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放送通訳者直伝!

第325回 Please, not now!

共働きを続けてきましたので、子どもたちは赤ちゃんの頃から保育園でした。長男はイギリス生まれ。イギリスの保育料は日本と比べ物にならないほど高額です。日本のような認可・認可外といった区分はなく、政府の認定を受けた民間の保育園と、「チャイルドマインダー(保育ママさん)」宅に預けるという2通りがありました。テレビ局は土日も出勤でしたので、平日は保育園、土日は保育ママさん宅で息子を見ていただいていましたが、やがて高額保育料が原因で夫婦の貯金が底を尽きてしまい、後先考えずに帰国したのでした。

日本に戻ってからも保育園のお世話になりました。イギリスと比べれば良心的な価格できめ細やかに養育していただき、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。ただし唯一大変だったのは「37度の壁」、つまり「お熱出ました迎えに来て下さい」連絡でした。イギリスの保育園は日本と比べて検温はほとんどなく、具合が悪そうになったら連絡が来るという感じです。よって帰国後、仕事中に携帯電話がなると「すわ、お迎えコール?」と心臓がドキドキしましたね。

しかも「お願い!今日だけは勘弁して」という時に限って、子どもは体調を崩したりしたのです。大きな会議を控えてどうしても予習をしなければという日に、「お熱出ています」「ケガしました」などの電話がかかってきたのですね。マーフィーの法則ではありませんが、"Please, not now!"と内心叫んだものでした。

幸い今はティーンエージャーになり、そうした連絡は以前ほどかかってこなくなりました。けれども面白いもので、「困難」が一気に重なることがあります。たとえばここ2週間で我が家は以下のことに直面しました:

(1)義父母宅の駐車場へ車を入れ、自動シャッターを閉めた途端、シャッターが閉まったまま故障。再度開けることができなくなる
→車を出せなければ、翌日の仕事に差し支えることに。しかもその日は台風!→幸いメーカーのスタッフが1時間以内に来宅。とりあえず開けることはできた

(2)ささいなことで子どもと意見不和
→あのタイミングで私が注意したがゆえに険悪に。ヤレヤレ・・・。

(3)給湯器が故障
→突然のお湯シャワー停止。仕方なくお風呂のお湯だけでその日は入浴。ところが追い炊きも自動給湯もその後すぐに全滅→修理担当者来宅まで数日。いったん給湯器復活→その日の夕方再度故障

とこのような具合です。

幸いなことに私たち夫婦はイギリスで水回り故障には慣れていました。現地の建物は古く、配管も年季が入っていてどうしても壊れやすいのですね。私など一度、ロンドンのアパートでお風呂のお湯をためていたら止まらなくなり、あやうくグリム童話の「おいしいおかゆ」状態になったこともありました。「修理を頼んだのに来なかった」など珍しくありません。 "How to write complaint letters"といった類の本には、配管工事会社宛の「苦情の手紙ひな形」が掲載されていたほどです。

そうした当時の大変な経験があったことを考えれば、今、自分が直面しているピンチも「ま、こんなものよね」と思えてきます。渦中にいるときはついアップアップしてしまいますが、いざ、放送通訳現場で世界の悲惨なニュースを訳すと、ささいなことで文句を言いがちになる自分が恥ずかしくなります。「住む家がある、食べるものがある、家族も今日一日無事に過ごせた」ということが、どれほど感謝すべきことなのかと思うのです。

(2017年10月2日)

【今週の一冊】
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「マーラーを語る 名指揮者29人へのインタビュー」 ヴォルフガング・シャウフラー著、天崎浩二訳、音楽之友社、2016年

マーラーの交響曲第1番。この曲はずいぶん前に所沢のコンサートホールで聞いたことがあります。オランダのコンセルトヘボウと指揮者マリス・ヤンソンスの組み合わせです。開演前、ホール近くのコンビニで買い物をしていたところ、偶然にも楽団員数名と居合わせました。いずれも燕尾服姿です。開演に間に合うのかしらと思っていたところ、1曲目で出番はなかったのでしょうね。休憩後のマーラーでその楽団員さんたちが登場しました。打楽器パートの方でした。

