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Written from the mitten

木内裕也さんのアメリカレポート。2005年春-2006年夏まで、Hubbub from the Hubのニックネームで通翻訳者リレーブログを担当して頂きました。2009年5月にミシガン州立大学(MSU)博士課程を修了、博士号を取得された木内さんから見た、現地での生活やハプニング、大学のことなど、アメリカの今を発信します。 通訳・翻訳の話をまじえながら、幅広いテーマに沿ったレポート、毎週月曜日更新です!どうぞお楽しみに!

最終回

 今回が、Written from the Mittenの最終回です。先日、ある学生が何かの授業の一環で大学の教員にインタビューをしなければならない、ということで、彼女からインタビューを受けました。その時のやり取りが、ある意味で私がアメリカで生活をするうえで、そしてアメリカの大学で仕事をしながら感じることの集大成であるように思いました。そこで最終回の今回は、そのインタビューの内容を基礎にして、話を進めたいと思います。

 学生からの質問は、「学歴を教えてください」「研究分野を教えてください」といった一般的な内容からスタートしました。しかし、「学部生を教えていて難しいことはなんですか?」「新入生にメッセージはありますか?」「学部生を教えて何が楽しいですか?」などという質問を受ける中で、大学が実社会とのモラトリアムであるという批判の裏返しとして、非常にプラスの部分もあるのではないか、と感じました。アメリカの社会は日本以上に物質主義であり、成功主義であります。能力によって出世が左右される、また成功が経済的成功で認められるなどという傾向は、日本以上に強いものがあると言えるでしょう。もちろんそれだけがアメリカではありません。しかし歴史や社会学、心理学などの学問が「職にたどり着かない分野」「卒業後に高収入につながらない分野」として見られてしまい、それらの分野を学生が専攻しないどころか、必修科目としてとるべき授業に対して、学生が非常に低い意識を持っている現実があります。

 確かにそのような気持ちになる学生の様子も分かります。自分の興味のある分野だけを勉強したい、大学で勉強してよい収入を得たい、という希望はあるでしょう。しかしたとえ歴史的建前であっても、大学の機能とは知の探求にあります。現在の社会の様子を考えれば、それだけしていればよい、というわけにはいきません。しかし大学の約4年間で、教養であったり、より幅広い知識を身につけることの重要性が、非常に軽視されているのは日本もアメリカも同じだと感じます。この点を、学生のインタビューで強調しました。卒業した社会人が「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」とよく口にします。しかし「もっと歴史を勉強すべきだった」という人はいても、「もっと機械工学を勉強しておけばよかった」という人は少ないでしょう。なかなか学生にこのような分野の重要性を伝えるのは難しいですが、毎学期、何名かの学生からよいフィードバックを貰います。それを目にすると、少しは目的が達成できているかな、と感じます。

 インタビューでは、大学1年生へのメッセージも聞かれました。大学生活を楽しむことが大切です。しかし同時に興味のある分野の専門家を求めて、研究室を訪ねるのもいいでしょう。私が教えているような大学は、Tier One Research Institutionといって、全米でもトップレベルの研究実績を持ちます。これは、それぞれの分野の一流の専門家が同じキャンパス内で仕事をしていると言うことです。中には研究中心で学部生と関わりたくないという教員もいますが、多くの教員は自分の分野に興味のある学生と話をすることを楽しみにしています。そしてその様な会話は非常にリラックスした雰囲気で行われます。教員と学生という堅苦しいイメージはありません。この様なアメリカの大学がもつ可能性、そして雰囲気に魅力を大きく感じます。

 今回が、Written From the Mittenの最終回。これまでメールでメッセージを頂いたり、色々な形で「毎週読んでいます」と教えていただきました。ありがとうございました。


キャリアフェア

 先日、ミシガン州立大学のキャンパスでキャリアフェアが行われました。これは日本の就職活動に近いものですが、大学のキャンパスに企業の人事担当者が集まり、学生が興味のある会社のブースを訪れます。ミシガン州の外ではあまり知られていない小さな企業から、フォーチン誌に出るような有名企業まで、数百社が集まります。キャリアフェアは分野ごとに行われるので、人文科学系のフェアに参加する会社と、工学系のフェアに参加する会社では大きな違いがあります。

 フェアのイメージとしては、トレードショーや展示会などに似ているでしょう。ミシガン州立大学ではバスケットボールが行われる大きな施設などで開催されます。それぞれの会社はブースをもうけて、テーブルに関連情報の書かれた資料を置きます。学生にとっては各企業について学ぶ機会であると同時に、場合によっては履歴書を人事担当者に渡すこともできます。私の知り合いは、担当者に履歴書を渡した際、担当者から簡単なテストをされたと言っていました。友人は機械工学科の学生で、担当者からすでに授業で学んだと思われる公式を使った問題を解くようにいわれたそうです。この様な情報を元に、企業はより優秀な学生を雇用とします。フェアの後も数日間は企業の担当者は大学にとどまることが多くあります。優秀と思われる学生と面接の予定を立て、1対1で話し合いを行います。

