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Like parents, like son

いぬ

通訳・翻訳者リレーブログ

「あれ?あれ?名札がない、名札がないよ!どうしよう、どうしようー!」

あちゃー、と僕は頭を抱えた。さっきまでのんびりと朝食を取っていた息子が学校に行こうとして緊急事態に気付いたのだった。だから毎日名札は決まったところに置いておきなさいって言ってるのに。だから早くご飯を食べて、出発の準備をしなさいって言ったのに。やれやれ。

息子は突発的な事態に弱い。僕なんかは「名札がない?まあ、今日学校から帰ってから、ゆっくり探せば?」ぐらいに考えているのだが、息子にとっては切腹ものの事態に思えるようだ。最近は朝食を食べると「早く学校に行きたいなあ」なんて言っていることが多いのがウソのように、「行きたくない、行きたくないよう!」とパニックを起こしている。

「とりあえず、帽子をかぶってランドセルを背負ったら?」というと、「でも、まだ歯磨きをしてないから!」とティッシュで涙を拭きながら、妙に熱のこもったアピールをする。手が空いていれば、手早く僕が仕上げ磨きをしてあげるところだが、あいにく中耳炎を起こした娘の耳浴(耳に水薬を入れて、10分間ほどそのままにした後にふき取る)をしている最中なので、こちらも身動きが出来ない。

「まあ、歯磨きセットを持ってるんだから、学校に行ってから磨けばいいだろ?それよりも、登校班のみんなが待ってるよ。早く行きなさい」と言うのだが、そんな言葉に耳を貸せるのならばそもそも苦労はない。「でででもでもでもでも虫歯になっちゃうし、それに名札名札名札がー!」そう言いながら、黄色い帽子を手に泣きながら飛び跳ねている姿はそれなりに可愛くもあるのだが、いつまでも観察しているわけにも行くまい。

「N君!名札がないことより、登校班のみんなを待たせる方が、ずっといけないことだよ!」と妻が言ったのを受けて、事務的に指示出しをする。「さあ、いいから、言う通りにやんなさい。笛を首にかけて。ランドセル背負って。帽子かぶりなさい。はい、玄関に行って靴はいて出発!」

それでも玄関でグズグズしていたので妻に雷を落とされていたが、何とか出発したようだ。家の中に静寂が訪れる。「朝っぱらから、ああいうふうに泣かれると、ほんっとにイヤな気分になるのよ。どうしてああなのかなあ。」玄関から戻った妻が憤然とそう言った。僕も以前ならお尻の一つもひっぱたいているところなのだが、最近少々思うことがあって、腹をくくりつつある。

娘の耳浴が終わったので掃除機をかけ始めるが、妻は窓に張り付いて動かない。窓から登校班の集合所が見えるのだが、そこまで息子が行ったかどうかを確認しているらしい。別にそこまでしなくても、行くときゃ行くし、行かなきゃ迎えに来てくれるか置いて行かれるかだ。どういう展開になっても、それはそれなりに息子にとっては勉強になるのだから、良いと思うのだが・・・。

それよりも、いろいろやることがあるとか騒いでなかったっけ。娘が中耳炎で保育園を休むことになって、それで仕事が遅れがちだとか、高校の教え子たちの英作文の添削をやらなくちゃとか、言ってなかったっけ?・・・などと心の中でつぶやきつつ掃除機をかけ続けるが、妻は「おかしいなあ、まだ行ってないみたい」と言いつつ、依然見張り中。「そんなに気になるんなら、パッと見てきたらいいじゃない」と言うのだが、「こんなホットパンツにTシャツみたいな姿で出られないでしょ」と言う。君に一つアドバイスをあげよう。「着替え」ってことにトライしてみると良いぞ!・・・と思いつつ、フロアリングにクイックルワイパーをかけた。それでも妻は、さながら星飛雄馬を見守る明子姉ちゃんのように、カーテンの陰にポジショニングしたままだ。

いい加減こちらもウンザリしてきたので、パジャマ姿のままちょっと外に様子を見に出てみることにした。玄関を開けると、すぐ外の階段で、息子が佇んでいる。ありゃありゃ・・・。

「行きたくないよう。行きたくないよう」という息子に、「どうして?名札でしょ?でも、名札なんかなくたって、大丈夫だよ」と言い聞かせていると、登校班の上級生のお兄さんお姉さんたちが、わざわざ迎えに来てくれた。あちゃー、パジャマ姿だよ、おじさんは。そうこうしているうちに、2階上でリフォームをやっている職人さんたちが「おはようございますー」なんて通りかかったりして、さらに恥ずかしさは増すばかり。

当面の課題は、目の前で泣いているお坊ちゃんを何とかすることだろう。「さ、傘さしなさい。班長さんのお兄さんの後ろについて、泣かないで行ってきなさい。お兄さんお姉さんも、迎えに来てくれてありがとうね。遅れてゴメンね。さ、N君も、ちゃんと謝って、しっかり行っといで」半ば無理矢理送り出して、玄関に入って大きなため息。

