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通訳・翻訳者リレーブログ

人が人として動き出した

[2015.09.13]投稿者:アース
石川県の中でも最も田舎と言える能登町(輪島市のお隣)というところから、県庁所在地である金沢市に引っ越してから、はや5ヵ月が過ぎました。一応、人口200万人を超える某都市で生まれ育ち、しばらくは東京で暮らしたこともあるわたしですが、今回は久方ぶりの都会生活ということで、若干の不安も感じていました。年に数回は東京で何日か過ごしていたものの、旅行者と居住者ではまったく違います。それは、東京から能登に引っ越した際に、嫌というほど感じたことでした。

最初に東京に引っ越したときは、地下鉄のある程度の都会から東京への移住ということで、「おお、東京だなあ」「人が多いなあ」「空気悪いなあ」「電車が複雑だなあ」と感じる程度。柔軟な20代という要素も大きかったのでしょう。

しかし、東京から能登に移ったときのショックたるや、まさに筆舌に尽くしがたいものがありました。どっちがいいとか悪いとかではなく、「これが同じ日本なの?」という、アゴが外れそうな驚き。まさに文化衝撃。「おお、田舎だなあ」「人が少ないどころか、いないなあ」「空気いいなあ」「電車がないなあ」では済みませんでした。

でも、何年か暮らすうちに、様々な理由から「こちらが本来の日本なのだろう」と思うようになりました。・・・とまあ、まじめな話はまたいつかするとして、きょうは都会へのUターンのお話を少し。

住んで5ヵ月ともなればすっかり慣れてしまいますので、いまや最初の感動もなくなってしまいましたが、鮮明に覚えていることがひとつふたつ。

まだゴミステーションの場所もちょっと不安に感じていたころの話です。自治体によって分別方法もいろいろだなぁ〜覚えるのめんどくさいなぁ〜種類によって捨てに行く場所が違うのかぁ〜とぶつぶつ言いながらゴミステーションに向かっていたとき、ふと気がつくと、わたしの前後左右を、それはそれは大勢の中学生が歩いているではありませんか。

ななななんだ、きょうは何かのイベントでもあるのか??と思った次の瞬間、はっと気がつきました。これはただの通学風景なのだと。

能登町では、半径約10km圏内の地域に住む中学生が1つの中学校に通っていますから、3人以上の中学生が一度に見られるのは、学校のごく近い範囲だけ。そもそも歩きで通う中学生なんかほぼいない。自転車の子が少しと、あと大多数は、町の仕立てた通学用バスを利用するか、親に送ってもらっています。小学生も同じ。そして大学生という生き物はいません。能登町はおろか、いまや能登半島に大学は一つもないからです。

そんな風景のなかで長年暮らした後に、イベントでもないのに何十人もの中学生を一度に見たのですから、それはもう珍しくて。女子生徒の真っ白な靴下とスニーカーが、それはそれは目にまぶしくて。怪しいストーカーさながら、まじまじと観察してしまいました。

その後もしばらく、ただ学校の回りをランニングする中学生が珍しかったり、近くの保育園から聞こえる歌声の大きさにびっくりしたり(何十人もいるので)。窓の外をいろんな人が行き来するのが見えるのが珍しかったり、一時は完全にお上りさん状態でした。

あの感覚が強烈なうちに詳しく書き残しておけば良かったと、いま強く後悔しているのですが、これまでの周囲の状況と異なり、大勢の多様な人々が「普通の生活」をしているのを目にして、逆に「非日常感」「非現実感」を感じた、とでも言ったらいいでしょうか。

能登で暮らしていたあいだ、東京に行っても、「当機は羽田空港に着陸いたしました」とのアナウンスを聞き、「ウム、東京だ」と気持ちを切り替えて飛行機を降りれば、なんなく都会の雰囲気になじむことができました。

ですから、久方ぶりの都会生活も、基本的に問題ないだろう、と思っていたのです。いや、問題はなかったのですが、予想していたよりもずっと鮮烈な印象を受けたことが、自分でも驚きでした。旅行者と居住者では、視点がまるで異なるからでしょう。

東京にいる時、旅行者のわたしにとって、多くの人は人でありながら人でなく、ただ自分の周りを流れる水のようなもの。でもいまの自宅の周りでは、すべての人がきちんと人に見えてきます。そして当然ながら、それぞれがそれぞれの生活を持っています。

