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Training Global Communicators

Vol.24 「アマゾンから世界へ」

【プロフィール】
小浜由美子さん Yumiko Kohama
大阪女学院短期大学英語科卒業後、松下電器産業株式会社に勤務。1989年よりカナダ滞在、現地日系企業に勤務。現在は、地球環境をテーマに活動するNPOで講演活動、海外プロジェクトに携わり、「アマゾン・パラダイス」小浜由美子として、ハワイ島と日本を往復しながら執筆、講演活動などを進めている。

英語を勉強するようになったきっかけは?
高校2年の時に聞いた、NHKラジオ英会話がきっかけです。ラジオから聞こえてくる生の英語を聞いたときに、大きな感動を覚えたんですよ! 学校で習う英語とは違う響き、何だろうこの音は? と。とにかく勉強してみようと、独学でいろんな方法を試しました。小さい頃から、言葉に対する関心は強かったんですが、英語に関しては、運命的な出会いを感じましたね(笑)。

具体的にどういう勉強を?
NHKテキストをフル活用しました。毎日録音して、時間のある時にテープをずっと流しておくんです。耳から英語を学ぶようにしました。私は帰国子女でもなく、英会話学校にも通ったことがないので、常に自主学習の毎日でした。
大学では、通訳講座を受講しました。通訳って面白そうだなぁと受けてみたんですが、これが大変! いきなり逐次通訳や同時通訳の練習をさせられ、今思うと非常にレベルの高い厳しい授業だったなぁと思います。当時は、ここで勉強したことが、その後に生かされることになるとは、思ってもいなかったのですが。

1989年にカナダへ?
大学卒業後、メーカーに就職したんですが、英語を使う機会が全くなかったんです。同級生の中には、海外留学や国際結婚する人もいて、自分だけが身に付けたスキルを生かせないことがもどかしくて......。 自分の力を試してみたかったんです。実際に海外に行って、いろんな人と出会えたことが非常に嬉しかったですし、将来の目標がだんだん見えてきた気がしました。

地球環境NPO運営に携わるようになったきっかけは?
カナダ滞在時、環境問題に対する人々の意識の高さに、ショックを受けたんです。日本はバブルで浮かれ騒いでいた時期でしたが、カナダでは日常的に環境について皆で語りあうことが多く、若い人たちの考え方も根本的に違うことを実感しました。これは私も何かしないと! と思ったんです。そんな時に出会ったのが、米国元副大統領アルバート・ゴア氏が書いた、『地球の掟』という本でした。地球環境は学際的な学問だと認識し、アメリカで勉強したい気持ちもありましたが、日本でしばらく活動してみてからでも遅くないと思いました。国際プロジェクトの一員として、日本全国で講演させて頂いたことは、大変貴重な経験になりました。

通訳もご経験されたと伺いましたが。
外務省外郭団体の関係でBBCオピニオン・リーダーの通訳、NGO国際プロジェクトでの通訳などを担当しました。特に印象に残ったのが、神戸で行われたSS会議(永続可能な社会 全国研究交流会)で、インドの有名な運動家、スンダルラル・バウグナさん(インド・チプコ運動のリーダー)の通訳を担当したときのことです。引き受けたものの、普段通訳をしていない私が、やってもいいものだろうかとすごく不安になったんです。もし聞き取れなかったら、もし理解できなかったらどうしようと。
 ある時、「そうだ、バウグナさんの想いと一つになればいいんじゃないか?」と考えたら、すごく楽になったんです。当日はとてもうまくいき、後から良いフィードバックを頂きました。

通訳の大変さは?
範囲のない受験勉強のようなものですよね。私の場合は環境問題が多かったので、そういう意味では自分の専門が生かせてよかったと思います。テクニカルタームや専門知識を叩き込みましたが、どこまでやっても「これでいい!」と思えることはありませんでしたね。

2002年から、執筆活動を開始されたようですが。
現在は「アマゾン・パラダイス」という名のもと、個人で活動を進めています。今までは、組織の中の一人として動いていましたが、これからは私自身が直接世界の人たちと自由につながっていきたいなと思ったんです。組織の難しさを見てきたことも理由ではありますが、これからは本当の意味でのネットワークが構築できればいいなと。その第一歩として本を出す予定です。アマゾンで見た人間の原点。あの純朴な生き方を、この文明社会で生きている私たちの中に取り戻したいんです。太古の知恵と現代文明の妥協ではなく、融合を見つけていきたい、それがアマゾン・パラダイスの願いです。

どうしてアマゾンだったんでしょうか。
1998年にブエノスアイレスで行われた地球温暖化会議に参加したんですが、どうも面白くなくて(笑)。環境問題は深刻ですが、これはダメ、あれはダメと難しい話をしても人に伝わらない。地球と調和した生き方ってどんなものだろう? と考えたときに、まず自分が体験しないといけないんじゃないかと思ったんです。せっかく南米にいるのならアマゾンに行ってみようかとふらりと訪れました。それ以来心を掴まれてしまいました。日本で講演活動を続けながら、たびたびアマゾンの奥地を訪れています。

