HOME > 通訳 > やりなおし!英語道場

やりなおし英語道場

通訳者は本当に語学スペシャリストか?

通訳は語学スペシャリストと呼ばれたり、コミュニケーションスペシャリストと言われていますが、本当にそうなんだろうと思うことがよくあります。英語を勉強していたころ、つまり通訳になる前は、通訳とは高度な英語力を駆使する語学スペシャリストであり、モノリンガルの人の間のコミュニケーションをサポートするスペシャリストと思っていました。駆け出しのころの仕事は、英語があまりできない人のためのお手伝いをするという案件が多く、自分が語学スペシャリストであると実感することができました。

社内通訳になると、分野の専門性は少しずつ求められてきますが、その会社の専門分野に絞って通訳をすることができるので、知識の蓄積もでき、その知識の蓄積をうまく活用することで語学スペシャリストとしてのスキルを伸ばしたり、コミュニケーションスペシャリストとしての醍醐味を楽しむことができると思います。

ただフリーランスを始めてみて、語学力だけでは太刀打ちできないような仕事が増えてきたような気がします。専門性の高い通訳案件が日替わりで続き、通訳って語学スペシャリストだったよね?って自問してしまうことがよくあります。例えばプレゼン資料をもらって読んでも、1ページ読むのに数時間かかることがありますし、1つの文章に何個も専門用語だけが並んでいて、理解できたのかどうかさえよくわからないこともよくあります。理解できないことが語学力不足といえばそうですが、ただ厳密にはその分野の背景知識、専門知識がないということに起因している場合がほとんどです。先週末は、今週行われたテクニカル会議[1日]の資料を読むのとその勉強のために家に缶詰でしたし、それが終わったら次の分野の会議資料読みが始まるといった具合です。

ですからフリーランスになると、語学のスキルアップより、背景知識や専門知識をいかに増やしていくかが重要になってきます。フリーランスの通訳者の中には、会計の知識不足を感じてCPAやFPの資格を取った人もいますし、会社経営の知識がないと感じてMBAを取った方もいます。

最近の通訳分野を見ても、コンピュータの仮想化技術、自動車エンジン、特許侵害、農業技術、イスラム金融等多岐に渡っており、それぞれの分野において専門家同士が話し合うので、かなり専門的な話になります。こういう類の仕事の準備をしていると自分が駆け出しの頃に持っていた通訳者に対するイメージ(語学スペシャリストやコミュニケーションスペシャリスト)とは全く違うなと思うことがよくあります。

通訳のキャリアを積めば積むほど、語学スペシャリストでありながら、要求されるものが語学力ではなく、専門知識となっていくという不思議な現象が起こってきます。高度な英語力に磨き続けることは最低限必要ですが、それ以上に知識を短期間に詰め込み、専門的な内容をある程度押さえ、それを活用して現場で専門家間の会話を理解し、訳していく能力が必要で、英語が好きだからという理由だけで通訳というキャリアを進めていくと通訳ってこんな仕事なの?と驚くことになるかもしれません。

最近ますます通訳という仕事の奥の深さ、難しさに加え、クライアントから求められる要求度の高さを身にしみて感じています。毎回の仕事の中で、一喜一憂(憂の方が多いような気がしますが・・・。)しながら、日々奮闘しています。


”思い込み” と “決め付け”は大敵!

先週、新しい仕事をしました。“新しい”と言っても教える仕事なのですが、普段対象としている方とは違い、TOEICスコアが500点いかない人たち、しかも30人!中には英語なんて高校以来です(25年ぶり?)という人もいましたし、中学校で習ったような単語すら覚えていないという方もいました。英語を教え始めたころはこういう方を対象に教えていたので、古巣に帰ったという感じで懐かしい気持ちで2日間の授業をしました。

単語覚え方から、辞書の引き方の説明から始めました。単語は丸覚えでは次の日には70%以上は忘れてしまいますよ・・・と忘却曲線を引用しながら説明し、辞書の使い方では他動詞自動詞や可算名詞や不可算名詞の表示方法も含めて説明し、文章を使って、自分ならどの単語をどう引いて意味を確定させていくのかを説明していくと2時間ほどかかりました。

