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翻訳者インタビュー 第一線でご活躍されている翻訳者の「仕事」「自分らしい生き方」
「プライベート」など、生の声をご紹介します。

Vol.38 読み手を想像して翻訳をすることが本当に楽しい!

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【プロフィール】
北根香織 Kaori Kitane
大阪外国語大学国際文化学科卒業、カナダマギル大学政治学部修士課程修了。その後、NYで4年間仕事をした後、帰国。都内のIR支援会社で3年半翻訳コーディネーターとして英文編集から翻訳まで幅広く仕事をした後、2008年よりフリーランス。

*語学に興味を持たれたきっかけについて教えてください。

中学生のころに母親から地元の個人経営の英語塾に半ば強制的に(笑)行かされまして・・・その塾の先生に高校1年生の夏にホームステイに連れて行ってあげます!と言われそれに母親が行かせてくれたんです。その時にカナダのバンクーバー郊外に行きました。そこで当時の私のレベルの英語が通じなかった経験をしました。カナダの一般家庭で過ごしたのですが、まったく英語が通じず、すごくショックだったと同時に悔しくて「この言語を絶対にマスターしてやる」と思いました。高校では英語科に通っていたのですが、それもその学校の制服が可愛いから受験したというのが動機だったのですが(笑)
ホームステイから戻り、そこからは本当に英語を勉強しよう!と思ったことがきっかけでした。でも、その時は「英語で何かをしよう!」という感じよりはとにかく英語を話せるように、理解できるように、とその気持ちだけでしたね。

*その後大阪外国語大学に進まれたのはその気持ちの延長からですか?

実はそんなことはなく・・・(笑)気付いたら外大に通っていた、という感じでした。
3年生の時にイギリスの大学の政治学部で1年間勉強しました。それまでは北米しか行ったことがなかったのでイギリスの英語に最初慣れなくて授業では少々苦労しましたし、カルチャーショックも大きかったですね。帰国後、大学を卒業し以前から決めていたカナダの大学院へ進む準備をしました。大学院では政治学を学ぶ予定だったのですが、外大出身だった私はすぐに大学院の政治学部への進学が認めてもらえず、まず政治学の学部レベルの授業を1年間取った後に大学院へ進みました。この大学院時代が今の自分の英語力の基礎を培ってくれたと思います。自分の英語に自信が持てるようになった、という感覚でしょうか。

*翻訳をご職業にしようと思ったのはいつからでしょうか。

前職ではIR支援会社の英文編集部で翻訳コーディネーターとして、英文チェック、翻訳などの業務にも携わり3年半勤務したのですが、その時にこれで食べていけるかもしれない、と思った頃でしょうか。
初めての業界だったのですが、私が主に携わっていたのはアニュアルレポートの作成にかかる業務やそれ以外のIR関連の翻訳物でした。

企業が取り扱う多くの社内資料や対外資料を目にすることも多く、特に会社の経営に対する姿勢や考えに触れることができました。消費者としての自分の視点ではなく、企業側の視点を知ることはすごく楽しかったですし、勉強になりました。私、実は飽きっぽい性格でして(笑)その性格を考えると色々な分野の翻訳を考えたときにIR関連の翻訳なら自分に向いていて長くやっていけるのかな、と思いました。
とにかくその3年半に色々な経験を通して、自分に向いていて楽しみながらやっていける仕事は何だろうかと考えました。

*ご家族の方の転勤がきっかけで3年半勤務された会社を辞め、現在のお住まいに引っ越されてから早速フリーランス翻訳者としてお仕事を開始したのですか?

いいえ(笑)翻訳の勉強をきちんとしたことがなかったのでまずは心の準備として(笑)翻訳のコースを何かひとつ勉強をしてみようと思い、通信講座を受けました。本当にこれでやっていけるのか?と不安に思いながら(笑)と、同時に今もつづけているのですが、前職の仕事のお手伝いをしていました。

トライアルって受けるの・・・・私は怖かったんです。拒絶される、じゃないですけど顔の見えない相手と言いますか会ったこともない人に紙での提出物だけでジャッジされるというのは・・・・面接でダメならまだあきらめもつきますが(笑)とにかく怖い、という気持ちがありました。落ちたらどうしよう、という気持ちがありなかなかフリーランスでやっていこうという最初の一歩が踏み出せなかったんです。
前の会社からお仕事をいただけるという有難い状況にはあったのですが、やはり甘えてばかりではいけない、新しいところも開拓していかなければいけない、と自分を奮いたたせ(笑)何社かトライアルを受けようと思って受けた最初の1社がテンナインさんだったんですよ。(ありがとうございます!!)

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*北根さんにとって翻訳の面白さはどこにありますか?

前の会社に入社したての頃は、私の翻訳へのイメージは「1語1句翻訳する」というものでした。でも、IR関連の資料だと、例えば企業トップのメッセージのような原稿の翻訳の場合、日本語と英語はもちろんあっていて、どちらもスラスラ読めるのですが、1語1句同じではないんですね。私は翻訳はそういうものであってもいいと思っています。読む人にきちんと伝わる、書き手が何をきちんと伝えたいか、それを正確に伝えられていれば1語1句あっている必要はないのかな、と思っています。もちろん、決算短信のような翻訳は1語1句あっていなければいけないですが。読み手を想像して作業をしていく、ということが私には凄く楽しいですね。また、その過程でぴったりくる英訳や和訳を工夫していく作業は本当に楽しいです。
逆にぴったりくる翻訳がなかなか出ないときは苦しいです(笑)新聞を読んでいる時に参考になる文章や言い回しがあると家でも外でも(笑)新聞に印をつけてしまいますね。

*翻訳の合間のリフレッシュ方法はありますか?

