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翻訳者インタビュー 第一線でご活躍されている翻訳者の「仕事」「自分らしい生き方」
「プライベート」など、生の声をご紹介します。

Vol.17 全ては自分のやる気次第

[プロフィール]
大場由美子さん
Yumiko Oba
経歴:大学卒業後、大手自動車会社入社、欧米の排ガス法規・安全法規調査及び認証を主な業務として行う。退職後、フリーランスにて翻訳を開始。その後、合計約7年半の米国生活を経て、日本帰国、本格的にフリーランス翻訳者として活動を始める。英日・日英ともに、そのクオリティには定評があり、最近は経営雑誌翻訳等を始め、幅広い分野にて活躍中。

もともと英語はお得意だったんですか・・・・・・?
中学、高校と思い返してみても、英語を集中して勉強した記憶はないんです。あくまでも、教科の一つとしてしか捉えていませんでしたので。大学では、社会学を専攻し、英語とはほぼ無縁の生活を送りました。就職活動間際に、資格欄が真っ白なのもどうかと思い、英検を受けたぐらいです。しかも2級(笑)。そして、これによって英語熱が上がることもなく、まさか自分が大学卒業後、どっぷり英語漬けになるとは、夢にも思ってはいませんでした。
大学卒業後は、自動車メーカーに就職されたようですね。
そうなんです。配属されてびっくり、英語が使えないと仕事が出来ないような部署だったんですよ。米国の排ガス法規動向調査、その認証のための書類作成が最初の仕事だったのですが、書類は全て英語!これまで、英語を使って仕事をするどころか、自分が英語を話すということ自体考えてもみなかったので、「これは大変なところに来てしまった」と焦りましたね。そして、あろうことか入社数日後、アメリカ法規の資料を翻訳してくださいと言われたときには、心臓が止まるかと思いました。とりあえず、辞書を片手に読み始めたものの、1行読むのに、6つも7つも分からない単語があるんです。そして、辞書をひいたところで、日本語にしても意味が分かりません。会議に行っても、一体何の話をしているかすら理解出来ませんでした。「二駆(にく)と四駆(よんく)が」と言われても、「どうしてお肉と車が一緒にでてくるんだろう」と思ったぐらいでしたから、私の自動車に関する知識もお粗末だったのですが。地獄のようでしたが、当時は「私は、キャリアウーマンになるんだから!」と鼻息も荒かったせいか、しばらくがんばってみることにしました。
片時も辞書を離さず、分からないことはすぐに質問するという毎日を1年ぐらい続けた結果、何となく知識もついてきたんです。そうなると、仕事も面白くなってきます。それからですね、この仕事が楽しくなったのは。そうそう、入社間もない頃に受けたTOEICは、630点だったんですが、退職時には820点でした。少しは伸びたのかな、と(笑)。
退職後、フリーランスで翻訳をするようになったのは?
ありがたいことに、勤めていた会社の方から、「自宅で翻訳をしてくれないか」と声をかけて頂きました。当時、翻訳者になりたいという気持ちは特にありませんでしたが、せっかく毎日家にいるのだから、挑戦してみようと思ったんです。そういうわけで、週に数回英会話学校に通いながら、空いた時間に自宅で翻訳をするという生活が始まりました。いざ、やってみると、これは自分の性に合っているなと思いました。元々、読書好きなこともありますが、じっくり考えて言葉を選ぶ面白さに惹かれました。また、翻訳する資料も、これまで自分がずっと関わってきた分野だったので、入りやすかったということもあるかもしれませんね。
1989年に、渡米されていらっしゃいますね。
夫の米国駐在に同行することになりました。VISAの関係で、仕事は出来なかったので、大学に通おうと思ったんです。でも、子供が生まれたので計画変更!、子育てに専念することになりました。4年後に帰国し、97年に再び渡米したのですが、ずっと消費ばかりしている生活にも疲れていた頃で、そろそろ何かやりたいなと思い始めたんです。息子の通う小学校で、ESLクラスのお手伝いなどをさせて頂きましたが、思いのほか楽しくて、あぁやっぱり私は何らかの形で、社会と関わっていたいと思いました。2001年に帰国することになり、日本での再出発を考えました。果たして、自分に何が出来るだろうと考えたときに、日本語と英語の世界をつなぐ仕事ができたらいいなと思いました。そして、以前やっていた翻訳のことが頭をよぎったんです。そこで、帰国後すぐに翻訳学校への入学を決めました。
そして、本格的に、フリーランス翻訳者としての活動を開始されたのですね。
再び、以前の会社から翻訳を依頼されたので、その仕事をしながら、並行して翻訳学校に通いました。翻訳の基礎をきちんと学びたい、そして、自動車だけでなく、もっと広い分野の翻訳をやってみたいと思ったんです。総合コースに入ったので、実務・文芸・映像と3つのジャンルを勉強することが出来ましたが、それぞれノウハウがあり、翻訳と一言で言っても全く別の仕事であることが分かりました。まず映像は私には向いていないと思いました。文芸は、ミステリー小説が好きなこともあって、「将来は、文芸翻訳者になれたらいいな」と密かな夢を抱いてクラスに挑みましたが、文芸翻訳に必要な日本語の表現力が私には足りないんだと痛感しました。また、自分の中でいつの間にか、読んでいて面白いと思うものが、文芸より実務で扱うものに変わっていました。結果的に、最後の選択肢であった実務が仕事に結びついた訳ですが、授業を受けていくにつれて、自分が今までやってきた仕事がいかに甘かったかということを、いやというほど見せつけられた気がして、すごく不安になったんです。これでは、どの分野でも翻訳者になるなんて無理かもしれないと。でも、ある時、実務の先生が私の翻訳を見て、「あなたの翻訳は、このまま十分に外に出せます。もう仕事のレベルになっていますよ。」と言ってくださったんです。この一言が本当に嬉しくて、なんだか、「あなたはこの仕事を目指してがんばっていいんですよ」と言われた気がして救われました。これがきっかけとなって、本格的に仕事を請けるようになりましたが、実務翻訳は本当に面白いです。どの分野もやればやるほど新しいことを知ることが出来ますし、リサーチのしがいもあります。音や歯に関する論文など、未知の分野のお仕事を頂くこともありますが、調べていくうちに道が開けてくるんです。目の前がぱっと明るくなるような、この瞬間がなんともいえませんね。