普段の授業とはかなり違いますが、新鮮な発見もいろいろありました。しかし意外にもレベルの高い人たちと共通点もありました。文法力や語彙力いろいろな意味で普段教えているグループとこのグループは違いますが、語学を学んでいく上での足かせとなっているのは同じだと感じました。つまり一番の障害は生徒が持っている“思い込み“と“決め付け”だということです。〜はこうあるべき、こうでなければいけないという“思い込み”と所詮自分なんて〜だからという“決め付け”が実は一番の障害になっているということです。

例えば、1日50個単語を覚えましょう!と話をしたら、絶対無理ですという人や、忙しいから1日10個しか覚えられませんという人がいました。確かに1日50個の単語を覚えることは大変なことかもしれません。しかしやる前から、自分にはできないと自分で決めてしまうことはどうでしょうか?絶対無理といった人や1日10個と言った人は自分の中で自分の能力をその時点で見切ってしまっているので、この方はこれ以上伸びることはありません。

本当に自分の能力を伸ばしたいのであれば、自分こそが一番のサポーターでなければなりません。語彙であれ、文法であれ、リスニングであれ、リーディングであれ、自分の能力はこの程度だと思った瞬間に本当にその程度の能力で終わってしまいます。自分はもっとできると思える人だけが、次のレベルに到達できるのです。

勉強方法に関しても同じです。単語はこう覚えるべきとか、XXXの勉強方法は無駄だという決め付けも禁物です。何も考えずに鵜呑みにするのも良くないですが、それ以上に試す前からこれは良くないと決め付けるのも良くありません。過去の経験に基づいてならまだしも、何の根拠もなく無駄だと決めつけてしまうのは、結局自分の成長の可能性を制限しているだけです。

語学の勉強はこれさえやればいいというものではありません。一見無駄と思えることでも意外な形で自分の力となってくれるものです。今伸び悩んでいる人は、今の勉強方法やこれまでの勉強方法に固執してきて、他にもいろいろな勉強の機会があったのをことごとく拒否してきた結果、伸び悩んでいるのです。これは今の語学レベルには全く関係しません。逆にレベルが上がれば上がるほど、こういう傾向は逆に強くなるような気がします。

勉強方法が自分に合っているかどうかは、試す間は本当に良いと信じて、本気で取り組み、しかも何週間か試してみてからでないと評価はできません。“思い込み”と“決め付け”を捨てて、オープンな気持ちで勉強できるかどうかが、何よりも大切だと思います。今伸び悩んでいる方、近道を急ぐあまり、“思い込み”と“決め付け”に捉われていませんか?


監督目線通訳

通訳者の思考と一般の人の思考の違いは、案外認識されていないかもしれませんが、主観的情報処理をいかに客観的情報処理に変えていけるかではないでしょうか?ですから語学的にはかなり高度な力を持ちながら通訳になれずに終わってしまう人がいます。

普段英語でコミュニケーションする場合、感覚的に相手の言っていることを“このような感じかな?”というノリで理解し、自分の伝えたい内容も“こんな感じだけどわかるよね?”という感じで相手に伝えながら、何度かやり取りしながら意味を確認しコミュニケーションしていきます。話を聞く場合も自分が興味あるかどうか、自分に関係あるかどうか、自分にとって得かどうかという主観というフィルターでどんどん情報を処理していきます。場合によっては、聞いているふりをしながら、全ての情報をシャットダウンして自分の世界に入ってもいいわけです。

通訳を生業にするようになって、主観的ではなく客観的かつ分析的に情報処理を行うスキルが鍛えられました。“なぜこの人は今、この言葉を使ってこの発言をしているのか”という客観的な分析をし、それをベースに次に何を言うのかということを予想していくスキルは必須です。

通訳をしている時、話に集中し必死で情報を伝えようとしている自分と一歩引いたスタンスで話の成り行きを見ている自分が共存しています。通訳学校に行っていた頃や駆け出しのころは100%前者の自分だけで通訳をしていたような気がしますが、経験を積むにつれて、次第に後者の自分を意識できるようになってきました。スポーツで言うなら、前者は競技者で後者が監督といったところでしょうか。この場合、監督は司令塔として話の成り行きを分析したり、どういう風に訳していくべきかの指示・戦略を出したり、パフォーマンスの評価も行ったりします。

通訳訓練をしていく中で、いくつかのステージを経て通訳力を磨いていくことになります。第一段階は言語学的な壁を超えるステージで、通訳者として最低限必要な言語力を身につけるステージです。最低限と書いたのは、言葉を生業にするからには目指す語学レベルには終わりはなく、このステージが終わることはないからです。先ほどの例えで言うと通訳者は競技者としての技量を磨き続けなければならないということになります。