近所のおばさんはせっせと野菜を作り、男子中学生はアホな替え歌を歌いながら道一杯に広がって下校し、近くの中華料理店は量が多くておいしいけど、店員のおねえさんはひたすら愛想が悪く、そして古紙回収車のおじさんの声は相変わらずやかましい。

ほんのしばらくの間でしたが、こうしたことがいちいち新鮮で、感動的ですらありました。

もうひとつおもしろかったのは、これもほんの少しの間でしたが、そこはかとない孤独感や、取り残され感を感じる瞬間があったこと。わたし自身はもともと、一人で長時間過ごしてもまったく問題のないタイプです(だから翻訳業などやっていられます)。能登でも特に濃いご近所付き合いをしていたわけではないので、いわゆる都会の冷たさに悲しい思いをした...というわけではありませんし、そもそも地縁血縁のなかった能登から、地縁血縁のない金沢に引っ越したわけですから、条件は同じはずなのですが...。

あえていえば、自分が都会を離れていたあいだ、こんなにたくさんの人々が(当然ですが)自分とは関係のないところで、どんどん前に進んでいた、しかし自分はそれにまったく関わっていなかった......それが取り残された感じにつながった、ということでしょうか。これはいまだによくわかりません。

人付き合いと言えば、近所同士の距離の取り方は特に新鮮に感じました。いまの家はわりと郊外にあるので、近所付き合いもそこそこあるようなのですが、会話をしていると、「この線から先、あなたの世界には踏み込みませんよ」と言っている線が目に見えるようで、興味深かったです。これがいいか悪いかは別として、人によってはそれが淋しくも感じられるのでしょう。ともあれ、田舎にいたあいだ、ずっと「ご近所フィールドワーク」をテーマとしてきたわたしには、大変興味深い体験でした。

※ご近所フィールドワーク:病院の待合室や、スーパーのレジの列などでしゃべりまくるじーちゃんばーちゃんの話の内容を(難解な方言に苦しみながらも)聞き取り、人類学的・民俗学的・社会学的に分析すること。

しかしあっという間に、こうした感慨や感動は消えてしまいました。ザンネン。

また1年、2年暮らしていけば、別の感覚が出てくるかもしれません。今度こそ、リアルタイムで詳しく書き残しておこうと思います。

earth89.JPGじわじわ人気上昇中(らしい)石川県公式キャラクター「ひゃくまんさん」。あまりのキモさに当初、県議会で批判続出だったらしいのですが、奈良県の「せんとくん」の例もあり、からくも生き残りました。もともとは北陸新幹線開業のPRマスコットだったのに、着ぐるみは幅が広すぎて改札が通れないわ、新幹線にも乗れないわで、話題に事欠かないひゃくまんさんです。下の写真はひゃくまんさんの後ろ姿。県名を堂々と背負ってしまう節操のなさ、もとい、勇気には脱帽。

earth90.JPG



ニュージーランドの国旗が変わる・・・

[2015.08.24]投稿者:みなみ
・・・かも知れません。

現在のNZの国旗は、イギリス統治時代に決められたユニオンジャックと南十字星を取り入れたデザイン。

20150824-1.png
この画像は、インターネットの無料サイトからダウンロードしましたが、実際に使われている旗の青色は、これよりもっと紺色に近いように思います。

この国旗をイギリス色を払拭した、独立国家としての新しい国旗にしようという国家プロジェクトが始まっています。

20150824-2.png
こちらのオーストラリアとそっくりで、見分けが付きにくい、というのが一番の変更ポイントのようです。

8月には、公募された1万件以上のデザインから絞られた40点が発表されました。ずばぬけて斬新なデザインではなく、どれも似たような感じ。NZを象徴するアイテムである、シルバーファーン(シダ)、コル(シダの新芽)、南十字星のいずれかが使われ、色はマオリの伝統色である赤、黒、白が多くなっています。どうせなら、NZにしかいない鳥、キウイを使えばいいのに、とデザインにうとい私は思いますが、国旗として満たさなければならない要件がいろいろあるようです。

20150824-3.jpgこの中から、今年11月の1回目の国民投票で1点が選ばれ、来年3月の2回目の国民投票で、新デザインと旧デザインのどちらにするかが決定されます。

