HOME > LIFE > Music & Words

≪解説≫
音楽は小説と同様に、聴き手をさまざまな世界へと誘ってくれます。そのメロディーと歌詞をとおして、さまざまな場所を浮遊し、さまざまな体験をさせてくれます。
歌詞を紐解く過程で、"これは何について書かれているのだろう""わたしの解釈は正しいのだろうか"などと、思うこともあるかも知れません。しかし聴き方に正しいとか正しくないとか、そういうことは一切ありません。英語の基本的な意味を"あたま"で理解し、そうしてそこから自分の"こころ"で感じ、それぞれが思い思いの旅に出られれば、それで十分いいのです。
そもそも"音楽"とは、楽器で音を奏でながら、楽しむ行為なわけですから...。
対訳作業の参考にと、ミュージシャンとのインタビュー時、"この曲の内容は?""この曲をとおして伝えたかったことは?"などと訊ねることが時々あります。しかし多くの場合、"解釈の仕方は、聴き手それぞれに委ねたい"という答えが返ってきます。"それぞれの描く世界を壊したくはない。ひとつの物語を強要したくはない。自分の手を離れた瞬間、それはもう自分だけのものではない。歌とは、聴き手の中で成長していくもの。みんなに自由に聴いて貰えれば、それで送り手の私たちは幸せ"...と。
これは芸術全般に、当てはまることだと思います。方程式や決まりごとは一切なく、自由であるからこそ魅力的なのであり、それこそはアートの真骨頂なのです。
この歌は、ベトナム戦争当時に発表されたこともあり、反戦の歌であるとか、いや麻薬について歌ったものであるなどと、色々なことが言われてきました。しかしわたしは、以前メンバーがインタビューでも語っていたとおり、ストレートに、"大人へと成長していく男の子と竜の物語"と捉えています。
ピーター・ポール&マリーの歌声を聴いていると、パフとジャッキー・ペイパーが戯れる姿、それから帆船に海賊船、王さまや王女さまが、見えてきませんか? みなさんの中では、ふたりはどんな表情をし、どんな会話をしていますか?
もしもその才能があったなら、柔らかな彩り溢れるクレヨンを用いて、真っ新な紙の上、パフとジャッキーを自由にあそばせてみたい。もしも作曲家だったなら、こういう歌を一度は綴ってみたい。そんなことを思わずにはいられない、美しい童話のようなナンバーです。
考えてみればわたし達はみんな、かつてはジャッキー・ペイパーでした。そうしてどんな人にも、陽気な竜と戯れていた時代があったと思います。ところが、いつの頃からでしょう。いつの間にか、その竜は姿を消してしまいました。
しかし実際には、彼は去って行ったわけではないのです。わたし達の方が、日々の生活に追われる中、彼を見失ったに過ぎません。大人になり、大切な竜が見えなくなってしまった、見ようとはしなくなった。そういうことなのではないでしょうか。哀しいかな。
パフはいまでも、我々の中で静かに生きています。こころの奥深く、そっと覗き込み、耳を澄ませば、ほら、彼の寝息が聞こえてくるでしょう? そう、懐かしいパフ、大切なパフは、それぞれのこころの中、どこかに、いまでもひっそりと棲んでいるのですよ。きっと。だって、竜の命は永遠なのですから...。
さてこのコーナーも、次回でまる一年となります。早いものです。最終曲は、わたしの大好きな、"あの"名作中の名作をご紹介したいと思います。どうぞお楽しみに!
