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モスクワ生活終了間近

さるるん@ロシア

通訳・翻訳者リレーブログ

先月はサイトリニューアルのためブログをお休みしたので、久々の投稿です。そして、モスクワから投稿するのはこれで最後になります。今月末に本帰国することになりました。7年3カ月のモスクワ生活もついに終わろうとしています。

もともとモスクワに引っ越してきたのは、日本とロシアの両方が祖国である娘にロシア語とロシアの文化を自分のものにしてもらうためだったのですが、目的は達成できたと思っています。

モスクワに来たばかりの頃、一番困ったのは、英語が通じないことでした。冷戦時代の外国語教育と言えば、ドイツ語やフランス語が主で、英語を学ぶ人が少数派だったせいでしょうか。今は小学校から英語を教える学校が多数派なので、英語の話せる人が増えてきているという印象があります。当時は、英語が通じないだけではなく、ちゃんとロシア語で話さない客は相手にしないとでもいうような態度にめげたものです。

ロシアで暮らしていて一番いやだったのは、お役所に行くとき。手続きに必要な書類がウェブサイト等で公表されておらず、その情報を得るのもひと苦労。申請には膨大な書類を要求され、書類を整え長蛇の列に並んでようやく順番が来たと思えば、書類に難癖をつけられ・・・一度で受理されたためしがありません。ちなみに、最近更新したダンナ(ロシア人)のパスポートは、なんと性別が「女性」で発行されていました。受領時に気付かず、後日再発行を依頼に行ったところ、「ちゃんとチェックしなかった、そっちが悪い」と言われ、現在ペンディング状態。ダンナの日本査証の申請ができず、帰国日が延び延びになっています。

いろいろ大変なこともありましたが、それでもモスクワを離れるのはさびしい。離れがたい理由は、モスクワを拠点とする素敵なピアニストたちの演奏をこれまでのように気軽に聞きに行けなくなってしまうから。彼らのおかげで幸せな時間を過ごしてきました。ニコライ・ルガンスキーをはじめ、好きなピアニストはたくさんいますが、日本ではあまり知られていない、私にとって特別なピアニストを4人ご紹介します。

*フョードル・アミーロフ(Feodor Amirov)

2007年チャイコフスキー国際コンクール6位のピアニスト。最近は、クラシックではなく、ゲンダイ音楽、ロック、電子音楽等々、私がついていけない方向に進んでいます。それでも、彼との出会いがコンサート通いのきっかけになったので、私のモスクワ生活を豊かにしてくれたアミーロフには感謝しています。

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*ミロスラフ・クルティシェフ(Miroslav Kultyshev)

2007年チャイコフスキー国際コンクール第2位(最高位)のピアニスト。拠点はサンクトペテルブルグなのでモスクワ公演はあまり多くありませんが、いつも、音楽と深いところで向き合っていることが伝わる素晴らしい演奏を聞かせてくれます。

2013.6 kultyshev1.jpg昨年、一時帰国中にクルティシェフと神尾真由子のデュオリサイタルを両親と一緒に聞きに行きました。父は、その演奏に刺激を受けて、「月白風清」という作品を書き上げました。モスクワ音楽院の名教師ゴルノスタエワは、「音楽は2度生まれる」と言います。「第1の誕生」は作曲家が作品を生み出したとき。でも、それだけでは音楽は沈黙したまま。演奏者がそれを解釈し演奏して初めて音楽として成り立ちます。これが「第2の誕生」。その演奏からインスピレーションを得て、他の芸術作品が生まれる。これは言わば「第3の誕生」。先月、クルティシェフがモスクワでリサイタルを開いたときに、そのエピソードを伝えたら、とても喜んでくれました。忘れがたい思い出です。

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あとの2人は、2011年チャイコフスキー国際コンクールで出会った若手ピアニスト。

*パーヴェル・カレスニコフ(Pavel Kolesnikov)

彼のピアノは、とても温かくて、品があります。大好きです。昨年優勝したホーネンス国際コンクールのインタビューで「Complete Artistとはどんな音楽家か」と質問され、いくつか挙げた最後に「医者のようなもので、薬を出すのですが、その薬はとても甘いんです」と照れたように微笑んだカレスニコフ。そういう意識を持って演奏していたのかと思いました。彼が処方する甘い薬にどれ程助けられたことか。実は昨日も聞いてきたところです。

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*フィリップ・カパチェフスキー(Philipp Kopachevsky)

私が最も多く演奏を聞いてきたピアニストです。この2年で16回、モスクワを離れる前にあと2、3回聞きに行く予定です。足繁くコンサートに通っていて思ったのは、演奏にはピアニストの人柄があらわれるということ。彼の演奏からは誠実な人柄が伝わってきます。

先月聞いたショパンの協奏曲1番、2番の演奏は、心のこもった贈り物のようでした。どちらも、繊細な第2楽章が特に素晴らしく、一音たりとも疎かにせず、極上の美しい弱音を聞かせてくれました。別世界に誘われました。様々な感情が入り混じった人間の心、言葉では言い表せない心の機微を、音楽ならば余すところなく表現できるのですね。自分が感じ取った音楽を聴衆と分かち合おうとする演奏、心に語りかけてくる演奏でした。愛さずにはいられない。モスクワで演奏を聞き続けたい。

2013.6 Kopachevsky2.jpg                     Copyright: Irina Shymchak

アミーロフの来日公演はまずないと思いますが、他の3人の公演が実現したら、クラシック好きの方に是非生で聞いていただきたいと思います。

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記事を書いた人

さるるん@ロシア

米系銀行勤務後、米国留学中にロシア人の夫と結婚。一児の母。我が子には日露バイリンガルになってほしいというのが夫婦の願い。そのために日本とロシアを数年おきに行き来することに。現在、ロシア在住、金融・ビジネス分野を中心としたフリーランス翻訳者(英語)。

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