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Training Global Communicators

Vol.50 「Give, give, give, give, and you will be given」

【プロフィール】
小熊弥生さん Yayoi Oguma
私立実践女子短期大学国文科卒業後。英語は決して得意科目ではなかったにも関わらず
努力の結果、新卒で某大手英会話スクールの主任講師として採用される。並行してインタースクールで通翻訳のトレーニングを積み、23歳で通訳者となる。数社のインハウス経験を経て、2010年より本格的にフリーランス通訳者としてご活躍。現在、某TV番組にも通訳者としてレギュラー出演中。

Q1、語学にご興味をもたれたきっかけは?
高校時代、英語の教育実習の先生に憧れたのがきっかけです。シンガポールで生活していた方で、ネイティブみたいでした。さらに、日本人で、女性で、シングルマザーでとにかく格好よかったですね。

そこで語学に興味を持ちはじめました。でもその頃は、今と違い受け身な性格だったので、当時の一番の親友が、英会話学校に通おう、と誘ってくれたので、行動に移すことができました。
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Q2、学生時代は、英語が苦手だったとお聞きしていますが、通訳者になられるまでの道のりを教えていただけますか?
高校時代に英語に興味は持ちましたが、大学時代TOEICのスコアは300点もいかないくらいの大の苦手でした。それでも、大学を卒業したら日本と海外を結ぶ架け橋になりたいという夢があって、それにはやはり通訳がいいだろうと思いました。でもそのためには、もっと英語を勉強しなければと感じ、短大卒業後は、ホテルの夜勤など3つのアルバイトを掛け持ちしながら朝6時に仕事を終え、仮眠後に、英語の学校に半年通いました。当時から、元気が取り柄でしたから(笑)

そして半年後、二回目のTOEICテストは800点を超えていたんですよ。私もびっくりして、一体何が起きたのかわかりませんでした。感動してすぐにしたことが、転職情報誌を買って求人情報チェックです。

TOEIC800点で何ができるのかな~と思い、見つけたのが、大手英会話スクール講師の仕事でした。もう、「これだ!!!」と思って、すぐに応募したら、筆記試験のあとにいきなりデモレッスンをすることになりました。でも、英語の学校へ行ったばかりだった私は、先生がしていた通りにやってみたところ、無事合格させていただくことができました。本当に感謝ですね。

講師になってからは、さらに忙しい日々になりました。英検は4級しか持っていなかった私が、準1級や受験英語のクラスを担当するわけですから、授業が終わって、終電で帰ると朝4時までジョナサンに行って猛勉強です。必死に予習してテキストに書き込みをしていました。

そんな生活を一年半続けていたら、TOEICのスコアは950点になり、英検は一級に合格。「よしっ!!これで、やっと通訳学校に通える!」と思い、インタースクールに通いはじめました。

Q3、若干23歳で通訳者になられたわけですが、その頃の御苦労や失敗談ありましたら教えてください。
一番最初に通訳者としてお仕事をさせていただいた企業に10人くらい通訳者さんがいて、そのうち8人が帰国子女の方でした。純国産通訳者は私と東大卒の方だけ、会社の受付の方まで帰国子女という環境でした。

そんな中、たった三年しか日本で勉強していなかった私は、前職の方が一瞬で終わらせることができる仕事を全然終わらせられませんでした。翻訳も間違いだらけで、ネイティブの方から、あれはダメ、これはダメと言われてしまう状況でした。努力で補おうとしても、どんなに頑張っても何年英語付けになった人との差が埋められず、付け焼刃の自分の英語力では全然駄目だ・・・と大きな挫折感に襲われました。

ちょうどそのころに新聞で、「スーパー・インフォーメーション・ハイウェイ構想」の文字を見つけました。インターネット時代の到来です。それを見たときに、純国産の自分が帰国子女に勝つには、勉強しかない!技術通訳を学ぶしかない!と思い立ち、技術分野の企業に転職をし、その後5年間知識を磨きながら、技術通訳者として経験を積ませていただき、通訳者としてのベースが出来上がったと思います。
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Q4、通訳の面白さを感じるのはどんなところでしょうか?
色々な業界で活躍されている様々な方々にお会いできるということが、私にとっては一番嬉しいことです。

誰もが知る有名作家さんから、短編小説と長編小説の案が降ってくるときの感覚の違いをお聞きできたり、誰もが知る有名時計ブランドの会長から、製品の誕生秘話をお聞きできたり、ノーベル賞受賞者の方のお話をお伺いできたり。その方々から突破口を超えるための秘訣のようなものを、ちょっとした瞬間に垣間見ることができるということが本当に貴重です。もう言葉にならないというか、「うわぁ~~~!」という感じです。成功している方のリアルな波動を感じて、エネルギーをいただいて、伝授していただけるということが、私にとっては通訳をやっていて良かったと思う瞬間です。

Q5、通訳者としてTVにレギュラー出演されていますが?
TV番組に出演させていただいて、自分の考えが甘かったと気がつかせていただきました。
お笑い芸人の方々のプロ意識の高さは、私のそれとは雲泥の差です。命がけで衝撃映像などをとってくるパワーがすごい。私の席と芸能人の方々との席は離れているのですが、バンバンエネルギーが伝わってきます。

TV越しに人に訴えるというのは、とんでもないパワーがないとできないのですね。
ひれ伏すというか、心底感動しました。それを味わえるお仕事にご縁をいただけたことは本当に感謝です。

