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放送通訳者直伝!

第300回 自己添削で元気に

先日のこと。心身ともにくたびれる事象に遭遇しました。今思い返せば大したことではなかったのですが、渦中にいると人間は正面からその打撃を受けやすいのですよね。私の場合、心も体もクタクタになったのでした。

いつもであれば時間の経過とともにリカバーできるのですが、今回は異なりました。数日たってもズルズル引きずっており、ネガティブ思考街道まっしぐらとなったのです。そしてとうとうドン底に到達したのでした。

私の場合、「ドン底」というのはこれまで何度か経験しています。覇気がなくなりヤル気も出ない。「何もかも嫌~!」という感じです。第一子出産後、私は産後鬱になって投薬治療をしたことがあります。それから数年後も色々と悩んでカウンセリングに通ったことがありました。その頃と同じようなドンヨリ感に襲われてしまったのです。これはまずいと思い、夫には事前に「ごめん、もしかしたら鬱の前触れかも」と伝えました。

幸い家事や子どもたちの面倒などを夫がいつも以上にサポートしてくれたおかげで、私はその日、早く床に就くことができました。そして翌朝目が覚めると何と10時!実に11時間も昏々と眠っていたのです。要はものすご~く疲れていたのですね。

体力はおかげで回復しました。あとは気力をどう引っ張り上げるかだけです。だいぶ気持ちも前向きになってはいました。けれども私の場合、あのような心境になってしまうと何かがきっかけでまた逆戻りということになりかねません。そこでその日は一人にさせてもらい、スポーツクラブへ直行。お気に入りのレッスンを受けて汗を流してスッキリし、友人たちと他愛もないおしゃべりをしてだいぶ復活しました。そしてそのあとはいつも仕事で使っているカフェへ直行したのです。

到着後、私はノートを取り出し、自分の思いをただただ書き連ねました。日頃のストレスや不満、何に対して疲れているのかなど今回のきっかけとなった出来事についても振り返ってみました。過去のことだけでなく現在や未来についての不安や葛藤なども綴っていきます。後で時計を見てみると、1時間ほどひたすら書き続けていました。

さあ、この後が本番です。赤ペンを取り出し、今書いた文章を「添削」していきました。高校時代に私はベネッセ(当時は福武書店)の「進研ゼミ」をとっており、「赤ペン先生」直筆の丸やコメントが大好きでした。あの要領で自分の文をひたすら見直すのです。ポイントは「ポジティブな反論」をただただ赤ペンで書き込んでいくというものです。

たとえば「食べ過ぎて体重が増えた。ストレスがたまるといつもこうだ!」という文に対しては「食べ過ぎて」の下に赤線を引き、ふきだしを付けて「でもスイーツは一つで我慢したじゃない?すごいよ!」と書き込みます。「いつもこうだ」の部分には、「大変よねえ。でもストレスにさらされるとこうなる人って結構いると思うよ」とコメントします。このような具合に自分の文章にツッコミや第三者的意見を書きこんでいくのです。

そして最後まで到達したら「総評」を記入します。この日私は「A+」と、まるで大学の定期テスト採点のごとくグレードまで付けました。さらに「今まで大変だったのですね。自分の思いをよく吐露できましたね。本当に頑張ったと思います」などなど、赤ペン先生がねぎらうがごとく、総合コメントを書き込んでいったのです。

ここまでやり終えてようやくスッキリしました。と同時に気力も復活してきました。最初に書き連ねた自分の不満や愚痴なども、読み返してみるとかなり偏っていたりこじつけだったりということに改めて気づかされたのですね。別の視点で自分をねぎらってみると、それまでウジウジ悩んでいた項目も「大したことでなかったのかも」と思えるようになったのです。これは私にとって大きな発見でした。

今後も悩んだときはとにかく書き出し、「自作自演(?)赤ペン先生」になりきりたいと思います。そうそう、次回への改善点もありました。「ノートは一行おきに使う」です。何分、今回はビッチリ書き込んでしまい、赤ペンのコメントを書ききれませんでしたので!

