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放送通訳者直伝!

第360回 学びは意外なところに

先日、沖縄返還に関する映画を観ました。「返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す」というタイトルです。この作品は昨年8月にNHK-BSでドラマとして放送され、このたび劇場版用に再編集されました。ポレポレ東中野を皮切りに全国で上映予定です。

この映画を機に沖縄返還のことを改めて調べてみました。書籍やインターネット上の説明も参考になるのですが、ふと思い立って検索したのが「大学のシラバス」。まずは自分が指導している大学の授業案内を覗いてみました。

今の時代、インターネットでは各大学のシラバスが公開されています。開講科目の詳細を知ることができるのですね。本当に便利な時代です。しかも当該年度の全科目がアップされています。私が学生の頃はインターネットなどもちろんありませんでしたし、授業案内ももっと大まかなものでした。冊子になった講義案内では全容がつかめませんでしたので、サークルの先輩に尋ねたものでした。そうした意見を参考に履修科目を選んでいたのです。当時はいわゆる「楽勝」科目が大人気でしたね。

話を沖縄返還に戻しましょう。

大学のシラバス・ページに行くと検索ウィンドウが出てきます。講義や講師名、開講時期やキーワードなどで調べることができます。そこで「沖縄」「返還」「日米安保」「基地」などのキーワードを入れたところ、いくつかヒットしました。自分が教えている大学でこの授業があったとは知りませんでした!それもそのはず、私が担当している授業以外、あまり知らないまま数年が経っていたのです。

検索結果からクリックしてみると、授業内容の具体的な詳細が出てきました。中でも参考になったのは使用教科書と参考文献です。大学ではどの先生方も綿密に15週間分のカリキュラムを年度初めに組み立てます。学生たちの理解を深めるために段階的に学び進められるような工夫がなされているのです。また、使用テキストも20代前後の学生が理解しやすいものを厳選しています。そのような意味でも大学シラバスは出発点として大いに役立つと改めて思いました。

これに味を占めた(?)私は後日、大学へ行った際、紙版のシラバスを手に入れました。確かにネットでの検索でも十分です。けれども紙版をパラパラとめくることで「こういう講座もあるのね」「この授業も面白そう」と意外な出会いが期待できるのですね。実際にざっと斜め読みをしてみたところ、全カリ科目は文系や理系、スポーツ科目など多岐にわたることがわかりました。改めてシラバスを眺めてみることで、普段は接点のない分野を垣間見ることができたのでした。

この「出会い」というのは、紙新聞をめくったときと同じだと感じます。私は通訳者になってから日経新聞(紙版)を欠かさず読んでいます。ネットの場合、記事をクリックしなければ詳しい内容を知ることはできません。けれども紙新聞であれば、とりあえず紙面を毎日めくり続けるだけでも様々な分野に触れられます。これは目に見えない「知識の蓄積」となるのです。そのストックは大きく、何年も後になってから通訳現場で役に立ったことがたくさんありました。

通訳者になるために必要なこと。筆頭に上がるのは語学力の向上でしょう。けれども言語変換能力が高い「だけ」では通訳者になれません。日ごろのたゆまぬ努力が本番で大きな力を発揮するのです。そのためにも様々な角度からリサーチに取り組み、今、目の前のことが必ずいつか役に立つと信じて励むことが大切です。

最近は何でもインターネットで解決できそうな時代です。けれども新聞や今回ご紹介したようなシラバスなど、意外なところで知識をストックすることはできます。ぜひ皆さんも楽しみながら日々の知識量アップを図ってくださいね。


(2018年7月17日)

【今週の一冊】
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「隣人、それから。38度線の北」 初沢亜利著、徳間書店、2018年

6月は通常の業務に加えて、単発の仕事をたくさんいただきました。中でも準備に一番時間をかけたのが、6月12日の米朝首脳会談です。某民放からお声がけをいただき、丸一日缶詰めとなりました。歴史の瞬間を同時通訳する機会に恵まれ、私自身、時代の流れを自分の目で見届けることができ、ありがたく思っています。

