HOME > 通訳 > Written from the mitten

Written from the mitten

木内裕也さんのアメリカレポート。2005年春-2006年夏まで、Hubbub from the Hubのニックネームで通翻訳者リレーブログを担当して頂きました。2009年5月にミシガン州立大学(MSU)博士課程を修了、博士号を取得された木内さんから見た、現地での生活やハプニング、大学のことなど、アメリカの今を発信します。 通訳・翻訳の話をまじえながら、幅広いテーマに沿ったレポート、毎週月曜日更新です!どうぞお楽しみに!

感謝祭

 アメリカは感謝祭が近づいています。今週の木曜日に向けて、ニュースなどでも「感謝祭の天気予報」「感謝祭前後の旅行客の出足」など、日本の夏休みに似た報道が行われています。ミシガン州周辺は例年に比べてかなり暖かい11月で、私の住むEast Lansing市周辺ではまだ雪が降っていません。いつもなら10月には初雪があるのですが。しかしどうも今週は中西部で少し気温が下がるらしく、ミネソタ州やシカゴなどでは寒気が訪れるようです。

 この週末に帰省をする人は例年通り多いようです。クリスマスに並んで感謝祭は帰省ラッシュ。飛行機、バス、高速道路などいつも大渋滞です。私もボストンカレッジに通っていた2002年11月に感謝祭で友人の家に行く際、高速バスが4時間以上遅れたことを思い出します。航空運賃が高騰し、休暇中は特別な手数料が航空会社によっては20ドルも掛かるのですが、それでもやはり帰省ラッシュは激しいようです。友人の数人は今週末から感謝祭の前日までフロリダのサッカー大会で審判をしています。私も去年と一昨年に参加しましたが、空港はいつも大混雑でした。

 感謝祭といえばディナーです。クリスマスのディナーも重要ですが、Food comaという表現がぴったりするのは感謝祭です。クリスマスと同様、アメリカでは家族で集まって、七面鳥に代表される食事をとります。この日は朝から調理をし、2時ごろに皆でディナーを食べ、その後はソファーでゆっくりする、というのがアメリカの習慣です。昨年の感謝祭は出版翻訳のプロジェクトに追われて全く何もしませんでしたが、今年は友人がディナーに誘ってくれました。その友人の実家で七面鳥を食べる予定です。

 感謝祭の翌日はBlack Friday。クリスマス商戦の第1日目です。かつての投稿にも書いたとおり、朝4時位にお店が開店し、セールを行います。先着20名などのクーポンを求めて、3時ごろからお店の前には列ができます。私も1度ニューヨークでBlack Fridayを経験しましたが、氷点下の中、20%引きのクーポンを求めて1時間も行列を作るのは、これが最初で最後だ、と思ったのを覚えています。でも木曜日にディナーに招待してくれた友達次第では、再挑戦することになるかもしれません。

 感謝祭が終われば、街中は完全にクリスマスモード。今でも近所のコーヒー屋はクリスマスツリーが飾られて、次第にクリスマスの様相を呈し始めていますが、それが本格的になるのは今週の金曜日からです。


アジア人学生の特徴

 今学期は合計で80名近くの学生を教えていますが、そのうち20名強は留学生か英語を母国語としない学生です。2004年に初めてアメリカの大学で授業を教えてから、これほど外国人や英語を外国語としない学生の比率が高かったことはありません。論文を書くことで研究の価値が決まる私の専門分野では、これらの学生がどうしても英語を母国語とする学生やアメリカ式の教育に慣れているアメリカ人の学生よりも苦労します。私も交換留学生や留学生の経験がありますから、できるだけこれらの苦労する学生の気持ちを理解しようとしています。学生とコミュニケーションをとるにおいて、アジア系の学生に多く見られる特徴に最近よく気づきます。

 それは学生の質問がYesかNoを求めるという点です。もちろん細かい差異はありますし、一概にアジア系の学生はこうだ、と決め付けるのは不適切ですが、強い傾向が見られます。例えば論文の構成を質問してきた学生が、「第3段落にはこのようなことを書きたいのですが、いいですか?」と質問します。私の視点から考えれば、学生が第3段落に何を書くかはその個人が判断して決めることであり、時にはその決定がベストではなく減点対象となっても、それは学ぶ過程の1つです。それよりも「自分なりの論文構成」を行うことが重要であり、学生の書いた内容が誤っているかどうかを判断するのではなく(書かれている事実に間違えがある場合は別ですが)、「よりよい論文にするにはどうするか」というアドバイスを与えるのが私の責務と考えます。従って先に述べたような質問には、「好きなように書いていいですよ。自分で考えてください。それよりももっといいアイデアがあれば、いくつか教えてあげますから。」と答えるしかありません。YesやNoで答えられるものではないのです。このような質問をアメリカで育った学生から尋ねられることは少ないです。逆にいくつものアイデアを列挙して、「どれが一番か分からないから、アドバイスを下さい」ということがほとんどです。この違いには大学の教員というある意味でAuthorityの意見に従う、という典型的なアジア的思考が見え隠れします。そしてアジア的教育が正答か誤答かしかない、と批判されるように、二元論で考えられていることも反映しているようです。