≪解説≫
今年は夏季オリンピック年。記念すべき第30回の大会、その開催地は英国ロンドン。約150カ国が、7月27日から8月12日にかけて、26競技でメダル争いをします。
と言うことで、今回はイギリスの曲をと思い、色々と考えたのですが、独断と偏見で、このナンバーを選んでみました。哀しい曲ではありますが、しかしと同時に、"誇り高き英国"のイメージに相応しい名作です。
元々はエルトン・ジョンが、幼い頃から憧れ、直接めぐり会うことのなかった、人気女優マリリン・モンローへ宛てたラヴレター。華やかな世界に身を置きながらも、たび重なる不幸に見舞われ、淋しさや孤独感を訴えながら、結局は謎の死を遂げた、ノ―マ・ジーン(マリリンの本名)に対する、温かな想いに溢れています。オリジナル版はアルバム『GOODBYE YELLOW BRICK ROAD』(74年リリース)に収録されたものの、当初はさほど話題にはなりませんでした。
しかし不慮の死を遂げた親友、ウェールズ大公妃ダイアナを追悼し、1997年に書き上げられたこちらのヴァージョンは、世界中で話題になり、"もっとも売れたシングル"として、のちにギネス・ブックにも記録されています。
当時は、"昔の曲を使い回すのではなく、ダイアナ妃の為に、新たに書いて欲しかった"という思いもありましたし、"まるで異なる女性なのに、同じ曲を使うとは!"と、世間では非難の声も上がりました。しかし考えてみれば、このふたりの女性には、共通する面も多々あったような気もします。
エルトンが葬儀で歌った瞬間、彼の彼女への深い愛が伝わってきて、鳥肌が立ったのを覚えています。
あの日、チャールズ皇太子とふたりの王子ウィリアムとヘンリー等が、うな垂れながら柩の後を歩く姿は、今でも脳裏に焼きついており、思い出すたび、この曲が同時に聴こえてきます。1997年。あれからもう、15年になるのですね。
この曲の持つ気品、そうしてダイアナ妃の優美な面影を意識しながら、日本語に置き換えてみました。例えばEnglish Roseは、"イギリスのバラ"ではなく、迷わず"英国の薔薇"。英詩にたびたび登場するsoulは、その時々により、"魂""心""熱情""人"などなど、訳し辛い単語です。
マリリン・モンローへ寄せたオリジナルの歌詞からは、また違った雰囲気の日本語が聴こえてきます。双方を合わせて聴き&読んでみるのも、とても面白いと思います。
2012/04/16
≪解説≫
"アルバムをバラバラにされると、作る気力も失せてくるよ!"と、先日行なったインタビューで、某著名アーティストが嘆いていました。
確かに音楽の扱われ方は、ここ数年の間に激変しています。街中やテレビで耳にし、ちょっと気になった一曲を、パソコンや携帯から購入する。そして気に入らなくなったら、さっさとゴミ箱へ。そういうことが当たり前のように、行なわれるようになりました。
音楽の聴き方は、色々あって良いと思います。現在のように、音楽を気軽に聴けるのは、とても素晴らしいことです。しかしアルバムによっては、それ一枚が、ひとつの物語になっている場合もあります。それは表ジャケットから始まり、裏ジャケットで完結し、アーティストの思いやメッセージが、一貫して込められています。
それぞれの曲は、その物語の中のいち場面であり、一章なのです。つまりそのどこか一部分、一章一曲のみを切り取っただけでは、伝わり切らないものが、作品の中には詰まっているのです。
それで真っ先に思い浮かぶのが、今回ご紹介するこの曲であり、収録アルバム『DESPERADO』(73年発表)です。"ホテル・カリフォルニア"などの名曲で知られるTHE EAGLESの2作目に当たり、同ナンバーは、日本のTVドラマ『華麗なる一族』(2007年)や、時代劇映画『十三人の刺客』(2010年)の挿入歌として起用されています。
『DESPERADO』は、1800年代のアメリカ西部開拓時代と、悪名高き銀行強盗団ダルトン・ギャング(別名ダルトン・ブラザーズ)の、実話に基づいたコンセプト・アルバムです。
