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Written from the mitten

木内裕也さんのアメリカレポート。2005年春-2006年夏まで、Hubbub from the Hubのニックネームで通翻訳者リレーブログを担当して頂きました。2009年5月にミシガン州立大学(MSU)博士課程を修了、博士号を取得された木内さんから見た、現地での生活やハプニング、大学のことなど、アメリカの今を発信します。 通訳・翻訳の話をまじえながら、幅広いテーマに沿ったレポート、毎週月曜日更新です!どうぞお楽しみに!

2009年を締めくくる英語表現

 2009年最後のHi Career投稿となりました。今回は「多分このような表現は日本の学校では学ばないかな」と思う英語表現をラストスパートでいくつか紹介したいと思います。

“By Default”
 少し前に別コーナーで柴原さんがDefaultという表現について書いていらっしゃいました。それと同じ単語の前にByという前置詞をつけた表現です。「初期設定」や「既定値」という意味でIT分野などでは使われています。日常会話ではよく「他に選択肢がない」という暗の意味を持って使われることが多いです。例えばHe is my boyfriend, by fault.といえば、恋心も冷めてきているが、別に他の人に気があるわけでもないので、何となくボーフレンドのままでいる様子が伝わってきます。I saw him by default.であれば、「会おうとしたわけではないけれど、その場の状況で仕方なく顔を合わせた」というイメージ。I had to cook some cheese cake for my mother by default.であれば、母親がチーズケーキ好きなので、他のケーキを作るという選択肢すらなかった様子が分かります。

“Snooze”
 特に冬の朝は暖かいベッドの中にできるだけ長くいたいもの。そんなときに目覚まし時計のSnoozeボタンを押します。すると時計が鳴っても5分から10分後にもう1度なるので「あと10分だけ」というときに便利です。アメリカの家やホテルのベッドサイドには目覚まし時計とラジオが一緒になったものがよくおいてありますが、そこには大抵、SNOOZEと大きく書いてあります。また携帯電話を目覚まし時計代わりにすると、SnoozeとDismissという表示が出ることもあります。Snoozeを押せば、それはもう少し寝るということ。Dismissであれば、その後にもう1度目覚ましがなることはありませんので、ベッドから出なければなりません。

“lame”
 この単語は「不完全な」という意味があります。「身体が不自由な」という意味の形容詞で軽蔑的に使われることがあるので、やや注意を要します。しかし大統領選挙で次期大統領が決まった後、その新しい大統領が就任するまでの間、形骸化した大統領のことをLame Duck Presidentというように、日常的に耳にすることが多い単語でもあります。また”That’s so lame!”と言った風に会話でも良く使われます。どこかに友達と一緒に行こうと約束をしていたのだけど、突然残業をしなければいけないからキャンセルの連絡を入れると、そんな言葉をかけられるかもしれません。また言い訳にならないような言い訳を言うと、それはLame excuseです。携帯メールで連絡をやり取りしていれば、Lame!というだけの返事が届くかもしれません。

「最後の文字を重ねる表現」
 最後は最近の高校生年代が良く使う書き方で、文章の最後に使われる単語の最後の文字を1つ余分に書くというもの。特にFacebookなどのコミュニティーサイトで「今○○をしています」というアップデートなどに良く使われています。例えば知り合いは”soccer at 6, wendy’s after the game, homework at home. Textt!”と書いたりします。携帯メールは普通Textとしますから、最後のTを2度重ねているわけです。もしくは”nothing to do. its finally break! text for plans cause idk whats goin on tonight!!!”と書きます。2つとも文章の最初の文字を大文字にしないとか、It’sやWhat’sのアポストロフィーを省略する 、ingのGを省略するなどということも行われています。またidkはI don’t knowで、idcはI don’ t careです。

 2009年最後はいくつかの英語表現を紹介しました。それでは良いお年を!


