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金融翻訳ポイント講座

不特定多数の読者が対象となる金融翻訳では、質の高いアウトプットが求められます。 高品質の翻訳を上げるために必要なポイントを丁寧に解説します。

第15回 債券ファンドのFlyer②

こんにちは。今回も、ハイ・イールド債ファンドのFlyerを取り上げます。前回は大体の構造と個々の単語についてお話ししましたが、訳出に挑戦していただけましたか? 至極単純な構造であり、しかも内容的に特に複雑ではないにも関わらず、「広告文」として実際に取り組んでみると、意外と訳しにくいことが実感できると思います。

A PROVEN APPROACH TO HIGH YIELD

The High Yield Fund combines more than 45 years of history in fundamental credit research with a flexible, opportunistic approach and rigorous risk management to deliver exceptional results in many market environments.


前回お話ししたように、本文は単純な構造で、The Fund combines history with approach and management to deliver results.が核となっています。まずは前回の検討を踏まえつつ、直訳に近い形で訳してみましょう。

ハイ・イールド債の実績あるアプローチ
ハイ・イールド債ファンドは、①多くの市場環境において、例外的な結果を提供するために、ファンダメンタル・クレジット・リサーチにおける45年以上の歴史と、②柔軟で最適な機会に乗じたアプローチおよび厳しいリスク管理を組み合わせます。

この文章は、実際のFlyerの一番上に目立つ形で入っていますので、投資家が一見して興味を惹かれるようにする必要があります。しかし上記の訳は、いかにも翻訳調ですし、何より問題なのは、「ただの説明文」になっていること。そこで、少しずつ手を入れていきます。

①多くの市場環境において、例外的な結果を提供する
  →多様な市場環境において、卓越した成果を提供する

to deliver exceptional results in many market environmentsは、(極端な例外を除いて)どのような市場環境であろうと、非常に高いリターンを提供するよう努力しますよ、というニュアンス。「多くの環境」という表現は日本語として違和感があるので、避けた方が良さそうです。「例外的な」も、運用成果の大小を表現する言葉としては今一つですので、素直な言葉を選ぶと良いでしょう。この文脈では難しいかもしれませんが、自負のニュアンスが入るとさらにいい感じになると思います。

※ただし投資家に金融商品を紹介する文章で、「絶対」「確実」など、「必ず儲かる」ことを匂わせるような表現はご法度です。今回の課題でも、to以降を最後に訳す場合、うっかりすると「~なリターンを提供します」という断定で終わってしまう可能性がありますので、要注意です。

②柔軟で最適な機会に乗じたアプローチ
  →柔軟で臨機応変なアプローチ

flexible, opportunistic approachのうち、flexible approachは「柔軟なアプローチ」でいいとして、opportunistic approachは難しいですね。前回ご説明したように、運用手法を語る場面でのopportunisticは、「目的を果たすため、有効な機会を捉えて臨機応変に/機動的に動く」というニュアンスがありますので、そのまま「臨機応変な/機動的なアプローチ」とするのが良さそうです。

とはいえ、わたしもまだopportunisticの最適な訳を探っている段階です。皆さんも他にぴったりな訳がないか、考えてみてください。

最後に文章全体を眺めて、単なる説明文ではなく、宣伝材料としてふさわしい日本語となっているかどうかを点検しましょう。あまりに過度な表現は法律上問題がありますが、投資家に「へえ~そうなんだ。買ってみようかな」と思わせるような文章を目指してみてください。

タイトルA PROVEN APPROACH TO HIGH YIELDを忘れていました。原文の構造を尊重しようとすると、最初の直訳「ハイ・イールド債の実績あるアプローチ」からあまり離れることができません。ここで言っているのは、「ハイ・イールド債の運用でかなりの実績を積んでおり、そのアプローチの有効性は証明済みである」ということなので、原文構造にこだわらず、その内容をなるべく盛り込みつつ、しかしタイトルらしくしてみましょう。

タイトルの訳に関してはクライアントによって様々な対応があり、文字通りの訳を好む会社もあれば、本文の内容を表わしてさえいれば、相当自由な訳を許してくれる会社もあります。以下の試訳は、「相当自由な訳」であることをお断りしておきます(笑)。

