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金融翻訳ポイント講座

不特定多数の読者が対象となる金融翻訳では、質の高いアウトプットが求められます。 高品質の翻訳を上げるために必要なポイントを丁寧に解説します。

第19回 株式ファンドの四半期運用報告書①

こんにちは。今回から何回かに分けて、株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。以前の運用報告書の回では「市場概況」と「運用成績」のみ取り上げましたが、今回はこれに加えて「ポジショニング」と「パフォーマンスへの寄与要因」も見てみることにしましょう。4回にまたがることになりますが、それぞれつながりはありませんので、個別の記事として読んでいただいて構いません。どれも金融、特に運用分野の翻訳の王道とも言うべき文章ですので、基礎を固めたい方はしっかり読んでくださいね。

「運用報告書」については、第12回の冒頭で詳しく説明していますので、そちらをご覧ください。

今回は、まず「市場概況」の部分から一文だけ取り上げます。このセクションは、経済・市場動向や、市場に影響する経済以外の要因(政治やテロ、天候など)についての概説が主な内容となります。

According to ①the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis, U.S. real gross domestic product (GDP) ②in the fourth quarter expanded by ③2.1%, an ④upward revision from ⑤previous estimates.(2017年4月発行)


①the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis
Bureau of Economic Analysisは、米国商務省(Department of Commerce)の「経済分析局(BEA)」。

米国の国内総生産(GDP)実績は、四半期末月の翌月すなわち4月、7月、10月、1月に、まず1次推計(advance(d) estimate)、その1ヵ月後に2次推計(second estimate)、さらに2ヵ月後に3次推計(third estimate)が発表されます。日本語はそれぞれ「速報値」「改定値」「確定値/確報値」など。

しかし報道文ではあまりsecond~/third~などとは言わないようで、速報値(advance(d) estimate)の後はsmaller than previously estimatedなどのように、単語レベルではなく、文章に埋め込んであることが多いように思います。

ともあれ今回は、3月末に商務省からGDP確定値が発表された後の4月に発行された文書ですので、latest estimateは「確定値」になります。

注意すべきは、そのまま「最新の推定値は」などとしないこと。英語がlatest estimateなんだからいいじゃん!と言いたい気持ちは痛いほどわかりますが(笑)、最初から日本語で書かれた文章では必ずどの段階の値かを明確にしますので、出所が英文だからといって、曖昧な日本語は許されません。

従って必要ならば調査を行い、「これこれの理由で確定値と思われる」等のコメントをつけて納品します。大抵は文書の発行時期や、数値そのものからの逆検索で解決しますが、どうしても断定できないときは、「これこれの理由で断定できない」とのコメントを残します。一方、誰が見ても明らかな場合はコメント不要です(この業界、どこまでが「常識」なのかは、なかなか計り難いのですが)。

②in the fourth quarter

以前も説明しましたが、年度の開始時期が国によって異なりますので、多くの場合は誤解を避けるため、「第1四半期」ではなく「1-3月期」などと数字を明記します。米国の場合、会計年度は「10月~翌年9月」ですが、GDPは暦通りに発表されますので、fourth quarterは「10-12月期」になります。

③2.1%

タテから見てもヨコから見ても「2.1%」ですが、問題は「いつと比較して」という点。日本語ではほとんどの場合それを明記しますので、原文になければ調査が必要です。今回の場合は、annual rate/annualized rate、すなわち前の四半期からの成長率が4回続いた場合の成長率。日本語は「前期比年率」です。

余談ですが、欧米発の文章ではこの手の情報が入っていないことが多く、その都度、貴重な作業時間を割いての調査となります。今回は米国のGDPですから簡単に調査できますけれども、欧州企業の決算期などの場合、個別に調べるのはかなり大変です。

以前、某欧州企業の業績に関する文章を訳した時のこと。英語は、しれっとQ1 results(第1四半期業績)とだけ書いてあります。かなり苦労して調べたら、その甲斐あって(?)なんと11月が決算期でした。つまりfirst quarterは「12-1月」になるわけです。有名企業だけに限っても、会社ごとの決算期をいちいち覚えている人はそうはいないだろうに、なぜ英語ではfirst quarterだけで許されるのか?声を大にして言いたいです(笑)。

脱線しました。

③upward revision

「上方修正」。反対はdownward revision(下方修正)です。

④previous estimates

previous estimatesと複数形ですので、速報値と改定値のどちらからも上方修正されたということ。よって、複数形のない日本語ではその旨をしっかり表現しなければなりません。(※本稿後半で、この点について書いていますので、ご参照ください)

短い文章にも色々と見るべき箇所があるものですね。それではいよいよ訳してみます。

According to the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis, U.S. real gross domestic product (GDP) in the fourth quarter expanded by 2.1%, an upward revision from previous estimates.


