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放送通訳者直伝!

第281回 「やる気あるわけ?」

先週のこのコラムで、中学2年時に帰国した際のことを書きました。イギリスでは父の勤務先が住宅を用意してくれたこと、また、イギリスの住宅事情が日本より良かったこともあり、当時我が家が暮らしていた家も3人家族にとっては申し訳ないぐらい大きな一軒家でした。ところが真夏の最中に帰国した日本の家は木造の小さな家。エアコンもなく、近隣の道路も狭くて軽自動車しか使えず、しかも隣の藪からは蚊や毛虫が入り込むなど、私にとってはかなりのカルチャーギャップが待ち構えていました。

幸い中学校は家の隣にありましたので、迷わずそちらへ編入しました。イギリス時代は市バス通学だったのですが、バスの運行もメチャクチャでしたので、歩いて1分というのは本当にありがたかったですね。嬉々として2学期の途中から地元公立中学に転入したのでした。

ところが当時はまだ「帰国子女」が珍しい時代だったのです。「2年生にガイジンが転校してきたんだってさ!」という噂が全校に広まり、学年を問わず、大勢が私のクラスに覗きに来ました。廊下からジロジロ見る生徒もいれば、「ガイジンってどこ?え、あの子?日本人じゃん!」などあれこれ話す声も聞こえました。かつて通ったイギリスの学校でも転入当初は「日本人」と珍しがられていたのですが、日本に帰ったら帰ったでここでも見世物状態なのかとショックを受けました。

横浜のその家には生まれてから7歳まで住んでおり、海外へ引っ越すまでは地元の小学校に通っていました。そのため、編入した中学校にも幼馴染はいたのです。幸いその友達のおかげで部活動に入ろうという気持ちになり、早速放課後に見学に行きました。イギリス時代、私は硬式テニスをしていましたので、少しでもそれに近い「軟式テニス部」を入部先に選んだのです。

練習の合間に友達が3年生の先輩をつかまえてくれて私を紹介してくれました。私は先輩に挨拶し、テニス部に入りたい旨を話しました。ところがその時の先輩の返事に、またまた私はショックを受けてしまったのです。その一言とは、

「あなた、本気で軟式テニスをやる気があるわけ?」

でした。

「ええっ?テニスが好きだから入ろうと思って来たのに、『やる気あるわけ?』ってどういうこと?私、何も悪いことしていないのに、どうしてそんな高圧的なの?しかもこの先輩、全然笑ってないし、腰に両手をあてて私のこと睨んでるし。何で?どうして?」

このような疑問で頭の中がいっぱいになってしまったのです。

イギリスの学校に転入した10歳当時の英国は外国人も少なく、日本人というだけで差別されたこともありました。英語がわからないため友達の輪に入れなかったり、先生との相性が悪くてきつく叱られてしまったりということも少なくありませんでした。授業によってはペアワークがあり、奇数クラスでの私はいつもペアを組めずにいました。運動オンチだったため、チーム作りの際には誰も私を仲間に入れたくないという状況だったのです。

そのような経験をしていましたので、「日本であれば同じ日本人として仲間に入れてもらえる」という期待を私は抱いていました。それなのに「やる気あるわけ?」と言われてしまい、「同胞にすら私は受け入れてもらえないのか」と悲しくなってしまったのです。

おそらく先輩としてみれば、大会出場や他部員との兼ね合いもあったのでしょう。「実力があり、調和を重んじ、先輩方に従順で本気でテニスをしたい」という人物を入部させねばという考えがあったのだと思います。けれども「楽しく自由に」というイギリスのスポーツ環境に慣れて帰国した私にしてみれば、上から目線の応対は理解に苦しむものだったのです。

先日、ラグビーの平尾誠二さんが亡くなりましたが、平尾さんも「楽しく、自由に」を掲げてプレーなさっていたそうです。最近でこそ一部のスポーツ界ではそうした考えも受け入れられてきましたが、いまだに「根性論」の根強いところが少なくありません。引退後に「厳しかったし辛かったけど、良い経験になった。でも二度とやりたくない」としていくのか。それとも「自由で楽しかった。アマチュアではあるけれども一生続けていきたい」と思っていくのか。

スポーツであれ英語であれ、このことを私はいつも考えながら指導をしています。

(2016年10月24日)