(2017年3月27日)

【今週の一冊】
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「世界のお墓文化紀行:不思議な墓地・美しい霊園をめぐり、さまざまな民族の死生観をひも解く」 長江曜子著、誠文堂新光社、2016年

小学校2年生で父の転勤に伴い、我が家はオランダ・アムステルダムへ転居しました。オランダはヨーロッパ大陸の一部であり、高速道路は無料です。おかげで車を使ってヨーロッパのさまざまな場所を訪れることができました。

とある冬休みのこと。休暇で向かったのはドイツのモーゼル川地方でした。ワインで有名な地域です。このとき泊まったコブレンツの街はモーゼルがライン川に合流する場所で、昔から交通の要として知られています。宿泊したのは教会の隣にあるホテルでした。

長旅で疲れていたのですが、なぜか私はその晩、一睡もできなかったのです。理由は「教会の鐘が15分おきに鳴っていたこと」でした。うとうとしかけると鐘がなり、定時の00分になると少し長めのメロディが聞こえてきます。私は音楽が好きなのですが、そのときは真夜中でも教会から奏でられる旋律に不気味さを感じたのでした。以来、14歳で日本に帰国するまで、私にとって教会や鐘というのはおごそかでありながらも少々コワイ存在になってしまったのです。

しかし両親はヨーロッパの教会や遺跡などを好み、旅先もそうした場所ばかりを選んでいました。子ども心に苦手意識は結構長く残っていたことから、私同様の価値観の人はいないかと探したものです。そこで伯母に「日本のお墓と教会の十字架のお墓だったらどっちが良い?」と尋ねてみると、伯母は日本のお墓の方が好きとのこと。「やった!私と同じだ!」となぜか心の中でホッとしたのでした。

そのような昔の出来事をふと思い出したときに偶然出会ったのが、今回ご紹介する一冊です。本書は世界各地のお墓を撮影した写真集となっています。私が幼いころ抱いたニガテ意識を忘れさせるぐらい、お墓の文化を多様なアングルからとらえた美しい装丁です。写真だけでなく、宗教や風習、歴史などの説明も充実しています。

写真というのはことばよりも一瞬でインパクトを読み手に伝えることができます。たとえばアメリカでは棺をクレーンで運ぶこともあるそうです。墓地の中に黄色い重機自動車が存在する様子は何とも不思議な感じがします。一方、ガーナ北部のクサシ族は墓碑の代わりに土を盛り上げ「土饅頭」のようにしています。イタリアのヴェネチアには墓地だけの島・サンミケーレ島があります。これはナポレオンが発案したそうです。

死や墓などはついタブー視されがちですが、その背後にはそれぞれの文化や慣習があります。こうした角度からとらえるのも異文化コミュニケーションの一環なのでは、と私は感じています。



第299回 「なぜ?」ではなく、「どうする?」

先日のこと。とある案件で担当者とやり取りをした際、あやうく連絡ミスで大変になりかけたことがありました。幸い早めに気づいたおかげで事なきを得たのですが、正直、かなり焦ったのは事実です。

「なぜこのようになったのだろう?」と私なりに考えてみました。そこでわかったのは、「(1)当事者同士がやり取りすれば良い内容だった、(2)しかし実際には間に複数の人が入っていた、(3)ゆえに連絡が行き届かず誤解が生じた」ということでした。今回は少人数だけの問題で済みました。けれどもこれが大企業ともなれば、大問題になります。会社の不祥事などは、実はこうした小さなことが雪だるま式に膨れ上がって生じてしまうのでしょう。

この件を機に、「失敗」について調べてしました。そこで読んだのが「失敗学のすすめ」(畑村洋太郎著、講談社、2000年)でした。畑村先生によれば、やはり失敗を分析し、再発防止を防ぐのが大切とのことです。今回私が体験したことに当てはめると、最初の段階で私から担当者に対して「では、○○さんには私から直接連絡します」と一言伝えれば済んでいたのです。本書から教訓を得ることができたのでした。