この国民投票は、NZ国民(New Zealand citizen)または永住者(permanent resident)で、18歳以上で、NZ在住1年以上であれば投票権があります。つまり日本人である私と夫も、永住権があるので投票できます。さらに、12月に18歳になる娘も、来年の2回目の国民投票では投票できるようになります。国旗の変更(するかもしれない)という記念すべき行事に、家族で参加できることになり、ちょっとわくわくしています。

NZ政府によるwww.flag.govt.nzサイトに、NZの国旗の歴史を紹介する動画がありました。はっきりと分かりやすく、ゆっくりした発音なので、典型的なNZ英語のリスニング練習にはいいかもしれません。

母校の同時通訳クラスにお邪魔して思うこと

[2015.08.17]投稿者:ぺこたん

このブログでもたびたび登場する、母校の同時通訳クラス【→→2008/07/30、2013/08/19、2015/02/16 etc.アップ分】。昔は鬼教官、今は優しき大恩師の、現役ベテラン同時通訳者が担当する授業。
そこへいまでも時々お邪魔し、初心に帰ったり刺激を受けたり。学びの時間。充実したひと時を過ごしています。

そのクラス。ここ数年、目に見えて変化していることがあります。それは、受講生に英語圏からの留学生が増えていること。それに見事半反比例するように、日本人受講生が減ってきています。他大学で教鞭をとる友人複数に、この話をしたところ、他でも同様の現象が起こっているとのこと。
それは日本人が、外国や外国語に興味を失い始めているからか、冒険心や挑戦する心を失ってしまったからなのか。無駄な苦労などせずに、楽に単位が取れる授業の方が良い、と言うことなのか。その辺の理由は、定かではありませんが。

それはともかく。
英語圏からの学生が増えている分、クラスに活気が増している気がします。誤解を恐れずに言えば、それは彼らの授業に望む姿勢が、非常に前向きで積極的だから。

このクラスでは、1か月に1-2度ほど、多分野のプロフェッショナルをゲストスピーカーとしてお招きしています。その最後に必ず、質疑応答の時間を設けているのですが、この時の白熱ぶりが、このところ半端ではない。

話は前後しますが、留学生たちに関してまず驚くのが、彼らの日本語能力の高さ。聞くところによると、みんな日本語を学び始めたのは、だいたい大学に入ってから。つまりまだ2-3年しか経っていない。
そうして、"日本のアニメが大好き、日本の文化に興味を持った。だから日本語の勉強を始めた"と言う人が多い。「好きなことから入る」というのは、新しい言葉世界への理想的な入り方。その言葉の習得向上には不可欠。それに加え、留学生のみなさん、おそらく語才にも恵まれているのでしょう。
とにかくその上手さには、毎度舌を巻いてしまいます。

それから先にも触れた、その前向きな姿勢、積極性。これがなければ、幾ら語学を習得したところで、何も始まりません。

日本では、自己主張しちゃいけないし、目立っちゃいけないし、空気を読まなくちゃいけない。あれはやっちゃいけないし、これもやっちゃいけない。だから色々と気を遣って、本当に大変。このような閉鎖的で窮屈な社会では、外国語を習得しようと頑張っても、やはり限界があります。

先述の質疑応答の時間でも、"こんな質問をしたら、みんなの前で恥をかいてしまうかも"などと思っている様子。だからだと思うのですが、その時間には手を上げずに、授業終了後にスピーカーの元へ直接行き、そして直接質問をする学生の列が出来ることも良くあります。

余談ですが。
北米の小学校低学年には、Show and Tell(見せて説明する)という時間があります。文字通り、自分の大切なもの・宝物を家から持ってきて、それがどんなものであり、なぜ好きなのかを伝える授業。自分の思いをまとめ、それをみんなの前で分かり易く説明する力、そうしてそんな他者の思いに耳を傾け、疑問があったらそれを本人にぶつける力を、その中で自然と身につけていきます。
わたしは、当時飼っていたモルモットを学校に連れて行き、その子がどんなに可愛い子なのかを、クラスのみんなに力説したことがあります。あのモルモットも可愛かったが、あの頃のあたしも可愛かったなあ~。