余談ですが、インターネットでも、You tubeでも番組名と名前を入れると、良いも悪いも沢山のコメントがでてきます。「あいつは絶対見たことがある!役者だぞ!!」とか。私は役者じゃない~!っと言いたくなりますね(笑)
(※小熊さんは現在、フジテレビ(株)世界衝撃映像社(毎週土曜日19時)にレギュラーご出演中です。)

Q6、小熊さんの将来の夢は何でしょうか?
将来の夢は、いつかベストセラーの本を出版することです!誰もトンネルの時期ってありますよね。私にもあります。通訳者になってからはもちろんですが、実は、自分でビジネスをしていた時期もあって、そこでは色々な浮き沈みがありました。そういった自分の経験を交えて、トンネルは絶対終わるよ、大丈夫!ということを少しでも表現できたらいいな、と思っています。ジャンヌダルクの絵画みたいに、旗を振って、あんなに力強い存在になれたら嬉しいですね。

今考えているのは、通訳での失敗談、面白いエピソードを色々集めた本です。先日、他の通訳者さんとも話していたのですが、ある映画のタイトルをもじって"Laughter in translation(トランスレーションの中の笑い)"という題にしたら面白いかなと思っています。通訳での失敗は、お客様の手前、絶対に言えないものなのですが、今まで泥臭くやってきた私になら書けると思うんです。一般の英語で苦労されている方も、「通訳でもこんな間違いがあるんだ」と感じていただけて、失敗から楽しく学べたら、日本の英語力アップにもつながっていくのではないかと思います。しかも面白くて、売れてくれればいいかなぁと(笑)とはいえ、無名のまま自叙伝を書いても誰も読んでくれませんから、大気圏を突き抜けるくらい、自分が認められる存在にならなければと感じています。

もう一つの夢は、ダボス会議で通訳をさせていただくことです。世界中の経済・企業のトップが集まって、一年の経済動向が最も決まるのがダボス会議です。もともとは、スイスのジュネーブ大学の教授が、「非公式で話合ったらもっと話易くなるんじゃないか、そうしたら世の中がもっと早く進むのではないか?」と始めた会議なのですが、それが来年40周年を迎えます。もっともっとたくさんの経験を積んで、いつか森羅万象を理解できる通訳者になれたら、ダボス会議を一度でいいから通訳させていただきたいというのが、私のもう一つの夢です。
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Q7、忙しいときのリフレッシュ方法があったら教えてください。
以前はダンスをしていたのですが、1日90分は時間が取られてしまうので、今はあまりできていない状況です。実は、1ヶ月の中でお休みが1日だけだったり、1日で20時間お仕事をさせていただくこともあるので、時間はとても貴重です。最近は、パワープレートというものがあって、振動する台の上で筋トレをします。そうすると、地上でやるよりも何千回も多くやったことになり、脳にも振動を与えるので、すっきりとするんです。あとは、エステに行ったり、主人に話を聞いてもらうことでしょうか。これが三大リフレッシュ法です。

Q8、それだけお忙しくされていると、睡眠不足にはなりませんか?
時には十分な睡眠がとれない場合もあります。そんなときには、脳のサプリメントやコーヒーを飲んだりアンメルツヨコヨコみたいなクリームを顔に塗ってしまったりして、寝ないようにします。

でも、ブースの通訳など脳に負荷の大きいお仕事の前には、8時間しっかりと寝ることも仕事の一部だと思っています。必ずそれぞれのお仕事に必要な準備時間は計算に入れるようにしています。

Q9、最後に通訳者を目指されている方々へアドバイスをお願いします。
通訳者ということであれば、私はまだまだひよっ子です。何の情報でも、いつ役立つかわからないので常に好奇心を持って、どんなところでも何かを吸収するという気持ちが大切だと思います。

成功している人をモデルする。うまくいっている人から教えていただく。私はお客様から常にリピートをもらっていらっしゃる通訳者の先輩や自分のほしい能力を持っている方には、どうやっているのですか?と聞きます。盗むよりも聞いた方がいいですね。やはり感謝をすることが大切だと思います。

そして、自分からも与えられるものがあるなら、やはり何かの形で返せるようにしたいですね。通訳学校へ通うと、生徒さんがみんなライバルに見えるときがあるじゃないですか。でも、それは10年後の自分の同僚なんですよね。だから、やっぱりそこでも助け合い、また切磋琢磨することだと思います。

エージェントに対しても同じ気持ちです。自分が知ったことは伝えて、相手が知ったことは伝えてもらえるような分かち合いの関係を構築していくことが大事だと思います。
"Give, give, give, give, and you will be given"
気がついたら、与えられているということだと思います。360度営業ですね(笑)
あとは、チャンスがきたらノーとは言わないことです。私は、どんなお仕事でも予定がどうしても合わないもの以外は、ノーと言ったことがありません。その話がくるということは神様があなたにそれをやっていいですよ、と言ってくれているのだと思います。もちろん、準備もせずにこんな言葉も知らないの?という状況でやってきて、全力も尽くさないのではだめです。

200%の準備をして、前のめりで死ぬ覚悟でやれば絶対できる。それでも失敗したら何かわしづかみにして、そこから学んでまた前に進めばいいんですよ。私にももちろん沢山の失敗があります。それはいつか本にしたいと思っています(笑)


