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通訳・翻訳者リレーブログ

インターネット騒動

[2015.07.27]投稿者:みなみ
我が家のインターネット回線がこのたび、ADSLからVDSLになりました。ちなみに光ファイバーは我が家のエリアにはやってきておらず(オークランド全体でまだ50%ほどしか網羅されていない)、その前段階です。

ADSLでも、翻訳の仕事自体には支障はないのです。むしろ、切り替え時のトラブルの可能性を考えると、そっとしておきたい、と思っていました。ではなにゆえ、切り替えたか。それは、5月のある月曜日午前9時のことでした。翻訳データを納品しようとすると、ルーターのADSLのシグナルがつかないのです!

動揺した私は、すぐに近所の友人の家に電話。ラップトップを抱えてお邪魔して、その日の日本への納品は無事に時間までに済ませることができました。これまでもネットが途切れることはあったのですが、大体夜で、「あー今日はラグビーの試合かなんかで回線が混んでいるのかなー、今日は切り上げて明日やろう」といった感じで過ごせていたのです(そして翌朝にはまた何事もなくつながっていた)。

ところが、今回は月曜の夜になってもつながりません。さらに、火曜日もつながらない。火曜日午後にプロバイダーのSparkに電話をしたら、「今はそちらの地域で何も問題は起きていない」とのこと。さらに、ルーターの機種名と使用年数を聞かれて、「5年以上は使っている」と言ったら、「あー、じゃあきっとルーターのせいですね。新しいルーター買ってきて、つなぎ直してみてください」とのこと。そのときはそれで納得したのですが、そんなに突然、壊れるものか? 

古いルーターを引っ張り出してつなぎ直してみたら、同じ現象。ADSLのシグナルが点滅した後、つながらない。うーん、これでは、いずれにしても、だれかに来てもらわないと、私にはどうしようもできない、 と思い、そのままの勢いで、ライバル会社のVodafoneに電話。ネットが通じなくて、どうせ仕事にならないこのタイミングで、プロバイダーを切り替えて、ついでに次世代のVDSLにすることにしました。

Vodafoneの申し込みを電話で済ませると(希望のプラン、住所や電話番号、免許証情報などを伝える)、すぐにメールで情報確認が来ました。「10営業日で手続き完了」と受付のお兄さんは言っていたけれど、それはどうかな、でも6月にはできるかな、と思っていました。

そして、Vodafoneへの申し込みを済ませた翌日、ひょっとして、と思ってルーターをつなげたら、なんと! 何事もなかったのように、回線が復活。なぜなのか、どうやってなのか、はいつものことながら不明。とりあえず、この後は順調につながり、仕事もいつもどおりすることができていました。

そして、一体いつになったら切り替わるのだろうか、と思っていたら、前のプロバイダーのSparkからVodafoneに、家の電話自体は6月に切り替わりました。Sparkからの最終請求書がその切り替わった日までで発行されていました。てっきり、ネットがADSLからVDSLに切り替わった日に電話も変わると思い込んでいましたが、さにあらず。

数日おきにメールで、「あと10日はかかりまーす」という連絡が来ていたので、忘れられているわけではないようでしたが、あまりに遅いので、6月中旬に問い合わせたら、「お宅の地域の空きがなくて、工事待ちの2番目で、9月になる見込み」という驚愕の返事。 ネットはつながっているので、まあ、いいか、と思っていたら、突然、7月1週目の火曜日にメールが来て、「金曜日午後に工事に行くから」とのこと。工事は立ち合いが必要で、このアポを逃したら料金請求するから、ですって。私は在宅で仕事をしているからいいけれど、それでも、トラブルを考えて、仕事は断ったし、通常の勤め人なら休みを取らねばならないわけで、しかも、本当にちゃんとこの日に完了すればいいけれど、ちゃんと来るかも分からない。10年以上のNZ生活である程度予測し、慣れたとはいえ、やはり予想を超えるNZの仕事ぶり。

そして、工事前に届いているはずのモデムが金曜日当日になっても届かずじまいで、テクニシャンはこの日は、端子の数などを確認しただけで帰ってしまいました。それでも、ちゃんと来る前に電話をしてきて、予定どおりに来てくれたので、「素晴らしい」と思ってしまった私。以前、ぴーひょろひょろの電話回線からADSLに切り替えた時には、テクニシャンが2回も約束の日をすっぽかして、大変ストレスのたまる思いをしたのです。

そして、翌日の土曜日朝8時、昨日のテクニシャンから電話があって、「今から来て、工事をしてしまいたい」とのこと。遅くなるよりいいので、お願いして、モデム取り付けの前段階までは終了!

