HOME > 通訳 > 通訳者のひよこたちへ

放送通訳者直伝!

第327回 やりたくないことから

数年前、とあるセミナーに参加しました。時間管理術に関するものです。私は昔から手帳や時間術に興味があります。一日に渡る講習は、私にとって大いに刺激的な内容でした。

中でも興味深かったのは、すべてのタスクを緊急度と重要度に分けるという点でした。具体的には「緊急」「緊急でない」「重要」「重要でない」とチャート化します。そうすると「緊急かつ重要」「緊急でないが重要」「緊急だが重要でない」「緊急でも重要でもない」と4分割されるのですね。物事をこの4つに当てはめ優先順位をつけ、「自分は今、何をすべきか考える」というのがこのセミナーの趣旨でした。

以来、私もこの理念を念頭に日々どのように過ごすべきかを考えながら暮らしています。本来であれば、「緊急でないが重要」という部分、すなわち勉強や読書など将来の自己投資こそ大事になるはずです。けれども私の場合、つい「取り掛かりやすく楽なものから」という思いが浮上してしまいます。すなわち「緊急だが重要ではないこと」を「今すぐやらなくちゃ!」と錯覚してしまい、それらをせっせとおこなってしまうのです。取り組みやすいがゆえに、そして「緊急度が高い」という部分があるがゆえに、完了後の達成感も一見高くなります。そして結局、本来やるべきことが二の次になってしまうのです。

ではどうすべきでしょうか?

試行錯誤を経た末、最近私は次のように考えています。

「緊急かつ重要かつ一番ニガテなことを最初におこなう」

自分にとって最も不得手なこと、一番やりたくないことを他の何よりも優先順位が高いと言い聞かせて取り組もうと考えるのです。

以前の私は「緊急かつ重要かつ得意なこと」を始めにおこなうことでリズムと勢いをつけ、その後に苦手なことをしていました。タタッとできることをやればどんどんはかどりますし、達成項目も増えます。そうすればじっくりと腰を落ち着けて難しいタスクにも取り組めると思っていたのです。

けれども私の場合、これではうまくいかないと思うようになりました。と言いますのも、どれだけ得意なことをさっさとしていても、頭のどこかで「ああ、これが終わったらあのニガテなことをやらなければ」という負の意識が常にあったのですね。そして次第に「この得意作業が終わったら、次はあの大変なタスクかぁ。うーん・・・」と気分もどんよりしてきます。

そしていよいよ苦手項目を残すだけとなった段階で、「あ、やっぱりあれもやらなきゃ!」と別のことを思い立ち、「緊急だが重要でない項目」をやってしまうのです。苦手なことに取り組まない自己正当化にほかなりません。

自分の習慣を変えるのは簡単ではないでしょう。何歳になっても、これは日々の訓練あるのみです。だからこそ「一番嫌なこと」にまずは取り組めば、「これが終わると、あの得意項目に取り掛かれる!」とむしろ思えるようになります。好きなことを次のご褒美にとっておき、何はともあれ不得手項目に着手すべきだと思っているのです。

まだまだ実践途中です。自己トレーニングは続きます。

(2017年10月16日)

【今週の一冊】
hiyoko-171016.jpg

「廃墟遺産 ARCHIFLOP」アレッサンドロ・ビアモンティ著、高沢亜砂代訳、エクスナレッジ、2017年

どうも世の中には「廃墟」が好きな人と嫌いな人がいるようです。私の周りにも「え?廃墟?不気味だからノーサンキュー」「廃線跡や古いトンネルは勘弁」という人がいます。私は廃墟や古いものに興味があり、そうした写真集やインターネットのページなどをよく眺めます。実際に現地を訪れて見学するのが安全上難しい分、余計関心が高まるのかもしれません。

今回ご紹介するのは、世界中の廃墟を厳選して集めた一冊です。表紙を飾るのはガリバー。こちらは山梨県にあった「富士ガリバー王国」です。巨大なガリバーが横たわったまま今は閉園し、廃墟と化しています。このテーマパークはかつての上九一色村に造られ、オウム事件もあったことから来園者数が伸びず、2001年に閉園しました。

