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やりなおし英語道場

コーチングで2010年を変える!

2009年も残すところあと2週間ほどとなりました。昨年末のリーマンショックの影響をもろに受ける形で始まった今年はいろいろな意味で厳しい一年と感じた方も多かったのではないでしょうか?この時期になると、メディアでも今年の重大ニュースという特集を組み、一年の振り返りをすることも多く、皆さんの中にも自分にとって2009年を振り返っている方も多いと思います。

以前、あるセミナーで、“コーチング”と“メンタリング“の違いやコーチングを使ってどのように目標を立て進んでいくかという話を聞きました。皆さんが2010年に向けて目標を立てていく上で、参考になるのではと思い、今回”来年の目標を立てる“ということについて書いてみたいと思います。

まず今流行りの“コーチング”と “メンタリング“の違いですが、(ひょっとしたら人によって定義は変わるかもしれません)メンタリングはある業務または作業を行うやり方を教え”メンタリングを受ける方がその業務または作業ができるようにすることで、メンターはその分野の専門家である必要があります。

それに対し、コーチングはコーチングを受けている人自身が自分の課題や方向性を決定し、行動に移せるように、コーチがいろいろと質問をしながら、相手を導いていきます。ですから、コーチは必ずしもある分野の専門家である必要はなく、自分の意見や知見を押し付けることなく、相手が目標に近づけるような質問をし、気づきを与えるスキルがあればいいのです。

ただ研修者の様子を見ていると、コーチングだったはずが、知らないうちに“〜した方がいいんじゃない”とか“〜は無理だよね”というような自分の意見を相手に伝えて、誘導していくメンタリングになってしまうケースが多く、コーチングの難しさがよくわかりました。親子、上司と部下、カップルにせよ、相手に対して、〜して欲しいという自分の要求や希望がある場合、それを捨てて、客観的に質問をしていくことは思いのほか難しいことです。この研修の中で、トレーナーが “今から一年後、皆さんが自分の立てた目標以上の成果をあげ、その成功を皆で祝うために祝賀会をしています。さて皆さんは今どういう気分で、どんな成功を収めたのでしょうか?その時の気持ちと成果を書き出してください。”という質問が参加者に行われました。最初数分目を閉じて、一年後の成功の様子を各自がイメージします。目を閉じている人たちの表情が次第ににこやかな表情になってくるから不思議です。通常来年の目標を決める場合、“今年〜だった”から“来年は・・・”というパターンが多いと思いますが、このやり方では、一年後の自分になってみて、擬似的な成功体験をし、目標を達成した時の気持ちを先取りします。その時にイメージする成功は通常自分で設定する目標よりも大きな目標を設定することになるそうです。

こうして設定した大きな目標を書き出し、ペアになり、お互いにコーチングをしながら、この目標を達成していくために、どういう問題点があり、自分にはどういう選択肢があり、ある行動をとった場合の想定される結果やリスクは何かを質問に答える形で自ら表明していきます。

一年後の自分のなりたい姿(目標)へのロードマップを作っていく時に、一足飛びで目標まで行けるわけではありませんので、いわゆるマイルストーンをロードマップの中に入れていきます。そのマイルストーンもコーチングを通して、どういうマイルストーンを、どこに置いていくのかを決めていきます。

この方法の場合、コーチングというスキルが必要になってきますので、お互いにコーチングのやり方を学ばないとできませんが、第三者からの質問に答えていくことで、自分の中で曖昧になっている部分が明確になり、一人では思いつかなかったような、方向性や方法が自分の口から出てくることもあるそうです。

今年の元旦早々に目標を立て、マイルストーンも決めることなく、年末を迎え、(人によっては新年の目標すら覚えていないケースもあるかもしれませんが・・・)、今年もやり残したことばかりだったなぁと感じている方も多いのではないでしょうか。2010年こそは自分でコントロールできる充実の年にしたいものですね。


バランスのいい英語

皆さんの中で、地方出身者の方はどれくらいいらっしゃいますか?以前書いたことがありますが、私は大阪出身(関西人は自分のことを地方出身とは思っていませんが(笑))で、普段は完全に標準語を話し、”今、標準語を話している”という意識もほとんどありません。最近知り合いと、“自分を一番表現できる”言葉は何かという話になりました。あまり考えたことはなかったのですが、よく考えてみると、一番が関西弁、少し距離をおいて標準語、そして英語という順番になるという結論に達しました。

