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放送通訳者直伝!

第293回 集中の方法

私はこれまで仕事の仕方を試行錯誤しながら変えてきました。限られた時間を有効に使うためにはどうすれば良いか色々と試しており、その試みは今も続いています。仕事の質や自分の年齢、置かれたライフステージなどによって方法が変わるものなのでしょうね。そこで今回は「どのようにすれば集中できるか」についてお話いたします。少しでも参考になれば幸いです。

(1)まずは集中できる場所を確保する
フリーランス通訳者の場合、仕事準備は自宅だけで行うとは限りません。特に私の場合、自宅にいるとついつい家事に「逃げて」しまい、本来やるべきことが後回しになってしまうこともあります。そこで自分を追い込める場所をいくつか確保しています。近所のカフェや図書館など、お気に入りの場所があることが大切です。

(2)机の上の定位置を決める
いざ仕事を始める際には、机の上の定位置を決めています。たとえば飲み物は右奥、手帳はその手前(私は右利きなので右手でペンを持ち、手帳にメモするためです)、ノートや書類は真ん中、という具合です。なお、出先で作業するときはビジネスバッグのジッパーを閉じ、中身を見ないようにしています。カバンの中が見えて「あ、あの書類も読まないと」という具合に気がそれてしまうのを防ぐためです。「今、取り組むモノだけ」を出し、面倒でも一つの作業が終わるごとにカバンに戻し、次の作業を取り出しています。

(3)時計は見ない
以前私は机の上に時計を置いて作業をしていました。出先の場合は腕時計を取り外して目立つ所に置いていたのです。けれども最近は時計を見ないことに決めました。なぜなら作業の途中で「わ、あと10分しかない」「え~、まだ5分しか経ってないの?」など、時計を見るたびに集中力が下がってしまうからです。代わりに、その仕事に割り当てる時間をキッチンタイマーでセットします。ちなみにそのタイマーすらも見えないようにして、アラームが鳴るまではひたすら集中です。

(4)資料読み込みや読書時にデジタル機器は使わない
私の場合、コンピュータ接続環境下にいると、つい「ネット接続→メールチェック→ニュースチェック→ネットサーフィン」となってしまいます。そのため、あえてデジタル機器はオフにしています。自宅にはデスクトップPCがあるのですが、メールチェックの時間は一日3回と決め、それ以外はハードディスクごとオフにしています。オフにするのが難しい場合、せめて目の前の画面をオフにするだけでも集中できます。

(5)着手前の「儀式」
私の場合、まずは手先にハンドクリームを塗ってから仕事を始めます。これは作業中、ささくれや手肌の荒れが気になると、そちらに考えが行ってしまうからです。爪の長さが気になるならあらかじめ整えておく、髪の毛がうっとうしいなら束ねておくなども意識しています。

(6)独り言は手帳に書き込む
私はツイッターなどのSNSをしていないので、思いつきメモはすべて手帳の余白に書き込んでいます。そうした独り言はあくまでも自分自身のつぶやきですので、特に他人に周知したいという意識がそもそも私の場合は希薄なのですね。その代わり、公にするにはあまりにも稚拙なアイデアやつぶやきも、すべて手帳に落とし込みます。他人の目を意識しない分、自由に書けるような気がします。

(7)あとはひたすら集中!
状況が整ったら、あとはひたすら集中するのみです。私の場合、最近は45分間タイマーをセットし、鳴り終わったら15分ほど気分転換をするようにしています。これはPC作業であれ読書であれ、45分間同じ姿勢をしていると肩こりになってしまうからです。カフェにいるときは、手を洗いに行ったり、ゴミを捨てに行ったりなど、ひとまず席から立ち上がります。部屋の反対側に視線を移すだけでも、目の疲労回復になります。

いかがでしたか?あくまでも我流ですが、ざっとこのような感じで最近の私は取り組んでいます。ちなみにこの原稿を書く際にも、上記の条件下で記しました。今後も面白いアイデアがあれば取り入れたいと思っています。

(2017年2月6日)

【今週の一冊】
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「大阪名所図解」 酒井一光他著、140B、2014年