他にも幻の地下鉄駅(ベルギー)や、イギリスの東側沖合いにできた自称「国家」のシーランド公国、建築途中で中断したニュータウンなど、様々な場所が写真つきで紹介されています。不気味と言えば不気味なのですが、軍艦島のようにかつて人々の生活が営まれていた場所などが廃墟となった様子を見ると、複雑な思いに駆られます。生活道具を残したまま住み慣れた場所を離れるにあたり、当事者はどのような気持ちだったのだろうと思うからです。

そう考えると、今、戦争下にある人たちは、まさにそれを体験していることになります。鑑賞対象として「廃墟」に魅せられる一方で、家も財産も失い、命からがら逃げる人が今この瞬間、世界のどこかにはいます。そのことを忘れてはならないと感じます。


第326回 なかったことに?

デジタル時代全盛期の今でも、私は紙新聞が好きで日経新聞を自宅購読しています。たいていポストに入るのは午前4時過ぎ。早朝シフト勤務の日、私は3時半に起床しますので、身支度をしていると玄関から「ストン」という音が聞こえてきます。半径数メートル以内で目を覚ましているのは、私と配達員さんだけなのではと思うと、朝の静寂さがより感じられます。

ところが先日のこと。なぜか4時半を回っても新聞が入っていませんでした。大きな事件が発生した際、新聞印刷が追い付かないときは配達も遅れるのですが、ラジオニュースを聞く限り、至って平穏な感じです。「今日だけ遅いのかしら?」と思ったものの、その後数日、遅い配達が続きました。ルートが変わったのか、何かしら事情があったのでしょう。

そう思いながら過ごしていたところ、なんと先日は日経新聞ではなく、別の新聞が入っていました。販売所に電話をしたところ、こちらが申し訳なく思うぐらい店長さんは謝罪なさっていました。ついでに配達時間について少し尋ねたところ、勤めていたスタッフさんが退職され、少ない人数で回しているとのこと。新聞配達の仕事は本当に大変です。店長さんにとって少しでも状況が好転されればと思います。

さて、件の誤配ですが、その別の新聞には広告が挟まっていました。日経新聞にはチラシが一切入らないので、分厚い広告を手に取るのは久しぶりです。近所のスーパーや大手通販、不動産広告(←実は眺めるのがとても好きです)などのチラシが入っているはずですので、久しぶりに一枚一枚めくってじっくり見たいなあと思いました。

「でも・・・」と思い直したのは次の瞬間でした。その日、私は大きな仕事を夕方から控えていたのです。まだ準備は終わっておらず、家族を送り出した朝食後に急ピッチで予習をしようと思っていたのでした。「さあ、勉強しよう!」と思っていた矢先に、新聞チラシの存在を発見したのです。一方、心の中からは「せっかく届いたチラシなのだし、ちょっとの時間で済むのだもの。見ても罪にはならないのでは?」という思いも浮上しています。チラシの束を前にして「うーん、どうしようかなあ」としばし悩みました。買い物時で悩むならともかく、対峙するは「チラシ」です。真剣に悩んでしまうこと自体、振り返ってみると自分でもおかしくなります。けれどもその時はかなり本気でした。

そして結局、私が出した結論は「見ないでそのまま古紙回収袋へ処分する」というものでした。普段はチラシのない生活をしているのです。もともと「無い」状態で暮らしているのですから、件の束も「我が家に来なかったこと」にすれば良いのです。なまじ来てしまったがゆえに悩んだのであり、もともと手元に届かなかったと思えば、失うものは何もありません。

そのようなことを考えていてふと思い出したのは、とある栄養補助食品の広告でした。電車内で見かけたのですが、確かキャッチコピーが「食べなかったことにする」という文句です。過食してしまっても、そのサプリメントを飲めば脂肪分解が促されるという商品だったと記憶しています。

今回私は自分の仕事準備時間を確保するために、見なくても済むチラシの誘惑に踊らされずに何とか済みました。「なかったこと」にすれば、悔いも少ないものです。そう考えると、モノも情報も、このようにして思い切って選別できるのではないかと感じます。なまじ大量の情報が手に入る時代だからこそ、迷ってしまうからです。たとえばどのレストランへ行こうか考えたとき、口コミサイトを眺め始めて、結局決めあぐねてしまうということが私にはありますし、書籍を買う際にも、つい星の数を確かめてしまいます。そうして時間だけがどんどん過ぎてしまい、一歩も行動に至らなかったということがあるのです。