現在の住まいの周囲に山や緑が本当に多いので目の保養のために風景を眺めることですね(笑)もうひとつは・・・・私実はすごくテレビっ子でして(笑)しかも海外ドラマばかりを見ています。全て録画してそれをため込んで一気に見ます!「生きた英語に触れる」ためです(笑)
一日中パソコンに向かっていると朝に読む新聞以外は活字を見たくない!と思ってしまうんです(笑)テレビのリモコンの電池がすぐになくなるんですよね!
そして、週一回のテニスです。それを目標に仕事をしてるとも言えます。フリーになって特に曜日の感覚がなくなってしまったので自分の中でスケジュール管理をするためにも週一回のテニスは欠かせません。

*今後の目標を聞かせてください。

私自身いまだプロの翻訳者だとは思っていません。まだまだ駆け出しの身ですし、上手な方はもっとたくさんいますから。
翻訳には答えがないとも考えています。翻訳には客観的な視点からの「正解」がない、あるいは「正解」は一つ以上あると私が主観的に思っているだけなのかもしれませんが。
今後の目標としては自分の中で、「翻訳をやっています」と周りに自信を持って言えるまでになりたいですね。
お客さまに「この人に任せたら大丈夫!」と思っていただけるのもひとつですが、一方でお客さまに「これは違うんじゃないか」と言われたときに「そんなことありません」ときっぱりと言えるくらいまで、自分の造るものに対して自信が持てるくらいに、がんばりたいです。そこまでの道のりはまだまだ長いですし、辿りつけるかどうかもわかりませんが(笑)

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*最後に翻訳者を目指している方たちへメッセージをお願いします。

「最初の第一歩」をどう踏み出していいのかわからない人や、以前の私のように怖い気持ちを抱えながらいつまでも勉強だけ続けていく人などもいると思うのですが今の私が言えることはとりあえずトライしてみる、ことです。向き、不向きはもちろんありますがまずは始めてみないとわからないことですし。私の場合、こうやって御社とお仕事をさせていただいているのも何かの縁だと思っていますし、今の自分の実力以上の、タイミングや縁も絶対にあるからです。だから是非思い切ってトライしてください!

【編集後記】
日英・英日どちらにも定評があるエージェントにとって本当に心強い北根さん。気取らず、飾らず、気負わずで、等身大のご自分をさらけ出していただいたようなインタビューでした。コーディネーターの経験もお持ちなので翻訳すること以外にも付随する手間を惜しまずにこちらの立場にも立って納品していただく姿勢は本当に頭が下がります。思い切って踏み出された最初の一歩が弊社との縁だったという言葉は本当に嬉しかったです。ありがとうございました。そして、今後ともよろしくお願いいたします!


Vol.37 ひたすら勉強あるのみ、です

【プロフィール】
奥陽子さん Yoko Oku
ITの会社でシステムエンジニアとしてご活躍された後、翻訳者として転職すべく2005年よりISSに入学。卒業後2年半のチェッカー経験を経て2009年よりフリーランスとなる。
また、現在弊社に週1回ご来社いただいてチェッカーのリーダー的存在として他のチェッカー、私たちコーディネーターからも絶大な信頼を得ている。

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Q. まずは奥さんが語学に興味を持たれたきっかけはなんですか?

奥:大学3年生の時に1週間かけてシベリア鉄道に乗って旅をしたことがきっかけでした。そこにはヨーロッパ、アジア、アメリカなど世界各国から来た様々な人が乗車していて、とても国際色豊かな雰囲気だったことを覚えています。

滅多にない機会なので、「今日はイタリア人と話そう」「明日はドイツ人と!」といった感じで多くの国の人と交流する時間を過ごしました。当時の私の英語力ではたいした会話もできなかったのですが、それでもその時に「英語ってやっぱり世界共通のコミュニケーションツールなんだな」と身に沁みて感じ、流暢に英語を話せなくてもいいからある程度英語ができれば色々な国の人とコミュニケーションがとれるんだ!と思い帰国してすぐに英会話学校に通いました。ただ、私は帰国子女でもなく、海外留学の経験もないので、英語で仕事を、というよりは、単なる「趣味」として考えていました。

Q.奥さんとは週1回顔を合わせて色々な話をしていたつもりですが、シベリア鉄道がきっかけだったとは驚きです。そんな事から端を発して関わるようになった英語、つまり翻訳を仕事にしようと思われたのは?
奥:前職でITのエンジニアをしていたのですが、IT系のマニュアルはアメリカ発の英文が多く、またそれらを翻訳された文章を読むことも多かったんです。色々目にするうちに「このくらいの内容だったら自分で翻訳できるかな?」と思う時がありまして(笑)ぼんやりと「翻訳を仕事にするのもいいのかな?」という気持ちが湧きました。

多くの方もそうだと思いますが、仕事って始めて2~3年経つとなぜか仕事を辞めたくなるというか、「本当にこの道でよかったのか?」と思う時期がありませんか?(笑)、私はそういう時期にIT以外のスキルを身に付けたくて、それまで細々と続けていた英語を集中的に勉強したことがあったんです。その時は結局転職には至らず、そのままエンジニアを続けたのですが。

Q.最初から翻訳だったんですね。通訳をするということはあまり考えなかったのですか?

奥:これは、自分のコンプレックスかも知れませんが、帰国子女の友人の流暢な発音を耳にするとやはり通訳は私には向いていない、というかハードルが高いように感じていました。一時期、通訳の勉強もしていましたので、通訳には通訳の面白さがあって、"人と人を繋げている"という感覚が直に感じられるのはいいなと思いますが、一方で翻訳には文章を突きつめていけるというか、単語の選択や言い回しをあれこれと考えたり、難しい原文を理解するために様々な資料を調べたりする作業工程に魅力があると思っています。

Q. さらっとエンジニアとして働きながら英語の勉強を続けていらっしゃることを話していただいてますが(笑)その勉強方法をお伺いしたいです。翻訳者になるための勉強はどのようになさっていたのですか?

それが...私は最初勘違いをしていたのですが(笑)とにかく英語力を上げれば、英語を極めれば翻訳ができると思っていました。それで、とにかく英語の勉強、身近なところでまずはTOEICの点数をのばしていけばいい!と(笑)