そして、今度は「いつモデムが来るのか」という問い合わせをVodafoneにしたところ、「工事が遅くなるはずだったから、いったんモデムの手配を解除しちゃったんだ、またやり直しているところだよーん」という返事。これらのやりとりは、Vodafoneのサイト上にすべて記録されていて、後から見直すことができる、という素晴らしい仕組みになっていたのが重宝しました。

そして、モデムはその後、数日してやってきて、モデム到着後の翌週月曜朝に、例のテクニシャンから「今から切り替えるよ、モデムは自分で接続できるよね」という電話があり、「むりー、来てー」「えー、簡単だよー」「だめー、外出から4時に戻るから、4時以降に絶対来てー」というやりとりの後、不安に思いながらも私は外出。留守番の娘によると、その直後、ADSLは切れたそうです。

そして、夕方に帰宅して、「今日はだめかなー」と思いながら、ハンバーグのひき肉をこねていた夜7時ごろ、テクニシャンはやってきた!  さっさとつなげて、確認を終えて、「フィードバックにいい評価をよろしく!」と言って、去っていきました。なんでも、1カ月ぐらいしたら、 Vodafoneからテクニシャンを評価するフィードバックの依頼が来るそうです。ちゃんと当日に事前にきちんと連絡をしてくれたし、ちゃんと約束どおり来てくれたし、この国では非常に貴重な対応だったので、もちろん最高の評価を入れるつもりです。

その後、ネットの調子はなかなか順調です。ADSLの3倍は早い!という触れ込みでしたが、確かにさくさく動き、大型ファイルのアップロードもこれまでより速くなりました。この後、日本のテレビを見ることができるストリーミングサービスを契約して、快適な日本テレビ生活を送っております。マーケティング関係を翻訳することが多いので、コマーシャルを見ることができるようになったのが特にうれしいです。

ということで、5月~7月にかけてのインターネット回線の切り替えのドキュメンタリーでした。命にかかわることではないので、今回は気楽なものでしたが、小さなことから大きなことまで、日本では考えられないのんびりさ、適当さが、良くも悪くも、NZ生活の醍醐味であります。

蒸し暑い日々の中、思いつくがままに...

[2015.07.22]投稿者:ぺこたん

日本津々浦々、蒸し暑いですねぇ。おまけに東京競馬場は、秋までおやすみ。もう踏んだり蹴ったり、日夜やる気激減です。

そんな日々ですから、遠征withカメラは、このところ1日すら決行できておらず。

だから今月は、何について書こう...


そうそう、オリエンタルラジオの藤森さん(チャラ男の方)、帰国生なのですね。先日あるテレビ番組で知りました。その番組内で、中学生時代に通っていた日本人学校に、卒業以来初めて訪れるシーンが。個人的に色々思うこともあり、見入ってしまいました。
そこはビクトリアピークを一望にする立地。そう、香港を訪れる観光客なら、誰もが目にするあの絶景。にもかかわらずご本人、あまり良くは覚えていないと言う。"へー。こんなに美しかったっけ"...と。

あの気持ち、よーく分かります。
美しい景色は、10代のこころでは、感じ切れないものですから。常にあるものであればあるほど、意識していなかったり。自ら望んで行った先ではないのなら、なおさらのこと。特別繊細で敏感な子供は、違うのかも知れませんが。

しかし、それもこれもこころの奥深く、どこかに、確実に蓄積されているもの。普段感じることはなくても、ふとした瞬間、予期せぬ瞬間、その存在に気づき、その意味に納得したり。長い歳月を経た後に、妙な懐かしみや温かみと共に。

中高生時代を過ごした南米では、太平洋を望む丘の上のマンションの、ほぼ最上階に住んでいました。ですから、それはそれは美しい光景が、目の前に広がっていた...はず。ところが、実はほとんど覚えていない。正確に言うと、その光景そのものは、ちゃんと脳裏に焼きついています。でなければ、単なる記憶喪失になってしまう。
そうではなく、その光景がどれほど美しかったか、朝夕や季節ごとの色の移ろい、そういったことが、まるで記憶に残っていない。
不思議なものです。でも中高生なんて、そんなものなのでしょう。
いまなら毎朝毎晩、朝焼けに夕焼けに、紅い瞬間蒼い瞬間を、鼻膨らませカメラで待ち構えていたろうに。惜しいことをしました。


お笑いタレント話が出たところで...

又吉さん、凄いですね。やはり言葉を繰る商売の人が書いた文章。あの最後の展開には、"えっ、そうくる?"と驚きましたが。しかし、予想を大幅に裏切ってくれるその手法もまた、彼の個性、その才能ゆえなのでしょう。本当に、おめでとうございます。

そうそう。"有名人だから貰えた"などという雑音や、"自分の方が良い文章が書ける"などと言い張る人間もいるようですが。たとえそれが事実だとしても、良いものを作れるのに、世に認められていないというのは、それは何かが圧倒的に欠如しているということ。思うように行っている人が持っていて、自分が持っていないもの、決定的な何かが、必ずあるのだと思うのです。


何かを創る人の話ついでに...

この間、あるクリエイターの講演会に行って来ました。日本在住の外国籍の方。その最後の質疑応答時に、観客席に居たある人が、次のような質問をしました。"そもそも日本へ来た理由は?"
するとそのクリエイター、"なぜそんな質問をする? もっと創作に関する質問はないのかね?"などと返し、その場が一瞬シーンとしてしまいました。

ああ、やれやれ。

ミュージシャンでも、そういうタイプ、たまにいます。質問に気分を悪くされたり、途中でその場から立ち去ろうとしたり、"今日インタビューこれで5本目だよ!"などと駄々をこねたり。
駆け出しの頃は、その対処法が分からず、いちいち戸惑い、満足のいかないインタビューになったことも。

