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金融翻訳ポイント講座

不特定多数の読者が対象となる金融翻訳では、質の高いアウトプットが求められます。 高品質の翻訳を上げるために必要なポイントを丁寧に解説します。

第13回 運用報告書②

こんにちは。先月に続き、今回も「運用報告書」を読んでいきたいと思います。前回は米国株式を中心に運用するファンドの「市場概況」部分を取り上げましたので、今回は「運用成績」を見てみましょう。

FUND REVIEW

①The Fund underperformed its benchmark for the quarter ended September 30, 2016. (...) ②The Fund's weighting in domestic small-cap equities detracted from performance, as this category underperformed the Fund's benchmark. (...) ③Within the Fund's domestic small-cap equity strategy (...), security selection in the health care sector detracted most from performance. (...) ④Within this sector, the holdings in AAA, Inc., a biopharmaceutical company, contributed most.


①The Fund underperformed its benchmark for the quarter ended September 30, 2016.

underperformは「パフォーマンスが(~を)下回る」、反対はoutperformです。訳としては「パフォーマンス/成績/リターンが(~を)下回る」でも良いですし、そのまま「アンダーパフォームする」とすることもあります。

名詞形はunderperformance/outperformance(アンダーパフォーマンス/アウトパフォーマンス)です。

benchmarkは、ファンドや投資信託が運用の参考としている指標のこと。日本株式の運用時の指標としては、日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)がよく用いられます。例えば当期のTOPIXの成績が+2%のところ、そのファンドの成績が+5%であったならoutperform、+1%であったならunderperformとなります。

訳としては、「ベンチマーク」「参考指標」など。ただし、国の「政策金利」や債券の「指標銘柄」にもbenchmarkが使われることがありますので、要注意です。例えば前回第12回の課題で
The U.S. Federal Reserve (Fed) held its benchmark interest rate unchanged for the third consecutive quarter
という部分がありましたが、このbenchmark interest rateは米国の主要政策金利である「フェデラル・ファンド(FF)金利」を指しています。

the quarter ended September 30は「9月30日で終わる四半期」ですから、7~9月のこと。今回は運用報告書ですので、前回説明した通り、「当期」としてもいいですし、「7-9月期」とすることもあります。場合によっては「第○四半期」も可ですが、決算時期によって○の数字が変わりますので要注意です。

【①試訳】
●2016年7-9月期、当ファンドのパフォーマンスはベンチマークをアンダーパ
 フォームしました。
●当期、当ファンドの運用成績は参考指標を下回りました。

②The Fund's weighting in domestic small-cap equities detracted from performance.

②以降は、ファンドの成績にマイナスの影響を及ぼした要因を説明しています。

まず、small-cap equitiesのcapはmarket capitalization(時価総額)のこと。「時価総額」は上場企業の企業価値を示す指標の一つで、「株価×発行済株式数」で算出されます。

例えば日本で最も時価総額の大きいトヨタ自動車の発行済株式数は3,262,997,492株だそうなので、2月18日の株価(終値)で計算しますと、
6,400円×3,262,997,492株=20,883,183,948,800円(約21兆円)
となります。すごいですね。

small-cap equities(小型株)は時価総額が小さめの銘柄ということ。他にもlarge-cap equities(大型株)、mid-cap equities(中型株)などがあります。トヨタは間違いなく大型株です。

大型株は発行株式数が多いため、流動性が高く(つまり売りたい/買いたい時に売りやすい/買いやすい)、株価が安定しやすいという特徴があります。逆に小型株は株価が変動しやすいため、運用次第では高いリターンにつなげることができる反面、損失も大きくなる傾向があります。

ファンドや投資信託は、投資対象が株式か債券かなど資産クラス(asset class)による分類、欧州かアジアかなど地域(region)による分類、先進国か新興国かなど国(country)による分類のほか、大型株、小型株といった株式の特徴に着目して投資対象を選定しているケースもあります。株式の特徴では、今後の成長が見込める「グロース株(成長株)」、株価が本来の価値より割安なまま放置されている「バリュー株(割安株)」などの分け方もあります。