【試訳】
米商務省の経済分析局(BEA)によると、2016年10-12月期、米国の実質国内総生産(GDP)成長率の確定値は前期比年率+2.1%と、速報値および改定値から上方修正されました。

※previous estimates
さきほども言いました通り、今回は複数形ですので、文法に則って解釈すれば「速報値と改定値」ということ。しかしこれまでのわたしの経験から言って、実際は単数にすべきところ、非ネイティブには分からない理由からか、単なる勢いでか、あるいは間違いなのか分かりませんが、とにかく複数形になっている(あるいはその逆)といったケースがしばしばあるように思います(英語ネイティブが書いているとは限らないという事情もあります)。

たった一つのSのあるなしで意味が大きく変わってしまうので、翻訳者としてはいささか怖い。しかしどちらかはっきりさせなければ仕事にならない。従って調査、です。

これもlatest estimateと同様に、英語の通り訳して何が悪いのかと言いたくなる気持ちはよくわかります。が、特別な場合でない限り、翻訳者、翻訳会社、クライアントの3者の中で、原文を最も精密に読むのは翻訳者ですから、翻訳者の段階で原文の間違いを見過ごすと、印刷され顧客の手に渡るまでに誰も間違いに気がつかない可能性があります。また仮に正しかったとしても、確認した旨をコメントに残しておけば、チェックの段階で誰かが同じ不安を持ったときに、時間を節約することができます。これは「付加価値サービス」と言えるかもしれませんが、本来、ここまで丸ごとひっくるめてが「金融翻訳」なのだと思います。

例えば今回の場合、米国のGDPですので、調査は極めて簡単。調べたところ、2016年10-12月期のGDP成長率は、速報値が前期比年率+1.9%、改定値が同+1.9%、確定値が同+2.1%でしたので、「確定値は、速報値と改定値の両方から上方修正」が確認できました。(仮に原文の筆者が「改定値からの上方修正」のつもりで書いていたとしても、事実には合っているわけですから、間違いを掲載するという最悪の事態は防げます)


第18回 人工知能に負けない

こんにちは。近い将来、多くの仕事がAI(人工知能)に奪われる...なんて恐ろしげな報道を目にすることが多い昨今、翻訳業界にもAI化の波が押し寄せる予兆が感じられます。しかしながら、翻訳業界の中で最もAI翻訳が難しいのは、まず文学、次に金融分野じゃない?と思えるほどに、わたしが日々訳している金融英語は「自由奔放」。俗語こそほとんどないものの、「これ半分エッセイでしょ」と笑いたくなるような気取りまくり(失礼)の文章にも時々お目にかかります。従って金融翻訳の分野でAIが完璧な仕事をこなすようになるまでに、ちょっとは猶予がありそうです。

それでも安心してはいられません。実際、金融翻訳の元ネタを提供する金融業界ではすでにAIの活用が始まっており、この1月からは日本経済新聞社が新しいサービスを開始しました。東京証券取引所の運営する適時開示サイト「TDネット」に企業が公開した決算情報から、AIが売上高や利益率などのデータを読み取り、記事を作成・配信するサービスです。またSBI証券は、AIを活用した米国株式決算速報ニュースの提供を開始しました。どちらも発表から数分~30分で記事が配信されるそうです。

AIが書いた記事なら、AIによる翻訳に問題がないであろうことは、簡単に想像がつきます。人間独特の冗長性も脱線も間違いも一切ないからです(でも遠い将来、AI花子はAIジョージの書いた文章を訳すのが苦手、みたいな状況があり得るかも!?)。将来的には、速報性が求められる定型的な文章についてはAIに任せ、アナリストやストラテジストや証券・運用会社の幹部が気ままにダラダラ、もとい、格調高く書いた文章などは人間に任せる、という時代がやって来るかもしれません。

