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放送通訳者直伝!

第295回 巻き込まれない

今年に入ってからかなりの濫読状態が続いています。幸い私の心の中でヒットする本と出会うことができ、とても幸せに思っているところです。たとえば少し前にベストセラーとなったケリー・マクゴニガル教授の本からは「瞑想」のヒントを得ました。一日15分ぐらい冷静になる時間が必要ということですが、私は自己流にアレンジして毎朝5分間だけ心を無にする時間を作っています。瞑想という言葉からは宗教的厳格さのような意味合いを感じますよね。けれども私の場合、あくまでも今日一日どのように生きていきたいかを再確認する時間にしています。

そうした「落ち着き」を日常生活の中で意識するようになったおかげか、最近は「周囲の雰囲気や感情に巻き込まれないこと」と自分に言い聞かせるようになりました。たとえば仕事や人間関係などで戸惑う場面に遭遇しても、必要以上に過敏反応しないようにしているのです。

通訳者デビューしたころの私は、まったくその逆でした。自分の実力が追い付いていなかったこともあり、「え?資料なし?どーして!?あれほどお願いしたのに~」「さっきの打ち合わせでは"I'll definitely speak slowly. Don't worry!"(絶対にゆっくり話すから。心配しないで!)っておっしゃったのに~。プレゼン始まったらマシンガン速度!もう勘弁して~~~」という具合に、一つ一つに過剰反応してはイラついたりカッカしたりしていたのですね。心拍数も上がりますし、訳語は余計出てこなくなりますし、パフォーマンス面でも散々でした。

けれども物事には「自分の力で変えられること」と「自分がどう頑張っても変わらないこと」の2つしかないと私は考えます。最善の準備を自分なりに納得ゆくまでしてきたのであれば、あとは本番でベストを尽くすしかないのですよね。それで良い通訳アウトプットができればラッキー。納得のいかないパフォーマンスになったならば自分の実力不足ゆえ、次回に備えてさらに猛勉強するしかありません。それしかないのです。相手に巻き込まれるのではなく、「今、この瞬間」にできることを必死にやり続けるのみ、ということになります。

もう一つの例を見てみましょう。最近の我が家で起きたことです。

実は我が家の子どもたちも自立心が芽生える年ごろとなったのか、幼少期と比べて親の意向だけが一方的に通じない年齢に差し掛かっています。ティーンエージャーというのは、心だけが成長するのではありません。ホルモンのバランスも含め、本人たちは人生の未知の領域に直面しています。そうした中、大人から細々したことであれこれ言われるだけでも不本意に思えることもあるのでしょう。かと思うと、大いに親に甘えてきたりもしますので、そうした両極端の感情に親はもろにさらされます。

私は一人っ子で育ったこともあり、周囲、とりわけ大人の顔色を過敏に感じ取る子どもでした。「今、何か悪いことを言ってしまったのかな?」「これをやったら怒られるかも」という具合に、「良い子」でいなければという意識がとても強かったのですね。大人の方はそんなつもりがなくても、親や学校の先生など、大人の反応を常に伺っていました。ですので、親しい大人が少しでも表情を曇らせてしまうと、それだけで私はびくびくしていたのです。

それゆえか、以前の私はたとえ相手が我が子であっても「自分以外の人間の表情」に敏感でした。相手が不機嫌だと自分もオロオロしてしまう。そして次第に「でもどーして私までオロオロせねばならないの?悪いのはそっちなのに」という具合に、今度はその相手本人への怒りを募らせてしまうのです。それで自分も不機嫌になり、その場の空気はサイアクなどということもありました。要は不機嫌の伝染です。

けれども特に今年に入ってから、先に述べた瞑想を始めたくさんの書物から生きるヒントを得たおかげで、自分らしいペースを確立できるようになったと思い始めています。もちろん、人間は機械ではありませんので揺り返しもあるでしょう。「ふりだしに戻る」的な状態になってもおかしくありません。ただ、「巻き込まれない」という軸さえしっかりと抱いていれば、案外物事は平和裏に進むのだなあという気もしています。