この仕事の依頼を受けたのは、さかのぼること数週間前。そこから準備が始まりました。関連記事や過去の動画を調べたり、以前行われた6か国協議についてリサーチしたりと、調べることは広範囲にわたりました。

さらに意識して勉強したのが「一般社会の様子」です。北朝鮮の人々はどのような生活を送っているのか、政治体制は別としてどのような雰囲気の中で暮らしているのかに興味を持ちました。そこで手に取ったのが今回ご紹介する本書です。

著者の初沢氏はプロのカメラマンで、過去にも北朝鮮をテーマにした写真集を出版なさっています。今回の本はその続編とも言えます。全編カラーページで、人々の様子が手に取るように伝わってきます。北朝鮮と言うと、以前の大飢饉のイメージが私の中では強いのですが、今では人々の生活も落ち着いているようです。たとえば22ページに映し出されているとあるお宅の一室。サッカー好きなのでしょう。岡崎慎司選手のペナントも貼られています。机にはMarlboroたばこのステッカーもありました。外界の情報がすべて遮断されているというわけではないようです。

特に読みごたえがあったのは、巻末の初沢氏の取材記です。平壌空港に降り立った際、スマートフォンを没収されてしまうのですが、係官とのやりとりの文章は読んでいるだけでこちらが緊張してきます。写真集にある人々の一見穏やかな日常生活と、空港での様子。その対比を感じます。

初沢氏は私の卒業学科と同じでした。今後の活躍を応援したいと思います。


第359回 悩む時間はもったいない

時間をどのように節約して勉強タイムを捻出するか。忙しい時期になると、このような思いで日々を過ごすようになります。誰にとっても一日は24時間。そうなると、どこかで何かをあきらめて時間を浮かせるか、睡眠時間を削るか、何らかの方法で効率化を図るしか方法はなくなってきます。そうした工夫をあれこれしつつ、自分なりに納得のいくアウトプットができたときは、この仕事のやりがいを感じます。

ちなみに私の場合、この春は新しい定期の仕事が入ったり、通常とは別の業務があったりと、例年にも増して忙しい時期となりました。お声がかかるのは本当にありがたく、自分としても精一杯その期待に応えたくなります。特に通訳の仕事は「やり直し」がききませんし、じっくりと構想を練ったり推敲を重ねたりということも不可能です。よって、「通訳をするその一瞬」にいかにすべてのエネルギーを注ぎこめるかが鍵を握ります。日々の勉強もすべてそのためなのです。

けれども、あまりにも忙しくなってくると、自分でも呆れるほどに判断力・決断力が鈍くなることがあります。私が最近直面したのは「我が家のプリンタ問題」でした。

このプリンタは複合機で、電話・留守電・ファクス・スキャナ・コピーなどの機能が付いています。購入は平成24年ですので、もう減価償却も良いところでしょう。調べてみたところ、すでに販売は終了しており、メーカーのホームページにもひっそりと掲載されているだけでした。

我が家では、仕事柄、資料を印刷したりコピーしたり、ファクスで先方に送ったりと今までずいぶんこのマシンを酷使してきました。それでもめげずに(?)よく働いてくれます。それがここ最近になり、印刷結果が非常に悪くなってしまったのです。用紙に縦縞が入るようになったのでした。

トリセツやネット上のQAサイトを見ては、それなりの方法で改善を試みました。一瞬良くはなるのですが、やはりそれも束の間。縞々状態はさらに粗くなり、ほとんど解読できなくなってきました。子どもの頃に読んだ探偵マンガ本に似たような絵があり、かすれた文字を判読するシーンがありましたが、まさにそのような感じです。まさかこのようなプリントアウト資料を持って通訳現場に行くわけにはいきません。ただでさえ神経を使う同時通訳現場です。脳内で英日言語変換をしながら目の方は「かすれ文字判読作業」などをしていたら、それこそ目が回ってしまいます。

