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Training Global Communicators

Vol.64 「夢はいつでも近くにある」

【プロフィール】
槇田麻衣子さん Maiko Makita
お茶の水女子大学を卒業後、通訳になりたいという夢を持ちながらも英語にあまり触れない環境で仕事を続ける。徐々に通訳の仕事へ近づき、インハウス→フリーランス→インハウスという異例の流れから、現在は高崎より新幹線通勤をしながらフリーランスの通訳者として多方面で活躍中。

Q1:まず槇田さんの英語との出会いから教えて頂きたいのですが、どの辺で興味を持たれたのでしょうか。
 英語との出会いは公立の中学校の授業からです。英語が特に得意という訳ではありませんでしたが、高校生の時Teaching Assistantという形で横田基地に住んでいる外国人の方の授業を受ける機会がありました。人生で初めて「外国人」という方と接したのですが、質問にも全く答えられず無言になりました。先生から英語ができなくてもYesかNoだけでも答えるように言われ、言葉が全く違うのに意思が通じるのに感動し、そこから少し英語に興味を持ち始めました。そして英語学を学ぶためにお茶の水女子大学の英語学専攻へ入学しました。

Q2:英語を使って仕事をしようと思ったきっかけは?
 元々母親の影響です。母は洋楽が好きで、私自身もデュランデュランのベースギターのジョン・テイラーというミュージシャンに夢中になりました。大学生の時は「私は絶対この人と結婚する!!」と宣言し、もしも彼と結婚したらイギリスに住んで、パパラッチのインタビューを英語で受け答えしないといけないと妄想し(笑)会話を英語でシュミレーションしたり、ジョン・テイラーのインタビューを片っ端から英語で聞いていました。その中に「THANK YOU」とインタビューアーが言ったのに対し、ジョン・テイラーが「MY PLEASURE」と答えるシーンがありました。義務教育では"THANK YOU"と来たら"YOU'RE WELCOME"が対になっていたので、"MY PLEASURE"という美しい言葉の響きに惹かれました。いつの日か英語を日本語に上手く訳せるようになって、ジョン・テイラーの素晴らしさを世界に伝えたいという強い気持ちから通訳者になったと言っても過言ではありません。今考えてみると飛躍的に英語力が伸びたのもその時期です。人間の思い込みのパワーはすごいですね。

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Q3:大学卒業後はすぐに通訳のお仕事をされたのでしょうか?
 いいえ、私は通訳者になったのは、ずっと後のことです。大学卒業後に最初の会社は旅行代理店に就職しました。次に通訳・翻訳を扱う会社に転職しましたが、私のポジションはあくまでもコーディネーターでした。その後 IT関係の会社で研究所の準社員になりました。その頃通訳ではないのですが、外国人を相手に技術説明をする仕事をしました。そうやって転職を続けたのは、心の中に少しでも通訳の仕事に近づきたいとう気持ちがあったからです。 その気持ちは日増しに強くなり、通訳学校に通い始めました。

Q5:仕事と通訳学校の予習復習はどのように両立されていたのでしょうか?
 振り返ってみると最初は全く出来ていなかったと思います。新卒で入社した会社では、平日は仕事で手いっぱいでした。事前準備が出来ない状態で授業に出席していましたので、当然出来も悪く、他のクラスメートの人に申し訳ないと思っていました。仕事が忙しくてしばらく学校に通えない時期もありました。ただそういう時も夏休み短期コースだけは通うなど、なるべく学校は完全に辞めないよう工夫して、地道に勉強を続けました。

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Q6:最初の通訳者としての仕事について教えてください。
 2001年に初めてインハウス通訳者として仕事をスタートしました。グローバルのアジアパシフィックというリージョン専属通訳者という位置づけで入社をし、通訳者デビューはIT部門付きの通訳でした。東南アジア担当のIT部門の人たちと日本のIT部門の人たちとの橋渡しの通訳です。当時は1年の半分くらいは海外出張でした。最初の2年がIT部門、大きなプロジェクトが一つ終了した後、残りの2年は他部署に声を掛けていただき、マーケティングや会計などの通訳を行いました。

Q7:ちょうどその頃テンナインにご登録いただき、フリーランスになられましたよね。驚いたのは1年ほど順調にフリーランスとしてお仕事をされて、またインハウスに戻られたことです!何か心境の変化がありましたか?
 1つはフリーランスを初めて経験し、当然外から通訳者として会議だけ関わるのですが、物足りなさを感じ始めていました。それまでインハウスとしてチームで仕事をやっていので、寂しいという表現が一番合っているのかも知れません。クライアントの方々にはとても親切に接していただいたのですが、当時フリーランスという立場をよく理解しておらず、必要以上にクライアントと線を引いていたのです。通訳以外にもチームの助けになるような事もやりたいと思い始め、その時にテンナインのご紹介で外資系コンサルティングとお仕事をするようになりました。仕事に対しては非常に厳しかったのですが、そこで働く人がとても尊敬できたので8年間という長い期間働くことが出来ました。コンサルティング会社の一番の財産は人材です。その会社には人をとても大事にするという企業風土が根付いていました。お互いを尊重もし、勉強したいというモチベーションを重視し、助けていただいたことは今でも感謝しています。