私のその頃のTOIECのスコアは700点くらいでした。ITという狭い世界では700点くらいだと「多少英語できるよね?」のレベルだったのですが、いざ転職情報を見ると「翻訳者募集!TOEIC900点以上から」という現実を知り、「あ、今の実力では何もできないんだ」とわかりました(笑)。

エンジニアを辞めてからしばらく文法を中心に集中的に勉強をして、結果としてスコアだけは条件を満たすようになってきたのですが、いざ応募するとなった時、「あれ?翻訳って何だっけ?」「私って翻訳できるんだっけ?」という思いが湧きまして(笑)

例えば、英文を読んで頭では理解しているのですがいざそれを日本語にしようとする上手く書けない、またはすごく時間がかかる、という壁にぶつかってしまいました。その時に英語を勉強することと、翻訳を勉強することは全く違うことに気づいんたんです。よくよく周りを見渡すと英会話学校とは違う、「翻訳学校」というものがあり(笑)それでISSに通い始めました。学校に行って「翻訳ができることと英語ができることは違う」と改めて理解しました。先生にもはっきりと言われましたね。「英語ができるからといって、翻訳ができるとは思わないでください。もし英日の翻訳をしたいのであれば英語5割、日本語5割両方とも同じくらいできるようになってください。母国語が必ずしもできるとは思わないでください。だからみなさんは英語も日本語も磨かなければいけない」と。これは余談ですが、ハイキャリアのリレーブログの「いぬさん」は恐らくそのときの先生なんですよ!
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Q. そういう経験を経て現在フリーランスとして歩まれているのですが、翻訳の面白さはどこにありますか?

奥:正直なところ私自身はまだまだ駆け出しのフリーランスなので翻訳の面白さを感じている余裕はありません。学校で学ぶのとは違って、実際の仕事の現場では納期に追われて必死で原稿と格闘することばかりです。ITのエンジニアの経験があるのでIT分野の内容に接すると懐かしい気持ちになり、エンジニア時代の目線になってマニアックな面白さを感じるくらいのことならありますが(笑)

ただ言えるのは、英語、スペイン語、韓国語など様々な言語が世界中にありますが、それらの言語はそれぞれが独自の成り立ちを持っています。翻訳はそれらをなんとかしてつなげていかなければならない作業です。それは辞書があるからといってできるものではありません。単純な言葉の置き換えでは「通じない」ので、言語の特徴や文化を含めたところまで考えて翻訳ができると面白いと思います。納期がなくて好きなだけ考えたり、文献を調査したりして翻訳ができればすごく楽しいかもしれませんね(笑)

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Q.では、チェックの面白さはどこにありますか?

奥:色々な人の訳文を原文と突き合わせて見ること自体が単純に楽しいです。人それぞれの個性が反映されていて翻訳は画一的なものではないということをつくづく感じます。その翻訳者さんの世界、頭の中とでも言うのでしょうか、それが垣間見ることができるという感じでしょうか。

また、私個人の考えですが、チェッカーと翻訳者は全く別の職種じゃないかと思っています。例えばそれは、編集者と作家のような役割と違いと言えばわかるでしょうか。チェッカーとなって4年経つのですが、当初はチェッカーとして色々な訳文を見て勉強して、次のステップとして翻訳者になろうと思い描いていたのですが、やればやるほど違う職種であることを実感しています。それぞれに求められるスキルが違うというか。

Q. 翻訳者として失敗談があれば聞かせてください。

奥:まだまだ経験が浅いので、語るほどのものはないのですが、フリーランスになって2番目にいただいたお仕事で「ハリウッドスターの座右の銘集」という英訳がありまして...、
これはもう全くダメでしたね(笑)「~~~~byトム・ハンクス」「~~~~~by ジュリア・ロバーツ」といった感じで、ひとつひとつは1行くらいの短いものだったんですが、大失敗しました(笑)。話し言葉を訳すには、ビジネス文書のような整った文章の翻訳とは違う工夫や技術がいると思うのですが、当時の私には難しすぎて、いわゆる「字面のまま」訳してしまったんです。これはクライアントからフィードバックがきました。翻訳の難しさを改めて知ることができた案件でした。その作品今日持参すればよかったですね(笑)

Q. 翻訳、チェックとフル回転ですが合間のリフレッシュとして何かされていますか?

奥:これと言ってありませんが1日1回必ず外に出ることですね。最長で6日間自宅にこもったこともありますが(これは弊社からのチェック案件でした...)、納品後1時間ほどは念のため自宅待機して、その後、大抵夕方が多いですが仕事とは全く関係のない本を持ってカフェに行ったりして時間を過ごします。1日1回翻訳から一度距離をおきます。そうすることで出てこなかったいい訳文がパッ!と浮かんだりすることもたまにはあります(笑)

Q. 奥さんお勧めの勉強方法はありますか。

奥:2つあります。ひとつは、これは私にとってなのですが、翻訳学校時代の仲間たちと月1回集まっての勉強会です。色々なバックグランドを持った12~13人が集まって一人が出した課題に対して自分の翻訳を持ち寄るのですが、翻訳者にあまりないと言われる横のつながりも感じられますし、他の人の訳文を見ることが勉強になり、何よりも大きな刺激になっています。

もうひとつは、翻訳学校で色々な先生に何度も言われてきたことで、「英文もしくは和文をひたすら書き写す」ことです。私は、「写経」と呼んでいますが、この方法はネイティブの友人に英文の上達法を相談したときも同じ答えが返ってきました。英語にしても日本語にしても、文章の上手なエッセイストや小説家の書いたものを書き写すだけで随分勉強になるので本当にお勧めです。やっぱり基本が大事ということですね。

Q. 最後に奥さんの今後の目標を聞かせてください。

奥:難しい質問ですね(笑)目標がないということではないのですが、具体的に何かを考える以前に、チェッカーとしても、翻訳者としても英語力、日本語力ともにもっともっと磨いていかなければいけないと思っています。とにかく勉強あるのみですね。敢えて目標を掲げるとするなら、以前翻訳学校の先生にも言われたことですが、読み手にあわせて色々な文章が、例えば柔らかいものから硬いものまで、書き分けができる翻訳者になることです。


編集後記
クールな外見と話し方とは裏腹に時には「なんでやねん!」と関西出身の片鱗も見せていただき非常に楽しい充実したインタビューでした。翻訳とチェックに対する秘めた情熱を元SEらしい理路整然とした語り口調でお話しいただく姿がなんともかっこよかったです。「翻訳者としてはまだまだスタートラインに立ったばかりですし、海外生活や留学の経験もない私のようなものが参考になるようなことを語れるでしょうか」と何度も謙遜されていましたが、本当に内容の濃いお話しありがとうございました!