先日、CNNの健康関連番組の予告にダライラマ法王が出ていました。お年をめされているにも関わらず、しわもほとんどなく、いつも袖なしの法衣で精力的に活動なさっている法王です。考えてみれば、政治的な課題などに直面し、心労も絶えないと思うのですが、ダライラマ法王自身、周囲の大変な物事に必要以上に巻き込まれずして自らの理念を追求されているように思います。それがさらに信頼と支持につながっているのでしょう。

私にとっても日々修行です。


(2017年2月20日)

【今週の一冊】
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「Ken Russell's View of the Planets(ケン・ラッセルの見た惑星)」 Blu-ray Disc、ARTHAUS、2016年

私はいまだに日経新聞の紙版を好んで毎日読んでいます。誌面では時々「電子版」と「紙版」の購読者数が発表されますが、電子版のユーザーが明らかに増えているのがわかります。やはり時代の流れなのでしょうね。

朝刊1紙の文字量は「新書一冊分」に相当すると言われます。そう考えると、パラパラと毎日紙の新聞をめくるだけで、多様な話題を大量に目にするわけですので、その蓄積は侮れません。仕事場では電子版を見るものの、まだまだ紙版をしっかりと読み続けたいと私は考えています。

今回ご紹介する映像は、日経夕刊に紹介されていた作品です。過去の名作を掘り起し、それを紹介するというコラムでした。ケン・ラッセルは映像監督として有名ではあるものの、私自身はそれまで名前をかろうじて知っているぐらいのレベルです。私の大好きなホルスト作曲「惑星」にラッセル監督がどのような映像を付けたのか、早速視聴してみました。

一曲目は「火星」。元気が出てくるような盛り上がりを見せるメロディーです。けれども監督がそこからイメージしたのは「戦争」。ナチスドイツが第二次世界大戦に向けて国威発揚を目指す様子がこのフィルムからはわかります。音楽の旋律と様々な映像がマッチングしており、ゆえに全体主義的な不気味さがあの明るいメロディーと重なるのです。今、まさに私たちが生きる世の中も静かかつ「大きな流れ」にあるように思います。そのようなことを観る者に抱かせる映像です。

本作品からラッセル監督の心の中すべてを理解しようとするのは、むしろ難しいのかもしれません。けれども名匠オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団の貴重な演奏を耳にするだけでも、様々な思いを抱くことができる、そんな作品となっています。


第294回 相手の行動理由を考えてみる

 昔読んだ齋藤孝・明治大学教授の本の中に「上機嫌でいることは技である」という趣旨が書かれていました。機嫌よく過ごすことは自然にできるのでなく、日頃から意識して鍛えるものなのですね。上機嫌の「わざ」を身につければ、たとえ大変なことがあっても負の感情に振り回されずに済むということを知り、私には新鮮な驚きでした。

 とは言え人間は機械でないため、どうしても周囲に左右されます。出がけに雨模様となりモチベーションがダウンしてしまったり、買ったばかりのニットを引っかけてしまったりという具合に、自分の不注意や不意のできごとで気が滅入るものなのです。

 先日、カフェでこんな光景を目にしました。

 その日私は大荷物を抱えており、トレイに飲み物とスイーツを載せた状態で座席を探していました。その時、通路に少し足を出したまま座る男性がいたのです。3人グループで談笑中で、通路を通る人には気づいていない様子でした。もっとも、その方の足が完全に邪魔だったわけではなく、「ちょっと危ないかも」というレベルだったのですね。「多少気になる」程度のことでしたが、大荷物プラスお盆持ち状態の私には若干ヒヤッとする状況でした。

 これを機に、私は「人の行動」について考えてみたのです。そして私なりに出した結論、それは「人の行動には『無知』『故意』『必然』の3パターンがある」ということでした。