そこで意を決して買い替えることにしました。

けれどもここで2つの選択肢に私は直面しました。それは「新型モデルを買うか」「ネットの通販サイトで同一機種の中古品を買うか」でした。それぞれに長所・短所があるからです。

まず、完全に新しいモデルを買った場合、以下のプラス・マイナスがあります:

長所:機能もアップしており、故障時の補償もある。思ったより値段もお手頃。
短所:まったく新しい機種になるため、慣れるまで時間がかかる。今使っているプリンタ・インクの予備が大量にあり、それが使えなくなる。

一方、現在のものと同一モデルの中古品を買うと以下の長所・短所があります:

長所:使い慣れたものと完全に同じなので、機能に慣れる必要がない。ストック済みのインクも使える。
短所:生産終了品ゆえ、もし壊れても直してもらえない。すでにレアものとなっているため、価格は割高。

ざっとこのような具合です。

普段の私は何事においても即断即決を心がけています。ところが目下、繁忙期であるがために「新しい電子機器に慣れていくために時間を割くのがもったいない」という思いが強くあるのです。そのため、「どうしよう?」と悩み始めてしまったのでした。そして時間ばかりが経過してしまい、とうとうプリンタ自体が再起不能寸前に至ってしまったわけです。

こうなると自分一人で「あーでもない、こーでもない」と思えば思うほど、堂々巡りになります。そのような時はいっそのこと誰かに尋ねた方が楽です。私は早速家族に相談。すると家人は開口一番「あ、それはもう新品の方が良いって。生産終了品はリスクが高いよ」とのこと。

うーん、言われてみればそうなのかも。と言うよりも、冷静に考えてみれば多くの人がそう思うのでしょうね。

つまり、こういうことなのかもしれません。単に私が個人的に機械音痴・機械アレルギーであり、新しいものに費やす時間を億劫がっていただけなのです。ということで、ようやくお悩み解決!プリンタの新型モデルをその場で即・注文したのでした。

今回の私なりの結論。

「悩む→長所・短所を書き出す→結論を出せなければ潔く誰かに相談」

これで今後は進めようと思います。

(2018年6月25日)


【今週の一冊】
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「消滅遺産 もう見られない世界の偉大な建造物」 ナショナルジオグラフィック編、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年

振り返ってみればここ数週間、このコーナーでご紹介しているのは「写真集」ばかりです。実は春先から現在に至るまで仕事が立て込んでおり、仕事に関連した本以外はほとんど読めずじまいなのです。例外は「写真集」。疲れた頭を解きほぐすには美しいものを見るに限ります。たとえ撮影現場に行けなくても、色とりどりの写真を見るだけで心が洗われるのですね。右脳・左脳という言葉で表すなら、言語活動は左脳です。以前お世話になった心理学の先生曰く、左の脳ばかりを酷使してしまうとグッタリしてしまうとのこと。美しい物を見たりおいしい物を食べたりすることで、右脳に栄養を与えるのも必要だそうです。

今回ご紹介するのは、この世から失われてしまった「遺産」たちです。たとえば表紙に描かれているのはバーミヤン。1500年間も存在したものの、タリバンによって2001年に破壊されました。その文化的損失は大きく、上智大学の石澤良昭先生はとある記事で「文化遺産の修復を通じた民族和解」と呼び掛けておられました。

私が本書の中でも特に注目したのがネパール・カトマンズの地震で全壊した寺院です。大きな揺れで街全体が壊滅的被害を受けたのが2015年、今から3年前のことです。再建活動はなされていますが、完全な復興にはまだ時間がかかるとのこと。この地震については放送通訳したニュースでずいぶん取り上げられていました。