編集後記:
今回のインタビューは、小熊さんの出し惜しみのない明るさ、パワーに元気を沢山いただきました。
インタビュー後に、小熊さんが教えてくれた成功の秘訣は、目標はすぐに紙に書き出すことだそうです。
さらに、そのイメージを写真や雑誌の切り抜きを使ってコラージュした宝地図を作り、部屋の良く見えるところに貼ることで、現実化するのがさらに早くなるとのこと!小熊さんにとっては、夢も目標も叶えるためにあるものなのだと、感じました。いつも私たちエージェントや、お仕事先でも細やかなお気遣いをありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

<小熊さんの宝地図>
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Vol.49 「今やれることは何でもやろう」

【プロフィール】
野本あけみさん
Akemi Nomoto
国際基督教大学(ICU)高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。
外資系銀行で9年就業した後に、ご主人の転勤で海外(フランス、カナダ)へ。
カナダでは日系企業のアテンド通訳を経験。
帰国後、本格的に通訳の勉強を開始し、監査、自動車関連企業にて3年間のインハウス通翻訳業務の経験を積んだのち、現在はフリーランス通訳者としてご活躍中。
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Q.語学にご興味を持たれたきっかけは?
英語は子供のころから好きでした。そもそも本が好きで、親が日本語、英語にこだわらず沢山本を与えてくれて、買ってもらった英語の本はボロボロになるまで離さなかったようですから、親もきっとそれが面白くて色々与えてくれたのでしょうね。

Q.上達もスムーズだったのでしょうか?
とにかく英語が好きだったので、中学校の時のスピーチコンテストでは賞ももらいました。でも、その後入学した高校では、帰国子女などネイティブ並みの英語力の人に囲まれて、読む、書く、聞く、話す、すべてにおいて圧倒的な差を感じ、いきなり奈落の底へ落とされた気分になりました。得意だと思っていた英語が、実は全くできないと、その時始めて気がついてしまい、おとなしい目立たない3年間を過ごしました。一生英語にはかかわらないだろうというくらいまで落ち込みました。大学も英語とは関係ないところを選びました。

Q.英語が苦手になられたにもかかわらず、通訳者を目指されるまでにはどんな気持ちの変化があったのでしょうか?
卒業後は、ほとんど英語を使わない仕事に就いたのですが、結婚して主人の仕事の関係で、フランスとカナダで生活しました。そのとき、時間ができたので昔、好きだったにも関わらず苦手になった語学のリベンジをしたいと思いたちました。フランスではフランス語を学びましたし、特にバンクーバーでは、日系人のコミュニティの間を行き来しているうちに、日系企業の方のアテンドなど、私の英語力でもお役にたてることがありました。色々な方々にお目にかかる過程で、もともと引っ込み思案だった自分の中で何かが変わりました。人に会う、話すことがとても楽しいことだと気がつきました。そして、帰国後は真っ先に通訳学校に通うことになりました。

Q.通訳学校にはいって感じられたことは?
ボランティアでは、自分が通訳をすればそれなりに感謝されていたはずなのに、
学校に一歩足を踏み入れた途端、今までしてきたことは、全く通訳ではなかったと気がつかされました。
一日の勉強時間は10時間ほどです。トレーニングは毎日手を変え品を替え、新聞を読んだり、サイトラをしたり、シャドーイングをしたり、何かしらしていました。

Q.途中落ち込むことはありませんでしたか?
毎回です(笑)自分には向いていないと思うことなどしょっちゅうです。
でも苦労を共にする仲間がいましたし、泣きながら、「今やらなければいつやる!」と思って頑張りました。クラスでは、講師にほめてもらえるなど夢のようですから、自分なりの小さな喜びといいますか、使えなかった単語や表現が使えたなど、小さなことで喜んでいました。私の場合、下のレベルのクラスにいる頃から軽いお仕事を紹介してもらうことで外に出て、それが大きな励みになりました。

Q.通訳をしていて難しいと感じるのはどんなときですか?
専門用語などはやはり難しいです。その場で初めて聞く言葉で、文脈から判断がどうしてもできない場合、進行を止めても大丈夫な場合に限って、確認をさせていただくこともあります。
どんなに資料を読み込んで準備万端と思っていても、一回で満足いくことなどありません。限られた準備時間、精一杯やってこれ以上はできなかったら、あとはどんと構えて、現場では何事もないように臨むしかないと思っています。
おろおろしているのをお客様に悟られてはいけないし。だから必死で臨むことになります。(笑)

Q.気分転換の方法などはありますか?
色々な現場に行くこと自体気分転換です!
そもそも通訳を目指し始めたのが30代後半と遅めなので、いつも通訳者としての寿命が短いことを意識しています(笑)変な話ですが、いつか通訳ができなくなる日が来るだろうと思っています。期限があるからこそ、「今やれることはなんでもやろう!」と自分に言い聞かせて日々突っ走っています。とはいえ、毎回違う現場へ行くのですから、その都度リセットしてニュートラルな気持ちに自分を戻さないといけない、とも思います。気持ちの上でも体の上でも自己管理をちゃんとしないと。

「あのくたびれた通訳者はなんだ」なんて言われてしまうのは避けたいです。(笑)
毎回、新鮮な気持ちで現場入りして、「お客様に会うために参りました!」っていう気持ちをいつでも持っていたいと思っています。

Q.通訳のやりがいは?
やはり、終了後に「ありがとう、良かった」、と言われた時が一番嬉しいですね。
お仕事が無事に終わった時はいつでも、事前に万端整えて下さったコーディネーターさんや、受け入れて下さった客先に心から感謝します。今の私があるのは、そういう方々がいてくださったお陰です。
また来てほしいと言われて、本当にまた現場でお会いできたときには「わ~、またお会いできましたね!」と心底うれしくなります。