通訳者になろうと思ったことは?
実は、過去に一度だけ頼まれてやったことがあります。以前の会社関係の、レセプションでの通訳だったのですが、原稿があるからと聞いて、引き受けることにしました。ところが、通訳途中で、いきなり頭が真っ白になってしまったんです。全て頭から抜け落ちてしまって、数秒間沈黙が流れました。この時、「あぁもう身分不相応なことは、二度とやるまい」と心に誓いました。最初で最後の通訳経験です。
日英翻訳もされると伺いましたが・・・・・・?大場さんの強みは?
フリーになった頃、なぜか英日よりも日英の方が、トライアル合格率が高かったんです。日本語がいまいちだったのでしょうか(笑)?もしくは、当時は、日英をする方があまりいらっしゃらなかったのか。私自身、駆け出しだったので、英日にしろ日英にしろ、お仕事を頂けることが嬉しくて、頂いた仕事は全て請けていました。今では、どちらかというと英日が多いかもしれませんが、場合によっては日英が7割を占める時もあります。これも強みでしょうか。
そして、どの分野でも一定の品質を保つことが出来るということでしょうか。もちろん、自分で納得のいく品質が確保出来ないかもしれない場合は、予めお断りしていますが、一応頂いたお仕事は、全て請けるというスタンスでやっています。
最近では、経営関係のビジネス雑誌・書籍なども翻訳されているようですね。
"Harvard Business Review" や、他の経営学関係の雑誌を翻訳させて頂きました。皆さんに育てて頂いているところが大きいのですが、こういったチャンスを頂くことが出来、大変嬉しく思っております。本は、数ヶ月間かけて翻訳していくので、自分にとっても得るものは大きかったです。
また、定期的に、自動車関係新聞記事の日英翻訳をやっています。随時、訳したものがHPにアップされているのですが、最初にこのお仕事を頂いたときは、正直不安でした。新聞記事だし、日英だし、ということで。でも、チェッカーの方が、すごく親切にいろいろ教えてくだって、あぁお金を頂きながら、こんなに教えて頂いていいのだろうかと感謝の気持ちでいっぱいです。納品後に、フィードバックを頂けるのも、本当にありがたいです。これから、自分が取り組むべき課題が見えてきます。今後も、こういった機会があれば、どんどんチャレンジしたいと思っています。
現在の一週間のスケジュールは?
大体毎日翻訳をしています。午前中は、必ず仕事をして、午後は細切れになるので、夜にまた作業開始という形です。在宅だと、時間の融通が利くのでいいですね。その分、土日に休めないということもありますが、私の場合、友人と会う時間や大好きなスポーツ観戦に出かける場合を想定して、そこから逆算して、いつも作業するようにしています。
ストレス発散は・・・・・・?
仕事は楽しいので、翻訳でストレスがたまるということはありません。ただ、納期に間に合わなかったらどうしようという不安が、ストレスになることはあります。子供にもよく、「お母さん、いらいらしてるでしょ!」と言われたりするんですが(笑)。調べ物も大好きで、ふと気がつくと、「あれ!もうこんな時間だ。」と思うこともよくあります。
それから、肩こりや目の疲れには悩まされます。ずっとパソコンの前にいるからでしょうね。週に2回は、必ずテニスとエアロビクスに行くように心がけています。楽しいですよ!肩こりも、すぐに治ってしまいます。それから、スポーツ観戦が好きで、野球、テニス、ラグビー、陸上、水泳と、年間通じて、いろんな試合を観に行きます。何か一つのことに全力で取り組んでいる人を見ていると、感動します。自分もわくわくして、いつも我を忘れて、大声で応援しているんです。そうそう、私の目指すところは村上春樹スタイルなんです。おこがましいですが(笑)、スポーツもやる、翻訳もやるっていいですよね。
もし、翻訳者になっていなかったら・・・・・・?
米国にいた時、トールペイントを習っていたんです。子供の頃から絵は好きだったんですが、トールペイントを習いだしてから、油絵の教室にも行くようになって、かなり熱中していました。もしかしたら、自宅でトールペイント教室なんかをやっていたかもしれませんね(笑)。
お子さんには、バイリンガル教育を?
今は全く行っていません。息子は一応2人とも帰国子女なんですが、発音もきれいだし、話すこと聴くことはある程度出来ても、文法などはあまり得意ではないようです。私も、最初のうちは一生懸命教えていたんですが、本人に覚える気がないというか、下の子は、最初は意地でも英語を話しませんでしたから。まぁ、親の勝手な都合で海外に連れてきたことだけでもストレスだと思ったので、これ以上プレッシャーを与えるのはやめようという結論に達しました。
帰国した今では、逆に、日本語が怪しいところもあったりして、バイリンガル教育って難しいなと痛感しています。ただ、せっかく少しでも身に付けた英語ですので、将来、本人がもし勉強したいと言い出した時には、出来る限りサポートするつもりではいます。
これから翻訳者を目指す人へのメッセージをお願いします。

