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翻訳者インタビュー 第一線でご活躍されている翻訳者の「仕事」「自分らしい生き方」
「プライベート」など、生の声をご紹介します。

Vol.12 翻訳中毒?

[プロフィール]
江口佳実さん
Yoshimi Eguchi
神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

英語に興味を持ったきっかけは?
母が自宅で英語塾を開いていたんですよ。Richard Scarryの絵本や、大きな辞書に囲まれて育ちました。中学1年生から、母の教室に生徒として通い始め、高校3年生までしごかれました(笑)。お陰で、学校では英語で苦労したことはありませんでした。
大学卒業後、語学の道に進もうとは思っていなかったようですが。
全く考えていませんでした。英検も「就職活動の時に何か資格を」と思って準一級を取ったぐらいでしたので。高島屋の社内研修制度に、米国店研修プログラムがあったんですよ。2年間、社費で海外にいけるなんてこれはいい! と思い、選抜試験を受けることにしました。全て会社負担なんて今では考えられないと思いませんか?
今までにも、旅行で海外に行ったことはありましたが、長期滞在したのはこれが初めてでした。最初の1年は語学学校で勉強し、翌年はNYの高島屋で働きました。
渡英がきっかけで翻訳者を目指すことに?
帰国後も、高島屋で働いていたんですが、夫がロンドン勤務になったんです。思い切って会社を辞め、夫と一緒にイギリスへ渡りました。
せっかく海外にいるのだから何かやろうと思い、学校に通い始めました。ちょうどこの頃なんですよ、翻訳をやってみようと思ったのは。どこにいてもできる仕事って何だろうと思ったときに、翻訳のことが思い浮かんだんです。通信教育で半年間勉強しました。当時は、今ほど翻訳コースの種類もなかったので、私が受けたのは、出版翻訳コースだったと記憶しています。
ライターとしても活動されていたと伺いましたが。
学校に通っていたといっても、夏休みなど長期休暇があるわけです。暇だなぁと思っていたところ、たまたま声をかけて頂いたのがきっかけで、英国在住日本人向けの日本語誌編集のお手伝いをさせて頂くことになりました。新聞から記事をいくつかピックアップして、日本語に要約するんです。大変だったのは、日本語の処理。単に日本語に訳すのではなく、日本語のスキルが要求されるわけです。新聞特有の表現も勉強させて頂き、非常に貴重な経験でした。
江口さんが考える、翻訳の面白さとは?
多分、普通の人よりも言葉に対する関心が強いのかもしれません。小学校の時に、毎日「お話帳」を書かされたんです。日記形式で、自分の思ったこと、感じたこと、その日起こったことを、1行でもいいから書いて先生に提出するんですが、書く訓練にもなるし、言葉への興味もこれで高まったのかなと。今は書くことを仕事にし、しかも外国語を別の言語に置き換えているわけですが、何時間机に向かっても全く苦にはなりません。とにかく「発見」の多い仕事です。自分が今まで知らなかったことを、翻訳を通して教えて頂いているような感じがするんです。何とも奥が深い仕事です。
ご専門は法律関係だとお伺いしましたが。
ロンドン滞在時、ロースクールに通っていたんですが、毎日が発見の連続でした。例えば、日本だと日本国憲法が、アメリカには合衆国憲法があるじゃないですか? イギリスには法典として文章になった憲法が存在しないんですよ。不思議ですよね! 法律も、1700年代に王立裁判所が○○という判決を下したから、それに従ってこうしましょうという具合です。根本的に国の作られ方が違うんですよ。目から鱗でした。ノルマンコンクエストからずっと繋がっているんですよね。これって本当にすごいことだと思います。
法律なんて勉強したことありませんでしたし、ロースクールに行こうと思ったのも、数字は得意じゃないし、金融もダメ、コンピュータでもない、機械でも化学でもないと考えた結果、法律にいきついただけなのですが。一歩踏み出すと世界が変わるものですね!
現在の1週間のスケジュールは?
毎日翻訳です。家事や子供との時間もあるので、空いた時間を見つけては細切れに翻訳しています。常に時間との戦いなので、「あぁ、もうだめ!」となったら、旅行に出かけます(笑)。自宅にいると、ついつい仕事を請けてしまうので。私の悪い癖なんですが、頼まれると断れないんですよ。高島屋時代に営業をやっていたこともあり、エージェントの「仕事を頂く大変さ」と、「外注する大変さ」がわかるんです。コーディネーターの方が、クライアントと私たちの間に入って、苦労していらっしゃるのが想像できてしまうんですよね。金曜の夜にお電話を頂いた時などは、「これを私が断ったら、この人はまた別の翻訳者を探さないといけないんだろうな」と思うと、断るに忍びなくて。結果、「あぁ、またやってしまった」とうなだれることになり、夫には「そんなこと言うんだったら、受けなきゃいいじゃん」と言われ、ここでまたバトルが始まるんですけれども(笑)。
ご趣味は?
最近ちょっと体力づくりをと思い、去年からテニスを始めました! 運動不足のせいか、とにかく肩こりがひどかったんです。見かねた友人に誘われ、テニススクールに入りました。始めてみると生活にメリハリもできるし、気分転換にもなっていいですね。
翻訳者を目指している方へのメッセージをお願いします。
日本語ありきです。日本人で、日本語を母国語としている方が、他言語から日本語へ翻訳する場合、基本は日本語です。実は、あるエージェントの出版翻訳オーディション選定委員をやっているのですが、応募作品を読む度に、目を疑いたくなるような日本語が多くて驚くことがあります。ですます調で書き始めているのに、いきなり、断定調になったかと思えば、べらんめい調になったり、動詞の使い方が間違っていたり......。普段何気なく話している言葉でも、いざ文章にして形にするとなると、大変な作業なんですよ。きちんとした日本語にして、第三者が読んでも英文のニュアンスを正確に伝えるような仕上がりにしなければならないんです。そのためには、日本語なんですよ。今は、ブログが流行っていますが、日常的に思ったことをちょっと書きとめる癖をつけるといいと思います。

