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放送通訳者直伝!

第355回 どこまで準備する?

5月19日土曜日。イギリス王室ヘンリー王子と女優メーガン・マークルさんの結婚式が執り行われました。日本でも一部のテレビ局が生中継をしていました。数年前のウィリアム王子ご成婚以来、久しぶりの慶事です。このたび私も同時通訳の機会をいただき、とある放送局で業務に携わりました。

エージェントから依頼をいただいたのは数週間前です。イギリスから送電される映像を見つつ、状況や場面に応じて生で同時通訳をするという内容でした。準備時間は1か月を切っています。身が引き締まりました。

このようなご依頼をいただいた際、まず私が行うのは、ノートに「やるべきこと」を徹底的に書き出すことです。最近はマインドマップを活用しており、まずはノートの中央に「ヘンリー王子結婚式」と書きました。そこからどんどん線を引き、リサーチ項目を列記していくのです。「プロフィール」「家系図」「現在の活動」などをヘンリー王子メーガンさん双方で書き出し、さらに「ウィリアム王子結婚式」「ダイアナ妃結婚式」「衣装」「英国聖公会結婚式」「聖書」という具合に広げていきます。これ以上項目はないのではというぐらい、徹底的に書き出します。

このようにして列記したら、次はひたすら下調べです。私の場合、母語は日本語ですので、情報収集は日本語の方が断然早くなります。同じキリスト教でもプロテスタントやカトリックとイギリスの聖公会は異なりますので、宗教用語も頭に叩き込まねばなりません。世界の結婚式を紹介した図鑑を入手したところ、聖公会の式の流れや聖書の引用個所も出ていました。そこで今度は該当する聖書のページをコピーします。ただし、聖書の場合は、そのまま式で聖職者が読むと思われますので、英語聖書と日本語聖書の両方をコピーし、見やすいようにノートに貼り付けます。

さらにウィリアム王子ご成婚の式次第をネットで検索し、印刷します。そこに書かれている聖職者や登壇者の名前に正式な日本語名を書き込みます。日本ですでに報道されている場合、カタカナ表記も決まっていることがあるからです。さらに賛美歌の邦題も調べ、訳文もウェブで検索です。

ヘンリー王子結婚式自体の同時通訳とは言え、通訳現場では何が飛び出すかわかりません。ゆえに派生して調べるべきことは山ほどあります。ウェディングドレスや入退場時の音楽、聖歌隊の指揮者名なども調べた方が安心です。しかも今回はアメリカからカリー大主教がわざわざ渡英されるとのこと。カリー氏の動画を見ることで、その話し方やロジックの展開にも慣れる必要があるのですね。

あちらこちらと手を広げながら準備をしていると、あっという間に当日になります。しかも19日土曜日の朝にはイギリス王室が具体的な式次第を発表しました。いよいよ本番まであと数時間です。ここまで来れば、あとは式次第そのものを集中的に読み込み、該当する聖書の箇所や引用などを調べるだけです。もう一つ大事なのは、日本語訳を見つけたら必ず事前に音読すること。読んでみると案外読めない漢字があったり、発音アクセントで戸惑う部分があったりするからです。たとえば私の場合、「贖罪」という単語の強弱に戸惑いました。そのような時は、すぐに電子辞書に搭載されている「NHK日本語発音アクセント辞典」で確認です。

通訳現場というのはハプニングがつきものです。今回も当初の予定より式が早く進行したり、カリー氏の演説がアドリブになったりと、通訳しながらハラハラドキドキすることがたくさんありました。

通訳の準備には終わりがありません。どこまで備えてもエンドレスです。けれども、今回私は英王室メンバーのご成婚という滅多にない機会に間接的ながらも触れることができました。本当に仕事冥利に尽きると感謝しています。通訳本番では正確さを意識し、場の雰囲気を伝えることに専念しつつ、私自身がお二人の幸せに包まれたご成婚を堪能したのでした。

(2018年5月28日)

【今週の一冊】
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「ブリューゲルへの招待」 朝日新聞出版編、朝日新聞出版、2017年