地震と言えばもう一つ。ハイチの大統領宮殿も崩れ落ちました。その写真も本書には載っています。白亜の美しい建物が崩壊したのは2010年です。東日本大震災の1年前に起きたハイチ大地震ですが、復興は進んでいません。本書によると、ハイチは国自体が貧しく、援助団体も引き上げたり縮小したりしてしまい、ままならないのだそうです。

本書が紹介しているのはすべて建物です。けれどもその向こうには現地で生活する「普通の人々」がいます。「何の罪もない人々が今なお苦しんでいることを忘れてはいけない」。そのようなメッセージを私は本書から感じとっています。


第358回 セルフ打ち上げのススメ

通訳の授業を担当していると「どうすれば通訳者になれますか?」「どんな能力が必要ですか?」といった質問を受けることがあります。どのような仕事であれ、「これさえあればあなたもなれる!」といかないのが悩ましいところです。たとえばスポーツ選手であれば、身体能力はもちろんのこと、向上心や折れない心も求められるでしょう。本番の緊張感に打ち勝てるようなタフさも必要です。演奏家も同様です。音楽的な能力もいるでしょうし、オーケストラに所属していれば、他の演奏家と合わせることも求められます。通訳者も語学力、知識力、さらに体力などが大切になってきます。 これまで色々な通訳場面において先輩や同僚、後輩通訳者たちと仕事をしてきました。その通訳者誰にも共通していることは「勉強が好き」ということです。学び続けることを厭わないどころか、大変な量の資料読み込みや単語の暗記などをむしろ楽しんでいる人がほとんどです。とりわけ「わからないことはすぐ調べる」という点ではどの通訳者も同じなのですね。現場で不明なことが出てくると、皆、猛烈なスピードで調べ始めます。「疑問点をそのままにせず、すぐに解明しようとすること」に喜びを覚えているのでしょう。私もその一人です。 このような具合で通訳者というのは、準備段階から本番直前に至るまで、いえ、厳密にいえば本番中でも、緊張感と共存しながら高いテンションの元にいます。体のスイッチが常時「オン」になっているのです。アドレナリンが飛躍的に上昇し、それがさらに自分の体力にスタミナを生み出すような感じです。こと私に限って言えば、「ハイ」な状態が続き、良い意味での「躁状態」になっています。その結果、当日に良い通訳ができたり、お客様に喜んでいただけたりするととても報われた気分になります。この仕事のやりがいを感じます。 ただ、注意すべき点があります。それは「大きな仕事が終わった後」に関してです。緊張感が絶え間なく続いた結果、それが終わりを迎えれば、体も心も緩みます。ホッとします。安ど感と共に、それまで感じていなかった疲労がドッと出てしまうのです。オン状態から突然オフになることを意味します。 私の場合、そこの切り替えに失敗するときがあります。「あ~、大仕事が終わった!」となるや、バタッと崩れてしまうのです。デビュー当時はそれがきっかけで寝込むほどの風邪に見舞われたこともありました。お休みすれば、エージェントやお客様に多大な迷惑を与えてしまいますので、休むことだけは避けたいものです。さらにフリーランスの場合、仕事を休めば無収入となります。家計的にも大変です。 欠勤とまではいかないまでも、私の場合、心が疲れて極端に落ち込むことも少なくありませんでした。躁状態が続いた反動なのでしょう。鬱のようになったこともあります。そうなると厄介です。ささいなことで気持ちがふさぎ込んだり、自分の能力不足を悲観したりと取り扱いが自分自身でも難しくなります。 こうしたことを避けるうえで工夫しているのは、「セルフ打ち上げ」です。大きなプロジェクトを完了したら、なるべく早いうちに自分にご褒美を与えるのです。映画や美術展を観に行く、おいしい食べ物をいただく、ぼーっとする、マッサージに行く、買い物をするといった具合です。オン状態で仕事を終えたら、そのまま「行動を伴うご褒美」を自分に与え、そこから少しずつunwindしていくのですね。その方が、「仕事完了→即オフ」よりも段階的に自分の体を休ませられます。 春や秋は通訳者にとって忙しい季節です。だからこそ、セルフ打ち上げをうまく取り入れながら乗り切りたいと思います。
(2018年6月18日)
【今週の一冊】 hiyoko-180618.jpg 「ロンドンパブスタイル 英国パブカルチャー&建築インテリア」 ジョージ・デイリー著、八木恭子訳、グラフィック社、2018年 この春から先日に至るまで、私の頭の中は「米朝首脳会談」一色でした。業務の依頼を受けると通訳者は準備を始めるのですが、私もやはり「寝ても覚めても米朝首脳会談の予習状態」だったのです。新聞をめくれば関連記事ばかりを探し出し、書籍も手当たり次第に参考になりそうな本だけを読み進めました。集中的に学ぶからこそ、それが当日へのアウトプットにつながるのですが、やはり人間は生き物です。どこかで息抜きを欲するのでしょう。 そのような中、手に取ったのが今回ご紹介する書籍です。全編カラー写真で、ロンドンの素晴らしきパブが紹介されています。これまでもパブをテーマにした本は出ていますが、この本は「建築」をキーワードにしています。 ロンドンのパブの中でもYe Old Cheshire Cheeseなどはガイドブックによく出ています。2月にロンドンへ出かけた際、私もその前を通りがかりました。本書を読んでみると、300年ほど前にこのパブのオーナーが店の一角を辞書編纂で有名なジョンソン博士へ捧げたそうです。今でもその席にはジョンソン博士の肖像画が飾られています。 他にもハイドパーク近くにあるThe Nags Headはミリタリーグッズが店内に所狭しと置かれています。一方、High Holborn近くのCittie of Yorkeは店内に特徴的なアーチ型天井があります。 ビールや食べ物を楽しむだけでなく、建築や装飾品を味わうパブ巡りをしたい方に、ぜひともお勧めしたい一冊です。