あっ、脱線話。うふふ。

まあでも、日本でこんなことをやったら、"自己主張が激しい"やら、"自慢話だ"などと言われるか、"持ってくるものがない子はどうする?"などと大騒ぎになりそう。あるいは、親までもがしゃしゃり出て、高価なものをと鼻息荒く、家中物色し始まっちゃうか。あっはっは。

とにかく日本人は、周りと比べっこ。と同時に、自分の考えや思いをはっきり伝えることを良しとしない。団体行動をとり、空気を読み周囲との同調を強いる島国では、何かを声高に訴える人、他とは異なる主張をする人は、疎まれる傾向にあります。

"この国はこうだ""あの国民はああだ"と、ひと括りに断言するのは嫌ですし、もちろん、和を重んじるのはとても素敵なこと。

なのですが...

さまざまな視点から物事を見て考えて、その思いを外に発信すること。それもとても大切。そうやって互いの考え方を確認し合い、その違いを認め合い、さまざまな視点を受け入れること。他者を不愉快な思いにせずに、それを行なうことは可能です。

それで、いま思い出しましたが...

"自己主張の強い人を増殖してしまったら、日本としてどうなのよ?"などと、英語の幼児教育に反対する語学専門家が、いつかどこかで訴えていましたっけ。正確な言葉は覚えていませんが。
ああ、やれやれです。

指導者がそんなことを言っている国ですから、外国語教育はまるで進歩しないのだと思います。

ソレハサテオキ。

●外国語を学ぶのは、早ければ早い方が良い。
●幼い頃から母国語と外国語を一緒に学ぶと、混乱してしまう? そんなことを未だに信じている先進国、他にあったら教えてほしいくらい。
●だいたい、混乱するほどの量の外国語を、この国のこの教育機関で浴びることなど、まずあり得ない。
●"必要な者が必要になった時に学べばよい"。そんなことを言う教育者は、自分たちのやるべきことを放棄している。そうとしか思えない。
●大人になってから習得した人。それは元々語学の才能を持って生まれた人、あるいは大人になってからそういう環境に恵まれた、ひと握りの幸運な人。
●その他大勢は、大人になってから長い時間を割き、大金を使い、大変苦労しているのが実情。
●"外国語は英語だけではない"。はい、確かに。でも世界共通語=英語。まずは英語です。少なくとも、現在は。だから...Face it!
●外国語教育に最も必要なのは、それを教える側のプロフェッショナル。その育成。それに尽きます。

●外国語の習得は、その言葉の習得だけにあらず。その言葉の背景にある世界・文化・人々などに触れること。世界が広がること。
●この狭い島国(...に住む人々)のことしか知らない、興味ないのは悲しいこと。とてもとても危険なこと。

......で、なんの話でしたっけ??

とにかく...

留学生&数少ない日本人学生が、授業中に意見を戦わせている姿、英語圏の学生が、日本語を器用に繰るその姿は、見ていて非常に頼もしい。理想のかたち。


その今期の留学生たち。先日帰国し、今頃は久しぶりにご家族や友人らと、母国の夏休みを楽しんでいることでしょう。

と言うわけで、このわたしも。本日からしばしカメラバッグ背負い、涼しい信州の森の中へ雲隠れ。マウンテンバイク漕ぎ、爽やかな風を浴び、山鳥たちの囀りに耳傾け、森の中の熊さんに出会う旅です。うしししし。
仕事関係の皆さま、どうか探さないでください〜(^。^)

皆さまも、良い夏休みを!

乱文にて。
月曜早朝。



国際宇宙ステーションはしょっちゅう見える

[2015.08.11]投稿者:アース
日本人宇宙飛行士の油井さんが7月23日から国際宇宙ステーション(International Space Station)に滞在しています。7月末には、「7月31日〜8月3日に油井宇宙飛行士が乗っている国際宇宙ステーションが見える!」等の報道がありました。他の日本人宇宙飛行士が滞在したときも、その手の報道がありましたが、このISS、日本人が乗っていなくても(当たり前ですが)見えるときは見えるんです。

ただ、
・みんなが見やすい夕方〜宵のうち
・ばっちり日本の上空を飛ぶ
さらに
・晴れている
という条件も必要ですので、実際、(楽に)観察できる場面は若干減ります。そして
・日本人が乗っている
という条件が加わって初めて、日本でのニュースバリューが出るということなのでしょうね。