でも、いまは手慣れたもの。
相手が気難しい人の場合、事前にそういう情報を、レコード会社や雑誌編集部側が教えてくれますし、何度も取材している人の場合は、その人となりが分かっている。
ですから質問前にちょっとひと言だけ、足せば良いのです。たとえば、「これは基本的な質問ですし、何度も聞かれていると思うので、大変申し訳ないのですが、こちらが質問するのは初めてですし、みんなもとても知りたがっていることですから...」などと。たったそれだけで良いのです。それでたいがい、相手は納得してくれます。嫌な顔をしながらも、"ああ、ならば仕方ないな"と、話し始めてくれる。
ああ面倒だなあ...と少々思ったりもしますが、でもこちらは聞いて原稿にするのが仕事。機嫌を損ねてしまったら、お終いですし、お互い気持ちよくやりたいですから。

しかし、ああ、やれやれ。

余談ですが。
ミュージシャンはベテランであればあるほど、どんな基本的な質問、音楽とは直接関係のない質問、幾度も聞かれて嫌になっているであろうことでも、にこやかに丁寧に答えてくれます。どんなことでも、楽しもうという姿勢で。
そういう人だから生き残れたのか、キャリアを積む内にそうなったのか。その辺のことはナゾですが。


あっ、仕事の話ついでに...

これは特にここ10年ほど前から、あちらこちらの不景気に伴い、良く耳にすることなのですが。ずばり、ギャラの値引き交渉。"予算ギリギリだから、通常よりも安くやって貰えないか"といったような御相談。
はい、どこかに所属しているのなら別ですが、フリーランサーは、ギャラ交渉もすべて自分でやらなければならない。

ああ、やれやれ。

で、呆れるような数字を、提示されることもあり。そういう仕事は、もうこのお年では、精神衛生上良くないので、丁重にお断りしています。しかし、それがとてもやりたい仕事の場合や、これまでずっとお世話になっている仕事の場合は、引き受けるべきか否か。ひどく迷います。

実際、ただ同然の額で引き受けてしまう人もいます。昔々どこかの英文科を出ました、というだけの人や、本業はちゃんとあるが英語が好きだから、週末ちょこっとやれれば良い...というような感覚の人。
専門家ではないので、その仕事内容は限りなく怪しいもの。それでも頼む側としては、"ちょっとくらいの誤訳は、目を瞑ろう。ヘンな日本語は、後でこちらで手を加えれば良いし"と。とにかく"安かろう助かるよ"...と。業界のファーストフード・ファーストファッション化。いやはや。

まあ、仕事内容が怪しかろうと何だろうと、それ自体はまあ良いのですが(いや、けっして良いことではないのですが)、そういう輩の存在により、ギャラはどんどん暴落していくわけですからね...。
"これくらいのギャラでも、やってくれる人はいますから"...と。
"タダ同然でも良いからやりたい"という素人に、それまでプロ複数人が担当していた作業を、丸ごと持っていかれた...といったような話も、ちらり小耳に挟みましたっけ。

かつては仲間内で、"安い仕事を受けるのは止めよう""OO字OO円以上で"など暗黙の了解がありましたし、協会の規定に沿ってやってくれる場合も多くありました。それは互いの為、互いの首を絞めない為。だいたい、極端な数字を提示されることなど、少し前までは考えられませんでしたし。

困ったものです。
どうにかならんものか。
いや、どうにもならないでしょう、こんなご時勢ですから。

ああ、やれやれ。


やれやれ話ついでに...

最近、何かと話題の音楽ストリーミング配信。そう、月1000円ちょっとで音楽聴き放題サービス。その時々に聴きたくなった1曲を、その場ですぐに聴けるアレ。

音楽を手元に置くこと、作品を所有することの喜び、いつの間にどこへやら...。
更に言えば、昔はアルバム一枚を、ひとつの作品として楽しんでいました。小説の物語のように。表ジャケットで想像掻き立てられ、オープニング・ナンバーで期待に胸膨らませ、途中で速い曲ありバラードあり、どんでん返しあり。で、エンディング・ナンバーがきて、裏ジャケットに見入りながら、余韻に浸る...と。

ミュージシャンたちも、その物語作り、つまり曲順決めるのに、そうとう悩んだもの。悩みながら、楽しんでいた。それが...。

なーんて昔話を、とくと語っている場合ではない! こういう状況、時代の流れの中、この先さて何ができるか。そこを考えるのが、その世界のプロなわけですから。

ああ、しかし、やれやれ。


気分転換に、これから散歩に行ってきます。


それで思い出しましたが...

コンビニのコーヒー&ドーナッツ、安くて美味しいと話題になっています。でもみんな、あれを何処で飲み食いするのでしょう。家に持ち帰るのかな?
近くにベンチ&ちょっとした緑でもあれば、気持ちよく楽しめるのに。と、コンビニ前を通るたび、思ってしまう。

散歩の合間、木の下のベンチに座りながら、ボーッと人間ウォッチングしたい。でも、近くに駐車場があるから、煩いし空気汚いし。だいたい邪魔だろうし、100円ばかりで効率悪いだろうし。
...ってこと?