次のステージはもう少し大局的な観点からコミュニケーションを捉える、つまり監督的思考を身につけるというステージです。通訳訓練をしている人または通訳を始めたばかりの人はどうしても競技者としてのスキルアップに固執しすぎ、伸び悩む人がいます。こういう方は訳すことに必死で、自分の訳がどう相手に伝わっているかまで考えが及びません。訳し終わってから“結局今の個所はどういう意味だったんですか?”と聞くと、先ほどのちぐはぐな訳ではなく、自分の言葉できちんと説明できる方もいます。

競技者としてのスキルアップは当然必要ですが、一歩引いた目線(監督目線)で客観的にかつ少し大局的に意味を捉える視点を取り入れることも同様に重要です。黒子に徹する、客観的に情報を処理するというのは必ずしも単語に忠実であることではありません。競技者目線で単語をいかに置き換えられるかに注力しすぎている方は、監督目線で適時客観的にメッセージを捉え、自分の訳が相手にしっかり伝わっているかどうかを判断する姿勢を持つことも忘れないようにしたいものです。


気持ちを伝える

皆さんこんにちは

今年は金融危機、景気低迷のため例年よりも仕事量が減っているといろいろなところで聞くとともに、例年よりも急な問い合わせが増えている感じがします。先週もスローかなと思っていたら、一気に仕事が入ってきて気がつけば馬車馬のように働いていました。

先週の馬車馬通訳はいろんな意味で体力的にも“濃い”1週間でしたが、特に印象的だったのは初めて組ませていただいた通訳者の方のパフォーマンスでした。今日はそのパフォーマンスについて書いてみたいと思います。

この通訳者さんとご一緒したのは半日案件でした。当初は日英パナガイド同時通訳のみと言われていましたが、英日だけ逐次で急きょ行うことになりました。ブリーフィングの段階で、前回同じ案件を行ったということでパートナーの方が逐次部分をやることになりました。

本番が始まり、某大手外資系企業の社長が同社に入社した経緯やその当時のエピソードを15分くらいお話しされました。ブリーフィングもあり、内容自体も難しいものではありませんでしたが、素晴らしいパフォーマンスでした。

会議やセッションの冒頭で、ちょっとユーモラスな逸話で場を和ませるような場での通訳は誰もが経験するものです。内容や英語自体は難しくないけど、何だかしらっ〜となったり、訳が間違っているわけではないけど、何となくうまく伝わらず、英語のわかる人と英語のわからない人の反応が違って微妙な雰囲気が漂い、冷や汗をかいた経験はないでしょうか?

今回の社長のスピーチはまさにそういう典型。英語を訳すという観点からするとさほど難しくないのですが、ともすると事実の羅列に終始する可能性があり、そうなると内容を理解してもらえることはできても、感情やニュアンスといったこの手のスピーチの重要な要素を伝えることはできません。テクニカルな内容であれば正確性が一番重要ですが、こういった事実を単に伝えるのではなく、エピソードを通訳する場合は、正確性に加え、その人の性格や雰囲気も考慮して言葉を選んだり、話し方を変えることができれば一層臨場感を出すことができます。

駆け出しのころ行ったセミナーの同通で“5歳の子供のような気持であらゆることに”Why?”という疑問を投げかけなければならない・・・”というくだりを何も考えずに「なぜ?」と訳したら、後で先輩通訳にさっきの”Why”だけど、五歳の子供は大人みたいに「なぜ?」とは言わないわよ。「なんで?」っていうのよって直されたことがあります。“なぜ”と訳して間違いではないですし、クレームになるようなことはないですが、うまい通訳者だとそういうところもきっちり押さえています。

先ほどの社長のエピソードを訳した方は後で聞くと20年以上のキャリアをお持ちのベテランで、正確さは言うに及ばず、まるで社長が入社した当時の様子が目に浮かぶような通訳でしたし、通訳者ご本人がその現場を見たのかな?と思うほど自然な言葉で訳されていて、黒子になるというのはこういうことなんだと思いました。

通訳という仕事はその人の人生や教養や経験が如実に出る仕事です。単なる言葉を知っているだけではなく、さまざまな人生経験や知識がないとここまでの通訳はできませんし、勉強だけでここまでの通訳ができるようになるわけではありません。久々に素晴らしい通訳を聞くことができ、道は長いなといい意味で刺激になる経験でした。


メモがうまく取れません!

