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Written from the mitten

木内裕也さんのアメリカレポート。2005年春-2006年夏まで、Hubbub from the Hubのニックネームで通翻訳者リレーブログを担当して頂きました。2009年5月にミシガン州立大学(MSU)博士課程を修了、博士号を取得された木内さんから見た、現地での生活やハプニング、大学のことなど、アメリカの今を発信します。 通訳・翻訳の話をまじえながら、幅広いテーマに沿ったレポート、毎週月曜日更新です!どうぞお楽しみに!

リーダーシップ

 丁度今、アメリカ国内で行われているリーダーシップに関する4日間のセミナーに来ています。約30人の参加者がいて、そこに10名弱の日本人参加者も含まれているため、9時から18時までのレクチャーがすべて同時通訳されているのです。日本であれば3人体制で行うところですが、色々な理由で2人体制で行っており、3日目の今日はやや疲労度も高まっているところ。ただ今回は通訳ブースが即席で、写真のようにサウンドコントロールルームを使っています。そのため、とてもスペースが大きく、小さなブースにいる窮屈な感じはありません。資料も広げ放題。非常に興味深い内容のセミナーで、自分が同時通訳していない休憩時間もブースの中で「なるほど」と納得しながら楽しんでいる、という状況です。
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 ここではそのセミナーの詳細には触れませんが、2人の講師が様々な分野の研究や論文、そして経験をもとに教材を作り上げ、レクチャーをしていることが非常にユニークであると感じました。私も通訳者として様々なリーダーシップセミナーなどで通訳を行いましたが、例外もあるものの多くはビジネス書を読んでいるような感じで、「いかに効率性を求めるか」「いかに業績を短時間でアップさせるか」などに焦点が当てられるでしょう。そして色々なビジネスケースを持ち出して話を行い、小グループになって仮想プロジェクトに取り掛かったりします。

 今回のセミナーでもその様な話も出ますが、アリストテレスなどの哲学者の名前があったり、実践哲学の話をしたり、仏教的思想を紹介したり、ペルーに住む原住民のビデオが流されたりと、突然その場に参加した人には一体何のセミナーか分からないのではないか、と思われるほどです。これらの要素を考えてみると、色々なメッセージ性があると感じられます。その1つに多角的に世界を見ることの重要性が挙げられるでしょう。

 例えばCSRなどが流行したときには、業績だけではなく、社会への貢献を企業として行わなければならない、と多くの企業が活動を始めました。しかしそれは「利益があがっている時は社会貢献活動も行うけど、厳しいときはそんなことをしている場合じゃない」という考えも生み出しました。多角的に世界を見ることは、「厳しいときでも社会貢献をすることで、自然と利益が上がる」という可能性をCSRの考え以上に伝えているでしょう。そしてリーダーとして考えれば、アメリカビジネススクールで典型的に学ぶリーダー像だけではなく、アジア的社会でのリーダーのあり方、原住民たちにとってのリーダーのあり方などを知ることで、リーダーとして深みが出てくるのだと思います。

 私が大学で教えたり、学会に参加したりしていると、学際的研究の重要性を耳にすると同時に(今回のセミナーのように、多面的に自分のテーマを見つめるということ)、歴史や社会学など、伝統的なフィールドにバックグラウンドを置くことの重要性も耳にします。色々なことを知っているのもいいけど、Jack of all tradesになるより、何か1つ専門分野を持ったほうが研究者としてMarketabilityが高まる、という考えです。私は必ずしもその様な考えが正しいとは感じませんが、同時に1つの専門分野を持つ人々(学際的研究を行わない人々)の強みも目にしています。そんな中で、今回のようにビジネスリーダーのセミナーでも学際的なリサーチを下にセミナーを行い、世界中から参加者を集めるということにとても興味をひかれました。