私自身、スタートが遅かったので、あぁもっと早く始めればよかったかなと思うこともあります。でも、紆余曲折を経てここにたどり着いたからこそ、「いつになっても本人のやる気次第で、どうにでもなる」と思うんです。年齢も関係ありません。特に翻訳の仕事はそうだと思います。
それから、「自分はこの分野をやるんだ!」という強い目標があったとしても、最初はいろんな分野を勉強してみることをお勧めします。需要と供給の問題もありますし、自分に向いていると思っていても、実際は違うこともあるかもしれません。ですから、最初はあまり絞らないで、なるべく多くの分野を経験してはどうでしょうか。また、英日だけにこだわらず、日英にも目を向けてみるといいと思います。自分で、出来ないと思い込んでいるだけで、案外英日よりも可能性がある場合もあるかもしれません。自分で自分の能力を過小評価していることもありますからね。ネイティブではなくても、仕事によってはチェッカーが細かく指導してくれたり、育ててくれる企業もあるはずです。まずはチャンスをつかむことが大事ではないでしょうか。そこから可能性が開けてくると思います。

編集後記
自然体で、終始にこやかな大場さんでしたが、やっぱりプロはすごいなと思うエピソードがたくさんありました。最後の、「これから目指す方へのアドバイス」は、きっとたくさんの方の背中を押してくれるのではないかと思います。全ては「自分の気持ち次第」なんですよね!
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Vol.16 チャンスを引き寄せる力

[プロフィール]
ニキータ・ディオさん
Nikita Deo
ロンドン大学東アジア学部日本語学科在学時、初来日。大学卒業後、文部科学省JETプログラムに参加、島根県役場に勤務。非営利団体ピースボート通訳を経て、翻訳エージェントにコーディネーター兼オンサイト翻訳者として勤務。現在は、ロンドンの銀行にて、金融翻訳者として活躍中。

