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Training Global Communicators

Vol.15 「1%のひらめきと99%の努力」

【プロフィール】
伊藤実和子さん Miwako Ito
平安女学院短大英文科卒業後、株式会社クボタ入社、鉄工海外輸出部に勤務。社内初の海外出張を経験し、同時期から通訳学校に通い始める。1998年通訳学校同時通訳コース卒業と同時に、フリーランス通訳者として活動を開始。現在、国際会議トップ通訳者として第一線で活躍中。

語学はもともとお得意だったんですか?
いえ、もともと英語は嫌いだったんです。きっかけは高校1年の時なのですが、当時私は貧血がひどくて入院することになってしまい、それまで熱中していたバレーボールをやめなければならなくなったんです。さてどうしようかと思っていた時に、偶然NHKラジオのテキストを見かけて、これでもやってみるかなぁと軽い気持ちで始めました。やっているうちに面白くなり、朝晩必ずテキストを開いて勉強しました。短大でも英文科に入ったんです。帰国子女でもなく、全て日本で勉強したので、英語に対するコンプレックスもあったんですが。

通訳を目指そうと思ったきっかけについて教えて下さい。
クボタでは、エンジンやトラクターを海外に輸出している部署で、北米輸出業務を担当しました。英語を使ったのは、海外から電話があった時に取りつぐぐらいでした。総合職ではなかったんですが、上司が大変理解のある方で、いろんな仕事を任せて頂き、海外ビジネスに関しても勉強させて頂きました。その頃から、ビジネス英語を勉強するようになり、上司の薦めもあって海外出張にも行かせて頂きました。

仕事自体は非常に面白かったんですが、仕事に対するチャンスは男性に比べて閉ざされているなと感じたんです。それなら、企業の中で上に進んでいくよりも、手に職をつけようと思い通訳学校に通うことにしました。会社に行きながら、夜学校に通う生活を続け、卒業と同時に会社を辞めて通訳者として生きていく決心をしました。

通訳者としての最初のお仕事は?
米国系テーマパークでのプロジェクト通訳です。エージェントからの派遣で、9ヶ月間仕事をしましたが、最初は本当に大変でした。建築家に付いて通訳をすることになったものの、当時建築の事なんて何も知らないし、ゼロからのスタートでした。いくら通訳学校で勉強したとは言え、生きた英語は全然違うんです。聞いた事は全て書き留めるようにしました。先輩に「こんなことも書いてるの?」とびっくりされたこともあります。その甲斐あってか、周りにも認められ仕事が楽しくなってきたことを覚えています。
七つ道具
(パソコン・ストップウォッチ・双眼鏡・
イヤフォン・付箋・のど飴・ペン)

英語に対するコンプレックスがあったと伺いましたが。
最近までありました。小さい時に海外で生活していなかったので、英語に関しては入ってくる情報源が限られていたんですよね。最近ようやくコンプレックスから解放されたんですが、多分それは毎日英語を使っていることと、国際結婚をしているという理由からかもしれません。以前は、外国人とはビジネス間では親しくなっても、個人的に仲良くなることはあまりありませんでした。国際結婚をして、夫の両親や友達と頻繁に会い、プライベートで海外に行くことも多くなったんです。日常的に英語を使う比重が多くなるにつれ、自然とコンプレックスもなくなりました。

特に印象に残ったお仕事は?
あまりにも仕事をしすぎて思い出すのが難しいんですが、IC発明者であるジャック・キルビー氏(テキサスインスツルメンツ社名誉顧問)の通訳をさせて頂いた際のエピソードが印象に残っています。ノーベル賞を受賞されていて、周りの人も神様のように接していましたが、ご本人は本当に謙虚な方なんです。「どうすればそのような素晴らしい発明ができるのですか?」という質問に対して、エジソンの言葉を引用され、「1%のひらめきと99%の努力」とおっしゃったんです。それを聞いて、あぁ彼のように偉い人でも、そんな風に考えているんだなと感動しました。私も今まで、努力すれば何とかなると思ってやってきたので、本当にお会いできて光栄でした。通訳の醍醐味は、こうやっていろんな方に会えることだなぁと思った瞬間でしたね。