そのとき聞いたマーラーの美しさは今でも忘れられません。特に第2楽章の弦楽器の音色はそれまで耳にしたこともないような、たとえて言うならビロードのような質感のものでした。オーケストラによって、そして指揮者によって、音色というのは変わるのですね。以来、私にとってマーラーの曲は特別なものとなっています。

今回ご紹介するのは、29名の指揮者たちが語るマーラー像です。ヤンソンスを始め、新進気鋭のドゥダメルや大ベテランのアバード、マゼールやメータなどが登場します。著者のシャウフラーはウィーンで音楽学を修めています。指揮者たちへのインタビュー項目は「マーラーとの出会い」「マーラーの曲のリハーサル方法」「楽器の配置」など多岐に渡ります。どの指揮者もそれぞれの答えがあり、興味深い一冊です。

マーラー好きな方はもちろんのこと、往年の指揮者たちのマーラー観がこの一冊から吸収できます。書籍サイトや図書館などの検索画面ではすべての指揮者の名前があいにく網羅されていないのですが、音楽に興味のある方にはぜひ一読していただきたい一冊です。 


第324回 アンケートのこと

最近は色々な場面においてフィードバックを得ることが容易になりました。近年は技術の発達により、多様なグッズがお目見えしています。たとえばセミナー会場では、トークを進めながら参加者が専用リモコンのボタンを押すことにより、講演者が即座に意見を集めることも可能です。集約したデータはすぐにグラフ化されるタイプも出ています。リアルタイムで反応を確かめられますので、臨場感あふれる内容になりますよね。

一方、従来の紙版アンケートの実施は今なおよく用いられています。講演内容はもちろんのこと、通訳パフォーマンスについての質問が盛り込まれているケースもあります。「今日の通訳は聞き易かったですか?」といった質問です。

デビューして間もないころ、講演主催者がセミナー終了後に、集まったアンケート用紙を見せて下さいました。回答用紙の大半は、私のパフォーマンスに好意的な反応でしたが、中にはそうではないものもありました。マイノリティの意見とは言え、こうした反応は正直、こたえましたね。しかも、私としてみれば「何をどう改善したらよいか」が手探り状態でしたので、ただ単に「わかりづらかった」に丸が付いていても、どうして良いか困ってしまったのです。せめて自由記述欄に「もう少しゆっくり訳してくれれば、聞き易かった」や「専門用語をかみ砕いてくれれば理解できたと思う」などのように、具体的にアドバイスが書かれていればありがたいのに、と思ったものでした。

ちなみに私はスーパーなどの店頭に置かれている「お客様アンケート」の掲示板をよく見ています。寄せられた意見に対してお店が回答を寄せているのですが、それらを読むたびに、世の中には色々な意見があるのだなと改めて感じます。

お店への感謝やお褒めの言葉がある一方で、怒りにまかせて(?)乱暴な文字で書かれた苦情もあります。そうしたものにも、ひとつひとつお店側は丁寧に回答しているのですね。それを見ると、お店の誠意ある態度に頭が下がります。

ただ、よくよく読んでみると、苦情の多くは「その場で」「その当事者に」「直接伝えること」で、解決できたようにも思えます。勇気を持って丁寧に相手に話しかければ、きっと話もこじれず即座に進展するように感じられるのですね。そうすれば、言われた当事者もその場で気づくことができますし、苦情を申し立てた本人も、それ以上怒りをため込まずに済んだことでしょう。

もしその場で対処しなかった場合、来店客側も時間の経過とともに不満を蓄積することが考えられます。ひどい場合、それが怒りとなって矛先を探し、挙句の果てにお客様アンケートに書きなぐる、という展開になりかねないわけです。きつい言葉で書かれたスタッフ側にしてみれば、自分を守りたくもなるでしょうし、時間が経過していれば、そもそもそのことを思い出せない、ということにもなりかねません。

アンケートというのは、建設的な形であれば非常に効果があると思います。アンケート回答者も実施者も、意見を元に、より良い状況を作っていけるからです。けれども、最近は匿名を逆手にとり、心無い文言を書き連ねるケースが少なくありません。これでは書かれた方も心を閉ざしてしまい、書いた方は結局自分が求めるものを得られずじまいとなり、進歩は期待できなくなってしまうのです。

