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金融翻訳ポイント講座

不特定多数の読者が対象となる金融翻訳では、質の高いアウトプットが求められます。 高品質の翻訳を上げるために必要なポイントを丁寧に解説します。

第11回 機械的に訳すと意味不明!

こんにちは。今回は、辞書の語義や英語の構造そのままに訳すと、非常に残念な(場合によっては意味不明な)日本語になってしまう例を幾つか挙げてみたいと思います。どれも簡単な文章ですので、まずはご自分で訳してみてください。

1)[GDPの文脈で]Growth was strong, boosted by a rise in inventories and government spending.

Growthは「成長」ですが、一国の成長について語る文脈の場合は、国内総生産(GDP)の成長率/増加率/伸び率を指していると考えてまず間違いありません。従って、inventoriesもgovernment spendingもGDPの構成要素として捉える必要があります。

国内総生産(GDP)=個人消費+設備投資+在庫投資+政府支出+輸出-輸入

ですから、inventoriesは「棚卸資産」ではなく「在庫(投資)」、government spendingは「財政支出」や「(政府の)歳出」ではなく、「政府支出」などとしなければなりません。普通の英和辞典に載っていないこともありますので、要注意です。

【試訳】在庫投資と政府支出の増加が押し上げ要因となり、GDP成長率は堅調な結果を残しました。

2)[金融政策の文脈で]We expect easier policy in Europe and Japan to stimulate economic growth.

easier policyは「簡単な政策」ではなく、easier monetary policyのこと。

ここ数年は特に、世界の中央銀行の金融政策(monetary policy)が市場の注目材料となっており、言及されることが非常に多いため、金融政策について述べた文章であるにも関わらず、monetaryという単語がほとんど出てこないことさえあります。世界的な金融緩和局面に入ってからすでに何年も過ぎ、単にeasyと言っただけで「金融緩和」を意味する状態となっているわけです(日本語でも同様に、「緩和策」だけで「金融緩和策」を意味します)。当然ながら、普通の英和辞典の語義にはありませんので、要注意。

今回はeasyでなくeasierですから、「金融緩和策の拡大」や「より緩和的な金融政策」などとした方が良いでしょう。

【試訳】欧州と日本では、景気刺激を目的とした金融緩和策の拡大が予想されます。

※ただし、上記の解説は早くも時代遅れとなりつつあります。11月の米大統領選以降、市場の注目点が、中銀による金融刺激策から政府による財政刺激策へと移りつつあるためです。ともあれここで言いたいのは、何も考えず字面だけを訳したまま放置するのはNGということです。

3)The inability of the parties to agree to form a coalition has meant that this country has been without a government for 2 months.

これは「ひたすら訳しにくい」例です。下線部は、「連立を形作るため合意する各党の能力のなさ」にしろ、「各党が連立形成のため合意できない状況」にしろ、原文だけをにらんで訳そうとすると、どうしても不自然な日本語となってしまいます。

こういうときは、普段どれだけ新聞等を読み込んでいるか、関連表現が頭の中にどれだけ蓄積されているかが勝負となります。調査すれば見つかることもありますが、仕事は基本的に時間との勝負。持ち駒はなるべく多くしておきましょう。もちろん、すべての分野を網羅することは不可能ですので、調査スキルを磨くことも重要です。

今回の原文は、要するに各党がどれだけ話し合っても連立が組めないため、組閣できない状態が続いている、ということ。これを日本のメディアなどはどのように表現しているでしょうか。

【試訳】諸政党による連立協議がいずれも不調に終わったことで、この国では政府が存在しない状態が2ヵ月続いています。

4)The US dollar benefited from its safe-haven status.

safe-haven (status)はよく見かける表現です。safe-havenすなわち「安全な避難場所」ということ。経済や市場が不安定になったり、先行き不透明感が強まったりした場合に、投資家が資金を安全な資産に振り向ける行為を「資産(資本/資金)逃避」と言います。例えば、信用力が低く価格変動が大きい新興国の株式を売って、信用力が高く価格変動の小さい先進国国債を買う、などの行動です。

safe-haven statusは、そういった逃避先の資産になりやすい位置付けにある、ということ。主な逃避先資産としては、米ドルを初めとする先進国通貨や、先進国の国債、金(ゴールド)などがあります。日本円も逃避先資産となることが多く、「有事の円買い」などと言われます。