先日、大阪へ日帰り出張した際、帰りの新幹線まで時間がありました。事前に大阪の観光マップを入手していたこともあり、地下鉄や徒歩でいくつかの名所を見ることができ、緒方洪庵の興した「適塾」や大阪証券取引所、中之島の中央公会堂を見学しました。

大阪は全く土地勘がなく、どちらかと言うと道頓堀やUSJ、あべのハルカスなどの方がイメージとしては先行していました。けれども実は歴史がとても古くからある街なのですよね。今回、適塾では当時の塾生たちがいかに苦労して医学や外国語を学んだかを展示物から改めて知ることができました。今のように辞書やインターネットなどない時代です。それでも高度な語学力や知識を身につけることはできるのですから、今の時代、「できない理由」をついつい口にしてしまうことを恥ずかしく思います。

今回ご紹介する一冊は、大阪の名所を図で表したものです。写真集ではなく、描かれているのは素晴らしいイラストばかり。建物全景を始め、柱の一部分や瓦屋根など、細部をクローズアップして描写しているのが魅力的です。本書は大阪から戻ってきてから読みましたので、事前に目を通していればもっと大阪の建築物を楽しめたことでしょう。

出版社の「140B」は大阪・中之島を拠点とする会社です。ホームページを見ると、創業は2006年。中之島のダイビルに入居しています。ただしこのダイビルは2009年に取り壊しが決まっており、期間限定でのテナントだったそうです。その時に借りられるオフィスが「138号室」か「140B号室」だったとか。「イヤミ」という音よりも「イチヨンマルビー」という音の響きが良くて選んだと書かれています。そしてそれが社名になったそうです。

本書を始め、関西関連の本を色々と出しており、いずれも興味深いタイトルばかりです。建築はもちろんのこと、政治やエッセイもありますので、ご関心のある方はぜひチェックしてみて下さいね。


第292回 「恵まれている」とあえて思う

「早朝の放送通訳をしています」と話すと、「いつ寝ているんですか?」と尋ねられます。テレビ局の仕事のほかに大学や通訳学校での指導、コラムの執筆などもしているためか、「睡眠時間を削って仕事をしているのでは?」と想像されるらしいのですね。

若いころは私もずいぶん無理をしました。体力がありましたので、多少の寝不足も何のその。徹夜をしても何とか持ちこたえられていたのです。けれども人間は誰もが年を重ねていきます。平等に、です。よって「以前できたこと」も当然「できなくなってくる」のです。それに逆らっても自分の心が疲れるだけ。ならば自分の体力と真正面から向き合い、その都度その都度対応するのが最善と私は考えます。

さて、実際の睡眠時間ですが、私の場合、最低6時間は必要とします。理想は7時間ですが、なかなかそうもいきません。翌朝4時に起きねばならない日は前夜9時に寝たいところです。けれどもあれこれ家事や仕事準備をしていると、どうしても10時を回ってしまいます。子どもたちが寝静まってからたまった新聞を読んだり、勉強をしたりしたいという思いが心の中では強くありますので、余計そうなってしまうのです。

どうしても早起きせねばならない日は目覚ましをかけますが、早朝シフトがない日は自然に任せるようにしています。毎朝アラームを使わずに4時に起きたいと望んではいますが、無理はしません。起きられなかった日は「体が睡眠を求めている証拠」と割り切ります。また、私の場合、昼間に5~10分だけ仮眠をすることもあります。ブルブル振動するキッチンタイマーをセットして握り締めて寝るのです。たとえ数分でも大いにスッキリし、疲労回復になっています。

ちなみに私の知り合いの先生で毎朝3時に起きて仕事をなさっている方がいます。学校での仕事は多忙を極め、残業も多いのですが、3時を遵守なさっているようです。15年ほど前に同時通訳者・枝廣淳子さんの「朝2時起きでなんでもできる!」がベストセラーとなりましたが、こうした方々の取り組みはとても刺激になります。

睡眠の質ももちろん大切ですが、それ以上に、心のバランスを保つことこそ良い仕事に結びつくとも私は考えます。私の場合、「やらないことを決める」「余分な情報を仕入れない」「プラスに考える」を意識しています。「やらないこと」とは「今の自分に本当に必要なこと以外はあえて取り組まない」という意味です。数年前にフェイスブックを止めたのもそれが理由でした。懐かしの友人たちと接点を持ち続けたいという気持ちは強くあります。けれども、私自身の心は「だらだらネットサーフィン」に非常に弱かったのです。毎日数時間も閲覧に費やすようになり、友達の動向が気になっていました。「友達にコメントしなきゃ」という考えが「仕事を後回しにする言い訳」と化していったのです。そこでSNSはやらないと決めました。

