INTERPRETATION

携帯電話

木内 裕也

Written from the mitten

 私が現在教えている3つの授業のうち2つは、Science and Technologyと呼ばれる授業です。科学技術について、人文学的な見地から考察するのを目的としています。これはアフリカ系アメリカ研究と並んで私の専門分野の1つです。そこで扱う内容の1つに「携帯電話」があります。今回の投稿ではもしかするとこれまで皆さんが考えたことがなかったかもしれない角度から、携帯電話を考えてみたいと思います。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授にSherry Turkleという人がいます。私もボストンに住んでいるときにMITでのプロジェクトに関わり、Sherry Turkleと一緒に話をしたことがありました。その彼女が携帯電話について「携帯電話こそ幸せの根源になっているの」と話をしています。これは私が授業で使っているThe Inner History of Devicesという著書について講演をしたときの発言です。アメリカの携帯電話の中でもSmart Phoneと呼ばれるiPhoneやBlackBerryではインターネットが利用でき、Eメールは全て手元に即時に届き、FacebookなどのSNSの利用ができるばかりか瞬時にUpdateが届き、Instant Messangerも使うことができます。日本の計帯電話の多くがTVの視聴をできるというのはアメリカの携帯電話と比べて勝っている点ではあります。しかしSmart Phoneの特徴として私が述べたのは、インターネットの利用を除いて利用者の意志に関係なく情報が届くという特徴があります。逆に日本の携帯電話の多くは利用者が選択するエンターテインメント(TVに加えて、ナビゲーションサービスや割引サービスなど)に焦点が置かれています。このアメリカ式の携帯電話の場合、携帯電話こそが幸せの源となっているのです。わざわざパソコンを開かなくてもメールが届くということは、携帯電話をONにしているだけでメールの送受信ができます。誰かに必要とされている、ということを実感することができるのです。電話が鳴ったり、携帯メールが届くだけではありません。SNSのアップデートが届けば、それは数百人のネットワークとつながる機会です。友達との集まりやパーティーがFacebookなどで届く今、その招待状はSNSのUpdateとして携帯電話に届きます。

 携帯電話を見つめるということは、幸せを待つことでもあります。もちろんそこに届く知らせは必ずしも幸せをもたらすとは限りません。しかし幸せを求める人にとって、携帯電話がそれをもたらす唯一の手段となりかけています。携帯電話の電波が届かないところにいると言うのは、人と連絡がつかないことをかつては意味していました。今では自らの幸せすら手にすることのできない状況にいると言い換えることができます。人とつながる、ということはSmart Phoneを持つユーザーにとって携帯電話の2次的な要素でしかありません。これは日本人の高校生が携帯電話依存症になる理由として考えることもできるでしょう。歪曲した友人関係、携帯依存と批判するのは容易です。しかし携帯電話だけではなく、パソコンの「スクリーン」と能動的な関係を持つネット世代に対し、それに警鐘を鳴らす親の世代はTVという「スクリーン」と受動的関係しかもっていなかった世代でもあります。ですからこのスクリーンや携帯電話というツールがどのような社会的意味を持っているのか、十分に考えてみる必要があるでしょう。

 少なくとも私の教える学生にとって、目を覚まして最初に目にするのは携帯電話です。そして就寝のために目を閉じる前に最後に目にするのも携帯電話です。それは携帯電話を目覚まし時計代わりとして利用する学生がほぼ100%だからです。就寝前に翌朝の起床時間をセットし目を閉じます。そして朝になればアラームのなる携帯電話に目をやり、「あと5分だけ」と思うのです。そう考えると、TVの見られる日本の携帯電話がアメリカの携帯電話よりも進んでいるのは確かですが、その位置づけという観点から見ると、もしかするとアメリカのほうが進んでいるのかもしれません。アメリカの学生は携帯でTVを見たり、ゲームをすることは限られています。しかし携帯電話をExtension of the body(体の一部)としてみなしているのは日本時間学生よりアメリカ人学生のほうかもしれません。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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