物語は、主人公ダルトン兄弟を紹介した"Doolin‐Dalton"から幕が開け、血気盛んな若者達の姿("Twenty‐One")、絶頂期を迎える彼等("Out Of Control")、カクテルを浴びた翌朝の朝焼け("Tequila Sunrise")、衰退していく彼等の愚かな姿("Certain Kind of Fool")、アウトローのうら淋しさ("Outlaw Man")、愛する女性をも失う様子("Saturday Night")と、一曲一章ごとに進んでいきます。
因みに"Bitter Creek"は、同ギャング団の一員の愛称。また表ジャケットでは、ならず者の格好をしたメンバー達の颯爽とした姿が、そして裏ジャケットでは、囚われ横たわる彼等が写っています。
こうしてアルバムを読み解いていくと、この曲"Desperado"から見えてくる景色もまた、きっと違ってくると思います。ですから、単独でも十分にその魅力は伝わりますが、でも出来れば、アルバム全体を通して聴いて欲しいのです。
Desperadoは、スペイン語を語源とする英単語で、"ならず者""無法者""命知らずの暴漢"(desperate=命知らず)のこと。しかしこの人物に対するTHE EAGLESの想い、愛が、ひしひしと伝わってくるので、個人的には"ならず者"よりも、"アウトロー"といった方が、日本語の響きとしても、心にストーンときます。
人里離れた農場に居つく、人づきあいの苦手な一匹狼。つまり、"手のつけようのない暴れん坊"よりも、"社会から外れた者"。
辞書に必要以上に頼ることなく、イマジネーションを膨らませながら、物語の中を浮遊してゆけば、各々の心の中に、それぞれの絵、それぞれのアウトローが、きっと現われると思います。
皆さんには、どのような"景色"が見えますか?
≪解説≫
ディズニー・ソングには、とても素敵な名曲が数多く存在します。その中でも特に、世界中で愛されているのは、この曲なのではないでしょうか。ディズニーランドにあるアトラクション、"イッツ・ア・スモール・ワールド"のテーマソングです。
小舟に乗り込み、ゆるり流れる川に沿いながら、世界各国を周る旅に出ます。するとそこには、安らぎに満ちた楽しい世界が...。肌の色も目の色も髪の色も、国籍も人種も言葉も異なる子供達が、それぞれの民族衣装に身を包み、手を繋ぎ歌い踊っています。その中で流れるのが、この曲です。"なんだかんだ言っても、ここはみんなで仲良く暮らせる、小さな小さな世界"...と。
ネイティヴ・インディアンやイヌイットや、世界各国からの移民から成る国で、幼年期を過ごしてきた子供にとり、これはその当時の生活環境そのもの。ごく自然でごく当たり前な世界。そういう意味でも、親しみを感じながら、みんなで歌っていたものです。
ところが哀しいかな、この当たり前な(...と信じて疑わなかった)世界が、実はけっして当たり前ではないことに、歳月の流れの中、徐々に気づいていくわけです。つまりこれは、大人になってから聴くと、また違った受け止め方のできる、深い深い歌なのです。
曲を手掛けたのは、当時ディズニー専属だった、ロバート&リチャードのシャーマン・ブラザーズ(兄ロバートは今年3月3日に、86歳でこの世を去っています)。他に『メリー・ポピンズ』『ジャングル・ブック』『チキ・チキ・バン・バン』『シンデレラ』『くまのプーさん』『名犬ラッシー』などのテーマソングを作曲し、アカデミー賞やグラミー賞などのアワードを、多数受賞しています。
実はこのアトラクション、当初は"Children of The World"と名づけられ、世界各国の国歌を流すことになっていたのだとか。ところが、その案にどうも納得のいかなかったウォルト・ディズニー氏が、シャーマン・ブラザーズを呼び出します。
そうして兄弟は、当時のキューバ危機の緊張感に影響されながら、世界平和の願いを込め、この名作を書き上げます。完成作品をいたく気に入ったディズニー氏は、その後アトラクションの名自体も、この曲のタイトル"It's A Small World"に変えたのだそうです。
ところで...