今後の活動は?
執筆、講演、アーティストとのコラボレーションを中心に活動を進めます。以前のように、形式ばった講演会ではなく、皆さんとより近い形で私が体験してきたことをお話できたらと思っています。2冊目の本も執筆中です。今年からは、小中学生、幼稚園児たちにもお話します。子供たち向けのアマゾンの絵本も書いてみたいですね。やりたいことがどんどん増えてきて、夢は膨らむばかりです。

全ての活動は、英語から始まったんですね。
そうなんです! 40歳になってやっと、一生やっていきたいと思う事が見えてきました。あぁここにつながったのだなと思っています。出版される本は英語で書いているので、世界の人に紹介することができます。アマゾンで目覚めた感覚、楽園の記憶、「喜びと幸せのために生まれてきた」インディオたちの精神、人間本来の生き方を、アマゾンから世界へ発信していきます。

編集後記
小浜さんの凛とした表情が忘れられません。本の出版が決まったら、皆さんにお知らせいたします!
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Vol.23 「夫婦二人三脚で」

【プロフィール】
柴原早苗・智幸さん
Sanae & Tomoyuki Shibahara
柴原智幸さん:上智大学外国語学部英語学科卒業後、英会話講師、進学塾講師、フリーランス通訳者を経て、1996年に英国University of Bath大学院留学。同大学院通訳翻訳コース修士課程修了後、BBC(英国放送協会)日本語部に放送通訳者として入社。2002年帰国、現在は大学、通訳学校、専門学校で講師を務める傍ら、NHK放送通訳者・映像翻訳者として活躍中。

柴原早苗さん:7歳-14歳までオランダ、イギリスに滞在。上智大学文学部社会学科在学中に、オーストリアSalzburg College、米国Columbia Universityに留学(実用英語検定1級最優秀賞として、奨学金留学)。大学卒業後、KLMオランダ航空会社、オックスフォード大学日本事務所を経て、1993年、英国The London School of Economics and Political Science大学院留学。翌年、同大学院修士課程修了後、BBC(英国放送協会)日本語部に放送通訳者として入社。2002年帰国後、放送通訳、会議通訳を主に、フリーランスライター、通訳学校講師、講演者として幅広い分野にて活躍中。

お二人とも、もともと語学はお得意だったのですか?
<早苗さん>
7歳から14歳まで海外にいたので、理解はできていた方だと思います。ただ、覚えたのが早い分忘れるのも早くて、高校生になる頃には授業についていくだけであっぷあっぷしていました。英語自体は好きだったので、勉強は楽しかったです。

<智幸さん>
帰国子女ではないので、26歳で初めて留学するまでは、ひたすら日本で勉強しました。「机に向かう」タイプの勉強は苦手で、海外の歌やTVドラマを利用しました。留学するまでに、英検1級、TOEIC955点を取得したので、留学によって英語力そのものが大幅に伸びたとはいえないかもしれません。

通訳を目指そうと思ったのは?
<早苗さん>
大学で通訳の授業を取ったのがきっかけです。知らないことを知る楽しみを感じました。「今すぐに通訳になりたい!」とは考えていなかったので、実際に通訳の仕事をするまでに何年かかかりましたが、英語力を落としたくなかったので、通訳学校に通い続けました。

<智幸さん>
高校の英語教員である父親の影響で、私自身も語学を使った仕事に就きたいという思いがありました。大学を2回留年しまして、いろいろ考えたんですが、最終的に通訳しかないだろう、と。当時はまだスキルも不十分だったので、英会話講師をしながら通訳学校に通いました。大学卒業後すぐに初仕事をしたのですが、あまりの厳しさに一時は通訳になるのを諦めたこともあり、平坦な道のりではありませんでした。

放送通訳を始めたきっかけは?
<智幸さん>
初仕事ですっかり自信を無くしてしまい、塾や英会話講師の仕事に戻ったんですが、通訳の夢は捨てられませんでした。同時に、今まで一度も留学したことがなかったので、海外の大学院にも行ってみたいと思ったんです。ちょうどその頃、大学の恩師がバース大学の通翻訳コースを立ち上げたという話を聞いて、イギリス留学を決心しました。卒業後はBBCの募集広告を見て応募したところ、合格の知らせを頂きました。

<早苗さん>
私も、海外の大学院で勉強したいと思っていました。大学卒業後、航空会社に入ったものの、夢を諦めきれなくて。留学するにはお金を貯めないといけませんが、なるべく「留学」に近い形で仕事に就くことはできないかと考えた結果、オックスフォード大学日本事務所に移りました。その後、夢かなってロンドン大学に留学、社会学を専攻しました。日本帰国後は、たまたま昔教わった先生から通訳の仕事をやらないかと誘われ、フリーで通訳を始めました。そして、ある時にBBCの広告を日本で見つけて応募したんです。