こんにちは。通訳学校の講座も始まり、学校のペースに慣れてきたころではないでしょうか?今期担当している講座にも通訳訓練を始めたばかりの方が何人かいらっしゃいます。毎回、サイトラ、リテンション、シャドウーイングといった通訳訓練の基礎練習を行いますが、一番時間がかかるのがメモ取りのようです。サイトラも確かに人によってはなかなか前から訳せず苦労される方もいますが、何回かやっていくうちにできるようになります。ところがメモ取りだけは時間のかかる人だと一年経っても「メモがうまく取れません」と相談に来られる方がいます。

通常、クラスの中に通訳訓練を受けたことがない人がいる場合、メモ取りの説明をします。いくつかのポイントを説明したあと、最後に“メモはあくまでも通訳をするための補助ツールであり、どんなメモであったとしても最終的に通訳ができれば、それがいいメモということになります”と付け加えるのですが、どうもこのコメントは生徒さんの記憶からす ぐにすり抜けてしまうようです。

これまでいろいろな方と組んで通訳をしてきました。逐次で組んだ時にパートナー通訳の人のメモを見せてもらうと、通訳者の数だけメモのパターンがあることがわかります。人によっては細かい文字でびっちり書く人もいますし、きれいなA型っぽいメモを書く人や、ほとんど書かない人さまざまです。私の場合、たくさん書けないので、他の通訳者の方と比べて書く量は少ない方だと思いますし、しかもなぐり書きに近いので、パートナー通訳の方にメモ出しするときには、清書しないと解読してもらえませんし、授業で自分の書いたメモをみせると本当になぐり書きなので、皆さん“え?”という顔をされます。ただ本来メモというのは自分が逐次をするときに、少し前の記憶を呼び起こすためのトリガーですから、どんなに汚くてもいいわけですし、文字であっても自分で考えた記号であっても絵であっても何でもいいわけです。

通訳を現場でやっている人であれば、「メモがうまく取れない」とは言わないと思います。話の内容や自分の持っている知識量によっては「メモが追い付かない」と言うことはあり得ると思いますが、「メモがうまく取れない」とは通訳をやってことがない人の発言だと思います。「うまく取れない」という状況がプロの通訳に起こったとしたら、その人は「今の個所よく理解できなかった」と言うと思います。プロの通訳だって当然聞いてわからないことはありますし、時には勘違いすることだってあります。ただその状況を「メモがうまく取れない」とメモのせいにしないのは、メモが取れない理由はメモ取りテクニック云々ではなく、単純に聞いたことがわからなかったとわかっているからです。

メモを取りに慣れていないと、英語で取るべきなのか日本語なのか、どの単語をどこまで書くのかとかいろいろと瞬時に判断しないといけないことはたくさんあり、メモを取るというプロセスは 複雑で大変だと感じると思います。原則論で言うと、訳出するターゲット言語(英日だったら日本語、日英だったら英語)で書いた方が訳出の際の負担が減るので、そちらの方がいいとは思います。ただ毎回そういう風にはいきませんし、自分のメモを見ても英語と日本語が混じっている場合ほとんどです。ターゲット言語でメモが取れているときは、話の内容がすっと頭に入ってきて、話の流れにうまく乗れている時で、逆にそうでない場合は調子があまりよくないとかエンジンがかかっていないような時が多いような気がします。いずれにしても大事なのは最終的なアウトプットである通訳がきちんとできれば、メモに何をどう書くのか は重要ではありません。

「メモがうまく取れない」と感じている人はメモ取るのをやめて、本当に理解できたかどうかを再度確認してみた方がいいと思います。



《 前 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 次 》


↑Page Top

プロフィール

上谷覚志

上谷覚志(かみたにかくじ)さん
1992年大阪大学経済学部卒業後、南イリノイ大学言語学部に留学し、特許事務所翻訳者・英語講師を経て、97年にオーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士課程入学。99年同大学院の修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律、商談、セミナー等幅広い分野で活躍するとともに大手通訳学校での講師も勤める。2006 年に英語力を生かして仕事で活躍できる人材を養成するAccent on Communicationを設立。後進の指導にも力を注いでいる。