私が初めてブリューゲルの作品を実際に見たのは、オーストリアに短期留学していた大学3年生の夏休みでした。ウィーン美術史美術館には「バベルの塔」「農民の婚宴」など複数が所蔵されているのです。中でも私のお気に入りは「子どもの遊戯」。90種類以上の子どもの遊びがそこには描かれています。絵本「ウォーリーを探せ」や安野光雅さんの「旅の絵本」を思い起こさせるような緻密さが好きなのですね。

今回ご紹介するのは、昨年春に東京都美術館で開催された美術展と連動して発行された一冊です。細かいディテールまで描かれたブリューゲルの作品をどのように鑑賞すべきか。この本を読めばそのポイントがわかるようになっています。

たとえば「農民の婚宴」には料理も描かれていますが、解説によれば、それはオランダの伝統的なシチュー「ハシェイ」と考えられるそうです。一方、「バベルの塔」を今の日本に出現させると、東京スカイツリーの634メートルに匹敵するのだそうです。なかなかの圧巻です。

ブリューゲルの作品には聖書の題材も多く登場します。たとえば「サウルの自害」は旧約聖書の「サムエル記」から、「東方三博士の礼拝」も「マタイ伝」から来ています。絵画の解説をきっかけに、聖書を紐解いてみる。できれば英語と日本語を照らし合わせながら聖書を読んでみると、大いに勉強になります。お勧めです。


第354回 原稿?万能ではありません

通訳の仕事というのは事前の準備がすべてです。業務を依頼された時点で仕事は始まります。たとえ当日まで数か月・数週間あったとしてもです。頭の中はその業務のキーワードを常に掲げ、関連する情報を手に入れながら日々を過ごすことになります。当日まで緊張感が続くことになるのですが、逆に私にとってはそれが心地よいのですね。限られた時間でどれだけ勉強をし尽くせるか、どれぐらい内容を自分の血肉にできるかを考えながら当日を迎えます。

満を持してその日となればベストです。ただし、いつもそうとは言えません。他の用事で思ったより準備ができなかったり、途中で息切れしてしまったりということもあります。それでも準備は準備です。泣いても笑っても通訳当日は来るのですよね。

運が良ければ直前に話者の読み原稿をいただけることもあります。これは本当にありがたいです。大きな会議の際、登壇者もぎりぎりまで演説原稿を練るものです。それを通訳者にお分けいただければ、私たちも準備ができます。たとえ開始数分前でも、参考になるものがあることは、より良いパフォーマンスにつなげられるのです。

私もこれまでそのような恩恵にあずかったことがあります。「英文の演説原稿は一切ありません」と事前に言われて覚悟を決めていたところ、「完成しました!」と通訳ブースに届けられたこともありました。しかも主催者の計らいで和訳も付けて手渡されたこともあったのです。これには感動します。誰もが忙しい中、より良い会議にしていこうという思いを皆が心に抱き、尽力してくださっているのですよね。

こうして英文と和訳が届けられた際、開始時間までの集中力がものを言います。まずは原文と日本語を突き合わせながら確認します。私が意識するのは「音読」です。他に通訳者がいる際には配慮して声こそ出しませんが、口パクで読むようにしています。まずは英文を1文読み、それに相当する和訳を読む。読みづらい日本語にはフリガナをつけ、発音に自信がなければ電子辞書に搭載されているアクセント辞典で確認です。たとえばキリスト教用語に「御名」「贖罪」などがありますが、読み間違える可能性があれば、「みな」「しょくざい」とカナを振るのです。さらに「み」「しょくざい」という具合に、アクセントを置く箇所をマークします。「知っている単語」が必ずしも「声に出せる単語」とは限らないのですね。神経を使います。

ここまで準備できれば、あとは本番を待つのみです。ご本人がこの原稿に沿ってお話しなさることを願うばかりです。ところがところが、スクリプトから外れることも少なくありません。開始直後は原稿通りであるものの、途中から即興で話すこともあり得るのです。実際私自身、それを何度も経験しました。「よーし、いただいた日本語和訳を丁寧に読んでいこう」と張り切っていても、演説途中から「え?今、原稿のどこ?違うこと言ってる!もしかしてアドリブになった?」となるのですね。