 学生がいつ質問するか、ということも大きな違いです。現地の学生にもシャイな学生はいますが、傾向としては授業中に多くの質問をします。こちらの話を聞かず、私が何かを行った1分後に同じ内容を平気な顔をして聞く、ということがまれではありません。しかし大人の集中時間は17分しか持たない、という研究結果もありますから、もちろん「さっき言ったじゃない」と苦笑しながら答えます。学生も「ハハハ、そうでしたっけ?」とあっけらかんとしています。逆にアジア系の学生の多くは授業が終わってから私の元に来て質問します。時には非常に良い質問もあり、「授業中に質問してくれれば、他の学生にも役に立つのに」と思うことが頻繁にあります。

 これらの違いはある意味でステレオタイプを繰り返すようですが、特徴として実際に感じます。多くの留学生がまだ1年生。中には私の授業がアメリカで始めて受けた授業という学生も数名いました。4年後には無事にアメリカの大学に馴染んでいるでしょうか?


日米の名刺

 日本とアメリカで名刺の持つ役割が違うことは良く知られています。日本では名刺を相手と同様に丁寧に扱い、両手で渡して両手で受け取り、お尻のポケットに入れる財布にしまうことは失礼であり、名刺に色々と書き込むのも失礼だと多くのビジネスエチケットの教科書には書いてあります。また異文化ビジネスの本にはアメリカではミーティングの終わりに名刺の交換が行われるのに対し、日本では名刺の交換で会議が始まるとも書かれています。確かにこれは事実ですが、通訳者としてどれだけの国際的なビジネスミーティングに参加しても、日本人の名刺好きは知られていますから、外国人が自然と名刺交換を行うことがあります。またそうでなくても日本側が名刺交換をしようとして、「ああ、そういえばかつて読んだビジネス書に、日本人は名刺交換が好きだと書いてあったなあ」と外国人が思い出すような素振りを見せることもまれではありません。

 アメリカ人が中心の集まりや学会に行くと(アメリカ研究の学者で日本人の名刺好きを知っている人はほとんどいません)、それとは全く違った名刺の役割を目にすることができます。例えば学会の発表の後に、「論文が気に入りました。でも○○についてはどう思いますか?」などと質疑応答で質問し切れなかった内容の質問についてディスカッションが休憩時間にも行われます。しかし休憩時間も限られていますから、そうすると「今度メールしますね」という風に名刺の交換がやっと行われます。パネリストの間でもパネルの行われる前に名刺の交換をすることはありません。パネルを行って、「この人の論文はもっと知りたい」とか「一緒にプロジェクトができそうだ」と判断をした場合にのみ、その相手と名刺の交換をします。その結果、「何でこの人の名刺を持っているんだろう?」「この人、誰だっけ?」ということはありませんし、無駄に名刺を配る必要もありません。

 もちろん名刺は片手で交換です。ステレオタイプそのままかもしれませんが、名刺入れではなくお財布から曲がった名刺が出てきたり、場合によってはズボンのポケットから端が曲がっているだけならいいほうで、少し破れた名刺が出てくることのほうが学会では多いほどです。そして自分の名刺もスーパーのレシートやティッシュと一緒にその人のポケットに入っていきます。

 名刺交換をすると、まじまじとその名刺を見つめるのが日本流。3秒もあればそこに何が書いてあるか読みきれるはず、などと考えてはいけません。しかしアメリカではすでに相手のことを少し分かった状況で名刺交換をしますから、その人のメールアドレスがどこに書かれているかをチェックすれば、それ以上その名刺を見つめる意味はありません。すかさず裏返して、「○○についてメールする」とか「○○の論文を送る」などと書き込みます。名刺の裏はTo doリストと化すのです。

 私は今、ワシントンDCで開かれているAmerican Studies Associationの学会に来ています。10名くらいと名刺交換をしましたが、私の名刺も数枚はズボンと一緒に洗濯され、数枚は1週間後くらいにお財布の中で発見されるのでしょう。


金銭難に悩むアメリカの大学

 アメリカの大学が景気後退の波を受けて非常に厳しい状況にあることは以前のブログに書きました。予算が豊富と言われているハーバード大学でもかなりの予算カットが行われて、数週間前に話題になりました。ハーバードとは違って公立で、全米でも失業率トップのミシガン州にあるミシガン州立大学は特に厳しい状況にあります。その結果、来年は私が所属していたアメリカ研究のプログラムが姿を消すことになりました。