LA旅行

 先日3泊4日でロサンゼルスに行く機会がありました。全く専門分野は別ですがミシガン州立大学の教授で、もともとはサッカーの審判を通して知り合ったChicoという友人がいます。家も近いですし、毎朝通うコーヒー屋も同じとあり、非常に仲良くしています。その彼と、毎年12月に秋学期の授業が終わったらロサンゼルスに遊びに行く、というのを去年から始めました。昨年に比べて今年は秋学期の始まりが1週間遅れたので、私たちの旅行も1週間遅れでした。去年は現地のサッカー場を見学に行ったり、ハリウッドやビバリーヒルズに行ったり、ワッツと呼ばれる地域に出向いたり(これは少し私たち2人の研究内容と関連しています)しました。

 2泊しかできなかった昨年と違い、今年は3泊できたので少し時間に余裕がありました。初日は午前中に私が授業を教えなければならず(授業最終日でした)、午後になってロサンゼルスに移動しました。時差はあるものの、ホテルに着いたのは午後8時。彼も私もアメリカ国内の旅行の場合は時差に関わらず東部時間で生活することにしています。2人とも国内の移動が多いので、こうすることによって旅行が終わってから時差の調整に苦労する必要がありません。ですからホテルに到着したのが午後8時とはいえ、私たちにとっては午後11時と同じ。その日はすぐに就寝しました。

 翌日は朝3時に起床(東部時間だと朝6時です)。まずはロサンゼルスに住む知り合いに会いに行きました。Chicoの研究分野には犯罪を犯した未成年者に関する法規制のあり方が含まれています。カリフォルニアでは未成年者も死刑になることがあります。執行は成人になるまで待つことにはなっていますが。現地であったのは15歳のときに致死罪で執行猶予なしの無期懲役刑を受けた32歳の人でした。彼は今年の1月に16年間を刑務所で過ごした後にParoleで出所しました。カリフォルニア州には同じ境遇の人がたくさんいますが、カリフォルニア州の外に出ることを認められているのは(正式な申請をして許可されなければなりませんが)彼1人だけです。ワシントンDCやシカゴなどで行われる会議に参加して、未成年犯罪に関する講義や講演を行っています。また同時に大学に通って勉強もしています。その彼がつい最近になって、許可を取らなくても自分の住む郡の外に出てよいと認められたということ。そこで彼と彼のガールフレンドを誘って、レーガン大統領図書館に行ってきました。大統領図書館の中で1位、2位を争う人気の図書館で、館内には前代の大統領専用機(実物)が展示され、中に入ることもできます。とても大きな図書館で、見学するだけで簡単に数時間を過ごすことができました。

 3日目もやはり3時起床。ホテルで朝食サービスが始まる6時まで2人とも仕事を行いました。その後はアトランタに住む友人がロサンゼルスで講演をするという情報をつかみ、2人でそれを聞きに行ってきました。彼には知らせずに向ったので、とても驚いていました。またロサンゼルスの近くにあるPasadenaという街に行ったり、ローズボールの行われるフットボール場を見学に行ったりと朝食前の数時間と、ホテルに戻った後の数時間以外は1日中リラックスして過ごしました。
 帰宅して数日ですが、すでに「来年はどこに行こうか」と話をしています。特に何をするわけでもないですが、学期末の1つの楽しみです。


携帯電話

 私が現在教えている3つの授業のうち2つは、Science and Technologyと呼ばれる授業です。科学技術について、人文学的な見地から考察するのを目的としています。これはアフリカ系アメリカ研究と並んで私の専門分野の1つです。そこで扱う内容の1つに「携帯電話」があります。今回の投稿ではもしかするとこれまで皆さんが考えたことがなかったかもしれない角度から、携帯電話を考えてみたいと思います。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授にSherry Turkleという人がいます。私もボストンに住んでいるときにMITでのプロジェクトに関わり、Sherry Turkleと一緒に話をしたことがありました。その彼女が携帯電話について「携帯電話こそ幸せの根源になっているの」と話をしています。これは私が授業で使っているThe Inner History of Devicesという著書について講演をしたときの発言です。アメリカの携帯電話の中でもSmart Phoneと呼ばれるiPhoneやBlackBerryではインターネットが利用でき、Eメールは全て手元に即時に届き、FacebookなどのSNSの利用ができるばかりか瞬時にUpdateが届き、Instant Messangerも使うことができます。日本の計帯電話の多くがTVの視聴をできるというのはアメリカの携帯電話と比べて勝っている点ではあります。しかしSmart Phoneの特徴として私が述べたのは、インターネットの利用を除いて利用者の意志に関係なく情報が届くという特徴があります。逆に日本の携帯電話の多くは利用者が選択するエンターテインメント(TVに加えて、ナビゲーションサービスや割引サービスなど)に焦点が置かれています。このアメリカ式の携帯電話の場合、携帯電話こそが幸せの源となっているのです。わざわざパソコンを開かなくてもメールが届くということは、携帯電話をONにしているだけでメールの送受信ができます。誰かに必要とされている、ということを実感することができるのです。電話が鳴ったり、携帯メールが届くだけではありません。SNSのアップデートが届けば、それは数百人のネットワークとつながる機会です。友達との集まりやパーティーがFacebookなどで届く今、その招待状はSNSのUpdateとして携帯電話に届きます。

