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金融翻訳ポイント講座

不特定多数の読者が対象となる金融翻訳では、質の高いアウトプットが求められます。 高品質の翻訳を上げるために必要なポイントを丁寧に解説します。

第21回 株式ファンドの四半期運用報告書③

こんにちは。前回に引き続き、ある株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。今回は「ポジショニング(positioning)」。ファンドによっては、「投資行動」などと呼ばれる部分です。

例えば株式を中心に運用する「株式ファンド」でも、どのセクター(業種)に投資するか、また具体的にどの銘柄(企業)に投資するかは、ファンドによってそれぞれ大きく異なります。

様々な資産クラス(asset class)に投資するマルチアセット(multi-asset)ファンドですと、株式、債券(国債・社債)、不動産、国際商品(コモディティ)、通貨、キャッシュなどの資産への配分割合を決め、さらにそれぞれの資産について、投資対象とする国・地域とセクターを選定し、実際に投資する個別銘柄を決定し、さらにはそれぞれの銘柄にどの程度の資金を振り向けるかを決めなければなりません。

これが「ポジショニング」であり、最終的に決まった各資産の保有分を「ポジション」「組み入れ」「持ち高」などと呼びます。すべてのポジションが定まった結果として、ファンドのポートフォリオ(資産の組み合わせ)が完成します。

※ポートフォリオの構築には様々な手法があります。上記では、資産→国・地域/セクター→個別銘柄へと決定していくように書きましたが、個別銘柄の選定を優先する手法もあります。これら「トップダウン・アプローチ」「ボトムアップ・アプローチ」は、資産運用会社の運用方針などで頻繁に目にする言葉ですので、興味のある方は詳しく調べてみてください。

さて、ファンドの設定時に決めたポジションは、多くの場合、市況の変化と共に変更を加える必要が出てきます。例えば株式では、単純に言って下落が見込まれる銘柄を持っていては損ですし、上昇が見込まれる銘柄を持っていないと、得られるはずの利益を得られないかもしれません。そのため、なるべく多くの利益(リターン)を確保できるよう、その局面に合わせて資産配分を工夫するわけです。

そしてファンドが資産を購入・売却、追加(積み増し)・削減した時は、顧客への報告が必要となります。今回の課題では、運用報告書のうち、そうしたポジショニングの部分を訳してみましょう。

We ①took profits on our position in AAA before exiting it. We ②invested proceeds to increase our position in BBB which offered attractive returns.


①took profits on our position in AAA before exiting it

AAAは銘柄(企業)名だと思ってください。our position in AAAは、ファンドがAAA社に配分した資金そのもの、あるいはファンドが保有するAAA社の株式そのものと捉えると分かりやすいかと思います。訳としては「ポジション」「配分」「組み入れ」など。

exitingは、「ポジションの解消」、つまりそのポジションをすべて売却することを意味します。ここではAAA社の株式をすべて売ったということです。ポジションの解消を示す英語は、exitのほか、closeやremoveなども使われます。日本語は、「解消する」に加えて、「クローズする」や「手仕舞う」など。(このあたりはクライアントの好みが反映されますので、指示があればそれに従います)

take profitsは「利益を確定する」。

例えばAAA社の株式を1株100円で購入したところ、1年間で120円に値上がりしたとします。ファンドとしてはもちろん喜ばしいことですが、株価が幾らになろうと、実際に株式を売って20円を手にしない限り、本当に利益を上げたことにはなりません。このように、資産を実際に売却して、購入代金との差額を手にする(利益を実現する)ことを、英語ではtake profitsと言います。日本語では「利益の確定」とか、「利食い売り」などが使われます(後者は若干砕けたイメージですので、使う際には注意が必要です)。

逆に利益を確定する前、評価額の上で利益になっているだけの状態は、「評価益/含み益」、損失になっている状態は「評価損/含み損」です。評価損が大き過ぎて売るに売れない状態を、俗に「塩漬け」などと言いますが、運用報告書の翻訳では決して使わないでください(笑)。