課題文は米国株式のファンドですので、domesticは「米国の」、よってdomestic small-cap equitiesは「米国小型株」となります。

The Fund's weighting in domestic small-cap equities(米国小型株へのファンドの重みづけ)は、米国小型株に一定のウェイトを置いている、資金を配分している、ということ。資金の配分先という意味では「組み入れ」「ポジション」がよく使われます。

まとめると、ファンドが米国小型株に資金配分していた/~株を組み入れていた/~株のポジションを保有していたことが原因で、ファンド全体のパフォーマンスが損なわれてしまった、という意味になります。

【②試訳】
●米国小型株のポジションが、当ファンドのパフォーマンスを悪化させる要因と
 なりました。
●米国小型株の組み入れが、当ファンドのパフォーマンスにマイナスに作用しま
 した。

③Within the Fund's domestic small-cap equity strategy, security selection in the health care sector detracted most from performance.

security selectionは「銘柄選択」「銘柄選定」。先程説明したような、資産クラスや国・地域などによる選定よりもさらに踏み込んで、企業の個別材料(業績や経営方針など)から判断して銘柄(企業)を選ぶ手法を言います。

この文章は、米国小型株戦略の中でも、特にヘルスケア・セクターからの銘柄の選び方が今一つで、ファンドのパフォーマンスを最も損なった、つまり他にもマイナスに作用した要因はあるが、これが最も大きな原因であった、ということです。

「セクター」は、主に業種の意味で使用されますが、欧州企業全体を指して「欧州セクター」、輸出企業全体を指して「輸出セクター」、景気循環に敏感に反応する銘柄全体を指して「景気循環株セクター」などの表現もあります。

【③試訳】
当ファンドの米国小型株戦略の中では、ヘルスケア・セクターの銘柄選択が最も大きくマイナスに寄与しました。

④Within this sector, the holdings in AAA, Inc., a biopharmaceutical company, contributed most.

holdingsは、そのまま「保有」とすることもありますし、「組み入れ」「ポジション」などでも可。文脈によっては訳さないこともあります。

この原文ではAAA, Inc.にbiopharmaceutical companyという補足説明がきちんとついていますが、ファンドによっては(日本で)無名の企業が何の補足もなく出てくることも少なくありません。そのためクライアントの指示によっては、翻訳者側で調査して説明を追加することもあります。

【④試訳】
●同セクターの中では、バイオ医薬品メーカーのAAA社が最大の寄与銘柄となり
 ました。
●ヘルスケア・セクターでは、バイオ医薬品関連のAAA, Inc.がパフォーマンス
 に最も大きくプラス寄与しました。

※ポートフォリオ(資産の組み合わせ)の構築には様々な手法があります。よく言われるのは「トップダウン・アプローチ/ボトムアップ・アプローチ」。資産運用会社の運用方針などで頻繁に目にする言葉です。興味のある方は調べてみてください。


第12回 運用報告書①

こんにちは。今回から何度かに分けて、「運用報告書」を読んでいきたいと思います。

日本証券業協会のウェブページでは、「(購入したファンドや投資信託等が)これまでどのような運用がなされ、実績はどうだったのか、また、現在の経済・金融情勢を踏まえ、今後どのような方針で運用されていくのか等を詳しく説明したものが"運用報告書"です」と説明されています。このページに内容の詳細が書かれていますので、興
味のある方はご覧ください。
http://www.jsda.or.jp/manabu/trust/level2/trust2_10.html

運用報告書は発行が義務付けられているため、投資信託・ファンド等を購入すれば、必ず目にすることになります。以前は郵便で送られてきましたが、最近はネット上での閲覧も可能になりました。証券会社のウェブページに行けば、購入していない人でも閲覧可能ですので、見たことがないという人は是非探してみてください。