私はアンケートというもの自体、実名であるべきだと考えています。どうしても匿名にということであれば、回答する側も節度あるスタンスで臨むべきだと思います。アンケートのそもそもの目的が、「現状からの改善」という趣旨であるはずです。単なるストレスのはけ口であってはならないと私はとらえています。

お互いが状況をより良くしようという思いがあれば、物事は進展し、進歩していきます。名目だけのアンケートであれば、実施の意味がありません。そう考えると、「アンケート」に対して、実施者も回答者も大きな責任を感じなければならないと思うのです。

(2017年9月25日)

【今週の一冊】
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「CD付 作曲家ダイジェスト ラフマニノフ」 柴辻純子・堀内みさ著、学習研究社、2010年

このところラフマニノフの交響曲第2番をよく聞いています。初めてこの曲に触れたのは、ロンドン大学で修士課程に在籍していたときです。学年末試験と論文提出も終了し、長いようで短かった9か月間も終わりに差し掛かっていました。晴れ晴れとした気分で訪れたのがロンドン中心部オックスフォード・ストリート近くにあったCD店です。「やっと勉強が終わった。これで大手を振って音楽が聞ける!」と思った私は、そのCD店で品定めをしていたのでした。その時、BGMで流れていたのがこの曲です。

以来、ラフマニノフの2番は私にとって自分を励ましてくれるものとなっています。この旋律を耳にするたびに、苦しかったけれど充実していた留学時代を思い出すのです。原点回帰させてくれる、そんな音楽です。

CDのライナーノーツを見ると、ラフマニノフは20代前半で交響曲第1番を発表したものの、酷評されノイローゼになったそうです。その苦しみは数年間続きました。当時の彼を励ましたのが友人のオペラ歌手シャリアピンです。持ち前の明るい性格でラフマニノフを支え、また、イタリア旅行にも連れ出すなどした甲斐あって、また、催眠療法を受けたこともありラフマニノフは回復していったのでした。そして発表したのがあのピアノ協奏曲第2番です。

本書はラフマニノフの一生をわかりやすく解説したものとなっています。有名な曲にまつわるエピソードもふんだんに盛り込まれ、読み物としても大いに味わえます。若かりし頃チャイコフスキーの指導を受け、それを生涯励みにしていたこと、作家のチェーホフに「あなたは偉大な人になる」と声をかけられたことなども出ています。一方、ノイローゼの最中には友人らが良かれと思ってトルストイとの会合をセッティングしています。ところがトルストイの反応が悪く、かえって病状が悪化したことなどが綴られていました。

ラフマニノフが生きた20世紀初頭はロシア激動の時代でした。1904年には日露戦争が勃発。ロシアにとって思わしい戦況ではなく、ペテルブルクでは労働デモが発生します。そして1914年には第一次世界大戦となり、ラフマニノフは外国への演奏旅行も叶わなくなったのでした。やがて二月革命でロマノフ王朝は崩壊、十月革命ではラフマニノフの家が燃え落ち、1917年12月に一家はアメリカへ亡命します。そして69年に渡る生涯をニューヨークで閉じたのでした。

世界史に出てくる出来事も、こうして作曲家の観点からとらえると、また違って見えてきます。しかもラフマニノフの人生に日本の存在も少なからず影響していたのです。歴史は縦軸と横軸がつながっている。そんなことを感じた一冊でした。


第323回 学びに正解はない

中学2年の秋に日本へ帰国した私にとって、歴史の授業というのはなかなか難しいものでした。「徳川家康」がテーマだったのですが、私にしてみれば「トクガワ?Who?」という感じでしたね。日本の古代史から続けて学んでいなかったわけですので、突如現れた江戸時代にチンプンカンプンでした。

一方、イギリスの歴史授業では主にイギリス史を習いました。バイキングやサクソン人などを始め、「ばら戦争」「ヘンリー8世」などが出てきましたね。ただ、日本人の小学生である私には全体像がつかめず、こちらはこちらで苦労しました。

ちなみにイギリスの小中学校における学年末テストはオール筆記です。試験時間も長く、暗記では太刀打ちできませんでした。問題文も、たとえば「ヘンリー8世の6人の妻のうち一人を選び、イギリス史に与えた影響を考察せよ」といった論述問題です。しかも回答用の筆記用具は「万年筆」。これは教師が生徒の思考過程も見るためなのですね。私たち生徒はスペアインクのカートリッジやインク壺(懐かしい!)を机の上に用意して、せっせと記述したものでした。

