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Written from the mitten

木内裕也さんのアメリカレポート。2005年春-2006年夏まで、Hubbub from the Hubのニックネームで通翻訳者リレーブログを担当して頂きました。2009年5月にミシガン州立大学(MSU)博士課程を修了、博士号を取得された木内さんから見た、現地での生活やハプニング、大学のことなど、アメリカの今を発信します。 通訳・翻訳の話をまじえながら、幅広いテーマに沿ったレポート、毎週月曜日更新です!どうぞお楽しみに!

難しい交渉

 先日の通訳の場で、数ヶ月ぶりに交渉決裂の場に立ち会う機会がありました。交渉決裂といっても、両者がそれぞれ相手の出方を見ながら、次の交渉の機会まで合意を持越しにした、というイメージが強いのですが、それでも通訳者にとっては緊張するミーティングであることには変わりありません。もちろんその交渉について一切の内容をここに書くことはできませんが、I take this as a personal insult.という発言が一方から出るほど、ただビジネスとして硬直状態になった、というのではなく、Personalなレベルでの発言がなされる会議でした。

 通訳者としてそこにいる限り、私たちの使命は発言の通りにその内容を訳すことにあります。「こんなことは言いにくい」「こんなことは言いたくない」という理由で内容を変えることはもちろんできません。それでもI hope this is a joke. It would be a bad joke. But I still wish it were a joke. But if it is not a joke, it is a very personal and direct insult.という発言を、そのまま日本語にして訳すのは容易ではありません。相手の表情を見ながらメモを取る最中、「さてこれを一体どう訳そうか」と悩みます。確かに専門性が高くて難しい単語が出る会議は難しいですが、それは単語さえ覚えてしまい、話のロジックをつかんでいればこなせるもの。逆に何の難しい表現もない前述のような内容のほうが、「これでいいのだろうか?」と自問しながら訳すことになります。

 会議が終わっても、その悩みは終わりません。両者共に次回のミーティングを見越して駆け引きをしていたことは十分に承知であり、また次回の会議で合意に達することが明らかであっても「自分の訳は本当に適切だったのか?」「もう少し違う風に訳していれば、より意図が明確に伝わり、合意に至ったのではないか?」と考えます。そう考えると、ある意味で会議の流れが決まってしまっている取締役会の通訳のほうが、聞いた感じは難しそうですが、実際には次が予想可能で、会議の後まで悩むことはありません。

 今回の会議はアメリカで結論が出ず、次の東京での会議に持ち越されました。そのために、私が通訳をするわけではありません。7月の取締役会でその結果が報告されることになっており、また東京会議で合意に至ることはほぼ確実ですが、それでも私は悩み続けるわけです。

 夏には医学系のセミナーでの案件が入っています。これはビジネスの交渉などとは違って、完全にテクニカルな内容の通訳になることでしょう。様々な分野の通訳をすることもチャレンジの1つですが、今回のようにその内容に対応するのも通訳者のチャレンジの1つだと強く痛感する会議でした。


春の到来

 ミシガンの長い冬も終わりに近づいています。日本では桜が咲き、新学期の季節ですが、アメリカの北部では4月になっても寒い日が続きます。毎年のように3月中旬に気温が20度近くまで上がる日が数日あり、「今年は早くに春が到来か?」と思わせるのですが、4月に降雪があるものです。今年も数週間前に20度になった日が数日ありましたが、先週は雪が降りました。しかし次第に春が近づいています。昨年の10月からずっと目にしていた雪は全て解け、芝の緑が見えています。キャンパスを歩いていても、まだTシャツと短パンだけでは寒いですが、Tシャツ姿の学生をよく目にします。私も家を出るのが6時ごろなので1枚長袖を羽織って出掛けますが、日中は半袖のシャツ1枚で過ごしています。

 春のミシガン州立大学は非常にきれいです。もともと農学で有名な大学でしたから、広大な敷地があります。牧場のようなイメージの場所もたくさんあり、そこを散歩しているだけで非常にリラックスできます。また芝生の養生を専門にした大学院レベルのプログラムもあるので、18ホールのゴルフ場が2つキャンパスの中にあるだけではなく、非常に手入れの行き届いた芝生のスペースもたくさんあります。Botanical Gardenと呼ばれる庭園もキャンパス内に複数点在しているので、そこを散歩するのも楽しみの1つです。夏時間になり。午後8時を過ぎても明るいですから、例えば4時過ぎまでキャンパスのオフィスで仕事をしていても、その後に友人とキャンパス内を散歩することもできます。午後5時や6時になると、職員が家族や犬と一緒に散歩していたり、近所に住む人がジョギングをしていたりします。