「安全な避難場所の地位」とするのはちょっとまずいのですが、「資産/資金」、「安全」、「逃避」という言葉が混ざっていれば、それらしく聞こえるように思います。これらの言葉で検索すれば実例が多数見つかりますので、ぜひ探してみてください。

【試訳】米ドルは、資産の安全な逃避先としての特性から恩恵を享受しました。


第10回 とある金融翻訳者の一日

朝5時。この時期まだ外は暗いが、毎晩本を読みながら22時頃には沈没してしまう私は、何となく目が覚める。明るくなるまでは、新聞の時間。いまや新聞もタブレットで読める時代なので、布団に入ったまま、横着な姿勢で日経の電子版を読む。本当のところ、6時頃まで二度寝でもできれば最高なのだが、なにしろ日々情勢の変わる金融の翻訳を仕事にしているので、新聞の購読は必須。だが、特に気になる(経済的)イベントでもなければ、正直、面倒くさい。かといって一週間でもためようものなら、結局は仕事での調査が倍増し、自分に跳ね返って来るので、読むしかない。リアルタイムで追って得たのと同じ知識、同じ俯瞰図を後追いで頭の中に構築しようとしても2倍3倍の時間が掛かり、実に無駄である。......ことはよく分かっているのだが、実際にはしばしば読むのをサボり、後で自分に跳ね返ってくるのであった。

余裕があれば、ロイターやブルームバーグにも目を通す。自分が定期物の翻訳を担当している証券・運用会社のウェブページをチェックすることもある。外資系企業の月次レポートなどでは、本社(本国)のウェブページに掲載されると同時に翻訳開始、ということもあるからだ。実際には、日本支社の担当者がそれを確認して翻訳会社に発注、その後ようやく翻訳者に発注、という流れが多いが、大体の内容だけでも分かっていると、色々と下準備ができる。

そもそも、「隔月第1水曜日発行」とか「四半期最後の営業日に発行」とか言われていても、期日通りに来ることはあまりない(さすがに週次レポートは最悪でも数時間遅れでやってくるが)。にも関わらず、遅れた分だけきっちり納期を延ばしてもらえるような甘い世界でもないので、とにかく一刻も早い着手が重要となる。よってウェブ上に公開される文書の場合は、フライングになることを覚悟のうえでダウンロードし、準備をしておくわけだ。だが実際の依頼原稿がウェブ上のものと一部異なることもあるし、最悪の場合、依頼そのものがないという悲劇もある。予定の期日に原稿が間に合っても、コンプライアンス後にごっそり変更ということもある。涙が出る。

脱線した。

6時。天気が良ければ、ウォーキングへ。朝の時間が好きなので、半分は趣味と言えるけれども、半分は「体調管理」という「仕事」か。実際、階段のない今の家で、買い物にでも行かない限り、一日の歩数はもしかしたら2,000歩くらいかもしれない。「食うための仕事」という免罪符を高らかに掲げ、家事もテキトーに済ませているので、なにしろ歩かない。

しかし仕事が詰まっているときは、ウォーキングはなし。新聞もそこそこに、1時間半ほど働く。

早朝は静かでいい。新聞配達の音がするくらいで、電話は絶対かかってこないし、メールも来ない。しばしば気を失いそうになるランチ後の1時間と比較すると、生産性は2倍くらいなのではないか。世の中、なぜか「朝納品で結構です(=徹夜してでもきっちり納品しろや)」とおっしゃる翻訳会社さんが多いので、前日に完成一歩手前まで詰めておき、翌日朝に仕上げることもある。夜、(ある意味、納品時間まで余裕のある状態で)最後の詰めをするよりは、残り1時間くらいで強制的に追い込む方が、馬力がかかる気がする。