なお、英語はbeforeになっていますが、AAA社のポジション解消=株式の売却=利益確定ですので、「~する前に」や「〜した後に」など、あまり時間に差があるような表現は避けましょう。

②invested proceeds to increase our position in BBB

proceedsは「売却代金、売却益」。この文章でも、①と同じようにtoの前と後ろの行為はほぼ同時進行ですので注意しましょう。

またinvestではありますが、AAA社の株式を売って得た資金をBBB社の株式を買い足すために使用した、ということですので、「売却益を投資して、BBB社のポジションを増やす」などの表現はかなり違和感があります。ここは普通に「使用して」などの言葉を使った方が良いでしょう。(なおBBB社のポジションを新たに設けた場合は、「ポジションを構築」などと言います)

株式を買い足すことは、「ポジションを積み増す/追加する」「組み入れ/配分を増やす」など。

さてそれでは、「ですます」調で全体を訳してみてください。

We took profits on our position in AAA before exiting it. We invested proceeds to increase our position in BBB which offered attractive returns.


【試訳】
・AAA社のポジションを解消し、利益を確定しました。その売却代金を用いて、魅力的なリターンを提供するBBB社のポジションを積み増しました。
・AAA社のポジション解消、利益確定後、その売却益にて、リターンに妙味のあるBBB社の組み入れを拡大しました。

※英文ではどちらもWeが主語になっていますが、運用報告書で「私たち/我々」などと訳すことはほぼないと言っていいでしょう。訳すとしても「当社」「当ファンド」「当戦略」などで、訳さないケースが多いように思います。(逆に、Weで始まる文章が延々と続いているのに、なるべく主体がはっきりするように訳してくれ、と言われて困ることもあります)

※ポジションに特に変更がなかった場合は、
There were no significant changes to the fund positioning over the period.
当期、当ファンドのポジションに大幅な変更は加えませんでした。
などの文言が掲載されます。


第20回 株式ファンドの四半期運用報告書②

こんにちは。前回に引き続き、ある株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。今回は「運用成績」です。当然ながら、報告書の中で最も重要であり、投資家が最も注目する部分ですので、力を入れていきましょう。

The Fund returned 4.6% with ①all distributions reinvested, for the quarter ended March 31, 2017. ②The Fund's benchmark, Russell 2000® Index, returned 3.2% in the same period.


①all distributions reinvested

distributionsは「分配金」。株式で言う配当のことです。

投資信託/ファンドなどでは、一定期間ごとに「分配金」(要するに利益の分け前)が支払われるものが多くありますが、逆にまったく分配を行わず、得られた利益をすべて留保/再投資に振り向けるものもあります。

投資家に分配金を支払うには、運用利益から差し引くか、それでも足りない場合は元本(純資産)を取り崩すしかなく、元本が減れば当然ながら運用リターンは下がります。

例:元本100円を運用し、10円の利益が出た場合
1)利益全額を留保 → 純資産=110円
2)10円を投資家に分配 → 純資産=100円
3)5円を投資家に分配 → 純資産=105円

最終的な純資産額から見れば、例1はリターン10%、例2はリターンゼロ、例3はリターン5%になりますが、この間の運用成績は実はまったく同じ10%です。この違いによる混乱を避けるため、投資信託などでは「分配金込み」の運用成績を開示することが多くなっています。

all distributions reinvestedは「すべての分配金を再投資」した場合のことで、「分配金再投資ベースで」などとすれば良いでしょう。

②The Fund's benchmark, Russell 2000® Index

benchmarkは、第13回でも説明しました通り、ファンドや投資信託が運用の参考(目標)としている指標のこと。日本株式の運用時の参考指標としては、日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)がよく用いられます。米国株式市場では「S&P 500種指数」「ダウ工業株30種平均」など。

TOPIXは東京証券取引所の第一部に上場されているすべての銘柄から構成されていますが、日経平均は日本の代表的な企業225社、S&P 500種指数は米国の代表的な企業500社から構成されます。ダウ工業株30種平均(Dow Jones Industrial Average)は「工業」という訳になっていますが、実際には多数の業種が含まれます。