運用報告書は多くの場合、月・四半期・半期・一年ごとに発行されます。従って、翻訳もそのたびに発生することになります。

内容の構成は各社様々ですが、経済・市場動向や、市場に影響する経済以外の要因(政治やテロ、天候など)についての概説、報告対象となる期間(当期)の運用成績、具体的な運用戦略やポジション(持ち高)の状況、当期の投資行動、今後の景気見通しや運用方針などについて説明があります。

各項目のタイトルも様々で、経済・市場動向はMarket Review/Overview(「市場概況」「投資環境」等)、運用成績はPerformance/Fund Review(「運用成績」「運用状況」「パフォーマンス」等)など。他にActivity/Fund Positioning/Investment Planなどの項目がありますが、運用会社によって内容が様々なので、「投資行動/運用方針/投資戦略」等々、訳も様々です。タイトルはSummaryやCommentaryのみで、以上の内容がすべてまとめて語られることもあります。

前置きが長くなってしまいましたが、まずはMarket Reviewの例を見てみましょう。

以下は、米国株式を中心に運用するファンドの運用報告書の冒頭、Market Review(市場概況)の一部です。

Market Review

①The U.S. equity market finished positive for the period. The U.S. Federal Reserve (Fed) held its benchmark interest rate unchanged for the third consecutive quarter, stating its desire to wait for further evidence of continued progress toward its objectives. While the unemployment rate remained unchanged, at 4.9% in August, the U.S. economy added 151,000 jobs, against an expected increase of 180,000. ②A mixed corporate earnings season, and continued Fed uncertainty, contributed to investor uncertainty. 70% of companies in the S&P 500 reported second quarter earnings above their mean estimates (...) U.S. real gross domestic product in the second quarter expanded by 1.4% (...) Manufacturing activity rose slightly (...)(2016年9月末時点)


この部分では、米国の中央銀行に相当する連邦準備制度理事会(FRB)の動きや雇用統計、企業業績、GDPその他の経済指標など、経済や市場の動向をざっくりと説明しています。このような状況だったので、ファンドのパフォーマンスはこれこれになりました...という具合に話が続いていきます。今回は入門編ということで、上記下線部に絞って詳しく見てみましょう。

①The U.S. equity market finished positive for the period.

for the periodは、その運用報告書の報告対象としている期間を指しますので、これが月間報告書なら「当月/当期」「9月」など、四半期の報告書なら「当四半期/当期」または「7-9月期」などとします(クライアントの指示に従います)。

finished positiveは「ポジティブで終了した」、つまり7-9月期の運用報告書ならば、4-6月期末の株価と7-9月期末の株価を比較すると後者の方が上であった、前期末比でリターン/パフォーマンスはプラスであった、利益を上げた、という意味です。

【①試訳】
●当期、米国株式市場は前月末を上回る水準で月を終えました。
●米国株式市場は当期、プラスのリターンを上げました。

※例えばUS equity market made gains.という文章で、「上昇する」という訳語を使いたい場合、「米国株式市場は上昇した」と「米国株式市場では株価が上昇した」の二通りの訳が考えられます。本来、「市場」は「上昇」するものではありませんので、日本語としては後者が正確ですが、掲載先やクライアントによっては前者が好まれることもあります。逆に「市場が上昇」が嫌われるケースもあります。

②A mixed corporate earnings season, and continued Fed uncertainty, contributed to investor uncertainty.

