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放送通訳者直伝!

第276回 目立つということ

通訳者デビューして間もないころ、とあるビジネス会議の仕事を請け負いました。訪問先は一部上場企業で、お会いするのはそのトップの方々でした。

案内されたのは社長室隣の応接室。立派なソファにローテーブルがあり、壁には著名な日本画家と思しき方の絵がかけられ、室内にはアンティークの壺なども置かれていました。

「どうぞこちらへおかけください」と言われて着席したのですが、膝頭よりも腰が下がってしまうぐらいの深いソファでした。その日はスカートを着ていたため、膝頭が離れて失礼にならないようにという意識が先立ってしまい、通訳に専念できなかったことを覚えています。以来、通訳現場へはパンツスーツで行くようになりました。

通訳者はまさに「黒子」のごとく、黒やグレーのスーツを着用することが多いようです。ビジネス現場が仕事場ですし、工場では靴を履き替えたり、歩きづらいところに行ったりということもあります。ですのであくまでも「動きやすいこと」と「靴の着脱がしやすいこと」がカギを握るのですね。

そのようなことから、私も通訳現場では地味さを意識しているのですが、日常生活では赤や青の原色など、着ていて元気が出るカラーが大好きです。色が気持ちに効果を及ぼすことは心理学でも言われていますが、私もその日の気分や天候に合わせて色を選んでいます。「気の持ちよう」と言われればそれまでなのですが、色のおかげで前向きになれるのであればそれに越したことはありません。

ところがここ数年、グレーや茶色などのアースカラーが流行しているためか、店頭で鮮やかな色の服を見かけることが少なくなっています。流行は業界が作るゆえ、パターンやカラーなどはどうしても同一傾向になるのでしょう。店頭で売られる服もそれを反映させたものとなりますので、なかなか自分好みの服にありつけなくなってしまうのです。確かに街頭を見てみても、原色を着ている人は少ないように思えます。

そういえば先日読んだファッション雑誌に興味深いアンケート結果が出ていました。子育て世代の女性に対して、どのような服装を心掛けているかという問いだったのですが、答えとして挙がっていたのが「悪目立ちしないこと」「好印象であること」「反感を買わないこと」などでした。要は、「人と違う装いをして浮き上がることは良くない」ということを意味しているようです。なるほど、だからその時々の流行カラーが多く売られているのですね。

こうした「皆と同じ」という価値観は、ある意味で日本における「団結力」や「規律」を形作ってきたものです。よってそれ自体は良いことだと思います。けれどもその一方で「同一基準の中で少しでもセンスが良いと見られたい」という思いも存在しているように見えるのです。どんぐりの背比べである一方、周囲からは高い評価を得たいという「他者による自分への評価」が強くあるように私には感じられます。

子育て関連の英語文献や海外のファッション雑誌を見ていると、いかに「自分らしさ」を演出するかが綴られています。その子一人一人の個性をどう伸ばすか、自分の長所をいかに表に出していくかが大切にされています。そういえば、海外の街を歩いていて気づくのは、シニア世代のおしゃれ具合。華やかな色を身につけ、女性もきちんとお化粧をして街中を歩いています。

そう考えると、日本にはまだまだ「同調圧力」が存在し、「人と異なることをする人」への風当たりが強いのかもしれません。「集団よりも一人でいるのが好き」「周りと異なることをしたい」という人への視線が厳しいと言えるでしょう。その一方で、「みんな違ってみんないい」「世界に一つだけの花」のような詩や歌詞が人々に支持されていますので、心の底では「ホントはもっと自由に生きたい」という思いがあるのでしょうね。

なるべく他者と同じようにすることで日本という国はまとまりを見せて存続してきました。その長所は認めるべきだと私も思います。けれども同調圧力は妙な方向に行ってしまった場合、命に関わることにもつながるとさえ個人的には感じます。たとえばもし大災害が発生したとき、「本当は逃げたいけれどみんながここにとどまっているから」と周囲の様子を重視してしまったら、どうなるでしょうか? 