ちなみに通訳現場でも私はたくさんの失敗をしてきました。数字を間違えてしまった、誤訳をしてしまった、思い込みで正反対の内容に訳してしまったなど、今思い出しても散々だったことは数知れません。経験を積むことで「決定的な誤訳」を避けられるようにはなりましたが、それでも毎回仕事の終了時には「ああ、あの単語も拾えなかった、あの話題も付いていけなかった」と思いながらトボトボと通訳現場を後にします。

デビューして間もないころ、私は某大手企業に期間限定の社内通訳者として派遣されました。正規職員として社内通訳に携わる大先輩と二人一組で取締役レベルの通訳業務を仰せつかったのです。私から見るとその先輩の通訳はほれぼれするほど素晴らしく、自分の訳があまりにも拙いことに恥ずかしさを覚えたのでした。

とある会議でのこと。取締役のお一人には英日完璧バイリンガルの方がいらっしゃいました。その方が、先輩通訳者の訳を聞き終えた後、突然こうおっしゃったのです。"I don't think that's what Mr. X wanted to say. The interpreter got it wrong." そう、先輩通訳者の完璧な訳に対して「ダメ出し」をなさり、そこから改めてX氏の述べたことをご自分なりに訳されたのでした。

確かにその方の訳の方がX氏の意図に近い部分はあります。けれども先輩通訳者の訳でも私には十分と思えました。ただ、社内会議というのは、微妙なニュアンスなども含む必要があるのですよね。その会議に至るまでの経緯、社内の雰囲気など、様々なことが積み重なって今に至るのです。先輩通訳者は最大限の努力で訳出なさっていましたが、以前からいらっしゃる取締役の皆さんにとっては、もっと踏み込んだ部分まで訳出してほしかったということなのでしょう。

通訳という仕事は、「辞書通り訳したからOK」というものではありません。私自身、「えぇ?そうおっしゃったから、その通り訳したのに。ダメ?なんでぇ?」と心の中で悲痛な叫びをあげることがあります。自分では正しい訳をしたつもりなのに、お客様から単刀直入に、あるいはやんわりと指摘されたことも一度や二度ではありません。そのたびに悔しさと恥ずかしさでその場から逃げ出したいと思ったものです。

でも、主役は私ではなくクライアントです。「お客様にご満足いただけないなら、それは私のミスなのだ」と私は思うようになりました。

ではどうするか?数字ミスであれば、数字の通訳訓練をするのみです。知識不足ならばひたすら本を読み、背景知識の強化を図るだけです。失敗から謙虚になり、トレーニングするしかない。スポーツ選手と同じです。

「なぜ間違ってしまったのだろう?」と自問自答することは構いません。原因を特定すれば解決策を考えられます。けれども、「あの時ああしておけば」「どうしてあんなことを」と悔やんでも一歩も進めないのです。「後悔」というのは確かに自らを謙虚にする貴重な作業ですが、それも行き過ぎると「でもあの時は○○だったから」と言い訳も出てきます。つまり「後悔」には、「できなかった理由」を述べ立てる危険性がもれなくついてくるのです。

明らかに自分の力不足・勉強不足であれば、改善できるような作業を行動として起こすしかありません。「なぜ?」ではなく、「じゃ、どうする?」という言葉を自分に投げかけ続けなければならない。そう私は思っています。

そしてこの「では、どうする?」という問いかけは一生続くと私は考えます。


(2017年3月21日)

【今週の一冊】

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「地球の今と歴史がわかる ビジュアル世界大地図」 左巻健男監修、日東書院、2014年

先日大学図書館の新刊コーナーで、興味深い本を見つけました。「知っておきたい化学物質の常識84」(SBクリエイティブ、2016年)です。ちょうどその時私は毒物や化学物質などについて勉強したいと思っていました。と言うのもマレーシアで金正男氏が殺害されたばかりだったからです。その本には日常生活の中にある化学物質についてわかりやすく解説しており、とても参考になりました。それを機に、著者の左巻健男先生の本を探したところ見つけたのが、今週ご紹介する一冊です。