第357回 どこでも準備

通訳者というのは、業務を依頼された時点で一斉に準備を始めます。当日まで間があろうがなかろうが、とにかくひたすら勉強を続けるというのがこの仕事の特徴です。できる限りのことをギリギリまでする。それが当日の通訳パフォーマンスに直結するからです。「何が飛び出すかわからないからこそ、万全を期して臨みたい」「お客様に喜んでいただけるような通訳をしたい」というのが通訳者共通の願いです。

誰にとっても一日は24時間です。ゆえに、限られた時間内でどのように集中するかも考えなければなりません。中学高校のような「試験範囲」もありません。「ここまで予習したから、この通訳はバッチリ行くはず!」とはならないのですね。極端に言えば、「今まで生きてきた中で自分自身が吸収したことすべてが問われる」のです。

たとえば先日のこと。私はスロベニア関連の通訳業務に携わりました。私にとっての「スロベニア」というのは「メラニア・トランプ大統領夫人の出身国」という知識だけです。首都名も知らず、スロベニアの文化も宗教も言語もまったく未知のものでした。「自分は何をしらないのか?」を自問自答し、そこから準備は出発するのです。

今の時代であれば、おそらく誰もが「まずはインターネットで検索」となるでしょう。私もその一人です。ネットさえあれば大量の情報を入手できます。私が通訳者デビューをした時代はインターネットがありませんでしたので、自分で図書館へ出向いたり、関係者に話を聞いたり、あるいは書籍を買ったりする以外、方法はありませんでした。「自分の足で情報を獲得しに行く」というのが主流だったのです。

今回のスロベニア通訳の準備で、私はノートに調べるべき課題をひたすら書き出しました。最近はマインドマップを用いていますので、ノートの中央に「スロベニア」と記し、そこから線を広げて「文化」「政治」「宗教」「地理」などと書き出していきます。思いつくことをすべてこの段階で書き出していくのです。まさに連想ゲームです。