あっ、そうだ。
散歩の前に、ちょっと目の保養しとこう。カメラレンズ&カメラバッグのネット検索を...。

そーなんです。長いレンズが欲しいし、その内どさくさに紛れて、新しいカメラも欲しい。そしたら新しいリュックサックも必要だっ。
と先日、大好きな某登山メーカーをミッドナイト・ネット検索したら、カメラバッグも作っているではあ〜りませんか。いつの間にか! それはそれは鼻血出ました。で、あれこれ検索し続けていたら、止まらなくなり、気づいたら辺りから鳥のさえずり......ピーピー・ケキョケキョ。

......と、思いつくがままに。失礼いたしました。
来月はもっと涼しくなっていて、頭スッキリしていますように~ (+_+)




オバマケア か オバケマニア か

[2015.07.14]投稿者:アース
先日、日経新聞に載っていた「米市場が映すオバマケアの真価」という記事のタイトルを見て、「オバケマニアの真価」と読んでしまった人の数は、日本国内で恐らく100人を下らないのではないかと思います(数字に根拠ナシ)。

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わたしもそうでした。んあ?と思った次の瞬間に、「ああ、Obamaケアか・・」と思い直したものの、日々の翻訳業務のなかで、いったい何度似たようなことをしでかし、いったい何度気がつかずに納品したのだろう、と恐怖に打ち震えました。

というのはちっと大げさですけれども、言語を問わず、同じようなことを感じている翻訳者さんは多いのではないかと思います。何度見直しをしようと、正しいと思い込んで読めば、その文章は正しく見えてきます。Wordの校正機能を使えば、例えば「私はおなかがすすすいた」という文章では「すすす」の部分に赤線を引いてくれますが、「中銀が利上げに動く」を「中銀が利下げに動く」としても、気がついてくれません。役立たずっ!

え、そこまで求めるのは酷ですか? そうですか。
まあそうなんですけど。

字面は「利下げ」だけれども、頭のなかで勝手に「利上げ」に変換していて、モニター上ではもちろん、紙に印刷しようと、口に出して読もうと、読み上げソフトに読んでもらおうと、気がつかないときはぜんぜんまったく一向に気がつきません。口に出して読めば、かなりの確率で気がつくのですが、ダメなときはほんと何をしてもダメです。

わたしは金融翻訳が主な専門ですので、特に証券の価格や利回りに関する文章で、原文とは逆の日本語をつけてしまい、最後の最後にようやく気がつく・・という危うい場面がこれまでに何度かありました。あるいは、そのまま納品してしまい、翻訳会社さんが直してくださったことがあるかもしれません(怖)。

以上は単語単位のお話ですが、文章単位でも、とんでもない勘違いをしそうになることがあります。「字面は訳せている」つまり文法的にはまったく問題ないので、訳出後の日本語をさらっと読むと流してしまうが、しっかり読むと原文のニュアンスとぜんぜん違う文章になっている・・という恐ろしいケースです。

金融といっても様々な仕事がありますが、わたしの場合、よく依頼されるのが債券関係のリサーチやレポートで、これがまたややこしく、オバケマニア症候群(いま命名)にかかりやすいので、要注意です。

株式は、価格が上がるか下がるかだけなので、ある意味わかりやすい市場です。よほど複雑な運用手法でない限り、基本的に株価が上がればうれしいし、下がれば悲しくなります。

手法によってはその逆もあり得ますが、いずれにしても、文章全体から立ち上る空気が一貫していて、全体としてとらえやすく、最後に校正するときにも、間違いに気がつきやすいのです。

しかし債券は、債券自体の価格が上がることによる収益(キャピタルゲイン)と、利子による収益(インカムゲイン)の2種類があります。この2つの関係は、

・価格が上がれば、利回りが下がる
・利回りが下がれば、価格が上がる

ということ。例外はありません。

なので、価格が上がればうれしいかと思えば、利回りが下がるので悲しい。利回りが上がれば、たくさん利息がつくのでうれしいかと思えば、価格が下がるので悲しい。

(※これは、満期を待たずに売り買いする人々の話です。債券を満期まで保有すれば、元本に加えて最初に設定された利息が支払われるので、それはもちろんうれしいことです)

したがって、債券リサーチの文章では、著者がそのときの価格(利回り)の動きをプラスとマイナスのどちらで捉えているのか分からない、つまり文章の方向性がさっぱり見えないことがあります。

どれもこれも、わたしの知識の貧弱さが諸悪の根源なのですけれども。んなことわかってらい。

それはともかく。

例えば英語でmightやcouldが使われていた場合、「〜の可能性がある」とか「〜かもしれない」など、ニュートラルな表現で訳すこともできますが、明らかにマイナスのニュアンスを持つ文章であった場合は(例えば価格が下がって悲しいとか)、悲しい気持ちを前面に押し出して訳した方が、文章全体が流れることがよくあります。というより、そのようにして訳さないと、読者にとってはどっちつかずで、結局何が言いたいのか分からない文章になる可能性があります。

そう。これも「何が言いたいのか分からないから困りものだ」という気持ちを前面に押し出そうとするなら、「〜文章になりかねません」とか「〜文章になってしまいます」としたほうが、雰囲気が出ますよね。

このように、日本語には「〜してしまう」とか「〜しかねない」という、マイナスのニュアンスを含んだ実に便利な表現があり、全体に負の空気を持つ文章でこれらを使うと、なかなかにそれっぽい翻訳ができあがりますし、実際、理解しやすい文章になる、と思います。プラスのニュアンスを含む文章も、当然ながら同じです。

しかーし。

ある文章全体を、例えばプラス志向の文章だと思い込み、そのように訳し始めると、どの文章もプラスに見えてきてしまいます。couldやmightの解釈も自由自在。英語と日本語との対比に気を取られている最初の見直し段階では、まったく気付きません。最後の最後に、英語を忘れ(るよう努力し)て、日本語だけ読む段階に至ってようやく、途方もない勘違いと判明することも。