本書は翻訳本で、元はDorling Kindersleyが出しています。この出版社はイギリスを拠点としており、ビジュアル系の本をたくさん出版しています。私は日ごろ通訳の予習をする際、「子ども向け本」をまずは読みます。ドーリング社はそうした書籍をたくさん出しているのですね。今回ご紹介する本も年齢を問わず親しみやすい作りです。

少し大きめのハードカバー本をめくってみると、自然や生きもの、歴史や文化など多様なアングルから地球をとらえているのがわかります。どのページも見開きで世界地図があり、もちろん、イギリス発行だからなのでしょう、センターにはイギリスが位置しています。私は地図が好きで自宅でも地図帳を愛用しているのですが、本書の場合、テーマ別に描かれており、見やすくなっているのが特徴です。

中でも目を引いたのは「隕石」です。たとえば南アフリカでは18億年前に直径10kmもある小惑星が「フレーデフォート衝突構造」というクレーターを作りました。ちなみに世界最大の衝突クレーターは直径300kmもあるそうです。思わず「君の名は。」を思い出さずにはいられませんでした。

巻末には索引が充実しています。手元に本書を置いておけば、通訳準備はもちろんのこと、好奇心に応じてたくさんの知識を吸収できることでしょう。ちなみに索引で「ジェットコースター」を見つけたのでそのページをめくってみたところ、日本はジェットコースター大国だったのですね。世界最大の落下角度を誇るのは富士急ハイランドの「高飛車」だそうです。その角度たるや121度!高度恐怖症の私には縁遠い世界・・・です!



第298回 最近の本の読み方

大学の春休みは1月中旬から始まります。私も学生時代に長い休暇を楽しみました。アルバイトや旅行など、今にしてみると本当に貴重な経験を積むことができましたね。あの年頃ならではの感性で色々と考え、体験できたのは良かったと思っています。

さて、今年の春休み、私は「とにかく本をたくさん読もう」と決めました。具体的には、週1回大学へ行き、丸一日図書館にこもり、ひたすら本を読み進めるという計画です。時間は午前9時から夕方4時まで。出講先の大学図書館には研究個室がありますので、そちらで過ごします。

どのような本を読むかについては、せっかくの長期休暇ですので、幅広いジャンルを目指すことにしました。いわゆる「芋づる式読書」です。一冊の本の中に出てきたキーワードを頼りに、それに関連する本をコンピュータで調べ、それを読むという作業を繰り返します。

私は日ごろから「読みたい本リスト」を作成しており、自宅から図書館のHPにアクセスし、すでにそれぞれの本の請求番号を控えています。その番号を元に本棚をくまなく歩き、お目当ての本を探します。肩には大きめのエコバッグをさげ、見つかった本はどんどん中に入れていきます。館内で読みますので貸し出し手続きはせず、ある程度本を集めたら再度研究個室へ戻ります。

戻ってからが、さあ勝負。机の上に先の本をズラーッと並べ、その中から一冊選び、タイマーを45分間セットします。私はスマートフォンもモバイルPCも持っていません。読書タイムですので携帯電話もサイレントモードにします。これで集中できる環境が整いました。あとはひたすら読むだけ。机上にノートとペンを出しておき、気になる箇所は書き写します。タイマーが鳴ったらいったん中断して15分の休憩をとります。体を伸ばしたり、個室の外に出て資料検索機で別の本を探したりなど、座りっぱなしにならないようにします。

そしてまた45分間の読書再開です。このようにして個室に持ってきた本をその日のうちに読み終えることを目標とします。読み切れなかった本のみ、貸し出し手続きをして自宅で読む、というのが一日の流れです。あえて夕方までコンピュータ画面を見ないのも、「本を読むこと」を第一にしたいからなのです。