私が編入したころの現地校では、日本人が私一人だけでした。よって子ども心ながら「自分の失敗イコール日本の恥」というプレッシャーがありました。試験で低得点をとることはあってはならないものだったのです。当時の日本は高度経済成長こそ経たものの、世界的なプレゼンスはまださほど高くない状況でした。「日本人=粗悪品を大量生産して売り込んでくる」「日本人=眼鏡姿にカメラをぶら下げて大声で観光している」という見方がそのころのイギリスにはあったのです。

そうしたステレオタイプを払拭するために、10歳の自分にできることは、せめて恥ずかしくない姿をクラスメートや先生に見せることでした。今にして思えば、もっと子どもらしく自由にのびのびと過ごしても良かったのでしょう。けれども、それを許してしまうことは自分への敗北であり、日本に対して申し訳ないという思いがありました。

とは言え、英語もおぼつかない状態で編入した私にとって、学年末試験にどう対処するかは大きな課題でした。事前に試験範囲や日程を告知されてはいますので、あとは試験勉強をするだけです。けれども英文すらろくに綴ることもできず、そもそも一般常識のストックも大してありません。母語で同一内容をある程度仕入れて頭の中に入れていれば、拙い英語で書くことはできるでしょう。けれども私にはそれ自体が欠如していたのです。

今でも忘れない、歴史試験の前日のこと。何もせぬままテストを翌日に控えた私が付け焼刃的にとった行動は、「児童向けイギリス史の本を通読すること」でした。学校配布の歴史教科書は字が細かくて英語も難しく、理解できていなかったのです。幸い家には父が買ってくれた幼児向け歴史本がありました。教科書よりもイラストが多く、活字も大きくて平易な文章です。それでも厚さは300ページぐらいありました。これを試験前日の私は読み始めたのでした。

もう後には引けない状態でしたので、自分の中でも必死さとあきらめが混在していたと思います。それでも私はその児童書の音読を、放課後から寝るまでただただおこないました。10歳児にしては、かなりの集中力だったと思います。

翌日のテストで自分がどのような点数をとれたかは記憶していないのですが、それでも試験中にさじを投げず、何とか苦し紛れに答案用紙に書き込んだことだけは覚えています。おそらく前日に「音読した内容」につじつまを合わせながら書き出していったのでしょう。

あの筆記試験のおかげで、「学びにおいて必要なこと」を私は得たように思います。具体的には「プレッシャーを自分に課すこと」です。今でこそ私は「楽しく勉強しましょう」と授業では述べていますが、それと同時に、プレッシャーは決して悪ではないとも考えます。自分へのプレッシャーは莫大な原動力にもなるからです。

そしてもう一つは「集中力」。自分が選んだ学習方法を信じて、あとは集中するしかないのですね。子ども時代、他の予習方法を思いつかなかった私にとって、児童書の音読は唯一の選択肢でした。それがかえって良かったのだと今は思います。

学びには色々な形があり、正解はありません。その時その時に応じて、ベストを尽くすことが大事なのでしょうね。


(2017年9月18日)

【今週の一冊】
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「3万冊の本を救ったアリーヤさんの大作戦―図書館員の本当のお話」 マーク・アラン・スタマティー作、徳永里砂訳、国書刊行会、2012年

8月ごろから「第二次世界大戦」をキーワードに色々と調べています。前回のこのコラムでも東京大空襲の本をご紹介しましたよね。その流れで先日、興味深いDVDを観ました。「疎開した40万冊の図書」というドキュメンタリーです。

このDVDは、第二次世界大戦中に日比谷図書館の本を戦禍から守るために疎開させたという話題です。すべての所蔵本を移すまでには至らなかったものの、日比谷高校の学徒動員の助けも仰ぎながら、あきる野市や埼玉県志木市に本を疎開させたのでした。

「本」というのは、こと戦争が起きれば守るべきプライオリティの最後の方に置かれかねません。命を守ることと食べることで人は精いっぱいになってしまうからです。けれども、本はその国の文明や文化を作り上げてきたものであり、美術品同様、人々の手で守らねばならないのだと私はこのDVDを観て強く思いました。