 先の男性の場合、「足を通路に投げ出してはいけない」というルールを知らなかったり、うっかり忘れていたりということが考えられます。これは社会規則を知らないという「無知」から出た行動結果です。マナーを守らない幼児などは「無知」の部分が大きいわけですので、大人がきちんと指導せねばなりません。

 一方、「故意」というのは意図的な気持ちから生じる行為です。まあ、今回に限ってはまさかと思うのですが「どう?僕って足長いでしょ?」と敢えて他者に見てもらいたいとこの男性が思っていたのなら、これは「故意」から生じたことになります。

 「必然」は、やむを得ぬ理由でそうなってしまった状況です。たとえば先の男性の場合、ズボンの外側からは見えないものの、実は足をけがしているため、どうしても曲げて座ることが難しいというケースも考えられます。

 つまり、上記3パターンで考えた場合、「ったくもう!足なんか投げ出して~」と即時反応してこちらが不機嫌になる前に、冷静に把握する必要があると思うのですね。どうしても明らかに足が出過ぎて危ないのであれば、こちらも一言相手に言う必要があるでしょう。けれども相手が「故意」でやっている場合、「ま、そういう自己顕示方法もあるかもねえ。でも私は人間として、そうやって目立とうとは思わないな~」とのんびりとらえれば頭に来ることも少なくなります。

 むしろ相手の「必然」から生じた行為の場合、こちらがどこまで相手の立場を慮り、共感や理解を示せるかが大切だと最近私は考えています。そこまで想像することができれば、たいていのことはムッとせずに済むからです。

 ところでこの3パターンを「クライアントと通訳者の関係」でシミュレーションすることもできます。「事前に資料を頂きたい」と切望する通訳者がいる一方、情報がクライアントから提供されないということは稀にですが発生します。これは「通訳者はもともと英語力が高いのだから、資料は出さなくてもきちんと通訳者は訳してくれる」というクライアント側の思い込み、すなわち通訳業務に対する「無知」から来ることがあります。この場合、通訳者やエージェントは「事前準備がいかに大切か」をクライアントに啓蒙することで、「無知状態」を改善することができます。

 もっとも、クライアントが「故意に資料を出さない」ということは、まず無いでしょう。よほど依頼担当者が何か思うところがあってそういう行動に出れば別ですが、そうなるとこれはもうミステリー小説の世界です。映画「チーム・バチスタの栄光」で、とある内部人間が事件の大きなカギを握っていましたが、まさにそれぐらいのサスペンス(?)となるでしょう・・・!

 一方、「どうしても事前に資料を出せない」という「必然」は今の時代、致し方なくなりつつあります。本当は通訳者に資料を提供したいと願っても、個人情報や機密情報など、情報管理全般が厳しくなってきているため、事前に通訳者の手元へ渡すことが難しくなっているのです。情報保護は私が通訳者デビューをしたころと比べて特に顕著になっています。これは時代の流れなのですよね。よって、通訳者自身もそうした企業サイドの立場を理解する必要があると私は考えます。 

 デジタル化が進み、何事も「瞬時」にできる時代となりました。人間もそれに合わせてややもすると「せっかち」になりつつあります。だからこそ、一歩退いて物事を考えてみる、相手の立場を想像してみるという姿勢も大切だと最近の私は感じています。

(2017年2月13日)

【今週の一冊】
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「増補改訂版 最新 世界情勢地図」 ボニファス他著、ディスカバー・トゥエンティワン、2016年

 最近は地図ソフトが大いに進歩したこともあり、日常生活では「紙の地図帳」を見なくても済むようになりましたね。スマートフォンのアプリやカーナビの技術力には目を見張るばかりです。

