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放送通訳者直伝!

第278回 ボヤキより打開策

子どもの頃の私は人目を非常に気にするタイプでした。幼少期、近所の友達と遊ぶ際はもっぱら「指示される側」であり、友達より目立つことを恐れました。7歳の時にオランダへ、そして10歳になるとロンドンへ引っ越したのですが、英語理解からはほど遠い状態でした。特にイギリスの学校は宿題も多く、通学時間も長かったため、日本のように下校後に友達と遊ぶということはなかったのです。当時通っていた女子校はほぼアングロ・サクソン系の生徒で構成されており、「私はここにいてはいけないのではないか」と思ったほどでした。神経が過敏になっていたのですね。いじめや差別もあり、子ども心に苦労しました。

そのようなことから、帰宅後は毎日のように母に悩みを相談し、愚痴を聞いてもらうという状況でした。私は一人娘で父も多忙、母も特に仕事をしていたわけではおらず、私の話に付き合う時間的余裕はあったのです。以来、成人を過ぎて自宅を出るまで私の「夕食後の愚痴タイム」は何年にもわたり続いたのでした。辛抱強く聴き続けてくれた母には感謝しています。

そのような「デフォルトでグチグチ・うじうじ悩む系」の自分に変化が訪れたのは、通訳者デビューをして間もないころでした。エージェントから依頼された業務は、とある企業の社内会議。逐次通訳・二人体制です。概要は知らされていたのですが、「先方からの資料はなし」という連絡が届くばかりで、直前に「本当にないのですね?」と念を押したときも、無しとの答えでした。こうなると最大限の準備を自分なりにおこなって臨むしかありません。意を決して当日の朝、会場に向かいました。

ところがいざ会議室に通されると、通訳席の前には分厚い電話帳3冊分と思しき資料が積み重なっていたのです。聞けばこれが本日の会議で使う資料一式とのこと。先輩通訳者も到着し、一瞬目を見開いておられるのがわかりました。

私は内心、「えぇ~~~?資料は一切なしって言われていたのに、ホントはあるの~?これを使いながら初見で難しい逐次通訳なんてムリムリ、絶対無理っ!」と思いました。エージェントがクライアントに事前確認した時点で「ない」の一点張りをしておきながら、後出しじゃんけんはルール違反とさえ感じたのです。脱力感、焦り、苛立ちなど、様々な感情が自分の中に沸き起こるのがわかりました。

ところがその時ご一緒した先輩は、「これが今日の資料ですね。わかりました。じゃ、私たち二人でこれを今すぐ分配して担当箇所を決めましょう。まだ数十分ありますから、ひたすら読んでいきましょうね」とおっしゃるのです。大ベテランの通訳者でいらっしゃるゆえ、クライアントさんにクレームをおっしゃるのかと思いきや、まったく逆の反応だったのです。

そのとき私は思いました。ぼやいても愚痴を言っても怒っても、目の前の事実は事実なのです。与えられた環境の中で最大限できることを考え、実践していくしかないのです。あの場でクレームをゴチャゴチャ言い始めたら、それだけで数分、いえ数十分の時間は失われたでしょう。先輩はそのようなことはせず、手際よく資料を割り振ってくださり、おかげでひたすら読み込み作業に入れたのでした。

以来私は何か一大事に遭遇すると、「ボヤキではなく打開策を」と考えるようになりました。愚痴やボヤキを口にするのは過去だけを見ていることの現れです。それでは前に進めません。起こってしまったことはもうその時点で「過去」なのです。そうであるならば、そこからどう打開していくかを必死に考えるのみなのですね。

その時ご一緒した先輩がどなただったのか、あまりにも昔で今やお名前もお顔も思い出せないのですが、私の価値観や行動パターンを決定的に変えて下さったのは事実です。今でもこのことを思い出すたびに、感謝の思いでいっぱいになります。

(2016年10月3日)

【今週の一冊】
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"Richard Scarry's Best Mother Goose Ever" Random House, 1999年