館内で優先的に読むのは、ハードカバーや学術書です。と言いますのも、一回に貸し出しできるのは30冊ですので、なるべく持ち歩きしやすい新書や文庫、ソフトカバーの本を借りたいからです。ちなみに読む際には本そのものに空気をいれるような感覚で冒頭からザーッと読み始め、最後の巻末索引を改めて見渡し、気になるキーワードのページのみを再度めくって読むようにしています。

私の場合、自宅で仕事をしていると時間が気になってしまうのですが、なぜか大学図書館にいったん入ると時間を忘れてしまいます。45分+15分というサイクルを続けていると、あっという間に午後になり、気が付いたら昼食すら取らずにいたということもしばしです。

こうして時間を過ごしていると窓から入る日の光が弱くなり、夕方になります。16時になると片づけをして研究個室を空け、カウンターで30冊分の貸し出し手続きを終えて家路につきます。

次は30冊をどう読むか。次週まで中6日ありますので、「30÷6=5」となり、一日あたり5冊読めば制覇できることになります。さあ、あとは一日5冊読むためにどう時間を捻出するかです。隙間時間を見つけ出し、信号待ちの時も読めば何とか達成できるでしょう。そのためにも持ち運びしやすい新書や文庫を選んでいるのですね。

4月に新年度が始まれば、授業準備やその他の仕事でまた慌ただしくなります。3月末までの数週間は、私にとって貴重な「栄養補給期間」と言えそうです。

(2017年3月13日)

【今週の一冊】
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「英単語の語源を知り語彙を増やすためのラテン語‐日本語‐派生英語辞典」 山中元著、国際語学社、2006年

2月から大きくCNNでも取り上げていたのが、金正男氏の話題でした。このニュースはやがてマレーシアと北朝鮮の外交問題にまで発展し、北朝鮮の駐マレーシア大使が国外追放されています。その時のレポートで出てきた単語が「ペルソナ・ノングラータ(好ましからざる人物)」でした。

「ペルソナ・ノングラータ」はラテン語で、persona non grataと書きます。persona grataがその反対語で、こちらは「意にかなう人、お気に入り」という意味です。研究社のリーダーズ英和辞典では外交用語の意味として「接受国(政府)にとって容認できる人(外交官)」と説明しています。英語にはこのようなラテン語の表現が少なくありません。早速書籍を探してみたところ、今回ご紹介する一冊に巡り合うことができました。

本書はアルファベット順にラテン語が掲載されており、日本語の意味、そして語源的に関連のある英語が一覧になっています。personaを引くと隣にfと出ており、この語が女性名詞であることがわかります。意味は「マスク、人」とあり、派生英語としてpersonとparson(牧師)を紹介しています。grataに近い語としてgratare(喜ぶ)やgratia(好意、優美)、gratulari(祝賀する)などがありますので、何となく雰囲気はつかめますよね。

BBCの放送通訳をしていた1990年代末にコソボ紛争が起きました。その時、連日記者会見で画面にお目見えしたのがNATOのシェイ報道官です。シェイ氏はオックスフォード大学で博士号を取得した学者肌のスタッフでした。記者会見もシェイクスピアの引用あり、詩の読み上げありなど、通訳者にとってはchallengingでしたね。そのシェイ報道官が使ったラテン語で今でも覚えているのが、quid pro quo(代償)です。いきなりラテン語が出てきて私も驚いてしまい、前後の文脈から推測して苦し紛れの通訳をしたことを覚えています。

以来、英語を学ぶ上でラテン語が実に大切であると私は感じています。本書の巻末には英語から引けるリストがあります。辞書ですので、最初のページから読むのでなく、興味に応じてめくってみると、英語とラテン語の共通点が多いことに気づかされます。

そういえば以前、手帳を新調しようとした際、店頭で「クオバディス」というメーカーの商品を見ました。どうやらこれもラテン語のようです。本書をめくってみたところ、quoは「どこへ」、vadereは「進む」と出ていました。ちなみに電子辞書にもquo vadisは出ており、「主よ、あなたはどこへいらっしゃるのですか」という意味だそうです。新約聖書「ヨハネによる福音書」の一節とのことでした。