必要以上に情報を仕入れない。タダで頂いたおまけなども、今の自分に不要なのであれば、最初からもらわなかったことにして思い切って処分する。

そうした潔さも必要だと痛感しています。

(2017年10月10日)

【今週の一冊】
hiyoko-171010.jpg
「ところで、きょう指揮したのは?秋山和慶回想録」 秋山和慶・冨沢佐一著、アルテスパブリッシング、2015年

本書にありついたのも、五月雨式読書によるものでした。私が敬愛する指揮者、マリス・ヤンソンス氏はお父様も著名なマエストロで、アルヴィド・ヤンソンスと言います。アルヴィド氏は今の東京交響楽団を育て上げた人物としても知られており、そのアルヴィド氏について色々調べていたところ、東京交響楽団の歴史を知ることとなったのです。楽団の発展に尽力したのが当時の楽団長の橋本鋻三郎氏でした。 

ところが楽団はその後、資金繰りに苦しみ始め、橋本氏は責任をとって入水自殺してしまうという悲劇に見舞われます。それを知ったアルヴィド氏はたいそう悲しみ、後に来日して追悼公演をおこなったのでした。こうしたエピソードを別の書籍で読み、橋本氏についてもっと調べたいと思っていたところ、巡り合ったのが今回ご紹介する一冊です。

秋山氏の師匠は桐朋学園大学の礎を作った斎藤秀雄先生です。小澤征爾さんは秋山氏の兄弟子にあたります。弟弟子は尾高忠明さん、秋山さんの弟子には大友直人さんなどがいらっしゃいます。音楽好きにとっては、著名な方の名前がたくさん出てきます。

中でも印象的だったのは、音楽や後進の指導に対する秋山氏の姿勢でした。たとえば、わかるように教える大切さや、教える際には決して怒らず紳士的であることなどが具体的に綴られています。また、弟子たちには「音楽によって名声を求めようとしてはならない」「仕事は天から与えられるものだ。よけいなことは神様にお預けして、ひたすらいい音楽を求めろ」ということを繰り返し説いておられるそうです。

タイトルの「ところで、きょう指揮したのは?」の由来ですが、これは秋山氏いわく、聴衆がコンサート終了後、「ああ、良いコンサートだった。で、指揮したのは誰だったっけ?」と言われるぐらいがちょうど良いのだそうです。これは通訳者に通じますよね。通訳者が目立つのでなく、あくまでもメッセージをお客様に聞いていただくこと。その伝達者であるべきだと私も感じます。



第325回 Please, not now!

共働きを続けてきましたので、子どもたちは赤ちゃんの頃から保育園でした。長男はイギリス生まれ。イギリスの保育料は日本と比べ物にならないほど高額です。日本のような認可・認可外といった区分はなく、政府の認定を受けた民間の保育園と、「チャイルドマインダー(保育ママさん)」宅に預けるという2通りがありました。テレビ局は土日も出勤でしたので、平日は保育園、土日は保育ママさん宅で息子を見ていただいていましたが、やがて高額保育料が原因で夫婦の貯金が底を尽きてしまい、後先考えずに帰国したのでした。

日本に戻ってからも保育園のお世話になりました。イギリスと比べれば良心的な価格できめ細やかに養育していただき、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。ただし唯一大変だったのは「37度の壁」、つまり「お熱出ました迎えに来て下さい」連絡でした。イギリスの保育園は日本と比べて検温はほとんどなく、具合が悪そうになったら連絡が来るという感じです。よって帰国後、仕事中に携帯電話がなると「すわ、お迎えコール?」と心臓がドキドキしましたね。

しかも「お願い!今日だけは勘弁して」という時に限って、子どもは体調を崩したりしたのです。大きな会議を控えてどうしても予習をしなければという日に、「お熱出ています」「ケガしました」などの電話がかかってきたのですね。マーフィーの法則ではありませんが、"Please, not now!"と内心叫んだものでした。