今回ご紹介するのは日本でも「スカーリーおじさん」あるいは「スキャリーおじさん」として知られる絵本画家・Richard Scarryの一冊です。

私がスカーリーの絵本に初めて出会ったのは、小学校2年生の時。父の転勤でアムステルダムのインターナショナル・スクールに転入し、学内の図書室で借りた絵本がスカーリーの一冊でした。確かアルファベットの絵本だったと記憶しています。動物たちの何とも愛くるしい表情に魅了され、印象に残っていたのでした。

けれども不思議なことに我が家の子どもたちが育つ際、スカーリーの絵本を読み聞かせたことはありませんでした。当時の我が家は絵本クラブから配本してもらっており、届いた本を読み聞かせるだけで精一杯だったのです。

本書はマザーグースの詩がいくつか紹介されており、絵を見ながら楽しめる作りになっています。想定読者年齢はおそらく5歳から8歳ぐらいでしょうか。文字も大きく、詩の内容にちなんだ絵が子どもの心に訴えかけます。日本でもおなじみの一節もあれば、私自身、初めてお目にかかった詩もあり、とても勉強になりました。

中でも最大の収穫は、数か月前に読んだ"Charlie and the Chocolate Factory"の一節が、マザーグースの一部とよく似ていると知ったことです。ダールの原作の冒頭でチャーリーが紹介される際、"How d'you do? And how d'you do? And how d'you do again?"とあります。マザーグースでも"How do you do, and how do you do, And how do you do again?"と出ていたのですね。そう考えると、チャーリーに出てくる「ウィリー・ウォンカ」も、マザーグースのWee Willie Winkieに似ているように思えます。

日本の子ども向けに描かれる動物というのは、スカーリーの描く「かわいさ」とは少々異なります。海外の子どもたちがcuteをどうとらえているか、そのような比較もできる一冊です。


第277回 1人の教師として

通訳学校や大学での指導を始めてから数年が経ちました。私にとってのそれまでの指導経験と言えば、大学4年時の母校での教育実習だけ。家庭教師のアルバイトこそしていましたが、「大勢を前に教える」という経験はないままこの仕事を始めるようになったのです。指導をし始めてつくづく思ったのは、「英語の通訳者をしていること」と「通訳の指導ができること」の大きな違いでした。

たとえばスポーツ界においても、名選手が名監督になれるとは限りません。現役のプレーヤーとして優秀であっても、チームをまとめ上げたり、スキルを向上させたりするには向いていない人もいます。私自身、教え始めてから「自分はやはり現場の人間であって、教える側に立つべきではないのでは?」と思い悩んだこともありました。教材研究をして教案を作り、万全の準備をしたにも関わらず、授業運営は今一つということが続いていたからです。

けれども通訳業務同様、何事も場数を踏むことがモノを言うのですよね。毎回授業を終えるたびにその日の反省点を振り返り、試行錯誤しながら次へと改善につなげていきました。そのプロセスは今も続けています。学習者同様、指導者である私も学び途上にあるのです。

そうした状況にいることもあり、「素晴らしい指導者」に巡り合えるととても幸せです。今でも私の心に残っているのが、20年ほど前にオックスフォード大学の民族楽器博物館で出会った教授の方です。先生は展示されていた南太平洋の楽器について、実に楽しそうに説明して下さいました。目の前の数々の楽器を見ては "It's so beautiful, isn't it?"と表現するぐらい、ご自身の研究対象をこよなく愛しておられる様子がわかりました。民族楽器に無知であった私も先生のそのような雰囲気に引き込まれたことを思い出します。

もう一人、記憶にあるのが高校時代の物理の先生です。私は小学生の頃から理系科目はすべて苦手で、物理の教科書を見てもちんぷんかんぷんでした。ところがその先生はご自身のことばで物理の楽しさを授業中に語ってくださったのです。私の物理テストの点は今一つでしたが、「物理=楽しい科目」という図式だけは頭の中に刻まれて今に至っています。

そう考えると、指導する上で一番大切なのは「指導内容を心から愛すること」だと私は考えます。この土台さえしっかりしていれば、指導場所の環境が多少整っていなくても、あるいは今一つ乗り気でない学習者を前にしても、きっと打開策が見つかると思うのです。今の時代、通訳学校や大学には立派なCALL施設が備わっていますが、通訳用の教材や通訳の指導そのものさえ好きであれば、それこそCDプレーヤー1台、いえ、自分の肉声で音声を読み上げるだけで授業は展開できるのです。

