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Written from the mitten

木内裕也さんのアメリカレポート。2005年春-2006年夏まで、Hubbub from the Hubのニックネームで通翻訳者リレーブログを担当して頂きました。2009年5月にミシガン州立大学(MSU)博士課程を修了、博士号を取得された木内さんから見た、現地での生活やハプニング、大学のことなど、アメリカの今を発信します。 通訳・翻訳の話をまじえながら、幅広いテーマに沿ったレポート、毎週月曜日更新です!どうぞお楽しみに!

春学期

 ミシガン州立大学の春学期が始まって約1ヶ月が経ちました。今学期はScience and Technologyと呼ばれる授業を3つ担当しています。これは1年生や一部の2年生向けに開講されている授業の1つで、科学やテクノロジーが私たちの生活やアイデンティティーにどのような影響を与えているのかを考察する授業です。先学期に同じ授業を2つ担当していましたが、少し内容を変えて教えています。

 この授業はWriting, Rhetoric, and American Culturesという学部の授業です。MSUの学生は皆、Tier One Writingと呼ばれるライティングの授業を履修しなければなりません。この授業を履修して、合格点をもらわないと、卒業ができない規則になっています。多くの学生は1年次や2年次に履修しますが、中にはF(落第点)をもらったまま際履修せずにいて、3年生や4年生になって急いで履修している学生もいます。

 今学期は写真にあるように、それほど大きくない教室で25名の学生が履修しています。まずは「テクノロジーとは?」という定義から授業は始まります。David Nyeという学者がTechnologyを”modified surrounding environment”と定義しています。この定義によれば、野原に枯葉を集めて火を作ることもテクノロジーになります。多くの学生はAdvancement、Progress、Electricityなどをキーワードに定義していましたから、それよりももっと多くのものが実際にはテクノロジーに含まれます。
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 またScreen Activitiesという名前のアクティビティーも行います。これは数時間のうちに、どのようなメディアを使ったかを記録するものです。多くの学生はTVをつけながら、パソコンで宿題を行い、その間に音楽を聞き、数十通の携帯メールを送受信します(学生によっては2時間で100通を超える場合もあります)。そうすると例えば2時間であっても4時間以上のScreen Activityを行っています。またPC上ではメールをしたり、SNSのサイトをチェックしたり、IMというサービスで友達とチャットをします。そう考えると、「最近の若者はパソコンの前に座ってばかりで、人との付き合いをしない」という見方が必ずしも正しくないことが分かります。実際には数十年前の若者がただTVを見つめていたのに対し、今の若年層ではスクリーンの前に受動的に座っている時間が大幅に減少しています。

 携帯メールを使ったアクティビティーでは、数百通の携帯メールの受信元や送信先を一覧化し、それを地図上に表示します。すると、地理的にどこからメールが届いたのか、送信したのかが視覚的に分かります。送受信されたメール数に比例する形で矢印を大きくすれば、どこに住んでいる人を中心にメールのやり取りが多くされているのかも分かります。例えば私の場合は携帯メールの半分以上は自宅から半径10キロ以内とやり取りがあります。また90%以上が5人の友人とのやり取りです。メールのやり取りで同じようなアクティビティーをしてみると、携帯メールよりも多様な人々とコミュニケーションをしていることが分かります。この比較だけでも、携帯メールをPCメールの基本的な違いが見えてきます。


サッカーでの応急処置

 昨年10月に私が審判をしていた試合で選手が呼吸停止になったことを以前に書きました。先日の試合ではかなり大きな怪我が発生して、処置をすることがありました。

 冬のミシガンは氷点下で常に積雪ですから、公式の試合はゼロです。しかし室内型のサッカー競技場(通常のサッカー場のサイズです)が複数あり、そこでは試合が行われています。私も体力維持などの目的で月に何試合か審判をしています。先日も審判仲間を数人集め、週末を利用して運動をしてきました。その中の1試合で、選手が転倒したときに手のひらを突いてしまったために、完全に手首から先が外れてしまい、かなりの確立で骨折と思われる状況になってしまいました。

 通常、審判員は怪我をした選手がいても選手に触れることはありません。各チームにトレーナーがいますし、そうでなくても医療従事者のレフェリーは少ないからです。優しさのつもりで手伝っても、何かあった場合には裁判につながりますし、その場合サッカー協会などは一切そのレフェリーをサポートすることはできません。例外なのは医師や看護師、救急救命士などの資格を持つ一部のレフェリーです。私は救命士の資格がありますから、救急車が到着する前に処置を行うことができました。

