HOME > 翻訳 > 金融翻訳ポイント講座

金融翻訳ポイント講座

不特定多数の読者が対象となる金融翻訳では、質の高いアウトプットが求められます。 高品質の翻訳を上げるために必要なポイントを丁寧に解説します。

第9回 金融翻訳者の役割とは

こんにちは。今回は第6~8回に使用した課題を見ながら、金融翻訳者の役割について考えてみたいと思います。

第6~8回をきちんと読んでくださった人の中には、「細かいなあ」とか、「ここまで踏み込んで変えてしまっていいのかなあ」などと感じた人がいるかもしれません。学習段階にある人は、特にそうでしょう。もちろん、仕事によっては「原文に忠実に」という指示が与えられたり、社内でざっと閲覧するだけの資料などは、「多少日本語を犠牲にしてもいいので、とにかく速く仕上げて」と言われることもあります。しかし逆に言えばこれは、特に指示がない限り「日本語としておかしいものは出すな」ということです。

契約・法律、IT、医療、特許などの翻訳は、その分野に精通した人が目にするケースが多いと思われるのに対し、金融翻訳は、専門知識を有する金融のエキスパートから一般投資家まで、様々な人々が読む可能性があります。つまり専門家はもちろん、「一般消費者」にも受け入れられる、分かりやすく自然な日本語でなければならない、ということです。

「分かりやすく自然な日本語」――よく言われることですが、われわれ翻訳者にとって、具体的には何を意味しているのでしょうか。

ここで、前回の課題を見てみましょう。なるべく原文に忠実に訳してみます。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.
米国の連邦準備制度理事会(FRB)が2014年11月に量的緩和(QE)プログラムを終了し、続いて2015年12月に抑制気味の金利の「リフトオフ」を実施して以降、米国の株式市場は、より正常なボラティリティ(株価変動性)に戻りつつ、2016年第1四半期まで実質的に横ばいであった。しかしその横ばいのパフォーマンスの裏には、FRBがQEを終了して以降、特に直近四半期の間に生じた一部の鋭い変動が隠されている。

内容を考慮して少し手を加えましたので、(金融専門の部分はともかく)大体の流れは理解できるかと思います。よって「英文和訳」としては合格かもしれません。しかしこれを、「日本企業が日本人(投資家)向けに発表した文章」として、「一般消費者」の気持ちで読んだとしたらどうでしょうか。ほとんどの人が日本語に違和感を持つのではないかと思います(上記はいささか大げさな例ではありますが)。

もっと分かりやすく言いましょう。上記の文章が日本経済新聞に載っていたらどうでしょうか。「日経、大丈夫?」となります。

もちろん、実際にはそんなことはありえません。例えば上記の訳をわたしが納品したとしたら、まずは翻訳会社の段階で相当な直しが入り、日経への納品後もさらに手が加えられて、最終的には「100%日経の顔」、すなわち日経記者が書くのと同水準の日本語となって世の中に出て行くはずです(結果として、わたしの翻訳者としての評価は下がるでしょう)。

要するに、われわれ金融翻訳者は、経済新聞のために翻訳をするならば経済新聞記者、株式ファンドの運用報告書の翻訳をするならばファンドマネジャーが書いた文章として違和感のない日本語を書かねばならぬ、ということです。証券会社のプレスリリースを訳すなら、その会社が最初から日本語でプレスリリースを書く時と同じ体裁・質の日本語が求められます。

訳文(商品)の最終的な使用目的を考えれば当たり前のことなのですが、翻訳そのもののスキルや、原文の専門的な部分にのみ関心が向いてしまって、この点を見逃している人もいるように思います。

家の中で一人、目の前にある自分の訳文と向き合っていると、直接の納品先である翻訳会社の評価ばかりが気になります。しかし本当のところ重要なのは、「翻訳会社の先にいる顧客が満足するか」、さらに言えば「顧客の先にいる最終消費者(最終的に翻訳を読む人)が満足するか」なのです。