編集後記

辛口で、スピード感ある江口さんのトークに、1時間笑いっぱなしでした。常に頭が高速回転しているようなイメージです!

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Vol.11 翻訳とは気持ちを伝えること

[プロフィール]

江本千恵子さん
Chieko Emoto
明治薬科大学卒業後、薬剤師として病院に勤務。その傍ら通訳学校で勉強を続け、1981年に通訳者としてプロジェクトに参加。1984年、出産をきっかけに在宅翻訳に転向。翻訳歴19年。英日翻訳を専門とし、IT、訴訟、メディカル、建築、途上国支援、出版関係など、幅広い分野において活躍中。日本語の読みやすさ、訳文の完成度の高さにおいては、クライアントから非常に高い評価を受けている。

もともと薬剤師だったと伺いましたが。
私自身すごく文系なんですが、父が外科医、母が薬剤師という環境に育ったので、自然に自分もそういう方向に進むのかなと思っていたんです。薬科大学に入り、卒業後は病院に入ったものの、何か違うなという思いが自分の中にあって。もともと人と話すことや語学が好きだったこともあり、昼間働いて夜は通訳学校に通うという生活をしばらく続けました。そのうち通訳の仕事を頂くようになったので、薬剤師の仕事は自然にストップしたという感じです。
英語はお得意だったようですが、通訳学校での勉強は新たなチャレンジでしたか?
大学が理科系だったのでブランクがあったとはいえ、まぁ大丈夫だろうと思っていたら甘かった! クラスで一番の劣等生でした。私自身、「ただ好き」という気持ちだけでこれまでやって来たので、できなくて当たり前、今できなかったら次にできるようになればいいという気持ちだったんです。先生に「横断歩道を渡るときも、お風呂に入るときも教材は手放さない」と聞いて、あぁそれくらいやらないといけないのか......と感じてはいましたが、果たして自分がそれだけやったのかと言われると怪しいですね(笑)。結局のところは、得意不得意ではなく好きか嫌いかなんだと思いますが。
通訳者から翻訳者への第二の転身は?
子供が産まれたのが一番の理由です。以前から子供は自分の手元に置いて育てたいと思っていました。通訳は出張もありますし、だんだんスケジュール管理が難しくなってきたので、一旦家に入ろうと決めたんです。在宅翻訳を始めたんですが、気が付いたら、ここまで来てしまいました(笑)。「これ一本で食べていく!」と考えていたわけではなく、何となくやってきた感じなんですが、当時からずっと続いている仕事もあって、本当に皆さんに育てて頂いたと思っています。損保会社のPL情報など、当時全く法務関係の知識がなかったにも関わらずお仕事を頂いて、今も息長くご依頼頂いているのは本当に有難いです。
ここから翻訳が生まれる
翻訳のやりがいは?
自分が考えている日本語と、原文の文章のイメージがぴったり合った時は嬉しいです。原文の内容が理解できても、ちょうどいい日本語が浮かばないときは苦しいんですが、それが分かると目の前が明るくなります。書き手の性格が自分と似ていると、巫女にでもなったように夢中になって翻訳している自分がいます(笑)。そういう時は、あぁ私ってこの仕事がほんとに好きなんだなぁと思う瞬間ですね。
翻訳の難しさとは?
翻訳するからには、きちんと人に伝わるものでないといけないと思っています。例えば翻訳された仕様書で、読んでいると全く頭に入らないものもあるんですよ。「伝える」という気持ちが欠けてしまったのかしら? と思うことがあります。私自身も、たまに主観的な文章になってしまうことがあるので、何度も読み返すようにしています。翻訳者は言葉のプロであって、必ずしもそれぞれの分野のプロではないと思うんです。例えば私がIT関係をやるからといって、ITに関する知識なら誰にも負けません、ということではないんですよ。「伝えたい」と思うことが大切なんだと思います。