【試訳】
○○社の優れたハイ・イールド債運用アプローチ――その豊富な実績
「ハイ・イールド・ファンド」は、クレジット債券市場における弊社の45年以上に及ぶファンダメンタル・リサーチ、そして柔軟かつ機動的な運用アプローチと厳格なリスク管理手法を組み合わせ、多様な市場環境において卓越した成果を上げることを目標としています。


第14回 債券ファンドのFlyer①

こんにちは。本講座ではこれまで、資産運用会社が様々な経済トピックについて分析する「マーケットコメント」や、ファンドの運用実績などを投資家向けに定期的に報告する「運用報告書」を中心に見てきました。

当然ながら、ファンドなどを販売するため、資産運用会社もあの手この手で投資家への売り込みを行います。投資家を対象としたセミナーを開催して資料を配布したり、ちらしやパンフレットを作ったり。外資系の運用会社が日本で活動する場合、これらの資料が日本語への翻訳対象となります。

中でも投資家対象のセミナーで使われるPowerPoint資料は、特に依頼が多いように思います。海外に本社があり、日本に進出している外資系運用会社がセミナーを実施する場合、「グローバル債券戦略担当ヘッド」とか「チーフ・インベストメント・オフィサー(CIO)」とか、本社から偉そうな肩書きを持つ人が来日して講演を行うことがあります。その方が余裕をもって資料を準備してくださればいいのですが、まずそんなことはなくて、本当に来日ぎりぎりになって資料が到着し(しかも大量。こんなの誰が読むの?)、あわてて翻訳、あわててチェック、あわてて印刷・・という流れになります。しかもぎりぎりになって修正稿が入るのが常。増えるのも困りものですが、すでに訳した部分をごっそり削られると、その分の報酬をいただけるとしても、やっぱり涙がちょちょぎれます。

脱線しました。

PowerPointの他にも様々な形の資料があり、当然ながらそれらは投資家(顧客)への「広告」ですから、翻訳の際にはコピーライト的な手法を求められることがあります。そこで今回は、そういったちらし(flyer)の一部を訳してみることにしましょう。以下は、ある運用会社が作成した「ハイ・イールド債ファンド」のflyerの冒頭部分です。

A PROVEN APPROACH TO HIGH YIELD

The High Yield Fund combines more than 45 years of history in fundamental credit research with a flexible, opportunistic approach and rigorous risk management to deliver exceptional results in many market environments.


ハイ・イールド債(high-yield bonds)は債券(社債)の一種で、格付けが低く、経営破綻の可能性が他より高いとされる企業が発行する社債の総称です。企業が資金繰りに行き詰まる可能性が高ければ、当然ながら社債が正常に償還されない、つまり債務不履行(default)に陥るリスクも大きくなります。

ハイ・イールド債では、投資家は高いデフォルト・リスクを負うかわりに、比較的高い利回り(yields)を得ることができます。この点、リスクは低いが利回りも低い国債(government bonds)等とは大きく異なります。

またリスクだけで言いますと、国債とハイ・イールド債の中間的な存在として、債務不履行の可能性が低いとされる優良企業の社債があります。格付会社がこれらの社債/企業に「投資適格」の格付けを付与していることから、「投資適格社債(investment-grade corporate bonds)」と呼ばれます。

説明が長くなりました。ただ、様々な債券の特徴(特にrisk-return profile=リスク・リターン特性)、主に購入する投資家の種類(investor type)、特定の市場環境/局面における反応などが頭に入っていないと、思わぬ誤訳が生まれてしまう可能性もありますので、最低限の知識は身につけておきましょう。

さて、今回の課題。平板な印象の運用報告書と同じように無機質に訳すことも可能ですが、それではflyerの意味がありませんので、格調を維持しつつ、そこそこcatchyにする必要があります。

本格的な検討は次回に行うとして、今回は注意点のみを明確にしておきます。気力と時間のある方は、ご自分で訳してみてください。

A PROVEN APPROACH TO HIGH YIELD

The High Yield Fund combines more than 45 years of history in fundamental credit research with a flexible, opportunistic approach and rigorous risk management to deliver exceptional results in many market environments.