 私は幼少期から紙の地図が好きで、今でも時間さえあれば地図を眺めては空想の旅を楽しんでいます。地元の地図はもちろんのこと、観光マップや世界地図など「地図」と名のつくものはついつい見入ってしまいます。一時期「古地図」に凝っていたことがあったのですが、さすがに高額すぎて本物を買うことはできませんでした。その代わり古地図デザインの絵はがきはせっせと集めていました。また、イギリスには海図が描かれたレターセットも売られており、よく購入していましたね。海図は英語でnautical chartと言います。

 さて、今回ご紹介するのはフランスで出版された地図帳です。最近の世界情勢を始め、様々なデータが地図付きで解説されています。興味深いのは、フランス、つまりヨーロッパを地図の中心に描いて説明していることです。この観点から世界を眺めてみると、ヨーロッパと北米は思いのほか近く、その一方で日本や中国はずいぶんと離れていることがわかります。

 データの項目には人口、宗教、南北格差、エコロジー問題、テロなどがあります。また、それぞれの地域がとらえた世界も地図で描かれています。「イランから見た世界」「ブラジルから見た世界」など、視点を変えてみると、昨今の地政学的な動きも理解できるような気がします。

 物事の見方は一つではないのですよね。そのことに気づかされる一冊です。


第293回 集中の方法

私はこれまで仕事の仕方を試行錯誤しながら変えてきました。限られた時間を有効に使うためにはどうすれば良いか色々と試しており、その試みは今も続いています。仕事の質や自分の年齢、置かれたライフステージなどによって方法が変わるものなのでしょうね。そこで今回は「どのようにすれば集中できるか」についてお話いたします。少しでも参考になれば幸いです。

(1)まずは集中できる場所を確保する
フリーランス通訳者の場合、仕事準備は自宅だけで行うとは限りません。特に私の場合、自宅にいるとついつい家事に「逃げて」しまい、本来やるべきことが後回しになってしまうこともあります。そこで自分を追い込める場所をいくつか確保しています。近所のカフェや図書館など、お気に入りの場所があることが大切です。

(2)机の上の定位置を決める
いざ仕事を始める際には、机の上の定位置を決めています。たとえば飲み物は右奥、手帳はその手前(私は右利きなので右手でペンを持ち、手帳にメモするためです)、ノートや書類は真ん中、という具合です。なお、出先で作業するときはビジネスバッグのジッパーを閉じ、中身を見ないようにしています。カバンの中が見えて「あ、あの書類も読まないと」という具合に気がそれてしまうのを防ぐためです。「今、取り組むモノだけ」を出し、面倒でも一つの作業が終わるごとにカバンに戻し、次の作業を取り出しています。

(3)時計は見ない
以前私は机の上に時計を置いて作業をしていました。出先の場合は腕時計を取り外して目立つ所に置いていたのです。けれども最近は時計を見ないことに決めました。なぜなら作業の途中で「わ、あと10分しかない」「え~、まだ5分しか経ってないの?」など、時計を見るたびに集中力が下がってしまうからです。代わりに、その仕事に割り当てる時間をキッチンタイマーでセットします。ちなみにそのタイマーすらも見えないようにして、アラームが鳴るまではひたすら集中です。

(4)資料読み込みや読書時にデジタル機器は使わない
私の場合、コンピュータ接続環境下にいると、つい「ネット接続→メールチェック→ニュースチェック→ネットサーフィン」となってしまいます。そのため、あえてデジタル機器はオフにしています。自宅にはデスクトップPCがあるのですが、メールチェックの時間は一日3回と決め、それ以外はハードディスクごとオフにしています。オフにするのが難しい場合、せめて目の前の画面をオフにするだけでも集中できます。

(5)着手前の「儀式」
私の場合、まずは手先にハンドクリームを塗ってから仕事を始めます。これは作業中、ささくれや手肌の荒れが気になると、そちらに考えが行ってしまうからです。爪の長さが気になるならあらかじめ整えておく、髪の毛がうっとうしいなら束ねておくなども意識しています。