幸い今はティーンエージャーになり、そうした連絡は以前ほどかかってこなくなりました。けれども面白いもので、「困難」が一気に重なることがあります。たとえばここ2週間で我が家は以下のことに直面しました:

(1)義父母宅の駐車場へ車を入れ、自動シャッターを閉めた途端、シャッターが閉まったまま故障。再度開けることができなくなる
→車を出せなければ、翌日の仕事に差し支えることに。しかもその日は台風!→幸いメーカーのスタッフが1時間以内に来宅。とりあえず開けることはできた

(2)ささいなことで子どもと意見不和
→あのタイミングで私が注意したがゆえに険悪に。ヤレヤレ・・・。

(3)給湯器が故障
→突然のお湯シャワー停止。仕方なくお風呂のお湯だけでその日は入浴。ところが追い炊きも自動給湯もその後すぐに全滅→修理担当者来宅まで数日。いったん給湯器復活→その日の夕方再度故障

とこのような具合です。

幸いなことに私たち夫婦はイギリスで水回り故障には慣れていました。現地の建物は古く、配管も年季が入っていてどうしても壊れやすいのですね。私など一度、ロンドンのアパートでお風呂のお湯をためていたら止まらなくなり、あやうくグリム童話の「おいしいおかゆ」状態になったこともありました。「修理を頼んだのに来なかった」など珍しくありません。 "How to write complaint letters"といった類の本には、配管工事会社宛の「苦情の手紙ひな形」が掲載されていたほどです。

そうした当時の大変な経験があったことを考えれば、今、自分が直面しているピンチも「ま、こんなものよね」と思えてきます。渦中にいるときはついアップアップしてしまいますが、いざ、放送通訳現場で世界の悲惨なニュースを訳すと、ささいなことで文句を言いがちになる自分が恥ずかしくなります。「住む家がある、食べるものがある、家族も今日一日無事に過ごせた」ということが、どれほど感謝すべきことなのかと思うのです。

(2017年10月2日)

【今週の一冊】
hiyoko-171002.jpg
「マーラーを語る 名指揮者29人へのインタビュー」 ヴォルフガング・シャウフラー著、天崎浩二訳、音楽之友社、2016年

マーラーの交響曲第1番。この曲はずいぶん前に所沢のコンサートホールで聞いたことがあります。オランダのコンセルトヘボウと指揮者マリス・ヤンソンスの組み合わせです。開演前、ホール近くのコンビニで買い物をしていたところ、偶然にも楽団員数名と居合わせました。いずれも燕尾服姿です。開演に間に合うのかしらと思っていたところ、1曲目で出番はなかったのでしょうね。休憩後のマーラーでその楽団員さんたちが登場しました。打楽器パートの方でした。

そのとき聞いたマーラーの美しさは今でも忘れられません。特に第2楽章の弦楽器の音色はそれまで耳にしたこともないような、たとえて言うならビロードのような質感のものでした。オーケストラによって、そして指揮者によって、音色というのは変わるのですね。以来、私にとってマーラーの曲は特別なものとなっています。

今回ご紹介するのは、29名の指揮者たちが語るマーラー像です。ヤンソンスを始め、新進気鋭のドゥダメルや大ベテランのアバード、マゼールやメータなどが登場します。著者のシャウフラーはウィーンで音楽学を修めています。指揮者たちへのインタビュー項目は「マーラーとの出会い」「マーラーの曲のリハーサル方法」「楽器の配置」など多岐に渡ります。どの指揮者もそれぞれの答えがあり、興味深い一冊です。

マーラー好きな方はもちろんのこと、往年の指揮者たちのマーラー観がこの一冊から吸収できます。書籍サイトや図書館などの検索画面ではすべての指揮者の名前があいにく網羅されていないのですが、音楽に興味のある方にはぜひ一読していただきたい一冊です。 


第324回 アンケートのこと

最近は色々な場面においてフィードバックを得ることが容易になりました。近年は技術の発達により、多様なグッズがお目見えしています。たとえばセミナー会場では、トークを進めながら参加者が専用リモコンのボタンを押すことにより、講演者が即座に意見を集めることも可能です。集約したデータはすぐにグラフ化されるタイプも出ています。リアルタイムで反応を確かめられますので、臨場感あふれる内容になりますよね。