Vol.35 言語と文化はつながっている

【プロフィール】
ロミ 眞木子さん Makiko Lommi
フリーランス通訳・翻訳者。フィンランド、ヘルシンキ在住。
上智大学外国語学部ロシア語学科卒業
ビリニュス大学言語学部リトアニアン・スタデーィズ修了

2010年のお正月休みを利用して数年ぶりにご家族と帰国されたロミ眞木子さんに色々とお話しを伺いました。IKEAやH&Mの日本進出もあり、今やブームの域を超えて日本でもすっかりお馴染となった北欧カルチャーの発信地のひとつでもあるフィンランドに渡ったいきさつ、言語や学ぶことへの情熱を熱く語っていただきました。
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Q . ロミさんが翻訳と深くかかわるようになったきっかけを教えてください。

子どもの頃、家の近くで英語を習っていました。そのお陰なのか、昔から英語の成績が良く、また母の影響で世界各国の映画を見るのも好きで高校生の時から周囲に「将来は字幕翻訳でもやったら?」と言われながら、そのまま上智大学のロシア語学科に進学しました。

上智在学中に、ある国際映画祭で行われたシンポジウムの内容を翻訳する機会をいただき、さるドキュメンタリー映画に字幕で使用されました。それはその時限りで終わったのですが。

卒業後は損保会社に勤務し、保険、金融の分野を中心に英語と関わる業務をしながら損保協会で開催される貿易英語やコレポンのセミナーに参加したり、会計英語をかじったりしながら地道に英語の勉強は続けていました。

そんな中で、ぼんやりと1~2年留学してみたいな、と思い始め、英語圏に行くことも考えたのですが、大学でロシア語を勉強してロシアやバルト三国に興味がありましたので、会社を辞めて1998年にバルト三国のひとつ、リトアニアに留学することになりました。留学は1年の予定だったのですが、政府奨学金がいただけることにもなり、また留学先のビリニュス大学で日本語講師の仕事もやっていたのでもう1年いることになり、合計2年いました。

2年目にひょんなことからある翻訳会社さんに登録しませんか?と声をかけていただき、一時帰国中の出向やオンラインでお仕事をいただく機会に恵まれました。また、留学中に現在のフィンランド人の夫と知り合い、リトアニアからフィンランドに渡り、フィンランドで文化事業団体のインターン勤務などを経て本格的に翻訳を始めるようになりました。

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Q. いつごろから翻訳を職業にしようと思われたのですか。

ヨーロッパに来てから翻訳会社さんに声をかけていただく機会が増えた頃からでしょうか。正直、初めは受身的な気持ちも半分で、それほど高い職業意識があったとはいえなかったと思います。それでも、お仕事が増えるにつれてもっと勉強を!となり、自分からも翻訳会社さんにアプローチしていくようになりました。幸い、自分自身、語学を勉強してきたので、外国語の勉強方法も知っていましたし、言葉というものはいつも文化と繋がっていますので文化についての勉強方法も知っていました。そういった地道な努力をヨーロッパに渡ってからは欠かさずやってきましたね。また、フィンランドにいる自分がやっているものはこれだ!と誰にでもわかってもらうには「翻訳」という選択肢は非常にわかりやすいな、とも考えるようになりました。また、子どもたちのことを考えると自然に翻訳を仕事にしていくというスタイルになっていきました。さらには、フィンランド国内からも翻訳の依頼が来るようになったため、昨年フィンランドで翻訳事業者として正式に登録をしました。

Q. ロミさんにとっての翻訳の魅力を教えてください。
私、構文の分析が大好きなんです。難解になればなるほど燃えると言いますか(笑)分析をしてその英文を自然な日本語に置き換えていく作業自体がすごく楽しいところが魅力ですね。

もうひとつは、ご依頼いただく文書の内容でしょうか。時代の流れをいち早く知ることができるように感じるところです。もちろん、全て機密事項ですが(笑)いただく原稿で時代を知ることができますね。そして、自分もその先端にいると感じるだけでなく、そこで自分も何かをしているんだと思えることは本当に魅力的で興味深くもあります。

Q. 翻訳以外のお仕事も幅広くご活躍されているようですが具体的にお話しを聞かせてください。

日本からフィンランドへいらっしゃる方へのガイドや通訳などをしています。フィンランドへ視察や調査にこられる方に通訳のお仕事をさせていただく機会が出てきたため、まずは2年ほど前に公認ガイドの資格を取りました。もちろん、観光客へのガイドもやっていますし、フィンランド滞在中に急な病気や怪我に遭われた方への医療通訳もしています。翻訳という仕事は人と会わない時間が多いので、それでバランスをとることにはなっているかもしれません。また、フィンランドに移った時に、できることは何でもやっていこう!と思っていましたし、いただくお仕事は基本的に全て引き受けるというスタンスでしたので。でも、特に通訳を通して色々な方にお会いすると、自分にはまだまだ通訳技術の勉強が必要だなと感じます。その他にもいろいろな仕事をしてきましたが、すべての精度を同じように上げていくことは少し難しいと感じているので、今後、仕事は多少淘汰されていくのかなとも感じています。例えば、以前はメディア関係のコーディネートなども承っていましたが、最近は時間的な都合でお引受できないケースも出てきています。また、2006年から、毎週土曜日にこちらの日本語補習校でフィンランドに在住する日本人の子どもたちに国語を教えていたのですが、大変残念ながらこの3月一杯でお休みをいただくことになりました。