得意な分野は?
その時々で変わるんですよ。建築から入ったこともあり、どちらかというと技術系が得意です。原子力関係では、よく出張にも行きました。結婚出産を機に出張を控えてからは、通信・半導体を中心に仕事を受けています。最近は本当に多様化していて、一時は環境問題、今は経営や経済、投資が多く、時代とともに請ける通訳内容も変わります。好きな分野についてよく聞かれるんですが、どの分野も分かってくると面白くなるんですよ。スピーカーの意図をくみ取り、自分の言葉で訳せるようになると本当に楽しいです。

プロとして心がけていることは何ですか?
できるだけ前もって勉強することです。簡単な内容でも、事前に勉強しておくと、当日のパフォーマンスが格段に違います。無駄な努力になるかもしれませんが、自分でベストを尽くしたと思えば、「後はもうやるだけ!」という気持ちになれます。事前準備が当日の自信になるんです。それから、状況に応じて通訳をすること。お祭りのようなイベントの時は、正確さよりも、言葉を少々割愛しても場を盛り上げるよう通訳できればいいなと思いますし、逆に技術的なものは落とさないようにします。録音が許可される会議では、自分の通訳パフォーマンスを録音することにしています。自分の英語・日本語の出し方がどうだということだけでなく、マイクを通した声が聞きやすいかどうか、変な「あの、その」が入っていないかが確認できます。今後のパフォーマンスにつながり、非常に役に立ちます。

家事とお仕事の両立はどうされていますか?
ベビーシッターさんをお願いしているので、彼女との連携さえうまくいっていれば、その他の家事は何とでもなります。仕事と両立するようになって、難しいなと思うのは事前の勉強です。昼間は子供と過ごし、夜に睡眠時間を削って勉強するのは体力的に無理なので、「勉強しながら子供と一緒にいる」ことがうまくできればいいのですが。

今後のキャリアプランは?
もともとプランを立てないタイプなので、行き当たりばったりです。面白い! と自分が感じることに力を入れてきたので、もし運命があるとしたら、その風が吹いてくると思うんです。そのまま方向転換すれば、別のキャリアが待っているかもしれないし、通訳を続けるとしたら、自分が満足できるまでやりたいと思っています。

編集後記
インタビュー後、米国移住されたとのお便りが届きました。米国でも通訳者としてご活躍されていること間違いなしだと思います! NHKテキストの効果的活用法の秘訣は、「ラジオの声をリピートすること。自分の声を録音してみること」だそうです。毎日やらないといけませんよ! とアドバイスを頂き、私も早速スペイン語テキストを購入しました。現在1ヶ月続いております!
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Vol.14 「自分から行動すること」

【プロフィール】
木内裕也さん Yuya Kiuchi
幼少から英会話学校に学び、高校在学中に長野オリンピックボランティア通訳を経験。1999年、上智大学外国語学部英語学科入学と同時に学内の通訳クラスを受講、2001年より正式にフリーランス通訳者として活動を開始。学業と両立しながら、会議・放送通訳、出版・実務翻訳者として活躍。現在23歳、今春大学卒業後は通訳業に専念する傍ら、夏には米国大学院留学予定。


帰国子女ではないと伺いましたが、語学はもともとお得意だったんですか。
両親が全く英語を話せないこともあり、せめて息子には! と思ったらしいんです。4歳頃から近所で英会話を習い始め、小学校6年生からジオスに週2回通いました。大学入学まで通って、一番上のクラスまで行きましたが、その頃にはかなり話せるようになっていたと思います。英語力が伸びた、と感じた時は二度あって、最初はジオスに通い始めた頃なんです。幼少時に学んだ基礎勉強の成果が出たのでしょうか。その次は、大学に入って通訳講座を受講するようになってからです。

通訳に興味を持ったきっかけを教えて下さい。
高校2年生の頃、長野オリンピックで通訳ボランティアを経験しました。非常に面白く、もっと本格的にやってみたいと思い情報収集していたところ、井上久美先生が上智大学で教えていらっしゃることを知ったんです。通訳入門から上級まで様々なクラスがあり、週5-6時間先生の授業を受けました。