特に金融は納期が短いものが多いので、そうなったらえらいことです。冷や汗を流しつつ、時計をにらみながら、ひたすらマイナス志向の文章に変えていきます。語尾だけを変えれば良さそうなものですが、不思議なもので、文章の構造自体を変えないと、てんでおかしな流れになってしまうこともあります。

ま、そこまで大掛かりな思い違いはそうそうありませんで、ほとんどは言い回しを少し変えれば済む程度なのですが、それでも心臓に悪いことこのうえない。もしかして他の部分も同じように思い違いしていないかと、最後の瞬間まで息を止めて見直すはめになります。

それは単語単位の思い違いでも同じことで、一ヶ所でも大きなミスを犯していると、他でも何かやっているのではないかと、結局何度も見直すことになります。

何もなかったときも結局同じ。以前、オバケマニア症候群の症状が出たときのことは鮮明に記憶に残っていますから、納品前は常に不安との戦いです。時給を自ら下げていることは分かっているのですが、といって見直しを怠って質の悪いものを出せば、いずれ仕事が来なくなることもまた明白。

見直しをどこまでやればいいのか、そもそも最初から勘違いしないようにできないのか。翻訳業を始めて何年にもなりますが、いまだにこれ、という解決策が見つかりません。

機械翻訳なら、「上昇」を「低下」と間違えるなんてことは絶対にないのでしょう。でもね。いまのAI(人工知能)ごとき、なんとな〜く悲しい雰囲気の漂う文章や、なんとな〜く浮かれポンチな文章なんて、ぜったい訳出できないでしょ? フン。

なので、わたしが生きている間は、たぶん仕事をとられることはないですよねっ。ねっ。





Free Plants

[2015.06.22]投稿者:みなみ
私が住むニュージーランド・オークランドは、ただいま真冬。とはいえ、オークランドは四季を通じて非常に温暖で、真冬でも霜が降りるのはせいぜい片手で足りる程度。雪が降ったりしたら、何十年ぶりかという大騒ぎになるほどです。

お陰で植物も木もすくすくと成長します。このたび、庭の整理を思い立って、3月ごろからちょっとずつ、増えすぎた植物たちを鉢上げしてきました。一度には無理なので、時間を作って少しずつ掘り上げて、ありとあらゆる容器に入れていきました。たぶん、大小織り交ぜて100個は軽く超えていたと思います。

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右側のピンク色の花はインパチェンス。日本では寒くなると枯れますが、オークランドでは多年草。
挿し木にしたものがすべて根付いてしまって、インパチェンスジャングルになっていました。英語での発音は、「インペイシャンス」が近いです。

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左にわさわさしているのは、マリーゴールド。こぼれ種でどんどん増えます。


そして先週日曜日の昼ごろに、夫にも手伝ってもらって、家の前の芝生に並べて、通りがかりの人に持って帰ってもらうことにしました。我が家の前は大通りではありませんが、バスも通る、地域の中ではわりとメインの道です。幸い、雨が多い真冬のオークランドにしては天気もおだやかで、お散歩で歩く人も多そうでした。

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ずらーっと勢ぞろい。手前のとがった葉はクンシラン。日本では冬の寒さのために鉢植えにする必要があるようですが、こちらでは地植えでどんどん増えます。ショベルでずぼっと掘り上げて、そのままどさっと置いています。
その奥のグレーっぽい葉はニュージーランドフラックスを株分けしたもの。ニュージーランドでは単にFlaxと呼ばれています。昔、マオリの人たちはこの葉を繊維として使っていました。日本ではニューサイランという名前が浸透しているので、どうして「ラン」という名前が付いているのか、そもそもニューなサイランって何?と不思議に思い、今回調べてみました。どうやら、もともとの和名、新西蘭麻(にゅーじーらんどあさ)から来ているようです。ニュージーランド原産とあって、どんどん増えて、どんどん巨大になります。

どれだけ持って帰ってもえらるかなーと思っていたら、日曜日夕方にはめぼしいものはなくなり、残るは1/3ほどの花やハーブのポットだけになっていました。
ここまでは想定内。

そして翌日の月曜日の夕方、外出から帰って、車の中からちらっと見たら、きれいさっぱりなくなっていました。ほー、良かったと思って、そのままガレージに車を入れ、家の中に入ってから、「あれ? きれいさっぱり???」

そう、私が書きなぐった「Free Plants」と書いた張り紙を付けた板(と洗濯ばさみ)まで、持ち去られていたのです。
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風が強い日だったので、物置にあった板(オフィスで使っていたデスクを夫が解体したもの)を看板用に出していたのです。

ここまで持ち去られてしまうとは、ほんとに、人生とは、想定外の出来事の連続です。
ともあれ、我が家出身の苗たちが新しい家でご機嫌に過ごしているといるといいなあ。


日本ダービー&鎌倉あじさい寺めぐり

[2015.06.17]投稿者:ぺこたん

父は鎌倉原人である。いまも親戚御一行様の大多数は、あの辺に棲息している。実家は駅近くの和菓子屋だ。そう、和菓子職人。なんて素敵な響きなのだろう! 長年うっとり想っていた。店は、残念ながら数年前、叔父の代で閉めてしまったが。

とにかく...