【今週の一冊】
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「パン・アメリカン航空と日系二世スチュワーデス」 クリスティン・R・ヤノ著、久美薫訳、原書房、2013年

大学を卒業して最初に勤めたのがKLMオランダ航空会社でした。幼少期にアムステルダムで暮らしていたこともあり、オランダへの望郷の念があったのでしょう。就職活動時には、かつて自分が住んでいたオランダかイギリスに関連した仕事に就きたいと思っていたのでした。

KLMで配属されたのは貨物部です。「エアライン=旅客」というイメージが強かった私にとって、車から動物、精密機器から重機に至るまでカーゴが担当していたというのは新たな驚きでした。仕事は刺激的で学ぶことも多かったのですが、もともと文章を書くことが好きだったため、日本語機内誌の仕事に携わりたいと思うようになったのです。周囲や上司にもその旨をアピールしていましたが、なかなか人事と言うのは思うようにならないのですよね。そのうちに留学熱の方が高まってしまい、せっかく入った会社をあっさりと辞めてしまったのでした。就業期間はわずか2年弱でした!

そのような短い年月ではあったものの、私は今でもKLMが大好きですし、航空会社全般に対しての愛着もあります。民間航空のみならず、軍用機などへの興味も尽きません。書店や図書館で本を探しているときも、そうしたトピックの書名が目に入ってくると、つい手に取ってしまいます。

今回ご紹介する本も、そのような思いから偶然出会った一冊です。著者のヤノ氏はハワイ大学で教授を務めるハワイ日系人女性で、本書は日系人としての観点からパン・アメリカン航空のスチュワーデス(今では客室乗務員と言いますよね)に焦点を当てた学術書です。引用や参考文献、脚注もしっかりしており、戦後の日米関係やPAN AMがどういった戦略を念頭に置きながらスチュワーデスを採用していたかが網羅されています。終戦直後の日本人女性に対するステレオタイプ、日本航空とPAN AMの競争、そしてPAN AMの非白人採用に関することまで取り上げられており、多角的にとらえることができます。

PAN AMは1977年に大西洋・テネリフェ島でKLMと滑走路上で正面衝突事故を起こしました。死者数は583人、航空史上最悪の事故と当時報道されています。私もこのニュースはリアルタイムで観たのですが、全速力の2機が真正面から衝突したという内容は衝撃的でした。

ちなみに本書によれば、1967年5月1日号の"LIFE Asia Edition"誌で日本人スチュワーデスが特集されたそうです。1960年代の時点ですでにPAN AMだけでなく、KLMやエア・フランス、カンタスなどが日本人を採用していたのですね。私がかつて勤めていたKLMが本書の中でも何度か出てきており、嬉しい読後感となりました。


第280回 エネルギー分配のこと

 父の転勤で数年間海外で生活し、その後日本に帰国したのは私が中学2年生の時でした。自宅の隣にあった地元中学に入学したものの今一つなじめず、わずか1週間通っただけでギブアップしてしまったのです。幸い、電車とバスを乗り継いだところに帰国子女受入れの公立中学があり、私はそちらに転校しました。良き校長先生、担任、そしてクラスメートに恵まれ、スムーズに日本の中学生活になじむことができたのでした。

 当時はまだ「お受験」なども少なく、中学生で定期券通学は珍しかったと思います。電車に乗ると、私よりも年上の人が圧倒的に多くいました。自分が社会の中でもまだまだ若輩者であることを痛感したことを思い出します。その後も高校、大学を経て社会人になるまで電車を使った通学・通勤は続いたのですが、中学時代のメンタリティが強烈だったためか、「周りはみな年上」という感覚で世の中を見ていたように思います。

 しかしふと気がつくと、「あれ?私より若い人が働いている」という状況になったのですね。駅の職員やお店のスタッフ、病院の医師や看護師さんなど、いつの間にか「私よりも年下が大半」という年齢に自分がなっていたのです。そう、人間は誰もが平等に年を重ねていくのです。

 そのように考えると、自分に与えられた時間には限りがあることがわかります。その有限の命をいかに意義あるものとして生きていくかを私たちは意識する必要があるでしょう。ついつい20代のメンタリティのまま、気力も体力もあるように錯覚してしまいますが、決してそうではないのですよね。