そのDVDの中で紹介されていたのが、イラクのバスラ中央図書館で司書を務める「アリーヤさん」という女性です。イラク戦争が起きていた2003年に、所蔵本を守ろうと奮闘した方です。アリーヤさんがいたからこそ、3万冊の本は守られたのでした。

本書は小さな子どもでも読めるよう絵本仕立てになっています。描いたのはニューヨーク在住の画家、スタマティーさんです。アリーヤさんの思いが生き生きと伝わってきます。私はCNNなどのニュースでバスラの戦況を訳したことがあります。しかし、映像の向こうには、アリーヤさんのように、非常に苦労をしながら自分たちの大切なものを守ろうとする市民がいるのですよね。そのことを忘れてはならないと思います。

世界に目を転じれば、イラクやシリア、アフガニスタンなど、まだ戦争が続いている国はたくさんあります。戦争の不気味な足音が感じられる出来事も起きています。私たち一人一人に何ができるのか、どう行動すべきか。この一冊から大きな課題を与えられたと私は感じています。


第322回 五感を研ぎ澄ませる

今の時代、「スマートフォンもiPadも持っていません」と言うと本当に驚かれます。数年前は「ふーん」という反応でしたが、最近は「ええっ!?」というどよめきに近いレスポンスも見られるようになりました。私は冗談半分で「旧石器時代の人間」と自称しています。けれども上には上がいるものなのですよね。私の知り合いで、そもそも携帯電話自体がキライなのでガラケーすら持っていない、という方もいました。ただ、ご家族の意向で「とりあえず万が一のためにも持つだけは持ってほしい」と懇願され(?)、仕方なくカバンに入れるようにはなったそうです。もっとも、自分から使うことはないのだとか。ちなみに「旧石器時代」は英語でthe Paleolithic eraと言います。paleo-やpale-はギリシャ語の接頭辞で、「古、旧、原始」という意味です。-lithicはギリシャ語から来ており、こちらは「石」のこと。「石版画、リトグラフ」のlithographという語がありますよね。

さて、スマートフォンも携帯音楽プレーヤーも持たない私にとって、一番の楽しみは「自然の美」に触れることです。放送通訳の業務で始発の電車に乗った際には、日の出の太陽を電車の中から拝みます。最初は小さかった太陽がぐんぐん上り、オレンジ色の大きな面積を見せてくれると、自然の偉大さを感じます。ちょっと目を離そうものなら、あっという間に上り、面積も小さくなり、色もいつもの金色に変わってしまいます。私にとってはあの赤みを帯びたオレンジ色というのは見逃せない瞬間です。

仕事帰りの夕方も同様です。暮れゆく西の空というのは本当に美しく、夏の終わり・秋の始めに見られる、あの白い雲と空の色がバランスよく目の前に繰り広げられます。西の方には山が連なり、黒い影を帯びた山とのコントラストも美しいものです。このような光景を見ていると、日中の疲れも吹き飛び、あっという間に最寄り駅に到着します。

先日のこと。スーパーで買い物をしたあと、商品を台のところで詰めていました。するとどこからか良い香りがします。振り向くと、そこには生花コーナーがありました。なるほど、お花の香りだったのですね。よく見ると、秋の花がブーケになって並んでいました。紫のリンドウを始め、マムなども見られます。普段私はスーパーで買い物をするとササッとお店を後にするのですが、その日は数々のブーケにしばし見とれたのでした。

ちなみに「マム」は英語で書くとmumです。実はキク科の花で、文字通り、chrysanthemumの「マム」から来ているのですね。フラワーショップのHPを見ると写真や花の名前の由来、花言葉などが出ています。見ているだけでうっとりします。

話を元に戻しましょう。

このような具合に私は視界に入るものや香り、鳥の鳴き声などの音、触感や味わいなどを大切にしたいと思いながら日々を過ごしています。私たちの世界は最近、AIなどに代表される技術の進歩が顕著になっています。けれどもその一方で、自然が私たちにもたらしてくれる美というものは何物にも代えがたいのですよね。デジタルの世界の中に人工的なヨロコビを探し求めなくても、身近なところに私たちを悦ばせてくれるものはたくさんあるのです。