心がけていることは何ですか。
私はいろんな意味で、職人タイプだと思います。常に書き手(読み手)を考えて翻訳します。書き手(読み手)に合わせて、どういう言葉を使うべきかを考えるんです。最後まで丹念に読まなくても、さーっと読んでも頭に入るような仕上がりを目指しています。もちろんモノにもよりますが、途中で最初に戻って読み返さないといけない翻訳はダメだと思うんです。読み飛ばしても、斜め読みしても内容が理解できるような翻訳、日本語として自然に読んで頂けるような完成物を目指しています。
江本さんの強みは?
一番は「この仕事が好き」ということです。
理科系の学校を出ていることもあり、理論的に考えることができることでしょうか。息子にはいつも否定されるんですが(笑)。例えば理科系の翻訳依頼が来ても、拒絶反応を起こすようなことはありません。
1週間のスケジュールは?
休みなく働いています(笑)。もちろん休むときには休みますが、それでも丸一日休むことはありません。こう言ってしまうと、まるで売れっ子みたいですが!
もともと人と話すのが好きなのに、一旦翻訳で自宅にこもってしまうと、次に人と会った時に距離のとり方が分からなくなるんです。人から誘われたらなるべく外出するようにしています。フリーなので、強制的に自分で休みを取らないと、永遠に仕事に追われているような気持ちになるんです。土日はやらない! と決めておけばいいんでしょうが、貧乏性というか、仕事を頂くとついつい受けてしまいますね。
ご趣味は?
料理です。翻訳していて集中力が途切れてくると、料理やアイロンがけをします。いい感じに気分転換できるんですよ。しばらくして再び机に向かうと、なんだこんな簡単なことが分からなかったのかと目の前が明るくなるときがあります。とにかく行き詰ったら、無理はしないで他のことをするようにしています。そのまま続けてもいい結果は出ませんので。
お仕事として請けるのは、英→日のみと伺いましたが。
はい、英日だけです。日英ができないわけではありませんが、英日翻訳だけでも極めていくのは大変なことなので、お金を頂戴しながら日英の仕事をするのは罪だわなんて思っています。自分の母国語ですら言葉の選択に迷うくらいですから(笑)。これは在宅翻訳を始めた頃から徹底しています。
「最近翻訳した本」
今後、通訳のお仕事を請ける可能性は?
もう怖くてできません(笑)! 翻訳だと見直せるし、考える時間がありますが、それを瞬間的に行うのは怖いですね。通訳学校で、「あなたは翻訳向きね」と先生に言われたことがあったんです。すごくショックで、あぁ私は通訳としてはダメなんだと思っていたら、「あなたは調べるのが苦じゃないでしょう?」と言われたんです。あぁそうだったのかと思って、今までずっとその言葉に励まされて来ました。変に完璧主義のようなところがあって、納得するまで調べないと気がすまないんです。通訳のように、瞬間的に訳していくとなると、詰まった時に頭が真っ白になってしまいそうで。そういう意味でも翻訳にシフトしてよかったのかもしれませんね。
翻訳者を目指す人へのアドバイスをお願いします。
継続は力なり、好きなら諦めないことです。何度挑戦してもトライアルに合格できない人は、「英文和訳の域を出ていない」からかもしれません。英文和訳から翻訳への分岐点は、日本語能力だと思います。縦のものを横にするのではなく、いったん頭の中でぐちゃぐちゃにして、浮かんだ情景を日本語で表現するんです。英語ができる方はたくさんいらっしゃいますが、翻訳者として生活するだけの仕事を得るには、日本語能力が必要です。自分の翻訳が絶対だとは思わず、客観視することも必要です。