これらは大型・優良株が中心の総合的な株価指数ですが、その他にも時価総額(株価×発行済株式数)が小さめの中小型株をカバーした指数があり、今回のRussell 2000(ラッセル2000種指数)がこれに当たります。米国の運用会社Russell Investmentsが独自に開発した指数で、時価総額の小さい約2000銘柄が含まれます(登録商標ですので®がついていますが、日本語に訳す時には「ラッセル2000(種株価)指数」で大丈夫です)。

課題のファンドは小型株を中心に運用しているため、ラッセル2000指数を参考指標にしている、というわけです。当期はファンドのリターンが4.6%であったのに対し、ラッセル2000指数は3.2%ですから、「ファンドの成績がベンチマークをアウトパフォームした」ことになります。

もう一度、課題を通して眺めたうえで、実際に訳してみましょう。

The Fund returned 4.6% with all distributions reinvested, for the quarter ended March 31, 2017. The Fund's benchmark, Russell 2000® Index, returned 3.2% in the same period.


【試訳】
2017年1-3月期の当ファンドのリターンは、分配金再投資ベースで+4.6%となりました。また同期、当ファンドのベンチマークであるラッセル2000種株価指数のリターンは+3.2%でした。

※原文に+/-の記号がなくても、日本語訳では付けるケースが多いように思います。


第19回 株式ファンドの四半期運用報告書①

こんにちは。今回から何回かに分けて、株式ファンドの四半期運用報告書を読んでいきたいと思います。以前の運用報告書の回では「市場概況」と「運用成績」のみ取り上げましたが、今回はこれに加えて「ポジショニング」と「パフォーマンスへの寄与要因」も見てみることにしましょう。4回にまたがることになりますが、それぞれつながりはありませんので、個別の記事として読んでいただいて構いません。どれも金融、特に運用分野の翻訳の王道とも言うべき文章ですので、基礎を固めたい方はしっかり読んでくださいね。

「運用報告書」については、第12回の冒頭で詳しく説明していますので、そちらをご覧ください。

今回は、まず「市場概況」の部分から一文だけ取り上げます。このセクションは、経済・市場動向や、市場に影響する経済以外の要因(政治やテロ、天候など)についての概説が主な内容となります。

According to ①the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis, U.S. real gross domestic product (GDP) ②in the fourth quarter expanded by ③2.1%, an ④upward revision from ⑤previous estimates.(2017年4月発行)


①the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis
Bureau of Economic Analysisは、米国商務省(Department of Commerce)の「経済分析局(BEA)」。

米国の国内総生産(GDP)実績は、四半期末月の翌月すなわち4月、7月、10月、1月に、まず1次推計(advance(d) estimate)、その1ヵ月後に2次推計(second estimate)、さらに2ヵ月後に3次推計(third estimate)が発表されます。日本語はそれぞれ「速報値」「改定値」「確定値/確報値」など。

しかし報道文ではあまりsecond~/third~などとは言わないようで、速報値(advance(d) estimate)の後はsmaller than previously estimatedなどのように、単語レベルではなく、文章に埋め込んであることが多いように思います。

ともあれ今回は、3月末に商務省からGDP確定値が発表された後の4月に発行された文書ですので、latest estimateは「確定値」になります。

注意すべきは、そのまま「最新の推定値は」などとしないこと。英語がlatest estimateなんだからいいじゃん!と言いたい気持ちは痛いほどわかりますが(笑)、最初から日本語で書かれた文章では必ずどの段階の値かを明確にしますので、出所が英文だからといって、曖昧な日本語は許されません。

従って必要ならば調査を行い、「これこれの理由で確定値と思われる」等のコメントをつけて納品します。大抵は文書の発行時期や、数値そのものからの逆検索で解決しますが、どうしても断定できないときは、「これこれの理由で断定できない」とのコメントを残します。一方、誰が見ても明らかな場合はコメント不要です(この業界、どこまでが「常識」なのかは、なかなか計り難いのですが)。

②in the fourth quarter

以前も説明しましたが、年度の開始時期が国によって異なりますので、多くの場合は誤解を避けるため、「第1四半期」ではなく「1-3月期」などと数字を明記します。米国の場合、会計年度は「10月~翌年9月」ですが、GDPは暦通りに発表されますので、fourth quarterは「10-12月期」になります。