ここ数年、日本でも様々な国籍の方達が仕事や勉学で暮らしています。すでに多様性も見られつつあります。「目立つこと、人と異なること」への視線がこれからはきっと穏やかになっていくのではないか。そのように私は感じています。

(2016年9月19日)

【今週の一冊】
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「カルピス創業者三島海雲の企業コミュニケーション戦略『国利民福』の精神」 後藤文顕著、学術出版会、2011年

大学図書館で企業広告の棚を見ていたところ、ふと目に入ってきたのが今回ご紹介する一冊。カルピスは誰にとってもおなじみの飲み物ですが、三島海雲という名前は私自身、今回初めて知りました。カルピスの創業者です。

カルピスの歴史は実に古く、20世紀初頭にまでさかのぼります。会社を興した三島海雲は仏教系の家の出で、後に国際的ジャーナリストとなる杉村楚人冠の元で英語を学びました。まだ楚人冠が本願寺文学寮の英語教師をしていたころで、三島は楚人冠の教養に感銘を受け、また、楚人冠本人からもかわいがられたようです。ちなみに楚人冠はのちに東京朝日新聞(のちの朝日新聞社)に入りました。千葉県我孫子市には「我孫子市杉村楚人冠記念館」があります。

さて、三島の生きた当時の日本は国民の間での貧富の差があり、栄養面でも大きな問題がありました。そうした状況が念頭にあった三島は、仕事で大陸へ出かけた際、酸乳に出会います。それを商品化しようと思い立ち、努力の末に生まれたのがカルピスでした。

本書はカルピスの販売戦略として使われた広告のことやネーミングなど、マーケティングの観点からカルピスの歴史を振り返っています。商品名を決めるにあたり、三島が山田耕筰に相談したところ、音楽的見地からカルピスという名称に太鼓判を押されたエピソードなども綴られていました。また、今はなき「黒人マーク」についての成り立ちも詳しく出ています。それによると、三島は貧しいアーティストを救うためにカルピスが国際的企業コンペを開催したのだそうです。このマークはドイツ人デザイナーが制作したもので、内部の審査では当初第3位だったそうです。その後、店頭での投票を経て1位となり、最終的にシンボルマークとしての採用が決定したのでした。

本マークは人種差別的見地から1990年代に姿を消しました。しかし、著者の後藤氏は荒俣宏氏の文献(「広告図像の伝説」平凡社、1989年)を引用しています。それによれば、三島がこのマークを選んだ理由として、「人種としての黒人」ではなく、健康的な女性が日焼けをした様子を表しているのではないかとのことです。

昔も今も、人々に良い商品を届けるにはどうすべきか、売り手は様々な工夫をします。歴史を振り返りながらそのことを学べる、そんな一冊です。


第275回 やらないことを決める

随分前に読んだ本で興味深い一文に出会いました。老いについて書かれていたのですが、人間というのは、20代ぐらいのメンタリティを維持したいと思うのだそうです。おそらく社会人となって数年経ったあたりで自分の価値観が確固たるものとなるからなのでしょう。その「20代メンタリティ」はその後かなり長い間続くとそこには書かれていました。

確かに私自身、今振り返っても大学時代はついこの間のことのように思えますし、ベルリンの壁崩壊や9・11事件なども記憶に新鮮なまま残されています。けれども月日というのは着実に進んでいるのですよね。周りには平成生まれの世代がたくさんいますし、自分自身の体力面を考えても年月の経過を感じます。

人間は生まれた以上、誰もが年を重ねていくのですが、20代の気分でいてしまうと、思わぬところで壁にぶつかります。具体的には「体力の壁」です。踏ん張りがきくからと無理をしてしまうと、あとでダウンしかねません。年齢を経るごとに責任も増えるわけですので、体調管理を怠ってしまえば、多くの方に迷惑をかけてしまいます。私も数年前、無理がたたって声が出なくなってしまい、関係各方面にひたすら謝ったことがありました。体力を過信してはならないのですよね。

となると、一日に与えられているのが誰にとっても24時間である以上、もはや「やらないこと」を決める以外ありません。何か新たなことを取り入れたなら、それまでおこなっていた「何か」を辞めるか縮小するしかないのです。私の場合、仕事やプライベートの面では以下のことを「やらない」と決めています。少しご紹介しましょう。