このようなときに大事なのは、とにかく慌てないこと。堂々と日本語訳原稿を読んできた分、心が焦れば声も上ずります。テンポも崩れてしまうのです。けれどもそれをマイク越しにお客様に感じさせないのもプロとして求められます。アドリブ時にはまずイヤホンから入ってくる英語音声に集中し、同時通訳に専念することなのです。焦る心をおさえて最善を尽くすべく同時通訳を行う。それと同時に、ご本人が原稿に戻ってくる可能性に備えて目は原稿を追っていくのです。演説者の表情を見つつ、耳で英語の演説を聞き、口からは日本語を同時通訳をしつつ、時折、目を原稿にやり確認する。そのようなことをブースで行います。つまり、「原稿=万能」ではないのです。

わずか10分15分の演説であっても、このような状況下に置かれると、心も体も相当緊張してきます。座り仕事ではあるものの、終了時にはグッタリです。私など、フルマラソンを走ったかのような(実際、走ったことはないのですが!)気分に襲われます。ゆえに、通訳者の「次の業務」は体のメンテナンス。行きつけの鍼灸サロンへ駈け込んでは、じっくりとほぐしていただいています。特に首、肩甲骨、背中、鎖骨、こめかみと頭の筋肉はガチガチになりますので、緩ませなければなりません。心身のケアも仕事の一部です。

(2018年5月21日)

【今週の一冊】
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"London's Secret Tubes" Andrew Emmerson, Tony Beard著、Capital Transport Publishing, 2007年

2月にロンドンへ出かけました。折しも現地は数十年ぶりの大雪!八甲田山の小説のごとく、雪中行軍に勤しんだ旅となりました。しかも観光オフシーズンにも関わらず、市内は旅行客であふれていましたね。どこへ行っても人、人、人でした。

人混みが苦手な私にとって、観光名所めぐりは今一つ気乗りしません。はるばる日本から出かけたのですから、知的好奇心を満たせることがしたいと思いました。偶然見つけたのが、ロンドン交通博物館が主催していたウォーキングツアー。テムズ川南部にあるClapham South駅の地下トンネルを歩くというものでした。

実はロンドン市内には戦時中、防空壕として使われたシェルターがいくつか残されています。Clapham Southもその一つ。階段を180段降りると、8本のシェルターがあります。戦時中の話をガイドさんから聞きながら歩くツアーは実に興味深かったですね。避難所としてだけでなく、戦後はカリブ海からの移民受け入れ施設に、そしてロンドン博覧会が行われた際には旅行客の宿泊所にもなったそうです。

今回ご紹介するのは、このような地下シェルターに関する一冊です。本書は総括的なもので写真も説明も豊富。巻末索引も充実しており、図鑑として活用できます。ロンドンには他にも連合軍が司令部として使ったシェルターや、BBCが戦時中の放送中断を避けるために造った地下施設もあります。第二次世界大戦について地下シェルターという観点から知ることのできる興味深い一冊です。



第353回 理念を頭に入れる

BBCで放送通訳を始めたころ、クリケットのワールドカップがありました。当時はインターネットもさほど普及しておらず、日本語で用語やルールを調べようにも難しい状況だったのです。そもそものルールがわからない中、同時通訳をせねばなりません。ずいぶん難儀しましたね。

そのときとった方法は、いわば「力技」です。対戦チームの勝敗だけ把握しておき、あとは優勝インタビューであれば勝者の喜びを念頭にそれらしく、敗者インタビューは負けて悔しいという思いを頭の中に描きながら通訳しました。あとは聞こえてくる単語と単語をつなぎ合わせて、何とか辻褄を合わせていたのです。今にして思うと冷や汗ものです。

とは言え、この方法が完全に間違いとは思いません。なぜなら通訳者は「話者の立場」を把握したうえで訳さねばならないからです。アメリカ大統領選で候補者を応援する人のインタビューの場合、共和党か民主党かを押さえたうえで訳す必要があります。環境問題しかり、紛争の和平交渉しかりです。「この人はどちら側の意見なのか?」を番組内で瞬時に把握していくのです。画面に出てくる名前と肩書、プレゼンターの紹介文などが頼りです。

立場さえつかめれば、あとはそれに大きく反れないことを念頭にすれば、聞き取り自体に集中できます。「この人のめざすところはどこか」をとらえることが大事なのです。

これは通訳に限らず、仕事全般において大切だと私は感じます。たとえば教育者の場合、目の前の生徒に何を教えたいかだけでなく、クラスや学年の目標を常に意識すれば、日々の授業に反映できます。さらに現在の学校目標や建学の精神、学是など、大きな視点に立つことで、どういった生徒を卒業させ、社会に送り出すかも見えてくるでしょう。