そして朝食。がっつり食べる。朝抜き? あり得ない。先日、健康診断のため久々に朝食を抜いたら、あまりに腹が減り過ぎて胃の検査用のバリウムがうまかったほど。

さて。

できれば8時過ぎには仕事部屋に入りたいところであるが、最低限の家事や、毎日恒例、母親への音声メッセージを録音していると、なんだかんだで8時半頃になる。(メッセージは約5分。あちらからも「次の水曜日にお友達を家に呼ぶ。おやつはこれこれで、お茶はいつものにする」だの「昨日は町内の掃除に参加した。Cさんが出てこなかった」だの、どうでもいい情報が大量に送られてくるので、それを大人しく拝聴する。なんて親孝行なのだろう)

8時半は、始業時間としては普通かもしれない。だがリビングから仕事部屋への通勤が徒歩5歩という点では、通勤組の皆さんに激しくうらやましがられそうだ(その分、激しく運動不足になるが)。

言い忘れたが、朝食前に「家弁」を作ることもある。納期に余裕がある場合は、昼にその場で作り、とっておいたビデオでも見ながら食べた方が気分転換になるが、例えば朝一(あるいは夜中)に入稿して、その日のうちに納品などという短期決戦の場合は、朝に弁当を作り、昼は仕事部屋で食べる。

PCを見ながら食べることはしない。だが「仕事モード」を途切れさせたくないので、デスクで弁当をかきこみ、お茶もそこそこに仕事に戻る。弁当の匂い漂う部屋の中で仕事をしていると、クラスの半分が早弁していた高校時代の4時間目を思い出す。

午後。食いぶちを稼ぐための仕事であるからして、さすがに寝てしまうことはないものの、朝方に比べると明らかに生産性は落ちている。そんなときは、椅子に座ったまま足を机の上に乗せて5~15分間の昼寝をする。最近は昼寝を推奨する企業もあるそうだが、足を机の上に乗せて寝ることまではできまい。弱小個人事業主にも、せめてこれくらいのメリットがなければ。

短い時間とはいえ騒音で起こされたくはないので、音を音でマスキングすべく、波の音をかなりの音量で流す。最近では、波の音=睡眠という条件反射が形成されているので、寝入るのに苦労はない。念のため言っておくが、足を机に乗せるのは、個室を与えられたC-suiteを気取るためではなく(そんなことをしても足の短さが気になるだけだ)、エコノミークラス症候群を防ぐのが目的である。

昼寝以外の休憩時間でも、床に寝ころんで足を壁にもたせかけ、血液を頭に戻す(つもりになる)ことが多い。これも在宅フリーランスならではのメリットだろうか。だが休憩は5分前後。単に目を閉じることもあるし、金融関係の本を読むこともある。体が固まっているときは、体操をすることも。いずれにしろ、気持ちが仕事から離れ過ぎてしまわないように気をつけている。この点、オフィスにいるだけで仕事モードが維持できる会社員諸氏と異なり、やや厳しいところだ。

昼寝のあと1時間くらいは早朝に近い生産性を確保できるが、朝と異なり、電話、メール、メッセージ、宅配や勧誘などのリアル訪問客、加えてコーヒーの極上の匂いで私の気を散らそうとする同居人の存在などが業務の支障となる。それらを乗り越えるほどの集中力があれば問題ないが、どうも最近、年齢のせいか、あるいは金融翻訳を始めてウン年、そろそろ気が緩み始めているせいか分からないが、集中力が落ちている気がする。そのため、集中力を途切れさせない方法をいろいろと試している最中だ。

3時。おやつはきっちり食べる。しかし一日の歩数が2,000歩(推定)に満たないこともある生活を送っているため、カロリーは大敵。したがって、食べるとしてもミニドーナツ1個とかせいぜいその程度で、涙がちょちょ切れる(安上がりだが)。仕事中、一歩も歩いていないのに異常に空腹になるときがあり、やはり脳はエネルギーを大量消費する器官なのだと実感する。そういうとき、脳のエネルギー源であるブドウ糖を補給しなければ仕事にならないし、といってこの超・運動不足状態で糖分をとり過ぎるのも問題だしで、なかなか悩ましい。