③2.1%

タテから見てもヨコから見ても「2.1%」ですが、問題は「いつと比較して」という点。日本語ではほとんどの場合それを明記しますので、原文になければ調査が必要です。今回の場合は、annual rate/annualized rate、すなわち前の四半期からの成長率が4回続いた場合の成長率。日本語は「前期比年率」です。

余談ですが、欧米発の文章ではこの手の情報が入っていないことが多く、その都度、貴重な作業時間を割いての調査となります。今回は米国のGDPですから簡単に調査できますけれども、欧州企業の決算期などの場合、個別に調べるのはかなり大変です。

以前、某欧州企業の業績に関する文章を訳した時のこと。英語は、しれっとQ1 results(第1四半期業績)とだけ書いてあります。かなり苦労して調べたら、その甲斐あって(?)なんと11月が決算期でした。つまりfirst quarterは「12-1月」になるわけです。有名企業だけに限っても、会社ごとの決算期をいちいち覚えている人はそうはいないだろうに、なぜ英語ではfirst quarterだけで許されるのか?声を大にして言いたいです(笑)。

脱線しました。

③upward revision

「上方修正」。反対はdownward revision(下方修正)です。

④previous estimates

previous estimatesと複数形ですので、速報値と改定値のどちらからも上方修正されたということ。よって、複数形のない日本語ではその旨をしっかり表現しなければなりません。(※本稿後半で、この点について書いていますので、ご参照ください)

短い文章にも色々と見るべき箇所があるものですね。それではいよいよ訳してみます。

According to the latest estimate from the Bureau of Economic Analysis, U.S. real gross domestic product (GDP) in the fourth quarter expanded by 2.1%, an upward revision from previous estimates.


【試訳】
米商務省の経済分析局(BEA)によると、2016年10-12月期、米国の実質国内総生産(GDP)成長率の確定値は前期比年率+2.1%と、速報値および改定値から上方修正されました。

※previous estimates
さきほども言いました通り、今回は複数形ですので、文法に則って解釈すれば「速報値と改定値」ということ。しかしこれまでのわたしの経験から言って、実際は単数にすべきところ、非ネイティブには分からない理由からか、単なる勢いでか、あるいは間違いなのか分かりませんが、とにかく複数形になっている(あるいはその逆)といったケースがしばしばあるように思います(英語ネイティブが書いているとは限らないという事情もあります)。

たった一つのSのあるなしで意味が大きく変わってしまうので、翻訳者としてはいささか怖い。しかしどちらかはっきりさせなければ仕事にならない。従って調査、です。

これもlatest estimateと同様に、英語の通り訳して何が悪いのかと言いたくなる気持ちはよくわかります。が、特別な場合でない限り、翻訳者、翻訳会社、クライアントの3者の中で、原文を最も精密に読むのは翻訳者ですから、翻訳者の段階で原文の間違いを見過ごすと、印刷され顧客の手に渡るまでに誰も間違いに気がつかない可能性があります。また仮に正しかったとしても、確認した旨をコメントに残しておけば、チェックの段階で誰かが同じ不安を持ったときに、時間を節約することができます。これは「付加価値サービス」と言えるかもしれませんが、本来、ここまで丸ごとひっくるめてが「金融翻訳」なのだと思います。

例えば今回の場合、米国のGDPですので、調査は極めて簡単。調べたところ、2016年10-12月期のGDP成長率は、速報値が前期比年率+1.9%、改定値が同+1.9%、確定値が同+2.1%でしたので、「確定値は、速報値と改定値の両方から上方修正」が確認できました。(仮に原文の筆者が「改定値からの上方修正」のつもりで書いていたとしても、事実には合っているわけですから、間違いを掲載するという最悪の事態は防げます)


