HOME > 通訳 > 通訳者のひよこたちへ

放送通訳者直伝!

第271回 リテンションの付け方

通訳の指導をしていると、色々な質問を受けます。メモ取りの方法、リサーチの仕方、基礎英語力の付け方など多岐に渡りますが、中でも一番多い問いが「どうすればリテンション力を上げられるか?」です。「まとまった文章を聞いた後に逐次通訳をしようとすると、頭の中が真っ白になってしまう。だからそれを防ぎたい」「聞いているときはわかるものの、メモをとるのに一生懸命になりすぎてしまい、いざ訳そうとすると自分の筆跡が解読できない」など、みなさんそれぞれ悩みがあるようです。

リテンションに関しては、私は今でも悩んでいます。通訳現場というのはただでさえ緊張する場です。「フォーマルなセミナーで聴衆は専門家の先生方」「大きな会場でお客様も多く、セッティングだけで気おくれしてしまう」など、委縮するような雰囲気がただでさえあるからです。

では、どのようにすればリテンションをしっかりさせ、訳出に反映させられるでしょうか?私がこれまでの経験から出した結論は、「とにかく知識量を増やすのみ」です。

確かに記憶力を強化し、たくさんの語彙を覚え、難しい英語構文を理解することができれば訳出の精度も大幅に上がります。けれども自分が知識として身につけていないことは、どうしても表面的な訳で終わってしまうというのが私自身常々感じてきたことでした。聞き手にはそれなりに受容できるアウトプットなのかもしれません。けれども私の場合、「うーん、単語としてはたぶんこれで良いのだけど、元の内容がわからな~い!ゴメン!」という後ろめたさが常にあるのです。声に不安感が表れてはなりませんが、そうした「心の中では謝罪モード」という状況に陥ることが少なくないのです。

ゆえにリテンションの実力をアップさせること「だけ」に心血を注ぐことはやめようと決めました。その代わり、「生きている限りすべてが学び」ととらえ、広く浅く、そして狭く深く学び続けることが自分の業務上の任務であると今は考えています。この場合、どこから手を付ければ良いか、どのように勉強すれば良いか、大海原を前にして途方に暮れてしまうかもしれません。なぜなら、学びの対象も学習方法も正解のない世界だからです。

けれども、そこで躊躇してしまえば一歩も前に進めません。大事なのは昨日よりも今日、先ほどよりも今、何かしら新たな知識を蓄えることが、5年後、10年後の業務に生きてくると信じるのみなのです。

今の時代、何事もスピーディーに効率的に取り組むことが求められます。情報がたくさんある中、そして世界が忙しい中、回り道をしていては取り残されてしまいます。

けれども私はこう思うのです。効率を求めれば求めるほど、ゴールから遠のくのではないか、と。

今、読んだ本の内容や、朝ざっと眺めた新聞記事が即、次の通訳業務で役に立つ保証は一切ありません。いえ、むしろ一生役立たずという可能性の方が高いとさえ言えます。しかし、通訳の仕事というのは、いつ、どこで、何が飛び出すかわからないのです。どのような内容に遭遇しても、幅広い一般常識や知識を蓄えてさえいれば、類推の力で対応することができます。

よって、「リテンションをどうすれば付けられますか?」という問いへの私の答えはこうなります。

「目の前のことすべてを学びととらえ、貪欲に吸収すること。」

それが一番の近道だと思うのです。

(2016年8月8日)

【今週の一冊】
hiyoko-1260808.jpg

「世界の夢の図書館」 エクスナレッジ発行、2014年

通訳準備をしていると、目に入ってくるのはもっぱら「活字」です。参考資料に著者の文献、最新の論文に新聞・雑誌記事など、とにかく日本語と英語の文字をひたすら読み進めるのが仕事だからです。「通訳の出来というのは、当日までの予習が9割」と昔言われたことがありますが、まさにその通りです。