指導内容を前向きな気持ちでとらえられれば、その魅力を学習者にも伝えたいという思いが募ります。どうすればこの楽しさを理解してもらえるか工夫するようになるのです。「学習者たちはわざわざお金と時間を投資してこの授業に来て下さっている」と思うと、なんとしてもこの学問の素晴らしさや楽しさを知ってほしいという考えが湧き出てきます。指導内容を好きになり、学習者を好きになることが指導者には求められると思うのです。

ノーベル平和賞の授賞式典でマララ・ユスフザイさんは「1人の子ども、1人の教師、1本のペン、1冊の本が世界を変えられる」と述べました。学ぶ側にいる方々に少しでも変化を提供して差し上げたい。そんな「1人の教師」になりたいと私は思っています。その追求は一生続きます。

(2016年9月26日)

【今週の一冊】
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「築地市場:絵でみる魚市場の一日」
モリナガ・ヨウ(作・絵)、小峰書店、2016年

何かと「築地市場」がキーワードとなっている今日この頃ですが、「市場」の仕組みそのものを自分はきちんと知っているかしらと思ったのが本書を読んだきっかけでした。子どもでもわかるような絵本仕立てになっており、年齢を問わず幅広い層が大いに楽しめる一冊です。

表紙を見てみるとまるで「ウォーリーをさがせ!」のごとく、細部まで描かれている市場の様子が展開します。著者のモリナガ・ヨウさんは早稲田大学で地理歴史を専攻され、漫画研究会に所属なさっていたそうです。これまでも働く車や新幹線などの本を出しておられます。

本書は夜の11時から明け方までの築地市場の動きを描いています。子ども向け絵本なので難しい漢字には読み仮名も付いているのがありがたいですね。日本語を学習中の外国人にとっても読みやすいことでしょう。漁船や魚の種類、魚の並べ方にせりの方法などもわかりやすく説明があり、これまでテレビで何となく見ていた様子が理解できました。

ちなみに築地市場の構内図を上から見ると扇状になっています。なぜなのか疑問だったのがこの本でわかりました。魚を運ぶためにかつて鉄道の線路が引かれていたのだそうです。

本書の巻末には豊洲市場への移転が2016年11月に予定されているとあります。移転問題をきっかけに、市場の仕組みそのものを知ることができた、貴重な一冊でした。



第276回 目立つということ

通訳者デビューして間もないころ、とあるビジネス会議の仕事を請け負いました。訪問先は一部上場企業で、お会いするのはそのトップの方々でした。

案内されたのは社長室隣の応接室。立派なソファにローテーブルがあり、壁には著名な日本画家と思しき方の絵がかけられ、室内にはアンティークの壺なども置かれていました。

「どうぞこちらへおかけください」と言われて着席したのですが、膝頭よりも腰が下がってしまうぐらいの深いソファでした。その日はスカートを着ていたため、膝頭が離れて失礼にならないようにという意識が先立ってしまい、通訳に専念できなかったことを覚えています。以来、通訳現場へはパンツスーツで行くようになりました。

通訳者はまさに「黒子」のごとく、黒やグレーのスーツを着用することが多いようです。ビジネス現場が仕事場ですし、工場では靴を履き替えたり、歩きづらいところに行ったりということもあります。ですのであくまでも「動きやすいこと」と「靴の着脱がしやすいこと」がカギを握るのですね。

そのようなことから、私も通訳現場では地味さを意識しているのですが、日常生活では赤や青の原色など、着ていて元気が出るカラーが大好きです。色が気持ちに効果を及ぼすことは心理学でも言われていますが、私もその日の気分や天候に合わせて色を選んでいます。「気の持ちよう」と言われればそれまでなのですが、色のおかげで前向きになれるのであればそれに越したことはありません。