なお、概要をまずは把握する上で私が重宝するのは外務省の「国・地域」ページです。ここには国別に基本情報や日本との関係が簡潔にまとめられています。概要を知るうえでとても便利です。同様に「世界年鑑」(共同通信社)もコンパクトな記述ですので、こちらを図書館でコピーすることもあります。

こうしてある程度資料をそろえたら、あとは読み込み作業となります。本番までの準備時間を意識しながら、ひたすら読むのみです。キーワードに印をつける、単語リストを作成するなどもこの段階で行います。ただ、資料をそろえすぎてしまうと読む時間が足りなくなります。よって取捨選択も大切です。

資料の予習でもう一つ大事なこと。それは「集中力」です。私にとっての理想は「いつでもどこでも集中できること」なのですが、やはり人間ですので体調の波や周囲の環境もあります。いつ何時でも周りに左右されずに集中というわけにいかないのが悩みどころです。

そこでお勧めしたいのが「集中できる時間帯」「場所」を自分なりに編み出しておくこと。私の場合、イヤホンを付けるだけで仕事モードになります。また、勉強しやすいカフェや図書館などもいくつか決めています。電車内も座れさえすれば比較的集中できるようになりました。車内ではクリップボードがあると、安定して書く作業ができます。

過日、ヘンリー王子ご成婚のテレビ通訳を担当したときのこと。別の仕事の間に10分ほどの隙間時間があったため、行きつけのカフェへ向かいました。ところが満席!仕方なく駅へ戻り、「台がある場所」を探したところ、駅スタンプ用の台を発見!「10分だけ拝借いたします~」と内心思いつつ、資料を広げて読み込み作業をしたのでした。通訳者というのは、こうして「どこでもドア」ならぬ「どこでも準備」状態になるようです。スタンプ台を前に資料を口パクで音読する姿は、さぞ怪しく映ったことでしょう。

(2018年6月11日)

【今週の一冊】
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「ゴッホ 旅とレシピ」 林綾野著、講談社、2010年

先日、大学の授業でゴッホに関する教材を取り上げました。学生たちへの課題は「ゴッホに関する書籍を読む」というものです。今やゴッホ関連本は画集にとどまらず、弟テオとの手紙を分析する本やゴッホの作品のなぞ解きをするといった書籍も発行されています。せっかくですので、私も何か新しいアプローチからとらえたゴッホ本を探してみました。そこで見つかったのが今回ご紹介する一冊です。

著者の林綾野さんはキュレーターが本職で、ご専門は「アーティストと食の関係」です。本書はゴッホの作品に描かれている食材を使ったレシピが紹介されています。また、ゴッホが旅したフランスやイギリスなどのメニューを知ることもできます。

たとえば鮮やかなイエローがキャンバスいっぱいに広がる作品「黄色い紙の上の燻製ニシン」の隣ページには、「ニシンの燻製、マリネ仕立て」の写真が掲載されており、本の後ろに詳しいレシピがあります。一方、1889年にゴッホがアルルで描いた「タマネギの皿のある静物」。この作品をヒントに紹介されているレシピは「タマネギのスープ」です。いずれのレシピもシンプルなもので、すぐに作れそうです。

ゴッホは素直で何事にも真剣であったような印象を私は抱きます。今風に言えば「不器用な生き方」をせざるを得なかったのかもしれません。ゆえにわずか37歳で自らの命を絶ってしまったのでしょう。

先日、アメリカの人気シェフ、アンソニー・ボーデインさんが亡くなりました。CNNの看板番組を担当していたボーデインさんの早すぎる自死は、多くの人々に衝撃を与えています。食を人々に身近に感じさせる、そんな天才的な才能を持ったボーデインさん。彼とゴッホの生涯は、ある意味で共通点が見いだせるような気が私はしています。