編集後記

江本さんのご自宅にお邪魔しました。とってもチャーミングでエネルギッシュな方です! 理論的に考えることができるというくだりで、「全く理論的なんかじゃないじゃん!」との息子さんの指摘に、えへへと笑顔で答えていた江本さん、まるで恋人同士のようでとっても素敵でした。

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Vol.10 好きなことを仕事に

[プロフィール]
オーエン・オースティン・クーニーさん
Owen Austin Cooney
Williams College(米国、マサチューセッツ州)日本語、アートスタジオ専攻卒業。在学中、ギャラリーにて、日本明治時代の芸術/工芸に関する翻訳を経験。卒業後、JETプログラムにて来日、京都の役場に翻訳者として勤務。2年間の勤務を経て、フリーランス翻訳者として独立、現在に至る。

お母さんが日本人、お父さんがアメリカ人ということで、昔からバイリンガルな環境で育ったんでしょうか?
生まれは東京なんですが、1才半でアメリカに渡り、それ以来日本とアメリカを行ったり来たりしています。教育はほとんどアメリカで受けました。自宅では日本語も話していましたが、主に母が日本語で話して僕が英語で答える形だったので、周りから見たら不思議な感じだったかもしれませんね(笑)。
大学ではダブルメジャーだったそうですが。
日本語とアートを専攻しました。アートスクールに行きたかったんですが、幅広く知識を身につけたいという思いから、日本語も専攻することにしました。小さい頃から日本のマンガなど読んでいましたし、日本語の授業を取っていたので、読んだり聞いたりするのは問題ありませんでした。話すのは苦手でしたが。敬語や漢字で、とまどうことも多かったことを覚えています。
Japanese-English Character Dictionary
学生時代に翻訳を経験されたと伺いましたが。
大学3年の夏です。何か芸術に関わる仕事がしたいなと思っていたところ、ひょんなことからギャラリーで翻訳者として働くことになったんです。日本の工芸についての翻訳でしたが、最初は非常に難しかったです。集中力を要する仕事ですし、今まで翻訳を専門に勉強したことがなかったので。この仕事を経験したことで、もっと翻訳を突き詰めてみたいと思うようになったんです。
大学卒業後、日本にいらっしゃったんですか?
そうなんです。日本語力も中途半端だし、また日本に住んでみたいなと思っていたんです。JETプログラムに参加しました。通常このプログラムでは、日本の中学校などで英語を教える仕事に就くんですが、僕の場合は国際交流関係の仕事をすることになりました。京都という場所柄、外国人が非常に多く、外国人登録や税金など日本のシステムが分からなくて困っている人たちへの通訳、ニュースレター作成、広報誌の翻訳など、幅広くいろんな仕事を経験させて頂きました。
その後、フリーランス翻訳者に転身されたんですね。
役場での契約満了後、何をしようかと考えていた時に、翻訳が向いているのではないかと思ったんです。通訳にも興味はありましたが、当時JETプログラムに参加している外国人と日本人の間で通訳を頼まれることが多く、毎回やっていると疲れてきてしまって(笑)。大学の同級生は皆企業で働いていますが、今は自分の時間をもっと大事にしたいと思っています。そういう意味では、フリーランスの方が合っているのかもしれません。
お得意な分野は?
ビデオゲームの翻訳から実務的なものまで様々なお仕事を頂いていますが、最初は「次は何が来るんだろう?」と不安でした。どういうものが来るのか全く分かりませんでしたから。仕事をこなしていくうちに、だんだんと慣れてきました。好きなのはアートや歴史、音楽です。実際はビジネス関係が多いので、なかなかアート関係の翻訳をすることはないのですが。