 フェアでは学生が卒業した後の就職先だけではなく、夏休みのインターンシップ先も見つけることができます。私の友人も昨年、フェアを通してインターンシップを見つけていました。インターンシップを行うことは、卒業後の就職にもつながります。例えば、ミシガン州西部に電力を供給する電気会社で2年間インターンをした友人は、先日会社の担当者から卒業後の計画を尋ねる電話をもらったと言っていました。キャリアフェアの会場では、このようにすでに特定の企業で経験を持っている学生が、どこのオフィスでいつから仕事をはじめるかと言った、詳細に渡る会話もなされていました。

 しかし全体的な印象としては、日本よりもカジュアルな雰囲気で、会社説明会といったイメージです。質問も企業側が学生に対して行う面接形式よりも、学生が企業に対して様々な質問をするのが主流です。だからといって学生に有利な経済状況なわけではなく、就職難の現実があります。主たる目的が「学生に情報を与えること」と明確化されているのでしょう。もちろん、このフェアを通して就職先が見つかることもありますが、あまりそこまでプレッシャーを感じているような学生は多くありませんでした。


アメリカの都市

 日本の小学生が都道府県の場所と、都道府県庁所在地を覚えるのと同じように、アメリカの子供たちも州の場所と州都の場所を覚えます。興味深いのは、それぞれの州で一番大きかったり、有名だったりする街が州都であることが少ないこと。その筆頭となるのがニューヨークでしょう。ニューヨーク州は、一般的に私たちが想像するマンハッタンのあるニューヨーク市から、ナイアガラの滝があるカナダとの隣接部まで広がる大きな州です。その州都はニューヨーク市にあると思いがちですが、実際にはAlbany市が州都。自動車でニューヨーク市の中心部まで3時間くらい掛かる場所にあります。私の住むミシガン州も、デトロイトが非常に有名です。今では自動車業界の衰退によって産業は成長していませんし、ここ数十年は治安もそれほどよい場所ではありません。しかしミシガン州で最大の街であることは確か。それでも州都は私の住むEast Lansing市の隣にあるLansing市です。このように、あえて州都を中心都市からずらしてあるのは、産業や経済の一極集中を避けるためであるとも言われています。

 またアメリカの都市を訪れて感じるのは、都市がある意味で使い捨てになっていること。日本のように敷地が限られているわけではなく、どんどんと次の開拓地域を求めることのできる国土の広さがあります。ボストンやニューヨークのように発展してしまうと別ですが、そこまでではない場合、数十年間の発展を見た地域が次第に人口を失い(若い人がより大きな都市部に引っ越すなど)、産業も勢いを失って、廃墟のような様子を持った街が沢山あります。それらの地域は大小さまざまですが、それをあえて復興させようとするのではなく、その地域を諦めて次の場所を求める傾向もあります。

 デトロイトも20世紀中ごろに勢いを失って、廃墟と化した場所がたくさんあります。それを復興させようという流れはほとんどありませんでした。マイナスの流れを止めようという努力はされていましたが、なかなかその地域に投資する人もいなくて、デトロイトの中心部だけは近代化されたものの、少し離れると相変わらず昔のままであったりします。これは非常に残念なことです。

 都市部の治安が悪くなると、一層人がその地域を離れる傾向にあります。ビジネスも、住民も、観光客もその地域を避けるためです。その結果、地元の住民や観光局が協力して治安維持の努力がなされます。私は今、ノースカロライナ州にあるRaleighという街に学会で来ています。ここも夜になるとあまり人が歩いていない場所です。ジョージア州のアトランタでも感じましたし、アメリカの様々な街で感じることですが、街のいたるところに治安維持のための住民や職員が立っています。観光客にとっては、迷子になりそうになったらすぐに質問できるのでありがたいです。またある程度治安維持にもつながっています。ただ特定の地域の治安だけ守られていて、問題の根本的解決にはなっていないとも感じます。ニューヨーク、サンフランシスコ、ボストンなど大都市と呼ばれる地域ではない場所を訪れると、都市の発展、観光の促進、そして治安維持が、地域の住民にとってある意味で住みにくい環境を生み出しているようにも感じます。


9月のキャンパス

 9月1日に新学期が始まって1ヶ月弱。新入生も大学生活に慣れてきたころでしょう。9月の第1週や第2週はキャンパスが大混雑でした。しかしそれも次第に様子が変わってきています。毎年のことですが、9月中旬から後半になると、キャンパスの混雑が緩和されます。別に最初に数週間で退学者が大量に出るわけではありません。たしかに涼しくなっているので、朝や夕方は10度を下回ることもありますが、かつて通っていた大学と違ってミシガン州立大学には冬に使える地下通路があるわけでもありません。キャンパスの混雑が緩和されるのは、入学したばかりのときのような「大学で頑張るぞ!」という気持ちが次第に薄れ始めるから。その結果、授業に来ない学生がだんだんと出てくるのです。そのためにキャンパスがそれほど混雑しなくなります。

