HOME > 通訳 > マリコがゆく 第6回〜第10回

マリコがゆく
覗いてみませんか?、あなたの知らない通訳者の世界。
普段、表では「語られないかも」しれない通訳の実態、 要望、ホンネ、ときどき不満を現役通訳者マリコがお届け。時に過激に、時に優雅に。通訳者マリコは今日もゆく!
 
 

眉間にしわを寄せて、ミーティングの参加者を順番に睨みつけるわたし。

「どいつもこいつも気にいらねーぜ!!」

なんて思いながら、お客さまにガンつけしているわけではありません。ただ、頑張って通訳しようとしているだけなんです。

ウィスパリング通訳のときって、音が聞き取りにくいことが多いんですよね。マイクやヘッドセットがないし、参加者が多いとなんだかざわざわしているし。通訳にとっては、やりづらい状況が多いんです。せめて少しでもよく聞こえるように、身体を乗り出してみたりして。

目から入ってくる情報も大事なんですよね。よく、「相手に伝わる情報は話の内容ではなく、見た目の印象が7割以上」なんて言いますが。通訳というと「耳」だけに頼っているようなイメージか強いかもしれませんが、実はそうでもないんですよね。目から入ってくる情報にも、かなり頼っているものなんです発言している人の表情や口元の動きなんかには、ちゃんと注目しています。

なので、なるべく発言する人が見えやすい位置を確保するようにしています。社内通訳で、参加者がよく知った人だったりすると、「ここがいちばん見やすいから、ここがわたしの席ね!」なんて、ちゃっかり「いちばん偉い人の席」をとってしまったりして。

簡易同通機材が使える場合は、動き回ることもよくあります。聞こえにくかったり、発言者が声の小さい方だったりすると、トランスミッターを持ってその人の近くにズンズン歩いていっちゃいます。お客さまにしたら、いきなり通訳が自分に向かってやってくるんですから、びっくりされるかもしれません。しかも、こわい顔でやってくるんですから!

音が聞き取りにくいときは、特にそうです。口元の動きを一生懸命見ながら、聞こえない分を何とかカバーしようとするんですが、必死なあまり、ついつい眉間にしわが。こわーい顔で、お客さまにきびしい視線を向けてしまいがち。

だから、ガンつけじゃないんですってば!!


 
 
 

その昔、通訳コーディネーターとして会議に入っていたわたしの耳に、イヤフォンから聞こえてきた同時通訳。

・・・でござりますれば

あの時は、資料もぎりぎりにしか渡してあげられませんでしたよね。すごく大変だったんですよね。格調高い会議で、緊張されてたんですよね。

そんな事情を知りながらも・・・ごめんなさい!「ござりますれば?えぇ~?時代劇でも見てんじゃないの?ぷぷっ」なんて思いながら、笑っちゃいました。でも、自分が通訳になったいま、とても笑っていられません・・・。

なぜって、法学部卒なだけに、わたしが読んできた教材の大半は判例なんです。しかも、論述形式の試験に備えてしょっちゅう書く練習をしたおかげで、文章まですっかり影響されてしまいました。なにか書いていても、すぐに「蓋し」、「然るに」、「かかる事情に鑑み」、「・・・とするのが妥当であろう」などと、文章だけ読んだら「かなり年配のおじさん」になってしまいます。何十年も昔の人みたいです。

それでも、文章ならまだ、書き直せばすむ話です。だけど、話すときにはよくよく気をつけないといけません。そうじゃなきゃ、「されば、かくあらんと欲す!」なんて、やりかねません。同時通訳で追い込まれていたら、なおさらです。普段ストックされている語彙が、そういう時にポン!と出てくるものですよね。普段読んだり聞いたりする言葉にちゃんと注意しておかなくちゃと思います。

この間迷ったのは、「むべなるかな」。

どうなんでしょう、これ。普段の会話では使わないですが、書き言葉や、おじさまたちの会議の席で「通訳の言葉」としては使ってます。でも、そのときの会議には、お手伝いの学生さんも数名。10代の彼らに、「むべなるかな」はわかるのかしら?もしかしたら、「ござりますれば」と同じくらい遠い言葉なのでは?

「むべなるかな?なにこの通訳。時代劇でも見てんじゃないの?ぷぷっ」

なんて言葉が頭をよぎったわけじゃありませんが、とっさに「これももっともなことです」と言い変えてみたのでした。

 
 
 

あー、脳細胞が死んでいく!!

早く糖分、糖分!チョコ!チョコ!チョコ!

決して食い意地が張ってるわけじゃありません(張ってますけど・・・)。仕事中におやつなんて、不謹慎な通訳だとお客さまに思われてしまいそうで心配です。だけど、ホントに糖分補給、必要なんですよね。

そう。チョコは通訳の必需品です

特に同時通訳のときは、どんどん頭がついていかなくなるのがわかるんです。急激に血糖値が下がっていく感じで、ふらふらしてきます。ちゃんと糖分を補給しなきゃ、身体がもちません。

そこで登場するのがチョコ。これはとっても助かります。通訳にとっては、まるでドラゴンボールの「千豆」のような存在です。これさえあれば、短時間で通訳脳が復活します。「もう限界!」という状態になったときに、何粒かチョコを口に放り込めば、あと1時間くらいはしのげます。

仕事のときは、忘れないように持参します。コンビニに立ち寄ってペットボトルの水と一緒にチョコもしっかり買い込みます。あれこれ種類があると、つい目移りしちゃったりして。そんなところで時間をとられてしまいます。

同じように、「チョコ持参」の通訳さんは多いもの。同時通訳で組むときは、仲良く一緒にいただいたりします。最初のうちこそ休憩時間に取り出して食べるんですが、仕事も後半戦でお互い疲れが出てきたりすると、お客さまの視線も何のその。堂々と取り出して必死の形相で次々と口に放り込みます。

仕事中に食べていても、けっして不真面目でも礼儀知らずでもなんでもないのです。きちんと通訳をまっとうしようと思えばこそ。気兼ねなく食べさせていただきたいものです。そうしないと通訳が止まっちゃいます!