「余分な情報」に関しては、「自分の心を左右する情報を必要以上に入れない」ということです。ニュースの仕事をしているため、以前は一日に何度もラジオニュースを聞いたり、ネットニュースを確認したりしていました。けれども最近は紙新聞をその分「きちんと」読むようにしています。放送通訳のある日だけはネットニュースも念入りにチェックしますが、普段の日はポータルサイトのトップページにあえてアクセスしなくなりました。ニュースの見出しが気になってしまうからです。

「プラスに考える」とは、とにかく前向きに自分の考えを仕向けることを意味します。先日も我が家の電子レンジが突然壊れてしまい、修理不能になりました。以前の私であれば「えぇっ?何で今?この忙しい時期に~。これから買いにいかなきゃいけないなんて」と心の中は文句タラタラで不機嫌になっていました。けれども今回は「午後の早い時間帯に壊れて良かった!今からなら仕事を調整して新品を買いに行けるし、夕食にも間に合う」と思ったのです。「新しいレンジを買う」という行為に変わりはありませんので、ネガティブになって自分をみじめにさせるよりも、「あ~良かった良かった」と思った方が救われます。

放送通訳をしていると、世界の悲惨なニュースによく接します。今この瞬間、地球上のどこかで苦しんでいる人がいます。そうした境遇の方々に比べれば、自分の睡眠不足も日常生活の不満も取るに足りないのです。「いかに恵まれているか」を高い視点かつ長期的な視野でとらえ、今自分がやるべきことに集中したいと思っています。


(2017年1月23日)

【今週の一冊】
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「[超訳]エマソンの『自己信頼』」 ラルフ・ウォルドー・エマソン著、三浦和子訳、PHP研究所、2014年

トランプ大統領の就任式関連でテレビ局の仕事を請け負うことになり、トランプ氏の自伝を読みました。宣誓証言や演説など、予習課題がたくさんある中、トランプ氏自身がどのような人生をこれまで経てきたのか、どういう人生哲学を持っているのかを知ることも必要だと考えたのです。それまで私は大統領選挙でのトランプ氏の姿しか見ていませんでしたが、少なくとも自伝を読む限り、歴史書や哲学書などにも精通していることがわかりました。オバマ大統領がDon't underestimate him(彼を過小評価してはいけない)と述べていましたが、私もそういう印象を抱いています。

今回ご紹介する一冊は、トランプ氏が勧めていたエマソンです。エマソンは19世紀のアメリカの思想家で、日本の知識人、たとえば宮澤賢治や福澤諭吉にも大いに影響を与えました。哲学めいた本というと難解な印象を抱きますが、本書は「超訳」とある通り、読みやすい日本語です。

読み進めていくと、人はいかに生きるべきか、仕事に対してどうあるべきかということが見えてきます。中でも私にとっては以下の文章が印象的でした。

「自分の仕事に打ちこみ、全力を尽くせば、ほっとしてほがらかな気分になるが、そうでなければ、自分の言葉や行動から心の安らぎは得られない。」(18ページ)

「周囲に影響されず、偏見もなく、賄賂にも恐怖にも動じない純心な心で、これまでと同じように意見を述べられる人は必ずや恐るべき人物にちがいない。(24ページ)

100年以上も前にしてすでに同調圧力に屈しない大切さが述べられているのですね。

「とにかく今、正しいことをせよ。見た目ばかりを気にしないようにしていれば、常に正しい生き方ができる。」(47ページ)

「自己の基準に従って責任を果たせば、世間の基準はいらなくなる」(84ページ)

最後にもう一つ:

「自分以外のものに頼っていると、数をやたらに大事にするようになる。」(116ページ)

・・・うーん、これなど「いいね!」や「フォロワー」の数を思い描いてしまいます。資格試験の点数やダイエットの数値にも通じますよね。要は他者のモノサシではなく、自分の基準を大切にせよというメッセージだと私は受け止めています。