随分前のことですが、仕事が多忙になり、それ以外でも難しいことが続いた時期がありました。心身ともに不調となり、専門家の助言を受けたことがあったのです。そのときに言われたのが、「活字ばかり・勉強三昧の生活では心がくたびれてしまう。おいしいものを食べたり、映画館や美術館に行くなどするように」というものでした。以来、業務があわただしいと感じられるときほど、仕事とは無関係のことをほんの少しで良いので取り入れるよう意識しています。

その方法のひとつが「美しいものを見ること」です。時間的に美術展などへ行けなくても、車窓から眺める景色やウォーキング中に目に入る季節の移り変わりなどを意識するだけでとても癒されます。中でも私が好きなのは写真集を眺めること。今回ご紹介するのもそんな一冊です。

本書に紹介されているのは、世界にある美しい図書館。公共図書館を始め、修道院の図書館など、ページをめくるたびに建築美を味わえます。旅行というと、名所旧跡を訪ねることやショッピングなどが主流になりがちですが、図書館を訪ね歩くというのも、その国やその街の文化を別の切り口から知ることにつながるはずです。

ちなみに私は留学中、ロンドンの大英博物館図書室を訪ねたことがあります。大きな円形ドームを有するその図書室が作られたのは19世紀半ば。福澤諭吉や夏目漱石、南方熊楠などもそこを利用しています。今のように情報もなく、留学生などほとんどいない頃、まさにこの場に偉人たちが立っていたのだと思うだけで、身震いしたものでした。

図書館紹介の本は他にも色々と出ていますので、ぜひ類書も手に取りたいと思っています。


第270回 School Choirの思い出

先週のこのコラムでギャレス・マローンのドキュメンタリーをご紹介しました。あの番組を観ていて実に懐かしく思い出されたのが、幼少期に過ごしたイギリスの小中学校時代のことでした。

当時のイギリスはまだ今ほど多文化共生ではなく、非英国人は数名でした。先生は絶対的な存在で、授業中、他クラスの先生が入っていらっしゃれば、たとえノートをとっているさなかでも、あるいはディスカッション中であっても、私たちは全員しずかになり、すぐさま立ち上がるのです。「起立する」ということが先生方や来校者への礼儀でした。すると先生方は"Sit down please, ladies."と呼び掛けられ、私たちは着席したのでした。

当時の校長先生は、ハリー・ポッターに出てくるようなガウンをよく着ておられました。ガウンの裾をひろめかしながら入室されると、私たち児童生徒は緊張感のピークに達していましたね。いえ、校長先生がいつもガミガミ怒っていらしたとか、しかめっつら状態だったわけでは全くないのです。むしろ口元にはいつも笑みがあり、背筋をピンと伸ばし、威厳がある堂々としたお姿でした。後光が差すようなそんな雰囲気に、むしろ子どもたちは畏れ多さを覚えていたのです。

英語がまったくできなかった私が、学校の中で存在感を発揮できる授業は数学と音楽だけでした。中でも音楽の先生は人格者で、私は心から尊敬していましたね。いつも楽しそうに音楽について語り、大きい声で英語もはっきりと話していらっしゃいました。音楽は世界共通語ですので、英単語がわからなくても「あ、ト音記号のことをG clefと言うんだ!」と授業を聞きながら頭の中で多くのことに合点がいきました。また、先生は教室の私たちの良い面を引き出そう引き出そうとされていることも、子ども心にわかりました。上手にできたところは褒め、改善点もきちんと指摘してくださったのです。音楽への愛にあふれた授業でした。

その分、いい加減な態度の生徒や課題をきちんとしなかった子たちへの注意は厳しいものでした。宿題は学校と生徒とのいわば「契約」であり、授業をまじめに受けることも同様です。そうした「ルール」を破ることは、本人にとって良くないのはもちろんなのですが、同じ教室でしっかりと授業を受けている別の子たちに不利益をもたらすというのが先生の考えでした。ゆえに、先生に厳しく注意をされた子たちは、先生の哲学に触れることで自らを反省していったのです。こうして先生の音楽の授業は、規律と楽しさにあふれた空間となっていったのでした。