そんな鎌倉原人の娘である。にも拘らず、鎌倉のことを、ほぼ何も知らない。
行くのは、用事がある時だけ。つまり法事とか、まあそういう類いの集まりだ。叔父の家(=つまり和菓子屋)に直行し、その用事(=つまり法事。たいがいは)が済んだ途端、何処にも寄らずに直帰。そう。行ったとしても、自宅&親戚宅の往復のみ。ずっとそんな感じだった。そんな機会ですら、最近では、消滅しかけている。

美しい古都鎌倉。近くに在りて遠い地。
鎌倉原人とのハーフ、なのに。なんてもったいない話なのだ。ずっと、気になっていた。いつかはゆっくり、廻ってみたい。いや、廻らねばならない...と。

でも、この腰はそうとう重く、言うことなかなか聞いてくれず。

それが先日、めでたく実現の運びと相成った。いまがまさに見頃の、あじさいを愛でに。それも、鎌倉生まれ&鎌倉育ちの従姉妹と。こころ強い旅友を得て、やる気断然出てきた。

さっそくその旨を、鎌倉原人の父に伝えた。すると、さらり返されてしまった。"あじさいなんて、ここ20年くらい前から騒ぎ出したこと。昔からあるもんじゃないんだよ"。
でも、それでも、いま有名なのは確か。それを口実にふらり、行ってみるのも良いと思った。

で、せっかくだから、1日ゆっくり散策したい。だから、"朝10時に鎌倉駅ね"。従姉妹とそう約束した。そこから江ノ電に乗り、まずは長谷寺だ。その後は、のんびり歩きながら、鎌倉ヘ向かうか、北鎌倉方面を散策するか。とにかく、"任せたよ!"と、土地勘ゼロのわたしは、従姉妹に全面おんぶ&だっこ、することにした。

と言うことは、8時頃に家を出ないとな。と言うことは、起床は6時半だ。でも苦しゅうない、楽しい遠足の為なら。


と、いきなり当日――

予定どおりに早起きし、予定どおりに家を出て、予定どおりの電車に乗り、予定どおりに経由駅に着いた...までは良かったのだが......

横須賀線に乗り換えようとしたら、
ホームは......人...人...人...人!!

ど...どうしたんだ?!
と思っていたら、慌ただしい駅内放送が。

......って、
鎌倉に着くまでのこの話、長~~くなってしまうので。
ひとまず、その前に......


◇◇◇◇◇◇◇


話はかわって...

まずは、わたしの大好物、
先日の東京競馬場で開催の、日本ダービー~東京優駿の話なのである (@^^)/~~~

なんたって、"競馬の祭典"と呼ばれるレース。その盛り上がりは、毎年半端ではなく。そんな中でも特に、今年は本当~~に素晴らしかった!
それをおまけに、な...な...なーんと! ゴール直後の最前列、つまりはフェンス越しに観戦できちゃったのだから。あっ、昨年も一昨年も、その前の年も、そうだったけれど。

君が代...
ファンファーレ...
ゲート開く音...
拍手の渦...
絶叫...絶叫...
大喝采...
威風堂々...

毎度のことながら、
心臓が爆破するかと思ってしまうよ、日本ダービー!

"今日この場にいた人は、本当に幸せだったでしょうね"。
同夜のスポーツ・ニュースで、解説者がしみじみ言っていましたが、"幸せ"だなんて、そんな単純なモンじゃありません。

人生の終わりに、神さまに、
"ぺこたんの最良の瞬間はいつだった?"と聞かれたら、まずは迷わずこの日のこと、思い返しながら、彼にとくと伝えるでしょう。

うふふっ。

ウィニングラン。
13万人分の大歓声。そこへ戻って来る時...
デムーロ騎手は、静かに涙し、
ドゥラメンテは、誇らしげに胸を張り、
双方の歓び、こちらに伝わってきました。

感動をありがとう。
良いもの見せて貰いました。
本当に、おめでとう!
pecotan1.jpgpecotan2.jpg

◇◇◇◇◇◇◇


で、ふたたび、鎌倉あじさい寺めぐりの話です。

そう。
横須賀線に乗り換えようとしたら、
ホームは......人...人...人...人!!

どうしたんだ?!
...と思っていたら、慌ただしい駅内放送が。

"戸塚駅で信号事故。運転再開の目途、現在立っていません"

えっ??

で、しばらく待ったものの、やはり動く気配なく。
結局、5駅ほど先のあの駅まで行き、別のあの線に乗ることに。

そうしたら、
5駅先のあの駅に着いた途端、
"横須賀線運転再開"...なる放送が。
ならば...と、同駅からも出ている横須賀線に、予定通り乗り込んだ。

が、しかし。
ゆっくり動き出したものの、だらだらだらだら運転。
自転車の方が、早いような。まあこれは、そうとう想定内だ。

が...しかし...
2駅進んだところで、完全停止。

はっ??
車内、ざわざわ。

すると、またまた恐怖の車内放送。
"ふたたび戸塚駅で信号事故。運転再開の目途、現在立っていません"

ゲゲゲのゲッ~~~~~~~~!!!!!

同じ駅で、1時間もしない内に、2度も?!?!
ここまでくると、人間もう笑うしかありません。
電車内の雰囲気も、実際そうとう和やかでした。背広姿の人よりも、リュックサック背負った人の方が多く、みんな切羽詰ってはいなかったせいか...?

とにかく。こういう時にパニックにならない、冷静な日本人。そういうところがまた、わたしは無性に好き。などと、改めて思ったり。

で、結局...