とりあえず今の段階でAI作成の文章を見ますと「AIの書いた文章だな」というのがよく分かります。別にAIが書いたと分かるから悪いわけではないのですが、読み手の立場に立った文章になっていないな、という印象を受けます。例えば以下の文章をご覧ください。

建設需要の減少があったものの、民間設備投資向け電線の需要が底堅く推移し、売上高は増加、営業利益は増加、経常利益は増加、親会社株主に帰属する四半期純利益は増加となった。

一読してどうでしょうか。日本語文法上は完璧な文章ですが、後半に至っては「あららら」と苦笑してしまいます。しかし仮にこれをAIが英訳する場合、恐らく自動的に
...sales increased, operating earnings increased, current profit increased, and quarterly net earnings attributable to shareholders of the parent company increased.
とするでしょう。少なくとも現段階では、これを「あららら」と思うか思わないか、それが人間と機械との違いだと思います。

そこで今回は、AI作のカチカチの英文をとりあえず直訳したものが上記の文章だと仮定して、これを読みやすく理解しやすい文章に変えてみましょう。訳文がどうしても直訳調になってしまう方は、こういったAIの日本語からの書き換えが良い訓練になるかもしれません。

●建設需要の減少があった
「建設需要が減少した」とするだけで、ずいぶん人間らしくなります。そのほか、「減少した」の部分は「鈍化した」「落ち込んだ」「縮小した」「衰えた」「後退した」など、様々な言い換えが可能です。文脈によっては「剥落した」なども使えます。

●民間設備投資向け電線の需要が底堅く推移し
悔しいことに、ここは文句の付けようがありません。他の可能性を探るとすれば、「堅調に推移し」とか「底堅い推移を示し」などでしょうか。この「示し」は不要な言葉ではあるのですが、意味はまったく同じながら、少しだけ柔らかい印象を与えることができますので、便利な表現です。

●売上高は増加、営業利益は増加、経常利益は増加、親会社株主に帰属する四半期純利益は増加となった
どんなに直訳が好きな翻訳者さんでも、さすがにこれはないですよね。例えば「売上高、営業利益、経常利益、親会社株主に帰属する四半期純利益はいずれも増加した」が最もシンプルで分かりやすい日本語かと思います。

そのほか財務分析上の観点から、例えば「売上高が伸びたほか、営業利益、経常利益、親会社株主に帰属する四半期純利益も増加した」などが考えられます。売上が伸びたからといって、利益が増えるとは限らないからです。

以上をまとめて、少し手を入れてみます。

建設需要は鈍化したものの、民間設備投資向け電線の需要が底堅く推移したことを受けて売上高が伸びたほか、営業利益、経常利益、親会社株主に帰属する四半期純利益も増加した。

いかがでしょうか。とりあえず人間らしい文章になったのではないかと思います(笑)。

さきほども言いましたが、訳文がどうしても直訳調になってしまって悩んでいる方は、英語からの翻訳ではなく、「日本語の書き換え」訓練をお進めします。「原文」が目に入ると、どうしても単語ごとの語義や構造に引きずられてしまうからです。

例えばdeclineで頭に浮かぶ語義は「減少、低下」程度ですが、「需要が減る」ことを示すのに使える日本語は、「鈍化」「縮む」「縮小」「衰退」「後退」「減退」「退潮」「先細る」「衰える」「落ち込む」など、いくらでもあります(もちろん文脈を考慮する必要はあります)。語義レベルだけでなく、構造レベルでも書き換え訓練は有効です(これについては、いつか1回分を割いて、同じ内容でどこまで書き換えが可能か、チャレンジしてみたいと思っています)。元ネタは、翻訳してから少し時間の経った自分の訳文でも構いません。

※今回の日本語文は、日本経済新聞・電子版のマーケット欄「決算サマリー(Beta)」から引用しました。
http://www.nikkei.com/markets/kigyo/page/?uah=DF_SEC8_KSSN__
記事タイトルの上に赤字で「※企業開示をもとに自動で作成」とあるのが、AI作成の記事です。人間の手は一切入っていないとのことです。