 そう気づいた私は、自分が何を得意とし、どういった分野であれば社会のお役に立てるかを考えるようになりました。若いうちは不得手なことにもチャレンジして視野を広げ、可能性を切り開く必要があるでしょう。けれどもある程度の年齢になったならば、自分が世の中に貢献できる強みの部分に集中をしていくべきなのではと感じます。

 私の場合、英語に関する指導をしたり通訳業に携わったりというのは自分の好きなことです。よってこの分野であれば少しは社会に恩返しできるのではと思います。逆に今、この年齢で「私はクラシック音楽が好き。だからプロのバイオリン奏者になりたい」と思ったとしても、それには限界があります。バイオリンの音色は好きですし、バイオリン曲にも惹かれますが、今の段階で私が練習をしてプロを目指すよりは、もっと別の方法でできることがあると思うのです。たとえば、美しいバイオリン曲を聴いてその背景知識を学び、作曲家の人生について英語や日本語で情報を仕入れる。そしてそれを授業の場で話したり書いたりしてみる。むしろその方が社会に対して早く私のメッセージを伝えることができます。

 近年、世の中ではいわゆる「クレーマー」と言われる社会現象が起きています。納得のいかないことや理不尽なことを体験した際、社会や相手に対して直接自らの主張をしていく行為です。もしそうした訴えをしていくことで世の中が改善されるのであれば、クレーム行為自体にも一理あるでしょう。けれども「クレームのためだけのクレーム」になってしまったり、「自分自身のメンツのためだけの苦情」となったりしてしまうと、クレームを受けた組織や当事者ができる対応にも限界が出てきてしまいます。

 世の中の改善のために建設的意見を述べることは正しいエネルギー分配ですが、執拗に自己主張「だけ」を続けてしまっては、その人自身、自らの限られた時間を奪っていることになりかねません。むしろ、本来その人が傾けるべき得意分野にエネルギーを割いた方が世の中のためになると思うのです。

 今年も残すところあと2か月強。毎年この時期になると、自分に与えられている「時間」を意識するようになります。エネルギーを有効に活用し、正しく分配しながら生きていきたいと思います。


(2016年10月17日)

【今週の一冊】
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「漱石のロンドン風景」 出口保夫著、アンドリュー・ワット著、中公文庫、1995年

 先月から東京・駒場の日本近代文学館では「漱石―絵はがきの小宇宙」と題する展示会が開催中です。漱石と絵はがきをキーワードにしたもので、すでに新聞などでも話題になっているようです。私は昔から「手書き」という行為が好きで、手紙を書くことや旅先からはがきを出すことなどを今でも続いています。そうしたことから、この展示会にはぜひとも足を運びたいと思っています。

 今回ご紹介するのは、夏目漱石がロンドン留学中に何を見聞したかを当時のロンドンの風景からとらえた一冊です。日本のように木造建築がすぐに改修・改築されるという状況とは異なり、英国はレンガや石で造られた建物が大半です。よって、本書に掲載されている建造物は今とさほど変わりません。ロンドン旅行のガイド本として、本書を漱石の観点からとらえてみるのも楽しいと思います。

 ページをめくるとロンドン市内の名所旧跡が漱石の文章と共に紹介されています。また、当時のイギリス人の暮らしぶりを描いた写真や、漱石が下宿探しの広告を出した「デイリー・テレグラフ」紙も紹介されています。当時のイギリスはビクトリア女王の時代。また、現在横須賀に展示されている戦艦「三笠」の進水式がグラスゴーで行われたのも漱石が滞在中のことでした。

 当時の写真をこうしてまとめてみることができるのも本書ならではの特徴です。漱石についてはもちろんのこと、イギリスの歴史や建造物、文化などに興味がある読者にとって実に貴重な作りとなっている一冊です。


第279回 楽しみ追求の旅

私が指導する大学では9月末から秋学期が始まりました。私が学生の頃は「前期・後期」と呼んでいましたが、今では「春学期・秋学期」なのですね。当時の「就職活動」は「シューカツ」、「LL教室」は今や「CALL(コール)教室」です。時代と共に呼称も変わりつつあることを実感します。