長い文章ですが、核はThe Fund combines history with approach and management to deliver results.のみで、「結果を出すため、歴史と、アプローチ/マネジメントとを組み合わせる」という構造になっています。日本語もこの流れにするか、「歴史とアプローチ/マネジメントとを組み合せて、結果を出す」とするか、要検討です。

【fundamental credit research】
英語のcreditは非常に幅広い意味で使われますが、証券市場では国債を除く債券全体を指すことが多く、「クレジット」「クレジット債券」としたり、対象が社債のみと分かっている場合は単に「社債」とすることもあります。

今回のcredit researchは社債(クレジット債券)に関するリサーチということで「クレジット・リサーチ」とすれば良いでしょう。

fundamentalは、第一義の「基本的な、基礎的な」より一歩踏み込んだ意味で使われています。名詞形はfundamentals(通常は複数形)で、「(経済の)基礎的条件、ファンダメンタル(ズ)」などと訳されます。もともとは「国の経済や企業財務の状態を示す指標」を意味し、そこから派生して、経済や企業財務の基本的な状態そのものを指すこともあります。当然ながら形容詞のfundamentalもそれを踏襲しています。

従って社債に関するfundamental researchであれば、発行企業(issuer)の財務状態や収益力、または運用する地域・国の基本的な経済状態についてのリサーチ、という幅広い意味合いを含むことになります。「ファンダメンタル(ズ)」の一言でそれらがすべて表わせますので、特に問題がないのであれば、漢字表現にはしないほうがいいと思います。

【opportunistic approach】
opportunisticは翻訳者泣かせの言葉。辞書に従えば、「日和見主義のアプローチ」「機を見るに敏なアプローチ」「ご都合主義のアプローチ」......どれも0点ですよね。もう少し考えて「最適な機会に乗じたアプローチ」としても、意味が分かるだけで、flyerの日本語としては5点くらいでしょうか。

こういう場合、原義に戻りましょう。Longman Online Dictionaryで名詞形のopportunismを引いてみますと
using every opportunity to gain power, money, or unfair advantages - used to show disapproval
とあります。他の辞書と同様、「否定的な意味を示すのに使われる」とありますが、少なくともこういった運用手法を語る場面でopportunisticが出てきた場合は、「目的を果たすため、有効な機会を捉えて臨機応変に/機動的に動く」という至極前向きのニュアンスで使われているように思います。

以上を参考に、できればご自分で訳してみてください。最終目標は、自分の訳が実際に資産運用会社のちらしに掲載され、投資家が購買意欲を刺激されて、ファンドがバカ売れ・・です(笑)。

それでは次回をお楽しみに。

※金融翻訳者としてのわたしの仕事は、「バイサイド」からの翻訳が多くを占めるため、本講座でもどうしても資産運用会社の材料が多くなってしまいます。その点、ご了承いただければと思います。「バイサイド」は、機関投資家として金融商品を購入する資産運用会社などを指し、逆に証券会社など、金融商品を主に機関投資家に売却する側は「セルサイド」と呼ばれます。


第13回 運用報告書②

こんにちは。先月に続き、今回も「運用報告書」を読んでいきたいと思います。前回は米国株式を中心に運用するファンドの「市場概況」部分を取り上げましたので、今回は「運用成績」を見てみましょう。

FUND REVIEW

①The Fund underperformed its benchmark for the quarter ended September 30, 2016. (...) ②The Fund's weighting in domestic small-cap equities detracted from performance, as this category underperformed the Fund's benchmark. (...) ③Within the Fund's domestic small-cap equity strategy (...), security selection in the health care sector detracted most from performance. (...) ④Within this sector, the holdings in AAA, Inc., a biopharmaceutical company, contributed most.