日本語に興味を持ったきっかけは?
高校3年の時です。大学に入ったら何を勉強しようかと悩んでいた頃でした。ある時、日本語を勉強している友人がテキストを見せてくれたんです。見たこともない文字がすごく印象的で、興味を持ちました。カタカナで「ドライヤー」と書いてあり、「ドライヤーって、英語と同じじゃん。日本語って結構簡単なんじゃないの!」と思ったんです。この大きな勘違いとともに、私の日本語人生がスタートしました。
実際に大学で勉強して、いかがでしたか?
「こんにちは」からスタートし、会話、文法、文学と一通り勉強しました。最初は悪夢でしたね(笑)。先生は日本人、授業も全て日本語です。最初の数週間は、一体何が起こっているのかさっぱりわかりませんでした。入学した以上勉強するしかないので、必死でしたが。何もかもが英語と正反対で、とても新鮮でした。何となく謎めいた雰囲気も魅力的で、是非一度訪れたいと思うようになりました。
在学中、二度日本に?
1年生の時に、交換留学プログラムで北海道に6ヶ月滞在しました。高層ビルがそびえたっている国だと聞いていましたが、札幌の道は広くてまっすぐで、日本は意外とゆったりした国なんだなと思って帰国しました。
3年時に留学した時は、2年前のイメージが180度ひっくり返ってしまいました。場所は東京、上智大学だったのです。
実は、再び日本に行くことになるとは想像もしませんでした。日本に来る直前に大失恋し、あぁもうイギリスにはいられないと思ったんです。イギリスなんて嫌だ、どこでもいいから他の国に行きたい! と(笑)。そんな時、留学プログラムの定員に空きがあることを知り、参加を決めました。急だったので、全く準備もしていませんでしたが、とても有意義な1年でした。この頃には、日常会話はある程度できるようになっていたと思います。
大学ご卒業後は?
東京での生活が楽しく、すぐに戻ってこようと決めていたので、JETプログラムに応募しました。運良く合格したので、大学の卒業式を待たずして日本に来ました。
JETプログラムの合格通知には、滞在予定先として島根県の住所が書いてあったんです。地図を広げて「あれ? 東京じゃない?」とびっくりしました(笑)。北海道、東京、島根、同じ日本でも土地によって全く違うことが面白かったです。
ピースボートでは、通訳もご経験されたとか。
Japan Timesの「無料で世界をまわりませんか?」という謳い文句に誘われて、試験を受けにいきました。ボランティア通訳としての参加でしたが、船にはプロの通訳者も乗船しており、そのプロ意識の高さには感銘を受けました。通訳は英日中心で、私は英語が聞き取れても、日本語のボキャブラリーが足りずに的確な言葉で通訳できないんです。これではやっていけない、とショックを受けました。
これまでに何度か通訳のお仕事を頂きましたが、その場ですぐに言葉にしないといけないことがストレスでした。あぁでもない、こうでもないと考えてから、一つの言葉を選ぶ方が、私には合っているように思います。
その後、翻訳者としてのキャリアを?
東京のゲストハウスに住みながら、語学を生かせる仕事を探していたところ、翻訳エージェントでの編集・翻訳業務のポジションを見つけました。知らないうちに翻訳の面白さに引き込まれました。頭全体がフル回転しているのが自分でもわかって、ぞくぞくするぐらいでした。いつからか、「翻訳で生きていこう」と思うようになりました。
一日中翻訳をしていると、気分転換したくなることはありませんか?
ストレスがたまることはありませんが、気分転換したくなったら、外に出ることもあります。ラップトップがあれば、外でも仕事はできますしね。逆に、パソコンがウィルスに感染したり、何らかの理由で壊れたりすることの方がストレスです。つい先日も、日本から持ち帰ったパソコンに紅茶をこぼしてしまい、キーボードをダメにしました......。
ご趣味は?
2年前ぐらいから、ヨガ教室に通っています。翻訳をしていると、どうしても体が固くなってしまうんです。ヨガを始めてから、精神的にも肉体的にもバランスがとれているように思います。歩いていても、体がちゃんとつながっているイメージがあるんですよ。
去年の1月、ロンドンに戻られたそうですが。
20代の大半を日本で過ごしました。30歳を目前にして、今後もずっと日本にいるのか、家族のいるイギリスに戻るのか悩んでいたんです。半年ぐらい考えて、とにかく一度帰国してみようと思いました。日本に戻れなくなったらどうしようとも思いましたが、最終的に、自分の故郷であるイギリスに惹かれる部分が大きかったんだと思います。
ロンドンに戻ってしばらくして、オンサイト金融翻訳のお話を頂きました。今後、どういう形態を選ぶかわかりませんが、今はとにかく経験を積みたいんです。
しばらくはロンドンにいると思います。最近結婚したんですが、春には、夫もVISAを取得してイギリスに来てくれるので、一緒に暮らせるのが今から楽しみなんです。将来的には、日本とイギリス両方に家を持って、自由に行き来できたらいいなと思っています。
翻訳者を目指す人へのアドバイスをお願いします。
まずは、インハウスを経験してください。ネイティブの方は必ず日本に何年か住んでください。言葉の勉強も大事ですが、翻訳は文化的な要素も入ってきます。表面的なことだけではなく、行間を感じられるようになるためにも、その国で実際に生活することは非常に重要です。

編集後記

ロンドンから一時帰国中のニキータさんへのインタビューでした。将来は、日本とイギリスを行き来しながら翻訳を続けるのが夢だそうです。ロンドンでの更なるご活躍をお祈り申し上げます!
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Vol.15 日本語から広がる世界

[プロフィール]
半田アマンダさん
Amanda Handa
オックスフォード大学英文科卒業後、1993年来日。英会話講師、オンサイト翻訳者を経て、2000年にフリーランス日英翻訳者として独立。言葉へのこだわりの高さから、訳文の評価は非常に高く、現在第一線で活躍中。