第291回 潔さ

CNNではスポーツニュースも放送しています。BBCで放送通訳者としてデビューしたころはスポーツニュースに大いに手こずりましたね。と言いますのも、スポーツの場合、競技ルールやチーム・選手名、開催場所など、覚えておくべきことがたくさんあるからです。もともと私はスポーツが得手ではないこともあり、勉強課題のあまりの量に呆然としたものでした。特にBBCはイギリスの国営放送ですので、クリケットの話題も多く、LBW(leg before wicket)が聞こえてくればBLT(ベーコン・レタス・トマトサンドイッチ)が頭に浮かび、サッカーでpenaltyと来ればなぜか駐車違反の光景が脳内に浮上するというお粗末さでした。「私の日本語通訳を誰も聞いていませんように」と情けなくお願い(?)しながら通訳したものです。

それでも「経験」とは素晴らしいもので、何度も何度も携わるうちに、少しずつ全容が見えてくるようになりました。もちろん私自身、まだまだ競技によっては得手不得手があります。それでもサッカーニュースの通訳がきっかけとなり、今では地元チームを応援するようになっています。完璧にルールをマスターしたわけではありませんが、スタジアムまで応援に行くようになると、どんどん親近感が湧くものなのですよね。大事なのは自分から積極的に「好きになること」なのでしょう。

ところで先日のCNN World SportsではF1のロズベルグ選手インタビューが出てきました。Nico Rosberg選手はドイツ出身。イギリスのルイス・ハミルトン選手と同チームに所属しつつも、幼いころから良きライバルであり、近年はどちらが世界チャンピオンになるかで熾烈な戦いを繰り広げていました。そして昨年、ロズベルグ選手は悲願の初王者になった直後、引退を表明したのです。まだ31歳の若さなのに、です。

なぜあっさりと引退を決意したのか、その大きな理由として「家族との時間を持つこと」をロズベルグは挙げていました。「念願のチャンピオンになったので満足している。努力の結果が報われたから悔いはない」という趣旨の発言をしていたのです。

私はこうした潔さにとても惹かれます。世の中には様々な世界でストイックに頑張って現役を続ける人がいます。けれどもその一方で、惜しまれつつもあっさりと表舞台から去る方もいるのですよね。しかも本人はさばさばとしたもので、むしろ周囲が慰留するほどです。

日本でもずいぶん前に歌手の山口百恵さんが潔く引退しました。私にとってはもう一人、同じく「潔さ」を表す方がいます。神奈川県の高校野球で活躍した志村亮投手です。強豪・桐蔭学園で活躍し、その後は慶應義塾大学に進み、すばらしい成績を収めました。ドラフトでも大いに注目されましたが、ご本人は大学時代を最後にあっさりと現役を引退し、今は企業にお勤めです。それでもやはり周囲が放っておかなかったらしく、現在は地元の少年野球チームで監督を務めておられるそうです。

フリーランス通訳者の場合、特に定年はありません。自分の気力と体力が許せば、いつまでも活動できる世界です。では私自身はどこまでをめざすのか?通訳者としての自分と、後進の指導をどうバランスづけていくか?

「潔さ」というキーワードから最近はそのようなことを考えています。


(2017年1月16日)

【今週の一冊】
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「メイトリックス博士の驚異の数秘術」 マーティン・ガードナー著、一松信訳、紀伊国屋書店(復刊版)、2011年

最近私は「芋づる式読書」にはまっています。これは読んでいる本から何か面白そうなトピックを見つけると、それに関する次の本を見つけて入手するというやり方です。ここ数か月は大学の図書館のヘビーユーザーになっていることもあり、キーワードに遭遇するとすぐに検索してその本の並ぶ棚へ直行します。その周辺にある他の本にもざっと目を通すと、意外な本に出会えるのです。書店でも本棚を眺めているだけで思いがけず遭遇することができますよね。

今回ご紹介するのは、そのようなきっかけからどんどん広がっていった結果、行き着いた一冊です。出発点がどの本だったのかもはや覚えていないのですが、確か精神科医の学術書だったと記憶しています。ユーモアやジョークの大切さがその書には書かれており、そこで紹介されていたのが1983年発行の織田正吉著「ジョークとトリック」(講談社現代新書)でした。そしてその中に引用されていたのが今回取り上げたマーティン・ガードナーの復刊本です。