さっき乗ろうと試みた、別のあの線にふたたび乗る為、いま来た道を2駅戻り、別のあの線で藤沢駅まで行き、江ノ電に乗り換えて、なんとか無事、長谷寺駅まで。

...と、普段は2時間弱で行けるところ、結局4時間強かかり。
よりによって、たまに出かける時に限って。
でも、なかなか経験できないこと。意外とあっと言う間の4時間強。
が、こうして書きながら、突然どっと疲れが出てきました。

しかし、こういう時はLINEって便利ですね。これがなかったら、従姉妹との待ち合わせ、結局どうなっていたことやら。


と言うわけで、従姉妹と無事会うこともでき...。

いきなり、長谷寺です。
長谷寺・入口 (640x443).jpg
"鎌倉の西方極楽浄土"。長谷観音。
正式名: 海光山慈照院長谷寺

観音山の裾野に広がる境内。下境内には、ふたつの池。その周囲には、回遊式庭園。そうして、上境内へと続く"あじさい路"。約40種、2500株あるのだとか。
そのあじさい、いまが花盛り。よって平日にも拘わらず、こんな凄い賑わい。
長谷寺・ひとごみ (640x427).jpg

見晴台から望む由比ヶ浜。
↓ ↓ ↓
由比ヶ浜 (640x425).jpg

山を登って降りて、ひと通り眺めたら、一気にお腹が空いできました。
それで境内を出て、昼ご飯食べられそうなところ物色。しかし周辺もまた、人だらけ。"鎌倉野菜も良いね"...などと言いながら、しばしふたりでフラフラ。
が、空いている適当な店、なかなか見つからず。結局やっと入ったのは、しらす丼屋さん。

はい、湘南しらす。話題の鎌倉&江の島方面名物。
しかしこれに関しても、前述の鎌倉原人、いつぞや言っていましたっけ。"しらす丼なんて、ちょっと前までは、別に名物でも何でもなかったよ"...と。

まあ、でも、それでも良いではないか。
人が集まるようになったのだし。
それに、なかなか美味でしたよ!


さて、腹を満たしたところで、長谷寺すぐ近くの光則寺へ。
光則寺ー入口 (640x427).jpg
鎌倉幕府5代執権北条時頼の家臣の一人宿屋。
日蓮の佐渡配流に際し、弟子の日朗を監禁した土牢のある地。しかし監視役の光則は、日蓮と日朗を慕うようになり、日蓮放免後に此処に寺を創建。
花の寺、動物供養としても知られています。

↑ ↑ ↑ 資料の丸写し(-_-;)

こちらは、混み具合がちょうど良い感じ。ゆったり観ることができました。
光則寺ー2 (640x427).jpg光則寺・幽閉 (640x417).jpg↑ ↑ ↑
日朗らが幽閉された土牢。


本当はもっと廻る予定だったのが、上述の往路のゴタゴタにより、本日の寺めぐりは、此処にておしまい。

長谷~市役所通りを歩きながら、鎌倉裏駅まで。
そこで従姉妹と別れて、ひとりで久々、八幡さまへ。駅から10分あまり。鎌倉と言えば...という、名所中の名所。

父兄弟たちの想い出詰まった太鼓橋、蓮浮かび鯉や亀泳ぐ源平池、突風で倒れた御神木......などを眺め、しっかりお参りもし...。
八幡さま (326x640).jpg八幡さまー池 (640x512).jpg
行きは、人込み半端でない小町通りを、帰りは、工事中で哀しき景色と化している段葛(参道)を。
約1時間散策した後、帰路についたのであった。


鎌倉、本当に素敵なところ。
都内から近く、もちろん日帰り可能。
皆さま、ぜひ一度は!

例えば......

★紫陽花寺めぐりコース
極楽寺駅⇒極楽寺⇒御霊神社⇒長谷寺⇒光則寺⇒寿福寺⇒英勝寺⇒海蔵寺⇒明月院⇒浄智寺⇒東慶寺⇒北鎌倉駅

★北鎌倉散策コース
北鎌倉駅⇒円覚寺⇒束慶寺⇒浄智寺⇒明月院⇒建長寺⇒円応寺⇒鶴岡八幡宮⇒宝戒寺⇒鎌倉駅

などなど、色々な歩き方あり。
江ノ電ワンデイパス"のりおりくん"(600円)で、フラフラするのも素敵。


ところで、偶然なのですが...
本日6月16日は、和菓子の日...なのだとか。
祖父&叔父の和菓子屋のこと、懐かしく思い出しながら、いまこれ書いています。

"今度は涼しい秋頃に来て、この続きやろうね。あじさい咲いていなくても、十分魅力的な地だから"...との約束。はい、必ず実行しましょう、真美ちゃん(^.^)
それまでには予習、ちゃんとしておきますから。日本史・日本地理を、まるで知らないことに、今回今更ながら気づき、方々で穴があったら入りたい心境であったから...。

最後に、
本日の花々、色々。
あじさい1 (640x458).jpg
あじさい2 (640x445).jpg
あじさい4 (640x426).jpg
あじさい5 (640x534).jpg
あじさい6 (640x450).jpgあじさい&人 (640x453).jpg




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プロフィール

すーじー

すーじー
1998年春、研究留学する夫に同行して渡米。大の苦手だった英語をイチから学びなおすことに。現在はシカゴ在住のフリーランス英日翻訳者として、マーケティングから金融・経済まで幅広い分野のビジネス案件にたずさわる。最近、興味があるのは、DIYと健康になること。[2016年1月start!]