学生たちの授業登録もほぼ完了し、我がクラスのメンバーもそろいました。今学期取り上げるトピックは年度初めに決めてありますので、あとは夏休み中に準備しておいた教材を授業で実施するのみです。今期も多くの学生たちに通訳の楽しみ、学びの歓びを伝えられたらと願っています。

教えるということは、実際の指導時間の何倍もの準備を要します。大学の授業は一コマ90分ですが、そのための教材選定に音声の確認、スクリプト上の英文法分析から単語調べや訳出など、教員にとってはエンドレスと思しき作業があります。調べれば調べるほど、学びには奥が深く存在し、「ここまでやれば良し」ということではないのだと改めて感じます。これは通訳準備も同じです。

私の場合、通訳業務に携わるようになってから好奇心の対象がどんどん広がっており、「何だろう?」という思いを常に抱いています。これは仕事に限らず、日常生活でも同様です。それこそ食品パッケージの裏面に書かれた「原材料名」を読んでは「デキストリンって何?」「トレハロースの英語スペルは?」などなど、「調べたいモード」に入ってしまうのですね。

学びというのは、何も机の前でテキストを開くだけではありません。インターネットで調べ物ができなければ学習にならないというものでもありません。学びたいという意欲と心の中の「ワクワク感」があれば、いつでもどこでも、そこが学びの場となります。

たとえば最近の例でお話しすると、今年11月には私が敬愛する指揮者、マリス・ヤンソンス氏がバイエルン放送交響楽団と共に来日します。今回のプログラムはベートーベンの「ヴァイオリン協奏曲」と、ストラヴィンスキーの「火の鳥」です。どちらも聞いたことのある曲ですので、いくつかの公演の中から、このプログラムを選びました。

さあ、ここからが私にとっての「学び」タイムです。これまでもコンサート前にはCDを聞いて予習をしていましたが、今年はもう少し幅を広げて学ぼうと思っています。そこで大学図書館から借りてきたのが「楽譜」です。幸いベートーベンの「ヴァイオリン協奏曲」のスコアがありましたので、そちらを借り、目下スコアと突き合わせながらCDを聞いているところです。音だけでは気づかなかった音符がスコア上には散りばめられていますので、それに意識を傾けると、かすかにCDから聞こえてきます。そうした発見がうれしいのですね。

もう一つは「火の鳥」の由来を調べることでした。広辞苑で「火の鳥」を引くと、ストラヴィンスキーのバレエ音楽でロシア民話を素材とすると説明されています。そこで借りたのが「子どもに語るロシアの昔話」(伊藤他著、こぐま社、2007年)と「ビリービンとロシア絵本の黄金時代」(田中友子著、東京美術、2014年)です。前者は子ども向けに綴られたロシア民話の本で、「火の鳥」のことも書かれています。一方、後者はロシア昔話の絵を描いた画家・ビリービンに関する一冊です。子どもを対象とした易しい書籍を読めば素早く内容を知ることができますし、美しい絵からストーリーをつかめばより理解が深まります。

さらにストラヴィンスキーについて調べてみると、バレエ音楽「春の祭典」が1913年に発表されたものであり、その初演は賛否両論で大騒動が巻き起こったこともわかりました。そこで今度はみすず書房から出ている「春の祭典 第一次世界大戦とモダン・エイジの誕生」(エクスタインズ著、2009年)を大学図書館から借り、目下読み進めているところです。第一次世界大戦からヒトラーの台頭までのことが記されています。

・・・とここまで来ると、今度は手元にある高校生向け世界史図録で第一次・第二次世界大戦当時の世界地図を眺めてみたくなります。図録を開いていると、次は巻末の年表が見たくなりました。そこでページをめくると1910年のところに「ハレー彗星接近で大騒動」と出ています。すると先日映画館で観た「君の名は。」が思い出され、「先日借りてきた『ユリイカ』のバックナンバーは新海監督の特集だっけ。積読になっているから早く読みたいな~」という思いが湧き出てきます。

このような具合に、私にとっての学びは時代や領域を問わず、あちらこちらへと自由に飛んでいます。一つ一つに好奇心を持ってアプローチし、知るたびに新たな知識に感謝する。「楽しみ追求の旅」はまだまだ続きます。


(2016年10月10日)

【今週の一冊】
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"Power Dressing: First Ladies, Women Politicians & Fashion" Robb Young, Merrell, 2011