わたしの場合は、オットのあきらくんが天文関係者で、観察可能な日程と時間を教えてくれるため、これまで10回以上は見ているかもしれません。

一度などは、すでに退役したスペースシャトルがISSにドッキングする寸前、ISSを追いかけて飛んでいる(というか浮かんでいる?)ところを見たこともあります。光の点が2つ並んで飛んでいて、意味もなくわくわくしました。

たいへんに難しいですが、ISSを望遠鏡で追いかけることができれば、「星ではない、カクカクした形のもの」であることが分かります。(スペースシャトルも、低いところを飛んでいるときは、双眼鏡で見ればなんとか形が分かりました。ぜんぜん関係ありませんが、イースター島に行ったとき、小さな島なのに滑走路だけはやけに立派で、なんで?と思ったら、スペースシャトルの緊急時の着陸場所に指定されていたそうです。幸い、使ったことはないようですが)

earth88.jpgオットのあきらくん撮影による全天写真です。白い線がISSの光跡。露出時間7分だそうですので、それだけかけて全天を横切ったということです(左下の白く明るいのは、残念ながら駐車場のあかりですが、ISS以外の空の点はすべて星です)。

つい先日も、とある花火大会に行ったとき、開始を待ちつつ一番星など探していましたら、つーっと空の真ん中を走る光が。

誰かが「UFO!!」とか言い出したら、自称・とんでも科学撲滅委員会の会員として「ちがいますあれは国際宇宙ステーションです!!!」と叫ぼうかと身構えましたが、だれも気がつかないままにお空の彼方に消えていき、わたしも逆の意味で怪しい人にならずにすみました。(宇宙人さんが地球に来ている確率はゼロに近いとわたしが考える理由については、2014年6月9日付のアースのブログ「宇宙人はいるけどいない話」をご覧ください)

ISSは飛行機と違い、巨大なソーラーパネルが太陽の光を反射しているのが見えるだけなので、点滅はしません。なので、金星のような非常に明るい星が動いているようにも見えます(あるいは未確認飛行物体にも?)。

いつも、音がする・・・ような気がしてしまうのですが、むろん、上空400kmのほぼ真空の空間を飛んでいるわけですから、音がするはずはありません。ただすーーーっと飛んでいきます。

そして、速いです。感覚的には飛行機と同じくらいのスピードですが、400km彼方の物体と、たかだか1万メートル(10km)先の物体が同じように見えることを考えても、ISSがどれほどのスピードで飛んでいるか、よく分かります。地球を1周するのに、約90分。1日でだいたい16周するそうです。

ISSが音もなく上空を通過していくのを見るたび、あんなものを作って飛ばしちゃうなんて、人間てすごいなあ、と思います。それを感じるだけでも、見る価値はある気がします。

やや違和感を覚えるのは、日本が関係しているときだけ宇宙開発が大々的に話題になること。つい最近では、欧州宇宙機関(ESA)が10年前に打ち上げた探査機「ロゼッタ」が、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星(Churyumov-Gerasimenko)に近づき、着陸機フィラエを投下して、彗星上に着陸させました。これって、日本が小惑星探査機「はやぶさ」で成し遂げたことと同じくらい、すんごいことだと思うのですが、日本ではうーん、いまいち話題になっていませんでした。先日、冥王星のフライバイ(接近・通過)を成功させた米国の無人探査機ニューホライズンズのことは、少しは話題になったでしょうか。

当然といえば当然なのですが、地球上での「国家」というくくりが、そのまま宇宙開発に反映されてしまうことに、いつも若干の違和感を覚えます。

少し極端な例ですけれども、米国では、月の「土地」を売る企業があるそうです。1967年の宇宙条約では、国家が月の土地を保有することを禁じているが、個人の保有は禁止されていないから、だそうです。

しかし、人類にとって宇宙進出は、何万年も前にアフリカを出発して以来最大の「節目」であり、正真正銘の新世界なのだから、新しい考え方を採り入れてはどうかなあ、と思います。原始共産制に戻れとかそういうことではなくて、地球の歴史すなわち領土の奪い合いの歴史をそのまま宇宙に持ち込まず、何か宇宙時代にふさわしい体制を作ってはどうか、ということです。