一方、従来の紙版アンケートの実施は今なおよく用いられています。講演内容はもちろんのこと、通訳パフォーマンスについての質問が盛り込まれているケースもあります。「今日の通訳は聞き易かったですか?」といった質問です。

デビューして間もないころ、講演主催者がセミナー終了後に、集まったアンケート用紙を見せて下さいました。回答用紙の大半は、私のパフォーマンスに好意的な反応でしたが、中にはそうではないものもありました。マイノリティの意見とは言え、こうした反応は正直、こたえましたね。しかも、私としてみれば「何をどう改善したらよいか」が手探り状態でしたので、ただ単に「わかりづらかった」に丸が付いていても、どうして良いか困ってしまったのです。せめて自由記述欄に「もう少しゆっくり訳してくれれば、聞き易かった」や「専門用語をかみ砕いてくれれば理解できたと思う」などのように、具体的にアドバイスが書かれていればありがたいのに、と思ったものでした。

ちなみに私はスーパーなどの店頭に置かれている「お客様アンケート」の掲示板をよく見ています。寄せられた意見に対してお店が回答を寄せているのですが、それらを読むたびに、世の中には色々な意見があるのだなと改めて感じます。

お店への感謝やお褒めの言葉がある一方で、怒りにまかせて(?)乱暴な文字で書かれた苦情もあります。そうしたものにも、ひとつひとつお店側は丁寧に回答しているのですね。それを見ると、お店の誠意ある態度に頭が下がります。

ただ、よくよく読んでみると、苦情の多くは「その場で」「その当事者に」「直接伝えること」で、解決できたようにも思えます。勇気を持って丁寧に相手に話しかければ、きっと話もこじれず即座に進展するように感じられるのですね。そうすれば、言われた当事者もその場で気づくことができますし、苦情を申し立てた本人も、それ以上怒りをため込まずに済んだことでしょう。

もしその場で対処しなかった場合、来店客側も時間の経過とともに不満を蓄積することが考えられます。ひどい場合、それが怒りとなって矛先を探し、挙句の果てにお客様アンケートに書きなぐる、という展開になりかねないわけです。きつい言葉で書かれたスタッフ側にしてみれば、自分を守りたくもなるでしょうし、時間が経過していれば、そもそもそのことを思い出せない、ということにもなりかねません。

アンケートというのは、建設的な形であれば非常に効果があると思います。アンケート回答者も実施者も、意見を元に、より良い状況を作っていけるからです。けれども、最近は匿名を逆手にとり、心無い文言を書き連ねるケースが少なくありません。これでは書かれた方も心を閉ざしてしまい、書いた方は結局自分が求めるものを得られずじまいとなり、進歩は期待できなくなってしまうのです。

私はアンケートというもの自体、実名であるべきだと考えています。どうしても匿名にということであれば、回答する側も節度あるスタンスで臨むべきだと思います。アンケートのそもそもの目的が、「現状からの改善」という趣旨であるはずです。単なるストレスのはけ口であってはならないと私はとらえています。

お互いが状況をより良くしようという思いがあれば、物事は進展し、進歩していきます。名目だけのアンケートであれば、実施の意味がありません。そう考えると、「アンケート」に対して、実施者も回答者も大きな責任を感じなければならないと思うのです。

(2017年9月25日)

【今週の一冊】
hiyoko-170925.jpg
「CD付 作曲家ダイジェスト ラフマニノフ」 柴辻純子・堀内みさ著、学習研究社、2010年

このところラフマニノフの交響曲第2番をよく聞いています。初めてこの曲に触れたのは、ロンドン大学で修士課程に在籍していたときです。学年末試験と論文提出も終了し、長いようで短かった9か月間も終わりに差し掛かっていました。晴れ晴れとした気分で訪れたのがロンドン中心部オックスフォード・ストリート近くにあったCD店です。「やっと勉強が終わった。これで大手を振って音楽が聞ける!」と思った私は、そのCD店で品定めをしていたのでした。その時、BGMで流れていたのがこの曲です。

以来、ラフマニノフの2番は私にとって自分を励ましてくれるものとなっています。この旋律を耳にするたびに、苦しかったけれど充実していた留学時代を思い出すのです。原点回帰させてくれる、そんな音楽です。