もちろん実際には、ファンドや証券会社の現場で働いている人々と完全に同じ知識や技能を身につけることは難しく、「ファンドマネジャーと同じ日本語を書け」と言われたところで、簡単には行きません。クライアントや翻訳会社との相性の問題もあります。それに通常、フリーランスの翻訳者は多数の顧客のニーズに応えなければならないため、すべての人を満足させられる水準に到達することは不可能かもしれません。それでも、翻訳という専門サービスを提供するプロ、そして「物書きのプロ」として、私たちは依頼元の希望にできる限り沿った成果物を提供する(よう努力する)義務があるのではないでしょうか。

私たちはどうしても「翻訳業界」の単位で物事を考えがちになりますが、翻訳サービスの最終目的は、「顧客の活動を支える材料を作ること」にあります。よって、金融なら金融業界、法律なら法律業界の中で、自分がどのような役割を果たしているかを常に考えながら、翻訳というサービスを提供すべきである、と思います。

★ ★ ★


理想論を語ってしまいました。日々、理想を現実化するべく努力を続けつつも、実際にはありとあらゆる困難が金融翻訳者を襲います。今回はマジメに語り過ぎてしまいましたので、次回は少し息抜き。金融翻訳者の実態についてお届けできればと思います。お楽しみに。


第8回 マーケットコメント(株式市場)その3

こんにちは。今月も引き続き、ある資産運用会社のマーケットコメントを取り上げます。原文の詳しい解釈については第6回、注意すべき点については第7回でご確認ください。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.(2016年4月時点)


①Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015

第7回で指摘したように、日本語の性質上、followed by以下を先に訳さない限り、「2014年11月以降」ではなく「2015年12月以降」と受け取られる可能性があります。内容によっては、Since A, followed by Bを「Bに先立ってAがあった。その時以降」などとする方法もありますが、今回の原文に当てはめるのは、いまひとつかもしれません。わたし自身もいろいろと試してみましたけれども、手をかけ過ぎると、単なる修飾節であるこの部分に文章の重点が移ってしまい、総合的に見て好ましくありません。

a rather restrained interest-rate "liftoff"については第6回でいろいろと説明しましたが、上記のような事情もあり、あっさりと「ごく小幅な利上げ(を実施しました)」などとするのが良さそうです。liftoffを生かしたい場合は、「ごく緩やかなペースながら"リフトオフ(利上げ開始)"(に踏み切りました)」などでしょうか。

【試訳①】
米連邦準備制度理事会(FRB)が2014年11月に量的緩和(QE)プログラムを終了して以降(その後2015年12月にごく緩やかなペースで利上げを開始)、
....
●ちょっとずる?という気がしないでもないですが、followed by以下をカッコに収め
 てみました。とりあえずこれで、「2015年12月以降」と解釈されるリスクはなく
 なったように思います。
●a rather restrained interest-rate "liftoff"が文章のメインであれば、もう少し手の
 込んだ表現にしても良いのですが、カッコ内でもあり、すっきりさせてみました
("liftoff"の" "を生かすと、カッコ内カッコになってしまいますので、上記訳では避
 けました)。    
 
②U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility.

この部分についての問題は、前回までに解決済みです。付け加えるとすれば、下線部を「2016年3月まで」とする手もある、という点。もちろん、どうしても「四半期」というタイムスパンで表現したい理由が筆者にあったのかもしれませんから、検討が必要ですが、「1-3月期まで」よりも「3月まで」の方が日本人には感覚的になじみやすいような気がします。

【試訳②】
米国株式市場は、2016年1-3月期まで事実上横ばいで推移し、ボラティリティ(変動性)は正常な水準に回復しました。

③But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.

この部分は、mask、go-nowhere、that以下の関係節、some ofなど、単語の語義や文章の構造にこだわっている限り、直訳調から抜け出ることはなかなか難しいように思います。「どこにも行かないパフォーマンスが揺れを隠す」がこの英語のエッセンスですが、筆者が本当に言いたいことは何か、その点を十分に考慮して訳文を作成しましょう。

most recentは「最も近い」「最新の」などとするのが普通ですが、金融では「直近」という言葉がよく使われます。場合によっては、下線部を「1-3月期」などと具体的にしてしまってもいいと思います。