日本に興味を持ったきっかけは?
1991年にイギリスで開催されたJapan Festivalが全てのはじまりです。母と一緒にカメラを持って出かけたんです。日本と言えば「広島」しか知らない私が、その時見たもの全てに目を奪われました。とにかく驚きました。ところ狭く立ち並ぶ屋台の横には着物などの伝統工芸品、その隣には最新のIT機器が展示されていたんです。伝統と最新技術が共存する文化、こんなことが可能なんだろうかと、ショックを受けました。
興奮し、とにかくたくさん写真を撮ったのですが、巻き戻しに失敗したのか、その日撮った写真全てが一枚になって現像されたんです。何が写っているのかわからないぐらいの仕上がりでしたが、この写真そのものが、私の日本に対する強烈な印象を表しているように思いました。「これは、日本に行くしかない!」と直感的に感じました。
この時の写真は、数年前写真展を開催した時に、大きく引き伸ばして展示しました。
1993年に来日されたのですね。
あまりに急に決めたものですから、慌てた両親からは「どうしても行くなら、日本での仕事先を見つけてからにしなさい」と言われました。確かにそうですよね。隣のフランスに行くのとはわけが違います。日本というはるか遠くの地に突然娘が行くと言い出したわけですから(笑)。
ウィンザー城近くにある小さな村で育った私にとって、東京での生活は毎日が驚きの連続でした。今から考えると恥ずかしい失敗ばかりです。最初に住んだ場所が、茅場町で、周りに薬局やスーパーがなかったんですよ。シャンプー1つ買いに行けませんでした。外国人の友人には恥ずかしくて聞けず、英会話レッスンの時に大真面目な顔をして、'Where do you buy shampoo?'と聞いたこともあります。結局わからず仕舞いで、デパートで5千円のシャンプーを買った苦い思い出があります。これが、当時の私の日常だったんですよ。
どのようにして日本語を勉強されましたか?
お恥ずかしい話ですが、来日するまで全く勉強したことがありませんでした。来日後1年は英会話学校に勤めたので、教室内で日本語を話すことはなく、当時の友人も皆外国人でした。すごく不思議な環境でしたね。
生活環境が一転したのは、夫に出会ってからです。この出会いをきっかけに、日本語を勉強し始めました。彼はある程度英語が話せるんですが、彼の友人と話す時には、彼経由で話を伝えてもらうか、自分が日本語を話すしかないわけです。気がついたら、日本語のテキストを買いに走っていました。日本語ができないと、ここでは生きていけないと、焦燥感にかられたんです。独学で勉強し、自分の趣味などを切り口にして、積極的にコミュニケーションを取るようにしました。初めて聞いた言葉や、意味の分からない表現は、必ずその場で「どう書くんですか?」と尋ねるようにしました。恥ずかしがっている場合ではありませんでしたから。もし彼に出会わなければ、イギリスに帰っていたでしょうね。それまでは、日本語も日本人のことも理解できず、面白いことは一つもありませんでしたから。
フリーランスになったきっかけは?
来日して数年たった頃、オンサイト翻訳チェックの仕事に就きました。自分で言うのもなんですが、私は非常に訳文にこだわりを持っています。チェックをしていると、「これは一体何?」と言いたくなるような訳文がたくさんありました。翻訳で生計を立てている人の訳文なのに、どうしてこんなにクオリティが低いんだろうと目を疑いました。クライアントからクレームが入ることもありましたが、そりゃそうだろうという仕上がりばかりでした。訳文を直しているうちに、「もしかしたら、最初から訳した方が早いんじゃないの?」と思ったんです。
一体自分にどのくらい力があるのかやってみようと思い、少しずつ翻訳を始めました。約1年半後、社内翻訳と在宅翻訳をかけもちして様子を見た後、完全なフリーランスになりました。
翻訳をしていて、困ったことはありますか?
英語の表現にないような日本語に出会った時です。例えば、時候の挨拶。翻訳する時は、全て省きます。時々、「ここが訳されていないのですが」と言われることもあるんですが、「本日はお日柄もよく」といった表現は、英語にはありません。それから、「宜しくお願いします」、「お疲れ様です」、「担当者」といった表現。個人的には、日本特有の叙情的な言葉や、曖昧な表現が大好きなので、これがないと生きていけないと思いますが(笑)!
通訳者になろうと思ったことは?
通訳のようなことを頼まれたこともありましたが、言葉に対してのこだわりが強い分、瞬時に訳すことができないんですよ。性格的にも、原稿を読んで、完全に理解してから訳すタイプです。一通り読めば全体のイメージがつかめるので、日本語に引っ張られずに翻訳できるんです。直訳=生きた英語ではありません。ただ翻訳するのではなく、「英語に」したいんです。これだけは譲れません。もしかしたらこれが私の強みでもあるのかもしれません。
