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英米法によるカンタン法律文書講座
第二十一回 法律などの条文の読み方、訳し方
ここまで、主に契約書の訳し方を見てきました。
けれども法律翻訳は契約書だけではなく、法律や条令、規則、組織の規約のような条文の翻訳もあります。
あるいは、契約書や訴訟文書などを訳す時に、ある特定の法律の条文が言及されていて、その法律の当該箇所の意味を理解しておきたいこともあります。
法律などの条文に慣れておくことが、法律翻訳の上でも必要でしょう。
今回は、そういった条文の読み方や訳し方を見ていきましょう。

◆合衆国憲法

では、まずアメリカ合衆国憲法から。

【例文】

U.S. Constitution - Amendment 5 No person shall be held to answer for a capital, or otherwise infamous crime, unless on a presentment or indictment of a grand jury, except in cases arising in the land or naval forces, or in the militia, when in actual service in time of war or public danger; nor shall any person be subject for the same offense to be twice put in jeopardy of life or limb; nor shall be compelled in any criminal case to be a witness against himself, nor be deprived of life, liberty, or property, without due process of law; nor shall private property be taken for public use, without just compensation.


【訳文】

合衆国憲法 修正第五条  何人も、大陪審の告発または起訴によるのでなければ、死刑または自由刑を科せられる犯罪の責を負わされることはない。ただし、陸海軍または戦時あるいは公共の危険に際し、現役の民兵の問に起こった事件については、この限りでない。何人も同一の犯罪について、再度生命身体の危険に臨まされることはない。また何人も刑事事件において、自己に不利な供述を強制されない。また正当な法の手続きによらないで、生命、自由または財産を奪われることはない。また正当な賠償なしに、私有財産を公共の用途のために徴収されることはない。何人も、正当な補償なしに、私有財産を公共の用のために徴収されることはない。 (米国大使館HPより)


一文が長いですね。
ただ、セミコロン「;」のところで一旦切れますので、まずそこまでを訳しましょう。
使用される表現も古めかしいというか堅苦しいです。
法律や憲法の条文はどうしても、こんな感じになってしまうようです。
ただ、いくつも読んでいるうちに慣れてきますから、ビビらないでいきましょう。

answer は、「答える」という一般的な意味の他に、「責任を負う」「償いをする」という意味があります。
capital という単語は、名詞でも「首都」「資本」「大文字」と様々な異なる意味がありますが、形容詞でも「主要な」「すばらしい」の他に、逆に「重大な」「死刑に値する」という意味もあるのです。capital offense/crime で、「死刑に値する犯罪」、capital punishment で「死刑」という意味になります。

この辺りの表現ですと、普通の辞書に載っている範囲で訳すことが可能です。
でも、infamous crime は、普通の辞書では「破廉恥罪」としか載っていないことと思います。
ところで「破廉恥罪」ってどのような罪なのでしょう。のぞき等の性犯罪のことでしょうか。

『英米法辞典』(東京大学出版会)を見ると、この合衆国憲法第5修正に登場する infamous crime とは、死刑または刑務所への拘禁 (imprisonment) を科し得る犯罪、とあり、犯罪の性質そのものよりも、その犯罪に科し得る刑罰によって区別される、ということです。刑罰はその時代によって変化しますので、どの程度の刑罰がこれに相当するかというのは決められないそうです。 imprisonment を人の身体的自由を奪う刑、すなわち「自由刑」と訳すこともあるので、訳文例では「自由刑を科せられる犯罪」となっています。

このように、その表現の訳語だけではなく、具体的な意味をきちんと調べないと訳せない場合があるので、一つひとつ、丁寧に調べて意味を理解してから訳すことが重要です。




◆英国法


次は英国法を見てみましょう。
比較的新しい制定法を例に挙げます。
新しい制定法ができて、それが企業などに影響を与える可能性が高い場合、まだその法律に関する分析や論文が世に出ていないと、とりあえず条文を読んでみたいので翻訳を、という需要が発生します。




【例文】

Proceeds of Crime Act 2002 2002
Chapter 29

CONTENTS

PART 1

ASSETS RECOVERY AGENCY Section
1 The Agency and its Director
2 Director's functions: general
3 Accreditation and training
......以下、続きます。



一番上は、この法律の名前です。直訳すると「2002年犯罪の収益法」ですが、何だか今ひとつですね。「犯罪収益法」あるいは「犯罪収益没収法」としたほうがいいでしょう。制定されてから時間が経過すると、ある程度日本語での定訳が出てくる場合もありますが、この法律はまだそこまでに至っていないようです。

その下の 2002 Chapter 29 は、制定された年と、その法律の番号です。日本の法律の「○号」に相当する部分です。略して書くときは c. 29 と表記します。

CONTENTS の下はずっと、目次が入ります。この法律はなんと第462条まであります。 PART 1 は「第1章」です。
全文を読みたい方は、コチラ を見てください。

条文の中身を少し見てみましょう。



【例文】

330 Failure to disclose: regulated sector
(1) A person commits an offence if each of the following three conditions is satisfied.
(2) The first condition is that he-
  (a) knows or suspects, or
  (b) has reasonable grounds for knowing or suspecting, that another person is engaged in money laundering. 2番目の condition を省略して......
(4) The third condition is that he does not make the required disclosure as soon as is practicable after the information or other matter comes to him.
(5) The required disclosure is a disclosure of the information or other matter-  (a) to a nominated officer or a person authorised for the purposes of this Part by the Director General of the National Criminal Intelligence Service;...