 骨折や脱臼については、そのままの状況を維持して安定させることが第一です。私の車の中には救命士用のキットが入っていますので、一緒に審判をしていた友人に、それを取りに行ってもらいました。同時に救急車も呼び、その到着までに救急キットの中にあったSam Splintと呼ばれる道具などを利用して固定しました。

 救急車にはより高度な道具がもちろん積んであります。その救急車で来た救命士2人と一緒に点滴を行い、モルヒネを注射しました。その後患部をより固定した頃には、選手の顔がモルヒネの影響で赤らんできたので、その効果が現れ始め、痛みを感じないようになってきたようでした。

 かなりのスピードで選手は走っていましたし、倒れる勢いも大きかったので、手首には相当の衝撃が掛かったのでしょう。長い間に渡って患部の固定が必要になると思います。サッカーなどの競技には大きな怪我が付き物とはいえ、数ヶ月前の呼吸停止や今回の件など、救急車を呼んでその場で処置が必要なケースが続いたのには驚きました。


Own what you say!

 日本人の話す英語を聞いていてよく感じるのが、表現のあちらこちらに英語としては不自然で、自信のなさそうな表現が散乱していることがあります。以前、私の教えている学生がI think やI believeといった表現を使って論文を書いている、とこのブログに書いたことがありますが、似た傾向が日本人のビジネスパーソンにも見受けられます。

 「4月に新製品投入の予定です」と言う時にI thinkと言えば、相手は不安になるでしょう。「私の意見では」をI thinkとしても同様です。In my opinionというほうが数倍望ましいです。なぜなら、Thinkは「思っている」だけでしかなく、何を思うかはその人の勝手であり、その内容が正しいかどうかにその個人の責任が発生しないためです。In my opinionとすれば、まだ「個人的見解」でありながらも、もう少し考えて発言している印象を与えます。

 Something like thatと言うのも日本人が好む表現です。「何かそんな感じ」というはっきりとしない、適当な印象を与える表現ですが、「など」の意味で使ったり、「それに似たもの」という意味で使っていると思われます。「など」であれば、And othersともいえますし、And so onでも大丈夫。「それに似たもの」であればAnd the likeでOKです。「それみたいなもの」とは、「それではない」という意味にも取れますから、誤解を招くことがあっても不思議ではありません。

 As XX as possibleというのも日本人が好きです。すぐやります、というときにSoonやImmediatelyと言わずに、As soon as possibleと言うのです。これは学校で学んだ熟語の影響があるかもしれません。しかし「可能な限り早く」というのは、「可能じゃなければ早くしない」という意味です。「すぐに取り掛かります」と意気込みを伝えたくても、As soon as possibleと言ってしまえばその意気込みは薄れてしまいます。

 逆にI don’t knowは日本人がなかなか言いません。質疑応答で質問されて、答えがなくても適当な答えで済まそうとしている姿を目にすることがあります。これは英語でのコミュニケーションに限ったことではありませんが、「ここは素直に知らないと答えたほうが信頼関係が生まれるのでは?」と感じることが少なくありません。I don't have an answer to that, but I can say that…と続けることもできるはずです。

 以上の例が示すように、やや「弱い」印象や「大丈夫かな?」と思わせてしまうことがあるのが、日本人の特徴かもしれません。また「少し考えてみます」というつもりで”I will think about it a bit”と言えば、「ちょっとしか考えてくれないんだ」という印象を与えてもおかしくありません。日本語のように言外の意味を汲み取る文化は素晴らしいですが、言葉が変わると、同じ期待値を求めることができないことも多くあります。そんなときはこの点に気を払うことも重要でしょう。


「お客さん」の日米比較

 年末年始に2週間程度日本に戻ることができました。日本に一時帰国するたびに感じるのは、お客さんと店員の関係が日本とアメリカでは大きく違うことです。去年の春に母がアメリカを訪れ、その時の経験を元に「日本ではお客さんが神様だけど、アメリカではお客さんと店員さんが対等だ」と言っていました。これは日米差を非常に的確に示しているでしょう。母がミシガンに来たとき、2人で近所のコーヒー屋に行きました。そこでは私と携帯メールをしたり、一緒に食事に行ったりするKeeganという名前の仲のいい店長が働いていました。日本のスターバックスを想像するとイメージがわくでしょう。コーヒーを注文し、少しは離れたところでミルクや砂糖を好みに合わせて入れます。丁度ミルクが切れていたようで、Keeganは私に向って、「このミルク、あそこのカウンターにおいてくれる?」と頼みました。きっとどのお客さんにもその様に頼むことはないでしょうが、毎日そのコーヒー屋に行くとはいえ、日本ではお客さんにその様なことを頼むことはないでしょう。英語を解さない母ですが、すぐに状況をつかんだようでお店を出るや否や、「日本じゃありえないね」と言っていました。