標準語で育った人にはわからない感覚かもしれませんが、私にとって“心を伝える“ “自分を一番感じられる”のはやはり関西弁です。だからといって標準語で普段不便を感じているわけでもないですし、“標準語で話さないと”というプレッシャーがあるわけでもないのですが、どこか借り物のコミュニケーションツールというある意味、英語と同じような感覚が標準語に対してあります。

関西で生まれ育ったとは言え、子供のころから標準語はTVで聞いていたので、音としては理解していましたが、実際に自分で使い始めたのはここ10年弱で、よく考えると英語よりも歴史は浅いのです。ですから、自分の中では標準語を話す感覚と英語を話す感覚は似ている部分があります。今でこそ、仕事以外のプライベートでも標準語を使う場合がほとんどなので、あまり違和感なく使っていますが、ふと関西弁を話した時に感じるあのフィット感から標準語に戻した時に感じる感覚は、ジャージから洗いたてのジーンズに着替えた時に一瞬間感じる窮屈さと似ています。

なぜこういう感覚が生まれるのでしょうか?関西弁は多感な時期を含めて、自分の気持ちを伝えてきた言葉で、標準語は音や単語といった形から入った言葉で、気持ちを伝えるために使った実体験が関西弁ほどはないため、気持ちを100%言葉に乗せられない感覚が残るのかもしれません。

同じ日本語という言語の中ですら、言葉の温度差があるのですから、英語となるとその“借り物”感はもっと大きくなります。仕事で英語には毎日触れ、使っているので、以前より英語の語彙・表現は増えていますが、5年ほど前に日本に帰ってきてから、英語で自分を表現する機会が減ってしまいました。ですから、英語を使うときは、気持ちを言葉に込めるという感覚よりも、言葉で情報を伝えるという感覚が強くなってきているような気がします。

通訳・翻訳や講師業という観点で考えると、これ自体は大した問題ではないのですが、言葉を習得するという観点でいうと、少し問題かなと感じています。この“借り物”感を少しでも減らしていくためには、プライベートで、いろいろなものを英語で感じる機会をもっと増やしていく必要がありますが、これはいわゆる“英語の勉強”とは違います。他人のために英語を使うとか、英語の上達のために何かを覚えるというのでもなく、海外にいた頃のように、英語で生活する時間を増やし、英語を使っているという感覚すらない状況に自らを置かないとバランスが悪い英語が身についていくような気がします。

仕事だけで英語を使えればいいとお考えの方もいらっしゃるとは思いますが、英語というのは言葉ですから、自分の気持ちを自然に伝えられるような母国語に近い感覚で使えるようになりたいものです。そのためには仕事・勉強以外で自分のために英語を使う時間を確保する必要もあるのではと思います。皆さんは、そういう時間持っていますか?


翻訳で再発見

最近、知り合いから翻訳を頼まれ、いくつか翻訳をしました。よく通訳者の翻訳は読んだらすぐにわかるとい言われますが、私の翻訳はまさに典型的な”通訳者翻訳“だと思います。どうしても前から読み下していくサイトラ型で訳していくので、口頭で聞いているのであればいいのですが、実際に文字にしていくと余計なつなぎ言葉が入ってしまい、文字で見ると、くどくなることがあります。

サイトラは自分で理解したり、口頭で説明したりするには非常に効果的ですが、翻訳にすると言葉の入れ替えや“てにおは”を変えていく必要があります。口頭で聞くと違和感がないのに、文字にして読んでみるとこなれていないと感じるのは不思議ですよね。普段の通訳では、相手の様子を見ながら、その場で言葉を足したり、言い換えたりしながら情報を伝えていきますが、翻訳では一発で読んでわかる文章に仕上げないといけない点で通訳とは違う難しさがあります。

社内通訳の頃は、業務の一環として時間があれば翻訳もよくやっていました。フリーランスになってから、翻訳はほとんどしなくなっていたのですが、改めてやってみると興味深いです。翻訳によって、高校生向けに翻訳したり、大臣のスピーチを翻訳したりと読み手によってもかなり言葉やスタイルを変えていかないといけないので、社内で行っていたころの業務翻訳とはまた少し違った配慮が必要でそれも新鮮です。

中学・高校生向けに行ったセミナーの通訳をした時や政府高官の通訳をした時も同じように対象者を意識して、話し方や言葉遣いを変えましたが、ある意味、通訳では言いっ放しで、それが本当に適切だったのかどうかを客観的に一言一句確認することはできません。もちろん録音をして聞きなおせばできるのでしょうが、それを訂正し伝え直すことはできません。