第17回 機械的に訳すと意味不明!②

こんにちは。今回は久しぶりに、機械的に訳すと残念で意味不明な日本語になってしまう例を一つだけ挙げてみたいと思います。

資産運用を行っている会社では、顧客向けに様々な資料を配布します。自社の運用実績を説明することはもちろん、今後の市場動向について独自の分析を行い、その情報を顧客に提供することも、資産運用会社の大事な仕事です。今回はそうした資料のうち、株や債券など「資産クラス(asset class)」ごとの見通しを書いたセクションから、「米国株式(US equity)」を取り上げます。こういった欄は、ごく狭いスペースに様々な国・地域の様々な資産の見通しをぎっちり詰め込んであることが多く、限りなく省略した形で書かれている一方、情報量が多いので、まさにread between the linesの作業が必要。わずか1行で、読むべき行間がないこともあります(笑)。

それでも顧客向けの文章ですので、当然のように「ですます」調での訳を求められ、「である調・体言止め」ならばしなくていい苦労をせねばならぬこともあります。

特に苦労するのが文末の形容詞の処理。「形容詞+です」は、文法的には一応正しいとされていますが、どうしてもつたない響きがします。例えばThe Central Bank is likely to rise interest rates.は、である調なら「中銀は利上げに動く公算が大きい」でばっちり決まりですが、「中銀は利上げに動く公算が大きいです」とすると一気に小学生の作文風になり、まずいです。そう、この講座のようにざっくばらんな文章が許される場面ではギリギリOKでも、正式な文書や、ある程度の格調が求められる場合には、ほとんど使用されていないように思います。

脱線しました。課題に戻りましょう。以下の英文を、ある月の顧客(投資家)への配布資料という前提で、「ですます」調で訳してみてください。US equityの欄にぽんと載っている文章ですので、前後の文脈はありません。

【課題】[米国株式の見通し。顧客(投資家)への配布資料]
We expect U.S. equities to benefit from earnings upgrades and share buy-backs. The former are starting to materialize but more should follow.

earnings(複数形)は、本講座第12回でearnings season(企業の決算発表シーズン)の形で出てきました。「収益/利益」という本来の意味から転じて、「(企業の)業績、決算」の意味で使われます。

次にupgrades。経済全体からデータを拾わなければならない国内総生産(GDP)や雇用統計などでは、まず「速報値(flash~/advanced~)」が出された後に「確定値(revised~)」が発表されますが、企業業績の場合、過去に発表した数値を「実はちょっと違いました」と言って修正することは原則ありません。よってupgradesが業績に関して用いられる時は、通常「予想の上方修正」を意味します。

企業は定期的に業績見通しを発表しますが、景気や業界の動向、企業個別の理由によって、その見通しも変化します。そのため、状況に応じて「上方修正」したり「下方修正」したりするわけです(上場企業は、従来の予想から一定の幅以上離れる場合に「業績予想の修正」を開示することが義務付けられています)。

earnings upgradesを何も考えずに訳すと、某機械翻訳のように「利益の向上」などとなり、しかも日本語としてはおかしくない、つまり意味が通じてしまうので要注意です。

share buy-backsは「自社株買い」。自社で発行した株式を自ら買い戻すことを言います。そもそも資金を調達するために株式を発行したのに、また資金を使って株式を買い戻すなんて不思議な行為ですが、現実にはしばしば行われています。詳しく説明しますと長くなりますので、興味のある方はご自分で調べていただくとして、ここはとりあえず、増配(配当増加)などと同じく「株主優遇策」の一つであるとご理解ください。そのため、株価は上昇傾向を示します。

よって1文目
We expect U.S. equities to benefit from earnings upgrades and share buy-backs.
の内容をざっくり言うと、
米国株式は、企業業績の上方修正と自社株買いから恩恵を受けると我々は予想する。
ということになります。

さて、2文目は苦労した方が多いのではないでしょうか。

The former are starting to materialize but more should follow.

前者は実現し始めているが、より多くが続くに違いない・・では、お客様向けの文章になっていないどころか意味不明ですので、何とかしなければなりません。

まずThe former。顧客向けの文章が多い金融関連の文書で、「前者/後者」は素っ気ない印象を与えますので、特に問題がなければ、the former/the latterは、少々しつこくても言い直しましょう。何より読者に、どれが前者/後者に当たるのかを一瞬でも考えさせる状態は問題です(英語はそうなってるじゃん!という言い訳はナシ)。今回の場合は、