転入してから数年間の私はなかなか英語力が伸びず、音楽と数学以外の試験結果はひどいものでした。それでも不登校に陥らずに通い続けることができたのは、この先生のおかげだと思っています。先生が褒めて認めて下さる、だからもっと頑張ろうと考えた私は、学校の合唱団にも入りました。イギリスではschool choirと言います。

私が通っていた学校の合唱団は決して大規模ではありませんでした。練習も週に1度、しかも昼休みの30分だけです。けれどもその数十分間は先生がつきっきりで指導してくださり、実に密度の濃いものでしたね。歌い方の基礎や歌詞の解釈など、限られた時間の中で先生はたくさんのことを教えて下さったのです。私は英語学習でも音楽でも「量以上に質が大切」と考えています。これはおそらくこの合唱団時代の経験から来ているのでしょう。

色々な曲を歌いましたが、今でも鮮明に覚えているのがビートルズのWhen I'm Sixty-FourやミュージカルのJesus Christ Superstar、同じくミュージカルのJoseph and the Amazing Technicolor Dreamcoat、黒人霊歌のGo Down Mosesなどです。コンクール主体の合唱団ではありませんでしたが、私たちは学校行事の際に歌ったり、朝礼で成果を披露したりと歌う機会はたくさんありました。また、近くのケアホームや児童施設などに出向いて歌ったり、クリスマスの時期には地元教会の礼拝にお邪魔したりしたこともありました。「聞いて下さる人に喜んでいただく」ということが大きな目的だったのです。

先生は練習時も本番も、指揮台に立てばニコニコ笑顔でした。演奏開始前、指揮棒を構えると先生はいつも "Watch ME!"と口パクで合図されていました。第一声を発する前というのは生徒たちにとって緊張の瞬間です。けれども「先生を信頼して先生の指揮を見ていれば絶対にうまくいく」と私たち生徒は全員信じていたのです。それぐらい先生と生徒の間には絶対的な信頼関係がありました。

あれからずいぶん月日が経ち、私が通っていた学校もイギリスの学校改革のあおりを受け、地元のライバル校に吸収されました。Mrs. Leeが今どうされているかはわかりません。けれども、先生が教えて下さった大切なことは、今でも私の中でしっかりと生き続けているのです。

(2016年8月1日)

【今週の一冊】

http://www.thetimes.co.uk/?sunday

"The Sunday Times"

今回ご紹介するのは書籍ではなくイギリスのThe Sunday Timesという新聞です。イギリスでは平日の新聞と日曜日の新聞では編集体系が異なり、記者や編集作業に携わる人も別チームとなっています。

The Sunday Timesを実際に手にしてみると、まるで日本のお正月版の新聞のように別刷りがたくさん織り込まれています。さらに数冊のカラー雑誌も入っており、日曜日の一日だけですべて読み切るには相当の量と言えます。かつて私が暮らしていた1970年代のイギリスであれば、人々も日曜日は教会へ行き、帰宅後はゆっくりとこうした新聞をめくっていたのでしょう。商店はどこも閉まっていましたので、外へ出かけるとしてもせいぜい公園を散策するぐらいしかなかったのです。それぐらい時がゆっくりと流れる時代でした。

留学時代や仕事でイギリスにいたころ、この日曜版はよく読んでいましたが、いかんせん、量が多かったため、買ったものの積読ということもよくありました。それでもカラー雑誌の写真に魅了されたり、ファッションページやレシピコーナーなどを参考にしたりと楽しんでいました。ここ数年は読売新聞が発行するThe Japan Newsに転載されているThe Timesの抜粋も好きで読んでいます。

それでもあの分厚くてドアのポストに入らないほどのどっしりした日曜版が私にとっては懐かしいのです。そこで意を決し、今年春から空輸で購読することにしました。イギリスで発行されている新聞をそのまま宅配していただけるわけですので、本当にありがたい時代になったと感じます。

日本に到着するのは数日遅れですが、さほどニュースが古くなるわけでもありません。ですので、イギリスならではの観点でBrexitのニュースを読んだり、スポーツニュースを追いかけたりと様々な形で楽しむことができます。積読を避けるポイントは、とにかく早めに「空気を入れる」、つまり全ページをとりあえずめくって眺めておくことに尽きます。すべてを読もうとすると苦行になってしまいますので、あくまでも「楽しそうな記事を見つけてじっくり読む」というのが私のスタンスです。