CDのライナーノーツを見ると、ラフマニノフは20代前半で交響曲第1番を発表したものの、酷評されノイローゼになったそうです。その苦しみは数年間続きました。当時の彼を励ましたのが友人のオペラ歌手シャリアピンです。持ち前の明るい性格でラフマニノフを支え、また、イタリア旅行にも連れ出すなどした甲斐あって、また、催眠療法を受けたこともありラフマニノフは回復していったのでした。そして発表したのがあのピアノ協奏曲第2番です。

本書はラフマニノフの一生をわかりやすく解説したものとなっています。有名な曲にまつわるエピソードもふんだんに盛り込まれ、読み物としても大いに味わえます。若かりし頃チャイコフスキーの指導を受け、それを生涯励みにしていたこと、作家のチェーホフに「あなたは偉大な人になる」と声をかけられたことなども出ています。一方、ノイローゼの最中には友人らが良かれと思ってトルストイとの会合をセッティングしています。ところがトルストイの反応が悪く、かえって病状が悪化したことなどが綴られていました。

ラフマニノフが生きた20世紀初頭はロシア激動の時代でした。1904年には日露戦争が勃発。ロシアにとって思わしい戦況ではなく、ペテルブルクでは労働デモが発生します。そして1914年には第一次世界大戦となり、ラフマニノフは外国への演奏旅行も叶わなくなったのでした。やがて二月革命でロマノフ王朝は崩壊、十月革命ではラフマニノフの家が燃え落ち、1917年12月に一家はアメリカへ亡命します。そして69年に渡る生涯をニューヨークで閉じたのでした。

世界史に出てくる出来事も、こうして作曲家の観点からとらえると、また違って見えてきます。しかもラフマニノフの人生に日本の存在も少なからず影響していたのです。歴史は縦軸と横軸がつながっている。そんなことを感じた一冊でした。


第323回 学びに正解はない

中学2年の秋に日本へ帰国した私にとって、歴史の授業というのはなかなか難しいものでした。「徳川家康」がテーマだったのですが、私にしてみれば「トクガワ?Who?」という感じでしたね。日本の古代史から続けて学んでいなかったわけですので、突如現れた江戸時代にチンプンカンプンでした。

一方、イギリスの歴史授業では主にイギリス史を習いました。バイキングやサクソン人などを始め、「ばら戦争」「ヘンリー8世」などが出てきましたね。ただ、日本人の小学生である私には全体像がつかめず、こちらはこちらで苦労しました。

ちなみにイギリスの小中学校における学年末テストはオール筆記です。試験時間も長く、暗記では太刀打ちできませんでした。問題文も、たとえば「ヘンリー8世の6人の妻のうち一人を選び、イギリス史に与えた影響を考察せよ」といった論述問題です。しかも回答用の筆記用具は「万年筆」。これは教師が生徒の思考過程も見るためなのですね。私たち生徒はスペアインクのカートリッジやインク壺(懐かしい!)を机の上に用意して、せっせと記述したものでした。

私が編入したころの現地校では、日本人が私一人だけでした。よって子ども心ながら「自分の失敗イコール日本の恥」というプレッシャーがありました。試験で低得点をとることはあってはならないものだったのです。当時の日本は高度経済成長こそ経たものの、世界的なプレゼンスはまださほど高くない状況でした。「日本人=粗悪品を大量生産して売り込んでくる」「日本人=眼鏡姿にカメラをぶら下げて大声で観光している」という見方がそのころのイギリスにはあったのです。

そうしたステレオタイプを払拭するために、10歳の自分にできることは、せめて恥ずかしくない姿をクラスメートや先生に見せることでした。今にして思えば、もっと子どもらしく自由にのびのびと過ごしても良かったのでしょう。けれども、それを許してしまうことは自分への敗北であり、日本に対して申し訳ないという思いがありました。

とは言え、英語もおぼつかない状態で編入した私にとって、学年末試験にどう対処するかは大きな課題でした。事前に試験範囲や日程を告知されてはいますので、あとは試験勉強をするだけです。けれども英文すらろくに綴ることもできず、そもそも一般常識のストックも大してありません。母語で同一内容をある程度仕入れて頭の中に入れていれば、拙い英語で書くことはできるでしょう。けれども私にはそれ自体が欠如していたのです。