①The Fund underperformed its benchmark for the quarter ended September 30, 2016.

underperformは「パフォーマンスが(~を)下回る」、反対はoutperformです。訳としては「パフォーマンス/成績/リターンが(~を)下回る」でも良いですし、そのまま「アンダーパフォームする」とすることもあります。

名詞形はunderperformance/outperformance(アンダーパフォーマンス/アウトパフォーマンス)です。

benchmarkは、ファンドや投資信託が運用の参考としている指標のこと。日本株式の運用時の指標としては、日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)がよく用いられます。例えば当期のTOPIXの成績が+2%のところ、そのファンドの成績が+5%であったならoutperform、+1%であったならunderperformとなります。

訳としては、「ベンチマーク」「参考指標」など。ただし、国の「政策金利」や債券の「指標銘柄」にもbenchmarkが使われることがありますので、要注意です。例えば前回第12回の課題で
The U.S. Federal Reserve (Fed) held its benchmark interest rate unchanged for the third consecutive quarter
という部分がありましたが、このbenchmark interest rateは米国の主要政策金利である「フェデラル・ファンド(FF)金利」を指しています。

the quarter ended September 30は「9月30日で終わる四半期」ですから、7~9月のこと。今回は運用報告書ですので、前回説明した通り、「当期」としてもいいですし、「7-9月期」とすることもあります。場合によっては「第○四半期」も可ですが、決算時期によって○の数字が変わりますので要注意です。

【①試訳】
●2016年7-9月期、当ファンドのパフォーマンスはベンチマークをアンダーパ
 フォームしました。
●当期、当ファンドの運用成績は参考指標を下回りました。

②The Fund's weighting in domestic small-cap equities detracted from performance.

②以降は、ファンドの成績にマイナスの影響を及ぼした要因を説明しています。

まず、small-cap equitiesのcapはmarket capitalization(時価総額)のこと。「時価総額」は上場企業の企業価値を示す指標の一つで、「株価×発行済株式数」で算出されます。

例えば日本で最も時価総額の大きいトヨタ自動車の発行済株式数は3,262,997,492株だそうなので、2月18日の株価(終値)で計算しますと、
6,400円×3,262,997,492株=20,883,183,948,800円(約21兆円)
となります。すごいですね。

small-cap equities(小型株)は時価総額が小さめの銘柄ということ。他にもlarge-cap equities(大型株)、mid-cap equities(中型株)などがあります。トヨタは間違いなく大型株です。

大型株は発行株式数が多いため、流動性が高く(つまり売りたい/買いたい時に売りやすい/買いやすい)、株価が安定しやすいという特徴があります。逆に小型株は株価が変動しやすいため、運用次第では高いリターンにつなげることができる反面、損失も大きくなる傾向があります。

ファンドや投資信託は、投資対象が株式か債券かなど資産クラス(asset class)による分類、欧州かアジアかなど地域(region)による分類、先進国か新興国かなど国(country)による分類のほか、大型株、小型株といった株式の特徴に着目して投資対象を選定しているケースもあります。株式の特徴では、今後の成長が見込める「グロース株(成長株)」、株価が本来の価値より割安なまま放置されている「バリュー株(割安株)」などの分け方もあります。

課題文は米国株式のファンドですので、domesticは「米国の」、よってdomestic small-cap equitiesは「米国小型株」となります。

The Fund's weighting in domestic small-cap equities(米国小型株へのファンドの重みづけ)は、米国小型株に一定のウェイトを置いている、資金を配分している、ということ。資金の配分先という意味では「組み入れ」「ポジション」がよく使われます。

まとめると、ファンドが米国小型株に資金配分していた/~株を組み入れていた/~株のポジションを保有していたことが原因で、ファンド全体のパフォーマンスが損なわれてしまった、という意味になります。

【②試訳】
●米国小型株のポジションが、当ファンドのパフォーマンスを悪化させる要因と
 なりました。
●米国小型株の組み入れが、当ファンドのパフォーマンスにマイナスに作用しま
 した。

③Within the Fund's domestic small-cap equity strategy, security selection in the health care sector detracted most from performance.

security selectionは「銘柄選択」「銘柄選定」。先程説明したような、資産クラスや国・地域などによる選定よりもさらに踏み込んで、企業の個別材料(業績や経営方針など)から判断して銘柄(企業)を選ぶ手法を言います。

