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金融翻訳ポイント講座

不特定多数の読者が対象となる金融翻訳では、質の高いアウトプットが求められます。 高品質の翻訳を上げるために必要なポイントを丁寧に解説します。

第27回 金融翻訳者になるには(4)

こんにちは。長々とお話してきました「金融翻訳者になるには」、ようやく最後です。これまでは、「新聞・専門誌などを読む」「資格をとる」などの方法についてお話してきました。今回は「金融翻訳の講座を受ける」についてです。現在、学習段階にある人にとって、最も聞きたいのが「講座」だったかもしれませんね。しかし、驚かれるかもしれませんが、今までのわたしの経験から言って、最もお勧めしないのが実はこれです。

もちろん「まったくの無駄」ではなく、どのような講座でも、受講すればそれなりに意味はあると思います。特に翻訳自体が初めての人や、金融分野にまったく馴染みのない人が、金融翻訳とは全体としてどんな感じの仕事なのか、その一端を知る役には立つかもしれません。ある程度レベルの高い講座も幾つかあるようですし、それらがすべて無駄である、とは言いません。

ただ、これはどんな分野でも同じことなのですが、通信講座にせよ対面の講座にせよ、たとえ1年間みっちり学習したとしても、実際に訳出する原文量は、トッププロの一週間分にも満たない可能性があります。つまり現場の仕事のほんの一部にしか触れられない、ということです。

今回は「金融翻訳」の中でも、
・債券・株式・金利・為替・年金・マクロ経済等の各種レポート
・運用報告書、運用商品説明
・各種リサーチ/レポート
に絞って話をしてきました。しかし「各種」という言葉から分かる通り、上記のような狭義の金融翻訳分野に絞ってさえ、実のところ相当な幅広さがあります。例えば同じ「債券」を扱っていても、機関投資家向けの高度なレポートでは専門知識が試され、某社のCIO(最高投資責任者)が気ままに書き散らした(失礼)散文的な文章では、文芸翻訳に比した力量が求められ、無機質な運用報告書では職人に徹する必要があり、個人投資家向けに内容をかみ砕いたプレゼンでは、キャッチーな文章を書く能力が求められるかもしれません。

債券だけでこれだけ必要なのですから、たかだか一週間分の原文量で金融翻訳のすべてを網羅しようとしても、土台無理な話です。

さらに、これはわたし自身が某通信講座の講師をしていたから分かるのですが、講座の課題というのは、総じて「受講生が訳しやすい」ようにお膳立てされた疑似的なものであって、例えば原文自体が文法的、論理的におかしいとか、長時間の調査が必要だとか、非常にニッチな知識が必要なものだとかは、基本的に出題されません。特に初学者さんの場合、こういった特殊な部分に気をとられ、本筋の翻訳訓練がおろそかになってはいけませんので、これはある意味、当然の措置と言えます。

しかし実際の仕事となれば、原文の文法が間違っていることなどざらにありますし、論理破綻している文章も(残念ながら)散見されます。翻訳・見直しより調査の方に時間がかかることや、自分の知らない金融知識にぶつかり、ざっとでも学習しないと翻訳が進まないことも往々にしてあります。しかし翻訳講座でそういうケースはまずないと言っていいでしょう。

したがって翻訳講座で学べば「きれいで易しい原文を翻訳する力」はつきますが(もちろんそれが大前提ではあるのですが)、「イレギュラーな状況に対応する力」はほとんどつきません。しかし実際の翻訳業務は、野原で野球をするようなもので、むしろイレギュラーの連続、と言っていいように思います。

ではどうすればいいのでしょうか。

その答えは、逆説的ながら「金融翻訳者になること」しかありません。どんなに少量の原稿でも、対価をいただき、誰にも頼れない中で緊張感をもって翻訳をするのと、翻訳講座の「お客様」という(気楽な)立場で翻訳をするのとで、どちらが実力向上につながるか。答えは明らかです。

よって、ある程度の力がついたなと感じたら、ずるずると「学習者」でいることをやめ、思いきってプロの世界に飛び込んでください。石にかじりついても最初の仕事を取り、ボロクソに言われながら、現場で力を磨いてください。最終的に見れば、それが「金融翻訳者になり、その後もずっと金融翻訳者を名乗り続ける」ためのいちばんの近道であると思います。


金融翻訳ポイント講座


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プロフィール

アース(土川裕子)さん

アース(土川裕子)さん
愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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