4時半~5時頃になると、本日の業務にケリをつけるのか、夕食後も働くのか、決断を迫られる。特に用事がなければ、我が家の早めの夕食(6時)を終えた後、少なくとも2、3時間は働くことが可能だ。だがなるべくならば「残業」はしないようにしている。くだくだしく理由を述べる必要もないと思う。

「残業」しない日の夕食後は、なるべくだらだら過ごす。そうでもしないと、起きている間中、頭が仕事のことになりかねないからだ。国際宇宙ステーションの通過が見られるときは、わざわざ見に行ったりする。月がきれいなときは、横着にも家の中で望遠鏡を組み立て、飽きることなく月面の様子を観察したりする。だが通常は、録画しておいた海外ドラマを見て、吹き替えのうまさにため息をついたりする。

そして早ければ9時には布団にもぐりこみ、本を読む。これも、業務とはまったく無関係なもの(主にミステリかSF)を読むようにしている。

さあ、明日の朝は月次案件があるから、5時から仕事だ。もう寝よう。


第9回 金融翻訳者の役割とは

こんにちは。今回は第6~8回に使用した課題を見ながら、金融翻訳者の役割について考えてみたいと思います。

第6~8回をきちんと読んでくださった人の中には、「細かいなあ」とか、「ここまで踏み込んで変えてしまっていいのかなあ」などと感じた人がいるかもしれません。学習段階にある人は、特にそうでしょう。もちろん、仕事によっては「原文に忠実に」という指示が与えられたり、社内でざっと閲覧するだけの資料などは、「多少日本語を犠牲にしてもいいので、とにかく速く仕上げて」と言われることもあります。しかし逆に言えばこれは、特に指示がない限り「日本語としておかしいものは出すな」ということです。

契約・法律、IT、医療、特許などの翻訳は、その分野に精通した人が目にするケースが多いと思われるのに対し、金融翻訳は、専門知識を有する金融のエキスパートから一般投資家まで、様々な人々が読む可能性があります。つまり専門家はもちろん、「一般消費者」にも受け入れられる、分かりやすく自然な日本語でなければならない、ということです。

「分かりやすく自然な日本語」――よく言われることですが、われわれ翻訳者にとって、具体的には何を意味しているのでしょうか。

ここで、前回の課題を見てみましょう。なるべく原文に忠実に訳してみます。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.
米国の連邦準備制度理事会(FRB)が2014年11月に量的緩和(QE)プログラムを終了し、続いて2015年12月に抑制気味の金利の「リフトオフ」を実施して以降、米国の株式市場は、より正常なボラティリティ(株価変動性)に戻りつつ、2016年第1四半期まで実質的に横ばいであった。しかしその横ばいのパフォーマンスの裏には、FRBがQEを終了して以降、特に直近四半期の間に生じた一部の鋭い変動が隠されている。

内容を考慮して少し手を加えましたので、(金融専門の部分はともかく)大体の流れは理解できるかと思います。よって「英文和訳」としては合格かもしれません。しかしこれを、「日本企業が日本人(投資家)向けに発表した文章」として、「一般消費者」の気持ちで読んだとしたらどうでしょうか。ほとんどの人が日本語に違和感を持つのではないかと思います(上記はいささか大げさな例ではありますが)。

もっと分かりやすく言いましょう。上記の文章が日本経済新聞に載っていたらどうでしょうか。「日経、大丈夫?」となります。

もちろん、実際にはそんなことはありえません。例えば上記の訳をわたしが納品したとしたら、まずは翻訳会社の段階で相当な直しが入り、日経への納品後もさらに手が加えられて、最終的には「100%日経の顔」、すなわち日経記者が書くのと同水準の日本語となって世の中に出て行くはずです(結果として、わたしの翻訳者としての評価は下がるでしょう)。

要するに、われわれ金融翻訳者は、経済新聞のために翻訳をするならば経済新聞記者、株式ファンドの運用報告書の翻訳をするならばファンドマネジャーが書いた文章として違和感のない日本語を書かねばならぬ、ということです。証券会社のプレスリリースを訳すなら、その会社が最初から日本語でプレスリリースを書く時と同じ体裁・質の日本語が求められます。