 アメリカの大学にはDepartmentとProgramがあります。Departmentは大学内で自立した存在として決定権を持っています。それぞれのDepartmentに教員は所属しています。逆にProgramは学位を与えることもできますが選任の教員はおらず、様々なDepartmentから関連した教員を集めています。例えばミシガン州立大学のアメリカ研究はProgramですからHistory Department、Anthropology Department、Sociology DepartmentなどのDepartmentの教員が集まってProgramを作り上げています。その結果大学の中ではDepartmentに比べてProgramは力が弱く、予算カットなどの煽りを受けやすい存在です。

 ミシガン州立大学のAmerican Studies Programが無くなる、というのは非常に大きなニュースです。大衆文化を専門に研究する学術誌で世界トップのThe Journal of Popular CultureはMSUのアメリカ研究に属しています。また大衆文化研究では世界トップにランクされ続け、大学図書館の地下にはSpecial Collectionと呼ばれる書庫があります。またアメリカ研究の分野では全米ランキング1位のUniversity of Texas, Austinや2位のHarvard Universityに並んでトップ5位にランクされています。そのプログラムが存続を絶たれるというのはその他の大学に与える影響も小さくありません。

 MSUのアメリカ研究プログラムはDepartment of Writing, Rhetoric, and American Cultures(WRAC)というDepartmentの一部として存在しています。今年の8月から私はWRACのAssistant Professorとして教えていますが、その経験で学んだのはDepartment内にWritingやRhetoricを教えようとする教員と、American Studies/Culturesを教えようとする教員が別れて存在していること。1つのDepartmentに2つの専門分野が存在しているも同然で、目指す方向性も価値観も全く違っています。これは教授会の内容からも明らか。この点が今回の大学の決定に影響した可能性もあります。

 人文系のDepartmentをつかさどるCollege of Arts and Lettersはすでに3年間の雇用凍結(Hiring Freeze)を決定しています。新規教員は今後3年間雇用しないという意味です。学生の学費や食堂の料金は右肩上がりになり、アジアの留学生を必死に集め(今、中国人学生はアメリカの大学で人気です)、土日の冷暖房をOFFにし(研究者は土日こそ授業を教えなくていいので研究室で自分の仕事をしているのですが)、学会の出張費はカットされるという流れは当分続きそうです。


専門用語

 専門用語は業務の事前準備の通訳者を悩ませる要素の1つです。余程精通している分野の通訳をする場合を除いて、常にその分野でしか使われないような専門用語があります。特に科学系や経済金融の専門用語に焦点が当てられがちですが、私が研究をしている歴史の分野でも、Historicizeという言葉がHistoryの動詞型として使われたり(ある事象を歴史の流れの中において考察する、という意味です)します。

 先週は救命の話をブログに投稿しましたが、医療の分野もその様な専門用語が非常に豊富です。しかし辞書に載っている専門用語よりも難しいのは、その分野の人だけが使っている特殊な表現でしょう。例えばIt’s so hard to read strips.という表現があったとします。英語自体は難しいものではありません。Stripと読むのは難しい、という意味です。しかしStripとは何でしょうか? 長細い紙のようなものをストリップと言いますが、心電図のことを指す言葉です。俗語と言えるでしょう。心電図はレシートのような感熱紙に波形が印刷されます。長さ15センチくらいになるレシートを想像すると、イメージがわくでしょう。これをStripと言います。心電図を読み解くのはER(Emergency Room)やED(Emergency Department)、ICU(Intensive Care Unit)で働く看護師や救命士にとってもなかなか容易なことではありません。救急車をBusやTruckと呼ぶことはずいぶん前の投稿にも書いたとおりです。Ambulanceと呼ぶことはまずありません。よくTruckという風に呼ばれます。

 その分野の専門である人達が良く使っているけれど、実は誤った表現ということもあります。これはサッカーの分野で非常に良く感じます。サッカー場の長いほうの線をタッチライン、短いほうの線をゴールラインと呼びます。しかしアメリカ人の多くはサッカー選手やコーチ、そして審判員もサイドライン、エンドライン、という風に呼んでいる事があります。Goal AreaとPenalty AreaをそれぞれGoal Box、Penalty Boxという風にも言いますが、これは過ちです。フットボールやアイスホッケーの用語が混同されて使われているケースです。この流れを受けてアメリカ国外のサッカー協会関係者まで、時に「ボックスの中で……」という風に言うことがあります。またサッカーの試合で話題になるオフサイドも、フットボールではOffsidesと複数形ですが、サッカーではOffsideです。There were three offside situationsという風にOffsideを複数形にするときはSituationやCallといった名詞をつける必要があります。

 通訳をしていて難しいのは、このようにネイティブスピーカーでさえ、誤った英語を使う可能性があることです。正しい表現に精通し、そして内部だけで通用する俗語に精通し、それに加えて頻繁に行われる誤用の知識も時に必要となります。



《 前 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 次 》


↑Page Top

プロフィール

木内裕也

木内 裕也さん
フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。