そこで、お二人の出会いがあったんですね!
<智幸さん・早苗さん>
そうなんですよ(笑)

BBCでのお仕事について教えてください。
<早苗さん>
大きく分けると、BBCワールドニュースの同時通訳、映像翻訳、ボイスオーバーの3つです。放送通訳は、時事、スポーツ、経済、科学、医学、その他ニュースで取り上げられたものを同時に通訳していきます。映像翻訳は、自宅にテープを持ち帰ってタイムコードをつけて翻訳し、人物リストを作ります。完成した原稿を、声優のように吹き込むのが、ボイスオーバーです。BBC内には、全部で約15名のフルタイムスタッフがおり、3チームでローテーションを組んでやっていました。

<智幸さん>
今週はニュースの放送通訳、来週はドキュメンタリーの翻訳をするという形で、まんべんなく全てを担当するようになっていました。苦労したのは訳語の統一ですね。日本語として確立されていない言葉が出てきたときは、まずインターネットで検索しますが、信用できる情報なのかということ、新聞各社がそれぞれ別の訳語を出している場合、どれを選択するかという問題があります。そういう場合には、現場チーム内で訳語を統一して、通訳に臨んでいました。必要に応じて、後日、訳語を変更することもあります。

実際に、放送通訳を経験していかがでしたか。
<早苗さん>
昔から本を朗読することが好きだったので、非常に楽しかったのですが、日々時事問題に関する自分の知識不足を痛感しました。例えば、スペースシャトルのニュースがいきなり入ってきたとして、自分が何も知らないと、わずかな時間で全ての知識を網羅できませんよね。そのあたり、いかに自分の知識が足りないかを思い知らされました。

プロとしてこころがけていることは?
<早苗さん>
相手にメッセージを伝えることが、私にとっては一番の柱です。もちろん全部訳したいとは思いますが、もし完全に内容を分からないまま通訳すると、自分でも自信の持てない訳になってしまうと思うんです。それよりも、聞き取れることをきちんと伝えること。そして相手が何を欲しているか、何を情報として求めているのかを、常に念頭に置きながら訳すように心がけています。

<智幸さん>
全て言われてしまいましたね(笑)あえて付け加えるとしたら、抽象的な言い方ですが、機械に負けない通訳者でありたいと思っています。機械よりも柴原を使おうと言われるような仕事をしたいなと。そのためには、彼女がさっき言ったように、メッセージをしっかり汲み取って、それを別の言葉で効果的に再表現していくということですね。翻訳においてもそうです。もちろんいつも完璧にできるかは別問題なんですが、そうありたいと思っています。理想ですが(笑)
「仕事ノート」
現在のスケジュールは?
<智幸さん>
週6日教えています。月・火・水・金曜の午後は専門学校で、火曜の夜は特許庁の職員向け英語研修、水曜夜は青山学院大学の夜間部でリスニングと通訳講座、木曜日は通訳学校で昼夜教えています。土曜日も隔週で1-3コマ通訳学校で教えており、空いた時間には、NHK放送通訳の仕事が入っています。実質的に休日は日曜日だけですね。

<早苗さん>
秋はお仕事のご依頼をたくさん頂いているんですが、普段は週1回CNNでの放送通訳が入っていて、その他は単発で会議通訳や映像翻訳の仕事が入っています。同じく、休日は日曜日ぐらいです。映像翻訳は自宅でできますが、午後4時から食事の準備、子供のお迎え、家事に追われています。夜は子供たちと一緒に9時には寝てしまうので、仕事の準備は毎朝4時に起きてとりかかることになります。

智幸さんが、教えていて感じることは?
<智幸さん>
語学学習においては、どうやるかよりも、どれだけやるかが大切だと思います。HOWではなくて、HOW MUCHなんです。よく、「先生、英文法が弱いんですけど、どの参考書がいいですか?」、「リスニングを伸ばしたいんですけど、どうしたらいいでしょうか?」と聞かれることがあります。もちろんアドバイスはしますが、しばらくして同じ人からまた同じようなことを聞かれることがあるんです。「このあいだの参考書はやってみました?」と聞くと、大抵の場合はやっていないんですよね。ノウハウばかり集めていても意味がないんです。理想的なノウハウを手に入れたところで、努力をしなければ進歩はありません。

BBCでの、お互いの印象はどうでしたか?
<智幸さん>
初めて会ったのは、BBC内のエレベーターホールだったんですが、新しい通訳の人かな? ぐらいの印象でした。通訳を聞いたときに、非常に安定感のある訳出をする人だなと思って、どういうバックグラウンドなんだろうと気にはなっていました。