Q.今後の目標など目標などがあったら教えてください。
通訳者としては、一歩でも先輩方に近づけるように常に努力を続けなければと思っています。
少しでも正確に訳せるように、また、わかりやすかったと言っていただけるように、日々の地道な勉強やトレーニングは必須です。とにかく「正確に、誠実に」です。

Q.通訳者を目指されている方へのアドバイスをお願いします。
学校で訓練を積みながら、その時々の実力でも出来るお仕事を紹介していただくのが一番です。いただいたお仕事を確実にこなして信用を築いてください。
もしお話をいただいてちょっと怖いけれどどうだろうなどと迷っている時は、ある程度背中を押してくださる方にご相談するのがいいと思います。

学校での訓練は絶対必要です。厳しい講師とよく出来るクラスメートの中で大変ですが、落ち込む暇などありません。そんな暇があったら少しでも訳出ができるように努力すべきです。聞いた話ですが、年を取ったり出来の悪い競走馬を訓練するときは、若い良く走る馬の中に入れて走らせることがあるそうです。周回遅れになることもありますが、最後尾がどこか判然としない中で、駄馬は気がつかず走る。とにかく周りについていこうとするうちに、いつの間にか同じように走れちゃった、ということが起こるそうです。
学校にいる間、駄馬の私は、つらいけど抜け出せない、遅くても走らなければ、といつも思っていました。まずは自分をその場に置くこと。学校もお仕事もその場に自分を置くことです。

編集後記:
お客様に対しても、一緒にお仕事をする通訳者の方や私たちコーディネーターに対しても、いつも一期一会で接してくださる野本様。自然と「是非またお会いしたい」と思わせる魅力が溢れてらっしゃいます。
最初は苦手意識のあった英語だからこそ、地道な努力を重ね、正面から誠実に向き合って、通訳者としてご活躍されている姿に、勇気を沢山もらいました!貴重なお時間をいただきありがとうございました。


Vol.48 「言語と文化はつながっている」

【プロフィール】
ロミ 眞木子さん Makiko Lommi
フリーランス通訳・翻訳者。フィンランド、ヘルシンキ在住。
上智大学外国語学部ロシア語学科卒業
ビリニュス大学言語学部リトアニアン・スタデーィズ修了

2010年のお正月休みを利用して数年ぶりにご家族と帰国されたロミ眞木子さんに色々とお話しを伺いました。IKEAやH&Mの日本進出もあり、今やブームの域を超えて日本でもすっかりお馴染となった北欧カルチャーの発信地のひとつでもあるフィンランドに渡ったいきさつ、言語や学ぶことへの情熱を熱く語っていただきました。
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Q . ロミさんが翻訳と深くかかわるようになったきっかけを教えてください。

子どもの頃、家の近くで英語を習っていました。そのお陰なのか、昔から英語の成績が良く、また母の影響で世界各国の映画を見るのも好きで高校生の時から周囲に「将来は字幕翻訳でもやったら?」と言われながら、そのまま上智大学のロシア語学科に進学しました。

上智在学中に、ある国際映画祭で行われたシンポジウムの内容を翻訳する機会をいただき、さるドキュメンタリー映画に字幕で使用されました。それはその時限りで終わったのですが。

卒業後は損保会社に勤務し、保険、金融の分野を中心に英語と関わる業務をしながら損保協会で開催される貿易英語やコレポンのセミナーに参加したり、会計英語をかじったりしながら地道に英語の勉強は続けていました。

そんな中で、ぼんやりと1~2年留学してみたいな、と思い始め、英語圏に行くことも考えたのですが、大学でロシア語を勉強してロシアやバルト三国に興味がありましたので、会社を辞めて1998年にバルト三国のひとつ、リトアニアに留学することになりました。留学は1年の予定だったのですが、政府奨学金がいただけることにもなり、また留学先のビリニュス大学で日本語講師の仕事もやっていたのでもう1年いることになり、合計2年いました。

2年目にひょんなことからある翻訳会社さんに登録しませんか?と声をかけていただき、一時帰国中の出向やオンラインでお仕事をいただく機会に恵まれました。また、留学中に現在のフィンランド人の夫と知り合い、リトアニアからフィンランドに渡り、フィンランドで文化事業団体のインターン勤務などを経て本格的に翻訳を始めるようになりました。

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Q. いつごろから翻訳を職業にしようと思われたのですか。

ヨーロッパに来てから翻訳会社さんに声をかけていただく機会が増えた頃からでしょうか。正直、初めは受身的な気持ちも半分で、それほど高い職業意識があったとはいえなかったと思います。それでも、お仕事が増えるにつれてもっと勉強を!となり、自分からも翻訳会社さんにアプローチしていくようになりました。幸い、自分自身、語学を勉強してきたので、外国語の勉強方法も知っていましたし、言葉というものはいつも文化と繋がっていますので文化についての勉強方法も知っていました。そういった地道な努力をヨーロッパに渡ってからは欠かさずやってきましたね。また、フィンランドにいる自分がやっているものはこれだ!と誰にでもわかってもらうには「翻訳」という選択肢は非常にわかりやすいな、とも考えるようになりました。また、子どもたちのことを考えると自然に翻訳を仕事にしていくというスタイルになっていきました。さらには、フィンランド国内からも翻訳の依頼が来るようになったため、昨年フィンランドで翻訳事業者として正式に登録をしました。