今年のアメリカ大統領選挙は何かと話題多き展開になっていますね。中でも第一回大統領候補テレビ討論会はなかなか見ごたえがありました。とりわけ興味深かったのは、トランプ候補およびクリントン候補のファッションでした。トランプ氏は共和党であり、党のテーマカラーは赤。一方、クリントン氏の民主党は青がシンボル色です。ところがトランプ氏は青いネクタイを、クリントン氏は真っ赤なスーツ姿で登場したのです。とある新聞記事によれば、トランプ氏は青を身につけることで冷静さを、クリントン氏は赤を使って健康不安説を払しょくさせたのではとのことでした。興味深い分析です。

今回ご紹介する一冊は、政治家やファースト・レディのファッションがテーマです。2011年に発行されています。2011年と言うとつい最近のように思えますよね。当時はまだシリア内戦が始まったばかりで、ISISの台頭も報道されていませんでした。オバマ大統領が就任したのは2009年ですので、まだ2年しか経っていない頃です。ちなみに当時の日本は民主党・菅内閣でした。

本書をめくると、世界中のパワフル・ウーマンが登場します。おそらくファースト・レディや国家元首などになるとスタイリストさんも付くのでしょう。それぞれの個性を引き出しつつ、ファッショナブルの装いがどのページでも見て取ることができます。亡きケネディ夫人やサッチャー首相、表舞台から追われたマルコス夫人や暗殺されたブット首相なども登場します。

興味深かったのは、EU離脱決定後に就任したイギリスのテリーザ・メイ首相です。本書では「内務大臣」の肩書きです。実はこのころからメイ氏の「ヒョウ柄好き」は有名だったのですね。他にも日本からは昭憲皇太后、緒方貞子氏や蓮舫氏なども紹介されています。「ファッショナブルな女性たちからパワーをもらいたい」「職場に着ていくフォーマルな装いについて知りたい」という方にとって、大いに参考となる一冊です。


第278回 ボヤキより打開策

子どもの頃の私は人目を非常に気にするタイプでした。幼少期、近所の友達と遊ぶ際はもっぱら「指示される側」であり、友達より目立つことを恐れました。7歳の時にオランダへ、そして10歳になるとロンドンへ引っ越したのですが、英語理解からはほど遠い状態でした。特にイギリスの学校は宿題も多く、通学時間も長かったため、日本のように下校後に友達と遊ぶということはなかったのです。当時通っていた女子校はほぼアングロ・サクソン系の生徒で構成されており、「私はここにいてはいけないのではないか」と思ったほどでした。神経が過敏になっていたのですね。いじめや差別もあり、子ども心に苦労しました。

そのようなことから、帰宅後は毎日のように母に悩みを相談し、愚痴を聞いてもらうという状況でした。私は一人娘で父も多忙、母も特に仕事をしていたわけではおらず、私の話に付き合う時間的余裕はあったのです。以来、成人を過ぎて自宅を出るまで私の「夕食後の愚痴タイム」は何年にもわたり続いたのでした。辛抱強く聴き続けてくれた母には感謝しています。

そのような「デフォルトでグチグチ・うじうじ悩む系」の自分に変化が訪れたのは、通訳者デビューをして間もないころでした。エージェントから依頼された業務は、とある企業の社内会議。逐次通訳・二人体制です。概要は知らされていたのですが、「先方からの資料はなし」という連絡が届くばかりで、直前に「本当にないのですね?」と念を押したときも、無しとの答えでした。こうなると最大限の準備を自分なりにおこなって臨むしかありません。意を決して当日の朝、会場に向かいました。

ところがいざ会議室に通されると、通訳席の前には分厚い電話帳3冊分と思しき資料が積み重なっていたのです。聞けばこれが本日の会議で使う資料一式とのこと。先輩通訳者も到着し、一瞬目を見開いておられるのがわかりました。

私は内心、「えぇ~~~?資料は一切なしって言われていたのに、ホントはあるの~?これを使いながら初見で難しい逐次通訳なんてムリムリ、絶対無理っ!」と思いました。エージェントがクライアントに事前確認した時点で「ない」の一点張りをしておきながら、後出しじゃんけんはルール違反とさえ感じたのです。脱力感、焦り、苛立ちなど、様々な感情が自分の中に沸き起こるのがわかりました。