さらに鳥瞰図的にとらえれば、日本がどのような次世代を輩出し、国を支える人づくりにするかも考える必要があります。もっと広げれば、東南アジア、アジア太平洋、地球規模でどのような人が社会を支えるべきかとらえるべきです。「そのために自分は今、目の前の生徒たちに教えているのだ」ととらえれば、教える仕事も非常に責任重大であり、やりがいのあるものと改めて気づけるでしょう。

会社も同じです。日々の仕事が辛くなったら、所属チームや部の目標を見直したり、企業理念を確認したりすることで方向が見えてきます。会社のモットー、業界の目標、日本国内における位置づけ、世界にその業種がどのように貢献できるかを考えるのです。

このような視点に立つことができれば、自分がたとえ巨大組織の歯車のように思えたとしても、自身の仕事に大きな意味と意義が見いだせるはずです。自分が組織を、そして社会を支えているのだというプライドは人を前進させてくれます。

ずいぶん前に私は非常に難しい学術会議の通訳を仰せつかったことがあります。専門家の方々ばかりが参加するセミナーで、予習量が膨大でした。「これほどの専門用語は日常生活でお目見えしないのに」と、その難解さに音を上げたほどです。けれども自分が通訳をすることにより、その分野の学説は国際的に共有されることになります。そして専門家同士が交流を図れるのです。それがいずれは一般市民に還元されるのですよね。そう考えると、自分も微力ながら社会の一部を支えていると思えます。

近視眼に陥りそうな時ほど、理念を見直してみることが大切です。

(2018年5月14日)

【今週の一冊】
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"Made in North Korea: Graphics From Everyday Life in the DPRK" Nicholas Bonner著、Phaidon、2017年

2月にロンドンへ出かけました。オフシーズンなのに街中は人だらけ。人気の博物館も人混みが予想されました。そこで穴場ギャラリーを探したところ、キングス・クロス北側の再開発地域にあるミュージアムを発見しました。House of Illustrationです。

そのとき開催されていたのが"Made in North Korea: Everyday graphics from the DPRK"です。北朝鮮のポスターやパッケージデザインなどのオリジナルが多数展示されていました。なかなかお目にかかれないアイテムばかりです。

展示会ではプロパガンダ・ポスターだけでなく、漫画やコンサートのパンフレット、機内グッズなども見られました。雰囲気としては昭和時代の日本という感じです。デザインはとても精巧で、芸術的にも味わい深いものでした。

今回ご紹介するのは、その展示会の内容がすべて網羅された一冊です。著者のBonner氏はイギリス出身。景観設計を専攻し、中国建築に魅了されて中国へと渡ります。そこで友人と北朝鮮向けの旅行会社を興したそうです。その後、シェフィールド大学での指導ポジションをオファーされたものの断り現在に至る、と前書きには書かれていました。

本書をめくると北朝鮮のデザインがオールカラーで味わえます。南北首脳会談も開催され、米朝首脳会談への期待も高まる今、政治とは別に一般の人々の生活を垣間見られる「デザイン」に注目するのもお勧めです。



第352回 わかりやすく伝えるには

まだ実家に暮らしていたずいぶん前のこと。今ほどヨガやピラティスなどが流行していない時代でした。ある日突然、「ヨガをやってみたい」と思い立ったのです。そこで通っていたジムのヨガ・レッスンを受けてみました。

おそるおそる出てみると、参加者は昔からの常連さんばかり。私はスタジオの後ろ端にひっそりと場所を確保しました。緊張しながらのレッスン開始です。

先生は長年教えていらっしゃるらしく、ヨガの知識が豊富。ためになるお話もたくさんしてくださいました。ただ、私には最後までモチベーションが今一つ上がらないレッスンだったのです。

その理由は「専門用語」でした。具体的にはヨガのポーズ名です。経験者の方々はカタカナのポーズ名だけで動くことができます。一方の私は全くの初心者。手や足をどの順番でどう動かせばよいかわかりません。ヨガの場合、いつもスタジオ前方を見ながらポーズをとれるとは限りません。下や後ろを向いたまま、新たな動きが加わることもあるのです。よって、「手を動かして」「お腹に力を入れて」「そのまま左足を後ろに」などと言われた方が動きやすいわけです。そのクラスは「初心者OK」と銘打ってはいました。しかし、私にとってはレッスンの終わりまでハテナマークが頭の中に浮かんだままでした。

