INTERPRETATION

Vol.17 「Just Carry On」

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

【プロフィール】
Stirk坂本三千代さん Michiyo Sakamoto Stirk
静岡大学人文学部人文学科英文学専攻卒業後、英語教諭として県内の高校へ赴任。退職後、エセックス大学Department of Languages and Linguistics(英国)に留学、Post Graduate Diploma in Applied Linguistics課程修了。2年間の英国滞在後帰国、インハウス通訳翻訳者を経て1983年にフリーランス会議通訳者に。政治、経済、金融、投資、科学技術、法律、知的財産、保険、環境、医学、社会、教育、
文化関係など、多くの国際会議にて活躍中。

Q. 高校の先生から通訳者へ転向されたと伺いましたが。

高校では約7年間教えていましたが、これまで読み書き中心に勉強してきたので、英会話は苦手だったんです。何か違うこと、新しい仕事をしたいと考えていましたし、英語力もこのままではいけないという気持ちもあって、イギリス留学を決めました。
2年間の留学後、ある会社の通訳訓練コースが大阪で始まることを知りました。通訳には昔から興味があって、もしかしたら何か新しい糸口になるかもしれないと入学を決めまました。

Q. すぐにお仕事を始められたんでしょうか?

学校で6ヶ月間勉強しましたが、自分があまりにも物事を知らないことに愕然としました。英語教授法や「語学」に関する勉強はしてきたものの、通訳者になるには政治、経済、社会といった「世の中」に対するさまざまな知識が必須だということを痛感しました。
当時は通訳者の数も少なかったので、あらゆるチャンスに恵まれていたと思います。通訳者として必要な知識や技術は、実際に仕事をこなしながら現場で身につけていきました。先輩と組ませていただくことも多く、その都度いろんなことを教えて頂きました。今思うと、非常に恵まれていたと思います。

Q. 通訳者としての修行時代は?

企業の社内会議、レセプション、製品の売買、文化交流、提携や特許侵害に関する話し合いなどの通訳を担当しました。まだ仕事を始めたばかりの頃、ある外資系証券会社の担当者に随行してまわったことがありました。その時はじめて証券や投資に関する本を買って準備をしましたが、非常に難しかったです。初めて同時通訳のブースに入ったときも、すごく緊張して、普段できることもできなくなったのを覚えています。最初の数年は、仕事に行っても自分の力不足を感じることばかりでした。

Q. 緊張をほぐす方法は?

事前準備をすることです。準備ができていれば、当日ゆったりした気持ちで臨めます。準備不足の時は、「あ、ここはあまりよく分かってないな」と思うことで、余計に緊張しますから。今は本当に便利になって、インターネットでいろいろな資料を容易に入手できるのでありがたいです。検索すればするほど無限に情報が出てきますから、いかに効率的に探すかが大事だと思います。

Q. 印象に残ったお仕事はありますか?

長く続けている仕事の1つに、エネルギー関係の契約交渉通訳があります。もう15年になるでしょうか。多くのことを勉強させて頂きました。国全体のエネルギー環境など、本当に様々な問題が絡んできます。利害の対立で決裂しそうになったこともあります。話し合いの中にいると、問題が起きたときの対処の仕方から、最終的に合意に到るまでの過程を身近に見ることができます。世の中でビジネスがどのように行われているかを幾分なりと知ることができました。

Q. この仕事をしていて、困ることは?

困る、というかとにかく思いがけない事が起こります。シナリオ通りにいかないのが、この世界の特徴だと思います。打ち合わせに演者が来ない、用意していた資料と全然違う内容の話しをする、機材不良で雑音が激しい、この部分は通訳しなくていいと言われていたのに、突然「やっぱり訳してください」と言われる、午前中で終わると聞いていた会議が夕方まで延びてしまうなど。いちいち数えあげることができないくらいです(笑)。どうこう言っていても仕方がないので、状況に応じてその場を切り抜けることが必要だと思います。私たちの仕事は裏方で、表面には出ません。会議を主催する人、聴衆、講演者が主役であって、その裏でいろいろと不測の事態が起こっても、会議が滞らないようにしなくてはなりません。とにかく皆さんに、この会議はうまくいったと感じてもらえるよう、できる事を精一杯やるのが私たちの仕事だと思っています。

Q. 通訳でよかったと思う瞬間は?

通訳の仕事を続けられることを、自分自身とても幸せだと思っています。人間が考えることの基本は言葉にあると思いますので、言葉に直接関わる仕事ができることが嬉しいんです。この仕事は、常に自分の前に乗り越えなくてはならないハードルが置かれるようなものかも知れません。ハードルを跳び越えながら一歩ずつ前に進んでいく仕事とでもいいましょうか。例えば、非常に難しい資料を読まないといけない、調べることがたくさんある、準備の時間がいつもいつもたくさんあるとは限らない、短時間で用語を覚えないといけない、きついスケジュールでつめて仕事をすることもある、睡眠時間が足りない等、すべての通訳が等しく経験していることだと思います。後で振り返って、自分で満足いくようなパフォーマンスができたと思うことは、ほとんどありません。毎回こうすればよかった、あの時の言葉はこう訳すべきだったと考えてしまいますから。通訳の仕事って、後で取り消したり、やり直しがきかないからいわば後悔の連続なんですが、だからこそいつも目標が持てるわけです。そのことを幸いだと思っています。

Q. スキル維持の秘訣は?

普段使う言葉に気を付けるようにしています。日本語、英語問わず、毎日話す言葉は仕事の基本です。そして、「読む」こと。いろいろなものを見たり、人と会うことも大事ですが、言葉は本質的に読むことで培われると思うんです。

Q. 1週間のスケジュールは?

春秋は会議シーズンなので、結構ぎっしり埋まっています。オフシーズンはもう少しゆとりがあります。春と秋はとにかく忙しいですね。その代わりといっては何ですが、主人が毎年夏には国に帰りたいと言うので、私も休暇をとって、一緒にイギリスに行きます。休暇のあいだ、毎日山を歩きます。こう言うと優雅に聞こえるかもしれませんが、1年間一生懸命働いたあと、英気を養い、また一生懸命働くためです。

Q. ご趣味は?

読書、映画、音楽です。自宅で本を読んだり、音楽を聴いたり、ケーブルテレビで映画を見て過ごすのが大好きです。
実は今、ジャズを習っているんです。本当に難しいんですよ。つくづくリズム感がないなと思います……。いつかジャズのスタンダードナンバーが歌えるようになれたらと思っています。

Q. 通訳を目指す人へのメッセージをお願いします。

自分にいつも課題が与えられるので、非常にやりがいのある仕事です。それだけに難しい仕事でもありますが、本当になりたいと思っているのであれば、諦めないで続けてください。JUST CARRY ON! 私の好きな言葉です。向かないなと思ったら、早めに切り上げるほうがいい、でもそれでもやりたいと思うのであれば、どんなことがあっても続けて頂きたいです。道が開けるかどうかは、運も左右しますが、とにかくこれだ! と思ったのなら是非とも追求してください。

<編集後記>
言葉の端々から、この仕事に対する愛情が伝わってきます。このコーナーでは、毎回人生勉強をさせて頂いている気がします。スタークさんや皆さんを目標に、私自身も道を切り開いていく努力を続けていきたいと思います。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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