訳文(商品)の最終的な使用目的を考えれば当たり前のことなのですが、翻訳そのもののスキルや、原文の専門的な部分にのみ関心が向いてしまって、この点を見逃している人もいるように思います。

家の中で一人、目の前にある自分の訳文と向き合っていると、直接の納品先である翻訳会社の評価ばかりが気になります。しかし本当のところ重要なのは、「翻訳会社の先にいる顧客が満足するか」、さらに言えば「顧客の先にいる最終消費者(最終的に翻訳を読む人)が満足するか」なのです。

もちろん実際には、ファンドや証券会社の現場で働いている人々と完全に同じ知識や技能を身につけることは難しく、「ファンドマネジャーと同じ日本語を書け」と言われたところで、簡単には行きません。クライアントや翻訳会社との相性の問題もあります。それに通常、フリーランスの翻訳者は多数の顧客のニーズに応えなければならないため、すべての人を満足させられる水準に到達することは不可能かもしれません。それでも、翻訳という専門サービスを提供するプロ、そして「物書きのプロ」として、私たちは依頼元の希望にできる限り沿った成果物を提供する(よう努力する)義務があるのではないでしょうか。

私たちはどうしても「翻訳業界」の単位で物事を考えがちになりますが、翻訳サービスの最終目的は、「顧客の活動を支える材料を作ること」にあります。よって、金融なら金融業界、法律なら法律業界の中で、自分がどのような役割を果たしているかを常に考えながら、翻訳というサービスを提供すべきである、と思います。

★ ★ ★


理想論を語ってしまいました。日々、理想を現実化するべく努力を続けつつも、実際にはありとあらゆる困難が金融翻訳者を襲います。今回はマジメに語り過ぎてしまいましたので、次回は少し息抜き。金融翻訳者の実態についてお届けできればと思います。お楽しみに。


第8回 マーケットコメント(株式市場)その3

こんにちは。今月も引き続き、ある資産運用会社のマーケットコメントを取り上げます。原文の詳しい解釈については第6回、注意すべき点については第7回でご確認ください。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.(2016年4月時点)


①Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015

第7回で指摘したように、日本語の性質上、followed by以下を先に訳さない限り、「2014年11月以降」ではなく「2015年12月以降」と受け取られる可能性があります。内容によっては、Since A, followed by Bを「Bに先立ってAがあった。その時以降」などとする方法もありますが、今回の原文に当てはめるのは、いまひとつかもしれません。わたし自身もいろいろと試してみましたけれども、手をかけ過ぎると、単なる修飾節であるこの部分に文章の重点が移ってしまい、総合的に見て好ましくありません。

a rather restrained interest-rate "liftoff"については第6回でいろいろと説明しましたが、上記のような事情もあり、あっさりと「ごく小幅な利上げ(を実施しました)」などとするのが良さそうです。liftoffを生かしたい場合は、「ごく緩やかなペースながら"リフトオフ(利上げ開始)"(に踏み切りました)」などでしょうか。

【試訳①】
米連邦準備制度理事会(FRB)が2014年11月に量的緩和(QE)プログラムを終了して以降(その後2015年12月にごく緩やかなペースで利上げを開始)、
....
●ちょっとずる?という気がしないでもないですが、followed by以下をカッコに収め
 てみました。とりあえずこれで、「2015年12月以降」と解釈されるリスクはなく
 なったように思います。
●a rather restrained interest-rate "liftoff"が文章のメインであれば、もう少し手の
 込んだ表現にしても良いのですが、カッコ内でもあり、すっきりさせてみました
("liftoff"の" "を生かすと、カッコ内カッコになってしまいますので、上記訳では避
 けました)。    
 
②U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility.

この部分についての問題は、前回までに解決済みです。付け加えるとすれば、下線部を「2016年3月まで」とする手もある、という点。もちろん、どうしても「四半期」というタイムスパンで表現したい理由が筆者にあったのかもしれませんから、検討が必要ですが、「1-3月期まで」よりも「3月まで」の方が日本人には感覚的になじみやすいような気がします。

【試訳②】
米国株式市場は、2016年1-3月期まで事実上横ばいで推移し、ボラティリティ(変動性)は正常な水準に回復しました。

③But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.

