INTERPRETATION

Vol.57 「必要なのはただ一つ:続けるという才能」

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

【プロフィール】

丸尾一平さん Ippei Maruo

小学校4年から中学校2年にかけて4年半をNYで過ごし、日本へ帰国後ICUHSへ入学。
大学卒業後に就職した会社にて、簡単な通訳を経験したことをきっかけに通訳学校へ通う。
その後会社員を辞め、様々な会社でインハウス経験を積んだ後に2006年よりフリーランスへ転身。
現在は通訳学校の講師も務めつつ、多くの業界にてご活躍中。

Q1、丸尾さん、今日は改めてゆっくりお話できる機会をいただき大変ありがとうございます。まず最初に、英語をどのようにして学んだのかを教えて下さい。

私は小学校4年生の夏から中学校2年生の終わりまで、父の仕事の都合でNYで過ごしました。英語は全く分からない状況で、現地の公立学校に通い始めました。学校の中に第二言語として英語を学ぶクラスがあり、そのクラスも受講して勉強しましたね。最初は大変でしたが、半年もすれば何とか学校生活を送れるぐらいの会話力が身に付きました。ちょうど海外で過ごした時期が、年齢的に英語を吸収するにはいい時期だったのだと思います。

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Q2、それではすぐにアメリカの生活に溶け込まれたのでしょうか?

はい、あまり苦労した記憶はありません。日本と違ってアメリカの学校では、クラスにネイティブじゃない生徒がいるという状況には慣れていますので、周りの理解もありすぐに溶け込めました。今でもはっきり覚えているのですが、アメリカでの最初の授業は、算数のクラスでした。小学生4年生で2ケタの足し算でした。日本の授業はもっと進んでいたので、「これは勝ったぞ!」と思いました(笑)満点だと思って提出した回答にすべて×がついていたので、先生に質問しました。日本は正解には○と印しますが、アメリカでは正解にチェックマークをつけますよね。それを×だと勘違いしてしまったのです。そんな文化の違いもたくさん実感しました。そして中学校3年生の時に日本に帰国したのですが、帰国子女を受け入れており、英語教育の充実した高校に入学したのも、英語を忘れなかった理由の一つです。

Q3、最初にどのようなお仕事に就かれたのでしょうか?

日本の大学を卒業した後は、ある合弁会社に就職しました。2年ほど営業職を経験し、英語を使う部署に配属されました。その部署には外部の会議通訳者や、社内通訳者の方々もいらっしゃいました。時々通訳者が手配出来ない時に、頼まれて簡単なミーティングの通訳をしましたが、その経験がとても楽しく、通訳学校に通うことにしました。実際に仕事をしながら、1年間ぐらい通訳学校に通いました。

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Q4、実際に勉強を始めてみて、通訳に対する印象は変わりましたでしょうか?

そうですね。勉強を通して、今までの自己流の通訳ではきちんと逐次通訳が出来ていなかったことがよくわかりました。社内通訳はある程度内容が分かっているので、何とか訳すことが出来ましたが、授業では、最初は知らない分野が出てくると途端に訳せなくなりました。いかに自分が人の話をちゃんと聞いていなかったのかを思い知らされましたね。違う世界の高度な考え方、アカデミックな内容をきちん理解して聞きとるのは本当に難しいと思います。ただ自分の力不足に気付くと同時に、通訳という仕事の面白さも実感しました。昼間は仕事をしながら夜の通訳クラスに通って勉強する日々が続きました。当時自分は会社組織の中に長く働くのは向いていないという思いもあり、好きな語学を活かして行きたいとう気持ちも日々強くなり、思い切って会社を辞めて通訳者を目指す決断をしました。周りには「まだ会社を辞めて通訳者を目指すには早い」と反対されましたが、何とかなると思い、後先のことも考えずに6年間のサラリーマン生活に終止符を打ちました。

Q5、その後通訳者としてのキャリアを積まれることになるのですが、お仕事は順調でしたでしょうか?

大変ありがたいことに、仕事はずっと最初から途切れることなく順調にいただくことができました。最初の1年間は通訳学校からOJTや友人からの紹介でいろんな仕事を受け、またこれも駆け出しの頃ですが、大手製鉄会社のプロジェクトで8ヶ月間インドに通訳者として行きました。体調管理にはかなり気を付けていたのですが、やはり腹は下しましたね(笑)。今では忘れられない経験です。その後、システム、IT関係、外資の保険、金融、電気通信などの長期企業内通訳で経験を積みました。最初から、将来はフリーランスの会議通訳者になるという目標がありましたので、ひとつの会社に留まるのではなく、通訳者として必要なレベルの知識を吸収したら、意識的に職場を変え、次の分野に挑戦するようにしました。

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Q6、企業内通訳者からフリーランスになるタイミングはどうしたらいいか、よく聞かれるのですが、丸尾さんはどう思われますか?