私の場合、通訳や英語指導の仕事を通じて「ことば」そのものへの「美」も感じるようになりました。ことば自体が香りや気持ちの良い手触りをもたらしてくれるわけではありません。けれども、耳から聞いた単語の音の美しさや、アルファベットの集合体である単語のデザイン的な美しさなど、惹かれる部分はたくさんあるのです。

語源を私がせっせと調べるのも同様の理由からです。「元はギリシャ語で、年月をかけてこのような英語の形になった」という事実を知るだけでも、歴史の中を生き延びた単語の生命力を感じます。

こうして毎日、五感を研ぎ澄ませながら暮らしていると、単純なものも宝物のように光り輝いて私には見えてくるのです。

(2017年9月11日)

【今週の一冊】
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「写真が語る日本空襲」 工藤洋三・奥住喜重著、現代史料出版、2008年

大きな出来事が発生すると、その時自分がどこでどのような状況下にあったかを、後に強烈に思い出すことがあります。私にとってのそうした出来事は、JALの御巣鷹山墜落事故、オウム真理教サリン事件、そしてダイアナ妃のパリ事故死です。

そしてもう一つ、私にとって忘れられない「世界を揺るがした出来事」があります。今から16年前の9月11日に起きた「アメリカ同時多発テロ事件」です。あの日を境に世界は大きく変わったと言っても良いでしょう。9・11が一つのきっかけとなり、アメリカはその報復としてアフガニスタンやイラクへの武力行使に踏み切りました。そして長い戦いが今に至るまで続いています。

今回ご紹介するのは、第二次世界大戦に関する本です。掲載されている写真のほとんどは、アメリカの公文書館に保管されている貴重なものであり、戦勝国アメリカがどのようにして第二次世界大戦における勝利をおさめたかが、この一冊からはわかります。写真に描かれている兵士たちの表情を見る限り、いかにアメリカが勝利を確信していたかがにじみ出ているように私には思えました。

本書には、日本がどのように空爆されたか、全国の主要都市における爆撃がどうおこなわれたかがわかる構成になっています。上空からとらえた街の様子は、戦後復興後の今と基本的には変わりません。川があり、台地があるという光景は、戦後数十年経っても昔の地形そのままが残されています。だからこそ、第二次世界大戦当時、あの空の下にいた人々は、どのように空襲を受け止めたのか、よけい如実に浮かび上がってくるような気がします。

2017年も残り少なくなりました。第二次世界大戦はますます遠のいています。一方、世界のどこかでは今現在、こうした空爆があり、戦時下にある国が存在します。そこには家族があり、家があり、小さな子どもたちも生活しています。「今」の世界に改めて目を向けるきっかけとなったのが、私にとっての本書でした。



第321回 本当に必要なもの

私は子どもの頃、あれこれとコレクションするタイプでした。切手、シール、グリコのおまけ、便箋、香り付のペンなどなどです。子どもというのはどうやら「集めること」が好きなのでしょうね。度重なる引っ越しで手放したものがほとんどなのですが、「グリコの何百というあのおまけ、まだ持っていたら博物館入りしたかも」などと一人空想してはつい笑みがこぼれてしまいます。

一方、今の自分はと言うと、出来る限りモノを持たない暮らしを心掛けています。結婚して家族が増える中、仕事を続けてきたこともあり、あまり家事に時間をさけなくなってしまったからです。もともと私は掃除や片づけが好きで、いったん着手すると徹底的に凝る方です。大学院時代も、論文執筆という厳しい現実から逃避するため、ひたすら片づけばかりしたほどでした。今ももし、モノが家の中にあふれかえっていた場合、本来やるべき仕事を二の次にしかねません。だからこそ、少ない品数で暮らしたいと思う次第です。