と、話が大風呂敷になってしまいました。

ともかく、飛行機と違うものが見えて、単純におもしろいですから、みなさんも機会があればご覧になってはいかがでしょうか。

上記の写真じゃよく分からん!という方は、こちらで早回しのタイムラプス動画をご覧ください(わたしが個人的にyoutubeにアップロードした映像です。やや暗いですが、右下から左上にすっと飛んでいきます。左上から右下に飛んでいるのは飛行機です)。

もう一つ、ISSが太陽の前を通過したときの動画はこちら。これは一瞬ですが、よ〜く見るとISSの形がわかります(声で36秒あたり)。


宇宙航空研究開発機構(JAXA)のページで、日本国内でISSが見やすい時間を公開しています(「きぼう」は日本の実験棟の名前です)。




インターネット騒動

[2015.07.27]投稿者:みなみ
我が家のインターネット回線がこのたび、ADSLからVDSLになりました。ちなみに光ファイバーは我が家のエリアにはやってきておらず(オークランド全体でまだ50%ほどしか網羅されていない)、その前段階です。

ADSLでも、翻訳の仕事自体には支障はないのです。むしろ、切り替え時のトラブルの可能性を考えると、そっとしておきたい、と思っていました。ではなにゆえ、切り替えたか。それは、5月のある月曜日午前9時のことでした。翻訳データを納品しようとすると、ルーターのADSLのシグナルがつかないのです!

動揺した私は、すぐに近所の友人の家に電話。ラップトップを抱えてお邪魔して、その日の日本への納品は無事に時間までに済ませることができました。これまでもネットが途切れることはあったのですが、大体夜で、「あー今日はラグビーの試合かなんかで回線が混んでいるのかなー、今日は切り上げて明日やろう」といった感じで過ごせていたのです(そして翌朝にはまた何事もなくつながっていた)。

ところが、今回は月曜の夜になってもつながりません。さらに、火曜日もつながらない。火曜日午後にプロバイダーのSparkに電話をしたら、「今はそちらの地域で何も問題は起きていない」とのこと。さらに、ルーターの機種名と使用年数を聞かれて、「5年以上は使っている」と言ったら、「あー、じゃあきっとルーターのせいですね。新しいルーター買ってきて、つなぎ直してみてください」とのこと。そのときはそれで納得したのですが、そんなに突然、壊れるものか? 

古いルーターを引っ張り出してつなぎ直してみたら、同じ現象。ADSLのシグナルが点滅した後、つながらない。うーん、これでは、いずれにしても、だれかに来てもらわないと、私にはどうしようもできない、 と思い、そのままの勢いで、ライバル会社のVodafoneに電話。ネットが通じなくて、どうせ仕事にならないこのタイミングで、プロバイダーを切り替えて、ついでに次世代のVDSLにすることにしました。

Vodafoneの申し込みを電話で済ませると(希望のプラン、住所や電話番号、免許証情報などを伝える)、すぐにメールで情報確認が来ました。「10営業日で手続き完了」と受付のお兄さんは言っていたけれど、それはどうかな、でも6月にはできるかな、と思っていました。

そして、Vodafoneへの申し込みを済ませた翌日、ひょっとして、と思ってルーターをつなげたら、なんと! 何事もなかったのように、回線が復活。なぜなのか、どうやってなのか、はいつものことながら不明。とりあえず、この後は順調につながり、仕事もいつもどおりすることができていました。

そして、一体いつになったら切り替わるのだろうか、と思っていたら、前のプロバイダーのSparkからVodafoneに、家の電話自体は6月に切り替わりました。Sparkからの最終請求書がその切り替わった日までで発行されていました。てっきり、ネットがADSLからVDSLに切り替わった日に電話も変わると思い込んでいましたが、さにあらず。