印象に残ったお仕事は?
楽しかったのは、『鉄腕アトム』のHP翻訳です。お陰で非常に詳しくなりました。手塚治虫の名前の由来をご存知ですか? これは日本語ならではの面白さですよね。例えば「たのしい」には、「楽しい」と「愉しい」があり、日本人には当たり前すぎることかもしれませんが、私にとっては、こういったこと一つ一つが興味深い発見です。
自分の翻訳ではなくとも、素晴らしい訳文に出会うとわくわくします。先日恵比寿で行われた展示会の英訳は本当に素晴らしかったです。展示会の作品対訳で、ここまで素晴らしいものに出会ったのは初めてかもしれません。
スキルアップのために、日々行っていることはありますか?
日本に来て12年になります。普段は日本語しか話さないので、逆に英語を勉強するようになりました。毎日、インターネットでBBCを聞いています。イギリス情勢を知るためですが、生きた英語表現を学びたいという気持ちもあるんです。
訳文チェックをしていた頃、日本に40年暮らしているネイティブの翻訳文を見る機会があったんです。びっくりしました。英語が、ネイティブレベルではなくなっているんですよ! ネイティブだと言われなければ、日本人の英訳かと思うぐらいでした。私自身も海外に暮らしているからといって、母国語の能力を落としたくはありません。
バイリンガル表記の雑誌を読むようにもしています。『家庭画報』のインターナショナル版があるのをご存知ですか? 素晴らしい雑誌です。全て英語で書かれているのですが、対訳がついている記事もあるので、非常に勉強になります。「なるほど、こう訳すのか」、「私だったらこう訳すな」と考えることも多く、私にとってのテキストのようなものですね。
ストレス発散方法は?
基本的に家にいるので、電話がかかってこなければ、誰とも一言も話さない日もあります。時間を忘れて翻訳に没頭してしまうと、トイレに行くことすら忘れることも......。気分転換のために、時々散歩に出かけるようにしています。
私は早起きなんですよ。夫婦揃って4時起きです(笑)。目覚まし時計も使いません。昔は朝が苦手で、母に怒られてばかりだったのですが、人間変わるものです。朝6時頃から仕事を始めて、6時間ぐらいぶっ通しで翻訳します。朝は集中力が高まるので、効率的ですね。午後になってペースが落ちてくると、友達と会ったり、買い物に出かけたりします。これはフリーランスの醍醐味ですよね。
ご趣味は?
料理です! 和食が一番得意なんですよ。日本に来たばかりの頃、『オレンジページ』がぼろぼろになるまで、毎日レシピを見て研究しました。豆が大好きで、大豆、豆腐、豆乳、納豆をよく食べます。週末は、パンやお菓子、ジャムを作るんですよ。
写真も好きです。撮り始めたのは、Japan Festivalがきっかけです。デジカメを常に持ち歩いています。被写体にするのは、「小さいもの」です。道端に咲いている小さい花や、ラーメン屋さんで見つけた小さな鳥居など、誰も気づかないようなものが好きです。
そうそう、趣味ではないかもしれませんが、人間観察は癖ですね(笑)。
今後のキャリアプランは?
英文科出身ということもありますが、将来的には文芸翻訳を手がけてみたいです。今は毎日納期に追われているので、一つの作品にじっくり取り組んでみたいですね。
今後もずっと日本に?
おそらくそうだと思います。結婚する前、自分の気持ちを確かめるために、一度イギリスに戻ったことがあるんですよ。彼との結婚は、日本と結婚するということなので、不安もあったんです。やっていけるのだろうかと。でも、今こうして日本にいます。家も購入したので、もうイギリスには戻れませんね!
個人的に、言葉が全てだと思っています。日本に来ても、英語しか話さない外国人はたくさんいます。もちろん英語だけで暮らしていくこともできますが、得られる情報が限定されてしまうと思うんです。日本語が話せることによって、一気に世界が広がります。言葉が理解できるようになると、人を理解できるようになります。私も今では、言葉や行動に込められている、日本人特有の曖昧な表現や、奥ゆかしさがわかるようになりました。日本とイギリスは、同じ島国で似ている部分も多く、余計に共感できるのかもしれませんね。
もし翻訳者になっていなかったら?
カフェのオーナーでしょうか。料理が好きなので、自分のお店をもてたら嬉しいです。こじんまりとしたお店がいいですね。これも将来の選択肢の一つに入れておきたいです。
写真家にもなりたいのですが、これだけで食べていくのは難しいでしょうね。