マンガがお好きだと伺いましたが、小さい頃はどんなマンガを読んでいらっしゃったんですか?
恥ずかしいですね(笑)。小さい時は、『ドラゴンボール』を読んでいました。アメリカのヤオハンというお店で、日本のマンガを買うことができたんです。最近では、『三国志』なども読んでいます。全部日本語で読んでいるんですよ!
ストレス発散は?
ずっと自宅で翻訳していると、気分が暗くなってしまうので、できるだけ外に出て散歩や運動をするよう心がけています。スイミングプールにも頻繁に通っています。
愛用のゴーグルと単語帳
一週間のスケジュールは?
空いている時もあれば、かなり埋まっている時もあるので、ばらばらです。できれば週末は空けておきたいんですが、そういうわけにもいきませんし。どちらかというと、夜遅くまで翻訳して朝はゆっくり起きるタイプです。がんばれば1日10枚以上翻訳できますが、じっくり取り組みたい方なので、もう少し少ない枚数に押さえるようにしています。ミスなどがあっては、困りますので。もちろん納期は絶対に守ります!
オーエンさんの強みは? スキルアップの秘訣を教えて頂けますか?
小さいときから、書くことが好きでした。小説も大好きなので、英語の表現や仕上がりには自信があります。スキルアップの秘訣ですか? 新しい言葉や表現は、その都度書いて覚えます。単語帳に書き込んで、次に同じ言葉が出てきた時には使えるようにしています。
休日はどのようにお過ごしですか?
弟と友達の3人で、ロックバンドをやっているんですよ。僕はボーカルとギター担当です。歌詞はほとんど英語で、作詞作曲も自分たちで行っています。今年夏には、ライブもやる予定なので、日にちが決まったらご招待します! 是非来てください。
今後はずっと日本に?
まだ決めていません。今までは行ったり来たりで、アメリカに「帰る」とか、日本に「滞在する」といった意識はありませんでした。どちらにも住めるなと思いますし。しばらく日本にいる予定ですが、刺激が無くなってきたらアメリカへ行くかもしれません。最近感じるんですが、日本は急激に国際化が進んでいると思います。京都にいたときは、日本の歴史や文化の重みをひしひしと感じましたが、東京はまた違った面白さがあります。すごくオープンな雰囲気がありますね。英語が話せる人も増えて来ましたし、外国人も多いので、そういう意味でも今は日本がとっても面白いです!
もし翻訳者になっていなかったら?
ロックスターになっていたと思います! 恥ずかしいですが(笑)。音楽や書くこと、何かアートに関係するようなことができれば最高です。仕事としては、翻訳者が向いているかなと思いますが、好きなことを仕事にできれば幸せだと思います。
編集後記
オーエンさんも私もシャイなので、最初はちょっぴり緊張したんですが、年齢も同じということで、すぐにうち解けて楽しくお話ができました。ライブの際は是非ご一報下さい!
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Vol.9 自分がハッピーでいられること


[プロフィール]
溝口皆子さん
Minako Mizoguchi
関西学院大学文学部英文学科在学中よりフリーランスにて通訳を行う。卒業後は外資系飲料食品メーカーに入社、プロダクトマーケティングに携わる。その後、数々の外資系企業にてブランドマーケティング、リエゾン業務、新製品開発などを担当。1996年、株式会社ハーレクイン入社。編集、営業、マーケティング担当統括部長を経て、2002年に代表取締役社長就任。現在はフリーランス翻訳者として活躍中。