この文章は、米国小型株戦略の中でも、特にヘルスケア・セクターからの銘柄の選び方が今一つで、ファンドのパフォーマンスを最も損なった、つまり他にもマイナスに作用した要因はあるが、これが最も大きな原因であった、ということです。

「セクター」は、主に業種の意味で使用されますが、欧州企業全体を指して「欧州セクター」、輸出企業全体を指して「輸出セクター」、景気循環に敏感に反応する銘柄全体を指して「景気循環株セクター」などの表現もあります。

【③試訳】
当ファンドの米国小型株戦略の中では、ヘルスケア・セクターの銘柄選択が最も大きくマイナスに寄与しました。

④Within this sector, the holdings in AAA, Inc., a biopharmaceutical company, contributed most.

holdingsは、そのまま「保有」とすることもありますし、「組み入れ」「ポジション」などでも可。文脈によっては訳さないこともあります。

この原文ではAAA, Inc.にbiopharmaceutical companyという補足説明がきちんとついていますが、ファンドによっては(日本で)無名の企業が何の補足もなく出てくることも少なくありません。そのためクライアントの指示によっては、翻訳者側で調査して説明を追加することもあります。

【④試訳】
●同セクターの中では、バイオ医薬品メーカーのAAA社が最大の寄与銘柄となり
 ました。
●ヘルスケア・セクターでは、バイオ医薬品関連のAAA, Inc.がパフォーマンス
 に最も大きくプラス寄与しました。

※ポートフォリオ(資産の組み合わせ)の構築には様々な手法があります。よく言われるのは「トップダウン・アプローチ/ボトムアップ・アプローチ」。資産運用会社の運用方針などで頻繁に目にする言葉です。興味のある方は調べてみてください。


第12回 運用報告書①

こんにちは。今回から何度かに分けて、「運用報告書」を読んでいきたいと思います。

日本証券業協会のウェブページでは、「(購入したファンドや投資信託等が)これまでどのような運用がなされ、実績はどうだったのか、また、現在の経済・金融情勢を踏まえ、今後どのような方針で運用されていくのか等を詳しく説明したものが"運用報告書"です」と説明されています。このページに内容の詳細が書かれていますので、興
味のある方はご覧ください。
http://www.jsda.or.jp/manabu/trust/level2/trust2_10.html

運用報告書は発行が義務付けられているため、投資信託・ファンド等を購入すれば、必ず目にすることになります。以前は郵便で送られてきましたが、最近はネット上での閲覧も可能になりました。証券会社のウェブページに行けば、購入していない人でも閲覧可能ですので、見たことがないという人は是非探してみてください。

運用報告書は多くの場合、月・四半期・半期・一年ごとに発行されます。従って、翻訳もそのたびに発生することになります。

内容の構成は各社様々ですが、経済・市場動向や、市場に影響する経済以外の要因(政治やテロ、天候など)についての概説、報告対象となる期間(当期)の運用成績、具体的な運用戦略やポジション(持ち高)の状況、当期の投資行動、今後の景気見通しや運用方針などについて説明があります。

各項目のタイトルも様々で、経済・市場動向はMarket Review/Overview(「市場概況」「投資環境」等)、運用成績はPerformance/Fund Review(「運用成績」「運用状況」「パフォーマンス」等)など。他にActivity/Fund Positioning/Investment Planなどの項目がありますが、運用会社によって内容が様々なので、「投資行動/運用方針/投資戦略」等々、訳も様々です。タイトルはSummaryやCommentaryのみで、以上の内容がすべてまとめて語られることもあります。

前置きが長くなってしまいましたが、まずはMarket Reviewの例を見てみましょう。

以下は、米国株式を中心に運用するファンドの運用報告書の冒頭、Market Review(市場概況)の一部です。

Market Review

①The U.S. equity market finished positive for the period. The U.S. Federal Reserve (Fed) held its benchmark interest rate unchanged for the third consecutive quarter, stating its desire to wait for further evidence of continued progress toward its objectives. While the unemployment rate remained unchanged, at 4.9% in August, the U.S. economy added 151,000 jobs, against an expected increase of 180,000. ②A mixed corporate earnings season, and continued Fed uncertainty, contributed to investor uncertainty. 70% of companies in the S&P 500 reported second quarter earnings above their mean estimates (...) U.S. real gross domestic product in the second quarter expanded by 1.4% (...) Manufacturing activity rose slightly (...)(2016年9月末時点)