<早苗さん>
上手な人がいるなと思っていました。特に電波に乗せる声がものすごく聞きやすいんです。訳も安定していました。聞いたものを100%訳すのではなく、取捨選択しながら、分かりやすく訳している人だなという印象でしたね。入社して2年目で結婚したんですが、急展開でした(笑)周りのスタッフも、なんだなんだ? という感じで......。

ご夫婦で通訳をしていらっしゃるのも珍しいのでは?
<智幸さん>
家に帰っても仕事の話ばっかりです。「あのニュースだけど」と(笑)慣れるまでは、正直言ってやりづらい部分もありました。最初は、ちょっとライバル意識のようなものがあったり、お互いの訳が気になったりすることもありました。でも、それぞれ持ち味や、力を入れている分野が違うので、お互いそこに集中すればいいと。今では分からないことがあると助け合えるので、すごくいい味方ができたと思っています。

<早苗さん>
私にとっては、最大の理解者です。同じ仕事をしているだけあって、すごく理解してくれるんです。子育てと家事も手伝ってくれるので、本当に心強いです。

お二人の休日の過ごし方は?
<智幸さん>
子育てです(笑)普段は、私が朝子供を保育園に連れていって、彼女がピックアップしています。夜は私が学校で教えているため、彼女には負担をかけているなぁと思っています。その分休日は、食事の準備をしたり、子供と遊んだり、家事を手伝います。もともとご飯を作るのは嫌いではないんですよ。とにかく、平日夜は彼女頼みなので、なるべく休日には休んでもらうようにしています。

<早苗さん>
子供が2人ともまだ小さく、私に甘えているため、父親は悲哀を感じています(笑)「お風呂一緒に入ろう」と主人が言っても、「お母さんと!」と言われています。

<智幸さん>
たまには、妻に1人でゆっくり入らせてあげようと思うんですけど、「おいで」と言っても「お母さんと入る」と嫌がられてしまうんです。仕方がないから、下の娘だけ一緒に入ります。1才半でまだ文句は言わないので......。

ご趣味は?
<早苗さん>
昔はピアノを弾いたり、スポーツクラブに行ったりという生活だったんですが、今は忙しくて、なかなか難しいです。片付けるのが好きで、時間があったら掃除をしています。趣味というのも変ですが(笑)「時間管理法」や「片付け術」といった類の本は、片っ端から読むタイプです。この分野の翻訳本をいつか出したいと思うくらい、好きです!

<智幸さん>
「部屋を散らかす」というのは、趣味に入るんでしょうか(笑)? 資料をテーブルや出窓に積み上げては、「地層ができた!」と怒られています。

<早苗さん>
BBC時代、彼の机の上はものすごくきれいだったんですね。帰るときも、いつもきちんとして帰るので、あぁこの人って几帳面なんだなぁと思ってたんです。でも結婚してみたら、この落差はなんなんでしょう!

<智幸さん>
いや、人間オンとオフの切り替えも大事ですからね(笑)職場では、かなり努力して片付けていました。家に帰ったらのんびりしようと思ってたんですけど、いやぁ許してもらえません。気が付くと、資料が勝手に段ボールに入れられているんですよ。それをもう一回ひっぱりだして、こっちはこうで、と一人でやっています。本が好きなので、月に数万円単位で買うんですが、本の置き場をどうするのかについてのせめぎあいもあるんです。彼女は読んだら寄付することもあるんですが、私の場合は、また読むかもしれないと思い取っておくタイプ。正反対の夫婦なんです。

プライベートのときにも通訳の話は?
<智幸さん>
ついつい仕事モードになってしまうときがあります。家でもCNNが流れていると、純粋に情報収集を目的に聞いているつもりでも、難しそうな内容になると日本語に切り替えて、この訳うまいねと話したり。

<早苗さん>
結構仕事の話で盛り上がることがあります。あのニュースだけど、と朝ごはんの時に話していると、子供が隣で、「ねぇねぇ!」と言ってくるんですよ。「ちょっと待ってね。今、お父さんとお母さん、仕事の大事な話してるの」と答えているのですが(笑)子供たちも、私たちの仕事をうすうす分かっているのか、保育園では先生に、「将来は通訳者になりたい」と話していたようです。おままごとをしながら、「今日はこれから通訳のお仕事に行くの!」と言うこともあります。
「七つ道具」

お子さんもバイリンガル教育を?
<智幸さん>
今は全く行っていません。英語を学ぶのもいいけれど、それ以上に美しい日本語を使えるようになってほしいと思っています。もちろん、子供たちが自分から「英語を学びたい」と言ってきたら、全力でサポートします。学校で教えていると、日本語に無神経な生徒さんが意外に多いことに気付きました。まずは、母国語がお金を取って聞かせられるレベルかどうか考えて頂きたいんです。それから、第二外国語は母国語以上にはうまくなりません。日本語がいい加減な人は、英語もいい加減であることが多いですね。