他の言語も勉強されているのですか?
フランス語を勉強しています。1999年から1年間、ロータリー財団の奨学金を得てフランスに留学しました。今はまだ通訳レベルではありませんが、将来は英仏通訳ができればと考えています。

プロとして正式に通訳をはじめたのは?
大学2年時に、井上先生からの推薦で、エージェントからお仕事を頂いたのが最初です。歯科セミナーでの通訳で大変緊張しましたが、事前に資料を頂いたので問題無く終えることができました。
まだ若いのにとよく言われますが、プロとして仕事がきちんとこなせれば関係ないと思っています。自分自身は全く気にしていませんが、例えば3-4日続く仕事となると、だんだんクライアントとうち解けてきて、年齢を聞かれることがあるんです。実はまだ学生でと伝えると、かなり驚かれます(笑)。

大学では、通訳講座のアシスタントもされているそうですね。
井上先生の授業補助、教材作りなどがメインで、先生が出張される際には大学での授業を代理で受け持っています。通訳技術だけでなく精神面でも鍛えて頂き、井上先生に教わることができて本当によかったと思っています。

1週間のスケジュールは?
大体週4日仕事が入っています。全て単発ですが、会議からセミナー、放送通訳、シンポジウムなどいろんなお仕事を頂きます。空いた時間には翻訳も少しやっています。土日も次の仕事の準備に追われることが多いのですが、時間が許せばサッカーの審判をやっています。中学校3年時に審判の資格を取ったんです。休日のいいストレス発散になっています。

プロとしてこころがけていることはありますか? 得意な分野を教えてください。
ただ「言葉」を訳すだけではなく、井上先生に教わった「コミュニケーションを大切にする」ことを常に忘れないようにしています。
好きな分野は、建築、スポーツ、自動車、物流です。今後は金融方面も伸ばしていきたいと思っています。

今後のキャリアプランについて教えて下さい。
MAを取得するために、今夏米国留学する予定です。その後PHDも取得したいと考えているので、6年ぐらいはアメリカにいることになります。帰国後は大学で教えることも視野に入れつつ、並行して通訳もできればと考えています。更に幅広い分野で通訳の仕事ができればいいですね。

翻訳もされるんですか。
実務翻訳に関しては、保険、自動車、アニュアルレポート、企業案内等を翻訳しています。出版分野では今までに書籍を4冊翻訳させて頂きました。日本語で読んだ本が面白かったので、出版社に英語版があるかどうか問い合わせたんです。日本語しかなかったようで、「翻訳してみませんか?」と言われました。その後縁あって、英日出版翻訳を3冊経験させて頂きました。翻訳は通訳と異なり、時間をかけて言葉を選ぶことができます。このプロセスが、通訳の時に役立っていると思っています。

もし通訳者になっていなかったら、何をしていたと思いますか。
子供みたいな話かもしれませんが、サッカーの審判です。最近は日本人審判でも、有名な人が出てきていますし、面白そうだなと思います。今は通訳が本当に楽しいので、別の人生は考えられませんが。

通訳を目指している方へのメッセージをお願いします。
とにかく継続することだと思います。それから、自分から動いていくこと。出版翻訳も、出版社に電話をかけたことによって扉が開いたようなものですから。毎日コツコツ勉強して積極的に動いていけば、道は開けると思います。

編集後記
今までインタビューさせて頂いた中で、最年少の会議通訳者さんでした。既に国内外の大学から、将来教授として迎えたいとのオファーがあるそうですが、10年後、20年後の木内さんはいかに。「インタビューなんて、通訳の仕事より緊張します」とはにかんでいらっしゃったのが、印象的でした。
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Vol.13 「創意工夫で広がる仕事」

【プロフィール】
古谷浩子さん Hiroko Furuya
大妻女子短期大学英文学科卒業後、米国留学。United College of Business, Secretary Course終了。帰国後、米国系テーマパーク、半導体、飲料、通信などの企業にバイリンガルセクレタリーとして勤務。現在は、外資系通信企業の財務統轄本部に勤務。