【試訳③】
しかし、最終的には横ばいに終わったものの、FRBによるQE終了後、特に直近の四半期は株価が大きく変動する場面もありました。

●go-nowhere performance:上記訳では主述のある文の形にしましたが、「横ばい
 の推移」などと名詞句にする手もあります。ただし前文の表現とかぶりますので、
 あとで検討が必要です。
●some of:例えばSome are young.であれば、「一部の人は若い」などとするよ
 り、「若い人もいる」のようにした方が自然ですので、ここでもその方法を使い
 ました。今回は人ではなく市場の話ですので、上記のように「場面もあった」か、
 あるいは「局面もあった」とするのが良さそうです。

   ★   ★   ★


実際の原文では、この後に「例えばS&P500種株価指数は2016年年初に急落し...」と、the sharp swingsの例が続きます。

①②③を合わせて、少し手を入れてみます。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.(2016年4月時点)


【試訳】
米国の連邦準備制度理事会(FRB)が2014年11月に量的緩和(QE)プログラムを終了して以降(その後2015年12月にはごく緩やかなペースながら利上げを開始)、米国株式市場は2016年3月に至るまで事実上横ばいの推移をたどり、ボラティリティ(株価変動性)も通常の水準に戻りました。しかしながら、株価は最終的に以前と同水準に終わったものの、QE終了後、特に直近四半期には極端な変動を示す場面もありました。

「以前と同水準」は、「横ばい」を繰り返さないように変えてみたのですが、「横ばい」のままでもいいかもしれません。他にも
「ごく緩やかなペースで利上げ」→「ごく緩やかなペースながら利上げ」
「2016年1-3月期まで」→「2016年3月に至るまで
「ボラティリティ(変動性)」→「ボラティリティ(株価変動性)」
「正常な水準」→「通常の水準」
「大きく変動する場面」→「極端な変動を示す場面」
などを変更してあります。どれも前者が間違いとか不適切というわけではなく、様々な可能性を示す意味で変えてみました。

最終的には、全体を通して読み、論理に破綻はないか、日本語として流れが悪くないかをしっかりと点検するようにしましょう。

特に、本気で金融翻訳者を目指しているあなたは、これを読んで「ほうほう」とうなずくだけでなく、実際に訳出してみることを強くお勧めします(笑)。


第7回 マーケットコメント(株式市場)その2

こんにちは。今月も引き続き、ある資産運用会社のマーケットコメントを取り上げます。原文の詳しい解釈については、第6回 でご確認ください。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.(2016年4月時点)


この原文、いざ翻訳しようとしますと、様々な問題点が壁となって立ちはだかります。

問題1)米国株式市場が事実上横ばいとなったのは、リフトオフした2015年12月以降ではなく、2014年11月以降である。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat....

上記下線部だけであれば、「米連邦準備制度理事会(FRB)は2014年11月に量的緩和(QE)を終了し、その後2015年12月に"リフトオフ"した」と、前から訳して行くのが最も自然です。しかしSinceを加えて「2014年11月に量的緩和を終了し、その後2015年12月に"リフトオフ"して以降」とすると、日本語の性質上、「2015年12月以降」と受け取られる可能性があります。しかし原文の意図はあくまでも「QEを終了した2014年11月以降」。これをどう処理するかが問題です。

問題2)原文からはa return to more normal volatility(より正常なボラティリティへの回帰)の内実が分からない

今回の訳には影響しないのですが、問題が生じるケースが多々あるため、取り上げておきます。

U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility.

この原文だけ見れば、「ボラティリティは正常に回帰しつつ、2016年第1四半期まで株価は横ばいであった」、つまり「以前は高かったボラティリティが徐々に低下し、2016年3月には正常に戻った」とも読めます。しかし事実は異なりまして、2014年11月から2016年3月までの間に何度か激しい上下動があります。実際、2016年年初には世界的にボラティリティが急上昇する局面がありました。これを知っているか知らないかで、日本語が大きく変わることがあります。

金融翻訳の厳しいところはこの点で、常に経済や市場の推移を追い、大体の動きを頭に入れておかないと、原文の上っ面のみ訳して終わり、ということになりかねません。また、どれだけがんばって経済の動きを追っていても、詳細に関して確信が持てないことも多いので、そのたびに事実関係を調査する必要に迫られます(もっとも、それが楽しいとも言えます)。