うーん、面白い!こうなると他の単語も気になります。自分の職業関連で見てみると、translatedはラテン語でtrans-latus、interpretはinter-pretariです。languageはlingua(これはおなじみですよね)、simultaneouslyのラテン語はsimulと出ています。しばらくはこうして既知の単語をラテン語で知る楽しみが続きそうです。



第297回 授業に何を求めるか

春の足音も聞こえてきました。これからは卒業式に桜の開花、入学式など行事が続きますよね。新年度が始まるといよいよ授業開始。私も目下、指導先での教材準備を進めているところです。

10年ほど前から通訳業と合わせて大学で教え始めました。通訳学校での指導も合わせると、「教壇に立つ」ということをずいぶん続けてきています。どのようにすれば学習者に有益なものを提供できるか常に考えており、今なお試行錯誤の日々です。同じことを別クラスで実施しても反応が今一つだったり、思いがけないところで大いに受けたりというのが「クラス」というものなのです。受講生も多種多様だからこそ授業というのは「有機的なもの」なのでしょう。これからも色々と工夫をしていきたいと思っています。

授業を行う上で私が意識しているのは、「学習者の立場に立つ」という点です。スポーツクラブのレッスンを受けたり、各種セミナーへ出かけたりすることで、学習者の視点を忘れないようにしたいと思っているのですね。先生方が教えて下さる内容にももちろん注目しますが、指導方法そのものから学ぶべき点もたくさんあります。間(ま)の取り方や視線の配り方、声のトーンなど、ヒントとなるものがあるのです。

時間的・エネルギー的効率から考えれば学習者にとって一番効率的なのは、やはり「独学」でしょう。教材費は少なくて済みますし、わざわざ時間を費やして自分のスケジュールを合わせて教室まで行く必要がないからです。それにも関わらず、通学という方法を選んだ学習者は、あえて高い授業料を払い、その授業日程に合わせてまで来て下さいます。つまり、その学習者は学びに対して大いにコミットしたいという決意を示しているのです。だからこそ、指導する側もそれに真剣に応える必要があるというのが私の考えです。

通学条件も受講生によりけりでしょう。「授業料がお手頃価格だから」「家や職場から教室が近い」「スケジュール的にちょうど良い」など様々です。さらに教員の質が高く、授業も楽しく、同じ受講生と励まし合えるような雰囲気であれば、学習への動機付けはさらに高くなります。

私は現在定期的にスポーツクラブへ通っています。そのクラブは全国展開しており、スタジオプログラムもそれぞれ同一内容です。1年に数回は一定期間、同じ曲に同じ振付のレッスンをしてくれるため、その時期であれば他店舗へ出かけても同じ内容を受けることができます。出張の多い社会人や、私のように都内のあちこちを移動する者にとっては、たとえ初めて出かける店舗であっても参加しやすくなっています。

インストラクターの皆さんはきちんと研修を受けていますので、高いレベルのレッスンを受けることができます。ただ、興味深いのは、細部に関してはインストラクターの個性も大いに期待できる点です。よって、途中で面白いトークが入ったり、指示出しがより具体的だったりということもあります。

随分前のこと。いつものインストラクターがお休みしたため、代講の先生による指導となりました。普段のレッスンも大いに私は楽しんでいたのですが、代講の先生は筋肉の意識の仕方などがより具体的であったのです。同じレッスンであったのに、その日はいつも以上に汗をかいたのが私にとっては強烈でした。

その先生は普段他のお店や時間帯で指導していました。私はその代講をきっかけに、先生のレッスンを探し、わざわざ他店舗まで出かけるようになったのです。地元ではないため、時間も交通費ももちろんかかります。けれども指導内容が素晴らしかったおかげで、私にとっては「運動をする機会」が増えたのです。これは嬉しかったですね。