この部分では、米国の中央銀行に相当する連邦準備制度理事会(FRB)の動きや雇用統計、企業業績、GDPその他の経済指標など、経済や市場の動向をざっくりと説明しています。このような状況だったので、ファンドのパフォーマンスはこれこれになりました...という具合に話が続いていきます。今回は入門編ということで、上記下線部に絞って詳しく見てみましょう。

①The U.S. equity market finished positive for the period.

for the periodは、その運用報告書の報告対象としている期間を指しますので、これが月間報告書なら「当月/当期」「9月」など、四半期の報告書なら「当四半期/当期」または「7-9月期」などとします(クライアントの指示に従います)。

finished positiveは「ポジティブで終了した」、つまり7-9月期の運用報告書ならば、4-6月期末の株価と7-9月期末の株価を比較すると後者の方が上であった、前期末比でリターン/パフォーマンスはプラスであった、利益を上げた、という意味です。

【①試訳】
●当期、米国株式市場は前月末を上回る水準で月を終えました。
●米国株式市場は当期、プラスのリターンを上げました。

※例えばUS equity market made gains.という文章で、「上昇する」という訳語を使いたい場合、「米国株式市場は上昇した」と「米国株式市場では株価が上昇した」の二通りの訳が考えられます。本来、「市場」は「上昇」するものではありませんので、日本語としては後者が正確ですが、掲載先やクライアントによっては前者が好まれることもあります。逆に「市場が上昇」が嫌われるケースもあります。

②A mixed corporate earnings season, and continued Fed uncertainty, contributed to investor uncertainty.

corporate earnings seasonは「企業の決算(発表)シーズン」。mixedは金融独特の表現で、業績が良い企業と悪い企業が混ざっていた、ということ。「強弱が交錯/混在/まちまち/入り混じる」「まだら模様」など様々な表現があります。決算だけでなく、景気指標や市場に影響を与える材料/イベントにも使われる表現です。

continued Fed uncertaintyは「継続するFRBの不確実性」...などとせず、もう少し日本語らしい表現を探ってみましょう。この3語の裏には、「今後FRBがどのような金融政策を採用し、政策金利の引き上げ(利上げ)をどのようなペースで何回実施するのか、利上げの着地点はどこか(何%まで引き上げるか)といった点が見通せない状態が続いている」というニュアンスが隠されています。訳自体は原文に近いものになるとしても、内容を正確に理解しているか否かで、訳文全体の流れが大きく変わる可能性もあります。簡単に見える英語でも、その内容を常に考えながら訳すようにしましょう。

この文章のもう一つのポイントは、uncertaintyが2回出てくることでしょう。Fed uncertaintyは、「FRBの今後の動向がuncertainty」ということですので、「不透明(感)」「不確実(性)」などが考えられます。しかしinvestor uncertaintyは投資家の動きが不透明/不確実なのではなく、投資家の疑念や不安が膨らんでいることを指しているため、それなりの訳とする必要があります。

【②試訳】
●強弱まちまちな企業決算内容と、連邦準備制度理事会(FRB)を巡る根強い
 不透明感が、投資家の不安をかき立てる要因となりました。
●企業決算は強弱が入り混じり、また連邦準備制度理事会(FRB)を巡る不透
 明感が拭えない状況が続いたことで、投資家の不安に拍車が掛かりました。

※「投資信託」と「ファンド」(の違い)については、様々なサイトで説明されていますので、気になる方は探してみてください。


第11回 機械的に訳すと意味不明!

こんにちは。今回は、辞書の語義や英語の構造そのままに訳すと、非常に残念な(場合によっては意味不明な)日本語になってしまう例を幾つか挙げてみたいと思います。どれも簡単な文章ですので、まずはご自分で訳してみてください。

1)[GDPの文脈で]Growth was strong, boosted by a rise in inventories and government spending.