「数秘術」なる言葉を今まで私自身知りませんでした。要は数のマジックで、色々な出来事と数字の奇遇性を本書では紹介しています。中でも興味深かったのが、リンカーンとケネディの暗殺における類似点です。二人とも暗殺という形で非業の死を遂げています。ガードナーはその共通点を数字からとらえ、16点ほど挙げているのです。たとえば、

*リンカーンの大統領選出は1860年。ケネディの選出はその100年後の1960年。
*二人とも金曜日に、夫人の目の前で暗殺された。
*両夫人ともホワイトハウス在住中に息子を一人亡くしている。
*暗殺後の後任はそれぞれAndrew JohnsonおよびLyndon Johnsonで、いずれもジョンソン姓。前者は1808年生まれ、後者はその100年後の1908年生まれ。
*LincolnもKennedyも7文字。
*リンカーンの暗殺犯John Wilkes Boothは1839年生まれ。ケネディ暗殺者はLee Harvey Oswaldはその100年後の1939年生まれ。両者とも名前が15文字。

などなど、このように続くのです。奇遇と言えばそれまでですが、あまりにも不思議な一致ですよね。

ちなみに先日、米軍放送AFNを聞いていた際、ポップス界のどなたかに関する話題が出ていました。そこでもアルバムの発売日や売り上げなどに関して数字学的な一致について述べられていましたね。非常に興味深く思います。


第290回 今年のキーワード

2017年が始まり早や10日ほどが経ちました。いつも本コラムをお読みくださりありがとうございます。今年もみなさまにとって幸多き一年となりますようお祈り申し上げます。

さて、みなさんは2017年の目標は立てましたか?私は今年、自分へのキーワードとして「待つ」を掲げました。スピードを良しとする今の時代になぜこのことばを選んだか、今回はその背景からご説明しましょう。

通訳の仕事を始めてずいぶん年月が経ちましたが、私はこの業務を通じてたくさんの恩恵を得ることができました。未知の分野を知ることで自分の関心領域が広がったのが一点。ことばの面白さに目覚めて、目の前のものすべてが学びの対象になったのも私にとっては喜びでした。同時通訳という、コンマ何秒の速い世界に身を置く分、「一粒で二度おいしい」ような、そんな人生だと感じています。楽しみが2倍になったように感じでいるのです。

けれども速いペースがゆえに見失ってきたものもありました。あまりのスピードに自分自身が「大切なものを見落としてきた」と自覚すらしていないのかもしれません。とにかく「結論ファースト」「最短の時間で最大の生産性」をあらゆることに見出すような体質になってしまったのも事実です。

その一例として挙げられるのが、子どもたちから悩みを相談されたときです。私の頭の中では「こうしたらああなる。だからその対策にはあれをやってこれをして・・・」という具合に、急速度で即時回答を出したくなってしまうのですね。子どもたちに対して良かれと思って、ついつい結論を口にしてしまったのです。

けれども本人たちにしてみれば、単に愚痴を聞いてもらいたかっただけということもあります。のんびりとお茶でも一緒に飲みながら本人の語りに耳を傾ける。それだけのことを親に期待していたのかもしれません。それなのに「速く解決法を提示すること=良し」というせっかちな図式が私の中には無意識に出来上がっていたのでしょう。あるいは、早く解決策を述べることで愚痴タイムを切り上げ、私は私で自分の勉強をしたいと内心思っていたのかもしれません。

今の時代、英語学習やダイエットを始めあらゆることが「数値化」される時代です。資格試験の点数や目標体重などがすべてゼロから9までの数字で表され、私たちは即時提示された数に一喜一憂しがちです。巷には目標達成のための自己啓発本がベストセラーとなっています。大きな夢を抱くことは大切ですが、人間というのは過去でも未来でもなく、今この瞬間しか生きられないのです。先のことを憂えたり、過ぎ去った負の出来事に心を支配されたりしても、生きることができるのは「今」だけなのです。

