INTERPRETATION

Vol.26 「気負わなくてもいいと気づいた瞬間」

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

【プロフィール】
結城あけもさん Akemo Yuki
小学校卒業までを、主に米国、カナダで過ごす。獨協大学外国語学部英語学科卒業。在学中より通訳の仕事を開始、数社にインハウス通訳者として勤務後、現在は若手フリーランス通訳者として第一線で活躍中。劇団「シアターフェニックス」、即興パフォーマンスグループ「火の鳥」の団員としても活動中。2005年7月にはNY公演も控えている。

Q. もともと語学はお得意だったんですか?

英語しかできなかった、といった方が正しいでしょうか。いわゆる「帰国子女」で、中学校までを海外で過ごしました。中学からはずっと日本でしたが、英語の成績だけ他の科目と比べて高かったので、受験までは特に勉強しなくても大丈夫だったんですよ。得意というか育った環境が自然にそうさせたのかもしれません。

Q. 通訳になろうと思ったのは?

大学に入って初めて、「うわぁ! 帰国子女ってこんなにたくさんいるんだ」と逆カルチャーショックを受けたんですよ。高校までは公立だったので、帰国子女は珍しかったんです。大学には私みたいな学生がたくさんいて、普通に英語を話しているんです! あぁ、世の中には英語が話せる人はこんなにいるんだなぁ……と驚きました。それからでしょうか、ちょっと専門的に勉強してみようかと思ったのは。通訳学校に通うことにしたんです。

Q. 大学卒業後、通訳以外の道は考えませんでしたか?

在学中から少しずつお仕事を頂いていましたし、当時はバブル絶頂期だったこともあり、かなりの売り手市場だったんです。周りからは、「新卒で就職活動できるのは一生に一度なんだから、もったいない」と言われたんですが、とうとう一社も受けることなく、そのまま卒業しました。みんなが就職活動を始めたときは、一瞬気持ちが揺らいだこともあったんですが、私は通訳になるんだ! と思っていました。今となっては、あの時の決断は間違っていなかったと思っています。

Q. 初めてのお仕事は?

某デパートの全面改装プロジェクト通訳です。大学在学中に頂いたお仕事なんですが、米国から来日したデザイナーに付いて、1週間通訳をしました。もう無我夢中で、とにかく通訳の「つ」の字でも付くようなこと、通訳に近いことができることが嬉しかったことを覚えています。

Q. インハウス通訳時代の思い出は?

苦労話は尽きないのですが(笑)。某通信業社のジョイントベンチャーで、インハウス通訳として働いていたときのことです。企業風土的にも非常にお堅い感じで、皆さん良い意味で言葉に対するこだわりがありました。翻訳をすると、「こんなものが外に出せるか!」と何度も怒鳴られ、赤を入れられました。そのお陰ですごく勉強しましたし、硬い文章の翻訳も苦にならなくなりました。その後入った某外資系広告代理店は、180度会社の雰囲気が違ったので、別の意味で苦労しました。これまで自分が培ってきたものが通用しないんですもの! 今まで当たり前のように使っていた用語も通じないし、通訳しても、「それどういう意味?」と言われることもありました。

Q. フリーになったきっかけは?

インハウスで一番大変なのは、「狭く深く」知識を身につけることです。組織の一員として働くので、どうしても主観が入るんですよ。どの業界も、ある程度見えてくると、他のことがやりたくなります。もっといろんな分野を見てみたかったし、インハウスだけが通訳の世界じゃないと思ったんですよ。スキルも、あるところまでいったら、それ以上伸びないんじゃないかと不安もありました。移らなきゃ! と思いましたね。20代のうちに、いろいろやってみたかったんです。収入が不安定になるとか、仕事が来なかったらどうしようといった不安はありませんでした。もしダメだったらその時考えればいい! と思って。

Q. 若くしてフリーランスになったことで、苦労したことはありましたか。

つい最近まで「逆年齢コンプレックス」がありました。多分私はすごくラッキーで、最短ルートでここまで来たと思うんです。毎回通訳現場にいくと私が一番若いんです。通訳にとって、若いことは時にはメリットにならないので、年齢のことはあえて言いませんでした。今では、普段一緒に組む通訳者さんたちも私のことを知っているので、気にならなくなりましたが。
「これを持って通訳ブースに」