Labor Day

 アメリカでは新学期が8月末か9月初めに始まります。丁度9月の始まりはLabor Dayという祝日があるので、例えばミシガン州立大学では9月1日から3日まで授業を行ってすぐに土曜日から月曜日までの3連休になりました。私は友人の家族と一緒にミシガン州の東部に行ってきました。ミシガン州は2つの地域から構成されています。1つ目はこのブログのタイトルにもなっているように、手袋の形をしている本土の部分。そしてUPと呼ばれる北部にある半島のような部分です。私の住む街は手袋のほうにあり、私が今回向ったのはその手袋の形をした部分の、丁度親指にあたる場所です。というわけで、現地の人々はI’m going to the Thumb this weekend.などといったりします。

 私の友人のおばあさんがこの親指地域にあるRuthという街に住んでいます。彼女の父親側の祖母も、母親側の祖母も数百メートルのところに住んでいて、そこでは毎年Labor Day Weekendを利用して地域振興のピクニックが行われています。今年も例年通りそのピクニックが日曜日に行われました。私は土曜日の夜に友人とRuthに向かい、月曜日まで滞在しました。

 私は初参加でしたが、非常に楽しい1日を過ごしました。ピクニックのメインイベントの1つは鶏肉の食事です。写真の通り、鶏肉や豆、ハム、コーン、マッシュドポテトなど農業が盛んなRuthらしい食事が振舞われました。約1000キロの鶏肉が準備されたそうです。11時半に食事がスタートし、夕方の5時には鶏肉がすべて無くなってしまったといいます。約1500人が食事をしたそうなので、1人当たり500グラム以上の鶏肉を消費した計算になります。私も何度かおかわりをして楽しみました。
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 食事の後はピクニック会場を歩き回りました。牛や馬、鶏、アヒル、犬などが展示されていて、子供たちに人気を博していました。Ruthに住んでいる人にとってはこれらの動物は珍しくありませんが、過疎化の進んだ街で、ピクニックに来ている人の多くは長い週末を利用して帰省している人がほとんど。そんな人々の子供たちにとって、このように間近で動物を見る機会は、それほど多いものではないでしょう。
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 またMud Volleyballといって泥沼でのバレーボール大会も行われていました。これまでで最多の26チームが参加し、くるぶしが隠れる深さの泥の中でバレーボールを楽しんでいました。
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 夕方にはバンドが参加してダンスパーティーが行われます。日本は残暑が厳しいようですが、こちらでは夜になると気温が5度くらいまで下がっています。多くの人は夕方くらいから大きなイベントテントの中に入って食事やビール、そしてダンスを楽しんでいました。ダンスはポルカが中心で、私も友人に少し教わりましたが、その友人もあまり得意ではないようで、2人で見学が中心でした。最後の写真はピクニックも終わりに近づいた夜10時過ぎのもの。過疎地域とは思えない若い人が多いのが分かるでしょうか? 私も友人とその家族と一緒に夜12時近くまで楽しい時間を過ごしました。
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夏の静養

 一時帰国をした日本からアメリカに戻ってすぐ、友人の家族に誘われてミシガン州西部にあるSouth Havenというブルーベリーで有名な湖岸の街で、夏休みを楽しんできました。一部は2ヶ月前のキャンプと同じメンバーでした。私の友人とその両親、彼女の叔父さんや叔母さん、そして従妹など10名の団体でした。皆で湖岸の一軒家を1週間借りて、ボートに乗ったり、砂浜で本を読んだり、リラックスの数日間でした。私は途中からの参加だったので、金曜日から日曜日だけでしたが、他の人々は日曜日から翌週の日曜日まで、まるまる1週間の夏休みでした。