ところがここ数年、グレーや茶色などのアースカラーが流行しているためか、店頭で鮮やかな色の服を見かけることが少なくなっています。流行は業界が作るゆえ、パターンやカラーなどはどうしても同一傾向になるのでしょう。店頭で売られる服もそれを反映させたものとなりますので、なかなか自分好みの服にありつけなくなってしまうのです。確かに街頭を見てみても、原色を着ている人は少ないように思えます。

そういえば先日読んだファッション雑誌に興味深いアンケート結果が出ていました。子育て世代の女性に対して、どのような服装を心掛けているかという問いだったのですが、答えとして挙がっていたのが「悪目立ちしないこと」「好印象であること」「反感を買わないこと」などでした。要は、「人と違う装いをして浮き上がることは良くない」ということを意味しているようです。なるほど、だからその時々の流行カラーが多く売られているのですね。

こうした「皆と同じ」という価値観は、ある意味で日本における「団結力」や「規律」を形作ってきたものです。よってそれ自体は良いことだと思います。けれどもその一方で「同一基準の中で少しでもセンスが良いと見られたい」という思いも存在しているように見えるのです。どんぐりの背比べである一方、周囲からは高い評価を得たいという「他者による自分への評価」が強くあるように私には感じられます。

子育て関連の英語文献や海外のファッション雑誌を見ていると、いかに「自分らしさ」を演出するかが綴られています。その子一人一人の個性をどう伸ばすか、自分の長所をいかに表に出していくかが大切にされています。そういえば、海外の街を歩いていて気づくのは、シニア世代のおしゃれ具合。華やかな色を身につけ、女性もきちんとお化粧をして街中を歩いています。

そう考えると、日本にはまだまだ「同調圧力」が存在し、「人と異なることをする人」への風当たりが強いのかもしれません。「集団よりも一人でいるのが好き」「周りと異なることをしたい」という人への視線が厳しいと言えるでしょう。その一方で、「みんな違ってみんないい」「世界に一つだけの花」のような詩や歌詞が人々に支持されていますので、心の底では「ホントはもっと自由に生きたい」という思いがあるのでしょうね。

なるべく他者と同じようにすることで日本という国はまとまりを見せて存続してきました。その長所は認めるべきだと私も思います。けれども同調圧力は妙な方向に行ってしまった場合、命に関わることにもつながるとさえ個人的には感じます。たとえばもし大災害が発生したとき、「本当は逃げたいけれどみんながここにとどまっているから」と周囲の様子を重視してしまったら、どうなるでしょうか? 

ここ数年、日本でも様々な国籍の方達が仕事や勉学で暮らしています。すでに多様性も見られつつあります。「目立つこと、人と異なること」への視線がこれからはきっと穏やかになっていくのではないか。そのように私は感じています。

(2016年9月19日)

【今週の一冊】
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「カルピス創業者三島海雲の企業コミュニケーション戦略『国利民福』の精神」 後藤文顕著、学術出版会、2011年

大学図書館で企業広告の棚を見ていたところ、ふと目に入ってきたのが今回ご紹介する一冊。カルピスは誰にとってもおなじみの飲み物ですが、三島海雲という名前は私自身、今回初めて知りました。カルピスの創業者です。

カルピスの歴史は実に古く、20世紀初頭にまでさかのぼります。会社を興した三島海雲は仏教系の家の出で、後に国際的ジャーナリストとなる杉村楚人冠の元で英語を学びました。まだ楚人冠が本願寺文学寮の英語教師をしていたころで、三島は楚人冠の教養に感銘を受け、また、楚人冠本人からもかわいがられたようです。ちなみに楚人冠はのちに東京朝日新聞(のちの朝日新聞社)に入りました。千葉県我孫子市には「我孫子市杉村楚人冠記念館」があります。

さて、三島の生きた当時の日本は国民の間での貧富の差があり、栄養面でも大きな問題がありました。そうした状況が念頭にあった三島は、仕事で大陸へ出かけた際、酸乳に出会います。それを商品化しようと思い立ち、努力の末に生まれたのがカルピスでした。