学生時代から通訳のお仕事をされていたと伺いましたが。
当時、マクドナルドのアルバイトが時給300円ぐらいでしたが、通訳の仕事に行くと1日8,000円だったんです。これはいい! と思って始めました。京都国際会議場での仕事を紹介され、OJTで学びながら会議に入りました。昔からそうなんですが、長期的な展望が全くないので目の前にあることしかできないんです(笑)。大学卒業後も一応就職活動したものの、面接で媚びるなんていやだわと思って、そのまま通訳の仕事を続けることにしました。
語学はもともとお得意だったんですか?
国語が好きで、特に文法は新聞を上から下まで品詞分解するのが趣味なくらいです(笑)。そういう意味で言葉に対する関心はありましたが、帰国子女でもないし、英語は公立学校で勉強しただけなんです。大学で英文科に入ったのは、「本が好きだったから」ですし。ヘミングウェイを原書で読んでみたいと思って、高校生の頃から辞書片手に読んでいました。文章がほんとに素晴らしいんです。ものすごく簡単な言葉なのに、何て格好いいことを言えるんだろうと思って。
高校の頃、集めていた輸入盤レコードに歌詞カードが付いていなかったので、1日かけて歌詞を聴き取ったこともあります。勉強というよりは、自分の楽しみにのために英語に接してきた感じがします。
通訳を辞めて、企業で働こうと思ったのはどうしてですか?
全く予期しない出来事でした。広告代理店のトップの通訳をしたことがきっかけで、東京の外資系飲料食品メーカーから声をかけて頂いたんです。当時、関西に住んでいたのですが、好きな人が東京にいたので、「行きます!」と即答しました(笑)。
フリーランスで働いていた頃との違いはありましたか?
毎日会社に行くのが楽しくて仕方ありませんでした。通訳をやっていた頃は、通訳仲間はたくさんいたものの、結局仕事は一人でやるわけです。会社には同年代の人たちがいて、皆でプロジェクトを進めていきます。一緒に何かできることが本当に楽しく、仲間からも多くのことを教わりました。
具体的にどのようなお仕事をされていたのですか?
ブランドマーケティングです。男女雇用機会均等法が施行された頃で、とにかく様々な経験をさせて頂きました。しばらくして、別の外資系企業からお誘いのお話を頂きましたが、当時は英語が話せてブランドマーケティングができる女性がそれほどいなかったのか、各方面からお声をかけて頂きました。
ハーレクインに移ったのは?
直属の上司がプロモートアウトしたことと、私自身もちょうど一段落着いたので、後先考えずに辞めてしまったんですよ。マーケティングをやっていると、35才ぐらいでバーンアウトしちゃう人が多いんです。もう何もしないでおこうと思っていたんですが、当初からお世話になっていたヘッドハンティング会社の方から、「そろそろ現実世界に戻ってきませんか」と声をかけて頂いて......。ハーレクインと聞いて、最初は少し抵抗を感じたんですが、一冊読んでみたら何と私の大好きなジェーン・オースティンの世界だったんです! これは面白い! と思って、入社を決めました。
出版翻訳の難しさは?
私自身が編集に携わっていたわけではないので、きちんとお答えできるかわかりませんが、ハーレクインで大切にしていたのは、英語の読み取り能力と、日本語の表現能力です。第一に、場面ごとの状況が翻訳者の頭の中に浮かんでいるかどうかを見ます。字面だけで訳すのではなく、「この状況を日本語の文章だとどう書くだろう?」と考えるんです。例えば、電話で'Are you there'という表現が出てきたとして、そのまま訳すと「そこにいる?」なんですが、「聞いてる?」とする方が日本語として自然ですよね。原文の内容を理解した上で、日本語として自然な表現にしなければなりません。