まず、「悩むこと」をやめました。もちろん、人間ですので迷いはどうしても生じてしまうのですが、なるべく悩まないよう自分に言い聞かせています。これは仕事や人間関係、体力などの悩みから、日々の小さな迷い、たとえば「レストランでのメニュー選び」などにまで至ります。特に活字大好き人間の私にとって、レストランのメニューなどは実に魅力的です。活字と写真を眺めながらあれこれ選ぶ時間も楽しいひとときなのですよね。ただ、私の場合、「お楽しみタイム」が「お悩みタイム」に転じてしまうと、何を選ぶべきか決めあぐねてしまうのです。そこで最近は、「メニューを開いて最初に目に入ってきた一品を頼む」という具合に、勘を頼りにするようになりました。

もう一つ「やめたこと」は買い物時の悩みです。ウィンドーショッピングもワクワクするのですが、こと私に関して言うと「家事や仕事準備をしないための言い訳」として買い物をしかねないのです。よって、ここ数年は「必要なものを必要なときだけ買う」を信条にしています。ちなみに超多忙だった時期に導入した「レジかごサイズのマイバッグ」は今では私にとって不可欠のアイテムとなり、レジ支払い時にそのままセットして店員さんに商品を詰めていただいています。これで大幅な時間短縮となりました。

ネット環境に関しては、あえてスマートフォンを(この期に及んで!)持たないままでいます。おかげで積読状態になりがちな紙新聞や書籍などを通勤かばんに詰め込んでは、移動中ひたすら読むようにしています。ガラケーでもインターネットはできますが、私の料金パックの場合、別料金が発生するのであえて使っていません。私にとってはおびただしい時間を費やすことになってしまったフェイスブックも、数年前に退会しました。

「やらないこと」を決めるのは容易ではないかもしれません。けれども、夢や目標があったり、あるいは新しいことをしたかったりということであれば、あえて「今まで取り組んでいたことをあきらめる勇気」も必要だと思うのです。その取捨選択は他の誰でもない、自分しか下すことができません。自分のライフステージに応じて私自身、これからも「やることとやらないこと」を見極めながら生活したいと思っています。

(2016年9月12日)

【今週の一冊】
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「日本ボロ宿紀行」 上明戸聡著、鉄人社発行、2011年

最近は勤務先の大学図書館をよく利用しています。かつては大型書店が好きで頻繁に出かけていたのですが、お気に入りの某書店が過日閉店となってしまい、新たな店舗を開拓しないままになっています。ですので、なじみのある大学図書館はありがたい限りです。

大学図書館と書店の大きな違いは、分類方法です。図書館の場合、書籍は細かく分けられて分類用の数字が割り振られて配架されます。ですので、出版社ごとの配列ではなく、あくまでもテーマ別、それも大テーマ、小テーマと細かい分類で並んでいるのです。棚の端から端まで歩くにつれて少しずつテーマが変わっていきますので、実は本を探しやすいのですね。一つのトピックを探していて、お隣の棚を見るとそれに付随する内容の本が見つかりますので、リサーチするにはもってこいの環境です。

今回ご紹介する一冊は、地理関連の棚にあった本です。日本十進分類法では291とありますが、これは「地理、地誌、紀行」テーマ内の「日本」関連図書の数字です。

著者の上明戸さんはフリーライターとしてビジネス雑誌などに寄稿なさっているそうですが、日本各地の「ボロ宿」に魅了され、ブログで連載をしていらっしゃいます。本書はそれをまとめたものです。

「ボロ」という言葉からはややもすると「衛生面でちょっと・・・」という雰囲気も感じられてしまいますが、本書に掲載されているのは、外観や内装がレトロな宿ばかり。いい加減な経営のところは一つも出ていません。見てくれは古いものの、経営者はどなたも心暖かな方ばかりで、そうしたオーナーたちとの交流や道中の体験談が本書には綴られています。

色々な宿が取り上げられていますが、一番私にとってインパクトが大きかったのは、栃木県那須町にある喜楽旅館。廃墟のような宿ですが、温泉もあり、食事もたっぷりです。客室や階段などの写真からは時代を経て生き残っている様子が醸し出されています。温泉の臭気が強いため、壁もボロボロになってしまったのだそうです。

まだまだ日本にも私にとって見知らぬ場所がたくさんあります。本を通じて旅ができる幸せを感じます。


第274回 迷った時こそ動く

空梅雨と思いきや、台風の大雨に猛暑など、今年の夏も色々なお天気でしたね。今頃になって疲れが出てしまい、アクセルを踏んでも今一つ、という方もいらっしゃることでしょう。私の場合、なるべく1年間を通じて睡眠や運動、仕事量などを一定に保つことでリズム感を持つようにしています。そうすることで急激な変化などに慌てないようにしているつもりです。