ところがその時ご一緒した先輩は、「これが今日の資料ですね。わかりました。じゃ、私たち二人でこれを今すぐ分配して担当箇所を決めましょう。まだ数十分ありますから、ひたすら読んでいきましょうね」とおっしゃるのです。大ベテランの通訳者でいらっしゃるゆえ、クライアントさんにクレームをおっしゃるのかと思いきや、まったく逆の反応だったのです。

そのとき私は思いました。ぼやいても愚痴を言っても怒っても、目の前の事実は事実なのです。与えられた環境の中で最大限できることを考え、実践していくしかないのです。あの場でクレームをゴチャゴチャ言い始めたら、それだけで数分、いえ数十分の時間は失われたでしょう。先輩はそのようなことはせず、手際よく資料を割り振ってくださり、おかげでひたすら読み込み作業に入れたのでした。

以来私は何か一大事に遭遇すると、「ボヤキではなく打開策を」と考えるようになりました。愚痴やボヤキを口にするのは過去だけを見ていることの現れです。それでは前に進めません。起こってしまったことはもうその時点で「過去」なのです。そうであるならば、そこからどう打開していくかを必死に考えるのみなのですね。

その時ご一緒した先輩がどなただったのか、あまりにも昔で今やお名前もお顔も思い出せないのですが、私の価値観や行動パターンを決定的に変えて下さったのは事実です。今でもこのことを思い出すたびに、感謝の思いでいっぱいになります。

(2016年10月3日)

【今週の一冊】
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"Richard Scarry's Best Mother Goose Ever" Random House, 1999年

今回ご紹介するのは日本でも「スカーリーおじさん」あるいは「スキャリーおじさん」として知られる絵本画家・Richard Scarryの一冊です。

私がスカーリーの絵本に初めて出会ったのは、小学校2年生の時。父の転勤でアムステルダムのインターナショナル・スクールに転入し、学内の図書室で借りた絵本がスカーリーの一冊でした。確かアルファベットの絵本だったと記憶しています。動物たちの何とも愛くるしい表情に魅了され、印象に残っていたのでした。

けれども不思議なことに我が家の子どもたちが育つ際、スカーリーの絵本を読み聞かせたことはありませんでした。当時の我が家は絵本クラブから配本してもらっており、届いた本を読み聞かせるだけで精一杯だったのです。

本書はマザーグースの詩がいくつか紹介されており、絵を見ながら楽しめる作りになっています。想定読者年齢はおそらく5歳から8歳ぐらいでしょうか。文字も大きく、詩の内容にちなんだ絵が子どもの心に訴えかけます。日本でもおなじみの一節もあれば、私自身、初めてお目にかかった詩もあり、とても勉強になりました。

中でも最大の収穫は、数か月前に読んだ"Charlie and the Chocolate Factory"の一節が、マザーグースの一部とよく似ていると知ったことです。ダールの原作の冒頭でチャーリーが紹介される際、"How d'you do? And how d'you do? And how d'you do again?"とあります。マザーグースでも"How do you do, and how do you do, And how do you do again?"と出ていたのですね。そう考えると、チャーリーに出てくる「ウィリー・ウォンカ」も、マザーグースのWee Willie Winkieに似ているように思えます。

日本の子ども向けに描かれる動物というのは、スカーリーの描く「かわいさ」とは少々異なります。海外の子どもたちがcuteをどうとらえているか、そのような比較もできる一冊です。


第277回 1人の教師として

通訳学校や大学での指導を始めてから数年が経ちました。私にとってのそれまでの指導経験と言えば、大学4年時の母校での教育実習だけ。家庭教師のアルバイトこそしていましたが、「大勢を前に教える」という経験はないままこの仕事を始めるようになったのです。指導をし始めてつくづく思ったのは、「英語の通訳者をしていること」と「通訳の指導ができること」の大きな違いでした。

たとえばスポーツ界においても、名選手が名監督になれるとは限りません。現役のプレーヤーとして優秀であっても、チームをまとめ上げたり、スキルを向上させたりするには向いていない人もいます。私自身、教え始めてから「自分はやはり現場の人間であって、教える側に立つべきではないのでは?」と思い悩んだこともありました。教材研究をして教案を作り、万全の準備をしたにも関わらず、授業運営は今一つということが続いていたからです。

