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Written from the mitten

木内裕也さんのアメリカレポート。2005年春-2006年夏まで、Hubbub from the Hubのニックネームで通翻訳者リレーブログを担当して頂きました。2009年5月にミシガン州立大学(MSU)博士課程を修了、博士号を取得された木内さんから見た、現地での生活やハプニング、大学のことなど、アメリカの今を発信します。 通訳・翻訳の話をまじえながら、幅広いテーマに沿ったレポート、毎週月曜日更新です!どうぞお楽しみに!

親戚集合

 先日、友人に誘われてミシガン州の北東部にあるRuthという街に行ってきました。かつてからこの街は東西に走る道が1本、そして南北に走る道が1本、それが交差するところに点滅信号が1つあるだけ、とその様子は聞いていたのですが、私の住むランシングから車で約2時間半走った先は、周囲のどこを見ても地平線がよく見える場所でした。そこで友人の母親側の親戚が一同に集まるイベントがありました。日本でだと「親戚会」とでもいうのでしょうか。年に1度、7月の最終土曜日に行われるこの集まりには、友人のおばあさんの兄弟を筆頭とし、その子供、孫を通した親戚50名以上が集まりました。誘ってくれた友人ですら「誰か知らない」「初めて見た」という人もいる状況。私もこれまでにキャンプなどのイベントであった人が何人かいた程度で、ほとんどは知らない人々でした。相手側も、「一体この人は誰だろう?」という様子でこちらを見ていて、自己紹介をするもののあまりに人数が多く、全員を覚えることは到底できませんでした。

 集まりはコミュニティーセンターのようなホールで行われました。皆、サラダやホットドッグ、ハンバーガーの肉などをそれぞれ持ち寄り、私を含む数名で外にあるガスグリルで料理をしました。12時に食事を初め、5時過ぎまで食事をしたり、飲み物を飲んだりしながら、人によっては1年ぶり、時にはそれ以上の再会を楽しんでいました。

 この様な親戚の集まりは、私の友人の家族は定期的に行っているようです。この前の週末にも別の集まりがありましたし、9月上旬には地域の集まりを利用してやはり親戚一同が集まります。私も誘ってもらっているので、週末を利用して友人と向う予定です。親戚の多くはRuthやその周辺に住んでいるようですが、中にはシカゴに住んでいる親戚もいて、片道7時間くらいかけて来るようです。

 日本だと丁度今のお盆の季節や、年末年始の帰省が中心。必ずしも友人の家族と同じように親戚の集まりを行っている家族ばかりアメリカにいるわけではないでしょうが、クリスマスや感謝祭などに加えて、このようなイベントを行うのもきっと家族の絆を強めるものでしょう。日本だと中学生以上の子供たちは友達との約束や部活動があってあまり参加しないかもしれませんが、そんなこともありません。アメリカの大学生は自宅から通う人は少なく、大学構内の寮やアパートに住むことが多いですが、そんな時もこのような集まりが家族と顔を見合わせるよい機会となっています。家族の重要性が社会的に強調されているのも大きな違いかもしれません。


引越し完了

 数回前のブログに引越しのことを書きました。その引越しも無事に終了し、今は新しいアパートに住んでいます。火曜日に新しいアパートの鍵を貰い、古いアパートの鍵は土曜日に渡すことになっていました。そこで5日間かけてゆっくりと荷物などを移動させることができ、大きな引越し用のトラックを借りたりすることなく、引越しを行いました。

 週末に友人が引越しを手伝ってくれることになっていたので、火曜日と水曜日は小物の移動や、袋につめた大量の本を移動させました。また友人からカーペットをきれいにするカーペットシャンプー専用の掃除機も借りて、じっくりとカーペットの汚れを除去しました。木曜日には友人のトラックを借りて机や椅子を移動。その日の夜のうちに書斎となる部屋はかなりすっきりとしました。金曜日には友人とその両親が手を貸してくれました。ベッド、10を越える本棚など大きな荷物を移動させました。古いアパートと新しいアパートは5キロ程度しか離れていないので、何往復かする必要がありましたが、私と友人の父親が荷物の運搬をしている間に友人の母親が食器を片付けてくれたり、ソファーを組み立ててくれたりと、役割分担して効率的に行うことができました。

 金曜日の夜は友人と2人で深夜遅くまで片づけを行い、週末を使ってゆっくりと片づけをしようかとも思っていたのですが、実際にはその日の夜のうちにかなり片付けることができました。土曜日には小物を少し収納する程度で、再度カーペットをきれいにして、日曜日には完全にきれいな状態にすることができました。

 今回のアパートはベッドルームが2つあり、1つを書斎、1つを寝室として使うことができます。またレイアウトが非常に効率よくできており、オープンスペースが沢山あるのも特徴です。キッチンは対面式でダイニングルームに対して開いているため、1人暮らしではありますが、友人が来ているときは料理をしながら会話をすることもできます。