 携帯電話を見つめるということは、幸せを待つことでもあります。もちろんそこに届く知らせは必ずしも幸せをもたらすとは限りません。しかし幸せを求める人にとって、携帯電話がそれをもたらす唯一の手段となりかけています。携帯電話の電波が届かないところにいると言うのは、人と連絡がつかないことをかつては意味していました。今では自らの幸せすら手にすることのできない状況にいると言い換えることができます。人とつながる、ということはSmart Phoneを持つユーザーにとって携帯電話の2次的な要素でしかありません。これは日本人の高校生が携帯電話依存症になる理由として考えることもできるでしょう。歪曲した友人関係、携帯依存と批判するのは容易です。しかし携帯電話だけではなく、パソコンの「スクリーン」と能動的な関係を持つネット世代に対し、それに警鐘を鳴らす親の世代はTVという「スクリーン」と受動的関係しかもっていなかった世代でもあります。ですからこのスクリーンや携帯電話というツールがどのような社会的意味を持っているのか、十分に考えてみる必要があるでしょう。

 少なくとも私の教える学生にとって、目を覚まして最初に目にするのは携帯電話です。そして就寝のために目を閉じる前に最後に目にするのも携帯電話です。それは携帯電話を目覚まし時計代わりとして利用する学生がほぼ100%だからです。就寝前に翌朝の起床時間をセットし目を閉じます。そして朝になればアラームのなる携帯電話に目をやり、「あと5分だけ」と思うのです。そう考えると、TVの見られる日本の携帯電話がアメリカの携帯電話よりも進んでいるのは確かですが、その位置づけという観点から見ると、もしかするとアメリカのほうが進んでいるのかもしれません。アメリカの学生は携帯でTVを見たり、ゲームをすることは限られています。しかし携帯電話をExtension of the body(体の一部)としてみなしているのは日本時間学生よりアメリカ人学生のほうかもしれません。


百科事典

 アメリカの若手研究者にとって、百科事典の編纂に関わるというのは珍しいことではありません。研究者には4つもしくは5つの仕事があると言われています。大学で授業を教えることが主と思われがちですが、例えば私のようにミシガン州立大学に雇用されている研究者は、4つのカテゴリーにおいてそれぞれどれだけの労力を注ぐことが求められているか、百分率で示されます。そのカテゴリーとは「Teaching(教鞭)」「Researching(研究)」「Service(サービス)」「Publishing(出版)」です。それぞれ授業を教えること、研究を行うこと、大学の委員会などで任務を果たすこと、研究論文を発表することです。これら4つのうち3つの分野で秀でた者のみが、昇進を受けることができる、というのが基本的なシステムです。出版の分野では研究書籍や論文の出版がありますが、これは原稿が出来上がっても通常の書籍と違って場合によっては出版まで3年から5年の歳月を要します。したがって若手研究者にとって、手っ取り早く研究結果を認めてもらうには、学会での発表を行ったり、書評を専門誌で発表したり、百科事典の編纂に関わることがあります。私も博士論文の出版を複数の大学出版局と話し合っていますが、時間が掛かります。そこで今年は5つの学会で発表を行い、Book Reviewと呼ばれる書評を出版しました。また丁度今は百科事典の編纂に関わっています。

 百科事典のプロジェクトは基本的にCFP(Call for Paper)を見つけることから始まります。これは「協力者求む」という趣旨のメールで、どのような百科事典で、どのような項目があるのかという概要が書かれています。「自分に手伝えそうだ」となればCFPに書かれた連絡先にメールを送り、項目リストを送ってもらいます。この項目リストとは、百科事典を使う人が検索するキーワードです。大きな百科事典だと何十ページにも渡るリストです。そこには項目と求められる単語数が書かれています。「この項目についてなら書ける」というものを見つけ、編集者に履歴書と一緒に提出します。研究者の履歴書とは10ページから場合によっては30ページ以上にわたるもので、そこにはあらゆる出版や研究発表が記されており、それを精査した編集者が最終的にどの項目をそれぞれの研究者に割り当てるか決定します。