corporate earnings seasonは「企業の決算(発表)シーズン」。mixedは金融独特の表現で、業績が良い企業と悪い企業が混ざっていた、ということ。「強弱が交錯/混在/まちまち/入り混じる」「まだら模様」など様々な表現があります。決算だけでなく、景気指標や市場に影響を与える材料/イベントにも使われる表現です。

continued Fed uncertaintyは「継続するFRBの不確実性」...などとせず、もう少し日本語らしい表現を探ってみましょう。この3語の裏には、「今後FRBがどのような金融政策を採用し、政策金利の引き上げ(利上げ)をどのようなペースで何回実施するのか、利上げの着地点はどこか(何%まで引き上げるか)といった点が見通せない状態が続いている」というニュアンスが隠されています。訳自体は原文に近いものになるとしても、内容を正確に理解しているか否かで、訳文全体の流れが大きく変わる可能性もあります。簡単に見える英語でも、その内容を常に考えながら訳すようにしましょう。

この文章のもう一つのポイントは、uncertaintyが2回出てくることでしょう。Fed uncertaintyは、「FRBの今後の動向がuncertainty」ということですので、「不透明(感)」「不確実(性)」などが考えられます。しかしinvestor uncertaintyは投資家の動きが不透明/不確実なのではなく、投資家の疑念や不安が膨らんでいることを指しているため、それなりの訳とする必要があります。

【②試訳】
●強弱まちまちな企業決算内容と、連邦準備制度理事会(FRB)を巡る根強い
 不透明感が、投資家の不安をかき立てる要因となりました。
●企業決算は強弱が入り混じり、また連邦準備制度理事会(FRB)を巡る不透
 明感が拭えない状況が続いたことで、投資家の不安に拍車が掛かりました。

※「投資信託」と「ファンド」(の違い)については、様々なサイトで説明されていますので、気になる方は探してみてください。


第11回 機械的に訳すと意味不明!

こんにちは。今回は、辞書の語義や英語の構造そのままに訳すと、非常に残念な(場合によっては意味不明な)日本語になってしまう例を幾つか挙げてみたいと思います。どれも簡単な文章ですので、まずはご自分で訳してみてください。

1)[GDPの文脈で]Growth was strong, boosted by a rise in inventories and government spending.

Growthは「成長」ですが、一国の成長について語る文脈の場合は、国内総生産(GDP)の成長率/増加率/伸び率を指していると考えてまず間違いありません。従って、inventoriesもgovernment spendingもGDPの構成要素として捉える必要があります。

国内総生産(GDP)=個人消費+設備投資+在庫投資+政府支出+輸出-輸入

ですから、inventoriesは「棚卸資産」ではなく「在庫(投資)」、government spendingは「財政支出」や「(政府の)歳出」ではなく、「政府支出」などとしなければなりません。普通の英和辞典に載っていないこともありますので、要注意です。

【試訳】在庫投資と政府支出の増加が押し上げ要因となり、GDP成長率は堅調な結果を残しました。

2)[金融政策の文脈で]We expect easier policy in Europe and Japan to stimulate economic growth.

easier policyは「簡単な政策」ではなく、easier monetary policyのこと。

ここ数年は特に、世界の中央銀行の金融政策(monetary policy)が市場の注目材料となっており、言及されることが非常に多いため、金融政策について述べた文章であるにも関わらず、monetaryという単語がほとんど出てこないことさえあります。世界的な金融緩和局面に入ってからすでに何年も過ぎ、単にeasyと言っただけで「金融緩和」を意味する状態となっているわけです(日本語でも同様に、「緩和策」だけで「金融緩和策」を意味します)。当然ながら、普通の英和辞典の語義にはありませんので、要注意。

今回はeasyでなくeasierですから、「金融緩和策の拡大」や「より緩和的な金融政策」などとした方が良いでしょう。

【試訳】欧州と日本では、景気刺激を目的とした金融緩和策の拡大が予想されます。

※ただし、上記の解説は早くも時代遅れとなりつつあります。11月の米大統領選以降、市場の注目点が、中銀による金融刺激策から政府による財政刺激策へと移りつつあるためです。ともあれここで言いたいのは、何も考えず字面だけを訳したまま放置するのはNGということです。

3)The inability of the parties to agree to form a coalition has meant that this country has been without a government for 2 months.