それからしばらくして別の先生のレッスンに参加しました。同じく初心者向けです。このときは全く異なる印象を抱きました。なぜならその先生は難しい外来語ポーズ名は最小限にとどめ、どの筋肉を意識すべきか、今何に集中すべきかをわかりやすく説明してくださったからです。スタジオ前方の先生が見えなくても、耳から聞くだけで動きについていくことができました。レッスン終了時は「やった~!」という達成感で満たされたのです。

どのようにすればわかりやすく伝わるか。

これは誰にとっても考えるべき課題だと思います。先日読んだ文献でも、話が伝わらないのは聞き手ではなく話し手に非があるとありました。難しいことを相手に理解してもらえるように話すことは、話し手の責任なのです。東京外国語大学の岡田昭人教授も「jargonや難しい語は使うべきでない」と著書で書いておられます(「オックスフォード流 自分の頭で考え、伝える技術」PHP研究所、2015年)。

特に通訳業に携わる者にとって、これは大変重要です。なぜなら聴衆は耳から入ってくる音声だけが頼りだからです。「コーギ」が「講義」「抗議」「広義」なのか、「ブソーホーキ」が「武装放棄」「武装蜂起」のどちらかと言ったことを明確にせねばなりません。

フリーで通訳の仕事をしていると、毎回さまざまな仕事が舞い込みます。そのたびにいわば「にわか専門家」に一日も早くなれるように私たちは準備を進めます。限られた時間の中でリサーチをしていると、どうしても表面的な理解にとどまってしまうこともあるのです。

猛勉強と予習の結果、本番では確かに英単語を聞いて瞬時に訳語は飛び出すでしょう。けれども本質的な内容を深く理解しないままであれば、うわべだけの通訳に終わりかねないのです。

だからこそ、事前準備からはもちろんのこと、業務終了後も自分のパフォーマンスをしっかりと反省せねばと感じます。さらにオフシーズンのときにはなるべく多様な分野のトピックに触れるよう心がけます。その積み重ねがお客様にとって「より聞きやすいアウトプット」につながっていくのです。

(2018年5月7日)

【今週の一冊】
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「中銀カプセルタワービル 銀座の白い箱舟」 中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト編著、青月社、2015年

建築関連の本が好きで、書店や図書館などで見かけるとつい手にしてしまいます。建築学に詳しいわけではありませんが、外観の美しさや内装デザイン、建築家の思いやそこに暮らす人の生活などに興味があるのですね。時代により建築スタイルも変化しています。古くからある建造物を目にすると、世界や日本の大きな流れを感じます。

今回ご紹介するのは銀座にある「中銀(なかぎん)カプセルタワービル」をテーマにした一冊です。箱の一つ一つがポコッと飛び出している独特の外観です。その独創性あふれるデザインは、道行く人を立ち止まらせる魅力があります。

この建物はオフィスビルではなく、東京の一等地に建てられた集合住宅です。設計は黒川紀章氏。竣工は1972年、メタボリズム様式の代表作品です。

ページをめくるとここに暮らす人たちが紹介されています。丸窓はまるで豪華客船のよう。しかも室内の面積はわずか10平方メートル!このカプセルは滋賀県の工場で作られ、一つずつトラックで運ばれてきたそうです。1970年代当時の内装で生活している方たちもおり、カラー写真からはレトロな雰囲気が醸し出されています。

10年ほど前に建て替えが検討されたものの、結局、そのままの形を残すこととなった中銀カプセルタワービル。カプセルの一つは2012年に埼玉県立近代美術館へ寄贈されました。緑豊かな北浦和公園の中に設置されています。



第351回 「支える」ということ

先日のこと。とある音楽関連のイベントに出かけてきました。特別ゲストあり、トークありの楽しい企画でしたね。プログラムの最後には演奏もあり、大いに盛り上がりを見せた夕べでした。