第356回 思い出に残ることば

ここ数年間、4月始まりの手帳を愛用しています。月間カレンダーと週間見開き縦型タイプからなる一冊です。

この手帳には余白もあるため、私は月間カレンダーの余白に「今月の目標」を、一週間ページには「今週の目標」を書き出しています。具体的な達成事項というよりも、スローガン的なものを書き込んでいます。引用元は書籍の中の一節であったり、新聞記事などで読んだ心に残るフレーズだったりです。毎朝起きた直後に私は手帳を眺めるのですが、その際に「今週の目標」と「今月の目標」を必ず読むようにしています。1年が終了すると、月間目標は合計で12本、週間目標は52本書いたことになります。

本や新聞などを読んでいると、書き写したくなるようなフレーズにたくさん出会います。けれども残念ながらすべてを手帳に落とし込むことはできません。このため、記録しておきたい内容は手帳の余白ページや日記に書き写すようにしています。

そこで今週は、最近私が出会った珠玉の言葉をご紹介いたします。

1.「私たちの意欲は、ただ待っていても出てこない。何かをして良かった、楽しかったと思えるからこそ、またそうしたことをしてみたいという気持ちになるのだ。」
(「こころの健康学」大野裕、日本経済新聞、2018年4月16日月曜日朝刊)

私は動機づけや「やる気」に興味があり、この文章もその一環です。「何か楽しいことがないかなあ」と思っているだけでは、なかなか意欲は出てきません。実際に自分で動いてみて、色々な試みを通じて「楽しかった」「良かった」という経験を積み重ねることが大切なのですよね。最初のトライでうまくいかなくても、それは自分が悪いのではありません。たまたま相性が合わなかったととらえれば良いのです。そうして繰り返していけば、モチベーションは上がるはずです。

2.「希望を持つのはタダですので、明日を信じ感謝して生きて行こうと思っています。」
(「Human Report人間大好き350 星野富弘さん」『マンスリーとーぶ』2018年5月号、東武鉄道広報部発行)

詩画作家の星野富弘さんは若かりし頃、勤務先の中学校で部活動の指導中に事故に遭い、頚髄を損傷しました。1972年頃から筆を口にくわえて美しい絵と詩を創作なさっています。事故直後は絶望感に見舞われたものの、三浦綾子さんの「塩狩峠」を読み、自分にも役割が託されたのだと考え始めます。誰にでも希望を持つことは許されています。しかも「希望を持つのはタダ」。だからこそ前を向きたいと思います。

3.「可能性があると信じるなら飛び込んでみる方法もあります。そこでどれだけ納得できる仕事ができるのかが大切です。」
(「企業選びの新常識 遠藤功さん」『新卒採用広告特集』日本経済新聞、2018年4月24日火曜日朝刊)

実際の新聞記事だけでなく、新聞広告に書かれている文言にも私は注目しています。上記の文章はローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤功氏によるものです。遠藤氏は早稲田大学で教鞭をとられたほか、ビジネス関連の本を多数出版されています。なかでも「ガリガリくん」に関する本は実に興味深かったですね。
 この文が掲載されていたのは就職活動生向けの全面広告でした。どのような仕事であれ、自分自身がその会社の可能性を信じるのであれば、思い切って飛び込むべしという内容です。私自身、新しい通訳分野やその他の仕事をする際、迷うことがあります。けれどもまずは試してみる。そして自分なりに納得できる仕事かどうかを見極めることも大事だと考えています。

4.「生活は常に質素で、華美なもの、権力の横暴を嫌った。幾多の喪失感を、研究と発見のエネルギーに変え、国際的に広く尊敬された。」
(「独創性という意志 第三回 『天才の発見を受け継ぐ』村上龍」、EPSON全面広告、日本経済新聞、2018年5月30日水曜日朝刊)