ところが翻訳はそれが簡単にできてしまうので大変です。読み直していくうちに、何度も同じような変更を繰り返し、結局元の言い方に戻ったり、気に入らず一からやり直してみたりと翻訳という作業に慣れていないということもあるのでしょうが、普段使わないような形で脳を使っているような気がします。

このように自分で訳したものを何度も見直し、よりシンプルでわかりやすい訳に変えていく作業は(使っている脳は違うかもしれませんが)通訳にとっても非常に役に立つ訓練だと思います。何も難しいものを訳さなくても、簡単なものをわかりやすく英語または日本語にすることで、普段いい加減になっている言葉の使い方が自分の中で整理できますし、言葉の使い方の癖もある程度つかむこともできます。

生徒さんの中で、社内翻訳を始められた方がいて、その方の通訳の質が急に上がりびっくりしたことがありました。聞いてみると、短い翻訳をたくさんこなし、それを推敲し、また他の人にチェックしてもらうという作業を繰り返しているそうです。通訳訓練の量は増やしていないようなので、翻訳だけでも通訳の質は上がることが示されていると思います。この質の向上はロジックを過不足なく伝えるということを翻訳で鍛えたからだと思いますが、訳を聞いていて、この人は内容を理解したうえで、それをどう説明したらいいかもしっかりと考え訳出されているので、情報がうまく伝わってくるのです。

通訳を目指している方でも、通訳訓練だけではなく、チャンスが与えられるのであれば、翻訳の仕事を積極的に引き受けてみたり、自分で量を決めて少しずつ訳し推敲するという練習を取り入れてみてはどうでしょうか?英日であれば勉強している仲間同士でも十分チェックしあえるでしょうし、日英であったとしてもお互いのアプローチから学べることはたくさんあります。訳出の質を上げていく、自分の訳の癖をつかむためにも翻訳を訓練に取り入れてみると意外な発見があると思います。


プロになるためのリーディング

先週、解読型リーディングと情報収集型リーディングとの違いについて書きました。一般の方だけでなく、通訳を目指す方を教えていても、本当に多くの方が解読型をリーディングと思い込んでいて、あくまでも英語を勉強するためのツールと捉えているような気がします。だから“精読”と“多読”どちらがいいのかとか、“Newsweek”や”Time”や”Economist”や”Foreign Affairs”のどれを読むべきかという質問が出てくるのでしょう。

実は、私も通訳学校に入ったころは、このような質問を講師に何の疑問もなくしたものです。より効果的な方法(または雑誌)があり、先生ならその答えを知っているはずと思っていた時期もありました。その頃の私には、リーディングは新しい単語や表現を吸収する手段であり、入り組んだ構文を見抜く力をつける訓練でしかありませんでした。ですから、自分にとってリーディングとは時間のかかる面倒な勉強方法(宿題)だったわけです。読んでいても、すぐに迷路に迷い込んでしまったような気持ちになり、こんなことしていていいのだろうかとよく思ったものでした。

しかし通訳をするようになり、好む好まざるに関わらず、大量の資料を読むことになってからリーディングに対しての考え方が変わりました。仕事に必要な情報を限られた時間で理解し、その情報の量と質が自分の仕事に直接影響することを何度も経験し、よりインターラクティブな情報収集型リーディングの重要性やそのメリットを理解するようになったような気がします。

解読型のように、単語を丁寧に調べていくことが悪いわけではありませんし、語彙や表現力を強化していく上では非常に重要ですが、それだけをやっていても本来のリーディング力は身につきません。解読型に偏りすぎる一番の弊害は、単語や表現ばかりに目を奪われて、何が書いてあるかを理解することを忘れている点にあります。本来読むというのは、情報を得るための手段のはずが、勉強手段として捉えられるあまり、単語の意味を調べることに終始している人が多いのは残念です。

通訳訓練を受けているような人でさえ、訳してもらうと単語だけを置き換えて、何を言いたいのかわからない日本語を出してくることも珍しいことではありませんし、単語さえ意味があっていれば、それで意味が伝わると考え、情報がきちんと相手に伝わっていないことにすら気づいていない場合もあります。

通訳にしろ、翻訳にしろ、言葉のプロになるのであれば、少なくとも本人は(間違っているかもしれないにせよ)筋の通った解釈を明確に伝えることができないとプロにはなれないと思います。何となく単語だけをなぞらえて訳すことしかできないのでは、現場では通用しません。そのためにも普段から情報を伝えるというプロの目線でリーディングをする必要があります。現場に出たことのある人とそうでない人の違いはこういう部分にも表れてきます。