第18回 人工知能に負けない

こんにちは。近い将来、多くの仕事がAI(人工知能)に奪われる...なんて恐ろしげな報道を目にすることが多い昨今、翻訳業界にもAI化の波が押し寄せる予兆が感じられます。しかしながら、翻訳業界の中で最もAI翻訳が難しいのは、まず文学、次に金融分野じゃない?と思えるほどに、わたしが日々訳している金融英語は「自由奔放」。俗語こそほとんどないものの、「これ半分エッセイでしょ」と笑いたくなるような気取りまくり(失礼)の文章にも時々お目にかかります。従って金融翻訳の分野でAIが完璧な仕事をこなすようになるまでに、ちょっとは猶予がありそうです。

それでも安心してはいられません。実際、金融翻訳の元ネタを提供する金融業界ではすでにAIの活用が始まっており、この1月からは日本経済新聞社が新しいサービスを開始しました。東京証券取引所の運営する適時開示サイト「TDネット」に企業が公開した決算情報から、AIが売上高や利益率などのデータを読み取り、記事を作成・配信するサービスです。またSBI証券は、AIを活用した米国株式決算速報ニュースの提供を開始しました。どちらも発表から数分~30分で記事が配信されるそうです。

AIが書いた記事なら、AIによる翻訳に問題がないであろうことは、簡単に想像がつきます。人間独特の冗長性も脱線も間違いも一切ないからです(でも遠い将来、AI花子はAIジョージの書いた文章を訳すのが苦手、みたいな状況があり得るかも!?)。将来的には、速報性が求められる定型的な文章についてはAIに任せ、アナリストやストラテジストや証券・運用会社の幹部が気ままにダラダラ、もとい、格調高く書いた文章などは人間に任せる、という時代がやって来るかもしれません。

とりあえず今の段階でAI作成の文章を見ますと「AIの書いた文章だな」というのがよく分かります。別にAIが書いたと分かるから悪いわけではないのですが、読み手の立場に立った文章になっていないな、という印象を受けます。例えば以下の文章をご覧ください。

建設需要の減少があったものの、民間設備投資向け電線の需要が底堅く推移し、売上高は増加、営業利益は増加、経常利益は増加、親会社株主に帰属する四半期純利益は増加となった。

一読してどうでしょうか。日本語文法上は完璧な文章ですが、後半に至っては「あららら」と苦笑してしまいます。しかし仮にこれをAIが英訳する場合、恐らく自動的に
...sales increased, operating earnings increased, current profit increased, and quarterly net earnings attributable to shareholders of the parent company increased.
とするでしょう。少なくとも現段階では、これを「あららら」と思うか思わないか、それが人間と機械との違いだと思います。

そこで今回は、AI作のカチカチの英文をとりあえず直訳したものが上記の文章だと仮定して、これを読みやすく理解しやすい文章に変えてみましょう。訳文がどうしても直訳調になってしまう方は、こういったAIの日本語からの書き換えが良い訓練になるかもしれません。

●建設需要の減少があった
「建設需要が減少した」とするだけで、ずいぶん人間らしくなります。そのほか、「減少した」の部分は「鈍化した」「落ち込んだ」「縮小した」「衰えた」「後退した」など、様々な言い換えが可能です。文脈によっては「剥落した」なども使えます。

●民間設備投資向け電線の需要が底堅く推移し
悔しいことに、ここは文句の付けようがありません。他の可能性を探るとすれば、「堅調に推移し」とか「底堅い推移を示し」などでしょうか。この「示し」は不要な言葉ではあるのですが、意味はまったく同じながら、少しだけ柔らかい印象を与えることができますので、便利な表現です。

●売上高は増加、営業利益は増加、経常利益は増加、親会社株主に帰属する四半期純利益は増加となった
どんなに直訳が好きな翻訳者さんでも、さすがにこれはないですよね。例えば「売上高、営業利益、経常利益、親会社株主に帰属する四半期純利益はいずれも増加した」が最もシンプルで分かりやすい日本語かと思います。

そのほか財務分析上の観点から、例えば「売上高が伸びたほか、営業利益、経常利益、親会社株主に帰属する四半期純利益も増加した」などが考えられます。売上が伸びたからといって、利益が増えるとは限らないからです。