【訳文】

第330条 開示の懈怠:規制セクター
(1) 次の3つの条件のそれぞれが満たされる場合、その者は本法に違反したことになる。
(2) 第1の条件とは、他の者がマネーロンダリングに従事していることを、
  (a) 知っている、もしくはこれを疑っている、または、  
  (b) 知る、または疑うに足る、合理的な根拠を有している場合をいう。 (省略) (4) 第3の条件とは、その情報またはその他の事項をその者が入手した後、実行可能なかぎり速やかに、要求される開示を行わない場合をいう。
(5) 要求される開示とは、その情報またはその他の事項を、以下に対して開示することである。  
  (a) 国家犯罪情報局長官により授権された、本章の目的において指名された担当官または人物。
......以下、続きます。


failure to ~は、「~することを怠ること」です。法律の条文らしく「懈怠(けたい/かいたい)」という言葉を使ってみました。
commit an offence は、「犯罪を犯す」です。ここでは、この法律において規定される offence なので、「本法に違反する」としました。

(1)の条件の a と b は、似たようなことを言っていながら大きな違いがあります。 a では、その人 (person) が、主観的に「知っている」か「そうではないかと疑っている」ことを問題としていますが、b のほうでは、reasonable ground となっています。主観的ではなく、客観的な問題です。このreasonable については以前、説明したと思います。「合理的な」と訳しますが、法律用語としてはその意味が決まっていて、「思慮分別のある一般人の普通の判断に合する」(『英米法辞典』)という意味になるので、これを「理性に敵った」とか「正当な」などと訳してはダメです。

National Criminal Intelligence Service は、英国政府の機関名なので、どのように訳されているかをインターネットなどで調べなければなりません。

実は、例に挙げたこの部分は、この法律の中で最も物議を醸したところなのです。 それは、この person に相当するのが、たとえば銀行などの金融機関に勤める人や、弁護士や会計士など、個人の金融資産に関する情報を取り扱う職業の人だからです。通常は、そのように職業上知りえた情報を漏らすことは禁じられており、その信頼に基づいて成立している商売なのに、マネーロンダリングの防止の目的においては、その信頼を無視しろと法律が要求しているのです。 日本でも、英国でこのような法律が制定された事実が、金融機関や弁護士会などから注目されました。


◆EU指令


では最後に、欧州連合の法律に相当する、指令(Directive)を。



【例文】

Directive 95/46/EC of the European Parliament and of the Council of 24 October 1995 on the protection of individuals with regard to the processing of personal data and on the free movement of such data

THE EUROPEAN PARLIAMENT AND THE COUNCIL OF THE EUROPEAN UNION, Having regard to the Treaty establishing the European Community, and in particular Article 100a thereof,
......
(1) Whereas the objectives of the Community, as laid down in the Treaty, as amended by the Treaty on European Union, include creating an ever closer union among the peoples of Europe, fostering closer relations between the States belonging to the Community,
......
HAVE ADOPTED THIS DIRECTIVE:



まず冒頭は、この指令の正式名です。
「個人データ処理に係る個人の保護及び当該データの自由な移動に関する欧州議会及び理事会の指令」
と、通常訳されています。

次は、指令の本文の冒頭です。
必ずこのような文章で始まります。
そして whereas の節がずっと並びます。ちなみにこの指令では、72個の whereas 節があります。これは契約書と同じようなもので、この指令を制定した背景などを説明しているのです。

では条文の中身を。



【例文】

CHAPTER I GENERAL PROVISIONS
Article 1
Object of the Directive
1. In accordance with this Directive, Member States shall protect the fundamental rights and freedoms of natural persons, and in particular their right to privacy with respect to the processing of personal data.
2. Member States shall neither restrict nor prohibit the free flow of personal data between Member States for reasons connected with the protection afforded under paragraph 1.


【訳文】

第1章 一般条項
第1条
本指令の目的
1.本指令に従い、加盟国は、自然人の基本的人権及び自由、特に個人データの処理に関する、プライバシーの権利を保護するものとする。
2.加盟国は、第1項に基づき付与される保護に関係する理由のために、加盟国問の個人データの自由な流通を規制又は禁止してはならないものとする。


条文の中身は特に難しくありませんね。
指令などの公的文書は、数多くの言語で公表されるので、あまり複雑あるいは格調高すぎる表現は馴染まないのだと思います。
Member State は「加盟国」と訳しましょう。

この指令も、英語で前文を読みたい場合は、 コチラ を見てください。

さて、今回は憲法や法律などの条文を読んでみました。
憲法は古いものが多いので、表現がやや古めかしくて難しく感じられるかもしれません。
法律やEUの指令にも、それぞれの特徴的な形式や表現があるので、最初は少し読みにくいでしょう。
ですが基本的に、契約書と同じで、長い文章は上手に区切って訳す、用語は丁寧に調べて意味を理解してから訳していけば、そのうち問題なく訳せるようになるでしょう。
冒頭でも述べたとおり、実際に法律などを翻訳する場面もあれば、契約書などを訳す場合に、関連する法律を理解して訳さなければ意味が分かりにくいなんていうこともありますので、情報として、法律などをある程度読みこなす力は、今後絶対に必要になります。
インターネットを利用すると、様々な法律の条文が入手できますので、自分で興味のありそうなものを選んで読む訓練をしてみましょう。

次回は、訴訟文書を読んでみます。
これでいよいよ、「カンタン」講座は終了です。
どうぞお楽しみに!

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プロフィール

江口佳実

江口佳実さん
神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997 年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。