前者(the former):earnings upgrades
後者(the latter):share buy-backs

であることは明らかですので、earnings upgradesを繰り返し訳した方が良さそうです。

moreはmore+the former → more earnings upgradesということ。earnings upgradesを3回繰り返したくないがために、こうしたのでしょう。日本語でもさすがに3回はしつこいので、せめて2回に減らす工夫が必要です。ヒントとしては、materializeとfollowの主語が基本的に同じ、ということでしょうか。

まとめますと、2文目の内容は
The former are starting to materialize but more should follow.
業績予想の上方修正は現実のものとなり始めているが、さらなる上方修正が続くに違いない。
ということになります。これを1文目の「米国株式は、企業業績の上方修正と自社株買いから恩恵を受けると我々は予想する」と合わせて、顧客向けのきれいな文章に仕上げましょう。

最初に書きましたように、これはある資産運用会社の株式見通し欄から拝借したものですが、なるべく短く、一方で情報量は多くする必要があるので、原文はこのように非常にそっけない文章になっています。ごく狭いスペースに米国・欧州・日本・新興国地域の株式・債券・不動産・通貨・商品等々をすべて掲載するケースも少なくないからです。日本語の資料でもそれはまったく同じなのですが、わたしの経験から言って、「そっけなさ度」ははるかに英語の方が上のように思います。逆に言うと、日本語にする場合はかなり補足してやらないとまずい、ということです。

最後にもう一度原文を出しておきますので、頭の中だけでも訳してみてくださいね。

【課題】
We expect U.S. equities to benefit from earnings upgrades and share buy-backs. The former are starting to materialize but more should follow.

【試訳】
米国株式は、企業の業績見通しの上方修正や自社株買いの動きから恩恵を享受すると予想されます。上方修正の動きはすでに現実のものとなり始めており、今後さらに広がるものと思われます。

※こういった文章でWeを「我々は/私たちは」と訳すことはほとんどなく、「当社/弊社/当ファンドでは〜と予想しています」などとするか、あるいは上記の試訳のように、主語をなくすことが多いようです。いずれにせよ、クライアントの指示に従います。


第16回 金融翻訳者の単語登録

こんにちは。5回続けてまじめな内容をお届けし、頭が疲れてきましたので、今回は息抜き編です。

よく言われることですが、金融翻訳の特徴の一つに、「短納期」があります。わたしの経験から言って、納期は長くて一週間以内。通常は2、3日以内。運用報告書などですと、朝9時に入稿して夕方納品とか、夜中に入稿して翌日15時までに納品などのケースも多々あります。というより、それが普通です。(原稿量が少なければ、さらに早い納品を求められる場合もあります)

当然ながら、すべての作業にスピードが求められます。それでも読み込みや見直しにできるだけ時間をかけたいので、本筋とは関係ないPC関連の作業時間をいかに短縮するかが重要となります。

例えばタイプ入力。自分がブラインドタッチしているかどうかなんて、どうでもいいのですが(昔はよく話題になりましたよね...)、とにかく間違えないで一度で入力・変換したい。あるいは参考資料にあたる回数を減らしたい。

というわけで、翻訳者であれば誰しも同じと思いますが、わたしも大量の単語(変換)を登録しています。以前、化学関係の翻訳をしている人のリストを見て、分野が違うとここまで違うものかとびっくりしたことがあるので、きょうはわたしの単語登録リストの一部をご紹介します。金融翻訳ではどのような言葉が頻出するのか、雰囲気をつかんでいただけるのではと思います。

【組織編】
固有名詞は長いものが多いため、登録の筆頭選手です。特に略語はアルファベットへの変換が面倒なので、以下に挙げたもの以外にも多数登録しています。

ふぇっど  連邦準備制度理事会(FRB) ※原語がthe Fedなので。
えふある  FRB
ふぉんく  米連邦公開市場委員会(FOMC)
おうしゅうちゅうおう  欧州中央銀行(ECB)
いしび  ECB

【セクター編】
ファンドの運用報告書などに出てくるセクター名は、「世界産業分類基準(GICS、Global Industry Classification Standard)」などの世界基準に従った名称が使用されています。よって例えば、このGICSに沿った分類を使用しているファンドの報告書でIndustrials sectorと出てきたら、「工業セクター」ではなく「資本財・サービス・セクター」とせねばなりません(「サービス」は間違いではありません)。これらを毎回調べるのは面倒ですし、覚えたつもりでも混乱することがあるので、単語登録して間違いを避けています。