Q. ロミさんの今後の目標や夢をお聞かせください。
やはり、言語を軸にクライアントのニーズに合わせたサービスを提供し続けることでしょうか。翻訳はやっぱりサービス業だなとつくづく思います。専門性の高い仕事ですが、クライアントあっての仕事なのでやはりクライアントに満足していただかないと意味がないですから。

翻訳以外では、今年からフィンランドでの通訳者の資格コースに通っています。様々な公共の場、例えば病院や警察、裁判所などですが、いろいろな方にそのような場所であまりお会いしないほうが良いのですが、そういった公共性の高い場で精度の高い通訳をするための資格です。その資格をとることが今の目標ですね。また、最近は広告関係や文芸翻訳など人目に触れるような翻訳依頼も多くなってきましたのでそれをより良いものに仕上げていくことも目標ですね。長期的な夢としては、また大学に行って学位を取りたいと思っています。子どもと一緒にでも(笑)

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Q. 最後に翻訳者を目指している方へのアドバイスをお願いします。

翻訳者というのは極端な話ですが、自分が今日から「私は翻訳者です」と名乗ればできます。でも、翻訳をやるからにはその成果物をお客様へ「きちんとした商品として出せるのか?」ということは常に頭に入れておくべきだと思います。さきほども言いましたが、翻訳はクライアントあってのサービス業だと考えるからです。
また、これは私の座右の銘のようなものでもあるのですが、「言語の専門家を名乗る時、その人はその言語が生まれた背景、文化、社会、歴史に通じている」と。それを前提にして言語に関わると、自分がどこまで何を知っていて、何を知らないのかがおのずと見えてきます。それはまた自分の得意分野も知ることにも繋がります。だから、目先の仕事が欲しいというだけでなく、今申し上げたようなスタンスを持つと翻訳の基礎体力のようなものがついてくると思います。また、言葉に対峙するとはどういうことかという心構えを最初に作ってみるのもいいと思います。最後は、ソース言語とターゲット言語についてきちんと勉強することですね。特に私同様、海外にいらっしゃる方は自分の日本語力が見えてこなくなることがありますので意識して勉強されてみてはどうでしょうか。

編集後記
大きな瞳をクルクル動かしながらよく通る声でお話しされる姿がとても印象的でした。どこにそんなパワーがあるんやろ?と思ってしまうほど小柄なロミさんから想像もできないほど行動力に溢れたエピソードには思わずこちらが脱線して質問してしまうほどでした。言語と真摯に向き合い、ロミさんにしかできない通訳・翻訳とは何かを常に模索しながらも、異国でご自分のアイデンティティを確立なさっている生き方は大いに刺激になりました!お忙しい中、本当にありがとうございました。


Vol.34 翻訳は言葉をつなぐパズルのよう

【プロフィール】
高島京子さん Kyoko Takashima
幼少時代をニューヨークで過ごし、その後日本とアメリカとを数年ごとに行き来する。ワシントンDCのジョージタウン大学を卒業。米中商工会議所でのインターンシップ、シカゴ商品取引所での先物ブローカー業務などを経て、台北のアパレル会社勤務。現在は中国語の勉強をする傍らフリーランスの日英翻訳者として活躍。

Q.語学に興味を持たれたきっかけについて教えてください。
子供の頃、父が仕事の関係で二度アメリカに転勤したのですが、それに伴い、家族が日本とアメリカを行ったり来たりしていましたので、バイリンガルな環境で育ちました。引っ越すたびに、現地の言葉を身につけなければなりませんでした。サバイバルのためでしたが、それが決して嫌ではなく、言葉の仕組みを学ぶことがまるでパズルのようで好きでした。学べば学ぶほど世界が広がる達成感がありました。

最初にニューヨークに移り住んでから8歳で日本へ帰国したあとは、英語力をどう維持するかということが問題でしたが、両親が英会話や帰国子女の会などに通わせてくれたお陰で、小学生レベルの英語とはいえ、その後アメリカの高校に編入した際の英語の基礎となり、とても助かりました。アメリカでも自宅ではいつも日本語での会話だったのですが、それが逆に日本語の維持に役立ったのだと今では思います。

日本に戻ってからも、国語はもちろん、古典や漢文も得意分野でした。アメリカの大学では中国語やイタリア語を勉強し、また日本文学の教授のリサーチアシスタントとして、日本語と英語の翻訳や通訳などをする機会に恵まれたこともあり、語学関連の仕事は自分に向いているのではと感じていました。翻訳は孤独で地道な作業ですが、それがかえって自分の性格には合っていて、将来翻訳者の道に進むことができればいいな、と思うようになりました。

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Q.翻訳をご職業にされようと思われたのはいつ頃でしょうか?
大学時代に翻訳や通訳の経験を多少積んだことで、職業として翻訳業に携ることは漠然とは考えていましたが、卒業後はシカゴ商品取引所(Chicago Board of Trade)で現地のブローカーと日本のクライアントとの掛け橋となりオーダーを執行する仕事をしました。そこでは業務の一環としてマーケットレポートの英訳を任されるようになり、金融関連の翻訳の基礎を築くことができました。また、米中商工会議所では、中国への語学留学経験もあったことから興味をもった米中間のビジネス面での交流について勉強させていただきました。このような経験を経て、国際交流や異文化コミュニケーションにかかわる仕事にますますひかれるようになったのですが、本格的に翻訳の仕事をはじめたのは、引越しを頻繁にし始めた頃です。ここ数年でも、シカゴ、ニューヨーク、台北、と移り住んでいますが、パソコンとインターネットさえあればできる仕事である、ということはとても大きな魅力のひとつです。テンナインさんに登録させていただいたのも、ちょうどニューヨークに越したときだったと思います。語学を活かした仕事をしたいという思いとライフスタイル面でのニーズの両方を満たす翻訳業に自然とたどりついた、といえます。