セクレタリーになったきっかけは?
物心ついた時から、アメリカに行くのが夢だったんです。大好きな叔父がアメリカに住んでおり、日本に来る度いろんな話をしてくれたんですよ。「いつか絶対アメリカに行こう!」と思っていて、夢が実現したのが短大卒業後、18歳の時です。短大時代のクラスメートは皆就職しているのに私だけ学生気分ということもあり、プレッシャーを感じていました。せっかくアメリカにいるんだから、何か仕事に役立つ資格を取ろう! と思い、セクレタリーの学校に通うことにしたんです。帰国後、人材バンクに登録したら、セクレタリーの学校に行っていたということで、仕事を紹介され、気がついたらずっとセクレタリーの仕事をしています。

セクレタリーのおもしろさとは?
数年だとわからないかもしれませんが、上司と歯車が合って、ケンカもできるようになり、言いたいこともある程度言えるようになると、いい関係が築けるんです。相手のことも尊敬でき、人間として理解しあえる気がします。そうなると、仕事が良い方向に進みだし、面白くなってくるんです。もちろん嫌な事、頭にくる事もたくさんありますが、「1頼まれたら、10やってあげよう!」と思うと、上司との間に何とも言えない良い空気が流れるんですよ。もっとやってみよう、あれもやってみよう! という気になり、いろいろと工夫できるようになります。仕事の幅も広がり、色々な人達との出会いも生まれます。

具体的なお仕事内容について教えて頂けますか。
会社によっても違いますが、スケジュール管理、ファイリング、メールチェックから始まり、社外の人とのやりとり、会議設定、コーディネーターのような仕事と様々です。会社の立ち上げや、大きなプロジェクトに関わらせて頂いたこともあり、セクレタリーの枠を超えて、いろんな経験をさせて頂きました。地味な仕事だとは思いますが、自分から動こうと思えばいくらでも、自分次第でどんなことでもできる仕事だと思うんです。

特に印象に残ったお仕事はありますか。
大変という意味では、外資系飲料メーカーでの経験です。本社社長やエグゼクティブ一行の来日時には、私たちセクレタリーもホテルに4日間ぐらい監禁状態になり、明け方3時から仕事を始めます。本社側は自家用飛行機で来るので、私たちも管制塔とやりとりしながら車やヘリコプターの手配をします。ホテル内の飲み物を全てそのメーカーに統一したり、プレゼン資料の作成、パーティーの準備といった作業も必要になります。「ミスは許されない、成功も失敗も全て私達のコーディネート次第」と言われ続けたプレシャーの中、今から考えると、よくあそこまでやったなぁと思いますが、逆に、あそこまでやったんだ! という思いがあるので、何をやっても大変だとは感じないというか(笑)。

貴重な経験と言えば、東京ディズニーランド建設プロジェクトのメンバーとして最初から参加できた事です。非常にきびしい仕事でしたが、完成した時の喜びは今でも忘れられません。東京ディズニーシー建設プロジェクト発足時にも声をかけて頂き、スタートアップから完成まで、スタッフの一員として参加しました。この両プロジェクトの経験からは沢山のパワーをもらい、更なる自信を得る事ができました。私にとって生涯忘れられない貴重な経験です。

セクレタリーとしての強みは?
今まで数々の仕事をこなしてきた事で、どんな環境でもやっていける勇気と自信があります。そこが私の強みかなと自負しています。

上司と性格が合わなかったこともありますか?
当然人間ですからあります。その為に分かり合える努力はします。あまりクヨクヨするタイプではないので、今までを振り返ってみると、いつのまにかどのボスとも二人三脚で楽しく仕事をしてきました。

セクレタリーを目指している方へのメッセージをお願いします。
セクレタリーという仕事は、一朝一夕にできる仕事ではないと思うんです。どちらかというと陰の仕事で、我慢しないといけないこともたくさんあります。常に前向きに考え、周りが楽しく過ごせるよう配慮したり、仕事を頼みやすい雰囲気を作ったりと、自分で工夫することが重要です。そうすれば、周りも変わりますし、自分も変わると思います。
どの仕事も同じだと思いますが、コツコツ経験を積んでいくことが一番です。