今でも忘れない、歴史試験の前日のこと。何もせぬままテストを翌日に控えた私が付け焼刃的にとった行動は、「児童向けイギリス史の本を通読すること」でした。学校配布の歴史教科書は字が細かくて英語も難しく、理解できていなかったのです。幸い家には父が買ってくれた幼児向け歴史本がありました。教科書よりもイラストが多く、活字も大きくて平易な文章です。それでも厚さは300ページぐらいありました。これを試験前日の私は読み始めたのでした。

もう後には引けない状態でしたので、自分の中でも必死さとあきらめが混在していたと思います。それでも私はその児童書の音読を、放課後から寝るまでただただおこないました。10歳児にしては、かなりの集中力だったと思います。

翌日のテストで自分がどのような点数をとれたかは記憶していないのですが、それでも試験中にさじを投げず、何とか苦し紛れに答案用紙に書き込んだことだけは覚えています。おそらく前日に「音読した内容」につじつまを合わせながら書き出していったのでしょう。

あの筆記試験のおかげで、「学びにおいて必要なこと」を私は得たように思います。具体的には「プレッシャーを自分に課すこと」です。今でこそ私は「楽しく勉強しましょう」と授業では述べていますが、それと同時に、プレッシャーは決して悪ではないとも考えます。自分へのプレッシャーは莫大な原動力にもなるからです。

そしてもう一つは「集中力」。自分が選んだ学習方法を信じて、あとは集中するしかないのですね。子ども時代、他の予習方法を思いつかなかった私にとって、児童書の音読は唯一の選択肢でした。それがかえって良かったのだと今は思います。

学びには色々な形があり、正解はありません。その時その時に応じて、ベストを尽くすことが大事なのでしょうね。


(2017年9月18日)

【今週の一冊】
hiyoko-170919.jpg
「3万冊の本を救ったアリーヤさんの大作戦―図書館員の本当のお話」 マーク・アラン・スタマティー作、徳永里砂訳、国書刊行会、2012年

8月ごろから「第二次世界大戦」をキーワードに色々と調べています。前回のこのコラムでも東京大空襲の本をご紹介しましたよね。その流れで先日、興味深いDVDを観ました。「疎開した40万冊の図書」というドキュメンタリーです。

このDVDは、第二次世界大戦中に日比谷図書館の本を戦禍から守るために疎開させたという話題です。すべての所蔵本を移すまでには至らなかったものの、日比谷高校の学徒動員の助けも仰ぎながら、あきる野市や埼玉県志木市に本を疎開させたのでした。

「本」というのは、こと戦争が起きれば守るべきプライオリティの最後の方に置かれかねません。命を守ることと食べることで人は精いっぱいになってしまうからです。けれども、本はその国の文明や文化を作り上げてきたものであり、美術品同様、人々の手で守らねばならないのだと私はこのDVDを観て強く思いました。

そのDVDの中で紹介されていたのが、イラクのバスラ中央図書館で司書を務める「アリーヤさん」という女性です。イラク戦争が起きていた2003年に、所蔵本を守ろうと奮闘した方です。アリーヤさんがいたからこそ、3万冊の本は守られたのでした。

本書は小さな子どもでも読めるよう絵本仕立てになっています。描いたのはニューヨーク在住の画家、スタマティーさんです。アリーヤさんの思いが生き生きと伝わってきます。私はCNNなどのニュースでバスラの戦況を訳したことがあります。しかし、映像の向こうには、アリーヤさんのように、非常に苦労をしながら自分たちの大切なものを守ろうとする市民がいるのですよね。そのことを忘れてはならないと思います。

世界に目を転じれば、イラクやシリア、アフガニスタンなど、まだ戦争が続いている国はたくさんあります。戦争の不気味な足音が感じられる出来事も起きています。私たち一人一人に何ができるのか、どう行動すべきか。この一冊から大きな課題を与えられたと私は感じています。



《 前 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 次 》


↑Page Top

プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者。獨協大学・順天堂大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。 「放送通訳者・柴原早苗のブログ」 http://sanaeshibahara.blog.
so-net.ne.jp/