INTERPRETATION

Vol.11 「諦めないこと」

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

【プロフィール】
エバレット千尋さん Chihiro Everett
インターナショナル美術専門学校卒業後、設計事務所に就職。通訳学校での勉強を経て、94年より、フリーランス通訳/翻訳者としての仕事を開始。97-98年、クイーンズランド大学大学院日本語通訳翻訳学科にて学ぶ。帰国後、日本の通訳学校にて講師を務める傍ら、フリーランス通訳者としても活動。2000年10月より、外資系通信企業の役員付き通訳者として活躍中。

Q. もともとアートの方面に進む予定だったんですか?

そうなんです。「インターナショナル」とありますが、日本のアートスクールなので、帰国子女ではありません(笑)。祖父が日本画家で、父親が建築家なんです。私も小さい頃から版画などをやっていたので、自然な流れで「芸術家になるんだ」と考えていたんだと思います。

Q. 語学に興味を持ったきっかけは何ですか?

普通の人に比べて、スタートは遅い方です。学生時代は、とにかく英語が大嫌いでしたから(笑)。一番のきっかけは、専門学校卒業間際に一人旅をしてみよう!、とインドへ行ったことです。英語がわからず、滞在先でバックパッカー達の会話に全く入れませんでした。Tokyo、Japanという単語が聞こえるので、日本について何らかの議論をしていることは分かるんですが、聞こえないし理解できないんです。これではいけないと思って、帰国後に英語の勉強を始めました。22歳の頃です。

Q. 具体的にどうやって英語の勉強を?

英会話スクールから始めました。一番下のレベルからでしたから、あんまり人には言えないんですけどね(笑)。当初は、片手間で英語を教えられるくらいになって、アートの世界で生きていこう! と思っていたんですが、やり出すとのめり込む性分なんです。言語って文化を背負っているものなんじゃないかと思い始めて。英語はツールだから色んな人たちと知り合うことができるし、これは素晴らしいことだと思いました。

Q. クイーンズランドに行ったきっかけは?

英会話学校の後に、通訳学校に入りました。上のクラスに入ったものだから、ついていくのが本当に大変で……。四苦八苦しているうちに、プロ科の手前まで来てしまったんです。当時は30人のうち1人プロ科に入るか入らないかという厳しさで、2回ほど落ちて、「これは、リベンジだ!」と思いました。主人がオーストラリア人なので永住権も保有していますし、一度生の英語に触れて勉強してこようと思い、子連れで「初」留学しました。

Q. 初めてのお仕事について教えて下さい。

通訳として、本格的にお仕事を頂いたのは、オーストラリアから帰国後、プロ科に入ってからでした。忘れもしない工場見学の通訳です。工場見学後、大部屋でディスカッションがあり、「私、通訳デビューだわ!」と思いながらブースに座っていました。今でも鮮明に覚えていますが、フィリピン人女性が、英語半分タガログ語半分で話し出したんです。「どうしよう!今の最初は英語だったけど、途中からは絶対英語じゃなかった!」とパニックになって……。その場は何とか切り抜けましたが、プロの世界は厳しいな、と思った瞬間でしたね。
現在読書中

Q. 通訳をしていて、大変なことは何ですか?

クイーンズランド時代、「きれいな英語にお目にかかるのは少ないわよ」と何度も言われたんですが、本当にそうだなと思います。工場見学の時にも身をもって体験しましたが。例えば、イタリア、スペイン系の人達は、英語の中に自分の言語を入れて話すことがあるんです。オーディエンスは分からなくても、通訳としては見逃すことができません。どうしても聞き取れない場合は、前後の文脈から判断します。ここでいきなり、「私、今日魚食べたい」とは言わないよな、と(笑)。電話会議やビデオ会議も、雑音が入るので大変ですね。

Q. 通訳学校で教えていらっしゃったと伺いましたが。

もったいないな、と思う人がたくさんいました。例えば、すごくいいものを持っていて、文法はいまいちだけどセンスがいい生徒さん。少しがんばって机の上で勉強すれば、ものすごく伸びるのにと思うことがありました。通訳は、目に見えない勉強が必要で、自分自身がプレッシャーと戦いながら、孤独にやっていく作業です。やらない人が多いというより、皆そこまでせっぱ詰まっていないのかもしれませんね。
私は関西で教えていましたが、東京に比べて仕事の量が少ないと思います。数少ない仕事を皆で取り合うことになるので、結果的に生徒さんが育ちにくいという環境は正直あります。
自作用語集

Q. 東京に出ていらっしゃったきっかけは?現在のお仕事について教えて下さい。

大阪で働いていたんですが、ボスが東京転勤になったので、私も移動になりました。現在はウィークリーマンションで暮らしています。時間を気にせず働けるのはいいですが、毎週末実家の滋賀県に帰るので、交通費がすごいんです! 今はカスタマーサービス部で、本部長付きの通訳をしています。もう3年目になります。新しい通訳さんのサポート、翻訳チェック、本部長が出席する会議での通訳などを担当しています。海外でミーティングがある場合は、ボスに同行します。毎日結構バタバタしていますが、全体的にとても働きやすい会社だと思っています。
六本木ヒルズにて

Q. 今後のキャリアプランは?

うーん、何かもっとビジネスに関わることがやりたいと思うこともあります。勉強は続けたいですね。目標のない人生なんてつまらないから! 英語を勉強し始めたのが22歳、26歳で通訳を目指したのも決して早くないと思うんです。人間ある程度、為せば成ります。これからは、また新しい目標に向かってがんばってみたい、と考えています。

Q. 最後に通訳を目指す方へのメッセージをお願いします。

大人になってから英語の勉強を始めた人にエールを送ります。子供の頃から英語に触れていた人からみると、何それと思われるかもしれませんが、できると思ってやれば、絶対できると思うんですよ。通訳学校ってクラスが上がるにつれて、人数が減りますよね? テストがあったり、レベルが上がっていくので、みんな諦めてしまうんです。でも、できる!と思ってやれば、必ずできるんです。トップクラスの通訳となると、姿勢・努力・好奇心プラス才能だなと思いますが、ある程度までは努力して前向きにがんばれば、大丈夫です。かしこく努力できること、関連づけて覚えること、自分なりの用語集を作ってみること、あとは好奇心! これが一番大事だと思います。これらができれば、一歩踏み出せます。海外に行っていないからという理由だけで、諦めないでほしいです。確かに、海外にいると生きた表現が学べ、口語でしか出てこないような表現が身に付くとは思います。そういう意味では、海外経験がある人は強い。でも日本にいて、通訳になれないということはないんです。大切なのは、「メッセージを伝えること」なんですから。

<編集後記>
第7回にインタビューさせて頂いた上谷覚治さんとは、クイーンズランド時代のクラスメートで、お互い「じじぃ」「ばばぁ」と呼び合う仲のようです(笑)。現実と正面から向き合い、決して逃げたりせず、常に前を向いて進んでいくエバレットさん姿勢は、これからの私の人生指針になりました。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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