ここ数週間は、気になる記事だけをビリビリとページごと破り、ファイルにまとめて入れて持ち歩くようにしています。電車の待ち時間や隙間時間などにそうした記事を読むと、仕事準備資料オンリーの世界からの気分転換にもなります。

また、面白そうな単語やフレーズにも下線を引き、辞書を調べて意味をチェックするのもボキャブラリー増強につながります。楽しくワクワクしつつ読むというのが目下、私の趣味になっています。


第269回 英語は楽しみながら

ここ2週間、とある番組を集中的に観ました。NHKのBS1で放映されている「BS世界のドキュメンタリー」です。放映時間は夜中の0時からで、後日、17時から再放送されます。製作国もアメリカやイギリスだけでなく、ヨーロッパやアフリカなども含まれており、分野も多岐に渡ります。

私が観たのは「シリーズ ギャレス・マローンの職場で歌おう!」でした。これはイギリスのTwenty Twenty Televisionが製作したもので、BBC2で2013年に放映されたものです。英語タイトルは"The Choir: Sing While You Work"で、今回放送されたのはSeries 2でした。

この番組は、音楽家のGareth Maloneが5つの職場を巡り、そこで合唱団を形成します。そしてそれぞれが練習を積み重ねて大会に出場し、勝ち抜いていくというものです。ここ数年、欧米ではリアリティ・ショーが盛んですが、この番組もその一つと言えるでしょう。

今回出場したのはフェリー会社、地方自治体、流通小売店、消防署、金融機関の5組織でした。かつて私が暮らしていたイギリスの懐かしい風景が画面にたくさん映し出される中、それぞれの職場に働く人々の様子や仕事にかける思いなどが描かれ、実に見ごたえのある番組でした。

どの組織もユニークで、従事する人々の人間ドラマは魅力的でしたが、中でも私が一番応援していたのはCheshire Fire Serviceでした。人命救助と消火活動を第一とする消防隊員、そしてそれをバックアップする事務職のスタッフたちが一丸となっていき、心を一つにして合唱団をはぐくんでいった様子に魅了されたのです(ちなみにどのチームが優勝したかについては、ネタバレになりますので、ここでは控えますね!)。

ちなみに随分前にNHKの教育テレビ(と今はもう言わないのですよね。正しくは「Eテレ」です)でギャレスの別シリーズが放送されていました。若きギャレスが合唱団をまとめあげ、一人一人の個性を伸ばしていくそのリーダーシップは、私自身同じ「指導をする者」として大いに参考になりました。ギャレスの飾らない人柄、楽しくチームを盛り上げていく様子、プロ意識など、「人に教える仕事とはかくあるべき」というものを感じたのです。私にとって、指導者のロールモデルとも言えます。

そのギャレスのドキュメンタリーが久しぶりに放映されるとあり、前から楽しみにしていたのですが、私にとってのネックはその放送時間でした。早朝シフトに携わる私にとって、睡眠時間の短縮は大敵です。真夜中から午前1時近くまで番組を観るとなると、ほとんど寝ることができないまま放送通訳現場へ向かうことになります。あいにく我が家のDVDデッキは調子が悪く、録画することもできません。それでもどうしても観たい番組でしたので、初回は何とか頑張って夜中まで起きていましたが、やはり睡眠不足は色々な面で悪影響となってしまいます。はてさて、困ってしまいました。

こうなると夕方の再放送に賭けるしかありません。幸い何とかスケジュールをやりくりして調整し、夕方に集中的に観ることができたのでした。仕事の前倒し作業をしたり、動かせるものは別の隙間時間に押し込んだりとハードではありましたが、そこまでして観たいという思いを大切にし、いざ放送中も集中して観るようにしました。