これは「ひたすら訳しにくい」例です。下線部は、「連立を形作るため合意する各党の能力のなさ」にしろ、「各党が連立形成のため合意できない状況」にしろ、原文だけをにらんで訳そうとすると、どうしても不自然な日本語となってしまいます。

こういうときは、普段どれだけ新聞等を読み込んでいるか、関連表現が頭の中にどれだけ蓄積されているかが勝負となります。調査すれば見つかることもありますが、仕事は基本的に時間との勝負。持ち駒はなるべく多くしておきましょう。もちろん、すべての分野を網羅することは不可能ですので、調査スキルを磨くことも重要です。

今回の原文は、要するに各党がどれだけ話し合っても連立が組めないため、組閣できない状態が続いている、ということ。これを日本のメディアなどはどのように表現しているでしょうか。

【試訳】諸政党による連立協議がいずれも不調に終わったことで、この国では政府が存在しない状態が2ヵ月続いています。

4)The US dollar benefited from its safe-haven status.

safe-haven (status)はよく見かける表現です。safe-havenすなわち「安全な避難場所」ということ。経済や市場が不安定になったり、先行き不透明感が強まったりした場合に、投資家が資金を安全な資産に振り向ける行為を「資産(資本/資金)逃避」と言います。例えば、信用力が低く価格変動が大きい新興国の株式を売って、信用力が高く価格変動の小さい先進国国債を買う、などの行動です。

safe-haven statusは、そういった逃避先の資産になりやすい位置付けにある、ということ。主な逃避先資産としては、米ドルを初めとする先進国通貨や、先進国の国債、金(ゴールド)などがあります。日本円も逃避先資産となることが多く、「有事の円買い」などと言われます。

「安全な避難場所の地位」とするのはちょっとまずいのですが、「資産/資金」、「安全」、「逃避」という言葉が混ざっていれば、それらしく聞こえるように思います。これらの言葉で検索すれば実例が多数見つかりますので、ぜひ探してみてください。

【試訳】米ドルは、資産の安全な逃避先としての特性から恩恵を享受しました。


第10回 とある金融翻訳者の一日

朝5時。この時期まだ外は暗いが、毎晩本を読みながら22時頃には沈没してしまう私は、何となく目が覚める。明るくなるまでは、新聞の時間。いまや新聞もタブレットで読める時代なので、布団に入ったまま、横着な姿勢で日経の電子版を読む。本当のところ、6時頃まで二度寝でもできれば最高なのだが、なにしろ日々情勢の変わる金融の翻訳を仕事にしているので、新聞の購読は必須。だが、特に気になる(経済的)イベントでもなければ、正直、面倒くさい。かといって一週間でもためようものなら、結局は仕事での調査が倍増し、自分に跳ね返って来るので、読むしかない。リアルタイムで追って得たのと同じ知識、同じ俯瞰図を後追いで頭の中に構築しようとしても2倍3倍の時間が掛かり、実に無駄である。......ことはよく分かっているのだが、実際にはしばしば読むのをサボり、後で自分に跳ね返ってくるのであった。

余裕があれば、ロイターやブルームバーグにも目を通す。自分が定期物の翻訳を担当している証券・運用会社のウェブページをチェックすることもある。外資系企業の月次レポートなどでは、本社(本国)のウェブページに掲載されると同時に翻訳開始、ということもあるからだ。実際には、日本支社の担当者がそれを確認して翻訳会社に発注、その後ようやく翻訳者に発注、という流れが多いが、大体の内容だけでも分かっていると、色々と下準備ができる。

そもそも、「隔月第1水曜日発行」とか「四半期最後の営業日に発行」とか言われていても、期日通りに来ることはあまりない(さすがに週次レポートは最悪でも数時間遅れでやってくるが)。にも関わらず、遅れた分だけきっちり納期を延ばしてもらえるような甘い世界でもないので、とにかく一刻も早い着手が重要となる。よってウェブ上に公開される文書の場合は、フライングになることを覚悟のうえでダウンロードし、準備をしておくわけだ。だが実際の依頼原稿がウェブ上のものと一部異なることもあるし、最悪の場合、依頼そのものがないという悲劇もある。予定の期日に原稿が間に合っても、コンプライアンス後にごっそり変更ということもある。涙が出る。

