INTERPRETATION

文明の利器から離れてみる

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 わが家は毎年、鳥取旅行に出かけています。これは主人が鳥取生まれで親戚が今も暮らしているためです。私自身、結婚するまで山陰地方には一度も出かけたことがなかったのですが、豊かな自然、海や山の幸、子どもたちも楽しめる施設がたくさんあるなどといったことから、今では大いに気に入っています。私にとって「第二の故郷」ができたようで嬉しく思います。

 さて、今年の夏は色々と仕事が立て込んでいたこともあり、例年のような1週間ほどのステイは実現できなかったのですが、今回も2泊3日ながら大いに充実した日々を過ごすことができました。中でも私にとっての最大の発見は「文明の利器から離れて暮らしてみる」ということでした。

 具体的に説明すると、親戚宅の滞在だったため、PCへのアクセスは無し。ケータイはこのところすぐに電池切れを起こすこともあって、ほとんど頼りにならない状態だったのです。そこで出発前には、継続中の仕事先に休暇のお知らせだけはしておきました。

 その結果、2泊3日間、PCメールや携帯での連絡は一切できない状態だったのですが、全く不便を感じることがなかったのです。それどころか、日ごろいかにそうした電子機器に長時間関わっていたかを改めて感じました。現に今、この原稿を書いている間も、時々メールをチェックするぐらいですから、私たちの日常生活にどれだけメールやネットが浸透しているかがわかります。

 ウェブ環境から離れてみて思ったこと。それは「仕事のオンとオフの切り替えができたこと」と「ケータイがなくても何とかなる」ということでした。もはや仕事メールがチェックできないと割り切れると、休暇そのものに専念できます。また、出先でも別行動中の家族と待ち合わせるときなど、ケータイがなければないで「じゃ、○時に△△で待ち合わせね」とあらかじめ決めておけば済んだのです。

 もともと私たちの生活というのは、そうしたゆっくりとしたペースで進んでおり、約束事をあらかじめしておくことで、それを守るというルールがあったと思います。ケータイやPCは実に便利ですが、その便利さもややもすると私たちの生活を支配してしまいかねません。今回の旅行で、そうした文明の利器から「デトックス」できたのは、私にとって大きな収穫でした。

 

(2010年8月2日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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