とは言え、人間は機械ではありませんので、今までなら何ともなかったのに突然息切れということは大いにあり得ます。私は過去に何度か数日間寝込むほどの風邪をひいたり胃痙攣に見舞われたりということがありました。緊張感の連続が突然切れてしまったからなのでしょう。昏々と眠るばかりという感じでしたね。以来、オンとオフを切り替えることや無理をしすぎないことなどを意識するようにしています。

そのようなことから、「運動」は仕事をしていく上で私にとって欠かせない要素です。中学時代までは運動音痴だったため、高校で一念発起して体育会系の部活に入りました。ただ、強豪高校ではなかった分、私にとっても心地よい運動量でしたね。一方、大学では文化系に入ったがゆえに、またもや運動からは疎遠に。社会人になってスポーツクラブに入るも三日坊主というありさまでした。本格的に運動を日常生活に取り入れるようになったのは、ここ10年ぐらいです。

ではなぜ生活サイクルに運動を組み込むようになったのかと言いますと、ひとえに「人間の体というのは年齢と共に衰えるから」です。たとえ心の中では20代と思っていても、体は確実に年を重ねていきます。数年前に私はマラソンにはまったのですが、関節を痛めてしまい断念。私の場合は根を詰め過ぎてしまってケアを怠ったのが原因でした。年齢ももちろんあります。よって、「外気の中で走る」という行為はその時点で封印したのでした。

ただ、ドクターからは「スポーツクラブのような床のクッションが柔らかいところならOK」というお言葉をいただき、それに一縷の望みをかけて運動を再開しました。幸いなことに素晴らしいインストラクターの方々との出会いもあり、今でもレッスンには定期的に参加しています。

それでもごくたまに「今日はレッスン、出ようかなあ、どうしようかなあ」と思う日があります。何となくどよーんとしていたり、授業や通訳準備が今一つはかどっていなかったりという日にそう思います。「やはり運動よりも仕事準備よね。時間には限りがあるのだし」という焦りも出てくるため、何とかして「運動をしない言い訳」をあれこれ考え始めます。家を出てスポーツクラブへ行き、レッスンを受けて再び身支度をして帰宅となりますと、それだけで確実に2時間はかかるからです。

けれどもこれまでの自分の経験から編み出した結論は、「迷った時こそ動く」でした。そのままうなりながら机の前で勉強をしたところで、もともとはかどっていなかったのです。突然エンジン全開になる確率は極めて低いことがわかっています。ならば勉強は中断、思い切って体を動かす方が気分転換にもなり、頭もさえるはずです。

迷ってグダグダするのが一番の時間のロスです。しかも私の場合、そういう時に限って「調べ物」と称してダラダラとネットサーフィンするのがいつもの行動パターン。そしてさらに気分がめいってしまうのです。

迷うぐらいなら即行動!取り組まずに後悔する際の精神的ダメージは、負のスパイラルの入口だったりするのですよね。「行動に向けた小さな一歩」を大事にしたいと思っています。

(2016年9月5日)

【今週の一冊】
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「NANO HOUSE 世界で一番小さな家」 フィリス・リチャードソン著、寿藤美智子訳、エクスナレッジ発行、2013年

日ごろ放送通訳に携わっているためか、逆に自宅ではほとんどテレビを見ない生活がこのところ続いています。おそらく家では目を休めたいからなのでしょうね。それでもドキュメンタリーは好きで、新聞のテレビ番組表を毎朝チェックしては面白そうな番組を視聴するようにしています。中でもお気に入りは週末にNHKのEテレでやっている「地球ドラマチック」。先日の回では世界のオモシロ住宅が取り上げられていました。ペットボトルを海に浮かせてその上に家を作った人、ゴミ箱をマイホームにした人、飛行機を森の中にわざわざ移して家にしている元パイロットなど、実に興味深い内容でした。

それがきっかけとなって手に取ったのが今回ご紹介する一冊です。本書は写真集なのですが、解説も充実しており、世界各地にある「小さな家」がテーマとして取り上げられています。カプセル型、スーツケースを開くとビニールハウスのような形になる家、床が斜めの箱型ハウスなど、こちらも先日の番組同様、多種多様です。デザイン先進国のオランダや建築学の発達しているアメリカの大学、東欧や北欧、南米の一軒家など、世界にはこれほどユニークな家があるのかと気づくことができます。