本書はカルピスの販売戦略として使われた広告のことやネーミングなど、マーケティングの観点からカルピスの歴史を振り返っています。商品名を決めるにあたり、三島が山田耕筰に相談したところ、音楽的見地からカルピスという名称に太鼓判を押されたエピソードなども綴られていました。また、今はなき「黒人マーク」についての成り立ちも詳しく出ています。それによると、三島は貧しいアーティストを救うためにカルピスが国際的企業コンペを開催したのだそうです。このマークはドイツ人デザイナーが制作したもので、内部の審査では当初第3位だったそうです。その後、店頭での投票を経て1位となり、最終的にシンボルマークとしての採用が決定したのでした。

本マークは人種差別的見地から1990年代に姿を消しました。しかし、著者の後藤氏は荒俣宏氏の文献(「広告図像の伝説」平凡社、1989年)を引用しています。それによれば、三島がこのマークを選んだ理由として、「人種としての黒人」ではなく、健康的な女性が日焼けをした様子を表しているのではないかとのことです。

昔も今も、人々に良い商品を届けるにはどうすべきか、売り手は様々な工夫をします。歴史を振り返りながらそのことを学べる、そんな一冊です。


第275回 やらないことを決める

随分前に読んだ本で興味深い一文に出会いました。老いについて書かれていたのですが、人間というのは、20代ぐらいのメンタリティを維持したいと思うのだそうです。おそらく社会人となって数年経ったあたりで自分の価値観が確固たるものとなるからなのでしょう。その「20代メンタリティ」はその後かなり長い間続くとそこには書かれていました。

確かに私自身、今振り返っても大学時代はついこの間のことのように思えますし、ベルリンの壁崩壊や9・11事件なども記憶に新鮮なまま残されています。けれども月日というのは着実に進んでいるのですよね。周りには平成生まれの世代がたくさんいますし、自分自身の体力面を考えても年月の経過を感じます。

人間は生まれた以上、誰もが年を重ねていくのですが、20代の気分でいてしまうと、思わぬところで壁にぶつかります。具体的には「体力の壁」です。踏ん張りがきくからと無理をしてしまうと、あとでダウンしかねません。年齢を経るごとに責任も増えるわけですので、体調管理を怠ってしまえば、多くの方に迷惑をかけてしまいます。私も数年前、無理がたたって声が出なくなってしまい、関係各方面にひたすら謝ったことがありました。体力を過信してはならないのですよね。

となると、一日に与えられているのが誰にとっても24時間である以上、もはや「やらないこと」を決める以外ありません。何か新たなことを取り入れたなら、それまでおこなっていた「何か」を辞めるか縮小するしかないのです。私の場合、仕事やプライベートの面では以下のことを「やらない」と決めています。少しご紹介しましょう。

まず、「悩むこと」をやめました。もちろん、人間ですので迷いはどうしても生じてしまうのですが、なるべく悩まないよう自分に言い聞かせています。これは仕事や人間関係、体力などの悩みから、日々の小さな迷い、たとえば「レストランでのメニュー選び」などにまで至ります。特に活字大好き人間の私にとって、レストランのメニューなどは実に魅力的です。活字と写真を眺めながらあれこれ選ぶ時間も楽しいひとときなのですよね。ただ、私の場合、「お楽しみタイム」が「お悩みタイム」に転じてしまうと、何を選ぶべきか決めあぐねてしまうのです。そこで最近は、「メニューを開いて最初に目に入ってきた一品を頼む」という具合に、勘を頼りにするようになりました。

もう一つ「やめたこと」は買い物時の悩みです。ウィンドーショッピングもワクワクするのですが、こと私に関して言うと「家事や仕事準備をしないための言い訳」として買い物をしかねないのです。よって、ここ数年は「必要なものを必要なときだけ買う」を信条にしています。ちなみに超多忙だった時期に導入した「レジかごサイズのマイバッグ」は今では私にとって不可欠のアイテムとなり、レジ支払い時にそのままセットして店員さんに商品を詰めていただいています。これで大幅な時間短縮となりました。

ネット環境に関しては、あえてスマートフォンを(この期に及んで!)持たないままでいます。おかげで積読状態になりがちな紙新聞や書籍などを通勤かばんに詰め込んでは、移動中ひたすら読むようにしています。ガラケーでもインターネットはできますが、私の料金パックの場合、別料金が発生するのであえて使っていません。私にとってはおびただしい時間を費やすことになってしまったフェイスブックも、数年前に退会しました。