以上をまとめて、少し手を入れてみます。

建設需要は鈍化したものの、民間設備投資向け電線の需要が底堅く推移したことを受けて売上高が伸びたほか、営業利益、経常利益、親会社株主に帰属する四半期純利益も増加した。

いかがでしょうか。とりあえず人間らしい文章になったのではないかと思います(笑)。

さきほども言いましたが、訳文がどうしても直訳調になってしまって悩んでいる方は、英語からの翻訳ではなく、「日本語の書き換え」訓練をお進めします。「原文」が目に入ると、どうしても単語ごとの語義や構造に引きずられてしまうからです。

例えばdeclineで頭に浮かぶ語義は「減少、低下」程度ですが、「需要が減る」ことを示すのに使える日本語は、「鈍化」「縮む」「縮小」「衰退」「後退」「減退」「退潮」「先細る」「衰える」「落ち込む」など、いくらでもあります(もちろん文脈を考慮する必要はあります)。語義レベルだけでなく、構造レベルでも書き換え訓練は有効です(これについては、いつか1回分を割いて、同じ内容でどこまで書き換えが可能か、チャレンジしてみたいと思っています)。元ネタは、翻訳してから少し時間の経った自分の訳文でも構いません。

※今回の日本語文は、日本経済新聞・電子版のマーケット欄「決算サマリー(Beta)」から引用しました。
http://www.nikkei.com/markets/kigyo/page/?uah=DF_SEC8_KSSN__
記事タイトルの上に赤字で「※企業開示をもとに自動で作成」とあるのが、AI作成の記事です。人間の手は一切入っていないとのことです。


第17回 機械的に訳すと意味不明!②

こんにちは。今回は久しぶりに、機械的に訳すと残念で意味不明な日本語になってしまう例を一つだけ挙げてみたいと思います。

資産運用を行っている会社では、顧客向けに様々な資料を配布します。自社の運用実績を説明することはもちろん、今後の市場動向について独自の分析を行い、その情報を顧客に提供することも、資産運用会社の大事な仕事です。今回はそうした資料のうち、株や債券など「資産クラス(asset class)」ごとの見通しを書いたセクションから、「米国株式(US equity)」を取り上げます。こういった欄は、ごく狭いスペースに様々な国・地域の様々な資産の見通しをぎっちり詰め込んであることが多く、限りなく省略した形で書かれている一方、情報量が多いので、まさにread between the linesの作業が必要。わずか1行で、読むべき行間がないこともあります(笑)。

それでも顧客向けの文章ですので、当然のように「ですます」調での訳を求められ、「である調・体言止め」ならばしなくていい苦労をせねばならぬこともあります。

特に苦労するのが文末の形容詞の処理。「形容詞+です」は、文法的には一応正しいとされていますが、どうしてもつたない響きがします。例えばThe Central Bank is likely to rise interest rates.は、である調なら「中銀は利上げに動く公算が大きい」でばっちり決まりですが、「中銀は利上げに動く公算が大きいです」とすると一気に小学生の作文風になり、まずいです。そう、この講座のようにざっくばらんな文章が許される場面ではギリギリOKでも、正式な文書や、ある程度の格調が求められる場合には、ほとんど使用されていないように思います。

脱線しました。課題に戻りましょう。以下の英文を、ある月の顧客(投資家)への配布資料という前提で、「ですます」調で訳してみてください。US equityの欄にぽんと載っている文章ですので、前後の文脈はありません。

【課題】[米国株式の見通し。顧客(投資家)への配布資料]
We expect U.S. equities to benefit from earnings upgrades and share buy-backs. The former are starting to materialize but more should follow.

earnings(複数形)は、本講座第12回でearnings season(企業の決算発表シーズン)の形で出てきました。「収益/利益」という本来の意味から転じて、「(企業の)業績、決算」の意味で使われます。

次にupgrades。経済全体からデータを拾わなければならない国内総生産(GDP)や雇用統計などでは、まず「速報値(flash~/advanced~)」が出された後に「確定値(revised~)」が発表されますが、企業業績の場合、過去に発表した数値を「実はちょっと違いました」と言って修正することは原則ありません。よってupgradesが業績に関して用いられる時は、通常「予想の上方修正」を意味します。