中でも私の目を引いたのがスロベニアの一軒でした。「スロベニア」と聞いても私の場合、「旧ユーゴ」という言葉が思い付くぐらいだったのですが、建築デザインは自由で大胆なようです。

気になったので、別の建築関連の本を探したところ、やはりそちらにもスロベニアの作品が紹介されていました。そういえば、トランプ夫人の現夫人、メラニアさんはスロベニア出身で、建築学科に在籍したことがあったのですよね。一冊の本がきっかけで、今の大統領選挙にまで通じたことも嬉しい発見でした。


第273回 インターネットのこと

かつて私が通訳デビューをしたころはインターネットもなく、調べ物はもっぱら紙版の書籍、新聞などを通じてでした。エージェントから依頼連絡を電話で受け(今はメールがほとんどですよね)、資料が郵便ないし宅配便で到着するまでの数日間は自発的に書店や図書館などへ出かけて、出来る限りの準備を先手先手で進めていったのです。業務内容のキーワードをもとに自分なりの「ヤマカケ」をして、当日に向けて備えていったのでした。今であれば自宅にいながらにしてインターネット経由でたくさんの情報を得られます。そう考えると隔世の感がありますよね。

けれども、当時の不自由な時代が大変で今がラクなのかと問われれば、必ずしもそうではないと私は感じています。ヤマカケをするのであれば、どういった内容が当日の通訳業務中に飛び出すのか、感覚を研ぎ澄ませて想像する必要があります。また、情報量が限られている分、自分なりに割り切ることができますので、与えられた情報をじっくり集中して読むこともできます。私の場合、情報があり過ぎてしまうと「あ、あの資料も読まなきゃ。あちらのネット情報も知っておかないと」となり、「○○しなければモード」が全開となってしまいます。つまり、やらねばならないことに圧倒されてしまい、今、目の前のことに集中できなくなってしまうのです。これでは限られた勉強時間を有効に活用することができません。

過日、書籍PR冊子「本の窓」(小学館発行)を読んでいたところ、僧侶の小池龍之介さんが興味深いことを書いていました。小池さんはかつてインターネットやメールなど、たくさんのデジタル手段と接点を持っていましたが、あまりの情報量の多さから徐々にネットから離れていったそうです。そうすることで時間的・精神的な余裕を取り戻したと綴っていました。今ではパソコン自体も処分してしまったのだそうです。

私の場合、すべてのデジタル環境から身を切り離すことは仕事の都合上できません。けれども、なるべく自分の頭で考える時間を多く持ちたいと考えます。このため、いまだにスマートフォンやモバイルPCをあえて持たないという選択をしているのです。将来的にすべてがスマホでという時代になれば、要検討ということになるでしょう。

インターネットの良さには、いつでもどこでも情報を手に入れられる点がありますが、その一方で、玉石混交の情報も混ざっているため、それに振り回されない意志の強さも利用者には求められると私は思っています。たとえば何か悩みに遭遇した際、検索サイトでキーワードを入力すればたくさんの結果が出てきます。けれども検索結果の上位に表示されるものが、公式な団体による説明とは限りません。仮に、ある病気について調べたとき、医療団体や専門家の記述が画面の上部に表れるとは言い切れないのです。個人が善意でまとめたサイト紹介もあれば、疑問解決サイトの結果が出てくることもあります。もちろん、そうしたところに出ているものも正しいとは思うのですが、Aという意見もあればBという考えもあるなど、情報の幅が非常に大きいのです。

病気に関することであれば、むしろ訪ねるべき場所は専門家のいる病院や公的機関の相談所でしょう。ネット上の情報で不安に陥るよりは、自ら足を運んで尋ねた方が時間の節約になります。「どうしよう?」と悩みながら何日もPCの前で苦しい思いをするよりも、一歩踏み出していった方が早期発見・早期解決につながるのです。

これは病気に限らず、様々なことに当てはまります。英語学習で悩んでいるときも、信頼できる人に直接相談することでヒントや元気を得ることができます。まずは「行動」をとることが大切と私は考えています。

(2016年8月22日)

【今週の一冊】
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"Picture this: World War I posters and visual culture" Pearl James編集、University of Nebraska Press、2010年