 最終的な連絡をもらった後、それぞれの研究者はStyle Guideと呼ばれる「書き方」に従って百科事典の内容を書きます。このガイドには予測される読者層(どれくらいの専門用語を理解するか、どれくらい応用的な内容を書けるかの判断に必要です)、求められる内容(歴史的背景が必要か、など)などが書かれています。一般的にはそれぞれの項目の最後にはReferenceとして参考文献を複数リスト化することが求められます。

 この作業には報酬がつきます。しかし私の属するHumanities(人文系)では一般に想像されるよりもその報酬は僅かです。例えば私が現在書いているのは2000ワードの項目ですが、これは20ドルです。論文を学術誌で発表して出版しても報酬はゼロですし(通常はその学術誌の1年間購読が最低条件ですから、逆に出費です)、学術書を出版しても1000ドルの収入があるのは珍しい、と言われています。百科事典の編纂に加わって昼食5回(こう書くと私の普段の生活がばれてしまいそうですが)とはやや寂しい気もしますが、厳しいアカデミアの現実です。


感謝祭

 アメリカでは先週、感謝祭が祝われました。先週月曜日のブログにも書いたとおり、多くの人が実家に帰省し、七面鳥を囲んで食事をします。日本でも親戚が集まるのは楽しいけれど、受け入れる側はそれなりに大変だ、といって夏休みには色々気を使うこともあるようですが、アメリカでも似たことが起こります。日本と比較して、お客さんもどんどんと家事を手伝いますし、その反面遠慮も少ないですが、アメリカで親戚が集まれば家に10名以上の人が来ますから、それなりに大変です。家の大きなアメリカ。客間の数はたくさんあるので、「いつでも来てね。どれだけ泊まっていってもいいよ」と言いながら、休暇の直前に一番寝心地の悪いマットレスに取り替えて、なるべく早くお客さんが帰るようにする、などという冗談もあるほどです。

 2年前まではニューヨークで感謝祭を過ごすことが多かったのですが、今年は地元ミシガン州ランシング市に住む友人が感謝祭に招待してくれました。昨年は別の友人が招待してくれていましたが、今年の冬に出版された本(「オバマの原点」中経出版 宣伝です!)の翻訳が忙しく、自宅で翻訳をしていました。そこで2年ぶりの感謝祭でした。

 感謝祭の数日前にKeeganという招待をしてくれた友人からメールをもらい、「1時くらいにくれば丁度いいよ」とのこと。ディナーは私のアパートから10キロほどのところにある彼女の実家で行われました。感謝祭といえばFood ComaやFood Babyといった言葉が良く聞かれるようにたくさんの食事が食卓に並びます。「何を持っていけばいい?」と聞くと「食べ物は全部そろっているから、飲み物でいいよ」とのこと。近所のお店で好きなワインを3本買って行くことにしました。

 当日は1時を少し回った頃に家に到着し、Keeganの家族に会いました。彼女の両親やおばさんとはすでに会ったことがありましたが、彼女のおばあさんから5歳の従兄弟まで総勢20名近い人のほとんどは初対面。”I heard so much about you!”というお決まりの文句を何度もかけられながら挨拶をし、食事の準備を手伝いました。2時ごろには食卓の周りに全員で集まって食事をしました。彼女の両親の家ではThanksgiving(感謝祭)という名前の通り、それぞれI am thankful that…と何か感謝していることについて1人ずつちょっとしたスピーチを行いました。5歳の子供でさえ、きちんと話をするのを見て、「自分の意見をはっきりというアメリカ人」というステレオタイプはここで生まれるのか、と感じました。その後は七面鳥(2羽で合計30キロ以上!)、マッシュドポテト、クランベリーソース、などなど典型的な感謝祭の料理を食べました。

 アメリカ研究を専門とする立場から考えると、このような感謝祭が必ずしもよいとは思いません。その歴史が忘れ去られ、感謝祭を祝えずにいる人々の存在が軽視され、翌日には商業主義の典型と言えるBlack Fridayがあり、一部の人しか享受できないFamily ValuesがAmerican Valuesとみなされていることには大きな問題もあります。そういった点ではやや複雑な思いを抱えて過ごした感謝祭でした。



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プロフィール

木内裕也

木内 裕也さん
フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。