Growthは「成長」ですが、一国の成長について語る文脈の場合は、国内総生産(GDP)の成長率/増加率/伸び率を指していると考えてまず間違いありません。従って、inventoriesもgovernment spendingもGDPの構成要素として捉える必要があります。

国内総生産(GDP)=個人消費+設備投資+在庫投資+政府支出+輸出-輸入

ですから、inventoriesは「棚卸資産」ではなく「在庫(投資)」、government spendingは「財政支出」や「(政府の)歳出」ではなく、「政府支出」などとしなければなりません。普通の英和辞典に載っていないこともありますので、要注意です。

【試訳】在庫投資と政府支出の増加が押し上げ要因となり、GDP成長率は堅調な結果を残しました。

2)[金融政策の文脈で]We expect easier policy in Europe and Japan to stimulate economic growth.

easier policyは「簡単な政策」ではなく、easier monetary policyのこと。

ここ数年は特に、世界の中央銀行の金融政策(monetary policy)が市場の注目材料となっており、言及されることが非常に多いため、金融政策について述べた文章であるにも関わらず、monetaryという単語がほとんど出てこないことさえあります。世界的な金融緩和局面に入ってからすでに何年も過ぎ、単にeasyと言っただけで「金融緩和」を意味する状態となっているわけです(日本語でも同様に、「緩和策」だけで「金融緩和策」を意味します)。当然ながら、普通の英和辞典の語義にはありませんので、要注意。

今回はeasyでなくeasierですから、「金融緩和策の拡大」や「より緩和的な金融政策」などとした方が良いでしょう。

【試訳】欧州と日本では、景気刺激を目的とした金融緩和策の拡大が予想されます。

※ただし、上記の解説は早くも時代遅れとなりつつあります。11月の米大統領選以降、市場の注目点が、中銀による金融刺激策から政府による財政刺激策へと移りつつあるためです。ともあれここで言いたいのは、何も考えず字面だけを訳したまま放置するのはNGということです。

3)The inability of the parties to agree to form a coalition has meant that this country has been without a government for 2 months.

これは「ひたすら訳しにくい」例です。下線部は、「連立を形作るため合意する各党の能力のなさ」にしろ、「各党が連立形成のため合意できない状況」にしろ、原文だけをにらんで訳そうとすると、どうしても不自然な日本語となってしまいます。

こういうときは、普段どれだけ新聞等を読み込んでいるか、関連表現が頭の中にどれだけ蓄積されているかが勝負となります。調査すれば見つかることもありますが、仕事は基本的に時間との勝負。持ち駒はなるべく多くしておきましょう。もちろん、すべての分野を網羅することは不可能ですので、調査スキルを磨くことも重要です。

今回の原文は、要するに各党がどれだけ話し合っても連立が組めないため、組閣できない状態が続いている、ということ。これを日本のメディアなどはどのように表現しているでしょうか。

【試訳】諸政党による連立協議がいずれも不調に終わったことで、この国では政府が存在しない状態が2ヵ月続いています。

4)The US dollar benefited from its safe-haven status.

safe-haven (status)はよく見かける表現です。safe-havenすなわち「安全な避難場所」ということ。経済や市場が不安定になったり、先行き不透明感が強まったりした場合に、投資家が資金を安全な資産に振り向ける行為を「資産(資本/資金)逃避」と言います。例えば、信用力が低く価格変動が大きい新興国の株式を売って、信用力が高く価格変動の小さい先進国国債を買う、などの行動です。

safe-haven statusは、そういった逃避先の資産になりやすい位置付けにある、ということ。主な逃避先資産としては、米ドルを初めとする先進国通貨や、先進国の国債、金(ゴールド)などがあります。日本円も逃避先資産となることが多く、「有事の円買い」などと言われます。

「安全な避難場所の地位」とするのはちょっとまずいのですが、「資産/資金」、「安全」、「逃避」という言葉が混ざっていれば、それらしく聞こえるように思います。これらの言葉で検索すれば実例が多数見つかりますので、ぜひ探してみてください。

【試訳】米ドルは、資産の安全な逃避先としての特性から恩恵を享受しました。



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プロフィール

アース(土川裕子)さん

アース(土川裕子)さん
愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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