もし通訳者になっていなかったら?
<早苗さん>
書くことが好きなので、もしかしたらジャーナリズム関係の仕事をしていたかもしれませんね。BBC時代はいろんなところに投稿して、レポートを書いていたことがあり、今もインターネットのエンターテイメント・ニュースを担当しています。

<智幸さん>
何らかの形で、人をサポートするような仕事をしていたと思います。一番可能性が高いのは、教師でしょうね。言葉に関わることと考えると、英語を教えていたんじゃないでしょうか。

人生の成功する秘訣は??
<早苗さん>
成功したとは思っていませんが、常に好奇心と向上心を持っていることは大事ですね。それから、知らないことを知らないといえることでしょうか。昔教わっていた先生に影響を受けたのですが、非常に謙虚な方で、若輩者だった私の意見にいつも耳を傾けてくれたんです。知らないことについては、「私は知らないけど、そうなのか」とおっしゃっていました。自分が成長するためには、何歳になっても謙虚でいなければと思いますね。

<智幸さん>
また全部言われてしまいましたね(笑)好奇心は確かに大事だと思います。若い人たちを見ていると、知らないことに対して「なんだろう?」と思うこと自体が少ないように思います。自分以外のことはどうでもいいと考える人が増えているのではないかとも感じますが、そういう精神状態だと、成功って難しいんじゃないかと思うんです。損得だけ考えていたら、持っているものを守るだけで終わってしまいます。成功するためには、もっと外に出て、他人と関わっていかないといけないのではないでしょうか。自分以外のことにどれだけ情熱を注げるかだと思うんです。他人のために役に立とうと思っているうちに、いつのまにかそれが自分に戻ってくるんじゃないでしょうか。成功している人たちは、そういう生き方をしている事が多いように思います。

編集後記
初めての、ご夫婦インタビューです。お二人ともとっても素敵で、お似合いのご夫婦でした!「語学はHowではなく、How muchなんです」という話には納得。
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Vol.22 「1つ1つの仕事を大切に」

【プロフィール】
道木のぶよさん Nobuyo Michiki
神戸女学院大学文学部英文学部卒業後、米国に8年間滞在。ワシントン州ワシントン大学大学院言語学部修士課程修了。帰国後、CNNニュースに映像翻訳者として勤務、半年後に放送通訳者としての活動を始め、NHK衛星放送、CBSニュースの同時通訳を担当。現在は、放送通訳者として活躍する傍ら、国際会議通訳者としても多忙な日々を送っている

もともと通訳者を目指していらっしゃったんですか?
アメリカから戻って来たものの、企業に勤めた経験はないし、特殊技能があるわけでもなく、私にできることって何だろうと悩んでいたんです。通訳者を目指していたわけではありませんでしたが、言語学を勉強していたこともあり、「言葉」に関わる仕事がしたいと思って通訳学校に通い始めました。

当時の英語力は?
込み入った話でなければ理解できると思っていましたが、通訳を始めて、いかに自分の理解力が至らなかったかを痛感しました。アメリカにいた頃は仕事をしていたわけでもないので、聞き取れる言葉だけ拾って理解した気になっていたんです。

初めてのお仕事は?
通訳学校に通い始めて半年経った頃、CNNニュース翻訳の仕事を始めました。CNNが日本に入ってきて間もない頃で、まだ日本に発信されていないアメリカの社会情勢や複雑な表現がたくさん出てきました。毎回ディレクターと相談して用語を統一し、読みやすい日本語に訳すのは面白かったですね。ここではとにかくいろんなことを勉強させて頂きました。

その後、通訳のお仕事を?
当時は通訳のご依頼を頂いても、翻訳の仕事が入っているためにお断りしなければならず、本当は通訳がやりたいのになとジレンマがあったんです。翻訳を始めて半年ぐらい経った頃、CNNが同時通訳番組を放送することになって、お声をかけて頂いたんですよ。同じ頃、NHKも衛星放送を始めると聞いて、放送通訳者の試験を受けにいきました。CBSニュースからも声をかけて頂き、並行して会議通訳の依頼を頂くようになりました。今も続けていますので、もう20年ぐらいになるでしょうか。

放送通訳の魅力は?
ニュースが好きであれば、非常に楽しい仕事だと思います。ある程度やっていると、流れもつかめますが、日本語として確立されていないような言葉が出てくる時は大変ですね。例えば古い話ですが、ロナルド・レーガン大統領の時代、最初は「リーガン」と訳していたのですが、ご本人が「レーガン」と呼んで下さいとおっしゃったので、それ以降「レーガン」という呼び方が日本でも確立されたんです。サルマン・ラシュディ著の『悪魔の詩』という小説が出たときに、タイトルをどう訳すか迷いました。「詩」という字で「うた」にしようと決めて、CNNが最初に出したんです。その後、新聞などでも全て「詩」に統一されました。共同通信よりCNNの方が早い時があったので、ニュースが流れると「あ! あれは私が訳したんだわ」とちょっと嬉しかったり(笑)。今はいろんなメディアがあるので、状況も変わりましたが、当時はそういうドキドキや楽しさもありました。最近は戦争の話題が多いので、たまに違うニュースが流れるとほっとします。湾岸戦争のときは、まさか自分が戦争の通訳をするなんて考えてもいなかったのですが、伝えないと! という気持ちでやっていました。今の若い放送通訳の方も、同じような気持ちで、イラクやアフガニスタンの情勢を伝えていらっしゃるんだろうなと思います。