いんだすとりあるず  資本財・サービス(Industrials)
すていぷる  生活必需品(Consumer staples)
でぃすくれしょなり  一般消費財・サービス(Consumer Discretionary)
まてりある  素材(Materials)
ゆてぃり  公益事業(Utilities)

【マクロ経済編】
GDPなどは、FRBと同じで英語変換が面倒なため登録。「1-3月期」は、当然ながら「4-6月期」「7-9月期」なども登録しています。この3つ、ハイフンや数字の全角・半角が違うことに気づかれましたか。これらはクライアントによって指定が異なりますので、すべてのパターンを登録しています。

じで  GDP(Gross Domestic Product)
じでぴ  対GDP比
しぴあい  CPI(Consumer Price Index)
だいいちしはんき  1-3月期

【はやり言葉編】
ある時期、やたらめったら出てくる言葉というのがあります。以下、登録はしましたが、いずれ消え去る運命にあると思われる言葉たちです。「ハードランディング」は、中国経済のハードランディングが懸念材料であったころの名残です(登録した頃には出てこなくなりましたが)。

くい  QE(quantitative easing)
ぶれぐじっと  Brexit
はどらん ハードランディング

【タイプミス回避編】
誰しも同じと思いますが、ローマ字入力する場合、nが絡むとどうしてもミスが多くなります。「占有」はsennyuuと打たなければいけないのに、senyuuと打ってしまい、「背乳」となってしまうような場合ですね。nの過不足は、日本語変換ソフトがある程度サポートしてくれるんですが、それでもkinyuuなどは「記入」が第一候補として出てきてしまいます。でも金融翻訳者が求めているのは「金融」なのです!

きにゅう  金融
しにょう  信用
げにゅう  原油

【入力めんどくさいよ編】
これはわたしだけかもしれませんが、手が小さいからか、「ー」や「P」でよくタイプミスをやらかします。よって、なるべくそれらを避けて登録。長いカタカナ語も有力候補です。

ぐる  グループ
さび  サービス
ぐろ  グローバル
こんふ  コンプライアンス
そりゅ  ソリューション
でゅで  デューデリジェンス
まね  マネジメント
まね  マネージャー
まね  マネジャー
ゆろ  ユーロ

【ホンスジの金融編】
最後に、金融関連の言葉です。こうしてずらっと並んだカタカナ語を見ると、ちゃんと理解したうえで訳してるんだかどうだか、自分でも分かりゃしない(笑)。

TIPS(インフレ連動債)は「てぃっぷす」と読むと思うのですが、「てぃ」だけで3ストローク必要なうえに「P」が入っているので、読みそのままでは簡略化の意味がありません。で、最初は「ちふす」にしたのですが、やっぱりイメージが悪いので、本来の日本語訳「物価連動」にしました。

せっかくの金融講座ですので、英語並記しておきます。

いるど  イールドカーブ(yield curve)
いんふ  インプライド(implied)
えくす  エクスポージャー(exposure)
おいす  OIS(overnight index swap)
おるた  オルタナティブ(alternative)
しょと  ショート(short)
すてぃ  スティープナー(steepener)
すふれ  スプレッド(spread)
ぞん  ゾーン(zone)
たむ  ターム(term)
ちび  Tビル(T-bill)
なぶ  NAV(net asset value)
ぶっかれんどう  TIPS(Treasury Inflation Protected Securities)
でゅれ  デュレーション(duration)
はいいるど  ハイ・イールド(high yield)
ばら  バランスシート(balance sheet)
ばりゅ  バリュエーション(valuation)
ぱふぉ  パフォーマンス(performance)
ふれみ  プレミアム(premium)
ぼら  ボラティリティ(volatility)
ぽと  ポートフォリオ(portfolio)
りたん  リターン(return)
りま  利回り(yields)

以上、いかがでしたでしょうか。ご参考に...ならないか。

ともあれ。どんなに単語を登録しても、どうしても避けられないのが、日本語を入力しようとしたら、英語/半角入力モードになっていた、というケース(またはその逆)。画面を見ないで入力していて、ふと気がつくとgamennwominaidenyuuryokusiteiteなんて状態になっていて、「んもうっ!」と叫びつつデリートしているのは、わたしだけではないですよね、きっと。


第15回 債券ファンドのFlyer②

こんにちは。今回も、ハイ・イールド債ファンドのFlyerを取り上げます。前回は大体の構造と個々の単語についてお話ししましたが、訳出に挑戦していただけましたか? 至極単純な構造であり、しかも内容的に特に複雑ではないにも関わらず、「広告文」として実際に取り組んでみると、意外と訳しにくいことが実感できると思います。

A PROVEN APPROACH TO HIGH YIELD

The High Yield Fund combines more than 45 years of history in fundamental credit research with a flexible, opportunistic approach and rigorous risk management to deliver exceptional results in many market environments.