 こちらも新聞広告で見つけたフレーズです。筆者は村上龍氏。キュリー夫人について記した一節です。キュリー夫人は幼いころに姉を亡くし、のちに母、父も他界。ノーベル物理学賞を受賞してわずか3年後に最愛の夫も亡くなります。そのような悲しみがキュリー夫人を研究へと駆り立てたのかもしれません。
 たとえ今、大変な状況下にあるとしても、自分には与えられた使命がある。そのためにエネルギーを注ぐことこそ、社会への貢献につながると私は感じます。

5.「教育とは憧れに憧れる関係性である」
(齋藤孝・明治大学教授のことば)

 ここ最近、齋藤先生の本を手当たり次第に読んでおり、その中で発見した一節です。どの書籍から自分のノートに抜き書きしたのか忘れてしまいましたが、「憧れに憧れる」という言葉が私にとっては強烈に印象に残りました。
 私は今まで「学習者」として歩んできた際、その科目の先生に憧れられるかどうかがモチベーションの大きなカギを握っていたと思っています。たとえ苦手科目でも、先生が楽しそうに授業をしていると引き込まれていったのですね。そのような明るい先生に憧れ、やがてその科目にも憧れていくこと。これが指導における理想だと思ったのでした。
 通訳も同じだと考えます。漠然と「通訳者になりたい」と思うより、憧れたくなるようなベテランの通訳者を探してみることが学習意欲に結び付きます。そのためには「通訳者が活躍しているセミナーに出かけ、同時通訳レシーバーを借りて聞いてみる」「通訳者が記した本を読んでみる」など、色々な方法があります。私自身、デビュー前に耳にした大先輩の通訳に憧れ、その美しい通訳パフォーマンスを今でも目標としつつ、現在に至っています。

 以上、今週は私が惹かれたことばを5つご紹介しました。皆さんにも、自分を支えることばとの出会いがありますように。

(2018年6月4日)

【今週の一冊】
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「タイのごはん(絵本 世界の食事)」 銀城康子(文)、いずみなほ。星桂介(絵)、農文協、2008年

インターネットが普及し始めたころの私は「通訳の事前準備=ウェブで検索してひたすら読み込む」 と考えて実践していました。家から外へ出なくても、色々なことがネット上でリサーチできたからです。それまでは図書館や書店へ出向いたり、関係機関に問い合わせたりしていましたので、天候や時間を問わずに調べ物ができるようになったのは本当にありがたかったですね。

ただ、ネット検索の弊害もあります。それは「情報量が膨大になること」です。たとえば、手始めにWikipediaを印刷すれば、数十ページにわたることもあります。そもそもの基礎知識がなければ、たとえ日本語の解説でも頭になかなか入りません。

そこで思いついたのが、「まずは自分の身近なところから攻めよう」ということでした。準備時間に余裕があるときは、なるべく多方面からリサーチをしようと決めたのです。

今回ご紹介する「タイのごはん」。この本を読んだきっかけも、タイ関連の通訳準備のためでした。私は元々食文化に興味があります。ですので通訳の事前勉強も、自分の好きなテーマから入った方が断然頭に入ります。

本書は農文協が子ども向けに発行している絵本シリーズの一冊です。現在は全20巻が刊行されています。小さい子どもでも読めるように読み仮名が振ってありますし、地図やイラストも豊富に描かれています。タイ米と日本のお米の違いを始め、宗教がもたらした食生活や気候風土のことなど、「食」を軸にしつつも多様な観点からタイという国を知ることができます。おいしそうなタイ料理レシピも紹介されています。

食事マナーや市場・流通のこと、外食の話などもたくさん出ていますので、これを読んでから旅行に出かければ一層楽しめるはずです。子どもだけの本にしておくのはあまりにももったいない!ぜひ大人の方々に読んでいただきたいシリーズです。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者。獨協大学・順天堂大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。 「放送通訳者・柴原早苗のブログ」 http://sanaeshibahara.blog.
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