「やらないこと」を決めるのは容易ではないかもしれません。けれども、夢や目標があったり、あるいは新しいことをしたかったりということであれば、あえて「今まで取り組んでいたことをあきらめる勇気」も必要だと思うのです。その取捨選択は他の誰でもない、自分しか下すことができません。自分のライフステージに応じて私自身、これからも「やることとやらないこと」を見極めながら生活したいと思っています。

(2016年9月12日)

【今週の一冊】
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「日本ボロ宿紀行」 上明戸聡著、鉄人社発行、2011年

最近は勤務先の大学図書館をよく利用しています。かつては大型書店が好きで頻繁に出かけていたのですが、お気に入りの某書店が過日閉店となってしまい、新たな店舗を開拓しないままになっています。ですので、なじみのある大学図書館はありがたい限りです。

大学図書館と書店の大きな違いは、分類方法です。図書館の場合、書籍は細かく分けられて分類用の数字が割り振られて配架されます。ですので、出版社ごとの配列ではなく、あくまでもテーマ別、それも大テーマ、小テーマと細かい分類で並んでいるのです。棚の端から端まで歩くにつれて少しずつテーマが変わっていきますので、実は本を探しやすいのですね。一つのトピックを探していて、お隣の棚を見るとそれに付随する内容の本が見つかりますので、リサーチするにはもってこいの環境です。

今回ご紹介する一冊は、地理関連の棚にあった本です。日本十進分類法では291とありますが、これは「地理、地誌、紀行」テーマ内の「日本」関連図書の数字です。

著者の上明戸さんはフリーライターとしてビジネス雑誌などに寄稿なさっているそうですが、日本各地の「ボロ宿」に魅了され、ブログで連載をしていらっしゃいます。本書はそれをまとめたものです。

「ボロ」という言葉からはややもすると「衛生面でちょっと・・・」という雰囲気も感じられてしまいますが、本書に掲載されているのは、外観や内装がレトロな宿ばかり。いい加減な経営のところは一つも出ていません。見てくれは古いものの、経営者はどなたも心暖かな方ばかりで、そうしたオーナーたちとの交流や道中の体験談が本書には綴られています。

色々な宿が取り上げられていますが、一番私にとってインパクトが大きかったのは、栃木県那須町にある喜楽旅館。廃墟のような宿ですが、温泉もあり、食事もたっぷりです。客室や階段などの写真からは時代を経て生き残っている様子が醸し出されています。温泉の臭気が強いため、壁もボロボロになってしまったのだそうです。

まだまだ日本にも私にとって見知らぬ場所がたくさんあります。本を通じて旅ができる幸せを感じます。


第274回 迷った時こそ動く

空梅雨と思いきや、台風の大雨に猛暑など、今年の夏も色々なお天気でしたね。今頃になって疲れが出てしまい、アクセルを踏んでも今一つ、という方もいらっしゃることでしょう。私の場合、なるべく1年間を通じて睡眠や運動、仕事量などを一定に保つことでリズム感を持つようにしています。そうすることで急激な変化などに慌てないようにしているつもりです。

とは言え、人間は機械ではありませんので、今までなら何ともなかったのに突然息切れということは大いにあり得ます。私は過去に何度か数日間寝込むほどの風邪をひいたり胃痙攣に見舞われたりということがありました。緊張感の連続が突然切れてしまったからなのでしょう。昏々と眠るばかりという感じでしたね。以来、オンとオフを切り替えることや無理をしすぎないことなどを意識するようにしています。

そのようなことから、「運動」は仕事をしていく上で私にとって欠かせない要素です。中学時代までは運動音痴だったため、高校で一念発起して体育会系の部活に入りました。ただ、強豪高校ではなかった分、私にとっても心地よい運動量でしたね。一方、大学では文化系に入ったがゆえに、またもや運動からは疎遠に。社会人になってスポーツクラブに入るも三日坊主というありさまでした。本格的に運動を日常生活に取り入れるようになったのは、ここ10年ぐらいです。