その演奏グループの中の一人は私の小学校時代の同級生でした。もうずいぶん前の同級生ということになります。ずっと音信が途絶えていたのですが、プロミュージシャンとして活躍していることは、風の便りで聞いていました。そして今回、思いがけずその舞台を見ることができ、改めて小学校時代を思い出したのでした。

過日も放送通訳で出入りしているテレビ局においてちょっとした発見がありました。局内の人事異動告知が壁に掲示されていたのです。そこには昔のクラスメートの兄弟の名前がありました。珍しい名前でしたので、すぐにわかりましたね。今は某国の特派員として活躍しているようです。

私は小学校から中学校にかけて4回転校しています。「幼なじみ」と言える人はいません。オランダやイギリスで通った現地校の友人とも疎遠になりました。しかもロンドンの学校に至っては、10年前に近所の学校から吸収合併され、100年以上続いた校名もなくなっています。それだけに、私にとっては数少ない日本人の友達が今、世界のどこかで活躍している様子を見るのは、大きな励みなのです。

子どものころは「社会の一員としての自分」など想像すらしていませんでした。友達と笑ったりけんかをしたり、勉強で苦労したりということだけが自分の世界のすべてだったのです。けれども人間というのは、幼少期に自分が得意としていたことや好きなこと、さらに経験などが後の「自分の仕事」に到達するのだと私は思います。

「人の一生は長いようで案外短い」と最近私は感じます。ついこの間、大学を卒業して社会人になったように錯覚してしまうのです。けれども卒業時から今まで働いてきた年月よりも、定年への月日の方が今や短くなりました。もっともフリーランス通訳者に厳密な定年はありませんし、人生100年とさえ言われる時代です。どのように自分は生きるか、改めて考えさせられています。小学校時代の数少ない友が社会で活躍している姿を見ると、まだまだ自分も努力の余地があると感じます。

以前、ある講演会で登壇された方が、「世界のどこかを支える人になる」ことの大切さを唱えておられました。人にはそれぞれ与えられた役割があります。ゆえに誰もが社会の、そして世界のどこかをサポートしているのですよね。これは有名になるとかリーダーシップを発揮することとは違います。自分にしかできないことを誠意をもって取り組み、社会に貢献することだと私は思います。

2年前に亡くなられた福祉活動家の佐藤初女先生も、「奉仕はさりげなく、振り向きもしないで」と生前おっしゃっていました。社会を支えるということ。世界を支えるということは、そのようなことなのですよね。

平均寿命が延び、「人生100年時代構想」と言われるからこそ、私も自己研鑽を怠らず、心身の調子を整えて社会のお役に立てるよう、歩み続けたいと考えています。


(2018年4月23日)

【今週の一冊】
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「中国語通訳トレーニング講座-逐次通訳から同時通訳まで」 神崎多實子、待場裕子著、東方書店、2016年

出講先の大学図書館が好きで、授業後には必ず立ち寄ります。真っ先に向かうのは新刊本コーナー。書店ほどの速さで入荷するわけではありませんが、それでも数か月前に発行された書籍が大学図書館のこの棚には並んでいます。ありがたいことです。

私の場合、本業が通訳ですので、「通訳」「翻訳」「語学」「英語」などの語が並ぶ書籍は要チェックです。もちろん、今の時代はこのトピックを網羅した書籍がたくさん発行されています。ゆえにすべてに目を通すことはできませんが、アンテナにかかったものだけは丁寧に読むよう心掛けています。

今回ご紹介する本も、そのような一冊です。中国語は全くわからないのですが、通訳訓練の方法や通訳者としての心構えを知るため、手にとりました。本書は自主学習する上でも取り掛かりやすい構成になっており、実践問題もたくさん紹介されています。めくるごとに「中国語がわかったら楽しそう」という思いを抱ける本です。

シャドーイングの効果や方法、サイトトランスレーションなど、中国語以外を専攻する人にも役立つ情報が満載です。また、巻末には質疑応答形式で通訳業に関する説明もあります。エージェントとの関わり方、休暇中に通訳者はどのように自己研鑽をするのかなど、読んで楽しい内容です。中国語がわからなくても通訳業そのものに興味がある方にぜひお勧めしたい一冊です。



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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者。獨協大学・順天堂大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。 「放送通訳者・柴原早苗のブログ」 http://sanaeshibahara.blog.
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