 滞在中の生活はゆっくりとしたもの。早く起きる人でも朝7時過ぎ。コーヒーを作り、パンやマフィンなどで朝食を済ませると、リビングルームで団欒です。人によっては近所を散歩に行ったり、サイクリングに行ったり。先ほど書いたとおりブルーベリーの栽培で有名な場所ですから、皆でブルーベリー畑に行ったりもしました。畑には大きなタイヤのついた機械がありました。その機会が木の間を移動して、木を揺らします。その衝撃でブルーベリーが機会の中に転がるという仕組み。近くにあるお土産屋には、ブルーベリーを使ったアイスクリームから、ビーフジャーキー、バター、ジャムなどが並んでいました。

 日中になると昼食の準備でグリルに火が入ります。これまでキャンプのときにもグリルのことは書きましたが、アメリカの夏の休暇とグリルには、本当に切っても切り離せない関係があると感じます。今回も鶏肉を丸々2羽分焼いたり、ホットドッグを焼いたり、大活躍でした。

 午後になると、家のすぐ裏が湖なのでそこの砂浜で読書をしたり、そこに停めてあるボートに乗って湖を回ったりしました。また釣り好きの人は釣りも楽しんでいました。私も誘われて1時間くらい釣り糸を垂らしましたが、全く釣れませんでした。私と一緒にいた人は誰も釣れていませんでしたから、私の腕だけのせいでもないでしょう。

 夕暮れの時間になるとキャンプファイアーをします。パンアイロンというものを使った夕食もありました。これは金属の棒の先に、鉄でできた平らなお皿がついています。ちょうど食パン1枚のサイズで、そこにパンや具を入れ、もう1枚のパンで挟んだ後に、もう1つの鉄のお皿で挟みます。イメージはホットサンドイッチでしょうか。これをキャンプファイヤーの中に入れて10分もすると、美味しいサンドイッチが出来上がります。中にはハムや七面鳥の肉をつめたり、前の日の夕食の野頃だった鶏肉をつめたり、時にはスパゲッティをつめたり。思い思いのサンドイッチを作りました。

 一緒に休暇を過ごした友人の従妹は、今月末から私の教えるミシガン州立大学の学生になります。授業が一緒になることはもちろんありませんが、これまで過ごした実家を離れて(とは言っても車で1時間半くらいの距離ですが)大学の寮に入ることに、少し緊張をしているようでした。すぐに新しい友達ができて、楽しむことができるでしょうが。そして私は、夏の休暇が終わるとすぐに新学期のシラバス作りに取り掛からなければならないのでした。


英語表現

 これまでにも英語表現を何度か紹介していますが、今週も日本の学校ではあまり学ばないであろう表現をいくつか紹介したいと思います。

Jump down the throat
 「文句を言う」「相手を怒鳴りつける」という意味です。非常にイライラしている様子が伝わってきます。頻繁に聞く表現と言うわけではありませんが、誰もが知っている表現と言えるでしょう。Jumping down his/her throatと、誰に対して大声を出しているか示すことができます。She has been jumping down my throat whenever I say something to her.が例文の1つです。

Shoot the messenger
 通常はDon’t shoot the messenger.と使われます。よくI have good news and bad news for you. Which one do you want to hear first?(いい知らせと悪い知らせがありますが、どちらから聞きたいですか?)などと言うことがありますが、悪い知らせは、別にそれを伝える人の責任ではありません。「あなたはテストが不合格でしたよ」と伝えられて、悲しい気持ちになっても、それはその知らせを教えてくれた人が悪いのではないですね。そんなときに、その人に当り散らしても仕方がありません。そんなときに、Don’t shoot the messenger.と言えます。Shootは鉄砲などで撃つ、という意味。昔の戦争を思い浮かべると、この表現が生まれた状況が分かるでしょう。

Facebook/MySpace suicide
 最近はSNSが非常に影響力を持っています。Googleの影響力が高まった当時から、ビジネス界では「Google検索で(個人や会社の)名前がトップに出てこなければ、それは存在していないのと同じことだ」と言われています。同じように、FacebookやMySpace、Linked Inなどのアカウントを持っていないと、それは世界に生まれていないのと同じことだ、とさえ言われています。これらのサイトでビジネスが行われ、友達をパーティーに誘い、噂話が広まりますから、そこに入れないことは、存在していないも同じ、ということでしょう。しかし何らかの理由でこれまで所有していたアカウントを停止することもあります。これがよくFacebook Suicideという風に呼ばれます。その世界から姿を消してしまうからです。