ではなぜ生活サイクルに運動を組み込むようになったのかと言いますと、ひとえに「人間の体というのは年齢と共に衰えるから」です。たとえ心の中では20代と思っていても、体は確実に年を重ねていきます。数年前に私はマラソンにはまったのですが、関節を痛めてしまい断念。私の場合は根を詰め過ぎてしまってケアを怠ったのが原因でした。年齢ももちろんあります。よって、「外気の中で走る」という行為はその時点で封印したのでした。

ただ、ドクターからは「スポーツクラブのような床のクッションが柔らかいところならOK」というお言葉をいただき、それに一縷の望みをかけて運動を再開しました。幸いなことに素晴らしいインストラクターの方々との出会いもあり、今でもレッスンには定期的に参加しています。

それでもごくたまに「今日はレッスン、出ようかなあ、どうしようかなあ」と思う日があります。何となくどよーんとしていたり、授業や通訳準備が今一つはかどっていなかったりという日にそう思います。「やはり運動よりも仕事準備よね。時間には限りがあるのだし」という焦りも出てくるため、何とかして「運動をしない言い訳」をあれこれ考え始めます。家を出てスポーツクラブへ行き、レッスンを受けて再び身支度をして帰宅となりますと、それだけで確実に2時間はかかるからです。

けれどもこれまでの自分の経験から編み出した結論は、「迷った時こそ動く」でした。そのままうなりながら机の前で勉強をしたところで、もともとはかどっていなかったのです。突然エンジン全開になる確率は極めて低いことがわかっています。ならば勉強は中断、思い切って体を動かす方が気分転換にもなり、頭もさえるはずです。

迷ってグダグダするのが一番の時間のロスです。しかも私の場合、そういう時に限って「調べ物」と称してダラダラとネットサーフィンするのがいつもの行動パターン。そしてさらに気分がめいってしまうのです。

迷うぐらいなら即行動!取り組まずに後悔する際の精神的ダメージは、負のスパイラルの入口だったりするのですよね。「行動に向けた小さな一歩」を大事にしたいと思っています。

(2016年9月5日)

【今週の一冊】
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「NANO HOUSE 世界で一番小さな家」 フィリス・リチャードソン著、寿藤美智子訳、エクスナレッジ発行、2013年

日ごろ放送通訳に携わっているためか、逆に自宅ではほとんどテレビを見ない生活がこのところ続いています。おそらく家では目を休めたいからなのでしょうね。それでもドキュメンタリーは好きで、新聞のテレビ番組表を毎朝チェックしては面白そうな番組を視聴するようにしています。中でもお気に入りは週末にNHKのEテレでやっている「地球ドラマチック」。先日の回では世界のオモシロ住宅が取り上げられていました。ペットボトルを海に浮かせてその上に家を作った人、ゴミ箱をマイホームにした人、飛行機を森の中にわざわざ移して家にしている元パイロットなど、実に興味深い内容でした。

それがきっかけとなって手に取ったのが今回ご紹介する一冊です。本書は写真集なのですが、解説も充実しており、世界各地にある「小さな家」がテーマとして取り上げられています。カプセル型、スーツケースを開くとビニールハウスのような形になる家、床が斜めの箱型ハウスなど、こちらも先日の番組同様、多種多様です。デザイン先進国のオランダや建築学の発達しているアメリカの大学、東欧や北欧、南米の一軒家など、世界にはこれほどユニークな家があるのかと気づくことができます。

中でも私の目を引いたのがスロベニアの一軒でした。「スロベニア」と聞いても私の場合、「旧ユーゴ」という言葉が思い付くぐらいだったのですが、建築デザインは自由で大胆なようです。

気になったので、別の建築関連の本を探したところ、やはりそちらにもスロベニアの作品が紹介されていました。そういえば、トランプ夫人の現夫人、メラニアさんはスロベニア出身で、建築学科に在籍したことがあったのですよね。一冊の本がきっかけで、今の大統領選挙にまで通じたことも嬉しい発見でした。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 通訳学校で後進の指導にあたるほか、大学の英語学習サポートルームにて英語学習アドバイザーも務める。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。