編集後記
「日本人より日本人らしい、と言われるのはいやなんです。私は誰よりもイギリス人ですから!」とユーモアたっぷりにお話し頂きました。半田さんの言葉へのこだわり、学ぶことへの積極性が素晴らしい訳文を生み出すのだと思います。
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Vol.14 様々な分野を経験すること

[プロフィール]
黒田幸世さん
Yukiyo Kuroda
高校時に1年間米国留学。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業後、CS/ケーブルテレビ放送局に翻訳要員兼コーディネーターとして入社。平成10年より、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は映像翻訳、出版翻訳、産業翻訳と様々な分野にて活躍中。

英語に興味を持ったきっかけは?
子供の頃、親に連れられて英会話教室に通っていたらしいのですが、あまり覚えていないんです。中学生の頃流行ったアメリカのポップミュージックや映画がきっかけで、英語に興味を持つようになりました。成績も、科目の中では英語が一番良かったですね。高校生の時には、1年間アメリカに留学しました。テレビで見るアメリカの家族やハイスクールライフに対する興味が強かったので、一度どういうところか見てみたいという気持ちがあったんですよ。当時の英語力は、中学3年間で勉強したテキストレベルなので、会話もままならず、事前に勉強していったヒアリングもあまり役には立ちませんでしたが、この経験は私にとって非常に貴重な財産です。
いつ頃から、語学を職業にしようと思われたのですか?
日本に戻ってから英語の勉強に熱が入るようになり、大学も英米語学科を選択しました。漠然と、何か英語を生かせるような仕事に就きたいと思っていましたが、それが何なのかは自分でもまだわかりませんでした。ふらりと立ち寄った就職科の張り紙を見て、目についた案件に応募したんです。翻訳要員募集って、何となく面白そうだなと思って。
ケーブルテレビ放送局でのお仕事内容は?
フリーランス翻訳者のコーディネーションと翻訳業務を兼務しました。何しろ未経験で映像翻訳のルールもわからず、最初は失敗ばかりでした。今はDVDの特典映像や、衛星放送番組など映像翻訳の需要も多いので、以前に比べると新しい人も入りやすい状況になりましたが、当時は経験豊富な方ばかりで狭き門でした。原稿も全て手書きでやっていたんですよ!
フリーランスになったきっかけは?
会社ではコーディネーターとしての作業もあったので、なかなか翻訳だけに集中できませんでした。土日など人がいない時に出勤して原稿を書いたこともありましたが、これなら家で集中してやったほうがいいなと思ったんです。インターネットが普及し始めた頃で、私も自宅のパソコン環境を整え、思い切ってフリーランスになることにしました。若かったので、不安や心配はありませんでした。何も考えていなかったのかもしれませんが(笑)。
実際フリーになって、大変なこともありましたが、待っているだけでなく、自分で仕事を探しにいかないといけないことがわかったからこそ、その分がんばれたのかなと思います。
出版、映像、産業翻訳と、様々な分野をご経験されていらっしゃいますね。
せっかくフリーになったので、分野問わずお仕事のお話があれば請けるようにしました。マーケットが広がって、映像翻訳の単価が全体的に下がったこと、最近は体力的に少しつらいこともあって、無理して大量に請けることはなくなりましたが。翌日の放送に間に合わせるために、夜中にテレビ局に行くこともあるので、次の日は使い物にならなくなってしまうんですよ(笑)。
出版翻訳を始めたのは、元出版社にいらしたコーディネーターの方との出会いがきっかけでした。リーディングをさせて頂き、何冊か出版に至った本もあります。生活を支えているという意味では、産業翻訳の仕事です。ご依頼頂く件数も一番多いと思います。
 それぞれに魅力とやりがいがあります。多くの方がご自分の専門を持っていらっしゃるので、私のようにあれもこれもという人は少ないかもしれませんが、いろんな分野を経験するのは決してマイナスにはならないと思います。それぞれ本当にたくさん学ぶところがありますから。
スキルアップのために心がけていることは?
PC環境の充実です。海外から依頼を請ける時、必ずといっていい程聞かれるのが、ソフトウェア環境の充実度です。TRADOSやPAGEMAKERは当然のように要求されますが、PCの設定は最新にしておくことが重要だと思っています。
それから日本語力。翻訳は日本語が全てです。もともと文章力がある方ではないので、もっともっと勉強しなければと思っています。
今後のキャリアプランは?
翻訳を続けます。今のスタイルが自分に一番合っている気がしますし。フリーになった時、ちょうどSOHOが話題になり始めた頃だったんですよ。会社通勤が苦手で、体力にも自信のない私にはぴったりでした。世界中どこにいてもパソコン1つで仕事ができます! 理想としては、海の近くに住んで仕事も生活ももっと充実させたいなと思っています。
これから翻訳者を目指す方へのメッセージをお願いします。
いろんなジャンルを経験してはどうでしょうか。得意だと思っていたものが、実はそうでなかったり、その逆もあると思うんです。実力世界なので、少しでもいろんな仕事を経験していると、プラスになります。最初は選り好みせず、来たものはどんどんチャレンジしてください! 
翻訳本

編集後記

映像、出版、産業翻訳と、様々な分野を手がけていらっしゃる黒田さん。これから翻訳者を目指す人へのメッセージは必見ですね!
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Vol.13 将来の夢は経済学者