「いたぞ、N君。」「どこに?」「玄関のすぐ外。登校班のお兄ちゃんとお姉ちゃんが来てくれて、今、送り出してきた」「もう、どうしてああやって、すぐパニック起こすのかしらねえ!」などという会話を妻と交わす。

しかしなあ、実は鏡を持ち出したいぐらい、君にそっくりだぞと僕は笑いをこらえる。妻は実に細かい。手帳やネット上のカレンダー機能などを完璧に使いこなしていて、手帳にはチェックボックスつきの処理案件が整然と並んでいる。寝るまでに全てチェックするか、チェックがつかなかったものは明日のページに書き写すかして、万全の処理態勢をとっているのだ。このあたり、いっぺん寝てから明日の時間割が気になって起き出してチェックする息子は、完璧に受け継いでいると思う。

そして妻は、突発的事態に弱い。完璧を期する気持ちが強いあまり、一度歯車が狂うと、ガタッと行くことがあるのだ。そのあたりも息子によーく受け継がれているのは、上記の通り。

そんなことを言うと、自分だけ安全地帯にいて勝手に批評しているようだが、もちろんそんなことはない。息子は僕の性質もガッチリと受け継いでいるのだ。

まず、ズボラなところ。僕はまあ、いろんなところにいろんなものを置き忘れることが多くて、しょっちゅう「あれどこいったっけ?」と探し回っている。メガネとか、車のカギとか。後は、しまいこんでそのまま忘れていることも多くて、大事な書類を忘れないようにカバンに入れたことを忘れて、数時間探し回ったりということもあるのだ。

ちなみに僕のビジネスバッグは、「大災害があっても、それがあれば1週間ぐらいはサバイバルできそうねえ」と妻が笑う代物で、「お腹がすいたなあ」と思ってゴソゴソやると、3週間ぐらい

に学生さんが「先生食べます?」なんて言ってくれたチョコレートが出てきたり、手が汚れちゃったなあと思ってあちこち探ると、先週入ったコーヒーショップでもらったウエットティッシュが見つかったりする。先方が、「そんな他人行儀なことはやめてよ。気持ちだけもらっとくから。中身はホントにいらない」と固辞したお見舞いをいれた熨斗袋なんかが入ってることもあって、お金をおろし忘れたときには重宝する。そう言えば、まだキャッシュディスペンサーが休日にやっていなかった頃、カバンにずっと入れっぱなしになっていたデパートの商品券をチケットショップで叩き売ってピンチをしのいだこともあったっけ。やれやれ、お恥ずかしい。

そして、そういう経験から学ぶべきものを学ばずに、おんなじミスを繰り返すあたりも、息子がしっかり受け継いでくれている。名札を何回洗濯した事だろうか。ポケットにティッシュを入れたままズボンを洗濯機にいれて、洗濯物がティッシュまみれになったことも数知れず。帽子はしょっちゅうあちこちに置き忘れ、筆箱もちょいちょい行方不明になる。

以前は、そんな息子を見るたびに「これは何とか指導して『矯正』せねばっ!」という気分になっていたのだが、最近考えが変わった。恐らく、そういう部分も含めて「息子」なのだろう。別の言い方をすれば、今抱えている問題は、改善することはあっても、決してなくならない。そういう部分も息子という1人の人間の一部なのだ。息子としては、自分にそんな部分があることを認識しつつ、大過なく生きていくということを学習していくべきなのだろう。

そして親としても、腹はくくらねばなるまい。恐らくは、これからの子育ての節目節目で、親として彼の背中を押してやらなくてはいけない場面が、何度も訪れることだろう。その際「何でお前はそうなんだ!」と言っても仕方ないのだ。そういう子なんだから。ゆくゆくは、そういう場面で、誰かに背中を押されなくても、自分で「えいっ!」と一歩前に踏み出せるように、「な?思い切って踏み出してみたら、何てことはなかっただろ?」という経験を積み重ねさせることが大事なんだろうなあ。後はあれだ、背中を蹴り飛ばしてくれるようなタイプの彼女が出来る事を祈るか。もっとも結婚したら、「お義父さんっ!本を出しっぱなしにしないで下さいっ!」とか怒られそうだけど。

僕にしても妻にしても、様々な欠点を抱えながら、何とか社会生活と家庭生活を営んでいるわけで、大切なのは完璧な人間であるということよりも、言葉はなんだが「上手いこと生活していく」ということなのではないか。

さてと、僕も机の上の地層を整理して、返事を出すのを忘れていた手紙を出して、半年前から行方不明になっている本を探して、あ、いけね。そろそろ出発しないと仕事に間に合わないぞ。あっ、その前に、NHKに勤務希望表を出さなくちゃいけないんだった。今日までだったっけ。忘れてたよ。ああっ、しまった!交通費の申請書、出してない!締め切り3週間前だ!どどど、どうしよう。とりあえず、ごめんなさいメールを送らないといかんだろうなあ。これで2度目だし・・・だーっ!一番「上手いこと生活して」ないのは、俺かっ!

お後がよろしいようで。とほほ。

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記事を書いた人

いぬ

幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。

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