この部分は、mask、go-nowhere、that以下の関係節、some ofなど、単語の語義や文章の構造にこだわっている限り、直訳調から抜け出ることはなかなか難しいように思います。「どこにも行かないパフォーマンスが揺れを隠す」がこの英語のエッセンスですが、筆者が本当に言いたいことは何か、その点を十分に考慮して訳文を作成しましょう。

most recentは「最も近い」「最新の」などとするのが普通ですが、金融では「直近」という言葉がよく使われます。場合によっては、下線部を「1-3月期」などと具体的にしてしまってもいいと思います。

【試訳③】
しかし、最終的には横ばいに終わったものの、FRBによるQE終了後、特に直近の四半期は株価が大きく変動する場面もありました。

●go-nowhere performance:上記訳では主述のある文の形にしましたが、「横ばい
 の推移」などと名詞句にする手もあります。ただし前文の表現とかぶりますので、
 あとで検討が必要です。
●some of:例えばSome are young.であれば、「一部の人は若い」などとするよ
 り、「若い人もいる」のようにした方が自然ですので、ここでもその方法を使い
 ました。今回は人ではなく市場の話ですので、上記のように「場面もあった」か、
 あるいは「局面もあった」とするのが良さそうです。

   ★   ★   ★


実際の原文では、この後に「例えばS&P500種株価指数は2016年年初に急落し...」と、the sharp swingsの例が続きます。

①②③を合わせて、少し手を入れてみます。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.(2016年4月時点)


【試訳】
米国の連邦準備制度理事会(FRB)が2014年11月に量的緩和(QE)プログラムを終了して以降(その後2015年12月にはごく緩やかなペースながら利上げを開始)、米国株式市場は2016年3月に至るまで事実上横ばいの推移をたどり、ボラティリティ(株価変動性)も通常の水準に戻りました。しかしながら、株価は最終的に以前と同水準に終わったものの、QE終了後、特に直近四半期には極端な変動を示す場面もありました。

「以前と同水準」は、「横ばい」を繰り返さないように変えてみたのですが、「横ばい」のままでもいいかもしれません。他にも
「ごく緩やかなペースで利上げ」→「ごく緩やかなペースながら利上げ」
「2016年1-3月期まで」→「2016年3月に至るまで
「ボラティリティ(変動性)」→「ボラティリティ(株価変動性)」
「正常な水準」→「通常の水準」
「大きく変動する場面」→「極端な変動を示す場面」
などを変更してあります。どれも前者が間違いとか不適切というわけではなく、様々な可能性を示す意味で変えてみました。

最終的には、全体を通して読み、論理に破綻はないか、日本語として流れが悪くないかをしっかりと点検するようにしましょう。

特に、本気で金融翻訳者を目指しているあなたは、これを読んで「ほうほう」とうなずくだけでなく、実際に訳出してみることを強くお勧めします(笑)。


第7回 マーケットコメント(株式市場)その2

こんにちは。今月も引き続き、ある資産運用会社のマーケットコメントを取り上げます。原文の詳しい解釈については、第6回 でご確認ください。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility. But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings that have occurred since the Fed ended QE, particularly during the most recent quarter.(2016年4月時点)


この原文、いざ翻訳しようとしますと、様々な問題点が壁となって立ちはだかります。

問題1)米国株式市場が事実上横ばいとなったのは、リフトオフした2015年12月以降ではなく、2014年11月以降である。

Since the U.S. Federal Reserve (Fed) ended its quantitative easing (QE) program in November 2014, followed by a rather restrained interest-rate "liftoff" in December 2015, U.S. equity markets have been essentially flat....