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Q8:非常に激務だったと思いますが、過労で倒れられたこともあるとお伺いしました。
 はい、要求されるものが高かったので、とにかく毎日ついていくのに必死でした。当時は業界も多岐に渡り知識を取得するのが大変で、受験生のように毎日夜中まで勉強していました、プロジェクトが佳境を迎えるタイミングが重なってしまう時期は、徹夜や明け方に少しだけ寝てそのまま出勤という日も続きました。その会社では私が初めての社内通訳者ということもあり、最初の数年は休みを取ることも出来ませんでした。ただ辞めようと思ったことは一度もありません。仕事が面白かったですし、やはりそこで働く人が素晴らしく、忙しい中でも行き帰りに車の中でお話しをするだけで刺激を受ける毎日でした。ただあまり食事も睡眠もとらず徹夜を続けていたのですが、自分の体力を過信して倒れたことがあります。結果仕事に穴をあけてしまったので、深く反省しました。以前は徹夜をすることはイコール会社に貢献しているという意識だったのですが、体調管理も自分の仕事の一部だと意識を変えることが出来ました。

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Q10:ではまたフリーに戻られたきっかけは何でしたか? ご結婚でしょうか?
 結婚よりは放送通訳への興味の方が大きかったと思います。(笑)初めから放送通訳者を目指していた訳ではなく、スキルアップのために放送通訳の勉強を始めました。社内通訳では英訳の機会の方が多く、日本語訳のアウトプットを上達させたいと思ったのがきっかけです。ただ実際に挑戦してみると、放送通訳と会議通訳の違いに最初は戸惑いました。最初は公共の電波に乗せるのが申し訳ないくらい全く訳せなかったのです。何度も諦めかけたのですが、先輩や学校の先生に、せっかくのチャンスだからもう少し続けなさいと励ましていただき何とか諦めずに続けることが出来ました。今は週1回3時間のシフトで現場に入って生同通をしています。どんなトピックが出てくるか全く分かりませんので会議通訳とはまた違った緊張感があります。先輩通訳者の方々は仕事だけでなく、休日もきちんと取られて、オンオフが充実した生活を送られていています。私生活を楽しみながら、そういった心の余裕を仕事に活かしていらっしゃる様子も拝見し、自分もそういう方向に持って行けたらいいなと思いました。まだまだこれからですが、ようやく周りの人を見て学んだところです。最近は家庭菜園にも挑戦しているんですよ。通訳という仕事は全く違う言語を話す人たちが、通訳の存在を全く考えずに、通訳者を介することによってビジネスの会議などで対話が成り立ち、お互い得たいと思っている情報を得られているという瞬間を見ている時が、やはりやっていてよかったなと思う時です。今は本当に毎日が楽しく、充実しています。

Q11:通訳学校での勉強がメインだったと思いますが、お勧めの勉強法はありますか?
 これは通訳学校の先生もアドバイスされるかと思いますが、復習がとても大事だということです。学校の教材は本当によく出来ています。その教材を何度も復習することによって、自分のものにしてください。授業で間違いを直されてなんとなく理解したつもりになっていても、翌日にもう一回見直してみるとやっぱり忘れてしまっていることもあり、とにかくやりっぱなしにせず復習することです。

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Q12:今必ず毎日やっているトレーニングはありますか?
 CNNを見ること、PBSのシャドーイング、そして新聞の日本語音読です。CNNは放送通訳のシフトで入るようになってからは毎日見ています。時間がない時はビデオに撮って通勤の新幹線の中で見たりしています。あと、PBSをiPad入れてシャドーイングをしています。PBSは3段階に分かれていて、通常のニュースの速度で流れているPBSのもの、スタンダードで少しゆっくり流れるもの、英語を勉強する人の教材用にすごくゆっくり流れるものがあります。ニュース速度でのシャドーイングは難しいですが、スタンダードのスピードでシャドーイングのトレーニングをします。スクリプトもついていますが、機械翻訳をされている訳なのであまり読まず、ただ辞書を引かなくていいという意味で利用しています。また通訳学校の先生のアドバイスで新聞を日本語で音読するようにしたところ、よりスムーズに日本語の訳出しが出来るようになりました。

Q13:最後に通訳を目指すたまごたちにメッセージをお願い致します。
 昔帰国子や留学経験が無いと、通訳者にはなれないと言われたことがあります。私自身も一旦は夢を諦め普通に就職をしましたが、通訳の「つ」の字も無い仕事をする中で、私一体何をやっているのだろうと苦しんだ時期が長くありました。しかし振り返ってみると、その時に勉強したITの知識や、二度とこんな言葉は使わないだろうと思っていた専門用語、ネットワーク系の言葉が、後になって通訳の現場で出てきたこともあります。それは今通訳者になって昔を振り返るとわかることなんです。当時はどんどん夢から離れていっていると思ってとても焦っていました。このインタビュー記事を読んでいらっしゃる方の中には、地方在住の方や、学校へ行く時間が無い方、色々な事情でなかなか通訳のお仕事をすぐに始めることができない方がいらっしゃると思います。でもそういう方でも通訳者になりたいという気持ちさえあれば、今やっていることは必ずいつか通訳に活きてくると思って欲しいですね。私自身がまだ勉強中の身なので、アドバイスと言えるかどうか分かりませんが、夢はいつでも近くにあると思います。

編集後記
穏やかな印象の槙田さんですが、心に秘めていた通訳者への夢に対する思いはとても熱いものだったようです。一旦夢を諦めながらも徐々に通訳者へと近づいていくお話は感動しました。ご活躍中の現在でも勉強に対してストイックな姿勢は、本当に素晴らしいです!!これから通訳者を目指す方々も 「夢はいつでも近くにある」事を忘れずに、困難を乗り越え実現していただきたいと思いました。


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