Q. ロミさんにとっての翻訳の魅力を教えてください。
私、構文の分析が大好きなんです。難解になればなるほど燃えると言いますか(笑)分析をしてその英文を自然な日本語に置き換えていく作業自体がすごく楽しいところが魅力ですね。

もうひとつは、ご依頼いただく文書の内容でしょうか。時代の流れをいち早く知ることができるように感じるところです。もちろん、全て機密事項ですが(笑)いただく原稿で時代を知ることができますね。そして、自分もその先端にいると感じるだけでなく、そこで自分も何かをしているんだと思えることは本当に魅力的で興味深くもあります。

Q. 翻訳以外のお仕事も幅広くご活躍されているようですが具体的にお話しを聞かせてください。

日本からフィンランドへいらっしゃる方へのガイドや通訳などをしています。フィンランドへ視察や調査にこられる方に通訳のお仕事をさせていただく機会が出てきたため、まずは2年ほど前に公認ガイドの資格を取りました。もちろん、観光客へのガイドもやっていますし、フィンランド滞在中に急な病気や怪我に遭われた方への医療通訳もしています。翻訳という仕事は人と会わない時間が多いので、それでバランスをとることにはなっているかもしれません。また、フィンランドに移った時に、できることは何でもやっていこう!と思っていましたし、いただくお仕事は基本的に全て引き受けるというスタンスでしたので。でも、特に通訳を通して色々な方にお会いすると、自分にはまだまだ通訳技術の勉強が必要だなと感じます。その他にもいろいろな仕事をしてきましたが、すべての精度を同じように上げていくことは少し難しいと感じているので、今後、仕事は多少淘汰されていくのかなとも感じています。例えば、以前はメディア関係のコーディネートなども承っていましたが、最近は時間的な都合でお引受できないケースも出てきています。また、2006年から、毎週土曜日にこちらの日本語補習校でフィンランドに在住する日本人の子どもたちに国語を教えていたのですが、大変残念ながらこの3月一杯でお休みをいただくことになりました。

Q. ロミさんの今後の目標や夢をお聞かせください。
やはり、言語を軸にクライアントのニーズに合わせたサービスを提供し続けることでしょうか。翻訳はやっぱりサービス業だなとつくづく思います。専門性の高い仕事ですが、クライアントあっての仕事なのでやはりクライアントに満足していただかないと意味がないですから。

翻訳以外では、今年からフィンランドでの通訳者の資格コースに通っています。様々な公共の場、例えば病院や警察、裁判所などですが、いろいろな方にそのような場所であまりお会いしないほうが良いのですが、そういった公共性の高い場で精度の高い通訳をするための資格です。その資格をとることが今の目標ですね。また、最近は広告関係や文芸翻訳など人目に触れるような翻訳依頼も多くなってきましたのでそれをより良いものに仕上げていくことも目標ですね。長期的な夢としては、また大学に行って学位を取りたいと思っています。子どもと一緒にでも(笑)

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Q. 最後に翻訳者を目指している方へのアドバイスをお願いします。

翻訳者というのは極端な話ですが、自分が今日から「私は翻訳者です」と名乗ればできます。でも、翻訳をやるからにはその成果物をお客様へ「きちんとした商品として出せるのか?」ということは常に頭に入れておくべきだと思います。さきほども言いましたが、翻訳はクライアントあってのサービス業だと考えるからです。
また、これは私の座右の銘のようなものでもあるのですが、「言語の専門家を名乗る時、その人はその言語が生まれた背景、文化、社会、歴史に通じている」と。それを前提にして言語に関わると、自分がどこまで何を知っていて、何を知らないのかがおのずと見えてきます。それはまた自分の得意分野も知ることにも繋がります。だから、目先の仕事が欲しいというだけでなく、今申し上げたようなスタンスを持つと翻訳の基礎体力のようなものがついてくると思います。また、言葉に対峙するとはどういうことかという心構えを最初に作ってみるのもいいと思います。最後は、ソース言語とターゲット言語についてきちんと勉強することですね。特に私同様、海外にいらっしゃる方は自分の日本語力が見えてこなくなることがありますので意識して勉強されてみてはどうでしょうか。

編集後記
大きな瞳をクルクル動かしながらよく通る声でお話しされる姿がとても印象的でした。どこにそんなパワーがあるんやろ?と思ってしまうほど小柄なロミさんから想像もできないほど行動力に溢れたエピソードには思わずこちらが脱線して質問してしまうほどでした。言語と真摯に向き合い、ロミさんにしかできない通訳・翻訳とは何かを常に模索しながらも、異国でご自分のアイデンティティを確立なさっている生き方は大いに刺激になりました!お忙しい中、本当にありがとうございました。


Vol.47 「気持ちを伝える仕事」

【プロフィール】
門脇由佳さん Yuka Kadowaki
 武蔵野音楽大学音楽学部器楽科ピアノ専攻を卒業し、財団法人ヤマハ音楽振興会目黒センターにて専門コース講師を務める。日本駐在の外国人へのピアノ指導がきっかけになり語学への興味が深まり、ピアノ教師と両立しながら通訳学校に通う。その後、保険会社の派遣通訳の経験を経てフリーランス通訳となり現在でも幅広い分野にてご活躍中。

Q.語学との出会いはいつですか?
 中学1年生で英語を習い始めた時の先生がネイティブ以上じゃないかと思うくらいの発音で教えてくださって、英語ってきれいだな~と感動しましたね。その先生との出会いのおかげで英語が大好きになりました。それでも結局は小さい頃からやっていて好きだったピアノの道に進み、ピアノの講師など音楽関係の仕事をしていました。