だからこそ私は物事に対して「待つ」ことも大切だと感じるようになりました。最短の時間で最大の効果を狙うのでもなく、最小限の努力で最大の生産性を求めるのでもなく、じっと待つこと。それは現状を受け入れることであり、相手の存在を認めることであり、自分の中に沸き起こるあらゆる感情をありのまま受け止めることになります。待つことにより、「今」そのものが充実してくると私は感じているのです。

世の中はデジタル化が進み、本当に便利になりました。けれども私たちはコンピュータの処理速度並の速さをすべてに求めすぎてはいないでしょうか?本来の技術革新というのは、私たちができないことをやってくれることを意味し、私たち自身がその技術と同じ速度を求める必要性はないと私は考えます。産業革命期に人が機械の速度と同じスピードで作業しようなどと思わなかったのと同じです。

「時」は二度とやってきません。それなのに人生そのものに即時効果を求めがちになるから辛くなるのだと思います。ゆえに私は今年「待つ」ということばを意識しながら一年を大切に過ごしたいと考えています。


(2017年1月10日)

【今週の一冊】
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「世界の文豪の家」 阿部公彦他編、エクスナレッジ、2016年

2017年の第一冊目を飾るのは「世界の文豪の家」。本書を手に取ると、真っ赤なインテリアが輝くサロンのカラー写真が目に飛び込んできます。この部屋の主はヴィクトル・ユゴー。言わずと知れた19世紀のフランスの文豪です。ユゴーは数々の名作を残していますが、生前は妻との不仲、50年にもわたる女優との愛人関係、長女夫妻の事故死などに直面しました。政権側と対立し、亡命生活を送ったこともあるそうです。

本書は世界の文豪がどのような家に住み、当時を生きたかが写真と文章で説明されています。マーク・トウェイン、モンゴメリ、マーガレット・ミッチェル、ワーズワース、ディケンズ、ゲーテ、ヘッセなどの著名作家は日本でもおなじみです。一方、日頃あまり目にしない北欧のラーゲルレーヴやブリクセンなども登場します。

写真を眺めていると当時の流行や人々のモノへのとらえ方がわかるような気がします。居住空間は比較的ゆったりしており、庭は美しく手入れされ、家具調度品も立派です。日常生活そのものはたとえ質素でも、一生に及ぶ「暮らし」自体を大切にする時代だったのでしょう。即物的とは対極にある人びとの生き方が感じられます。

中でも私の目に留まったのはヘミングウェイとゲーテ。両者とも立ち机で執筆していたそうです。私も自宅ではしばらく立って仕事をしていたのですが、その後やめてしまいました。けれどもまた肩こりが酷くなったこと、何時間も座り通しになりがちであることなどをふまえ、再び立ち机に魅了されていたところです。

今年も仕事環境を改善しながら、生産性を目指して一つ一つの仕事に丁寧に取り組みたい。そのような読後感を抱いた一冊でした。


第289回 手帳を見返してみる

2016年も残りわずかとなりましたね。みなさんにとってこの12か月間はどんな日々だったでしょうか?本コラムをお読みくださる方の中には通訳者デビューを目指していらっしゃる方もおられることでしょう。日々の勉強や努力は決して裏切りません。どうか来年も夢に向かい歩み続けていかれることをお祈りしています。引き続き私の拙文が少しでもお役に立てれば幸いです。

私にとってこの1年間は本当にあっという間でした。大学入学時に先輩から「1年生、2年生なんてあっという間。すぐ就職することになるよ」と言われたことがあります。その時は半信半疑でした。ところが先輩の言葉通り、年を重ねれば重ねるほど毎日が瞬く間に過ぎていくのです。大学時代から今に至るまで、それこそ目をちょっとつむっている間に来てしまったという感じさえします。

私は毎年暮れになると、海外に住む友人たちへクリスマスカードを送っています。その際、我が家の近況報告をA4一枚にまとめているのですが、「あれ?今年はどんなことがあったっけ?」と年々ネタに迷うようになっているのです。今年も同様でした。夏休み以降のことは記憶に新しいのですが、春先のことなどは完全に忘却の彼方となっています。人間というのは新しい情報をどんどん仕入れていきます。その代わりに自分にとって不要なものや古いものは忘却できるような頭の構造になっているそうです。肝心なことを忘れてしまうのも困ってしまいますが、辛いことなどはそのようにして浄化できるような仕組みにヒトは生まれもって成り立っているのでしょう。

