald eagle)です。コインを始め、様々なところで描かれていますのでおなじみですよね。ハクトウワシはアメリカ先住民にとって神聖な鳥だそうです。本文を読むと、ハクトウワシの夫婦は生涯を添い遂げ、巣を毎年作り足していくため、巨大な巣になるのだそうです。確かにインターネットで調べたところ、大きな巣の写真がヒットしました。

本書をめくっていくと、国によって勇猛な鳥を定めているところもあれば、かわいらしい小さな鳥を選んでいる国もあります。たとえばイギリスではEuropean robin(ヨーロッパコマドリ)が国鳥です。これは1961年に行われた人気投票で1位となっており、2015年に国鳥を決める国民投票でも首位を占めました。スズメぐらいの大きさと形ですが、胸がオレンジ色で、イギリスではよく見かける鳥です。

ちなみに説明には「十字架をかけられたキリストを歌で癒したという伝承から、クリスマスカードにもよく描かれる」とあります。気になる方はぜひ画像検索で"UK Christmas cards"と入力してみてください。robinが描かれたカードがヒットします。 


第334回 メッセージを伝えるには

本当は良くないのでしょうけれど、私の場合、メールの一斉送信で企業から「重要なお知らせ」「システムメンテナンスによるサービスの停止」といったお知らせが届いても、じっくりと読むことはまずありません。大事な内容であると承知してはいるのですが、不特定多数向けに送信されているとなると、なぜか他人ごとに思えてくるのです。よってわざわざ丁寧に読まなくても良いかなあと、つい斜め読みになってしまいます。ひどい時など、メールを開封して即削除です。

なぜこのようなアプローチをするのでしょうか?私なりの理由として考えられるのは、そうしたメールが私にとって大切だとあまり感じられないからなのですね。「これはシバハラサナエさんにとって本当に大切な内容ですよ」というものであれば、あえて私の個人メールアドレスを「送信者リスト」に表示し、メール本文にも宛名が書かれているはずだからです。そうではなく、一斉送信で送られてきたものというのは、「いざその情報が必要になった時は、その企業のHPを見れば何とかなる」と思えてしまうのですね。根拠のない確信です。

そんなことを考えながらふと思い出しました。街中で聞こえてくる音声案内です。電車内や駅のアナウンス、エスカレーター乗降時の注意など、今私たちの身の回りには沢山の音があります。私が通うスポーツクラブでも駐車・駐輪を始め、マナーに関する諸注意アナウンスが頻繁に流れています。私の場合、ほぼ聞き流しです。同様に、郵便受けに入っているダイレクトメールも、既成の印刷モノであれば読まずじまいです。

もし世間の大半が私のような感覚で対応している場合、サービス提供者は「本当に相手へメッセージを伝えたい」ということを真剣に考えるべきなのでしょう。せっかくお金をかけてダイレクトメールを印刷・郵送したり、声優さんを雇って自動音声を吹き込んだりしても、誰も注目してくれないのであれば、お金の無駄遣いだからです。

では、どういう方法が良いのでしょうか?「自動」に代わる方法としては「個人」が「直接」行動することだと思います。アナウンスであれば、担当者が肉声で行い、文書であれば、ダイレクトメールの代わりに個人宛のお手紙ということになります。郵便で伝わらないならば、直接相手と会うことがより効果を持つことになります。もっとも今は誰もが忙しいですし、メール全盛期であるがゆえに電話をかけることすら憚られるという時代です。そうなると、コミュニケーションについて私たちは一層深く考えなければいけないと思うのです。

通訳の世界も同様です。AIの進歩が目覚ましい中、自動同時通訳機が到来する日もそう遠くありません。すでにAIは様々な分野で台頭しており、ロボットが応対するホテルや介護現場、観光案内などでおなじみとなっています。「いつかそういう時代が来るかも」ではもはやなく、「どれぐらいAIが浸透してくるか」「どのようにして私たち人間はAIと共存すべきか」を考える時期に来ているのです。

ところで私は仕事柄、肩や首の凝りに悩まされているため、定期的にマッサージの施術を受けています。微妙な感覚はマッサージ師さんにしかできないと感じます。お店の雰囲気やスタッフさんのお人柄、そして素晴らしい施術があるからこそ、サービスを受けた後は元気を取り戻すことができます。そうした繊細な部分をAIがどこまで将来的にできるかなのですよね。

これは通訳者も同じだと思うのです。クライアントが通訳者と接することで日本に対して良い思い出を本国に持ち帰ることができたり、ちょっとした気配りを通訳者が示したりということができる方が、究極の「サービス」としてご満足いただけると思うのです。そして、そのような繊細さを発揮するのは、人間が得意とすることだと私は考えます。

だからこそ、お客様が本当に満足して下さるような通訳者をめざして自己研さんを続けたいと思います。 

(2017年12月11日)

【今週の一冊】
hiyoko-171211.jpg
「陶磁器インヨーロッパ―ワンテーマ海外旅行」 前田正明監修、弘済出版社、1995年

「今日は疲れているなあ」という日、私は軽めの内容の本を読みます。写真集やイラストブックなど、見るだけで和みますし、新聞や雑誌なども斜め読みできるという気楽さがあります。日中、放送通訳現場でテレビ画面ばかり見ており、自宅でもコンピュータ作業が多いため、なるべく寝る前はデジタルから離れたいと思っているのです。

今回ご紹介する一冊も、肩肘張らずに読めるものです。発行年は少し前ですが、かわいいイラストや美しい写真でヨーロッパの陶磁器が紹介されています。ページをめくるだけで旅気分を味わえます。ちなみに私は自宅で使うお皿もシンプルにしたいため、ノーブランドの白いプレートの類しか持たないのですが、美しく歴史のあるヨーロッパ陶器には憧れます。

本書にはイタリアやフランス、オランダにドイツなど、有名な陶磁器生産国が紹介されています。私が中でも興味を抱いたのがイギリスでした。イギリスは産業革命の発祥地。それを機に作陶技術も飛躍していったそうです。

ところでイギリスの陶器王と言えばジョサイア・ウェッジウッドが有名です。生まれたのは1730年。幼児期に天然痘を患い、幼くして父親を亡くすなど、苦労人でした。しかも32歳の時には病気になり、天然痘にかかった右足を切断せざるを得なくなったそうです。その際、医師を通じて知り合ったのがトーマス・ベントレー。後に盟友として共同経営者になり、ウェッジウッドは発展を遂げていったと本書には記されています。 

ちなみにウェッジウッドの孫はチャールズ・ダーウィン。そう、「種の起源」の著者です。



《 前 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 次 》


↑Page Top

プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者。獨協大学・順天堂大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。 「放送通訳者・柴原早苗のブログ」 http://sanaeshibahara.blog.
so-net.ne.jp/