Q.音楽の仕事でも英語を使われましたか?
音楽関係の方の紹介で初めて日本駐在の外国人にピアノを教えることになったんです。はじめはその一件だけでしたが、口コミで広がったようでいつの間にか生徒さんがみんな外国人になってしまいました(笑)。それから10年近く一日の半分は英語を話しているような生活になりましたね。
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Q.英語で教える事に抵抗はありませんでしたか?
抵抗は特になく引き受けましたが、最初の頃は外国人のレッスンが終わり家に帰ると、疲れで頭がボ~っとしてしまって、2時間くらい頭の解凍に時間がかかってましたね(笑)。生徒のお母さんたちと話す事が多かったんですが、話すスピードも発音も学校の教材で聞いていた英語と随分違うので、聞き取りと理解に本当に苦労しました。そんな頭の痛い生活が1年くらいは続きましたが、そのうち慣れてきて、教える子供やお母さんたちと楽に会話ができるようになったんです。
そしたらちゃんと英語の勉強をしてみようかと思うようになりました。
最初は、英検などの試験を受けていましたが、3~4年たつとやはりそれだけでは足りないと思うようになり通訳学校に通う事を決意しました。最初は通訳訓練のない下のクラスから始まって、続けていくうちに徐々にクラスが上がっていきました。
勿論ピアノの先生を続けながら、特に通訳になるつもりはなく通ってましたね。

Q.音楽・通訳の勉強と同時進行でされていて、いつ比率が逆転されたんですか?
外国人の夏休みは3か月くらいあって、その期間は本国に帰ってしまうので、いつもはその時期に外国旅行などをしていたんです。けれどもある年 ちょうど駆け出しの通訳向けの9時-5時の短期(3カ月間)のお仕事があったのでチャレンジしてみました。それが延長されていって、また自分自身なんだか楽しくて続けたくなりました。最初はその仕事の後に夕方や土日などに生徒を教えていましたが、だんだん完全に通訳業にシフトしてしまいましたね。

Q. 子供のころから大好きだったピアノに勝ってしまった通訳の魅力はなんですか?
ピアノを教えていた時も、小さなお子さんから学生、お母さん、しまいにはお父さんにまで幅広い方に教えていたのでそれはそれで凄く面白かったです。あとだいたいは出稽古だったので、シーズンごとの外国人家庭のデコレーションが楽しかったり、ちょっとした異文化体験、留学のような本当に魅力的な生活でした。ですが、通訳には強力に惹きつけられる魅力がありました。
言葉の通じないに二者の間に立って通訳して、二者が分かりあえた瞬間に立ち会った時に物凄い達成感というかすごい充実間が得られたのです。また、クライアントの方が、「私のスピーチを私が言ったより格調高く訳してくれてありがとう。」とわざわざ言いにきてくれたりした時には、本当にうれしかったです。
それから、通訳をしていくことで自分のテリトリーみたいなものが少しずつ広がる気がします。苦手意識を持っていた分野でも 仕事でいろいろ調べたりして知っている用語が増えると楽しくなるのです。たとえば、もともと私は機械にまったく興味がない人間だったですが、仕事に行くとどうしても機械関係の話が出てきて、「うーん・・」という感じだったのですが、そのうちそんなに嫌でもないかもと思うようになり、最近では家電量販店でおじさんに交じって機械の説明を聞くのが楽しくなってきました(笑)。日々さまざまな業界の仕事に伺うので、こういうことがいろいろな分野であります。

Q. 今でも記憶に残るような失敗談はありますか?
以前の仕事の依頼で、半日に北海道→羽田→九州と2度飛行機を乗り次いで移動した事がありました。その時、少し風邪気味だった上に急激な高度の変化を繰り返したせいか、片耳が完全にふさがって聞こえなくなってしまったんです。それでも通訳する内容は前日とだいたい同じでしたので、聞こえる方の耳にイヤホンを付けて問題なく通訳をこなしたつもりだったのですが、講演の後スピーカーの方から「今日は聴衆の反応が前日と違うけどどうかしたの?」と言われたんです。本当にどきっとしました。自分が気付かないくらいの1秒以下くらい訳出しのタイミングの遅れが 聴衆の反応に影響してしまったんでしょうね。通訳の難しさ、絶妙な間というものの大切さを痛感しました。いいパフォーマンスのための体調管理の重要性を改めて思いましたし、通訳の先輩に言われた「からだを休めるのも仕事のうち。」という言葉がよくわかりました。
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Q. リフレッシュ法:息抜き方法はなんですか?
歩くのが好きで何となくその時の気分でふらっと散歩に出てカフェに入ったり、その延長で旅行に出たりしますね。京都が好きで、駅に着いただけでなぜだか血が騒ぎます(笑)。京都の人たちの伝統を守った暮らし方を見るのが好きです。
また最近は、昔ピアノを教えていた時にアメリカ人に教わったクッキーを思い出して作ったりもします。ぼ~っとしているので、基本的にはいつもリラックスしていますが(笑)。