会議通訳との違いは?
目の前にオーディエンスがいるのと、そうでないのは大きな違いですね。放送の場合は、マイクを相手に通訳するので、その場では聞き手の存在をあまり意識しません。「今朝、道木さんの声で目が覚めました」と声をかけられると、聞いている人がいると分かっていても、びっくりしてしまいます(笑)。逆に国際会議のような大きな会議では、聞き手を非常に意識します。ブースから覗いて、レシーバーを着けている人の数を数えてみることもあります。ライブならではの楽しさがありますし、特にディスカッションの場合は、場の雰囲気が高揚していくのが分かります。緊張という意味でも、また違いますね。放送の場合は、言ってはいけない言葉、決まった表現などいろんな決まりごとがあります。会議も緊張しますが、通訳時間が長い分、休憩時間もあるのでまた違いますね。

普段から心がけていることはありますか?
一つ一つの仕事を大切に、仕事に貴賎なし、です。「これはつまらない仕事だ」、「あの人の方が面白い仕事をしている」などと考えず、常に自分が担当させて頂く仕事に全神経を傾けるようにしています。
お客様に依存しないことも大事です。ブースの置かれる場所は、予めセッティングされていることが多く、いろんな理由から、オーディエンスに背を向けて通訳せざるをえないときもあります。私はできるだけオーディエンスの顔を見て通訳したいと思うので、可能であれば少しでも場所を移動させてもらうようにしています。例え予め原稿が用意されていたとしても、「コミュニケーション」には変わりないので、背中を向けて通訳したくはないんです。オーディエンスの前でなくても、横でもいいんです。コミュニケーションをとってこそ通訳、スピーカーが「話している」んですから、通訳も「話さないといけない」と思います。たまたまスピーカーは英語で話しているので、私が通訳で入っているけれども、もし彼が日本語で話したら、こういう表現をするだろうということも考えて通訳するよう心がけています。

現在のスケジュールは?
季節によってかなり違いますが、放送通訳の量は全体の約1/3です。今年はオリンピックイヤーのため、ニュースも少なかったので比較的夏は緩やかでしたね。秋はもう休む暇もありませんが。土日に仕事を入れる場合は、必ず平日にお休みを取るよう調整します。仕事を頂いたら、すぐに手帳に書き込んでいるんですよ。エージェントやテレビ局の連絡先なども全てここに書いていますので、手帳を無くしたら大変ですね!
「仕事のスケジュールはすべてここに!」

休日はどのようにお過ごしですか?
ネコを4匹飼っているので、世話をするだけですぐに時間が経ってしまいます。気功を始めたので、時間を見つけて教室に通っています。仕事上無理な姿勢でずっと座っていると体が固くなってくるんですよ。緊張もしますし。そうなるとアウトプットも悪くなるし、もう少しリラックスしたいなと思って通い始めたんです。毎日違うお客様のところに行くだけでも緊張しますが、分野や内容も違うので、知らない間にストレスがたまっていることも多いんです。
趣味というわけではありませんが、古典芸能が好きでよく観にいきます。特に文楽、歌舞伎や狂言が好きですね。

今後も通訳者を?
通訳以外にできることがありません(笑)。もし通訳者になっていなかったらと考えても、想像がつきません。会社には向いていませんし、やっぱり通訳みたいなフリーランスの仕事が好きなんだと思います。

編集後記
道木さんの温かいお人柄に触れて、何だかじーんとしてしまいました。一つ一つの仕事を大切にする、仕事に貴賎なし、お客様の顔を見て話す他、どんな仕事でもまず最初に人間ありきなのだと再認識。
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Vol.21 「日米の通訳の違い」

【プロフィール】
北川相子(相子 キーナー)さん Aiko Kitagawa
カリフォルニア州バークレー校中近東考古学専攻卒業。在学時より通訳のアルバイトを経験、卒業後、日本でフリーランス通訳者としての仕事を始める。テクニカル分野を得意とし、その他にもエンターテイメント、通信、裁判、自動車、飲料等、幅広い分野で活躍。1995年ノーザンケンタッキー大学にてMBAを取得。現在米国在住、日本と米国を行き来しながら、グローバルな通訳活動を行っている。

大学時代に通訳のアルバイトを?
そうなんです。当時はバイリンガルの人が少なかったので、日本から来たビジネスマンの商談通訳など頼まれました。これは面白い仕事だ! と思いましたね。若い女の子が、企業のマネジメントレベルの方やプレスの方に会うチャンスなんて普通はありません。人生勉強も含め、常に自分を磨いていくことのできる素晴らしい仕事だと思いました。