ところでずいぶん前、確か映画のポスターか何かで次のような文章を見たことがあります。

「富も名声も力もすべて手に入れた男」

要は、「その登場人物には実力があり、人生で必要なものは全部手中に収めた」ということをこのキャッチコピーは表現していたのですね。

人間というのは、自分の手の届かないものに憧れる習性があるようです。「今月は自由に使えるお小遣いが少ないなあ」という人にとっては、それこそ「可処分所得」が多いに越したことはありません。フリーで仕事をしている人にとっては自分の名前を知ってもらい、業務が増えることで評価も高まります。そうなるとある程度の「名声」も求められるでしょう。また、何か自分から社会に発信したいとなれば、人々に聞いてもらう必要があります。聞いてもらうためには自分に権威や権力がなければそのチャンスはやってきません。そう考えると、「富・名声・力」が人の評価基準になる、というのも理解できます。

けれども、と私は思うのです。

そうした基準「だけ」が人生であるとは、齢を重ねるごとに私は感じられなくなっています。もっと「無形のもの」にこそ、人を幸せにするちからがあるように思えるのです。

そうした「無形要素」というのは人それぞれでしょう。幼少期の楽しい思い出もあれば、先日食べたおいしい料理ということもありえます。そうしたことを心の中に再び思い描くたびに、幸せな気持ちになり、またこれからも前向きに歩んでいこうと思える。逆にどれほど地位やお金などを手にしたところで、心の中がスカスカしていれば、空しいままで人生を歩むことになります。

私が敬愛する精神科医・神谷美恵子先生(1914-1979)は、紆余曲折を経てハンセン病棟の医師を務めるようになりました。終戦直後にはその比類なき語学力を買われて安倍能成文部大臣の通訳者を務め、GHQとの交渉にも携わりました。また、二人の子どもたちが小さいころは自宅で英語塾を開いたり、大学で英語を教えたりという日々を続けています。けれども心の中では早く医療の現場に就きたいという焦りを抱いていました。その当時の日記に神谷先生は次のように記しています。

「お金と、地位と―こんなものかなぐりすてる事ができたら!」

私はこの文章に触れるたびに、人間として本来どうあるべきかを改めて考えさせられます。モノ的な生き方ではなく、自分に与えられた使命をしっかり見つめたいと思うのです。

【今週の一冊】
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「すらすら読める風姿花伝」 林望著、講談社、2003年

初めて「風姿花伝」に触れたのは、確か高校時代の古典授業だったと記憶しています。あるいは中学校だったでしょうか。いずれにせよ、古文の勉強の最中に接したというのが私の中での思い出です。当時の私にとっては、「古文=品詞分解」という図式しか頭にありませんでした。単語の意味も現代語とは異なります。「覚えなきゃ」という、テスト対策的なアプローチしかできなかったのです。どのような学問であれ、楽しく味わう方が身につきますし、人生も豊かになります。けれども当時の私はそこまで心の余裕がなかったのです。

再び「風姿花伝」の名前を耳にしたのは数年前でした。早稲田大学で開かれた講演会に出かけたのです。登壇されたのは、ジャパネットたかたの高田明社長。あのテンションで楽しいお話を伺う中、氏が何度も勧めていらしたのが「風姿花伝」でした。その中に出てくる「秘すれば花」という言葉がとてもお好きであるということをおっしゃっていました。

ここ数か月、私は自分の通訳パフォーマンスや授業時の声の出し方など、大幅な見直しをしています。かつておこなっていたやり方に、自分でダメ出しをするようになったのです。それまでは全く疑うことなく自分のやり方を実践していましたが、ふとしたきっかけで、「このままでは成長もないまま自分が止まってしまう」と思うようになったのです。

今回ご紹介するのは「風姿花伝」を易しく解説した、あの林望先生による一冊です。私は自身を振り返るにあたり、「風姿花伝」にその道しるべが記されているのではと考え、本書を手にしました。林先生の現代語訳も解説文も実にわかりやすく、古文に縁遠い生活を送ってきた方にも安心して読める構成となっています。

「風姿花伝」とは、能楽の世界において年齢別に取り組むべきことが綴られた指南書です。たとえ自分の年齢を過ぎている章でも、必ず応用できることがあるはずです。具体的には、基礎を大切にすること、お客様の視点に立つこと、出過ぎないことなどが通訳の世界に当てはまります。

大量の情報が出回る今の時代に、私たちは何を大切にすべきか。そのことを冷静に考えるきっかけとなる一冊です。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者。獨協大学・順天堂大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。 「放送通訳者・柴原早苗のブログ」 http://sanaeshibahara.blog.
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