前回お話ししたように、本文は単純な構造で、The Fund combines history with approach and management to deliver results.が核となっています。まずは前回の検討を踏まえつつ、直訳に近い形で訳してみましょう。

ハイ・イールド債の実績あるアプローチ
ハイ・イールド債ファンドは、①多くの市場環境において、例外的な結果を提供するために、ファンダメンタル・クレジット・リサーチにおける45年以上の歴史と、②柔軟で最適な機会に乗じたアプローチおよび厳しいリスク管理を組み合わせます。

この文章は、実際のFlyerの一番上に目立つ形で入っていますので、投資家が一見して興味を惹かれるようにする必要があります。しかし上記の訳は、いかにも翻訳調ですし、何より問題なのは、「ただの説明文」になっていること。そこで、少しずつ手を入れていきます。

①多くの市場環境において、例外的な結果を提供する
  →多様な市場環境において、卓越した成果を提供する

to deliver exceptional results in many market environmentsは、(極端な例外を除いて)どのような市場環境であろうと、非常に高いリターンを提供するよう努力しますよ、というニュアンス。「多くの環境」という表現は日本語として違和感があるので、避けた方が良さそうです。「例外的な」も、運用成果の大小を表現する言葉としては今一つですので、素直な言葉を選ぶと良いでしょう。この文脈では難しいかもしれませんが、自負のニュアンスが入るとさらにいい感じになると思います。

※ただし投資家に金融商品を紹介する文章で、「絶対」「確実」など、「必ず儲かる」ことを匂わせるような表現はご法度です。今回の課題でも、to以降を最後に訳す場合、うっかりすると「~なリターンを提供します」という断定で終わってしまう可能性がありますので、要注意です。

②柔軟で最適な機会に乗じたアプローチ
  →柔軟で臨機応変なアプローチ

flexible, opportunistic approachのうち、flexible approachは「柔軟なアプローチ」でいいとして、opportunistic approachは難しいですね。前回ご説明したように、運用手法を語る場面でのopportunisticは、「目的を果たすため、有効な機会を捉えて臨機応変に/機動的に動く」というニュアンスがありますので、そのまま「臨機応変な/機動的なアプローチ」とするのが良さそうです。

とはいえ、わたしもまだopportunisticの最適な訳を探っている段階です。皆さんも他にぴったりな訳がないか、考えてみてください。

最後に文章全体を眺めて、単なる説明文ではなく、宣伝材料としてふさわしい日本語となっているかどうかを点検しましょう。あまりに過度な表現は法律上問題がありますが、投資家に「へえ~そうなんだ。買ってみようかな」と思わせるような文章を目指してみてください。

タイトルA PROVEN APPROACH TO HIGH YIELDを忘れていました。原文の構造を尊重しようとすると、最初の直訳「ハイ・イールド債の実績あるアプローチ」からあまり離れることができません。ここで言っているのは、「ハイ・イールド債の運用でかなりの実績を積んでおり、そのアプローチの有効性は証明済みである」ということなので、原文構造にこだわらず、その内容をなるべく盛り込みつつ、しかしタイトルらしくしてみましょう。

タイトルの訳に関してはクライアントによって様々な対応があり、文字通りの訳を好む会社もあれば、本文の内容を表わしてさえいれば、相当自由な訳を許してくれる会社もあります。以下の試訳は、「相当自由な訳」であることをお断りしておきます(笑)。

【試訳】
○○社の優れたハイ・イールド債運用アプローチ――その豊富な実績
「ハイ・イールド・ファンド」は、クレジット債券市場における弊社の45年以上に及ぶファンダメンタル・リサーチ、そして柔軟かつ機動的な運用アプローチと厳格なリスク管理手法を組み合わせ、多様な市場環境において卓越した成果を上げることを目標としています。



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プロフィール

アース(土川裕子)さん

アース(土川裕子)さん
愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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