Q. 印象に残っているお仕事は?

911ですね。当時、会議もほぼ全部キャンセルになって、テレビ局関係の仕事しかなかったんです。局では、実際に放映されないような映像もずっと見ていたので、何だか自分も精神的に追い込まれました。その話を別の通訳者に話したところ、「私はもう今回はやらないことにしてるの」と言うんです。聞くと、彼女は湾岸戦争の時に通訳をしたそうで、やっぱり同じような思いをしたのだなぁと。

Q. スキルを維持する秘訣は?

DVDを流しっぱなしにすることです(笑)。仕事の資料を読んだり、用語集を作ったりするのは当たり前のことなんですが、それとは別に、「普通に英語に接する」ようにしているんです。米国のテレビドラマを、とにかく何度も見ます。見るというより、流しておくといったほうが正しいでしょうか。最後には台詞まで覚えてしまいます。私自身、アメリカ英語で育ったので、語感を忘れないようにしたいと思っています。
ペーパーバックをよく読むんですが、絶対に辞書を使いません! 娯楽のために読む本は、どうしてもという時以外は辞書をひきません。

Q. 劇団活動をされていると伺いましたが。

2000年だったと思います、フリーランスになって少しずつ形が見え始めてきた頃でした。何か違うことをやってみたいなぁと思っていたところ、ワークショップの通訳をきっかけに劇団に入ることに決めました。昔から好きだったのもありますが、毎日人の言葉を訳しているので、どこかで消化不良だったんですよね。
演じるのはとっても好きです。役者として、通訳者として、何かロールを与えられると、何千人を前にしても平気なんです。「結城あけも」として何かやれといわれたら、自分でもどうなるか分かりませんが(笑)。
夏には、NY公演も控えています。私にとっては劇団=自己成長の場なんですよ。団員は皆社会人なので、毎日なんとか時間をやりくりして稽古に集まるわけです。とっても大変ですが、必ず自分を成長させてくれる何かを得られるんですよ。一旦その喜びを知ってしまうと、もうやめられません。私自身、フリーになりたての頃は、控え室にいてもビクビクしていたんですが、あぁ変なところで気負わなくていいんだなって思えたんですよ。自分に自信なんてないんですが、こういう自分もいるんだってことを認めてあげられるようになったというか。芝居をやっていなければ、気づくのにもっともっと時間がかかったかもしれませんね。
「稽古風景」

Q. 1週間のスケジュールは?

週5日仕事を入れていて、劇団公演の約2ヶ月前からは水曜日の夕方と週末に稽古があります。時間がある時には資料を読んだり、ぼーっとしたり(笑)。毎日バタバタしているので、お休みの日は本当に非建設的な時間を過ごしています。
つい予定を詰め込みすぎてしまうので、どうしても睡眠時間が削られてしまいますね。平日の睡眠時間は4時間ぐらいです。そうそう、皆さん割と朝型タイプのようですが、私は完全に夜型なんですよ!
用語集

Q. 今後もずっと通訳を?

一時、40歳ぐらいでやめようかと思っていたんですよ。今はもう少しやってみようかなと。50歳まではやりたいですね。

Q. もし通訳者になっていなかったら?

この質問、絶対聞かれると思って昨日ベランダでずっと考えていたんですよ(笑)。インテリアデザイナーかな? 親が聞いたら笑い転げると思うんですが。一人暮らしを始めてから目覚めたんですが、家具を見るのが大好きなんです。キッチン用品、雑貨、家具にはこだわります。この場所に合う下駄箱が絶対あるに違いない! と思うと、ぴったりのものが見つかるまで探すんですよ。自分でもこわいと思うんですが(笑)。

Q. 最後に、これから通訳者を目指す方へのアドバイスをお願いします。

業界、世代的にもいろいろ変わってきていると思いますが、継承されていくべきものは、オープンに受け入れてほしいと思っています。同じ会議通訳といっても、携わる分野によって全く違います。第一線で活躍している通訳者は、皆生き残るための投資をしているんですよ。そういう面をもっと見てほしいと思います。長くやりたいのであれば、決して使い捨て通訳にはならないでください。世の中、使い捨てで使われている通訳者は多いと思うんです。そういう人達は、一時仕事がたくさんあっても、長い目でみると続きません。是非とも、自分なりのキャリアパスを頭の中に持ってほしいと思います。

<編集後記>
通訳を目指す方にとっては、まさに憧れの存在ではないでしょうか? くるくると変わる表情がとっても素敵! 6月の公演が今から楽しみです!

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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