けれども通訳業務同様、何事も場数を踏むことがモノを言うのですよね。毎回授業を終えるたびにその日の反省点を振り返り、試行錯誤しながら次へと改善につなげていきました。そのプロセスは今も続けています。学習者同様、指導者である私も学び途上にあるのです。

そうした状況にいることもあり、「素晴らしい指導者」に巡り合えるととても幸せです。今でも私の心に残っているのが、20年ほど前にオックスフォード大学の民族楽器博物館で出会った教授の方です。先生は展示されていた南太平洋の楽器について、実に楽しそうに説明して下さいました。目の前の数々の楽器を見ては "It's so beautiful, isn't it?"と表現するぐらい、ご自身の研究対象をこよなく愛しておられる様子がわかりました。民族楽器に無知であった私も先生のそのような雰囲気に引き込まれたことを思い出します。

もう一人、記憶にあるのが高校時代の物理の先生です。私は小学生の頃から理系科目はすべて苦手で、物理の教科書を見てもちんぷんかんぷんでした。ところがその先生はご自身のことばで物理の楽しさを授業中に語ってくださったのです。私の物理テストの点は今一つでしたが、「物理=楽しい科目」という図式だけは頭の中に刻まれて今に至っています。

そう考えると、指導する上で一番大切なのは「指導内容を心から愛すること」だと私は考えます。この土台さえしっかりしていれば、指導場所の環境が多少整っていなくても、あるいは今一つ乗り気でない学習者を前にしても、きっと打開策が見つかると思うのです。今の時代、通訳学校や大学には立派なCALL施設が備わっていますが、通訳用の教材や通訳の指導そのものさえ好きであれば、それこそCDプレーヤー1台、いえ、自分の肉声で音声を読み上げるだけで授業は展開できるのです。

指導内容を前向きな気持ちでとらえられれば、その魅力を学習者にも伝えたいという思いが募ります。どうすればこの楽しさを理解してもらえるか工夫するようになるのです。「学習者たちはわざわざお金と時間を投資してこの授業に来て下さっている」と思うと、なんとしてもこの学問の素晴らしさや楽しさを知ってほしいという考えが湧き出てきます。指導内容を好きになり、学習者を好きになることが指導者には求められると思うのです。

ノーベル平和賞の授賞式典でマララ・ユスフザイさんは「1人の子ども、1人の教師、1本のペン、1冊の本が世界を変えられる」と述べました。学ぶ側にいる方々に少しでも変化を提供して差し上げたい。そんな「1人の教師」になりたいと私は思っています。その追求は一生続きます。

(2016年9月26日)

【今週の一冊】
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「築地市場:絵でみる魚市場の一日」
モリナガ・ヨウ(作・絵)、小峰書店、2016年

何かと「築地市場」がキーワードとなっている今日この頃ですが、「市場」の仕組みそのものを自分はきちんと知っているかしらと思ったのが本書を読んだきっかけでした。子どもでもわかるような絵本仕立てになっており、年齢を問わず幅広い層が大いに楽しめる一冊です。

表紙を見てみるとまるで「ウォーリーをさがせ!」のごとく、細部まで描かれている市場の様子が展開します。著者のモリナガ・ヨウさんは早稲田大学で地理歴史を専攻され、漫画研究会に所属なさっていたそうです。これまでも働く車や新幹線などの本を出しておられます。

本書は夜の11時から明け方までの築地市場の動きを描いています。子ども向け絵本なので難しい漢字には読み仮名も付いているのがありがたいですね。日本語を学習中の外国人にとっても読みやすいことでしょう。漁船や魚の種類、魚の並べ方にせりの方法などもわかりやすく説明があり、これまでテレビで何となく見ていた様子が理解できました。

ちなみに築地市場の構内図を上から見ると扇状になっています。なぜなのか疑問だったのがこの本でわかりました。魚を運ぶためにかつて鉄道の線路が引かれていたのだそうです。

本書の巻末には豊洲市場への移転が2016年11月に予定されているとあります。移転問題をきっかけに、市場の仕組みそのものを知ることができた、貴重な一冊でした。




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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。