今回の場合は、例えば米国の代表的な株価指数であるS&P500種指数のチャートを見るだけでも、かなり参考になります。Googleで「S&P500」を検索しますと、結果のトップに同指数の推移を示したチャートが出てきます。最初に表示されるのは「1日」の推移ですから、例えば「1年」をクリックすると、過去1年間の株価変動の様子が分かります。これを見ても、2015年9月と2016年年初に大きく株価が変動(下落)していることが読み取れます(株価が大きく変動する=ボラティリティが高い、ということです)。

問題3)with a return to more normal volatility――withの捉え方

これも金融翻訳の特徴だと思うのですが、as/and/but/withなどの前置詞や接続詞が、かなり無造作に、といって悪ければ自由奔放に使われている感がありますので、文脈を考慮して、逆接なのか順接なのか、はたまた付帯/理由/条件なのかをしっかり見極める必要があります。「andやasだから順接」などの思い込みは禁物です。

今回のwithは「付帯」でいいと思いますが、文脈によっては「正常なボラティリティに戻ったので」「~の結果、正常なボラティリティに戻った」など、理由や結果の意味になる可能性もあります。

※各種レポート筆者諸氏の名誉のために言っておくと、英語と日本語の論理構造の違いが原因で、逆接を逆接、順接を順接で訳せないこともあります。問題はむしろこちらかもしれません。長文を引用しないと検討しにくいのでなかなか難しいですけれども、いつかこのコーナーでも取り上げてみたいと思っています。

問題4)最後の文(But that go-nowhere...)を分かりやすい日本語にする

But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings

go-nowhere performanceをどう訳すかも問題ですが(色々と試してみてください)、maskをそのまま「隠す」とするかどうかも問題。結論から言うと、あまりお勧めできません。ちょっと工夫して、「go-nowhere performanceの裏には、some of the sharp swingsが隠(さ)れている」とすれば、少しは日本語らしくなりますが、some ofが思いのほか邪魔で、どうしても翻訳調になってしまいそうです。

前回も言ったように、この原文が最も伝えたい内容は、「株価は(最初と最後だけを見れば)横ばいとなったが、期間中、大きな変動もあった」ということ。この意図を伝えることが我々の第一の使命ですので、英語の構造や語義にこだわって意味不明の日本語となるよりは、勇気をもって原文から離れましょう。

さて、次回はいよいよ最終的な訳の検討に入ります。上記4点を熟慮したうえで、ご自分なりの翻訳文を用意してお待ちください!(「ですます」調で)

それでは次回をお楽しみに。


第6回 マーケットコメント(株式市場)その1

こんにちは。今回からは、ある資産運用会社のマーケットコメントから、米国株式市場の見通しについて述べた文章の冒頭部分を取り上げます。まずは解説を読まず、できればご自身で訳してみてください(「ですます」調で)。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.(2016年4月時点)


英語自体に難しい所はほとんどありませんが、株式市場になじみがない方にとっては、分かりにくい部分があるかもしれませんね。内容が理解できたとしても、訳出するのはなかなか厄介そうです。こういったマーケットコメントの英語は、筆者や証券・運用会社のカラーによって少しずつ異なるものの、大体はこのような感じです。しかしそれだけに、うまく訳出できたときの喜びもまたひとしおです。がんばりましょう。

さて、今回は原文を3つに分けて、解釈に集中してみます。

①Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015,

FedとQE:金融翻訳としては基本中の基本ですので、ここであえて説明はしません。訳出や理解に不安があるようならば、しっかり調査のうえ、戻ってきてください。

a rather restrained interest-rate "liftoff":普通liftoffといえば「発射」「打ち上げ」の意味ですが、ここでは「利上げの開始」、正確には「米国の主要政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導レンジ引き上げの開始」のことです。2008年12月から2015年12月までの長期にわたり据え置かれてきた政策金利を久々に引き上げること(ゼロ金利政策の解除)を、ロケットになぞらえてliftoffと表現しています。

ただし、ロケット打ち上げから受ける印象とは異なり、利上げ幅はわずかに0.25%。例えば世界的にインフレが加速した1970年代のとある時期には、たった半年で約5%も引き上げられていたことを思えば、まさにrather restrainedな利上げです。連邦準備制度理事会(FRB)のslow and gradual(遅く緩やか)な利上げ姿勢、すなわち「利上げは、景気指標などを見極めながら慎重に少しずつ進めますよ」というFRBのスタンスを暗に示している部分もあると思います。