ちなみにみなさん同様、私にも大変だなと思えることはこの1年間でいくつかありました。仕事のことや体力について、あるいは人間関係や家族のことなど、「悩みの種」は生きている限りつきものであり、私も例外ではありませんでした。けれども人間、落ち着くべきところに落ち着くものなのですよね。渦中にいるときは先が見えず、焦ったり悩んだりするものです。けれども過ぎ去ってみれば、その辛さ自体が薄れていったり、もはや気に病むほどのものでもないと思えるようになったりもするのです。

私はずいぶん前から手帳を愛用しています。手帳には日々の予定だけでなく、覚書やメモ、日記など、あらゆることを書き込んでいます。本格的に長文を書く際には別のB5ノートに記しますが、移動中であればもっぱらこの手帳が私の備忘録となります。幸い手帳の後ろのほうには白紙ページがありますし、日程を書き込んだ以外の余白もちょっとしたメモスペースとして活用しています。今年初めから書き込んだことを今、改めて読み直してみると、すっかり忘れていた悩みや人には言えない愚痴(?)やらが目に飛び込んできます。こうして読み返してみると、「あ~そうだった。あの時はこんなことでウジウジしていたんだ!」という思いになります。当時は大真面目でノートに思いを書きつけていましたが、時期を経て読み直してみると、それが今では悩みではなくなっているのですね。もちろん、「すべての課題が解決できて晴れて年末!」というわけではありません。積み残したものもたくさんあります。それでも、悩みや迷いの多くは永遠に同じテンションで存続するものでもないのだということを私は実感しています。

さあ、2017年まであとわずか。来年の手帳にはどのようなことが書き込まれていくのでしょう?新しい年も健康に留意し、少しでも社会のお役に立てるような仕事をしていきたいと願っています。今年もご愛読いただきありがとうございました。また1月にお目にかかりましょう。Wishing you all a very Happy Holiday season!


(2016年12月26日)

【今週の一冊】
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「写真で読み解く雷の科学」 横山茂・石井勝著、オーム社、2011年

勤務先の大学図書館で環境問題の書籍を探していたときのこと。ふと近くの書棚まで足を延ばすと地震や竜巻などの本が並んでいました。図書館の素晴らしいところは、関連する本が系統的に配架されていることです。書店の場合、どうしても販売面積上、新刊本だけだったり、出版社別にしたりという制約がありますが、図書館は日本十進分類法で並べてあるのですね。よって、実際に本を眺めながら関連本を芋づる式に探し出すこともできます。書棚を眺めるだけで、自分の知識が広がっていることが実感できるのです。

今回ご紹介する一冊はそのような最中に出会ったものです。日頃「ことば」オンリーの通訳界で仕事をしているためか、絵画や写真など視覚に訴えるものに私は惹かれます。雷というのは身近なものでありながら、実はよくわかっていなかったことに私は気づきました。そこで読んでみることにしたのです。

雷というのは実にいろいろな種類があることが本書からはわかります。用語だけ拾い上げても「雷光」「負極性落雷」「稲光」などなどです。「界雷」は寒冷前線に伴う雲による雷、「針立雷」は「はりたていかずち」と読み、古典文学の作品名です。意味は「雷」です。

一瞬にして消えてしまう雷を写真におさめるのはさぞ大変だと思いますが、本書は雷写真コンテストの傑作選としてカラーで紹介しています。空の上空から下へ向かうのが雷と思いきや、横にまっすぐ伸びる光をレンズがとらえたものもあります。太い線もあれば細いものあり、色も白や赤など様々です。

個人的に興味深く思ったのは、航空機への落雷です。今では機体技術が進化し、落雷でも運航に影響が出ないような作りになっています。とは言え、本書には成田空港付近で雷が航空機へ落ちた瞬間をとらえた一枚もあります。しかも説明文いわく、航空機への落雷は珍しくないのだとか。乗客は揺れや光など、何か具体的に体験するのでしょうか?想像するとちょっと鳥肌が立ちそうです。

間もなく新年。初日の出だけでなく、雷などの自然現象にも関心を持ちながら2016年最後の本コラムを締めくくりたく思います。どうぞみなさま良いお年をお迎えください。また1月10日にお目にかかりましょう!



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。