 春になるとサッカーも始まります。3月の中旬から高校生の年代の試合は始まっています。私は寒いのが苦手なので、サッカー協会には4月中旬からしか割当を受けない旨を伝えてあります。3月末にダラスで試合があったように南部に向っての試合や、フルサイズの競技場で室内の場合は別ですが…… 従って、私のサッカーシーズンも本格的に始まりつつあります。来週は国際試合が1試合入っていますので、それに向けてトレーニングをしていることころです。実は1月に自宅裏で転倒してしまいました。ブラックアイスと呼ばれる氷が地面に張っており、それに足を乗せた途端、滑ってしまったのです。先日知り合いに診てもらったところ、やや骨にも影響が合ったようで、2ヶ月以上も運動ができませんでした。春の到来と一緒に少しずつトレーニングができるようになったので、月末の試合には間に合いそうです。

 アメリカでは春が学年末です。4月末から5月上旬に大抵の大学は学年末を迎えます。そのあわただしさがあると同時に、学生は夏休みの計画を立て始めます。実家に戻ってアルバイトに精を出す学生や、夏学期の授業を履修する学生、またインターンとして企業で働く学生など様々です。就職難はアメリカでも大きな問題です。インターンとして働かないと卒業後に仕事がない、とまだ5月以上のインターン先が決まらない学生は一生懸命に仕事を探しています。


オンラインレクチャー

 1月に始まった春学期もあと1ヶ月を残すだけとなりました。5月中旬からは夏学期が始まります。私はその準備を始めています。5月第3週から始まる夏学期は、通常の15週間で1セメスターとなる春や秋と違い、7週間で1セメスターです。単位の数は同じですから、授業の頻度や宿題の量などは通常の学期の2倍です。15週間で終わらせる内容を7週間で終わらせなければいけないので当然ですが、かなりのスピードで授業は進みます。

 また、私が夏に担当する授業は25%がオンラインです。一般的な授業はそれぞれの授業に割り当てられたインターネットのサイト上で宿題があったり、ちょっとしたアクティビティーがあったりしますが、この授業は授業内容の25%をオンラインで行う決まりになっています。他にもHybridと呼ばれる50%がオンラインの授業や、100%オンラインの授業もあり、教える側も通常とは違ったほうほうで教えるスキルが求められます。

 オンラインで授業を行う場合、通常のレクチャーよりも準備に時間が掛かります。授業で教える内容は基本的にそれぞれの教員の専門分野ですから、「こんな内容を話そう」といった程度を決めるだけで、90分でも120分でもレクチャーはできるものです。時間が掛かるといえば、パワーポイントでスライドを作ったり、配布資料を作ったりする程度。授業に費やす時間のほとんどは採点に取られるといっても過言ではありません。しかしオンラインで授業を行う場合には、「どんなアクティビティーをするのが効果的か」ということを考え、写真やビデオを集め、それをアップロードする必要があります。また学生とのやり取りが少なくなりますから、ディスカッションを始めた後の軌道修正が通常の教室と違ってできません。そのため、教材を作る過程で、ディスカッションの内容がずれないように気を使う必要があります。

 このような作業を行うと、準備時間がこれまでの数倍掛かります。しかし大学にとっては遠方に住む学生も授業に参加できますから、利益の出る授業としてみなしています。例えば友人が教えるウイスコンシン州立大学は、カリフォルニアに住む人々に授業をオンラインで提携することで大きな利益を出しています。「利益の出る授業」ということで、少しですが教員には研究費が支給されます。私も、教材作りをする学部生を雇えるようにと、の研究費をもらいました。知り合いの学部生が、私のために資料を集めたりしてくれています。

 オンラインでは色々なアクティビティーが行えます。パワーポイントを使って行うような授業を録画・録音してアップロードするだけではなく、ディスカッションを行ったり、ブログ形式に意見交換を行ったり、エッセーや選択式など様々な方式で履修内容の確認を行ったり。またOnline Office Hoursとして、オンライン上で教員がオフィスアワーを行い、学生とチャットを使って話をすることもできます。

 今のところは順調に準備が進んでいます。特に大きな問題が出ずに授業が進むことを願うばかりです。


ニューオーリンズでの学会

 毎年欠かさずに参加している学会の1つに、National Council for Black Studies (NCBS)という学会があります。名前の通り、アフリカ系アメリカ人の歴史や文化、社会を専門とする研究者の集まりで、今年はニューオーリンズで開かれました。ニューオーリンズは数年前にハリケーンが大きな被害を出したことが日本でも話題になりました。

 ルイジアナ州にあるニューオーリンズは海のすぐ近くであり、大きな川も流れています。ハリケーンの影響で川の堤防が壊れ、莫大な被害が出ました。アメリカ政府の対応が遅れたことや、ニューオーリンズは他のアメリカの都市にもまして人種や収入格差によって住民の居住地が分離されていたことから、天によってもたらされた人災として記憶されています。またスーパードームなどに避難をした人々の姿や、腰や胸まで水につかりながら避難をしている人々の姿を覚えている人も多いかと思います。

 それから数年たち、順調に復興活動が行われています。昨年は別の学会でニューオーリンズに行きましたが、そのときにもかなりの復興がされていました。しかし貧困層はニューオーリンズを追われ、富裕層がきれいな建物を建てているという現実もあります。町並みを見る限りでは、今の町並みのほうがきれいな感じもしますが、その影にはハリケーンによって家を失っただけではなく、それまで住んでいた地域に住むことすらできなくなった人々がたくさんいるという事実を忘れることはできません。