Q.失敗談などございましたら教えてください。
今のところは、幸い大きな失敗は有りませんが、それに甘んじず、日々が勉強だと思って、一つ一つの仕事を丁寧にこなして行くことだけはいつも心掛けています。

Q.もし翻訳者になっていなかったら?
金融関係や貿易関係など、やはり好きな語学を活かせる仕事を選んでいたとは思います。ただ、ライフスタイルからすると、本当に翻訳の仕事が今の自分に合っているので、正直翻訳以外は思いつきません。翻訳のレベルに達するにはもっと勉強が必要なのですが、中国語を学んでいます。台北に越してからは、現地のアパレル会社でしばらく勤めていたのですが、中国語の勉強になったことはもちろん、こちらの組織の文化やビジネス習慣に対する理解も深めることができました。せっかく中国語圏に住んでいるので、中国語は今後も学び続けていきたいと思っています。日々、様々なニュースに目を通す習慣をつけ、インプットされた知識や情報が素早く日本語、英語、または中国語で出てくるようにさらに努力をしていきたいです。

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Q.以前、YMCAにて小学生にボランティアでバイオリンを教えていらしたということですが、ご趣味は何ですか?
最近は全然練習していないのですが、子供の頃からバイオリンを習っていたので大学時代にはオーケストラに入っていました。ボランティアで地元のYMCAに行き、ワシントンDCに住む子供たちの課外活動としてバイオリンを教えていました。バイオリンは現在冬眠中ですが、今、はまっているのは洋裁です。もともと手芸が大好きで、帰国すると母とユザワヤに行ったりします。洋裁は台湾人の先生に習っているのですが、日本でも洋裁を勉強され、パターンの作成など日本の洋裁教育に基づいたシステムを台湾で広めている方です。日本で指導を受けた台湾人の先生に、私のような日本人が中国語で洋裁を教わる、というのも少し面白い話ですが、台湾と日本の歴史を考えると納得です。

洋裁が好きになったのも、翻訳と似ている点があるからでしょうか。洋裁も翻訳もプロジェクトベースで作業を進めていくところが共通しています。努力の成果が直にみられて達成感を味わえますが、少しでも手を抜けばそれも一目瞭然です。翻訳ですと正確かつ適切で統一感のあるきれいな訳文、洋裁ですと裁断から縫製、アイロンがけまできちん仕上げた美しい洋服--どちらをとっても細部まで神経が行き届いた完成度の高いものは、すばらしいと思いますし、そういう仕事ができるようになることを目指しています。細かい作業が苦にならないので、翻訳をする際も、言葉をパズルの様にパーツパーツで組み合わせて、どうすれば一番きれいな仕上りになるかな、と考えながら作業します。絵を描くことも好きで、構図などを考えるのが楽しいです。翻訳のときもレイアウトをきれいに整えたりするのがもともと好きですね。

Q.今後の目標は?
日英翻訳の実力を高めていくことはもちろんですが、中国語ももっと上達させたいです。将来的には翻訳できるくらいのレベルになることも視野に入れています。

Q.翻訳者を目指している方に向けてのメッセージ・アドバイスをください。
自分の得意分野を確立する、ということは実は大切ですね。得意分野を作って自信が持てる翻訳ができるようになれば、それだけ翻訳会社からお仕事を頂けるようにもなるのではないでしょうか。また、先にもお話しましたが、やはり日頃から積極的に情報収集するという心掛けが大事です。興味のあること以外の分野でも、新聞やテレビなどから得る情報は翻訳する際にとても役に立ちますから。リサーチ力を養うことは大切だと思います。

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編集者後記:
 テンナイン翻訳部でも引っ張りだこの高島京子さん。今回は普段お住まいの台北から一時的にご帰国されました機会に、このインタビューを快くお引き受けくださいました。お願いするお仕事ではレイアウトまで完璧に統一された素晴らしい内容。以前から是非お会いしたいと思っていましたので、直接お話しができたことが本当に嬉しかったです。また、
ご本人は否定なさっていましたが、翻訳のお仕事のやり取りの随所からうかがえる几帳面さと、お仕事に対する責任感、語学への飽くなき探求の精神には、本当に"脱帽"です!



Vol.33 自分で見て聞いて判断することを大切に

【プロフィール】
河野光明さん Mitsuaki Kohno
大阪外国語大学英語科卒。卒業後、輸出関連の会社に就職する傍ら翻訳学校に通う。その後、海外向けの広告制作や出版、翻訳を手掛ける会社に就職。講談社70周年記念映画、「東京裁判」(小林正樹監督)の英語版制作に携わる。昭和62年には同社の翻訳・広告部門を継承し、翌年有限会社カテラを設立。その後、派遣翻訳者として大手法律事務所にて法律翻訳の実績を積み、現在は契約書の和文英訳を中心にフリーランスの翻訳者として活動中。

Q.語学に興味を持たれたきっかけについて教えてください。

中学時代、英語の先生の教え方がうまく、そのころから語学に興味を持ちました。
数学は得意では無いので、総合大学も受けました、が、まあ他に道が無かった、と言うか、、、。
(大阪外国語大学の入学試験は)英語が200点で、確かその他は、国語、世界史でしたが、英語の配分が高かったんです。

大学を卒業後、電線メーカーに就職しました。海外部で電線の輸出に関する業務です。アメリカやヨーロッパなど先進国は電力ケーブルや通信ケーブル網なども発達していますから、相手は発展途上国ですね。当時は中近東だとか東南アジア向けが主でした。海外工事で数ヶ月から数年かけて電線を敷設してから、現地の電力プラントや施設が稼働するまでサポートするわけです。そういった工事に関連する商談がありました。翻訳は殆ど関係なく、実際は輸出関連の業務で、見積りを作成するなど商社と協力しての仕事がメインでした。これこれこういう電線をいつまでに納品、など、進捗管理、コーディネーションをするような立場です。また、昔は通信手段と言えば、テレックスや、遠距離通話料金のかかる電話・ファクスでのやり取りでした。コンピューターすら使用していない時代ですからね。

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Q.翻訳をご職業にされようと思われたのはいつ頃でしょうか?