今回は放送を堪能するにあたり、せっかくでしたのでオリジナルの英語音声で聞くことにしました。初日は内容そのものを味わって観ていたのですが、面白そうな表現がいくつも出てきます。あわててメモ用紙を手に取り、興味深いフレーズをどんどん書いていきました。そして放送終了後、お気に入りの紙辞書「ジーニアス英和辞典」と首っ引きで調べ、意味を確認しました。ちなみに私の場合、辞書で引いた単語は必ず下線を引きますので、50分の番組から多くのフレーズを知ることができたのはありがたかったです。

2日目は家族も一緒に観たため、日本語字幕付きにしました。英語を聞きつつ、画面には字幕が出ますので、これも便利でしたね。近年日本では耳の不自由な方向けに字幕が付くようになりましたが、字幕があれば我が家のように「英語で聞きたい派」と「日本語で内容を知りたい派」が共存できます。ありがたい時代です。

3日目はまた私一人でしたので、字幕はオフにしました。字幕はすぐに意味が分かるので便利なのですが、画面の半分ぐらいが字幕で隠れてしまい、顔のアップになると表情が見づらくなるのが難点なのです。そこで今回はこれまで同様、フレーズをメモしつつ、自分なりにその語をどう訳すかも書きながら観てみました。そして後に辞書で確認しつつ、自分の訳が合っていたかをチェックしていったのです。

このようにして「好きな番組」を通じて楽しみながら新たな英語にも接することができました。私にとって幸せな2週間でしたね。

・・・でも欲を言えば、これほど素晴らしいドキュメンタリーなのです。ぜひぜひゴールデンタイムでの放送を!!

(2016年7月25日)

【今週の一冊】
HIYOKO-160725.jpg
"Translation and Cognition"
Gregory M. Shreve and Erik Angelone 編集、John Benjamins Publishing Company, 2010年

放送通訳をしていると、リレー通訳状態になることがあります。これはニュースに出てくる人物が英語以外を話し、それをテレビ局の通訳者ないし現場の通訳者が同時通訳するケースです。私たち放送通訳者は、その通訳された内容を聞きながら今度は日本語に訳していきます。たいていは何とか内容を把握できるのですが、たまに元の通訳者が多大な苦労をしながら訳していることもあり、そうなると、こちらも全容を把握するのが難しくなります。同じ通訳者として、つい同情したくなる瞬間です。

ちなみに欧米では通訳者のことをtranslatorとよく呼びます。日本では文字に残すのであれば「翻訳」、ことばであれば「通訳」と棲み分けがなされていますが、英語圏の場合、必ずしもそうではありません。interpreterとtranslatorを区別していこうとの動きもありますが、一般的にはtranslatorの方がなじみがあるようです。

今回ご紹介する書籍もtranslationという語が書名に入っていますが、取り上げられているトピックは翻訳・通訳の両方です。学術論文集で、それぞれの専門家が研究結果を述べているのがこの本の特徴となっています。

方法論を始め、認知面での分析、心理学的見地からの説明など、一見難しくも思えますが、各章は10ページぐらいですので、好きなところから読むのでも構いません。ちなみに私は巻末索引でinterpretingを探し、該当ページを拾い読みしました。このようにすると、自分の最大の関心分野をまずは知ることができますので、楽しく読めると思います。

中でも印象的だったのが、通訳者がどのようにしてスキルを身につけるのかという論文です。たいていの通訳者は10代後半以降に通訳トレーニングを始めます。そうした状況と、たとえば音楽やスポーツなど、幼児の頃から始めるものを実際に比較した内容でした。著者のK. Anders Ericsson氏によれば、やはり通訳者に必要なのは"deliberate practice that extends for years and thousands of hours of practice"なのだそうです。結局は努力の積み重ねなのですよね。な~んだと思われそうですが、そうした内容を学術的に分析し、巻末に参考文献リストも豊富に載せているのが、このような学術書の特徴です。