上記下線部だけであれば、「米連邦準備制度理事会(FRB)は2014年11月に量的緩和(QE)を終了し、その後2015年12月に"リフトオフ"した」と、前から訳して行くのが最も自然です。しかしSinceを加えて「2014年11月に量的緩和を終了し、その後2015年12月に"リフトオフ"して以降」とすると、日本語の性質上、「2015年12月以降」と受け取られる可能性があります。しかし原文の意図はあくまでも「QEを終了した2014年11月以降」。これをどう処理するかが問題です。

問題2)原文からはa return to more normal volatility(より正常なボラティリティへの回帰)の内実が分からない

今回の訳には影響しないのですが、問題が生じるケースが多々あるため、取り上げておきます。

U.S. equity markets have been essentially flat through the first calendar quarter of 2016, with a return to more normal volatility.

この原文だけ見れば、「ボラティリティは正常に回帰しつつ、2016年第1四半期まで株価は横ばいであった」、つまり「以前は高かったボラティリティが徐々に低下し、2016年3月には正常に戻った」とも読めます。しかし事実は異なりまして、2014年11月から2016年3月までの間に何度か激しい上下動があります。実際、2016年年初には世界的にボラティリティが急上昇する局面がありました。これを知っているか知らないかで、日本語が大きく変わることがあります。

金融翻訳の厳しいところはこの点で、常に経済や市場の推移を追い、大体の動きを頭に入れておかないと、原文の上っ面のみ訳して終わり、ということになりかねません。また、どれだけがんばって経済の動きを追っていても、詳細に関して確信が持てないことも多いので、そのたびに事実関係を調査する必要に迫られます(もっとも、それが楽しいとも言えます)。

今回の場合は、例えば米国の代表的な株価指数であるS&P500種指数のチャートを見るだけでも、かなり参考になります。Googleで「S&P500」を検索しますと、結果のトップに同指数の推移を示したチャートが出てきます。最初に表示されるのは「1日」の推移ですから、例えば「1年」をクリックすると、過去1年間の株価変動の様子が分かります。これを見ても、2015年9月と2016年年初に大きく株価が変動(下落)していることが読み取れます(株価が大きく変動する=ボラティリティが高い、ということです)。

問題3)with a return to more normal volatility――withの捉え方

これも金融翻訳の特徴だと思うのですが、as/and/but/withなどの前置詞や接続詞が、かなり無造作に、といって悪ければ自由奔放に使われている感がありますので、文脈を考慮して、逆接なのか順接なのか、はたまた付帯/理由/条件なのかをしっかり見極める必要があります。「andやasだから順接」などの思い込みは禁物です。

今回のwithは「付帯」でいいと思いますが、文脈によっては「正常なボラティリティに戻ったので」「~の結果、正常なボラティリティに戻った」など、理由や結果の意味になる可能性もあります。

※各種レポート筆者諸氏の名誉のために言っておくと、英語と日本語の論理構造の違いが原因で、逆接を逆接、順接を順接で訳せないこともあります。問題はむしろこちらかもしれません。長文を引用しないと検討しにくいのでなかなか難しいですけれども、いつかこのコーナーでも取り上げてみたいと思っています。

問題4)最後の文(But that go-nowhere...)を分かりやすい日本語にする

But that go-nowhere performance masks some of the sharp swings

go-nowhere performanceをどう訳すかも問題ですが(色々と試してみてください)、maskをそのまま「隠す」とするかどうかも問題。結論から言うと、あまりお勧めできません。ちょっと工夫して、「go-nowhere performanceの裏には、some of the sharp swingsが隠(さ)れている」とすれば、少しは日本語らしくなりますが、some ofが思いのほか邪魔で、どうしても翻訳調になってしまいそうです。

前回も言ったように、この原文が最も伝えたい内容は、「株価は(最初と最後だけを見れば)横ばいとなったが、期間中、大きな変動もあった」ということ。この意図を伝えることが我々の第一の使命ですので、英語の構造や語義にこだわって意味不明の日本語となるよりは、勇気をもって原文から離れましょう。

さて、次回はいよいよ最終的な訳の検討に入ります。上記4点を熟慮したうえで、ご自分なりの翻訳文を用意してお待ちください!(「ですます」調で)

それでは次回をお楽しみに。



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プロフィール

アース(土川裕子)さん

アース(土川裕子)さん
愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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