電線メーカーにいたとき、退職する半年か1年くらい前だったと思いますが、翻訳学校に通い始めたんです。急に思い立ったわけでは無く、やっぱり語学に興味があったんですね。それと、自分は組織の中で、うまく立ち回れる気がしなかったんです。大学時代に何か自分でやれる仕事がいいな、と思っていたところ、先輩が翻訳業のことを教えてくれ、そんな仕事もあるんだなぁ、と。それ以来ずっと翻訳業のことは頭の中にありました。将来的には翻訳者の道で独立していければいいなと思っていました。

最初の会社を辞めて、実は一度故郷の長崎に帰ったんです。そこで何かできないかな、と思ったのですが、そうしたところ、長崎で実際に翻訳をしている人がいて、翻訳の仕事をするなら都会へ出なさい、と言われました。地方ですと仕事が無いんですよね。今のようにメールもありませんでしたので。英語はタイプライターで、日本語は400字の原稿用紙に手書きで、実際に翻訳物を手持ちするわけです。タイプミスは修正液で直すため、同じところを何度も修正するとそこだけ修正液の重ね塗りで膨れたり、破れてしまうこともありました。宅急便もありませんでしたし、郵送で2~3日かかることもありますから。でも、納期は今と同じくらい厳しかったですね。翌日までに40枚の翻訳という仕事もありました。特に広告代理店の依頼などですよね。単価自体が悪くないだけに納期は厳しかったんですね。後年になってフロッピーで届けることもありました。この10年くらいのCP環境の進歩は素晴らしいです。在宅翻訳者さんは動き回ることをあまり好まない人も多いと思いますし、便利になりましたね。

Q.翻訳の仕事の面白さ、やり甲斐を感じる時は?又は大変さについては如何でしょうか?

契約書や法律についてであれば、広告の仕事に携わっていた際に、海外のタレント関連の仕事や、珍しいものですと、Jリーグ発足時の契約書関連の仕事がありました。契約書翻訳と言いますと、「型」のようなものがあるので、規則正しいところが自分に合っているな、と思いました。海外のサッカーリーグが既にありましたが、Jリーグ立ち上げ時に参考にしなければならない規約が沢山あり、弁護士の指導を受けて和訳をすることが主なものでしたが、まずは納期を守る、ということが一番大変なことでした。全体量から、1日にこれだけは最低限進めよう、という具合にペース設定しました。自分で仕事を受けるようになれば、自分の体調を管理することも重要ですよね。お客様には翻訳者の体調は関係ありませんから。幸い僕の場合は身体的な問題はありませんでしたが、今後年齢を重ねるわけですから管理には気を配ります。体力が弱い方にとっては厳しい仕事ですよね。また、何日間も仕事が無いときなどもありますから、それに耐えて新規開拓して行く気力なんかも必要です。受ける仕事の量についても、多少は自分にハッタリをかけて、多少多めでも受け、その後で何とか配分を考えてやり抜きます。

Q.契約書や法律翻訳をご専門にされていますが、その分野で大変なところ、または面白いところを教えてください。

契約書の翻訳の場合は、一度納品して終わり、ということではなく、ここがまずい、次はここがまずい、という具合に最終版が出るまでに改訂が入ることがありますから、そういった場合は期間が長くなり、相当な分量になりました。また、資料の性質上、後になって間違いがあるということは許されませんから、正確さが必要です。

契約書の翻訳には、明確にするために同義語を併記する表現(例えば、make and enter into(締結する)、alter, amend, modify or change(変更する)など)が多く存在しますね。ただ、最近はPlain Englishと言って、法律翻訳全体に、もっと簡単な表現にしていこう、という流れが出てきました。文の頭が長々と続き結論が後に来るような読みづらい契約書が多いのですが、This Agreement is~と、isを最初に持ってくるなど、あくまで分かりやすいものを作成しよう、ということです。契約書なので、内容を落としてはいけないですが、表現をシンプルにする、という流れには大賛成ですね。Plain Englishに関する本もたくさん出ていますよ。

契約書翻訳は、ある意味一般のビジネス翻訳よりパターン化されている部分が多いので、型さえ習得すれば、慣れてくるととっつき易いかもしれません。2年くらい学ぶと大体はこなせるようになるとも言われています。僕の場合は翻訳の基礎を翻訳学校で学んだことがありますが、殆ど現場で翻訳をこなし、あとは独学なんです。また、契約書の翻訳で英語ネイティブが問題になるのは、日本語原文の読解力ですよね。日本人は英語力なんですが、、、ハハハ。通常の英訳ならネイティブには敵いませんが、法律翻訳について必要なのは表現の巧みさよりも原文の読解力と正確に伝える英語力が大切なのです。そういう意味では、法律の勉強こそ必要ですが、日本人でも十分やれる分野だと思って契約書を選びました。以前法律事務所で弁護士さんにも確認しました。やはり内容を正確に読解し、正確に伝えることが一番重要だ、という認識で間違いありませんでした。

いずれにしても、仕事にする、という意味では楽しいだけでは翻訳はできませんね。翻訳で生活してゆく、ということは相当に厳しいことですから。派遣翻訳者として法律事務所に行ったときも、話の経緯の分らないメール文書などを訳すわけですから、主語さえも分らず、最初はチンプンカンプンでした。


プロはここが違う河野光明さん2.jpgQ.もし翻訳者になっていなかったら?