今後のキャリアプランは?
会社の立ち上げをいくつか経験したことがあるので、そういったプロジェクトにまた関わっていければ最高です。私が尊敬してやまない叔父のように、輸出・輸入のような仕事もやってみたいなと思っています。

編集後記
秘書の鏡、と言っては語弊があるかもしれませんが、古谷さんが会社にいると、本当に雰囲気が良くなるだろうなと思わずにはいられませんでした。「周りとのコミュニケーション」、「仕事を頼みやすい雰囲気作り」、勉強させて頂きます!
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Vol.12 「語学・演劇・自己表現」

【プロフィール】
白石哲也さん Tetsuya Shiraishi
第11回でインタビューさせて頂いた白石哲也さんの「その後」を追いかけました。いつか語学・演劇・自己表現の3つがつながる時が来るとおっしゃっていましたが、オーストラリアのNIDA(The National Institute of Dramatic Art Sydney, Australia ) への入学が決まったそうです! 超難関なオーディションをパスし、夢を現実のものとした白石さんに再びお話を伺いました。


NIDAについて教えて頂けますか。
メル・ギブソン、ケイト・ブランシェットといった、演技派俳優を輩出していることで有名な世界屈指の演劇学校です。舞台を目指す人にとっての登竜門のような場所と言えばいいでしょうか。アクティング、デザイン、テクニカルプロダクション、ボイススタディなど、演劇に関する様々なコースが設けられています。1年に1回行われる入学オーディションには、数千人の応募があり、その中で数十名のみ入学を許可されるという厳しいものです。

オーディション受験から合格までの経緯を教えて下さい。
去年は1次試験で不合格になったんですよ。今回はかなり準備して行きました。1次試験は2分間のモノローグ2つが課題です。1つはシェイクスピアの作品から、もう1つはコンテンポラリーをやるという決まりがあります。舞台から1つのシーンを抜き出し、登場人物の独白をやるのですが、もちろんスクリプトはありません。2次-4次も同じ内容で、だんだん人数が絞られていきます。試験終了後、20分ぐらいすると結果が出るんですよ。アクティングコースは、残念ながら第4次試験(ファイナル)を通過することが出来ませんでしたが、ボイススタディコースでは最終合格者6名の中に入ることができました!

人生を変える出会いがあったと伺いましたが。
ビル・ペッパーという先生なんですが、オーディション終了後に「君の演技に魂を感じた」と言われたんです。ラッセル・クロウやケイト・ブランシェットなどを教えていた先生で、日本から来た僕に興味を持ったのか、いろいろためになるアドバイスをしてくれました。ボイスコースを受験したのも、彼の薦めがあったからなんです。日本に帰るまで毎日レッスンを見てあげよう、と言われた時には本当にびっくりしました。彼とは生涯の師弟関係(友人関係とも言えます)が築けたと思っています。

日本人だということで、何かハンディはありましたか?
どうしてオーストラリアに来たのか、全くバックグラウンドが違うのに、なぜ演技をやろうと思ったのか、30歳を過ぎているのに遅いスタートだとは思わないか等、いろんな質問をされました。受験者のほぼ全員がネイティブだったので、日本人の僕は珍しかったんだと思います。英語が聞き取りづらいという評価もありました。普通に英語を話すのとは違い、演じる際には、stressを置く場所が非常に重要になってくるんです。流れも非常に大事なので、違うところで切ってしまうと、伝わらないこともあります。こればかりは、日本で勉強できることではないなと思いました。
僕はアメリカで英語を覚えたので、シェイクスピアをやった時には、THなどの発音を厳しく指摘されました(笑)。