授業に何を求めるか。それは受講生次第です。けれども、「時間とお金を費やしてでも学びに行きたい」と思わせて下さるような授業をして下さる先生は、私にとって本当に偉大です。

だからこそ私自身、そうした授業を実践できるような指導者になりたいと思っています。

(2017年3月6日)


【今週の一冊】
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「Border 僕らの知らない国境」 メディアソフト書籍部著、三交社、2016年

春休みに入り大学の授業がなくなったため、今の時期こそ楽しめることに取り組んでいます。その一つが「濫読」。とにかく大量の本を芋づる式に興味の赴くまま読む、という試みです。そのため、週1回は大学へ出かけ、一日中図書館にこもり、本を読み漁ります。帰りには大量の本を借りて帰宅し、1週間かけて読破。それを持って翌週の同じ日にまた図書館へ、ということを繰り返しています。こうして得た大量の知識を授業に反映させたいと考えます。

私が指導している大学の図書館は、正面入り口を入るとすぐに新刊図書が陳列されています。今回ご紹介する写真集はそこで見つけた一冊。「国境」という文字に惹かれて手に取りました。と言いますのも、アメリカ大統領選挙の最中からトランプ氏は「メキシコとの国境に大きな壁を作る」と述べてきており、先日の議会演説でも同様のことを語ったからです。「アメリカとメキシコの国境というのは、具体的にどのような形状のものなのかしら?」という素朴な疑問が私の中ではあったのでした。

日本は四方を海に囲まれています。よって、「国境」と聞いても具体的な「線」や「壁」を想像するのは少し難しいかもしれません。しかし、本書を読み進めると、世界にはたくさんの国境があることがわかります。壁やフェンスなどのところもありますが、その一方で、一歩またげばすぐお隣の国、という場所もあります。たとえばオランダとベルギーのバールレ・ナッサウでは、家の中を国境が走るというケースも存在します。説明には「家の中を国境線が走る場合、家族全員の国籍は、正面玄関が存在する方の国と定められている」と出ています。興味深いですよね。

本書にはヨーロッパの和やかな雰囲気の国境もあれば、現在紛争中の中東などの写真も出ています。どの一枚からも、そこには人々の普通の生活を垣間見ることができます。そうした人たちの平和を願わずにはいられません。



第296回 ライフプラン

先日、郵便局で保険関連の手続きをしました。終了後、局員の方が「せっかくですので新商品のご紹介を」ということで、我が家の家族全員分の年齢が今後20年分見渡せるようなチャートを印刷してくださったのです。5年後10年後に誰が何歳になっているのか、その観点から見てどの商品がお勧めかという内容が一目でわかるものでした。私はエッセイスト・松浦弥太郎さんの「今日もていねいに」という一言が好きで、毎日を真剣に生きたいと思っています。ですので、これまであまりにも先のことについては考えてこなかったのですね。ゆえにこのチャートで自分の10年20年後の年齢を見た際には、なかなかのインパクトを感じました。それがきっかけとなり、これまでの自分を振り返ってみることにしたのです。

インターネットで調べたところ、「誕生」から数十年後までを一気に見渡せるライフプランのようなエクセル・チャートがあることを知り、早速ダウンロードして書き込んでみました。いつどこで何をしていたかという自分のヒストリーを振り返ることができますし、家族の年齢や家庭内の出来事を書く欄もあります。また、過去の世界・日本情勢もすでに記入済みですので、まさに自分がこれまで生きてきた時代を歴史年表のようにしてとらえることもできます。

こうして自らを省みてみると、無邪気に過ごした子ども時代もあれば、できれば記憶の奥底に投げ捨てて(?)しまいたい時期が自分の人生にはあったこともわかります。けれども「今」というのは、このような過去の集大成なのですよね。「あんな辛い出来事はもうたくさん~~」ということがあったからこそ、今こうして生きていられるのだと感じます。あのとき自分なりに悩んだりグチグチ言ったりしたこともすべて、今の自分の糧となっている。そう私は信じています。