いずれにせよ、原文ママに「どちらかというと抑制された"利上げ開始"」や、ちょっと手を加えたつもりの「抑制気味の"利上げ"」などとしても、日本語だけ読む人にはよく分からない文になります。原文にとらわれず、金融市場の現在の状況と照らし合わせ、さらに金融分野の日本語としてどうかを良く考えながら訳すようにしましょう。

②U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility.

the first calendar quarter of 2016:わざわざcalendarが入っていますから、例えば日本の会計年度でいう第1四半期(4~6月)ではなく、暦通りの1~3月を意味します。このように会計/財政/営業/事業年度は国によって異なりますので、誤解を避けるため、「第1四半期」ではなく「1-3月期」などと数字を明記することもあります。

through:「~の間中ずっと」と「~に至るまで」の両方の意味があり、どちらで取るかで内容が大きく変わってきますので、要注意の前置詞です。文前半で「~以降」と言っていますので、今回は明らかに「~に至るまで」の意味で使われています。

essentially flat:株式市場がflatとは、株価の推移が平ら、つまり上がりもせず下がりもしない、「横ばい(横這い)」の状態を指します。注意すべきは、essentiallyを辞書の語義そのままに「本質的に」などとしないこと。その理由は最後に説明します。

a return to more normal volatility:金融分野ではvolatilityは頻出ワードです。一般的には「(株価や債券価格などの)変動性(率)」を意味し、「ボラティリティ」のままでもよく使われます。

③But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.

go-nowhere performance:どこにも行かないパフォーマンス、つまり話題にしている期間の最初と最後で、株価に違いがないということ。要は②のflatを言い変えただけの表現です。この種の英語には頻繁にお目にかかりますが、まったく翻訳者泣かせの表現です。

swings:flatとは逆に、「揺れ」つまり株価が大きく変動していることを指します。

以上をざっとまとめてみます。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.
①連邦準備制度理事会(FRB)が2014年11月に量的緩和(QE)を終了、続いて2015
 年12月に利上げ開始
②(その後)2016年1-3月期に至るまで、株価に変化はなく、ボラティリティは通
 常に回帰
③しかし変化のないパフォーマンスは、QE終了以降の激しい揺れの一部を隠している
 (→株価に変化はないが、その裏には激しい揺れが隠されている)

株価に変化はないのに、激しい揺れ?と思った人もいるでしょうか。先程go-nowhere performanceのところで「話題にしている期間の最初と最後で、株価に違いがない」と書きましたが、これは「終わってみれば同じだった」ということで、途中、上下がなかったとは言っていません。

例えば日経平均株価はこの16年間、下値は7,000円台から上値は20,000円台まで大きく変動しました。しかし16,000円台にあった2000年8月と、やはり16,000円台にあった今年6月頭とを比較すれば、「横ばい」となります。横ばいの結果が、これまでの変動をmaskしているわけです。従ってessentiallyは「本質的に横ばい」でなく、途中に上下はあったが、最初と最後は同じ、つまり「事実上横ばい」などとすべきことが分かると思います。

また②のthroughを「2016年1-3月期のあいだずっと」と訳したのでは、①の部分と矛盾してしまうことも明らかですね。

さて、内容をしっかり把握できたところで、次は訳出です。上記を参考に、来月までにぜひご自分で訳してみてください。それでは次回をお楽しみに!

【補足】
「利上げ幅は0.25%」:正確には「0.25%ポイント」とか「25ベーシスポイント(bp)」と表現すべきですが、最近は単に「0.25%」としているメディアも多いようです。賛否両論ありますが、翻訳者としてはそれぞれの意味を理解したうえで、クライアントの指示に従えばOK。「そんなの初耳!」という方は、ぜひとも調査を。これも金融翻訳者には必須の知識です。


第5回 文章全体の流れを念頭に訳す

こんにちは、アースです。

先月は、ある運用会社によるマーケットコメントの冒頭1文目を事細かに検討しました。2文目以降もそうしたいところですが、「1年で1段落」になってしまってもいけませんので、今回は段落全体を俯瞰して、この原文についての検討は終わりにしたいと思います。