 ニューオーリンズは黒人音楽の街でもあります。ブルースやジャズの発祥地ともいわれ、バーなどに行くとあちらこちらでライブのコンサートが行われています。またFrench Quarterと呼ばれる一帯は文化的にも非常に豊かな地域です。私が行ったのはSt. Patrick’s Dayの翌日で、まだそのお祭りの様子が残っていました(ニューオーリンズとSt Patrick’s Dayはあまりなじまないようですが、お祭り好きという点では共通しています)。またMardi Grasといえばニューオーリンズでもあります。同時に今年の初めにはニューオーリンズのアメリカンフットボールチームが全米優勝を遂げ、大きな話題となっていました。数ヵ月後の今でも、街のあちらこちらに「優勝おめでとう」と書かれた大きな旗が掲げられていました。

 学会は数年前と比べてやや規模が小さくなった感じがしました。多くの大学が財政難であり、特にアフリカ系アメリカ人の歴史や文化を専門にする分野は最初から予算が大きくはありません。従って、大学が研究者に対する学会などの旅費を制限しており、多くの研究者が学会で発表する回数を減らしているという現実があります。私の場合も、今回の学会についてはミシガン州立大学からの旅費支給が学会から戻った今でも決まらない状況にあります。

 しかし学会自体は成功でした。私が研究発表をしたパネルは他に3名の研究者の発表があり、非常に活発な意見交換がなされました。私たちのパネルは10:45までだったのですが、その会議室で次に行われるセッションが午後までなかったことから、多くの人が12時近くまで部屋に残って質疑応答や意見交換を行いました。また私を含め発表者の4名はそのまま昼食に一緒に向かい、そこでも議論を交わしました。非常に似た分野での研究を行っているので、将来的に何か共同のプロジェクトを行うことができるかもしれません。

 学会の楽しみの1つには、それぞれの場所で有名なレストランに行ったり、特有の食事を取ることにあります。ニューオーリンズは食で有名な街であり、私も色々と挑戦しました。


ミシガン小旅行

 ミシガン州立大学の春休みを利用して、1泊の小旅行に行ってきました。行き先はMackinaw City。ミシガン州は大きく2つに分かれています。1つ目は手袋の形をした本土となる部分。そしてその北側に半島のようにせり出したUpper Peninsulaと呼ばれる部分。この2つは約6キロ程度離れており、Mackinaw Bridgeという端が結んでいます。この端があるのがMackinaw City。私の住むEast Lansingからは高速を北上するだけの一直線ですが、片道で約370キロあります。私はサッカーであちらこちらに移動していますが、まだミシガン州の北部に入ったことがないので、同じくミシガン州立大学にいる友人と一緒にこの春休みの旅行を企画しました。

 朝の9時半にアパートを出発し、途中でファーストフードのお昼ご飯を食べる以外は運転をし続け、2時ごろに橋の近くにあるホテルに到着しました。3月のMackinawは通常とても寒く、観光地としては5月からがシーズンです。多くのホテルはしまっていて、周辺の観光スポットは全て冬休み中でした(私たちの宿泊したホテルが、シーズン中は1泊300ドルなのに対し、私たちが支払ったのは68ドルと言うことからも、オフシーズンであることが分かると思います)。しかし今回の旅行の目的はリラックスすることで観光ではなかったので、それは十分に承知のうえ。4時間以上の運転だったので、少しホテルで休憩した後に、橋の周辺を見て回ることにしました。
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 1つ目の写真はその散歩中のもの。意外なことに、湖のほとんどが溶けていました。写真の手前側がミシガン州の本土。向こう側がThe UPと呼ばれる北の半島です。またMackinawではFudgeと呼ばれるお菓子が有名です。数少ない開店中のお土産屋で、私も友人もFudgeを買いました。Mackinaw Cityの近くにはMackinac Islandという島があります。ここはシーズン中は大きな観光スポットとなります。

 2日目には橋を渡ってさらに北上し、約120キロ北にあるTahquamenon Fallsという滝を見に行きました。これは州立公園で、ミシガン州の北端からそれほど離れていません。高速道路もなく、120キロの道のりですれ違った車は5台程度。オフシーズンということもありますが、自然の豊富な中を走りました。写真のように非常にきれいな滝でした。数名の観光客がいましたが、すでにUPに来たことのある友人の話では「夏に来たら子供たちがあちらこちらを走り回っていて大変だよ」とのこと。リラックスするには丁度よい時期に来たようです。
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 Tahquamenon Fallsからランシングまでも基本的には一直線に南下するのみ。途中で夕食を食べる為に止まりましたが、それ以外は運転続けました(友人は助手席で寝ていましたが)。2日間で700マイル(約1000キロ)を走り、やや疲れはしましたが、楽しい2日間でした。春休みの後半はまた研究などの仕事に戻ることになります。



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プロフィール

木内裕也

木内 裕也さん
フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。