脱線した。

6時。天気が良ければ、ウォーキングへ。朝の時間が好きなので、半分は趣味と言えるけれども、半分は「体調管理」という「仕事」か。実際、階段のない今の家で、買い物にでも行かない限り、一日の歩数はもしかしたら2,000歩くらいかもしれない。「食うための仕事」という免罪符を高らかに掲げ、家事もテキトーに済ませているので、なにしろ歩かない。

しかし仕事が詰まっているときは、ウォーキングはなし。新聞もそこそこに、1時間半ほど働く。

早朝は静かでいい。新聞配達の音がするくらいで、電話は絶対かかってこないし、メールも来ない。しばしば気を失いそうになるランチ後の1時間と比較すると、生産性は2倍くらいなのではないか。世の中、なぜか「朝納品で結構です(=徹夜してでもきっちり納品しろや)」とおっしゃる翻訳会社さんが多いので、前日に完成一歩手前まで詰めておき、翌日朝に仕上げることもある。夜、(ある意味、納品時間まで余裕のある状態で)最後の詰めをするよりは、残り1時間くらいで強制的に追い込む方が、馬力がかかる気がする。

そして朝食。がっつり食べる。朝抜き? あり得ない。先日、健康診断のため久々に朝食を抜いたら、あまりに腹が減り過ぎて胃の検査用のバリウムがうまかったほど。

さて。

できれば8時過ぎには仕事部屋に入りたいところであるが、最低限の家事や、毎日恒例、母親への音声メッセージを録音していると、なんだかんだで8時半頃になる。(メッセージは約5分。あちらからも「次の水曜日にお友達を家に呼ぶ。おやつはこれこれで、お茶はいつものにする」だの「昨日は町内の掃除に参加した。Cさんが出てこなかった」だの、どうでもいい情報が大量に送られてくるので、それを大人しく拝聴する。なんて親孝行なのだろう)

8時半は、始業時間としては普通かもしれない。だがリビングから仕事部屋への通勤が徒歩5歩という点では、通勤組の皆さんに激しくうらやましがられそうだ(その分、激しく運動不足になるが)。

言い忘れたが、朝食前に「家弁」を作ることもある。納期に余裕がある場合は、昼にその場で作り、とっておいたビデオでも見ながら食べた方が気分転換になるが、例えば朝一(あるいは夜中)に入稿して、その日のうちに納品などという短期決戦の場合は、朝に弁当を作り、昼は仕事部屋で食べる。

PCを見ながら食べることはしない。だが「仕事モード」を途切れさせたくないので、デスクで弁当をかきこみ、お茶もそこそこに仕事に戻る。弁当の匂い漂う部屋の中で仕事をしていると、クラスの半分が早弁していた高校時代の4時間目を思い出す。

午後。食いぶちを稼ぐための仕事であるからして、さすがに寝てしまうことはないものの、朝方に比べると明らかに生産性は落ちている。そんなときは、椅子に座ったまま足を机の上に乗せて5~15分間の昼寝をする。最近は昼寝を推奨する企業もあるそうだが、足を机の上に乗せて寝ることまではできまい。弱小個人事業主にも、せめてこれくらいのメリットがなければ。

短い時間とはいえ騒音で起こされたくはないので、音を音でマスキングすべく、波の音をかなりの音量で流す。最近では、波の音=睡眠という条件反射が形成されているので、寝入るのに苦労はない。念のため言っておくが、足を机に乗せるのは、個室を与えられたC-suiteを気取るためではなく(そんなことをしても足の短さが気になるだけだ)、エコノミークラス症候群を防ぐのが目的である。