第268回 学びを楽しむこと

ふとしたきっかけで通訳という仕事に携わるようになった私にとって、これまでの様々な出会いやタイミングというのはすべて感謝に値すると感じています。昔からジャーナリズムには興味がありましたので、今、こうして放送通訳の現場にいられることは本当に幸せですし、学びを一生続けることができるのも、この仕事の恩恵だと思っています。もともと通訳者になろうと最初から目指していたわけではなく、留学から帰国後、たまたま不況であったがゆえに定職にありつけなかったのが始まりでした。失業状態の中、かつてお世話になった通訳学校の先生にごあいさつに伺ったところ、「ちょうど今繁忙期だから通訳を手伝って」と言われたのです。それが私にとっては人生の大きな転換点でした。多くのめぐりあわせに感謝する次第です。

さて、人間が生きる上で大切なことは色々あります。アメリカの心理学者マズローは、「人間の欲求」を5段階に分け、その学説を20世紀半ばに発表しました。中でも「生理的欲求」である「食事、水、呼吸、睡眠」などはヒトという存在が生きる上で不可欠です。その上の段階に「安全の欲求」「社会的欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」が続くのですが、通訳という仕事は上位3つの欲求を大きく満たしてくれると私はとらえています。

中でも最上位にある「自己実現の欲求」には、問題解決や創造性といった項目が含まれます。通訳業における学びには終わりがありませんので、通訳者たちはそれぞれ業務を通じて創意工夫を図りながらひたすら学び続けています。その根底には「未知のことをさらに知りたい」という強い思いがあり、学びのために労力を惜しまず、学ぶ過程そのものも大いに楽しんでいるのが通訳者なのです。

私の場合、「目の前のものすべてが学び」ととらえて現在に至っています。食品パッケージに書かれている文言を始め、駅で配布されているフリーペーパーも立派な学習対象です。あるニュースを耳にして、その中の一つの単語を調べ始め、そこから百科事典、世界史年表、美術書、学術書にマンガなど、どんどんどんどん広げていくのは至福のひとときです。以前読んだとある通訳の方がエッセイで「辞書を読んでいると恍惚としてしまう」という趣旨のことを書いておられましたが、まさに私もそのような感じです。

今の時代はややもすると「対策さえたてれば突破できる」「ハウツーを身につければ勝てる」という考えがメインになりがちです。たとえば英語関連の資格試験も同様で、実力を図るために作られたテストが今や対策の対象となり、そうした書籍やセミナーは花盛りです。「仕事でどうしてもその試験で高得点をとらなければならない」など、しかるべき事情があるのであれば、そのような対策も有りでしょう。けれども英語であれどのような分野であれ、本来の学びというのは、対策を立ててそれを自己証明に使うのとは異なるように私は考えます。

通訳の仕事というのは、人のお役に立てて初めて任務を達成できるものと私はとらえています。業務前の詰め込み式勉強ももちろん大切です。けれども、今、この瞬間に見聞したこと、体験したこと、自分が感じたことすべてが数年後、あるいは数十年後に生きてくるのが通訳という仕事なのです。いや、もしかしたら何年経っても役に立たないまま、その知識は脳内で埋もれて忘れ去られるのかもしれません。

ただ、私はこうも思うのです。たとえ陽の目を見ない知識であれ、学び続けること自体が自分の使命なのだ、と。

これから通訳者としてデビューなさる方々が、学ぶ楽しさを味わいながらどんどん活躍してくださればと願っています。

(2016年7月18日)

【今週の一冊】
HIYOKO-160718.jpg
"The Story About Ping" Marjorie Flack著、Kurt Wiese画、Grosset & Dunlap; Reissue版、2014年

先日、絵本に関連する会議の通訳をしました。我が家の子どもたちはすでに中学生となり、かつて夢中になった絵本から児童書を経て今や一般の書物にも関心を抱いています。彼らが幼いころ、私たち夫婦も眠気との闘いの中、絵本の読み聞かせをしたことも今となっては懐かしい思い出です。もっとも、こちらの方が疲労困憊していて途中まで読み終えることができず、子どもたちに「ねえ、途中で寝ないで~」と起こされたこともありましたが・・・。