Q. 将来の目標を教えてください。
通訳の仕事をずっと続けていきたいと思っています。そして、お客様の気持ちを酌んでその人の口になれるような通訳 極端に言うと「イタコ」のような存在になりたいです。いつでも本当にその人が何を言いたいのかを素早く察知して、的確な表現で訳出できるようでいたいと思っています。そのためにはバックグラウンドの勉強・知識、日々の工夫が必要不可欠ですし、ゴールがないので永遠に受験勉強を続けていくような感じですが、それでもいいやと思うくらい通訳の仕事が好きです。
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Q. 通訳を目指す方へのアドバイス
どんなに知識と呼べないようなことでも何でも、どこかで繋がったりするんですよね。
なので、あまり興味がないことでもシャットアウトしないで頭のすみに残しておくと、それがバックグラウンドの知識となって 通訳する時にいつか救われることがあるかもしれません。
また、通訳は英語が喋れれば誰でもできると思われがちですし、もちろん実際にそう通訳もありますが、やっぱり通訳の訓練を受けておいた方がいい場面もあります。自分では訳せているつもりでも本当に伝わる訳になっているのか、というところを客観的な観点からしごかれた(笑)、いや教えていただいた、ということで今になって通訳学校の先生のありがたみをしみじみ思うことがあります。言葉をもうひとつの言語にただ変換するのではなく、真意を伝える事が通訳の役目なのだと思います。そのためには話している方の気持をきちんと理解できなければなりませんし、また訳を出す時には綺麗な日本語にしなくてはいけないので、つい忘れがちになりますが、英語力と同じくらいに 日本語力というのを意識して鍛えることが大事なのではないかと思います。

編集者後記:
とっても雰囲気が柔らかい素敵な方で、お話をしているとつい安心してニヤけてしまいました(笑)。きっと通訳依頼するお客様も、以前ピアノを教えて頂いていた生徒さん達も同じ気持ちだったんだろうなと思いました。どんな知識でもどこかで繋がるというお話を聞き、実際に門脇さんが音楽から語学の道にシフトされたのも、音楽と語学にも目に見えない共通点があったからなのかな~と勝手に想像を膨らませてしまいました。沢山の素敵なお話を有難うございました。


Vol.46 「唯一興味が続く事」

【プロフィール】
松崎千代さん Chiyo Matsuzaki
 ウエストバージニア大学(WVU)心理学部卒業。帰国後、通訳学校に通い、OJTから通訳業務を開始。大手エンターテインメント会社、IT、通信、アパレル、コンサルティング会社など幅広い分野にてインハウス通訳経験を積む。その後、フリーランス通訳者となり現在でも第一線にてご活躍中。

Q.語学との出会いはなんですか?
不思議と物心ついたときから外国に興味があって、気付いた時にはテレビで見る海外の映像などが大好きで、その流れで自然と英語ってかっこいい!と思ってました。まだ小学校に入学する前に、父がカナダ出張に行った時の湖の写真を見せてくれたんです。世界にはこんな綺麗な場所があるんだ!と凄く感動したのを今でも覚えています。お土産の日本にはない形のペンケースとか、海外のもの全てに衝撃を受けました。小さな子供が特に理由もなく持つ興味の対象は人それぞれだと思いますが、それが私は外国だったんだと思います。
父も語学が好きで自分で勉強するような人だったので、その影響もあったかと思います。
小学生の時はマドンナの音楽が好きで、彼女の歌の響きに魅かれ、意味が知りたくて、カセットを聞いて止めての繰り返しをしながら辞書を引いて単語を調べたりしていました。
私はすごく飽きっぽくて何事も長続きしない性格なんですが、英語と海外への興味だけは唯一続いています。

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Q.初めて海外に行かれたのはいつですか?
 私はどっぷり国内育ちで、アメリカの大学に進学する為に渡米したのが初めての海外でした。最初は日本の外大に行こうと考えていましたが、通っていたのが進学校で周りの受験に対する勢いに逆に引いてしまい、受験勉強したくないなと(笑)。それで、どうせ英語を勉強するなら海外に行った方がてっとり早いと思い、迷いなく閃きでアメリカの大学に行くことを一日で決めました。
4年間の大学生活はずっとテンションが上がりっぱなしでした。田舎だったので景色もきれいで、キャンパスの行き帰りの道ですら、小さい頃から憧れていた景色の中に自分がいる事が嬉しくてたまりませんでした。周りの友人も優しくて一度のホームシックもなく、最初から最後まで楽しかった思い出しかないですね。

Q.大学では何を専攻されたんですか?
大学では心理学を専攻しました。1-2年の必須教科で心理学のクラスを選択した時に、勉強とは思えないくらい教科書も授業も楽しかったんです。それで専攻も絶対心理学にしようと決めました。アメリカの大学は課題や提出物(ペーパー)も多く勉強はハードでしたが、語学力はもちろん、タイピングの速さや英文作成力など、一生懸命頑張ったことが今の仕事に多いに生かされています。

Q.通訳という仕事を意識されたのはいつごろからですか?
 実は小さいころの作文に通訳になりたいと書いていたらしいです。通訳、外交官、キャビンアテンダントなどブレながらも、幼いころから海外を視野に入れた職業に憧れていました。大学を卒業する時も漠然とそういった仕事に就ければいいなと思いつつ、特に就職活動もせず、ヨーロッパを放浪してから帰国しました(笑)。
帰国後すぐに通訳学校に通い始めました。勉強を始めて間もなく、募集が出ていたインハウス通訳のポジションに応募したら受かってしまい、経験が全くないまま通訳としてのキャリアがスタートしました。今思い出すと顔から火が出るくらい一年目は通訳として全く機能していなくて、お給料を頂くのが申し訳ないくらいでしたね・・・。