 これまでのアパートは友人と一緒に住んでいました。多くの家具は彼の所持品だったので、今回の引越しではダイニングテーブル、大きなTVなど家具をいくつか購入する必要がありました。まだダイニングテーブルなど一部の家具は届いていませんが、生活に不便な状況ではありません。また数ヶ月前にベッドを購入したときもそうでしたが、長持ちする質のよい家具を探して、長期的に使えるようにも考えました。色も黒に近いダークブラウンに揃えています。残念ながら私は色のコーディネートなどのセンスはゼロに近いのですが、友人と一緒に家具屋に行ったりして、なるべくセンスのよいインテリア作りも目指しています。

 ひとまずこのアパートの契約は1年間ですが、ランシング周辺の大学で教える限り、このアパートに継続的に住むことになりそうです。


USAカップ

 毎年7月になるとミネソタ州にて全米最大のユースサッカー大会、「USAカップ」が開催されます。約10日間に渡って行われる大会には世界各地から数千チームが参加し、そのイベントを支えるスタッフやボランティアの数も数千人に上ります。日本からも東北地方のチームが参加していましたし、1000名近いレフェリーの中にはJリーグのレフェリーを含む3名の審判員も参加していました。私はそのレフェリーを評価・指導するレフェリーアセッサーとして今回の大会に参加しました。

 アセッサーは全部で8名。写真にあるのは、欠席者が1名いたものの、ディナーの席での1コマです。私のほかにミシガン州から1名、イリノイ州から1名、元国際審判員でミネソタ州在住が1名、スコットランドとイングランドから1名ずつ、そしてそれを統括するチーフが1名でした。
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 アセスメントにはいくつかの目的があります。もちろん審判技術の向上は大きな目的の1つ。しかしそれに加えて、大会が優秀審判賞を準備しているので、その受賞者を決めるのも重要な仕事です。賞には大会全体を通して1番優秀だった男性レフェリーと女性レフェリーに送られるもの、19歳以下の最優秀レフェリー(男女1名ずつ)、ミネソタ州出身の最優秀レフェリー(男女1名ずつ)などがあります。毎朝その日の1試合目が始まる50分前に会議室に集合し、誰がどのフィールドにいるレフェリーを担当するか決めます。同時に50試合が進行していますから、1人で4フィールドから8フィールドを90分以内に見て回ることもありました。もちろん細かいアドバイスや評価はできませんが、この方法をとればそれぞれのレフェリーの弱点や長所を見極め、複数のアセッサーが1人のレフェリーを観察することができます。1日に20名近くのレフェリーを見て、そのパフォーマンスをまとめ、1日に2回、大会本部に提出します。1日の終わりには再度会議室に集まり、その日に目立ったレフェリーをリストアップし、翌日の計画を立てます。朝6:10に集合してから、19:10キックオフの試合が終了して会議に向うと、夜も遅くなっています。1日中フィールドに出向き、ゴルフカートで移動する10日間でした。

 レフェリーも1日に3試合、4試合と行いますし、私たちも休憩時間がほとんどない状況でアセスメントを行いますが、USA Cupの醍醐味は様々な国のレフェリーやアセッサーと意見交換し、知り合いになることです。私は2年前にも参加していましたから、2年ぶりにあう人もたくさんいました。また夜遅くに部屋に戻った後にも、近くのバーやレストランに一緒に繰り出して食事をしたり、ビールを飲んだりもします。他の大会以上にレフェリー間の友好関係が深まる大会でもあります。

 さて、大会最終日の前夜には私たちのアセスメント結果をまとめた賞を送るセレモニーがディナーの時間に行われました。最優秀審判員と19歳以下の最優秀審判員には日本のレフェリーが選ばれました。イングランドでプレミアリーグの1つ下のレベルで審判をしている数名の優秀なレフェリーや、ブラジルのプロリーグを担当しているレフェリーなどがいる中、どちらもアセッサー全員が賛成してスムーズに決まりました。イングランドのアセッサーでさえ、「この2つは自分のところのレフェリーに受賞してもらいたかったけれど、フィールドでのパフォーマンスを見たら、日本のレフェリーに賞を送るしかない」というほど。私にとっても非常に嬉しいひと時でした。