[プロフィール]
クリストファー・フェリーさん
Christopher S. Ferree

高校在学時、日本語弁論大会優勝、初来日。University of Chicago卒業後再来日、愛知県の企業に勤務。米国会計法人勤務を経て、北京に住居を移し、現在はフリーランス翻訳者として活躍中。

日本語を勉強しようと思ったきっかけは?
高校3年時に転校したことです。ずっとフランス語を勉強していたので、そろそろ新しい言葉を学んでみたいと思ったんです。新しい学校では、いくつかの言語が選択できたので、日本語を選びました。将来のことを考えても、日本語ができると強いだろうと思ったことと、昔からテレビゲームが好きで、ゲーム=日本という意識がありました。一番面白そうな言語だなと思ったんです。
高校生の時に、初めて日本にいらっしゃったんですか。
はい、17歳の時です。日本語弁論大会で優勝した時に、日本行きの航空券を頂きました! 3ヶ月かけて日本各地を旅行し、ますます日本語に興味を持つようになりました。弁論大会で優勝したといっても、当時の語学力はまだまだ未熟でした。日本に行ったことで自分の能力不足を痛感し、もっともっと勉強が必要だと感じました。
その後も、ずっと日本語の勉強は続けていらっしゃったんですね。
大学では経済と数学を専攻しましたが、日本語の勉強も続けていました。1年生の夏休みには、ミドルベリー大学のサマープログラムに参加して、日本語の授業を受けました。3年生の夏休みには、自転車で東京-大阪間をまわったんですよ! 地方では方言に戸惑い、キャンプをしては警察に怒られましたが、忘れられない経験です。
翻訳者になろうと思ったきっかけは?
大学3年の時に、日本語能力試験1級に合格したことです。資格を取ったら、また何かに挑戦したくなったんです。翻訳はどうかなと思ったんですが、未経験者が簡単にできる仕事ではないと思い、なかなか足を踏み出せないでいました。そんな時、某エンターテイメント企業が、テレビゲームに詳しい翻訳者を募集しているという記事を、インターネットで見かけたんです! 子供の頃はゲームに夢中でしたし、これは面白そうだぞと思って、すぐにトライアルを受けました。今まで専門的に勉強をしたことはなかったんですが、テレビゲームと聞いて、もしかしたらこれならできるかもしれない、と(笑)。実際にやってみて、とっても楽しかったんです。RPGの翻訳は、ある種現実とはかけ離れていることもあり、想像力や意訳力が必要になってきます。とにかくおもしろかったですね!
大学卒業後は?
名古屋の企業に就職しました。アメリカで就職することも考えたんですが、当時は日本に長期間滞在したい気持ちの方が強くて。その後シカゴに戻り、タックスコンサルタントとして働きました。以前から、ゆくゆくは経済で博士号を取得したいと考えていたので、そのためにもいい経験になると思ったんです。クライアントには日系企業が多く、かなり日本語を使いました。
その後、北京へ移ったのは?
コンサルタント時代、自分の時間がなかなか持てませんでした。翻訳の仕事が中途半端になっていたこともあり、少し時間を作ってゆっくりしたいと思ったんです。住むならアジアがいいなと思っていたんですが、日本は物価も高いし、仕事を早く見つけないとなかなか暮らしていけないと思って中国を選びました。
北京在住のネイティブ英訳者という存在は、とても珍しいと思ったのですが。
よく言われます(笑)。翻訳はインターネット環境が整えば、場所は関係ありません。あとは時差の問題ぐらいです。ただ、中国語が全く話せない状態で行ったので最初は苦労しました。今では、日常会話ぐらいであれば、何とかなるのですが。
ご趣味は?
昔はよくゲームをやりましたが、今はそれほどでもありません。ウェイトリフティングが好きで、自宅近くのジムに通っています。
読書も好きです。日本の作家では、村上春樹や江國香織を読みます。最初は翻訳版を読んでいたんですが、最近は日本語で読むこともあります。
今後は?
来年米国の大学院に入る予定なんです。将来的にはアメリカの大学で研究をしたいと思っています。また日本に行くことができれば最高ですね。翻訳もがんばります!
これから日英翻訳者を目指す人へのアドバイスをお願いします。

頑張ってください! おそらく、翻訳者を目指す人は、言葉そのものを中心に勉強することが多くなりがちです。もちろんそれも大切ですが、自分の専門を持つことも重要です。半導体、ビジネスなど、何か専門分野を作ることです。プラクティカルな分野だと尚いいですね。私は大学で経済学と数学を勉強しましたが、翻訳にはあまり役立たなかったんです。経験者語る、ということで......(笑)。

編集後記
年齢を聞いてびっくりしました。「僕が米国に戻ったら、いつでも遊びに来てくださいね」とのことでしたが、その際は是非とも「通訳」をお願いします!
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