数日おきにメールで、「あと10日はかかりまーす」という連絡が来ていたので、忘れられているわけではないようでしたが、あまりに遅いので、6月中旬に問い合わせたら、「お宅の地域の空きがなくて、工事待ちの2番目で、9月になる見込み」という驚愕の返事。 ネットはつながっているので、まあ、いいか、と思っていたら、突然、7月1週目の火曜日にメールが来て、「金曜日午後に工事に行くから」とのこと。工事は立ち合いが必要で、このアポを逃したら料金請求するから、ですって。私は在宅で仕事をしているからいいけれど、それでも、トラブルを考えて、仕事は断ったし、通常の勤め人なら休みを取らねばならないわけで、しかも、本当にちゃんとこの日に完了すればいいけれど、ちゃんと来るかも分からない。10年以上のNZ生活である程度予測し、慣れたとはいえ、やはり予想を超えるNZの仕事ぶり。

そして、工事前に届いているはずのモデムが金曜日当日になっても届かずじまいで、テクニシャンはこの日は、端子の数などを確認しただけで帰ってしまいました。それでも、ちゃんと来る前に電話をしてきて、予定どおりに来てくれたので、「素晴らしい」と思ってしまった私。以前、ぴーひょろひょろの電話回線からADSLに切り替えた時には、テクニシャンが2回も約束の日をすっぽかして、大変ストレスのたまる思いをしたのです。

そして、翌日の土曜日朝8時、昨日のテクニシャンから電話があって、「今から来て、工事をしてしまいたい」とのこと。遅くなるよりいいので、お願いして、モデム取り付けの前段階までは終了!

そして、今度は「いつモデムが来るのか」という問い合わせをVodafoneにしたところ、「工事が遅くなるはずだったから、いったんモデムの手配を解除しちゃったんだ、またやり直しているところだよーん」という返事。これらのやりとりは、Vodafoneのサイト上にすべて記録されていて、後から見直すことができる、という素晴らしい仕組みになっていたのが重宝しました。

そして、モデムはその後、数日してやってきて、モデム到着後の翌週月曜朝に、例のテクニシャンから「今から切り替えるよ、モデムは自分で接続できるよね」という電話があり、「むりー、来てー」「えー、簡単だよー」「だめー、外出から4時に戻るから、4時以降に絶対来てー」というやりとりの後、不安に思いながらも私は外出。留守番の娘によると、その直後、ADSLは切れたそうです。

そして、夕方に帰宅して、「今日はだめかなー」と思いながら、ハンバーグのひき肉をこねていた夜7時ごろ、テクニシャンはやってきた!  さっさとつなげて、確認を終えて、「フィードバックにいい評価をよろしく!」と言って、去っていきました。なんでも、1カ月ぐらいしたら、 Vodafoneからテクニシャンを評価するフィードバックの依頼が来るそうです。ちゃんと当日に事前にきちんと連絡をしてくれたし、ちゃんと約束どおり来てくれたし、この国では非常に貴重な対応だったので、もちろん最高の評価を入れるつもりです。

その後、ネットの調子はなかなか順調です。ADSLの3倍は早い!という触れ込みでしたが、確かにさくさく動き、大型ファイルのアップロードもこれまでより速くなりました。この後、日本のテレビを見ることができるストリーミングサービスを契約して、快適な日本テレビ生活を送っております。マーケティング関係を翻訳することが多いので、コマーシャルを見ることができるようになったのが特にうれしいです。

ということで、5月~7月にかけてのインターネット回線の切り替えのドキュメンタリーでした。命にかかわることではないので、今回は気楽なものでしたが、小さなことから大きなことまで、日本では考えられないのんびりさ、適当さが、良くも悪くも、NZ生活の醍醐味であります。


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プロフィール

すーじー

すーじー
1998年春、研究留学する夫に同行して渡米。大の苦手だった英語をイチから学びなおすことに。現在はシカゴ在住のフリーランス英日翻訳者として、マーケティングから金融・経済まで幅広い分野のビジネス案件にたずさわる。最近、興味があるのは、DIYと健康になること。[2016年1月start!]

いぬ

いぬ
幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。[2008.4.1 start!]

アース

アース
田舎の翻訳者。外国留学・在留経験ナシ。都会生まれの都会育ちだが、現在はド田舎暮らしで、ネットのありがたさにすがって生きる日々。何でも楽しめる性格で、特に生き物と地球と宇宙が大好き。でも翻訳分野はなぜか金融・ビジネス(英語・西語)。宇宙旅行の資金を貯めるため、仕事の効率化(と単価アップ?!)を模索中。[2015年12月終了]

ぺこたん

ぺこたん
高校までをカナダと南米で過ごす。現在は、言葉を使いながら音楽や芸術家の魅力を世に広める作業に従事。好物:旅、瞑想、東野圭吾、Jデップ、メインクーン、チェリー・パイ+バニラ・アイス。[2007.6.1 start!]