日本での通訳デビューは?
米国テーマパークオープニングでのお仕事です。私は外国プレス担当で、プレスインタビューやアテンドで通訳を担当しました。通訳学校で勉強したことがなかったので、最初はウィスパリングって何? という状態でした......。とにかく先輩通訳者を見てやるしかありませんでした。

企業で働くことは考えませんでしたか?
日本に戻って、米国系航空会社に入りました。フリーで通訳をやっていくことに少し不安を感じていたこともあり、一度会社に入ろうと思ったんです。空港までの通勤の大変さと、通訳をやりたいという気持ちが強くなって、すぐに辞めてしまったんですが(笑)。

仕事の大変さは?
意見を求められるときです。同時通訳でブースに入っている時は別ですが、逐次通訳の場合、「君はどう思う?」と聞かれることがたまにあるんです。通訳のやり方、ペース、訳のニュアンスなどは、通訳者が選べますが、そこに自分の意見を挟むことはできません。外国人クライアントで、日本人の物の考え方や感じ方を知りたい場合、一番近くにいる通訳者に意見を求めるケースがあります。通訳者の業務ではないのでとお伝えするようにはしていますが、こういったことは難しいですね。

アメリカの通訳事情について教えてください。
日本では3時間以上の仕事は2名体制で、企業内通訳者と組んで行うこともありますが、アメリカの通訳者は1人で動くことが多いですね。契約社会なので、1時間半ごとに休憩を与えること、通訳者にはコピーを取らせないといったいろんな決まりごとがあります。私なんかは面倒なので、つい「コピーが必要なら取ってきます」と言ってしまうんですが、「これはセクレタリーの仕事ですから」と言われます。何だか逆に人の仕事を取ったような雰囲気になるんですよ。そういう意味では、通訳の仕事にだけ専念できるのかもしれませんが。

心がけていることは?
きちんとした日本語を話すことです。留学生時代請けた、日本生花協会の通訳は今でも忘れられません。当時、英語は割とできましたが、若かったこともあり日本語が雑になりがちだったんです。丁寧に訳そうと思うあまり、尊敬語と謙譲語がぐちゃぐちゃになり、後で「やはりお若い方は、日本語が」と言われてしまいました。それ以来、適切な日本語で通訳できるよういつも心がけています。

海外で生活することで、通訳スキルにプラスになっていることはありますか?
例えば、現在アメリカでよく使われているフレーズ、新しい言い回しなどを耳にすることができることです。アメリカにいるときは、テレビっ子なんですよ私(笑)。毎日テレビを見て、新しい表現、便利な表現を書き出して覚えるようにしています。

アメリカで通訳を目指している人へのアドバイスをお願いします
一番いいのは、現地のエージェントに登録することです。会議通訳レベルの方が非常に少ないので、きちんとスキルを身に付けてから行くことをお勧めします。何か得意分野があると更に強いと思いますよ。

編集後記
「通訳者になっていなければ、大学で考古学を教えていたかも」と北川さん。プライベートはクルージングにピラティスとは、何とも優雅。今後更なるご活躍をお祈りしております!

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Vol.20 「続けるということ」

【プロフィール】
橋口千枝さん Chie Hashiguchi
大学卒業後、総合科学会社に社内通訳翻訳者として就職。退職後フリーランスとして舞台関係中心に通訳業務に携わり、オペラ座の怪人、シルク・ド・ソレイユなどの来日公演通訳を経験。その後、会議通訳にシフトし、現在はフリーランス会議通訳者として多忙な毎日を送る。

語学に興味を持ったきっかけは?
私にとって言葉は「なぞなぞ」のようなものだったんです。英語に関わらず、古文なども、何となくゲーム感覚だったというか。
アメリカのディズニーランドを紹介する番組が好きで、小さい頃よく見ていました。外国といえばディズニーだと思っていたので、憧れの国だったんです。縁あって、高校2年の時に1年間のアメリカ留学が決まったときは嬉しかったです。

大学卒業後は、社内通訳翻訳者として企業に就職されたんですか?
何らかの形で語学を生かした仕事がしたいなと思っていました。大企業だとどの部署にまわされるか分からないしと考えていたところ、通訳翻訳者を募集していた企業が、通訳学校にも通わせてくれるというので迷わず入社を決めました。大学では主にドイツ語を勉強しましたが、通訳の勉強はしたことがなかったので本当に苦労しました。いきなり会議の場に放り込まれ、今考えても恐ろしいのですが、ここでは通訳のやり方だけでなく、社会常識も含めいろいろと勉強させて頂きました。