今回ご紹介するのは、"The Story About Ping"という絵本です。アメリカで1933年に発行されたロングセラーで、今でも名作として読み継がれています。日本では「あひるのピンのぼうけん」という邦題です。ストーリーは、ピンという子アヒルが家族から離れて多様な冒険をしつつ、晴れて家族の元へ戻るというものです。

先の会議は同時通訳で、開始前にこの絵本をセミナー講師から見せていただくことができました。しかし、開始までの準備時間は限られており、唯一できたのは邦題を教えていただくことと、ざっとページをめくり、英文を目に入れるぐらいでした。本来であればじっくりとこの美しい絵柄や話の流れを堪能したかったのですが、業務前となるとなかなかそうはいきません。それでも斜め読みできたのは実にありがたいものでした。

いざ本番が始まると、セミナー講師はページをめくり、絵本に書かれている文章を音読してくださいました。幸い、書画カメラがページを大きくとらえており、私もそれを追いながら通訳することができました。

ところが本文に出てくるYangze Riverで何と私は訳語に詰まってしまったのです。頭の中で「揚子江」という単語は浮かんでいました。ところがBBC時代の「『揚子江』ではなく『長江』と通訳する」というBBCルールをふと思い出してしまい、訳せなくなってしまったのです。「あれ、こういうときはそのまま揚子江で良いのだっけ?それとも長江にすべきか?」と要らぬ考えが頭の中をよぎってしまい、最後の最後まで「揚子江」も「長江」も出ずじまいとなったのでした。私の苦し紛れの訳は「中国の大きな川」。迷った時は一次元上の観点から訳すので、間違いではありませんでしたが、基本的な語に詰まってしまったこと自体を反省しました。

仕事におけるくやしさというのは決して無駄でないと私は思っています。ですので、私は早速この絵本を図書館から借り、改めてじっくり読み進めてみたのです。今回はストーリーも絵柄も味わえましたので、一人の読者として大いに楽しめました。

ちなみにアメリカのあるサイトでは、この絵本を授業で生かすヒントが書かれています。絵の構図やタッチ、当時の中国のことなど、多様な角度から分析がなされています。絵本をありのままに楽しむのも好きですが、こうした美術的・歴史的観点から観てみるのも面白いですよね。ちなみに1933年と言えば、第二次世界大戦が始まる前。1931年にはアメリカのパール・バックが中国を舞台にした大作「大地」を記しています。


第267回 学びにおけるプライオリティ

あっという間に1年も半分が過ぎましたね。この夏休み、何か新しいことを学びたいと考えていらっしゃる方も多いことでしょう。私も今年は新しい言語に挑戦しようと思い、とある夏期講習に申し込んだところです。英語の仕事をしていると、他言語との接点に関心が出てきます。新たな言語を通じて「ことば」そのものへの理解を深められればと思っています。

さて、「学び」において何を優先するかは人それぞれですよね。「家から近い」「授業料がお手頃」「レッスン時間が自分に合っている」など、プライオリティもまちまちです。私にとっての最優先項目は何といっても「先生が楽しそうに教えていること」です。なぜそう思うようになったかを今回は見てみましょう。

まず、指導者が自分の指導内容を心から楽しんでいると、その熱意は教室において発揮されます。つまり、「自分が楽しい」「私はこの分野が大好き」という思いが指導者の声や態度に反映されるのです。その情熱は人々に伝播しますので、学ぶ側も「へえ、今まで興味はなかったけれど、そんなに面白いのか」と思えてきます。すると、学習者も熱心に授業内容に耳を傾け、そんな教室の雰囲気は先生をさらにやる気にさせるという好循環が生まれるのです。

教師が指導内容や使用テキストを楽しんでいると、受講生もそれを楽しめるようになります。教室内の良き雰囲気が受講生同士の緊張感をほぐし、学ぶ側の横のつながりもできてくるでしょう。連続の講座であれば次週が楽しみになりますし、授業内での他の受講生の言動や学ぶ姿勢からこちらもやる気を得ることができます。