 また、Facebookなどで友達リストに追加したりすると、冗談半分でNow we’re officially friends!と言うことがあります。もちろん、昔からの仲であったりするのですが、Facebook上で友人として登録されていなければ、友人ではない、というある意味極端な解釈法に冗談めかして言及しているのです。Facebook上で“In a relationship”となっていなければ、ボーイフレンドやガールフレンドがいても、それは付き合っていることにならない、と私が教えている大学生が言っていたこともありました。

 昔から、If a tree falls in a forest and no one is around to hear it, does it make a sound?(誰もいない森の中で倒れた木は、音を立てるか?)という哲学的探求があります。それと同じように、最近ではIf a tree falls on Facebook, does it make a sound?という疑問さえ投げかけられているのです。


書籍企画

 この夏は、複数の学術書籍出版に関するプロジェクトが進行しています。すでにウイスコンシン州州立大学で教えている友人と共著で行っているアメリカ文化と野球に関するプロジェクトは、出版社からゴーサインも出て、今年中に複数の章を書き上げる予定で進んでいます。全部で7章から8章の計画ですが、すでにその2章が完成し、もう2章も今月中に書き上げることができそうです。

 私の博士論文はある大学出版局が出版の関心を示してくれています。すでに600ページを超える原稿を出版社に渡し、1ヶ月〜2ヶ月以内に出版の決定がされます。出版については、基本的に各ページが真っ赤になるほどの赤ペンのコメントが入ってそれを修正することで出版許可となる場合から、いくつか全体のコメントに対して修正を加えて出版がされる場合など、いくつかのケースが考えられます(もちろんすぐに出版NGの場合もあるのですが……)。
 また別の出版社とは、サッカーとグローバル化に関するプロジェクトもあります。これについては私がすべてを書くのではなく、編集者のような役割で複数の筆者を集め、私が監修をするプロジェクトです。まだ出版社の最終OKは出ていませんが、可能性は大きそうです。近日中に企画書の一部を提出する必要があるので、その質も出版可否に大きな影響を与えるでしょう。

 最後のプロジェクトは、私の専門分野でもあるアフリカ系アメリカ人の分野の本。特に日本とのかかわりに焦点を当て、1冊の本にまとめます。すでに出版社の担当者とは1年前位にあった学会で話をして、関心を持ってもらえました。こちらはまだ企画書を全く提出していない段階ですから、どうなることか分かりません。提出する企画書などの質がこれも大きくその後の決定を左右することになるでしょう。

 アメリカの大学出版局で本を出すには、前書き、サンプルとなる章、目次などを送ると同時に、数ページにまとめた企画書が必要です。ここに書くのはこれまでの学術書籍と何が違うのか、どのような本がライバルとなるのかなどその分野に精通していることがもちろん求められます。また大学や大学院の教科書としての利用、図書館の蔵書、研究者による利用、そして関心のある一般読者による購入の4つの顧客層にアピールできることを示すことも大切です。研究所は時に700冊程度しか印刷されないものです。その多くは図書館で使われ、数十冊が全米の大学院などで授業の教材として使われます。普通の本屋では販売もされませんから、なかなか一般読者による購入は数が増えません。しかし専門書であってもその狭い分野だけで読まれることは望ましいことではありません。専門書といえば、専門用語が並び、解読不能な文章ばかりというイメージですが、実際にはJargonと呼ばれる一部の人々だけがわかる言葉は望ましくないとされています。

 今年の秋か年末までには、2冊程度の出版が決まるでしょうか?



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プロフィール

木内裕也

木内 裕也さん
フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。