福岡では英語を教えていらっしゃったんですか?
当時、福岡には通訳の仕事がほとんどなかったんです。もともと人前で話すのが苦手で、それを克服するためにと英会話講師の仕事を始めたのですが、通訳とはまた違ったおもしろさがありました。求められる能力も全く別です。今でも毎年夏に長崎で通訳集中講座を担当しており、教えるのは割と性に合っています。人の持っている可能性や能力を引き出していくのは、わくわくしますし、がんばっている人を見ると応援したくなるんです。自分もがんばらなきゃ! って、いつも刺激を与えてもらっています。福岡には1年ほど滞在した後、私自身もっと勉強が必要だと感じて東京に戻ることにしました。

通訳の仕事を再開してみていかがでしたか。
私にとっては、福岡から東京に戻ってきた時が本当の意味でのスタートでした。再び通訳学校に通いながら、電車に乗っている間中シャドウイングをし、夜はいろんな勉強会に参加しました。下手すると、1週間のうちほとんど夜は勉強会で埋まっていたこともありました。少しずつ舞台関係のお仕事を頂くようになりましたが、一番嬉しかったのが、福山雅治に会えた時です! ミーハーな話ですが、実は昔からファンなんです。3年ほど前に、ある俳優のファンクラブ向けトークショーがあったんです。アメリカの写真家とのコラボレーションということで、通訳を担当しました。とにかく急な依頼だったので、打ち合わせする間もなく会場に入ってみてびっくり! 確かに「福山さん」と名前だけは伺っていましたが、まさか福山雅治本人だとは思ってもいなかったので。実物はかっこよかったです......。

長期的な目標を持って、勉強してこられたと伺いましたが。
学校でもずっと言われ続けてきたんですが、「継続は力なり」なんです。最初の学校では、「石の上にも3年」と言われ、とにかく3年我慢した人は何かモノになっていると。トップレベルの力ではないにしても、何かしら英語を使った仕事で食べていけるぐらいにはなると言われました。私自身は3年だとちょっと自信がないから、5年やってみようと思ったんですよ。もしも5年でモノにならなかったら辞めようって。実際5年経ったら通訳の仕事に就けたので、じゃあもっとがんばってみようと思いました。その次は、XX歳で会議通訳のチャンスに恵まれなければ辞めようと決心しました。大切なのは長期的な目標を持つことなのかもしれません。続けていけば力になっていきますし、それに見合った結果はついてくると思います。

舞台通訳から会議通訳に転向されたのは?
舞台の仕事はとっても楽しかったんですが、時間的な拘束が長く、時間も不規則なんです。丸2日間缶詰になることもあり、ある時ふと、この仕事を20年後も続けていけるだろうかと不安になったんです。年齢的なことも視野に入れて、今後は会議通訳を目指すことに決めました。舞台通訳と会議通訳では、求められる要素が全く違います。両方とも違った意味での大変さがあると思います。もちろん面白さという点においてもそうですが。

通訳をしていて一番やりがいを感じるときはどんな時ですか?
やりがいを感じるのは、お客さんに「よかった」と言われた時ですね。逆に難しいなと思うのは、「資料なし、ブリーフィングなし」でいきなり本番の時です。もちろん最大限に準備して本番に臨みますが、必ずしも満足いく結果が出るとは限りません。今日はいまいちだったなという時もあるんです。ただ、お客さんにとっては、その1回が私の評価になります。今日は調子が悪かったので......なんて言い訳はできません。私たち通訳者のパフォーマンスに対して、お客さまは対価を払うわけですし、その他にも事前準備、服装、立ち振る舞いといったことも重要だなと思います。

非常に多趣味だと伺いましたが。
そうなんです。たぶんそうでもしていないと、ストレスを発散できないのかもしれません(笑)。自分が年老いたときに、通訳だけの人生だったというよりは、いろんなことをやっておきたいと思っているんです。いずれ私にも引退の時が来ますし、その時に何か他にも夢中になれるものがあれば素敵だなと思って。今一番熱中しているのが、沖縄の三味線「三線(サンシン)」です。去年の暮れ2週間沖縄に滞在した時に、MY三線を注文し、毎日海辺で練習しました。他には、ワインスクールとパン教室にも通っています。

今後のプランは?
通訳も続けつつ、パン作りももうちょっとがんばっていきたいなと思っています。今一番上のクラスにいるんですが、実技がまだまだなんです。コースを終了したら、試験を受けてパンの講師もありかなと考えています。それから半分冗談ですが、三味線で民謡酒場デビューするとか(笑)。ワインも資格が取れたら、生かしていきたいと思っています。将来的には、通訳翻訳からお酒関係にシフトしていけたらいいなと。なにせB型ですから、何でも始めたら突き詰めていきたいタイプなんです。

編集後記
通訳以外の活動も積極的に行っていらっしゃると伺ってはいましたが、まさかこれほどまでとは! どれ一つ取っても、趣味の域を超えているのもすごいことです。橋口さんが将来どこかで素敵なバーをオープンされたら、是非お訪ねしたいと思います。
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