ある単語の意味を、どこまで作家が生かしたいと思っているのか、についても悩むところです。他には用語の統一、訳文が各シリーズに合っているかどうか、原文に忠実かどうか、といったことです。大変だったのは、ページ数です。原書だとフォントの大きさを自由に変更できるので、55,000ワードのシリーズなのに、70,000ワードぎっしり詰め込んであることもあります。日本語に訳す場合は、フォントも決まっているので、どこかをカットする必要があります。カットする部分については翻訳者と相談しますが、本当に苦労します。熱心な読者は、原書も読んでいるので、「どうしてこの部分がカットされているのか」、「この解釈は間違っているのでは」といったご意見を頂くことも少なくありませんでした。
翻訳者募集は行っていらっしゃいましたか?
翻訳学校とタイアップして、翻訳コースのスポンサーをやったことがありますが、大体はダイレクトにお願いすることが多いですね。どこでもそうだと思いますが、翻訳者は本当にたくさんいて、ピラミッド型になっているんです。その中で使える人はほんの少し。人がいないと、少しずつピラミッドを下に降りて行くんです。「上手に書けているけれど、話にならない」、「意味はしっかり取っているけれど、慣れていない」、「ちょっと難ありだけど、使えるかもしれない」と、本当にいろんな方がいらっしゃいます。
フリーランスになろうと思ったのは?
ハーレクイン本社からの要求に応えること、日本側の仕事をするのとで、仕事が2重3重になっていました。毎日夜中の3時まで会社にいて、しょっちゅう貧血で倒れていたんです。「幸せって何なのかしら」といつも考えていたんですが、自分がアンハッピーだと些細なことにイライラしたり、周りをも不愉快にしてしまう確率が高いなと思いました。そんな時ふと外の景色を見ていたら、きれいな緑が目に飛び込んできたんです。気持ちがすっきりして、あぁ自然が人間に与える影響って大きいなと感じました。サラリーマン生活もいいけれど、好きなことをしてハッピーでいられるのが一番大事だなと改めて感じたんです。ハッピーでいられる時間が長ければ長いほど、生きている意味があるんじゃないかって。それで会社を辞めて、翻訳者の道を選びました。「言葉」にはずっと関わって行きたいと考えていましたし、昔楽しく過ごしていた頃は、通訳翻訳をやっていたなぁと思って。
今はハッピーですか?
はい! 昨日は、おいしいアイスクリーム屋さんまで片道10キロ往復しました。10キロ走って、アイスクリームを食べて、「幸せ!」と感じて帰ってくるんです(笑)。小説の翻訳やリーディングをしながら、毎朝10時からプールで3キロ泳いで、15キロ走って1時間自転車をこぐというトライアスロンな毎日です。生活は不安定ですが、毎日が充実しています。これって、すごくハッピーじゃないですか?
今後のプランは? ビジネスの世界に戻る可能性はありますか?
今後の計画は全く立てていませんが、まだ日本で出版されていない本を出すことができればと思っています。ビジネスの世界に戻るかについては、少し躊躇している自分もいます。いろいろお話を頂くので、もし面白い! と思えるようなことがあれば、やってみたいと思っています。世の中想像もできないようなことが起こりますから、こればかりは何とも言えませんね。人生行き当たりばったりですから!
編集後記
初めてお会いした時に感じた「温かさ」は今回も変わりませんでした。「多分、私って欠けてるところがたくさんあるんです」とおっしゃっていましたが、本当に魅力的な方です。だからこそ、人を惹きつけるんだろうなぁと思わずにはいられませんでした。
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Vol.8 ライターの立場で文章を見る