そういえば。これまでチョコを食べていてクレームが出たことはありません。今気付いたんですが、もしかして・・・。「必死の形相でなぜかチョコを口に放り込む姿がおそろしかった」んでしょうか?

お客さまは、シュールな光景にひいていたのかもしれません・・・。

 
 
 

通訳のときにメモをとっていると、お客さまには「速記」のように見えるらしいですね。ときどき興味津々で覗き込まれたりもします。

このメモのとり方、ホントに人それぞれです。通訳学校では、「ページの真ん中に縦に線を引いて、ふたつに分ける」というのを基本形として習います。でも、わたしの場合は「話が長くなると何ページにもまたがってやりにくい」から3つに分けてます。そもそも分けたりせずに、「センテンスが終わるたびに四角を書いていくだけ」なんていう変わり種もいます。

書く内容も、文字が多くて文章に近い人もいれば、謎の記号が飛び交ってる人もいます。わたしのメモは、「漢文」に近いかもしれませんね。「我、欲す」みたいな。「言いたいこと」、「文章の構造」がパッとつかめるので。

たとえば、こんな内容の発言があったとします。

「お忙しいところお時間とっていただいてありがとうございます。メールでもご相談した件ですが、今回のシステム開発のスケジュールはかなりきびしいです。というのも、うちのメンバーが複数の案件を抱えていて、いっぱいいっぱいなんですよ。もともとリソースは不足してますしね。できたら1、2名ほど今回の開発専属で採用したいんですが、予算は大丈夫ですか?」

すると、わたしの通訳メモはこんな具合になります。

ちょっと解説しますと。"t"はtime、「時間」のこと。ハートマークは「ありがとう」です。「感謝しております」、「うれしいです」などはハートマークにしてます。「キビ」は「きびしい」ということですが、その横の棒3本はハイライトの意味で、「かなり」をさしてます。「とても」、「非常に」もハイライトですね。「とても感謝しております」は「ハートマーク+棒3本」になります。「∵」は「なぜならば」という数学記号。"mul"は"multiple"で、「複数」を表してます。「複」だと字画が多いので。意味区切りごとにスラッシュを入れて、訳し終わったらそこに横線などを引いてどこまで訳したかわかるようにします。

この通訳メモは、あくまでも短期的な記憶を支えるためのもの。通訳を終えてからは、いくら自分で読んでもまったく意味がわかりません。よく、「さっきとってたメモで議事録作れないかなあ?」なんていうお客さまがいますが、それは無理というものです。「解読」希望なら、喜んでメモは提供しますけどね。

 
 
 

マイクが大好きです。マイクって、あれです。機材のマイクのことですよ。

何十人も参加する逐次通訳のミーティングでも、マイクがないことがあります。「マイク内蔵型」のやたら地声のでかい通訳さん(たいてい男性)はいいですが、そうでないとつらいものです。「自分が話す」のと「通訳する」のって、全く別物なんですよね。

自分が話すんだったら、別にマイクがなくても文句は言いません。大きな声を出せばいいだけです。でも、そうはいかないのが通訳です。逐次通訳って、「下を向いて話さなきゃいけない」ですからね。聴衆が前に座っている場合は、ちゃんとわかっているかどうか確認するためにも顔をあげるようにしますが、本当はずっと下を向いたままの方がパフォーマンスはいいはずです。下を向いて、メモを見てるわけですよね。だから、メモから顔をそらすと、集中力がそがれてしまうのです。

「下を向いたまま大きな声を出す」って、これはなかなか難しいです。大きな声を出そうとすれば、必然的に顔を上げることになります。だけど、自分の思考じゃなくて「人の思考」を追っているので、必死に頭の中に詰め込んでいるものが、顔を上げるたびにぽろぽろとこぼれていってしまいます。当然、パフォーマンスもひどいことに・・・。

そんなわけでなるべくマイクが使えるようにお願いするんですが、社内のミーティングの場合、マイクがないこともしょっちゅうです。わざわざそんな手配をするために手間暇やコストをかけるよりは、通訳に頑張らせてしまおうというお客さまが残念ながら多いもの。ある通訳さんなんかは、会社のパーティーでマイクの代わりに拡声器を使ったそうです。

「えー、なにそれ。避難訓練みたいじゃない!?気の毒~」

そんな話を同僚として笑っていたら。その後、別の会社で自分もやる羽目になりました・・・。

真っ赤な拡声器を使っての避難訓練、じゃなくて通訳。忘れられないシーンのひとつです。

 

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プロフィール

寺田真理子

寺田 真理子さん
幼少時から中学までを、メキシコ、コロンビア、ベネズエラにて過ごす。東京大学法学部卒業後、国際会議コーディネーターを経て、通翻訳者デビュー。その後、数社にてインハウス通翻訳を経験し、2004年にフリーランス通翻訳者として独立。出版翻訳も手がける。