(6)独り言は手帳に書き込む
私はツイッターなどのSNSをしていないので、思いつきメモはすべて手帳の余白に書き込んでいます。そうした独り言はあくまでも自分自身のつぶやきですので、特に他人に周知したいという意識がそもそも私の場合は希薄なのですね。その代わり、公にするにはあまりにも稚拙なアイデアやつぶやきも、すべて手帳に落とし込みます。他人の目を意識しない分、自由に書けるような気がします。

(7)あとはひたすら集中!
状況が整ったら、あとはひたすら集中するのみです。私の場合、最近は45分間タイマーをセットし、鳴り終わったら15分ほど気分転換をするようにしています。これはPC作業であれ読書であれ、45分間同じ姿勢をしていると肩こりになってしまうからです。カフェにいるときは、手を洗いに行ったり、ゴミを捨てに行ったりなど、ひとまず席から立ち上がります。部屋の反対側に視線を移すだけでも、目の疲労回復になります。

いかがでしたか?あくまでも我流ですが、ざっとこのような感じで最近の私は取り組んでいます。ちなみにこの原稿を書く際にも、上記の条件下で記しました。今後も面白いアイデアがあれば取り入れたいと思っています。

(2017年2月6日)

【今週の一冊】
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「大阪名所図解」 酒井一光他著、140B、2014年

先日、大阪へ日帰り出張した際、帰りの新幹線まで時間がありました。事前に大阪の観光マップを入手していたこともあり、地下鉄や徒歩でいくつかの名所を見ることができ、緒方洪庵の興した「適塾」や大阪証券取引所、中之島の中央公会堂を見学しました。

大阪は全く土地勘がなく、どちらかと言うと道頓堀やUSJ、あべのハルカスなどの方がイメージとしては先行していました。けれども実は歴史がとても古くからある街なのですよね。今回、適塾では当時の塾生たちがいかに苦労して医学や外国語を学んだかを展示物から改めて知ることができました。今のように辞書やインターネットなどない時代です。それでも高度な語学力や知識を身につけることはできるのですから、今の時代、「できない理由」をついつい口にしてしまうことを恥ずかしく思います。

今回ご紹介する一冊は、大阪の名所を図で表したものです。写真集ではなく、描かれているのは素晴らしいイラストばかり。建物全景を始め、柱の一部分や瓦屋根など、細部をクローズアップして描写しているのが魅力的です。本書は大阪から戻ってきてから読みましたので、事前に目を通していればもっと大阪の建築物を楽しめたことでしょう。

出版社の「140B」は大阪・中之島を拠点とする会社です。ホームページを見ると、創業は2006年。中之島のダイビルに入居しています。ただしこのダイビルは2009年に取り壊しが決まっており、期間限定でのテナントだったそうです。その時に借りられるオフィスが「138号室」か「140B号室」だったとか。「イヤミ」という音よりも「イチヨンマルビー」という音の響きが良くて選んだと書かれています。そしてそれが社名になったそうです。

本書を始め、関西関連の本を色々と出しており、いずれも興味深いタイトルばかりです。建築はもちろんのこと、政治やエッセイもありますので、ご関心のある方はぜひチェックしてみて下さいね。


第292回 「恵まれている」とあえて思う

「早朝の放送通訳をしています」と話すと、「いつ寝ているんですか?」と尋ねられます。テレビ局の仕事のほかに大学や通訳学校での指導、コラムの執筆などもしているためか、「睡眠時間を削って仕事をしているのでは?」と想像されるらしいのですね。

若いころは私もずいぶん無理をしました。体力がありましたので、多少の寝不足も何のその。徹夜をしても何とか持ちこたえられていたのです。けれども人間は誰もが年を重ねていきます。平等に、です。よって「以前できたこと」も当然「できなくなってくる」のです。それに逆らっても自分の心が疲れるだけ。ならば自分の体力と真正面から向き合い、その都度その都度対応するのが最善と私は考えます。