ボイススタディコースでは、どのようなことを学ぶのですか?
正しい声の出し方、解剖学、俳優達へのボイストレーニングのやり方などです。解剖学は、声帯を守るためにも知っておく必要があるんでしょうね。とにかく声に関すること全てです。ビルに教わるまでは、演技に自信がないせいで、わざと大きく動こうとしたり、過剰に表現しようとしがちだったんです。例えば、顔をしかめてみて、相手に分かりやすいように演技していたというか。「声で演技をしなさい」と言われて気づいたんです。派手なアクションは、全体の演技が薄くなってしまう。それよりも、自分の内側から声を出して、表現することの方が重要なんです。

今後のプランは?
今は何でもやりたいと思っています。声優もいいと思いますし。将来的には、演技を評価される俳優になりたいです。これから学ぶことはたくさんありますし、相当の覚悟が必要でしょうね! しばらくは、通訳・翻訳の仕事から離れることになるかもしれませんが、自分を信じてがんばります。今の友達や、僕を支えてくれている人たちとの関係も、大切にしていきたいと思っています。

編集後記
「オーディション受けてきます!」というメールを頂いてから数週間後、「合格しました!」とのお知らせが届きました! 舞台俳優への一歩を踏み出した白石さん、スクリーンデビューも間近なのではないでしょうか。更なるご活躍をお祈りしています!
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Vol.11 「諦めないこと」

【プロフィール】
エバレット千尋さん Chihiro Everett 
インターナショナル美術専門学校卒業後、設計事務所に就職。通訳学校での勉強を経て、94年より、フリーランス通訳/翻訳者としての仕事を開始。97-98年、クイーンズランド大学大学院日本語通訳翻訳学科にて学ぶ。帰国後、日本の通訳学校にて講師を務める傍ら、フリーランス通訳者としても活動。2000年10月より、外資系通信企業の役員付き通訳者として活躍中。

もともとアートの方面に進む予定だったんですか?
そうなんです。「インターナショナル」とありますが、日本のアートスクールなので、帰国子女ではありません(笑)。祖父が日本画家で、父親が建築家なんです。私も小さい頃から版画などをやっていたので、自然な流れで「芸術家になるんだ」と考えていたんだと思います。

語学に興味を持ったきっかけは何ですか?
普通の人に比べて、スタートは遅い方です。学生時代は、とにかく英語が大嫌いでしたから(笑)。一番のきっかけは、専門学校卒業間際に一人旅をしてみよう!、とインドへ行ったことです。英語がわからず、滞在先でバックパッカー達の会話に全く入れませんでした。Tokyo、Japanという単語が聞こえるので、日本について何らかの議論をしていることは分かるんですが、聞こえないし理解できないんです。これではいけないと思って、帰国後に英語の勉強を始めました。22歳の頃です。

具体的にどうやって英語の勉強を?
英会話スクールから始めました。一番下のレベルからでしたから、あんまり人には言えないんですけどね(笑)。当初は、片手間で英語を教えられるくらいになって、アートの世界で生きていこう! と思っていたんですが、やり出すとのめり込む性分なんです。言語って文化を背負っているものなんじゃないかと思い始めて。英語はツールだから色んな人たちと知り合うことができるし、これは素晴らしいことだと思いました。

クイーンズランドに行ったきっかけは?
英会話学校の後に、通訳学校に入りました。上のクラスに入ったものだから、ついていくのが本当に大変で......。四苦八苦しているうちに、プロ科の手前まで来てしまったんです。当時は30人のうち1人プロ科に入るか入らないかという厳しさで、2回ほど落ちて、「これは、リベンジだ!」と思いました。主人がオーストラリア人なので永住権も保有していますし、一度生の英語に触れて勉強してこようと思い、子連れで「初」留学しました。

初めてのお仕事について教えて下さい。
通訳として、本格的にお仕事を頂いたのは、オーストラリアから帰国後、プロ科に入ってからでした。忘れもしない工場見学の通訳です。工場見学後、大部屋でディスカッションがあり、「私、通訳デビューだわ!」と思いながらブースに座っていました。今でも鮮明に覚えていますが、フィリピン人女性が、英語半分タガログ語半分で話し出したんです。「どうしよう!今の最初は英語だったけど、途中からは絶対英語じゃなかった!」とパニックになって......。その場は何とか切り抜けましたが、プロの世界は厳しいな、と思った瞬間でしたね。
現在読書中