キャンプ2

 先週に続いて、独立記念日のキャンプの様子です。1枚目の写真にあるように、30名以上の大所帯でも十分なスペースのキャンプサイトで、子供たちは自転車に乗ったり、また2枚目の写真のように椅子に座ってリラックスしたりして大半の時間を過ごしました。
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2日目にはカヌーにも乗りに行きました。キャンプサイトがカヌーを貸し出していました。約3時間のコースで、川の上流までバスで連れて行ってもらい、そこから川下りをします。非常に穏やかな流れの川で、3名と4名に分乗し、途中で何度か砂の川岸に止まりながらゆっくりと川下りをしました。事前に「水鉄砲を買ってくるように」と伝えられていました。見知らぬ人でも近くに他のカヌーが来ると、特に小さな子供が乗っている場合は水鉄砲で狙われることがあるのです。

 2日目の夕食は魚のフライでした。友人の兄弟で、魚釣りが大好きな人がいます。その人が毎年、30人以上の夕食に十分な量の魚をキャンプサイトに持ち込んで、その場で白身魚のフライを揚げてくれるのです。今年も例年通りで、皆その夕食を楽しみにしているようでした。私も話には聞いていたのでずっと楽しみにしていましたが、誰もが「キャンプには欠かせない料理の1つが魚のフライだ」と言うのが分かる、非常に美味しい夕食でした。

 30名以上の食事を準備するのは容易ではありません。時には家族単位で食事を作ることもありましたが、魚のフライだけではなく、例えば3日目の朝食も皆で一緒に食事をとりました。前日にキャンプサイトから10キロ程度はなれたスーパーに買出しにいったのですが、500グラム入りのベーコンを10袋買いました。それをキャンプファイヤーの上に設置した網の上に敷いたアルミの上で焼きます。アメリカのベーコンは日本のベーコンより脂分が多く、カリカリになるまで焼くと相当量の油が出てきます。私がベーコン担当だったので、1時間近くかけて合計5キロのベーコンを料理しましたが、それもあっという間になくなりました。

 ほとんどの人は振り替え休日で休みになった月曜日の午前中までキャンプサイトに残りました。私と友人は月曜日に用事があったので日曜日の夜遅くに家に戻りました。3日間のリラックスの後は、研究と執筆生活です。夏学期の授業は終わっているので、残りの夏は研究と、論文や書籍に執筆が中心になります。とは言っても、7月は10日間サッカーで家を留守にしますし、その後はウイスコンシン州に出張。それが終われば引越しです。今月中は時間を作るのにも苦労しそうです。


キャンプ1

 今年は独立記念日(7月4日)が日曜日に重なった為に、月曜日の振替休日を含めて3連休になりました。私はすでに夏学期の授業が終わっているので特にその影響はないのですが、仕事をしている人にとっては嬉しい3連休。今年は友人の家族に呼ばれて、2泊でキャンプに行ってきました。友人の家族は独立記念日を利用してキャンプをするのがずっと昔からのイベントになっているとのこと。私の友人の父親は10人兄弟の1人で、その兄弟姉妹が一同に集まる機会としてキャンプが企画されています。

 10人兄弟のうち、数人は仕事などの予定で参加することができませんでしたが、それでも全員で30名を超える人数が集まりました。キャンプ場の中にあるキャンプサイトの一部を貸切り、10を超えるテントと、5台を超えるキャンピングカーが集まりました。

 キャンプ1週間前から、メールなどで現地に持ち込む備品の計画が行われました。キャンプと言っても、電気のコンセントも、水道もあります。「家の半分を持ち込んで、残りの半分は自然を楽しむ」というのがアイデアで、コーヒーメーカーや携帯用コンロ、エアーマットレスなど快適なキャンプ生活を楽しむ準備が着々となされました。私も自分で使う寝袋などの他に、いくつか携帯用品を買い込んで現地に向いました。

 私と友人がキャンプサイトに到着したのは金曜日の夕方。携帯電話の電波が全く届かない場所なので、すぐに電源を落とし、日曜日の夜に自宅に戻るまで電源を入れずにいました。いつもなら数分に1度のペースでEメールやその他のメッセージが届くのですが、それに気をとられることもなく、リラックスすることができました。

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 現地到着後すぐにテントを設営。写真にあるような小さなテントですが、2人で寝るには十分。エアーマットレスと寝袋を2つ持ち込むと、快適な寝床が出来上がりました。初日の夕食は鶏肉の手羽先のバーベキュー。大きなグリルでしたが数十の手羽を焼くのには時間が掛かりました。その間に他の人はサラダを作ったり、子供たちは近くにある川に遊びにいったりしていました。2枚目の写真は料理の後にボールやお皿を洗っている様子です。

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 まだミシガン州は夜の日が長いですから、9時ごろまでは十分に明るいですし、10時になってもうっすらとした明るさがあります。夕飯の準備をしている間にキャンプファイヤーを初め、夜にはそれを囲んで暖をとりました。11時過ぎにテントに向いましたが、周囲の明るさと言えば他のキャンプファイヤー程度。天の川も見ることができました。



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プロフィール

木内裕也

木内 裕也さん
フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。