 日本ではアメリカの学生が勉強を熱心にするが、日本の学生は勉強をしない、というイメージが強くあります。実際、日本の学生よりはアメリカの学生のほうが熱心に勉強するようです。また、トータルに判断すれば、このイメージは間違えともいえません。だからといって、どの学生も毎回授業に参加し、宿題に精を出しているというのも事実ではありません。特に1年生は自宅で生活した20年弱から開放され、友達と24時間一緒に寮に住むのが楽しくて、最初の1年目は勉学に集中をしない人が多くいます。その結果、「高校のときはこんな成績をとったことがなかった」という成績を受け取り、2年目(早く気づく学生は春学期)から生活を改める、ということもあります。まだその様なタイミングではありませんから、1年生は毎日の生活を楽しんでいることでしょう。

 私の友人も従妹が今年からミシガン州立大学に入学しました。かつてこのブログでも女子アイスホッケーの選手として紹介をした人です。彼女の様子を聞いていると、やはり結構遊び中心の生活をしているようです。最初に履修をしようと思った授業のうち、難しそうだった2つはより簡単な授業に取替え、すでに何度か授業も欠席したようです。その代わり週末は一生懸命(?)活発に活動している様子。1月から、もしくは来年の秋からはもう少し勉強中心の生活になることでしょう。

 またこの時期になると、すでに論文や宿題、試験の結果などから、成績が伸び悩みそうな学生がはっきりとしてきます。まだ数週間ですが、その間にミニテストや論文など、色々な成績が出ています。今のうちに学生を研究室に呼んで話をすることでなんとかその後の成績が回復することもあります。ただ授業によっては人数が多くて、本当に今の段階から落第しそうな学生以外は、手を差し伸べる余裕がないこともありますが。

 10月になると、こちらでは中間テストも授業によってはありますし、長めの論文の提出期限だったりもします。また10月末になれば、次第に学生も疲れてくる時期。教える側としては、そのあたりにも気を払って授業の構成を考えたりもします。また10月になれば降雪もあるミシガン州。どうしてもそんな日の出席率は低下しがち。そのあたりも勘案しながら、色々な予定を立てなければなりません。


21歳の誕生日

 先日、友人が21歳の誕生日を迎えました。アメリカでは飲酒の年齢が21歳であることから、16歳を祝うSweet Sixteenなどと並んで、大きなイベントです。私の友人も誕生日の前から、「あと2週間だ」とか「来週の今頃は、一緒に食事に行って私もワインが飲める」などと話をしていました。彼女の誕生日は9月16日の木曜日。時には誕生日の前夜にバーに行って、0時を過ぎたところでTwenty-one shotsと呼ばれることを行う人もいます。これは、21歳を記念してショットグラスに入ったアルコールを21杯飲むというもの。実際にはその21杯を友人とシェアしたりするのでしょうが(そうでないと、相当肝臓に悪いでしょう)。しかし彼女の場合は木曜日も金曜日も大学の授業があり、特に外出はなく、自宅で0時を迎えたようです。私も携帯のメールで誕生日を祝いました。 当日は一緒に食事に行き、また翌日の土曜日には彼女の実家で誕生日が祝われました。

 ミシガン州の免許証は21歳までは縦長、21歳以上は横長になっています。これによって未成年かどうかがすぐに判断できるのです。もちろん、偽物があるかも知れませんから、免許証の裏には茶色のテープがあって、それをスキャンすると誕生日の情報が示されるようにもなっています。彼女は9月の頭に新しい免許証のための写真を撮りに行き、早く横長の免許証が届くのを心待ちにしていました。

 実はその免許証、誕生日の1日前に実家に届いていたのですが、それをあえて家族は彼女に伝えずにいました。彼女が自宅に着くとすぐ、「免許証が届いているかなあ」と郵便受けに向う姿を皆で見ていました。実際にはすでに届いていた免許証が彼女の誕生日プレゼントが入った袋に入れられていたのです。ですからプレゼントを開けながらその封筒を見つけ、非常に嬉しそうでした。It’s horizontal!(横長だ!)と何度も繰り返し言って喜んでいました。

 誕生日当日はまだ古い縦長の免許証のままでしたから、夕食のときにワインを飲んだのですが、縦長の免許証を見せなければなりませんでした。しかし実家で誕生日を祝って自宅に戻ったあと、一緒に近くのバーに行ったのですが、そこでは横長の免許証を見せて年齢確認をすることができました。

 別の友人が言うには、セルビアなどの東欧諸国では特に飲酒の年齢制限はないようです。ある意味元共産圏の国々は統制が厳しそうでありながら、ある部分ではその様な統制がないというのは興味深いところです。もちろん、それなりの理由があるのでしょうが。逆にアメリカは日本以上に(というより日本は全く厳しくありませんね)厳しく、栓の開いたアルコールをもあることが禁止されていたり、21歳の年齢確認も厳しく行われています。



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プロフィール

木内裕也

木内 裕也さん
フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。