昼寝以外の休憩時間でも、床に寝ころんで足を壁にもたせかけ、血液を頭に戻す(つもりになる)ことが多い。これも在宅フリーランスならではのメリットだろうか。だが休憩は5分前後。単に目を閉じることもあるし、金融関係の本を読むこともある。体が固まっているときは、体操をすることも。いずれにしろ、気持ちが仕事から離れ過ぎてしまわないように気をつけている。この点、オフィスにいるだけで仕事モードが維持できる会社員諸氏と異なり、やや厳しいところだ。

昼寝のあと1時間くらいは早朝に近い生産性を確保できるが、朝と異なり、電話、メール、メッセージ、宅配や勧誘などのリアル訪問客、加えてコーヒーの極上の匂いで私の気を散らそうとする同居人の存在などが業務の支障となる。それらを乗り越えるほどの集中力があれば問題ないが、どうも最近、年齢のせいか、あるいは金融翻訳を始めてウン年、そろそろ気が緩み始めているせいか分からないが、集中力が落ちている気がする。そのため、集中力を途切れさせない方法をいろいろと試している最中だ。

3時。おやつはきっちり食べる。しかし一日の歩数が2,000歩(推定)に満たないこともある生活を送っているため、カロリーは大敵。したがって、食べるとしてもミニドーナツ1個とかせいぜいその程度で、涙がちょちょ切れる(安上がりだが)。仕事中、一歩も歩いていないのに異常に空腹になるときがあり、やはり脳はエネルギーを大量消費する器官なのだと実感する。そういうとき、脳のエネルギー源であるブドウ糖を補給しなければ仕事にならないし、といってこの超・運動不足状態で糖分をとり過ぎるのも問題だしで、なかなか悩ましい。

4時半~5時頃になると、本日の業務にケリをつけるのか、夕食後も働くのか、決断を迫られる。特に用事がなければ、我が家の早めの夕食(6時)を終えた後、少なくとも2、3時間は働くことが可能だ。だがなるべくならば「残業」はしないようにしている。くだくだしく理由を述べる必要もないと思う。

「残業」しない日の夕食後は、なるべくだらだら過ごす。そうでもしないと、起きている間中、頭が仕事のことになりかねないからだ。国際宇宙ステーションの通過が見られるときは、わざわざ見に行ったりする。月がきれいなときは、横着にも家の中で望遠鏡を組み立て、飽きることなく月面の様子を観察したりする。だが通常は、録画しておいた海外ドラマを見て、吹き替えのうまさにため息をついたりする。

そして早ければ9時には布団にもぐりこみ、本を読む。これも、業務とはまったく無関係なもの(主にミステリかSF)を読むようにしている。

さあ、明日の朝は月次案件があるから、5時から仕事だ。もう寝よう。


第9回 金融翻訳者の役割とは

こんにちは。今回は第6~8回に使用した課題を見ながら、金融翻訳者の役割について考えてみたいと思います。

第6~8回をきちんと読んでくださった人の中には、「細かいなあ」とか、「ここまで踏み込んで変えてしまっていいのかなあ」などと感じた人がいるかもしれません。学習段階にある人は、特にそうでしょう。もちろん、仕事によっては「原文に忠実に」という指示が与えられたり、社内でざっと閲覧するだけの資料などは、「多少日本語を犠牲にしてもいいので、とにかく速く仕上げて」と言われることもあります。しかし逆に言えばこれは、特に指示がない限り「日本語としておかしいものは出すな」ということです。

契約・法律、IT、医療、特許などの翻訳は、その分野に精通した人が目にするケースが多いと思われるのに対し、金融翻訳は、専門知識を有する金融のエキスパートから一般投資家まで、様々な人々が読む可能性があります。つまり専門家はもちろん、「一般消費者」にも受け入れられる、分かりやすく自然な日本語でなければならない、ということです。