 日本ではお客さんへの接し方が全く違います。マニュアル化され、無表情で対応されることが気になることもありますが、基本的には一定レベルのサービスを期待することができますし、それが裏切られることは数少ないです。個人的にはもう少し丁寧さにかけても人間味のある接客があればより素晴らしいとは思うのですが。ただ、何よりも気になるのはお客さんのぶっきらぼうさでもあります。

 例えばコンビニエンスストアーでは、無言で商品をカウンターに置き、無言でお金を払い、無言でお店を出ます。カウンターの逆側にあるタバコや、店員さんにとってもらわなければいけないおでんやから揚げと言った商品を注文する際に、「アメリカンドッグ1つ」というだけで、「ください」とも「お願いします」とも言いません。もちろんとってもらったあとの「ありがとうございます」もありません。これはコンビニだけではなく、近所のスーパーであっても、都内のデパートであっても一緒です。また電車が少し遅延してストレスが溜まるとはいえ、何の責任もない駅員さんに文句を言ったり、怒鳴るのもよく目にします。もちろん海外でも飛行機のフライトが遅れれば文句を言っている人がいます。しかし言われている人が「私の責任ではありませんから、どうしようもありません。」と言い返せる欧米では状況が違います。「お金を払っているのだから」とはいっても、それは受け取る商品やサービスに対する対価でしかなく、店員さんなど相手より上の立場に立つ対価ではないはずです。

 日米のちょっとした違いですが、日常生活の中で何度も目にすると、やや気になり始めるエピソードでした。


新年を迎えて

 昨年も書きましたが、新年にはNew Year’s Resolutionとして新年に向けた目標や抱負を掲げる習慣があります。一般的には「痩せる」「タバコをやめる」「アルコールを控える」などという目標が多いようです。また学生の中には「今年は真面目に勉強する」とか「今年こそ卒業!」という切実な思いを表す人もいます。

 私の場合、必ずしも掲げた目標を紙に書いたり、目に見えるところに貼ったりはしませんが(それをすると、常に自分の目標を思い出すことができて、達成率が大幅にUPするという話を聞いたこともあります)、やはり「今年はこんなことをしたいなあ」程度には考えます。例えば翻訳の分野で考えれば、翻訳書籍の出版は2冊あったものの、出版翻訳自体は全く行わない2009年でした(出版されたのが年頭だったので、翻訳はすでに2008年中に終わっていました)。2010年は1冊位、何か出版翻訳のプロジェクトに関われればと思います。丁度フランス語書籍を英訳出版するというプロジェクトの話もあるので、それが実現すれば初めて仏英の出版翻訳を行うことになります。英日と合わせて合計2冊、というのはやや欲張りでしょうか。

 通訳の分野では、昨年以上の案件にかかわり、よりよいパフォーマンスができればよいと思います。昨年はIT関係の取締役会で会計やテクノロジー色の濃い通訳が複数ありました。また別のIT会議では複数日予定されていた交渉が交渉を開始する前に決裂モードで、実際には半日で終わって引き上げるということもありました。非常に興味深く、また学ぶ機会の多い貴重な経験です。特に今年の前半は大学で教えるのが週に2日だけですから、通訳を行うことのできる日程にやや余裕があります。その点で、より一層現場に出る機械が増えればと思います。

 大学での仕事に関しては、研究と教えるバランスの維持があります。すでにスタートしている春学期で私は3つの授業を教えます。週に2度行われる授業です。毎週月曜日と水曜日に教えます。2日にまとめられたことの利点は、他の5日間に通訳や翻訳の仕事ができ、また自分の研究にまとまった時間を取れることです。しかし逆に月曜日と水曜日は教えることに掛かりきりになります。朝の8時に1つ目の授業を教え、午後3時近くまで授業。そして5時近くまでオフィスアワーです。オフィスアワーを終えて自宅に戻れば、かなり疲れているでしょうから、それ以外の仕事はできません。友達と夕食に出掛けたりはするでしょうが、基本的にはリラックスして、少し読書をするくらいです。教える必要の無い日に、きちんと研究などを行うことが必要です。

 まだ秋から教える大学がミシガン州立大学のままなのか、別の学校に移動することになるのかははっきりしていません。個人的にはミシガンが気に入っているのでそこで教えたいのですが、1年契約というややマイナス点もあります。今後数年間は1年単位での契約しか行わないと言うことですから、状況の改善を待つしかないのかも知れません。そう考えると、2010年に少しでも景気回復があれば、2011年には学術会でもプラスの変化があるかもしれません。



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プロフィール

木内裕也

木内 裕也さん
フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。