いぬ

いぬ
幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。[2008.4.1 start!]

アース

アース
田舎の翻訳者。外国留学・在留経験ナシ。都会生まれの都会育ちだが、現在はド田舎暮らしで、ネットのありがたさにすがって生きる日々。何でも楽しめる性格で、特に生き物と地球と宇宙が大好き。でも翻訳分野はなぜか金融・ビジネス(英語・西語)。宇宙旅行の資金を貯めるため、仕事の効率化(と単価アップ?!)を模索中。[2015年12月終了]

ぺこたん

ぺこたん
高校までをカナダと南米で過ごす。現在は、言葉を使いながら音楽や芸術家の魅力を世に広める作業に従事。好物:旅、瞑想、東野圭吾、Jデップ、メインクーン、チェリー・パイ+バニラ・アイス。[2007.6.1 start!]

みなみ

みなみ
英日をメインとする翻訳者。2001年からニュージーランドで生活。家族は、夫(会社員)、娘(小学生)、ウサギ(ロップイヤー)。[2007.5.1 start!!]

さるるん@ロシア

さるるん@ロシア
米系銀行勤務後、米国留学中にロシア人の夫と結婚。一児の母。我が子には日露バイリンガルになってほしいというのが夫婦の願い。そのために日本とロシアを数年おきに行き来することに。現在、ロシア在住、金融・ビジネス分野を中心としたフリーランス翻訳者(英語)。[2013年7月終了]

トナカイ

トナカイ
フィンランド・ヘルシンキ在住の多言語通訳・翻訳者。日本で金融機関に勤務の後、ヨーロッパへ。留学中に大学講師を務め、フィンランド移住後は芸術団体インターンなどを経て現在にいたる。2児の母。[2010年10月終了]

昼顔

昼顔
外資系金融、在ジュネーブ日本政府代表部での勤務を経て、外務省職員として採用。帰国後は民間企業にてインハウス通訳者としてキャリアを積み、現在は日英仏フリーランス通訳者として活躍中。昨年秋からはNYに拠点を移す。趣味は数年前から再び始めたバレエと映画鑑賞と美味しいモノの食べ歩き。[2010年3月終了]

フレッヒ

フレッヒ
高校時代をドイツで過ごし、日本の大学を卒業後、再び渡独。ドイツでの日本企業勤務を経て10年前よりフリーランスドイツ語通訳者として活躍。車関係全般・ジュエリー・スポーツ関係・整形外科分野を得意とする。普段はワイン・焼酎をこよなく愛し、庭で取れたハーブやジャガイモで主人や友人達とBBQしながら休日を過ごすのが大好き。そして大の八重山諸島フリーク。[2009年2月終了]

パンの笛

パンの笛
幼少時に英国に滞在。数年の会社勤めを経て、出産後の仕事復帰を機に翻訳を本格的に学習。現在はフリーランスの在宅翻訳者。お酒好きで人好き、おしゃべり好きの一児の母。[2008年4月終了]

かの

かの
幼少期を海外で過ごす。大学時代から通訳学校へ通い始め、海外留学を経て、フリーランス通訳デビュー。現在は放送通訳をメインに会議通訳・翻訳者として幅広い分野で活躍中。片付け大好きな2児の母。[2008年3月終了]

まめの木

まめの木
ドイツ留学後、紆余曲折を経て通翻訳者に。仕事はエンターテインメント・芸術分野から自動車・機械系までと幅広い。色々なものになりたかった、という幼少期の夢を通訳者という仕事を通じてひそかに果たしている。取柄は元気と笑顔。[2007年11月終了]

the apple of my eye

the apple of my eye
日本・米国にて商社勤務後、英国滞在中に翻訳者としての活動を開始。現在は、在宅翻訳者として多忙な日々を送る傍ら、出版翻訳コンテスト選定業務も手がけている。子育てにも奮闘中![2007年5月終了]

仙人

仙人
大学在学中に通訳者としての活動を開始。卒業後は、外資系消費財メーカーのマーケティング分野でキャリアアップ。その後、外資系企業のトップまでキャリアを極めた後、現在は、フリーランス翻訳者として活躍中。趣味は、「筋肉を大きくすることと読書」[2007年4月終了]

ガットパルド(gattopardo)

ガットパルド(gattopardo)
伊・仏・英語通翻訳、ナレーション、講師など、幅広い分野において活動中のパワフルウーマン。著書も多数。毎年バカンスはヨーロッパで![2006年8月終了]

Hubbub from the Hub

Hubbub from the Hub
幼い頃から英語に触れ、大学在学中よりフリーランス会議通訳者として活躍、現在は米国大学院に籍を置き、研究生活と通訳の二束のわらじをはいている。[2006年8月終了]

雛


大学在学中に通訳デビュー。外資系企業勤務を経て、フリーランス通訳者に。会議はもちろん、音楽、舞台、映画などの分野でもひっぱりだこ。クライアントからの指名率も高い。[2005.11月末終了]

とと

とと
大学卒業後、数年のサラリーマン生活を経て、フリーランス翻訳者に。技術系から出版物と、幅広い分野で高い評価を得ている。趣味は音楽。ただいま子育て奮闘中。[2005.11月末終了]

背番号8

背番号8
イギリスに長期留学後、インハウス通訳者として数社に勤務。現在は、フリーランス通翻訳者として活躍中。若手通訳有望株の一人![2005.11月末終了]