現場に出たことがない人は“内容を追って理解していく” “情報を伝える”という視点で読むのではなく、“単語を調べる“”何となく文字だけを追っていく“ことに終始しているため、通訳訓練をしても、思うように伸びなかったり、練習してはいるものの空回りしていることが多いような気がします。

読み方の意識を少し変えるだけで、情報を捉えて伝えていくという意識へと変化し、通訳スキルや英語力が大きく伸びると思います。そういう意識で読めるようになると、“Newsweek”や”Time”や”Economist”や”Foreign Affairs”のどれがいいのかとか、精読や多読の優劣といった質問に対する答えは自ずと出てくると思います。

ボキャビルのためのリーディングだけではなく、コミュニケーション・ツールとしてのリーディングを再確認することで次のレベルに上がれる方は少なくないと思います。これまでやってきた“読む”という作業をもう一度見直してみてはいかがでしょうか?


本当のリーディングとは?

先週に引き続き、“リーディング”について考えてみたいと思います。日本の英語教育では、まずリーディングや文法から入るため、自分たちはずっと読む訓練をしてきたという意識があり、とにかく話せるようになりたい、聞けるようになりたいという気持ちも強く、リーディングの重要性の話をしてもなかなか理解してもらえません。

この傾向は特に初心者から中級者に強く、辞書と時間があれば読むのは何とかなると思いこんでいる人がたくさんいます。こういう学習者は”リーディング“=”解読作業“と考えているのではと思うことがあります。極端な言い方をすれば、古代文字を解読しようとしている考古学者のように、難解な文章を、辞書を片手に読み解いていく作業が“リーディング”であると捉えているように思えるのです。

リスニングやスピーキングはコミュニケーションの手段として練習し、うまくなりたいと思う人が多いのに対し、”リーディング“をうまくなりたいという人があまりいないのは、リーディングに対してこういったイメージがあるからだと思います。しかしながら、簡単な日常会話は別にして、ビジネスでは情報収集・分析のツールとして“リーディング”は非常に重要です。内容のある話をするためにも、ネットや新聞・雑誌を読んで情報を仕入れる必要がありますし、音声の情報を理解するためにも、最初に文字で情報を確認しておくのとしないのでは、理解の度合いに大きな違いが出てきます。

本来のリーディングとは、限られた時間の中で情報を正確に素早く取っていくスキルであり、解読型のリーディングのように時間を好きなだけ使って、読むものではないと思いますし、日本語を読んで情報を得るように、英語で情報を得ることをリーディングの目標とすべきだと思います。

ヨーロッパや日本と同じように英語が第二言語の国の人と仕事をするときによく感じるのですが、彼らは英語を学習するために新聞や雑誌を読むのではなく、あくまでも情報を収集するために読んでいます。恐らく彼らの意識の中には、自分たちが英語の学習者という意識はなく、英語はあくまでもツールで、読むということは英語で情報を得るための貴重な手段であると考えているのだと思います。

残念ながら、ほとんどの日本の英語学習者はリーディングを情報収集のツールと捉えていないため、解読型リーディングのレベルで、リーディングなら何とかなると思い込んでいるのだと思います。

これまでいろいろなレベルの方を教えてきましたが、読む力が弱い人はリスニングやスピーキングもある程度で頭打ちになり、全く伸びなくなります。読む力が弱いというのは、語彙力や文法力も不十分で、英語を前から情報処理していくやり方も身についていないということなので、少し長く話されたり、少し複雑な内容になると聞いてもついていけませんし、ましてやそういうことを英語で話すなんて到底無理です。この状態でリスニングやスピーキングの練習をいくらしても思うようには力はつきません。

TOEICのリーディングの方がリスニングよりも一般的に日本人の平均スコアが低いということが示しているように、英語ができない人の根本的な原因は読む力の弱さにある場合がほとんどだと言っても過言ではないと思います。ということで、来週ももう少し“リーディング”について書きたいと思います。



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プロフィール

上谷覚志

上谷覚志(かみたにかくじ)さん
1992年大阪大学経済学部卒業後、南イリノイ大学言語学部に留学し、特許事務所翻訳者・英語講師を経て、97年にオーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士課程入学。99年同大学院の修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律、商談、セミナー等幅広い分野で活躍するとともに大手通訳学校での講師も勤める。2006 年に英語力を生かして仕事で活躍できる人材を養成するAccent on Communicationを設立。後進の指導にも力を注いでいる。