世界いち長い英単語を、皆さんご存知でしょうか?
答えは、"Supercalifragilisticexpialidocious(スーパーキャーラーフラジリスティックエクスピーアレドーシャス)"。これもまた、このシャーマン・ブラザーズが生み出した遊び言葉で、『メリー・ポピンズ』の中で、"嫌なことを忘れる為のおまじない"として歌われています。
その意味は、"super―最高/cali―美しい/fragilistic―繊細/expiali―調和する/docious―教育的"。つまり、"さいこう""びっくり""きれい""すてき"といった気分の時に使います。もっと分かり易く言えば、どう反応すれば良いか分からない時に、よく口にするノンセンス言葉なのです~(^^♪
≪解説≫
カナダから帰国した頃、小学4年生だったわたしは、日本語がまったく解らず、カナダがたまらなく恋しくて、向こうに戻ることばかり考えていました。
そんなわたしを慰めてくれたのが、帰国直後から一緒に暮らし始めた、コッカー・スパニエル犬のブランディーと、チャーリー・ブラウン家のスヌーピーと、それから、カナダ時代から好きだった、英語の歌たちでした。
中でも特に夢中で聴いていたのが、向こうの友だちの間でも大人気だった、デビューまもないカーペンターズでした。自分のこづかいで買った、記念すべき初LPも、そう言えば、この彼等の作品でした。その後もアルバムがリリースされるたび、こづかい握り締め、ワクワクしながら、駅前のレコード店へと駆け込んだものです。そうして、『CLOSE TO YOU』『CARPENTERS』『A SONG FOR YOU』『NOW & THEN』『HORIZON』と、コレクションは少しずつ増えていきました。
We've Only Just Begun、Rainy Days and Mondays、Super Star、Sing、Yesterday Once More、Top of The World、Jambalaya、Please Mr. Postman、Only Yesterday......。その優しい旋律に身を委ね、抒情的な詩の世界を旅する中で、やがて中学生になり、いつの間にかこころも安定し、彼等の音楽からは遠ざかっていきました。
カレン&リチャードのカーペンター兄妹は、その後も精力的に名作を発表し続けますが、1983年のカレンの突然の死により、その活動に終止符が打たれます。
さて、1970年に発表されたこのナンバー(邦題:"遥かなる影")は、バート・バカラック(映画『明日に向かって撃て!』『ミスター・アーサー』テーマ曲など)によって書かれた曲です。翌年のグラミー賞を受賞し、全米チャート初NO.1に輝いています。
その詩はまるで、柔らかな光射す水彩画か、色彩豊かな絵本のいち場面のようです。
デビューから40年以上経った現在でも、変わらず人々を魅了してやまない彼等。中でも"I Need To Be In Love(青春の輝き)"は、数年前にテレビ・ドラマに起用されたことで、再び大ヒットを記録し、カレンの死後に生まれた世代の間にも、カーペンターズの魅力が、一気に浸透していきました。
今でも、外出先のBGMなどから流れる、彼等の歌を耳にするたび、カナダから帰国まもない頃、異国でしかなかった母国での、心細かった遠い日々のことが、鮮明に蘇ってきます。音楽の持つ力は、本当に凄いものだと、改めて感じます。
奇しくも3月2日は、カレン62回目の誕生日。健在であれば、今でも第一線で活躍し、その魅力溢れる低音ヴォイスで、我々に幸せを、ふりまいてくれていたことでしょう...。
永田由美子さん
幼少より小学校3年時までをカナダ、中学3年より3年間をペルーにて過ごす。大学在籍時より通訳翻訳の仕事を開始。卒業後は音楽雑誌社にてインタビュー及び編集を担当。8年後、フリーランスに。現在は音楽業界を中心に、インタビュー、通訳、歌詞対訳、字幕翻訳等を手がけている。