希望としては外へ出て活躍できるような仕事が本当は好きなんですよね。
このことになると熱くなってくるんですが、国防、防衛に関係する仕事、例えば自衛隊ですとか、海上保安庁ですとか、最近特に興味が強くなってきましたね。昔からそういった話を聞いたりするのが好きだったんです。対外的な問題で日本政府があまりにも腰砕けなものですから! 「義憤」にかられることが多いですね(笑)。まあ、今からなれるわけではありませんから。または、動物園の飼育員ですかね。動物が大好きなんですよね。今はマンション住まいなのでメダカくらいしか飼えませんが、昔は犬も猫も飼っていました。心がほっとするんです。

最初に就職するときには、何をしたいか、なんて分からなかったですね。一般企業に普通に就職して、というのが僕の時代は普通のことでしたから。今思えば、もっと自分の考えをしっかり持って、思った道にパッと入っておけばよかったな、という思いがあります。早い段階で自分はこうなりたいんだ、という思いを持つことが大事です。

Q.ご趣味は?

散歩しながらいろいろ見て歩くことです。昔、大阪から長崎までを歩いてみたこともありました。最近は街道を歩くのが好きなんです。この道を武田信玄や上杉謙信の大軍勢が通ったのか、とか想像しながら歩くんです。府中の方には大国魂神社というところがあるんですが、神社での剣の奉納試合に出るために、新撰組の土方歳三だとか沖田総司だとかがこの道を通りましたよ、などと書かれているのを見ると、もう感激ですね。最近は機会が無いのですが、一度に大体10km~20kmは歩きます。江戸時代の人など、1日に10里(40km)位は歩いたようですから、現代人とは体力、精神力が違っていただろうな、と思います。

読書も趣味です。ノンフィクション、伝記、歴史が好きですね。海外のものより日本のもの、特に最近は戦後について書かれたものを読みます。最近、自分で史実を理解しようともせずに、マスコミなどに洗脳されて日本人が自虐史観を持つような流れにあることがどうも気になるんです。渡部昇一さんなど英文学者ですが、物凄く正史に造詣が深いですね。あとは落合信彦さんなどは強烈ですよね。読書は仕事の合間や電車での移動時間など少しでも時間を見つけて息抜きにしています。契約書翻訳が固いので、本当はフィクションなども読んで幅を広げたいとは思っていますが、人生の残り時間が少なくなってきましたから、、、(笑)。若い方は小説なども読んで幅を広げられた方が良いと思います。バランスですね。

Q.空手を40年以上続けていらっしゃる、ということですが。

長崎で始めましたが、すぐれた師に巡り合えたと思っています。また、世界チャンピオンだった人がフィットネスクラブで子供たちを集めて空手教室を展開しており、講師として教えていたこともあります。今ももちろん定期的に空手をやっていますが、これは、趣味というよりも、もう習慣のようなもので、楽しんでやる、というのとはちょっと違うんです。人生の一部、とでも言いましょうか。

Q.今後の目標などはありますか?

まずは翻訳を業として固めたいですね。仕事には、時期によってばらつきがあります。先ずは、コンスタントに仕事を確保して「売れっ子」になることです。
契約書メインでやりたいですが、貿易の仕事もしていましたので、商用通信(コレポン)などもありますが、大体どこも社内で処理され、外に出てくるケースは少ないですね。
 あとは翻訳者の地位向上です。翻訳や通訳者は(言語変換)マシンのように見られることもあります。また、翻訳者自身も反省すべき点はありますが、処遇が改善されると素質ある人も出てきて、品質面でクレームが絶えない業界のレベルアップにつながると思います。


プロはここが違う河野光明さん3.jpgQ.翻訳者を目指している方、また、若者に向けてのメッセージ・アドバイスをください。

若くて頭が柔軟なうちから、如何に多くを読み、書き、話し、聞く、ということが大切だと思います。できるだけたくさんインプットして、それを自然とアウトプットできるようになるまで訓練する。以前に出会った同時通訳者も同じ考え方でした。彼は若いのに凄いな、と思います。イギリス留学中に、とにかく物凄く英語の本を読んで、相手が日本人でも英語で話しかけたらしいです。自然と口を衝いて出てくるようになる程やってみる。日本にいるとそういった環境に身をおくことは難しいかもしれませんが。

また、翻訳者を目指されている方の中には、在宅の仕事はマイペースでいいな、と憧れている方もいらっしゃると思いますが、職業として翻訳の仕事をする、というのは並大抵のことではありません。営業努力も必要ですしね。そういう職業としての覚悟を持ち、自分の専門も決めることですね。何でもやる、ということは不可能ですし、逆に信用されません。専門分野を決め、絶えず勉強する姿勢が必要だと思います。

若い人(に限りませんが)に向けては、先ほどお話した戦後のことに関連しますが、マスコミが報道する偏向したニュース、反日思想などに煽られ、日本についておかしな自虐史観を持つようにはなってほしくないですね。今のマスコミは、新聞やTVなどおかしい報道やコメントが多いです。社説などはその新聞社の考え方が出ますから。また、政治家に見られますが、他国からの内政干渉に呼応して、ある部分だけを捉えて自国を悪く言う精神構造も理解できません。これでは、国民は国や政治に誇りを持てません。日本には武士道に基づく固有の立派な思想や伝統、習慣があるにも拘らず、古いとか、すぐに戦争に結び付けて否定してしまうことも愚かだと思います。良いものまで否定して国の根幹を無くしていくこと、日本が日本で無くなる、自分の国が自分の国で無くなる、などということがあってはいけないんです。考えると、「憤死」しそうになることがあります(笑)。ネットは悪い面もありますが、マスコミによる一方的な報道とは異なり、色々な人が多面的な意見を繰り広げることができるようになり、斬新な意見を発表したり目にしたり良い面もあります。偏向報道や思想に左右されることなく、先ず自分で調べ、考え、判断して行くようにしたいものです。

 

プロはここが違う河野光明さん4.jpg編集者後記:
空手歴40年、趣味は幕末~戦後のノンフィクションや伝記などの読書、ということだけあり、とても骨太なお話をお伺いすることができた、貴重なお時間でした。でも、お話しされていて随所にこぼれる、優しい、素敵な笑顔が印象的な河野さん。当日はインターンシップ生もインタビューに同席しましたが、若い彼女たちにも、河野さんのお話は本当にためになったはずです。私もあと10年くらい早くお会いしたかったです!



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