さて、実際の睡眠時間ですが、私の場合、最低6時間は必要とします。理想は7時間ですが、なかなかそうもいきません。翌朝4時に起きねばならない日は前夜9時に寝たいところです。けれどもあれこれ家事や仕事準備をしていると、どうしても10時を回ってしまいます。子どもたちが寝静まってからたまった新聞を読んだり、勉強をしたりしたいという思いが心の中では強くありますので、余計そうなってしまうのです。

どうしても早起きせねばならない日は目覚ましをかけますが、早朝シフトがない日は自然に任せるようにしています。毎朝アラームを使わずに4時に起きたいと望んではいますが、無理はしません。起きられなかった日は「体が睡眠を求めている証拠」と割り切ります。また、私の場合、昼間に5~10分だけ仮眠をすることもあります。ブルブル振動するキッチンタイマーをセットして握り締めて寝るのです。たとえ数分でも大いにスッキリし、疲労回復になっています。

ちなみに私の知り合いの先生で毎朝3時に起きて仕事をなさっている方がいます。学校での仕事は多忙を極め、残業も多いのですが、3時を遵守なさっているようです。15年ほど前に同時通訳者・枝廣淳子さんの「朝2時起きでなんでもできる!」がベストセラーとなりましたが、こうした方々の取り組みはとても刺激になります。

睡眠の質ももちろん大切ですが、それ以上に、心のバランスを保つことこそ良い仕事に結びつくとも私は考えます。私の場合、「やらないことを決める」「余分な情報を仕入れない」「プラスに考える」を意識しています。「やらないこと」とは「今の自分に本当に必要なこと以外はあえて取り組まない」という意味です。数年前にフェイスブックを止めたのもそれが理由でした。懐かしの友人たちと接点を持ち続けたいという気持ちは強くあります。けれども、私自身の心は「だらだらネットサーフィン」に非常に弱かったのです。毎日数時間も閲覧に費やすようになり、友達の動向が気になっていました。「友達にコメントしなきゃ」という考えが「仕事を後回しにする言い訳」と化していったのです。そこでSNSはやらないと決めました。

「余分な情報」に関しては、「自分の心を左右する情報を必要以上に入れない」ということです。ニュースの仕事をしているため、以前は一日に何度もラジオニュースを聞いたり、ネットニュースを確認したりしていました。けれども最近は紙新聞をその分「きちんと」読むようにしています。放送通訳のある日だけはネットニュースも念入りにチェックしますが、普段の日はポータルサイトのトップページにあえてアクセスしなくなりました。ニュースの見出しが気になってしまうからです。

「プラスに考える」とは、とにかく前向きに自分の考えを仕向けることを意味します。先日も我が家の電子レンジが突然壊れてしまい、修理不能になりました。以前の私であれば「えぇっ?何で今?この忙しい時期に~。これから買いにいかなきゃいけないなんて」と心の中は文句タラタラで不機嫌になっていました。けれども今回は「午後の早い時間帯に壊れて良かった!今からなら仕事を調整して新品を買いに行けるし、夕食にも間に合う」と思ったのです。「新しいレンジを買う」という行為に変わりはありませんので、ネガティブになって自分をみじめにさせるよりも、「あ~良かった良かった」と思った方が救われます。

放送通訳をしていると、世界の悲惨なニュースによく接します。今この瞬間、地球上のどこかで苦しんでいる人がいます。そうした境遇の方々に比べれば、自分の睡眠不足も日常生活の不満も取るに足りないのです。「いかに恵まれているか」を高い視点かつ長期的な視野でとらえ、今自分がやるべきことに集中したいと思っています。


(2017年1月23日)

【今週の一冊】
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「[超訳]エマソンの『自己信頼』」 ラルフ・ウォルドー・エマソン著、三浦和子訳、PHP研究所、2014年