Q.通訳を始められて苦労された事を教えてください。
 英語は充分話せるようになったし応募しちゃえ!と無知の強みでなぜか採用されてしまったので、とにかく社会人としても通訳としても基礎が無く、ビジネスの背景も全く分からないし、メモ取りもろくに出来ず、周りのベテランの通訳の方々に助けて頂きながら現場で学ばせて頂くことばかりでした。できる事なら当時お世話になった方一人一人に謝りたいくらい、通訳の何たるかを全く分かっていない一年目でした。

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Q.新しい分野に挑戦される時はどんな気持ちですか?
 自分でもチャレンジャーだと自覚してますが、初めての分野は最初はやっぱり怖いです。そんな事ありえないのに、スピーカーの言うことが一言も聞きとれなかったらどうしよう・・という気持ちになる事もあります。
ただ、インハウスとしていろんな会社でお仕事をさせて頂いた時に、いきなりIT関係のプロジェクトにアサインされたことがあり、根っから文系の私にはとても無理だと思ったんですが、やっているうちに段々おもしろくなって、今では好きな分野のひとつです。苦手な分野でも最後まで諦めずに食いついて頑張れば分かるようになるんだというとてもいい経験になりました。もちろんコーディネーターの方は私のスキル・経験をわかった上で合う仕事を紹介して下さっていると思うので、スケジュールが空いている限り、初めての分野でもあれこれ悩まず受けるよう心がけています。

Q.今でも記憶に鮮明に残るような失敗談はありますか?
 クレームにつながるような大きな失敗こそないですが、失敗は日常です。同じセンテンスでも訳し方は十人十色で正解がないからこそ、訳してる先から、さっきはこう訳せばよかった~と反省することはしょっちゅうです。あと空耳も多いです。特に外国人の発音する日本語はすごく混乱します。まさか日本語が出てくるとは思わないので、ありえない発音で日本語の単語を挟まれたりすると想像すら出来ず、その時は聞こえてくる音のまま訳出し、一瞬の間のあと、皆さんがあ~と気づいてくれることも多いです。先日も「チャビン」と聞こえてきて、「Chabin? Cabin? 何?」と混乱したまま、仕方なく「チャビン」と言ってみたら「茶瓶」でした...。

Q.通訳というお仕事の遣り甲斐を教えてください。
 いろいろな会社や業界に行けて、普通だったら関わることもない世界を見られるところが醍醐味です。これまで本当に人に恵まれていて、行く先々で尊敬できる素晴らしい方々との出会いがあり、そこにこの仕事の魅力を感じます。本来ならお会いすることもない組織のトップの方などのお仕事を間近に見られるのは、この仕事ならではですね。人として見習うべき素敵な方が本当に多いです。

Q.もし通訳になっていなかったら何をしていたと思いますか?
 通訳になっていなかったら本当にフリーターになっていたと思います(笑)。それくらい飽きっぽくて何事も続かないし、何に対しても執着心がないです。通訳は毎回相手も内容も違いますし、百点が取れない仕事です。だからこそ唯一興味が続いていて、それを仕事に出来ているのは幸せです。やめたいと思った事も一度もなく、未だに毎回新鮮な気持ちで仕事に望んでいます。

Q.松崎さんの将来の夢を教えてください。
 通訳は仕事・生活の糧として割り切っている部分があります。もちろん凄く好きな仕事ですし、今後も続けていければ嬉しいですが、いずれはもっと社会貢献につながるような仕事にシフトできればと思います。遠い将来の話になりますが、もう一度心理学をきちんと勉強し、臨床心理士やカウンセラーになるのが目標ですね。

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Q.最後に、通訳を目指されている方へのアドバイスをお願いします。
 私は全く模範的な通訳ではないので、アドバイスができるような立場ではないですが・・。
最初は失敗はつきもので心配していてもきりがないですし、立ち直りの早さが重要です!一度ミスすると腰が引けることもありますが、自分でリミットを決めず、与えられたひとつひとつのお仕事に対してできる限りの準備をして、全力で望むしかありません。

どんな話題や内容が出ても通訳できなければいけないので、自分の知識が浅いと感じた仕事の後は納得がいくまでリサーチします。分からなかった部分だけに限らず、関連する事柄まで幅広く調べて理解を深めておくと、必ず次の仕事につながります。やはり背景を理解できているといないでは、訳す上で自分の中の噛み砕き度が全く違い、パフォーマンスに差がでますから。ある程度通訳スキルが身に付いたら、スキルそのものだけでなく、幅広い分野に関する理解や知識を深めるための勉強が大事ではないでしょうか。

あと、私は通訳は完全にサービス業だと思っているので、派遣という立場、単発のお仕事に関わらず、職場ではチームの一員だという気持ちを強く持つようにしています。常に相手がある仕事ですので、自己満足の通訳ではなく、話し手の気持ちを酌んだ、聞き手が理解しやすい訳を心がけ、その場のコミュニケーションが最大限に円滑になるような気配りも必須だと思います。
ただ私自身も、毎回素晴らしい通訳者の方と組ませていただく度に自分はまだまだだと反省することばかりで、いまだ日々修行の毎日です。

編集者後記:
 とっても自然体で本当に素敵な方でした。小学生の頃にマドンナの歌詞をテープ起こしして翻訳したというお話を聞いて、本当に松崎さんと海外・語学は最初から繋がっていたんだな~と驚きました。私も小学生から興味を持っていたもので今に繋がるものをつい探してしまいました(笑)ありません。記事には書いていませんがよく行かれる海外旅行のお話もお伺いし、私個人的にとても参考にしたいアドバイスもたくさん頂きました(笑)。お忙しい中お時間を頂き有難うございました。



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