数年前にロンドンへ旅行した際、Cabinet War Roomsという博物館を訪れました。ここは第二次世界大戦中にチャーチル首相が指令を出した所で、ウェストミンスターの官庁街の地下に設けられています。そこのミュージアムショップで様々な商品を眺めていたところ、いくつかの商品にKeep Calm and Carry Onという文が印刷されていました。文字通り訳せば、「平静を保ち、普通の生活を続けよ」です。

この一文は第二次世界大戦中、イギリス国民に対して使われた士気高揚のためのプロパガンダ・ポスターに書かれていました。当時の政府はこのようなポスターを何種類か用意していましたが、このKeep Calm and Carry Onポスターだけは最悪の事態に陥った際に使おうと考えたそうです。しかし、結局戦時中に用いられることはなく、その後、公にもならず、ポスター自体が発見されたのはつい最近のことのようです。このエピソードについては、インターネットでKeep Calm and Carry Onと検索すれば調べることができます。

さて、今回ご紹介する本には第一次世界大戦中のポスターが取り上げられているのですが、そうしたポスターがどういう経緯で制作されたのか、また、国威発揚へどのような影響があったのかなどが学術的観点から説明されています。

こうしたポスターを描いた作者や画家というのは、ポスター自体に名前を記すことも少なく、たとえ興味深いデザインであってもなかなか「芸術」としての観点から知ることができません。けれども、アートとして考えれば実に興味深い要素がこのようなポスターには盛り込まれており、当時の流行やデザイン的側面を知ることができます。

プロパガンダ・ポスターはアメリカやイギリスだけでなく、当時のソ連や日本のポスターにも美しいデザインのものが存在します。本書を読むことで、戦争についてはもちろんのこと、過去のデザインに思いを馳せることもでき、とても興味深い一冊です。


第272回 我流・英語文献の読み方

通訳準備の大きな割合を占めるのが「予習」です。事前の勉強が当日の出来の9割を左右すると言っても過言ではありません。なぜなら、当日の業務で何が出て来るかはふたを開けてみないとわからないからです。業務を割り当てられた時点で関連資料はいただけますが、あとはどこまで本人が広く浅く、そして狭く深く勉強するかがカギを握ります。

通訳の場合、そうした「にわか専門家」になることに加えて、その分野で出てくる用語を日本語と英語の両方で理解し、瞬時に口をついて訳出できることも求められます。このため、予習の際にもバランスよく専門知識を両言語で読んでおくことが大切です。

こうしたことから私は英語の専門文献やjournalと言われる学術論文・機関誌にも目を通すようにしています。日本の新書や通常の本と比べると、そうした専門文献や論文は活字ばかりで図解説明がほとんどありません。ページをびっしりと占めるアルファベットだらけの状況に慣れるまでは頭がクラクラしていましたね。大学院で勉強していたころも専門書ばかり読まされ、どこから手を付けてよいかわからず途方に暮れたこともありました。

では、何か効率的な読み方はあるのでしょうか?私自身、「我流」ではありますが次の10ステップを踏むようにしています。

1.最新のものを選ぶ
論文や専門書の場合、私は「一番新しく発行されたもの」から読むようにしています。なぜなら最新刊であれば、これまで刊行された他の文献が網羅されているからです。研究結果も新しいため、最新情報を知ることができます。

2.keywordsに注目
学術誌の場合、その論文のキーワードが冒頭には掲載されています。これは、本文がどういった単語を土台に展開しているかを示すためです。自分が探している内容がこのキーワードリストにあることを読む前に把握できるので便利です。

3.abstract→conclusionの順に読む
論文タイトルのすぐ下にはabstract、つまりその章の概要が1パラグラフにまとめられています。長い論文でもその概要を読むことにより、全容がつかめるのです。abstractを読んだら私はすぐ章末のconclusionを読み、論文全体がいわんとしている結論を把握します。

4.referencesやbibliographyに付箋紙を貼る
これらはいずれも参考文献リストのことで、著者が本文執筆の際に参考にした文献が網羅されているページです。abstractとconclusionを読んだ後はいよいよ本文を読み始めるのですが、その前に私は参考文献リストに付箋紙を貼ります。こうすることで、いざ本文を読み始めてから本文中に他書籍の紹介があれば、すぐに原典の書籍名を参照できるようにしておくのです。