企業は定期的に業績見通しを発表しますが、景気や業界の動向、企業個別の理由によって、その見通しも変化します。そのため、状況に応じて「上方修正」したり「下方修正」したりするわけです(上場企業は、従来の予想から一定の幅以上離れる場合に「業績予想の修正」を開示することが義務付けられています)。

earnings upgradesを何も考えずに訳すと、某機械翻訳のように「利益の向上」などとなり、しかも日本語としてはおかしくない、つまり意味が通じてしまうので要注意です。

share buy-backsは「自社株買い」。自社で発行した株式を自ら買い戻すことを言います。そもそも資金を調達するために株式を発行したのに、また資金を使って株式を買い戻すなんて不思議な行為ですが、現実にはしばしば行われています。詳しく説明しますと長くなりますので、興味のある方はご自分で調べていただくとして、ここはとりあえず、増配(配当増加)などと同じく「株主優遇策」の一つであるとご理解ください。そのため、株価は上昇傾向を示します。

よって1文目
We expect U.S. equities to benefit from earnings upgrades and share buy-backs.
の内容をざっくり言うと、
米国株式は、企業業績の上方修正と自社株買いから恩恵を受けると我々は予想する。
ということになります。

さて、2文目は苦労した方が多いのではないでしょうか。

The former are starting to materialize but more should follow.

前者は実現し始めているが、より多くが続くに違いない・・では、お客様向けの文章になっていないどころか意味不明ですので、何とかしなければなりません。

まずThe former。顧客向けの文章が多い金融関連の文書で、「前者/後者」は素っ気ない印象を与えますので、特に問題がなければ、the former/the latterは、少々しつこくても言い直しましょう。何より読者に、どれが前者/後者に当たるのかを一瞬でも考えさせる状態は問題です(英語はそうなってるじゃん!という言い訳はナシ)。今回の場合は、

前者(the former):earnings upgrades
後者(the latter):share buy-backs

であることは明らかですので、earnings upgradesを繰り返し訳した方が良さそうです。

moreはmore+the former → more earnings upgradesということ。earnings upgradesを3回繰り返したくないがために、こうしたのでしょう。日本語でもさすがに3回はしつこいので、せめて2回に減らす工夫が必要です。ヒントとしては、materializeとfollowの主語が基本的に同じ、ということでしょうか。

まとめますと、2文目の内容は
The former are starting to materialize but more should follow.
業績予想の上方修正は現実のものとなり始めているが、さらなる上方修正が続くに違いない。
ということになります。これを1文目の「米国株式は、企業業績の上方修正と自社株買いから恩恵を受けると我々は予想する」と合わせて、顧客向けのきれいな文章に仕上げましょう。

最初に書きましたように、これはある資産運用会社の株式見通し欄から拝借したものですが、なるべく短く、一方で情報量は多くする必要があるので、原文はこのように非常にそっけない文章になっています。ごく狭いスペースに米国・欧州・日本・新興国地域の株式・債券・不動産・通貨・商品等々をすべて掲載するケースも少なくないからです。日本語の資料でもそれはまったく同じなのですが、わたしの経験から言って、「そっけなさ度」ははるかに英語の方が上のように思います。逆に言うと、日本語にする場合はかなり補足してやらないとまずい、ということです。

最後にもう一度原文を出しておきますので、頭の中だけでも訳してみてくださいね。

【課題】
We expect U.S. equities to benefit from earnings upgrades and share buy-backs. The former are starting to materialize but more should follow.

【試訳】
米国株式は、企業の業績見通しの上方修正や自社株買いの動きから恩恵を享受すると予想されます。上方修正の動きはすでに現実のものとなり始めており、今後さらに広がるものと思われます。

※こういった文章でWeを「我々は/私たちは」と訳すことはほとんどなく、「当社/弊社/当ファンドでは〜と予想しています」などとするか、あるいは上記の試訳のように、主語をなくすことが多いようです。いずれにせよ、クライアントの指示に従います。



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プロフィール

アース(土川裕子)さん

アース(土川裕子)さん
愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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