第2回で説明した通り、運用会社によるマーケットコメント/レビュー/レポートでは、前の期(週、月、四半期、年など)に起きた出来事のうち、世界全体や、その運用会社または特定のファンドの投資対象となっている国・地域の経済に関連する事柄(「イベント」「材料」)、それに対する市場の反応が取り上げられます。

運用報告書などの場合、それに続いて個々のファンドへの影響も語られることになります。例えば原油価格の下落は、原油輸入国ならば景気への追い風(好材料/支援材料)になるし、輸出国ならば景気への逆風(悪材料/下押し圧力)となる可能性がありますよ、だから当ファンドとしては、今後こういう投資行動をとる方針です、といった具合に話が展開して行きます。

もちろん、過去の分析を行う場合もありまして、これこれこういうイベント(材料)があったので、株価や債券価格(利回り)、為替、インフレ(デフレ)、企業業績などにこういう影響を与えました、それを受けて当ファンドはこれこれの投資行動をとり、その結果、当ファンドのパフォーマンスは良好となりました/低迷しました/横這いでした、という感じで続いて行きます。

一読して分かりやすい文章とするためには、こうした流れを常に念頭において訳して行く必要があります。もちろん、文書全体だけでなく、段落ごとでも文章ごとでも同じことです。

ここで、原文を改めて見てみましょう。

The nuclear deal with Iran is not yet settled, but it definitely points to, among many other things, lower oil prices. Once sanctions lift, Iran, desperate for cash, will sell all the oil it can, increasing global supplies and likely driving down prices. This one-time supply surge will, no doubt, take a while to have its full effect, until mid-2016 in all likelihood, but thereafter, slowdowns in production elsewhere in the world, including shale and tar sands in North America, should again begin to put upward pressure on the global price of crude. At this juncture, such increases promise to be moderate.(...)(2015年8月発行分)


2文目以降は、
→対イランの制裁解除
→財政難のイランは原油売却(輸出)を再開
→世界の原油供給量が増大
→原油価格下落
→イランによる供給拡大の影響が完全に出るのは2016年半ば
→その後は世界的に生産減少
→原油価格に上昇圧力
→だが価格上昇は緩やかなペース

だいたいこのような流れになっており、論旨としては明解です。しかし問題は、1文目が「イランの核協議が妥結したら」のような単純な内容になっていないこと。そのため、2文目とのつながりに少し目を配る必要があります。

第4回で最後に提案した1文目の訳(粗訳)は、次の通りでした。

①イランとの核協議は未だ合意されていないものの、原油安など多くのことを示唆し
 ていることは間違いない。
②イランとの核協議は、依然として合意に至っていないが、これが明らかに示唆する
 点として、特に原油価格の下落が挙げられる。
③依然妥結に至っていないイランとの核協議であるが、これが多くの影響、中でも原
 油価格の下落を示唆していることは明らかだ。

課題の2文目の要旨は、「制裁が解除されれば、財政難のイランは可能な限りの原油売却を目指すと見られることから、結果として世界全体の原油供給量が増加し、価格は下落する可能性がある」ですから、内容的には原油安に向かう話です。よって1文目も、「多くのこと(影響)」に注目している①より、文の最後で「原油安」に力点を置いている②か③にした方が、スムーズに流れます。

今回の場合は、①にしたからといって、ひどく流れが悪くなるわけではありませんが、場合によっては驚くほどスムーズになることがあります。なにより、すべての文章について、こういった細かい点に少しずつ磨きをかけていけば、全体として格段に読みやすい日本語となるはずです。

英語と日本語は、文章の構造から論理展開の方法まで異なる部分が多く、英語の構造をそのまま日本語に移し替えると、どうしても不自然になってしまうことがあります。特にこの種のレポートやコメントは、短時間で作成されることが多いため、英語自体の流れも今一つというケースがあり、細心の注意が必要です。訳出した後、見直し段階で何度も日本語だけを読み返し、論理に破綻がないか、流れが悪くはないか、徹底的に検証するようにしましょう。



《 前 1 2 3 次 》


↑Page Top

プロフィール

アース(土川裕子)さん

アース(土川裕子)さん
愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

(過去のハイキャリアブログはこちらから