「分かりやすく自然な日本語」――よく言われることですが、われわれ翻訳者にとって、具体的には何を意味しているのでしょうか。

ここで、前回の課題を見てみましょう。なるべく原文に忠実に訳してみます。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.
米国の連邦準備制度理事会(FRB)が2014年11月に量的緩和(QE)プログラムを終了し、続いて2015年12月に抑制気味の金利の「リフトオフ」を実施して以降、米国の株式市場は、より正常なボラティリティ(株価変動性)に戻りつつ、2016年第1四半期まで実質的に横ばいであった。しかしその横ばいのパフォーマンスの裏には、FRBがQEを終了して以降、特に直近四半期の間に生じた一部の鋭い変動が隠されている。

内容を考慮して少し手を加えましたので、(金融専門の部分はともかく)大体の流れは理解できるかと思います。よって「英文和訳」としては合格かもしれません。しかしこれを、「日本企業が日本人(投資家)向けに発表した文章」として、「一般消費者」の気持ちで読んだとしたらどうでしょうか。ほとんどの人が日本語に違和感を持つのではないかと思います(上記はいささか大げさな例ではありますが)。

もっと分かりやすく言いましょう。上記の文章が日本経済新聞に載っていたらどうでしょうか。「日経、大丈夫?」となります。

もちろん、実際にはそんなことはありえません。例えば上記の訳をわたしが納品したとしたら、まずは翻訳会社の段階で相当な直しが入り、日経への納品後もさらに手が加えられて、最終的には「100%日経の顔」、すなわち日経記者が書くのと同水準の日本語となって世の中に出て行くはずです(結果として、わたしの翻訳者としての評価は下がるでしょう)。

要するに、われわれ金融翻訳者は、経済新聞のために翻訳をするならば経済新聞記者、株式ファンドの運用報告書の翻訳をするならばファンドマネジャーが書いた文章として違和感のない日本語を書かねばならぬ、ということです。証券会社のプレスリリースを訳すなら、その会社が最初から日本語でプレスリリースを書く時と同じ体裁・質の日本語が求められます。

訳文(商品)の最終的な使用目的を考えれば当たり前のことなのですが、翻訳そのもののスキルや、原文の専門的な部分にのみ関心が向いてしまって、この点を見逃している人もいるように思います。

家の中で一人、目の前にある自分の訳文と向き合っていると、直接の納品先である翻訳会社の評価ばかりが気になります。しかし本当のところ重要なのは、「翻訳会社の先にいる顧客が満足するか」、さらに言えば「顧客の先にいる最終消費者(最終的に翻訳を読む人)が満足するか」なのです。

もちろん実際には、ファンドや証券会社の現場で働いている人々と完全に同じ知識や技能を身につけることは難しく、「ファンドマネジャーと同じ日本語を書け」と言われたところで、簡単には行きません。クライアントや翻訳会社との相性の問題もあります。それに通常、フリーランスの翻訳者は多数の顧客のニーズに応えなければならないため、すべての人を満足させられる水準に到達することは不可能かもしれません。それでも、翻訳という専門サービスを提供するプロ、そして「物書きのプロ」として、私たちは依頼元の希望にできる限り沿った成果物を提供する(よう努力する)義務があるのではないでしょうか。

私たちはどうしても「翻訳業界」の単位で物事を考えがちになりますが、翻訳サービスの最終目的は、「顧客の活動を支える材料を作ること」にあります。よって、金融なら金融業界、法律なら法律業界の中で、自分がどのような役割を果たしているかを常に考えながら、翻訳というサービスを提供すべきである、と思います。

★ ★ ★


理想論を語ってしまいました。日々、理想を現実化するべく努力を続けつつも、実際にはありとあらゆる困難が金融翻訳者を襲います。今回はマジメに語り過ぎてしまいましたので、次回は少し息抜き。金融翻訳者の実態についてお届けできればと思います。お楽しみに。



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プロフィール

アース(土川裕子)さん

アース(土川裕子)さん
愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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