こういう側面から「学び」を考えると、教室の近さや費用の安さ、時間帯などはさほど気にならなくなると私は思うのです。むしろ、「スケジュール的にはきついし、授業料も決して安くはない。しかも家から遠い。でも頑張ってやりくりして来て良かった!」ととらえられれば、それは大きな自己達成感となります。そして頑張った自分を励みに思い、さらに次への学習モチベーションにもなるのです。

では、この逆はどうでしょう?「教室が近くて費用も安い。授業時間もバッチリ。でも授業がつまらない」となった場合、上記とは正反対の現象が出て来るかもしれません。すなわち、先生の話に興味が持てず、教材もイマイチ、他の受講生もバクスイで横のつながりもできず、という具合です。そうなってしまうと、授業に出ること自体が苦痛になってしまいます。

こうした事態を避けるためには、いくつか「対策」があります。一例としてはいきなり長期間の講座を申し込むのでなく、まずは体験レッスンや単発講座を受講してみることが挙げられます。体験授業はたいていの場合無料ですので、学校の雰囲気や授業の流れなどを知ることができます。単発講座も長期間のレッスンに比べればお手頃価格ですので、たとえ失敗したと思っても被害は最小限に食い止められるでしょう。

体験授業を受けた際、「ぜひその先生のレッスンを取りたい」と思ったならば、スタッフやその先生にいつ指導をしているのか直接尋ねても構わないと思います。「この先生についていきたい!」という出会いは大切だからです。長期講座を取ることが難しければ、その先生が他の場所で単発講座などをしているか調べるのも一案です。

一方、こうしたプロセスを経ることができずに申し込み、自分の求めているものと違っていた、という場合はどうすべきでしょうか?私自身は「がまんしてでも受ける価値があるか」と自問自答します。もし答えがイエスであれば、せっかく払った授業料ですので、その元を取り返すべく最大限こちらも努力します。けれども、もし時間的・物理的な貢献をするよりも自宅で同分野の本を読んだ方が生産的と思えるならば、支払い済みの授業料は潔く諦めます。時間がもったいないからです。

与えられた時間は誰にとっても平等です。だからこそ、自分の基準でプライオリティを付けて良いと私は思っています。

(2016年7月11日)

【今週の一冊】
hiyoko-160711.jpg
"How to Study" Ron Fry著, Course Technology PTR, 2011年

最近は書店のビジネスコーナーへ行くと自己啓発関連の本が充実していますよね。プレゼンの仕方や時間管理術、企画書の書き方などトピックも多岐にわたります。私自身、仕事の仕方でもっと効率が必要だと思った際には、そうしたコーナーに置かれている本からアイデアをたくさんもらっています。

今回ご紹介する一冊は、アメリカの学生向けに書かれたものです。書名からわかる通り学習法に関する内容で、著者のRon Fry氏は本書のほかに記憶術や時間管理などの本を記しています。それらはシリーズ化されており、いずれも"How to"というタイトルです。

日本のハウツー本と比べると、英語の書籍はどうしても図解説明が少なくなってしまうのですが、本書は平易な英文で書かれており、読みやすくなっています。高校生や大学生だけでなく、一般社会人でも応用できる内容です。

中でも私にとって印象的だったのは、勉強や仕事の各タスクにどれぐらいかかるのか、あらかじめ見込み時間を設定するという一節でした。たとえば「数学の問題集を解く」という項目の場合、かつての私であれば、それを手帳の「やることリスト」に書き、優先順位を付けた上で取り組んでいたのです。しかし、フライ氏によれば、そのタスクに90分かかると見込んだら、手帳にも「90」と書き込むべしとしています。そして取り組み終了後に実際にかかった時間を記載することが大事だと述べていました。

以来、私も単にタスクに優先順位をつけるだけではなく、手帳の時間欄に終了時間を書き込んで取り組むようにしています。こうすることで、作業の終わり時間がわかるようになり、取り組んでいる際にも何に集中すべきかがわかるようになりました。

他にも授業の受け方やリサーチ方法など、学びに携わる方にとってはヒント満載の一冊です。



《 前 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 次 》


↑Page Top

プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 通訳学校で後進の指導にあたるほか、大学の英語学習サポートルームにて英語学習アドバイザーも務める。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。