「私が○○歳になると子どもたちは△△歳になるのか~」「2020年東京オリンピックってもっと先だと思っていたけれど、あと3年なのね」「北陸新幹線の金沢―新大阪延伸は2030年などと報じられていたけれど、その頃自分の年齢は何歳かしら?」「今のままで原油を使い続けたら2052年には枯渇と言われているけれど、その頃の家族は何歳?」という観点で見てみると、とても他人ごとには思えなくなってきます。

けれどもあまり先のことばかりを心配しては身が持ちません。大事なのは、与えられた環境と命に感謝して、出来る限り幸せに生きるしかないということです。日ごろ世界の紛争や自然災害などのニュースを通訳している分、今、こうして安心と安全を当たり前のように享受できているのは多くの偶然と運の積み重ねだと私は考えます。だからこそ自分ができることは何かを考えると、直接的・間接的な形でその恩を社会に還元するべきだと思うのですね。

とは言え、日々の生活があわただしいと、私もついつい物事に振り回されてしまいます。周囲の些細な言動や空気を深読みしてしまうのです。相手は全く悪意がなかったとしても、一人合点でくたびれてしまいます。これでは心身に良くありません。ゆえに物事に対する自分の反応というものは「実害の有無」で考えるべきであり、「空想力」で早とちりしてはいけないと痛感しています。実害というのは、それこそ肉体的な危害を受けたりこちらの時間を物理的に奪われたりというものです。それ以外は「私のとらえ方」にかかっていますので、勝手に深読みなどしなければ実害はゼロということになるのです。

今回、郵便局へ出かけたことを機にライフプランについて改めて考えることができました。自らの人生を立ち止まって考えるきっかけとなり、本当に良かったと思っています。

・・・でも郵便局さん、ごめんなさい、保険に関しては色々と別の考えがあるので今回ご紹介いただいた保険商品はたぶん(と言うよりもおそらく9割以上の確率で)契約はしないと思います・・・!

(2017年2月27日)

【今週の一冊】
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「隣人。38度線の北」 初沢亜利著、徳間書店、2012年

ここ数週間、北朝鮮関連のニュースが放送通訳現場でもたくさん出てきます。ミサイルや金正男氏に関するものが大半です。私が子ども時代に持っていたパスポートには、「北朝鮮以外の国において本パスポートは有効である」という旨の記述がありました。その文章は幼い私にとってインパクトが強く、北朝鮮という近くて遠い国はどのような場所なのだろうという思いを抱き続けて今に至っています。

どの国であれ、テレビやラジオ、新聞などから見聞きする様子は、レポーターがとらえた一側面にすぎません。事件があればその文言から怖い印象を受けるでしょうし、自然災害や戦争などの話題であれば心が痛みます。ニュースというのはそもそも明るい話題よりも事件性・社会性のあるものが取り上げられます。そこから垣間見るイメージが私たちの中でその国に対するステレオタイプと化していくのです。

けれども私は普通の人々の暮らしにとても興味を抱きます。どういった生活を営んでいるのか、街の様子や空気はどのようなものなのかに惹かれるのです。ニュース映像の場合、一瞬で画面は移り変わりますが、カメラが捉えた写真の場合、見る側は様々なものに意識を向けることができるのです。

今回ご紹介する一冊も、そのような北朝鮮の日常をとらえた写真集です。北朝鮮の場合、世話人の付き添いの元で撮影を進めますので、自由気ままにあちこちを写すことは難しいかもしれません。それでも写真家である著者の初沢氏は人々の素の部分に限りなく近づこうとしたのがわかります。

平壌市民のファッション、飲食店内の様子、かつて日本で使われていたと思しき市バスの車両、たくさんのハングル文字など、ページをめくるごとに人々の日常がわかります。

どのような国であれ、そこには普通の生活を切望する人々がいます。北朝鮮だけでなく、シリアも中東も、です。放送通訳現場で出てくる国の様子を単に言語変換するのではなく、人々に思いを馳せて訳したい。

そう私は思っています。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。