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英日をメインとする翻訳者。2001年からニュージーランドで生活。家族は、夫(会社員)、娘(小学生)、ウサギ(ロップイヤー)。[2007.5.1 start!!]

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さるるん@ロシア
米系銀行勤務後、米国留学中にロシア人の夫と結婚。一児の母。我が子には日露バイリンガルになってほしいというのが夫婦の願い。そのために日本とロシアを数年おきに行き来することに。現在、ロシア在住、金融・ビジネス分野を中心としたフリーランス翻訳者(英語)。[2013年7月終了]

トナカイ

トナカイ
フィンランド・ヘルシンキ在住の多言語通訳・翻訳者。日本で金融機関に勤務の後、ヨーロッパへ。留学中に大学講師を務め、フィンランド移住後は芸術団体インターンなどを経て現在にいたる。2児の母。[2010年10月終了]

昼顔

昼顔
外資系金融、在ジュネーブ日本政府代表部での勤務を経て、外務省職員として採用。帰国後は民間企業にてインハウス通訳者としてキャリアを積み、現在は日英仏フリーランス通訳者として活躍中。昨年秋からはNYに拠点を移す。趣味は数年前から再び始めたバレエと映画鑑賞と美味しいモノの食べ歩き。[2010年3月終了]

フレッヒ

フレッヒ
高校時代をドイツで過ごし、日本の大学を卒業後、再び渡独。ドイツでの日本企業勤務を経て10年前よりフリーランスドイツ語通訳者として活躍。車関係全般・ジュエリー・スポーツ関係・整形外科分野を得意とする。普段はワイン・焼酎をこよなく愛し、庭で取れたハーブやジャガイモで主人や友人達とBBQしながら休日を過ごすのが大好き。そして大の八重山諸島フリーク。[2009年2月終了]

パンの笛

パンの笛
幼少時に英国に滞在。数年の会社勤めを経て、出産後の仕事復帰を機に翻訳を本格的に学習。現在はフリーランスの在宅翻訳者。お酒好きで人好き、おしゃべり好きの一児の母。[2008年4月終了]

かの

かの
幼少期を海外で過ごす。大学時代から通訳学校へ通い始め、海外留学を経て、フリーランス通訳デビュー。現在は放送通訳をメインに会議通訳・翻訳者として幅広い分野で活躍中。片付け大好きな2児の母。[2008年3月終了]

まめの木

まめの木
ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。[2007年11月終了]

the apple of my eye

the apple of my eye
日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中![2007年5月終了]

仙人

仙人
大学在学中に通訳者としての活動を開始。卒業後は、外資系消費財メーカーのマーケティング分野でキャリアアップ。その後、外資系企業のトップまでキャリアを極めた後、現在は、フリーランス翻訳者として活躍中。趣味は、「筋肉を大きくすることと読書」[2007年4月終了]

ガットパルド(gattopardo)

ガットパルド(gattopardo)
伊・仏・英語通翻訳、ナレーション、講師など、幅広い分野において活動中のパワフルウーマン。著書も多数。毎年バカンスはヨーロッパで![2006年8月終了]

Hubbub from the Hub

Hubbub from the Hub
幼い頃から英語に触れ、大学在学中よりフリーランス会議通訳者として活躍、現在は米国大学院に籍を置き、研究生活と通訳の二束のわらじをはいている。[2006年8月終了]

雛


大学在学中に通訳デビュー。外資系企業勤務を経て、フリーランス通訳者に。会議はもちろん、音楽、舞台、映画などの分野でもひっぱりだこ。クライアントからの指名率も高い。[2005.11月末終了]

とと

とと
大学卒業後、数年のサラリーマン生活を経て、フリーランス翻訳者に。技術系から出版物と、幅広い分野で高い評価を得ている。趣味は音楽。ただいま子育て奮闘中。[2005.11月末終了]

背番号8

背番号8
イギリスに長期留学後、インハウス通訳者として数社に勤務。現在は、フリーランス通翻訳者として活躍中。若手通訳有望株の一人![2005.11月末終了]