通訳をしていて、大変なことは何ですか?
クイーンズランド時代、「きれいな英語にお目にかかるのは少ないわよ」と何度も言われたんですが、本当にそうだなと思います。工場見学の時にも身をもって体験しましたが。例えば、イタリア、スペイン系の人達は、英語の中に自分の言語を入れて話すことがあるんです。オーディエンスは分からなくても、通訳としては見逃すことができません。どうしても聞き取れない場合は、前後の文脈から判断します。ここでいきなり、「私、今日魚食べたい」とは言わないよな、と(笑)。電話会議やビデオ会議も、雑音が入るので大変ですね。

通訳学校で教えていらっしゃったと伺いましたが。
もったいないな、と思う人がたくさんいました。例えば、すごくいいものを持っていて、文法はいまいちだけどセンスがいい生徒さん。少しがんばって机の上で勉強すれば、ものすごく伸びるのにと思うことがありました。通訳は、目に見えない勉強が必要で、自分自身がプレッシャーと戦いながら、孤独にやっていく作業です。やらない人が多いというより、皆そこまでせっぱ詰まっていないのかもしれませんね。
私は関西で教えていましたが、東京に比べて仕事の量が少ないと思います。数少ない仕事を皆で取り合うことになるので、結果的に生徒さんが育ちにくいという環境は正直あります。
自作用語集

東京に出ていらっしゃったきっかけは?
現在のお仕事について教えて下さい。
大阪で働いていたんですが、ボスが東京転勤になったので、私も移動になりました。現在はウィークリーマンションで暮らしています。時間を気にせず働けるのはいいですが、毎週末実家の滋賀県に帰るので、交通費がすごいんです! 今はカスタマーサービス部で、本部長付きの通訳をしています。もう3年目になります。新しい通訳さんのサポート、翻訳チェック、本部長が出席する会議での通訳などを担当しています。海外でミーティングがある場合は、ボスに同行します。毎日結構バタバタしていますが、全体的にとても働きやすい会社だと思っています。
六本木ヒルズにて

今後のキャリアプランは?
うーん、何かもっとビジネスに関わることがやりたいと思うこともあります。勉強は続けたいですね。目標のない人生なんてつまらないから! 英語を勉強し始めたのが22歳、26歳で通訳を目指したのも決して早くないと思うんです。人間ある程度、為せば成ります。これからは、また新しい目標に向かってがんばってみたい、と考えています。

最後に通訳を目指す方へのメッセージをお願いします。
大人になってから英語の勉強を始めた人にエールを送ります。子供の頃から英語に触れていた人からみると、何それと思われるかもしれませんが、できると思ってやれば、絶対できると思うんですよ。通訳学校ってクラスが上がるにつれて、人数が減りますよね? テストがあったり、レベルが上がっていくので、みんな諦めてしまうんです。でも、できる!と思ってやれば、必ずできるんです。トップクラスの通訳となると、姿勢・努力・好奇心プラス才能だなと思いますが、ある程度までは努力して前向きにがんばれば、大丈夫です。
かしこく努力できること、関連づけて覚えること、自分なりの用語集を作ってみること、あとは好奇心! これが一番大事だと思います。これらができれば、一歩踏み出せます。海外に行っていないからという理由だけで、諦めないでほしいです。
確かに、海外にいると生きた表現が学べ、口語でしか出てこないような表現が身に付くとは思います。そういう意味では、海外経験がある人は強い。でも日本にいて、通訳になれないということはないんです。大切なのは、「メッセージを伝えること」なんですから。

編集後記
第7回にインタビューさせて頂いた上谷覚治さんとは、クイーンズランド時代のクラスメートで、お互い「じじぃ」「ばばぁ」と呼び合う仲のようです(笑)。現実と正面から向き合い、決して逃げたりせず、常に前を向いて進んでいくエバレットさん姿勢は、これからの私の人生指針になりました。
エバレット千尋さんへメールを送る


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