[プロフィール]
リチャード・ウォーカーさん
Richard Walker
1984年、日本文部省国費留学生として上智大学留学。プリガム・ヤング大学比較文学科卒業後来日、米国系証券会社東京支店に勤務。金融・株式情報の収集、翻訳に携わる。東京支店閉鎖後、フリーランスとしての翻訳依頼を受け、有限会社プラクシスを設立。大手金融機関等の業務報告書、契約書、プレスリリース、政府系資料等の翻訳を専門とする他、APECをはじめとする国際会議に臨席し英文議事録作成の実績を持つ。日本翻訳者協会前理事。

日本語を勉強しようた思ったきっかけは?
高校を卒業したものの、大学で何を専攻するか、将来は何をしようかといった明確な目標がなかったんです。日本在住の友人に誘われたこともあり、ちょっと変わったところに旅行に行ってみるかと思って、日本に来ました。いざ着いてみたら、目に入る文字は不思議な形だし、書店に入っても何が何だかさっぱり分からないんです。これは勉強しないと、と思いました。若かったので時間もありましたし、何より面白かったんです。1年少し日本に滞在し、独学で日本語を勉強しました。北千住の安アパートに住みながら。ほんの軽い気持ちで日本に来たら、こんなことになってしまったんですよ(笑)。
具体的な勉強方法としては、テキストで文法を勉強してから、街に出て実際に使ってみるんです。笑われたら反省をして。最初の頃は大変だったんですが、漢字を1500ぐらい覚えてしまえば、理屈が分かって楽になりました。
その後、アメリカの大学へ?
そうなんです。比較文学を専攻しました。ちょうどその頃、日本の文部省が初めて学部生に奨学金を出すことになったのを知って、応募したんです。運良く合格し、再び日本に行くことになりました。上智大学の留学生専用キャンパスで学ぶことになったんですが、わざわざ日本に来て英語で勉強するのは面白くないと思い、帰国子女用の日本語コースに入れてもらいました。その頃には、日本語もかなり話せるようになったと自分では思っていたんですが、先生には「まだまだヘタだよ」と言われました(笑)。
証券会社に入社後、フリーランス翻訳者への転身を決心したのは?
ちょうどバブルがピークになる直前で、東京事務所が閉鎖されてしまったんです。もっといろんなことをやりたいと感じていましたし、エージェントから翻訳のお仕事を頂いていたので、思い切ってフリーランスになりました。もともと文学や書くことが好きだったんですが、自己満足で書くだけではなく、仕事として納めていくような仕事がしたかったんです。そういう意味で、翻訳は向いていると思いました。
音声入力ソフトを使用されていると伺いましたが。
長時間タイピングしていると、腕が疲れてくるんです。何かいい方法はないかと思っていたところ、音声入力ソフトというものを見つけました。半分おもちゃみたいなソフトだろうと思っていたら、これが意外と使えたんですよ。一度使ったらやめられなくなって、それ以来音声入力です。原稿を見ながら声に出して翻訳するんです。機械が音声を認識し、自動的に文字にしてくれます。今のソフトは性能が優れていて、95%の正確さで音を認識してくれるんですよ。翻訳スピードも格段に上がりました。ヘッドフォン付きで200ドル、日本語版もあるようです。
印象に残ったお仕事はありますか?
一番最初の仕事です。原子力関係の資料で、もちろん全く未知の分野だったんですが、原稿と辞書を渡されて何とかやってくれと言われました。未だに原子力関係で何かの事故があると、20年前の翻訳と関係があるのではと悪夢にうなされることがあります(笑)。
ご自分の強みは何ですか?
宣伝文句ですか?(笑)。簡潔に、読みやすい文章に仕上げることです。コピーライティングの経験もありますから、手直しせずに使える文章に仕上げる自信はあります。それから、翻訳のスピードですね。
議事録作成もされると伺いましたが。
ミニッツライターといって、国際会議に臨席し、会議内容のサマリーを作る仕事です。スピーカーの話をブラッシュアップし、きちんとした文章にまとめる面白い仕事です。現在は年に数回仕事を請けていますが、もっと回数を増やしたいと思っています。
毎日のスケジュールは?
朝は5時頃起きて仕事をします。なるべくお昼までに終わらせ、午後からは自分の好きなことをします。横浜カントリーアンドアスレチッククラブといって、135年前にできた外国人専用施設があるのですが、ほとんどの週末をそこですごします。スポーツ施設やレストランがあり、私自身クラブの運営委員長をやっています。
もし翻訳者になっていなかったら?
学者になっていたと思います。もともとそのつもりでしたし、比較文学も突き詰めていけば、研究者の道に進むことになりますよね。ビジネスの世界に入ってみたら面白くて、そのまま来てしまったんですが、そうでなければどこかの大学の教授になっていたかもしれません。
翻訳者を目指している方へのメッセージをお願いします。
まず専門知識を身につけることです。いくら翻訳をやろうとしても、その分野に精通していないと、ただの置き換えにしかなりませんから。言語学者よりも、ライターである必要があると思います。表現力が大事なので、原文を理解しても、単に言葉を置き換えるだけでは話になりません。ライターの立場で文章を読めること。辞書ばかりひいているのも意味がありません。自分がきちんと理解している分野の仕事のみ受けることが重要だと思います。
編集後記
「ずいぶん日本にいるので、たまに自分は日本人だと錯覚することがあるんですが、周りからすればまだまだ違うんでしょうね(笑)」とのこと。その翻訳スピードとクオリティの高さにおいては、絶大な評価を受けているリチャードさんですが、ライターの立場から文章を見る、という言葉はさすがです!
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