トランプ大統領の就任式関連でテレビ局の仕事を請け負うことになり、トランプ氏の自伝を読みました。宣誓証言や演説など、予習課題がたくさんある中、トランプ氏自身がどのような人生をこれまで経てきたのか、どういう人生哲学を持っているのかを知ることも必要だと考えたのです。それまで私は大統領選挙でのトランプ氏の姿しか見ていませんでしたが、少なくとも自伝を読む限り、歴史書や哲学書などにも精通していることがわかりました。オバマ大統領がDon't underestimate him(彼を過小評価してはいけない)と述べていましたが、私もそういう印象を抱いています。

今回ご紹介する一冊は、トランプ氏が勧めていたエマソンです。エマソンは19世紀のアメリカの思想家で、日本の知識人、たとえば宮澤賢治や福澤諭吉にも大いに影響を与えました。哲学めいた本というと難解な印象を抱きますが、本書は「超訳」とある通り、読みやすい日本語です。

読み進めていくと、人はいかに生きるべきか、仕事に対してどうあるべきかということが見えてきます。中でも私にとっては以下の文章が印象的でした。

「自分の仕事に打ちこみ、全力を尽くせば、ほっとしてほがらかな気分になるが、そうでなければ、自分の言葉や行動から心の安らぎは得られない。」(18ページ)

「周囲に影響されず、偏見もなく、賄賂にも恐怖にも動じない純心な心で、これまでと同じように意見を述べられる人は必ずや恐るべき人物にちがいない。(24ページ)

100年以上も前にしてすでに同調圧力に屈しない大切さが述べられているのですね。

「とにかく今、正しいことをせよ。見た目ばかりを気にしないようにしていれば、常に正しい生き方ができる。」(47ページ)

「自己の基準に従って責任を果たせば、世間の基準はいらなくなる」(84ページ)

最後にもう一つ:

「自分以外のものに頼っていると、数をやたらに大事にするようになる。」(116ページ)

・・・うーん、これなど「いいね!」や「フォロワー」の数を思い描いてしまいます。資格試験の点数やダイエットの数値にも通じますよね。要は他者のモノサシではなく、自分の基準を大切にせよというメッセージだと私は受け止めています。


第291回 潔さ

CNNではスポーツニュースも放送しています。BBCで放送通訳者としてデビューしたころはスポーツニュースに大いに手こずりましたね。と言いますのも、スポーツの場合、競技ルールやチーム・選手名、開催場所など、覚えておくべきことがたくさんあるからです。もともと私はスポーツが得手ではないこともあり、勉強課題のあまりの量に呆然としたものでした。特にBBCはイギリスの国営放送ですので、クリケットの話題も多く、LBW(leg before wicket)が聞こえてくればBLT(ベーコン・レタス・トマトサンドイッチ)が頭に浮かび、サッカーでpenaltyと来ればなぜか駐車違反の光景が脳内に浮上するというお粗末さでした。「私の日本語通訳を誰も聞いていませんように」と情けなくお願い(?)しながら通訳したものです。

それでも「経験」とは素晴らしいもので、何度も何度も携わるうちに、少しずつ全容が見えてくるようになりました。もちろん私自身、まだまだ競技によっては得手不得手があります。それでもサッカーニュースの通訳がきっかけとなり、今では地元チームを応援するようになっています。完璧にルールをマスターしたわけではありませんが、スタジアムまで応援に行くようになると、どんどん親近感が湧くものなのですよね。大事なのは自分から積極的に「好きになること」なのでしょう。

ところで先日のCNN World SportsではF1のロズベルグ選手インタビューが出てきました。Nico Rosberg選手はドイツ出身。イギリスのルイス・ハミルトン選手と同チームに所属しつつも、幼いころから良きライバルであり、近年はどちらが世界チャンピオンになるかで熾烈な戦いを繰り広げていました。そして昨年、ロズベルグ選手は悲願の初王者になった直後、引退を表明したのです。まだ31歳の若さなのに、です。