5.先行研究に注目
論文の場合、abstractの後の本文では先行研究の紹介があります。これは、論文著者が自分の調査結果や考えを披露する前に、これまで同様の研究がどのように展開されていたかを紹介する部分です。読み進めると、過去の文献がたくさん出てきますので、referenceやbibliographyと突き合わせながら読んでいきます。個人的に興味のある他文献があれば、印を付けておき、そちらにもあたるようにしています。

6.methodの部分はさらりと
abstract、先行研究の後はいよいよ著者がどのように調査を進めたかを紹介する部分となります。たいていの論文はmethodという小見出しで書かれているのですが、ここでは具体的な方法論の話が展開します。社会統計学などの話題がメインです。正直なところ、私にとって統計学は未知の分野であるため、この箇所はさらりと読み、次に進みます。

7.resultsに注目
方法論のところでは統計数字や数式などがたくさん出てきますが、その後のresultsではいよいよ調査結果が登場します。「こういう母集団に対してこのような人数が○○と答えた」という具合です。私自身はここに出ている細かい説明よりも、「何がどうした」を把握するようにつとめて読み進めています。

8.もう一度conclusionを読む
ステップ3の段階で結論は一度読んでいるのですが、ここまで本文を読んだ後、改めて結論を読みます。再度読むことにより、著者が何を言いたいのか、確認することができるからです。

9.他の章にもざっと目を通す
機関誌の場合、著者以外の専門家が他にもたくさん寄稿しています。他のページもざっとめくり、最新の学説がどのようなものなのか注目すると、その学術界のトレンドをつかむことができます。

10.索引を活用する
専門文献の場合は巻末にindexがあります。アルファベット順にキーワードがここにはありますので、自分の関心がある単語を探しながら、該当ページを読みます。こうすることで、自分の好奇心からさらに発展的に学ぶことができます。

いかがでしたか?何とも「我流」な読み方ですが、一字一句を丁寧に読むにはあまりにも時間がないときなど、自分なりの読破法があればそれだけでも英語文献へのハードルは下がります。皆さんも皆さんなりの工夫を加えながら、ぜひ学術文献を楽しんでくださいね。

(2016年8月15日)

【今週の一冊】
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「世界の美しい空港」 宝島社、2012年

久しぶりの大ヒット本!私はもともと空港が大好きで、今でも飛行場へ行くたびにワクワクします。学生時代や独身の頃は旅行や仕事でずいぶん飛行機にも乗っていました。ところが子育て時代に突入すると日々の生活が最優先され、なかなか飛行場を利用することもなくなってしまったのですね。ですので、たまに空港を訪れるとそれだけで大興奮です。

本書は世界各地の空港を写真におさめた美しい一冊です。今まで意識したことがなかったのですが、実は空港というのはどこも天井が高く、ガラス張りになっているのですよね。流線型の美しさや、空港ロビーに置かれている椅子のこと、あるいは施設の話など、本書はあらゆる角度から空港の魅力を綴っています。

標識やピクトグラムには共通デザインこそあれ、細部は微妙に異なります。非常口マーク、両替所、お手洗いの表示など、旅先と日本のものを見比べてみるのも面白いでしょう。ほかにもフライト情報の表示板やアナウンス、荷物カートなど、どこをとってもお国柄や雰囲気がありますので、そうしたところに着目するのも旅を楽しくしてくれます。

中でも興味深かったのが、空港を表す3レターコードの話。羽田空港はHND、成田はNRTですが、このコードを作成するルールやオモシロ3レターコードも紹介されています。ちなみにWorld Airport Codesというサイトでは3レターコードを詳しく調べることができるのですが、私の名前のSanaeの最初の三文字SANはSan Diego International Airportのコードでした。シバハラのSHIは沖縄県宮古島市の下地島空港、ABCはスペインのAlbacede-Los Llanos AirportでJALはメキシコのEl Lencero Airportのコードです。

ちなみにドイツ・フランクフルト空港の出発案内板は、パタパタと文字が入れ替わるタイプです。昔懐かしの案内板が今なお残っているそうです。

「空港」をキーワードに大いに楽しめる一冊でした。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 アルク「English Journal」でBBC Newsを監修した後、現在はNHK「ニュースで英会話」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当中。 現在は通訳学校でも後進の指導にあたる。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」を更新中。