なぜあっさりと引退を決意したのか、その大きな理由として「家族との時間を持つこと」をロズベルグは挙げていました。「念願のチャンピオンになったので満足している。努力の結果が報われたから悔いはない」という趣旨の発言をしていたのです。

私はこうした潔さにとても惹かれます。世の中には様々な世界でストイックに頑張って現役を続ける人がいます。けれどもその一方で、惜しまれつつもあっさりと表舞台から去る方もいるのですよね。しかも本人はさばさばとしたもので、むしろ周囲が慰留するほどです。

日本でもずいぶん前に歌手の山口百恵さんが潔く引退しました。私にとってはもう一人、同じく「潔さ」を表す方がいます。神奈川県の高校野球で活躍した志村亮投手です。強豪・桐蔭学園で活躍し、その後は慶應義塾大学に進み、すばらしい成績を収めました。ドラフトでも大いに注目されましたが、ご本人は大学時代を最後にあっさりと現役を引退し、今は企業にお勤めです。それでもやはり周囲が放っておかなかったらしく、現在は地元の少年野球チームで監督を務めておられるそうです。

フリーランス通訳者の場合、特に定年はありません。自分の気力と体力が許せば、いつまでも活動できる世界です。では私自身はどこまでをめざすのか?通訳者としての自分と、後進の指導をどうバランスづけていくか?

「潔さ」というキーワードから最近はそのようなことを考えています。


(2017年1月16日)

【今週の一冊】
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「メイトリックス博士の驚異の数秘術」 マーティン・ガードナー著、一松信訳、紀伊国屋書店(復刊版)、2011年

最近私は「芋づる式読書」にはまっています。これは読んでいる本から何か面白そうなトピックを見つけると、それに関する次の本を見つけて入手するというやり方です。ここ数か月は大学の図書館のヘビーユーザーになっていることもあり、キーワードに遭遇するとすぐに検索してその本の並ぶ棚へ直行します。その周辺にある他の本にもざっと目を通すと、意外な本に出会えるのです。書店でも本棚を眺めているだけで思いがけず遭遇することができますよね。

今回ご紹介するのは、そのようなきっかけからどんどん広がっていった結果、行き着いた一冊です。出発点がどの本だったのかもはや覚えていないのですが、確か精神科医の学術書だったと記憶しています。ユーモアやジョークの大切さがその書には書かれており、そこで紹介されていたのが1983年発行の織田正吉著「ジョークとトリック」(講談社現代新書)でした。そしてその中に引用されていたのが今回取り上げたマーティン・ガードナーの復刊本です。

「数秘術」なる言葉を今まで私自身知りませんでした。要は数のマジックで、色々な出来事と数字の奇遇性を本書では紹介しています。中でも興味深かったのが、リンカーンとケネディの暗殺における類似点です。二人とも暗殺という形で非業の死を遂げています。ガードナーはその共通点を数字からとらえ、16点ほど挙げているのです。たとえば、

*リンカーンの大統領選出は1860年。ケネディの選出はその100年後の1960年。
*二人とも金曜日に、夫人の目の前で暗殺された。
*両夫人ともホワイトハウス在住中に息子を一人亡くしている。
*暗殺後の後任はそれぞれAndrew JohnsonおよびLyndon Johnsonで、いずれもジョンソン姓。前者は1808年生まれ、後者はその100年後の1908年生まれ。
*LincolnもKennedyも7文字。
*リンカーンの暗殺犯John Wilkes Boothは1839年生まれ。ケネディ暗殺者はLee Harvey Oswaldはその100年後の1939年生まれ。両者とも名前が15文字。

などなど、このように続くのです。奇遇と言えばそれまでですが、あまりにも不思議な一致ですよね。

ちなみに先日、米軍放送AFNを聞いていた際、ポップス界のどなたかに関する話題が出ていました。そこでもアルバムの発売日や売り上げなどに関して数字学的な一致について述べられていましたね。非常に興味深く思います。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。