私は2006年からフリーランスに転向し、現在6年目です。確かにタイミングは難しいですね。私の場合は、企業内通訳者としては充分経験は積んだなという実感がありました。また通訳学校も卒業していましたし、外部の通訳者の方々とご一緒する機会もあり、まだまだ力不足ではありますが、フリーランスの方と何とか張り合っていけるだろうという手応えもありました。

フリーになるタイミングは人それぞれだと思いますが、まず逐次通訳がきちんと出来るということ、ウィスパリングや同時通訳も何とかこなせる。そして後は自信を持てる専門分野・業界が1つ、2つあるといいと思います。

私の場合は、ちょうどフリーランスになった時は通訳業界としては比較的景気がよく、そういう意味ではタイミングがよかったです。某銀行の大掛かりなシステム実装のプロジェクトの通訳にアサインされたので、最初から順調に仕事は入ってきました。

Q7、丸尾さんは一日何時間ぐらい勉強されていましたか?何かこれをやって力がついたという練習法はありますか?

勉強については、私を叩いても何も出てきませんよ(笑)。特に一日何時間と決めずに、出来る時にやるというスタンスです。特定のメソッドで力がついたという記憶はないのですが、学校に通っている時は、与えられた課題をこなすこと、復習をできるだけしっかりとやることを心がけました。伸び悩むこともありました。逐次のリテンションについては竹藪を飛び越える忍者のようにある長さで訳せるようになったら、少しだけリテンションの長さを伸ばす、というやり方を繰り返して鍛えました。それと、シャドウイングは集中して行うとかなり効果的だと思います。あとリプロダクションもよくやりました。またジャパンタイムズを読んで、分からない単語は単語帳を作って覚えました。

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Q8、単語帳は何か工夫されていますか?

昔はエクセルでまとめていましたが、今は時系列で一冊のノートに手書きで書いています。本当はそれをエクセルにまとめ直したいのですが、今は仕事が忙しくその時間がありません。ノートの表紙には日付を書いておき、時間のある時に読みなおしています。単語は手で書いたほうが頭に残りますね。検索は出来ませが、実際の通訳現場でも、パソコンで検索している余裕はほとんどありません。重要なのは単語を頭の中に叩き込むことです。

Q9、メモ取りに苦労している人が多いかと思いますが、 何かアドバイスはありますでしょうか?

ノートテイキングのことを語り出すと、それだけで3時間語れます。(笑)確かに逐次の場合は全部記憶に頼るというのは難しいので、メモ取りは重要です。またメモの取り方は確固たるメソッドがある訳ではなく、通訳者によって違いますが、いつくか基本的なことがあります。

①メモは縦に取る!

ほとんどの通訳者がメモ用紙に縦線を一本あるいは数本引っ張って、縦にメモを取っていきます。後で読む時に目で追いかけるのに楽だからです。

②キーワードをメモする!

話の内容や情報をすべてメモに取るのは不可能です。メモを取るのは「キーワード」のみです。メモを取るのに集中して次の話が頭に入ってこなかったなどと言うことがないようにしてください。

③数字は必ずメモをとる、そして単位まで取ること!

③数字は必ずメモをとる、そして単位まで取ること!

数字については必ず全てメモにとっておくようにします。そして、円なのかドルなのか、人数なのか年数なのか、単位まで取ることが重要です。また簡単な数字、ひと桁の数字も記憶に頼るのではなく、メモを取るようにします。

④訳し終わった内容は縦線で消す。

訳し終わったら次の話がスタートする前に縦線で消します。極限の状態で通訳をしていると、どこまで訳し終わったのかがすぐに分からなくなります。それを防ぐためです。

⑤センテンスの終わりは横線で区切る

文章の区切りごとに横線を引っ張って区切ることによって、どこからどこまでがワンセンテンスになるのかを把握することができます。

⑥知らない単語はメモを取る。

知らない単語が出てきた時は、どんな発音の単語だったか、音だけはメモっておかないと、知らない単語だけに、すぐに忘れてしまいますのでメモを取っておきましょう。

⑦記号を活用しよう!

頻度に出てくる言葉などは、「記号」を決めて活用すると効果的です。シンプルな記号であれば、言葉を書き取るよりも簡単に素早くメモをとることが出来ます。

⑧どちらの言語でメモを取るのか?

ターゲット言語でメモを取ると決めている人もいますし、ソース言語で取ると決めている人もいますが、私は特に決めていませんが、基本的には本能的に画数が少ないと判断した言語で取るようにしています。どちらにしてもメモの中のキーワードから頭の中のストーリーを取りだすようにしています。

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詳しくは私のブログにも書いてありますので、お時間のある方はこちらも是非ご覧下さい。私は通訳学校の講師もしていますが、生徒にはメモには頼りすぎず、あくまでもリテンションの呼び水として活用するように指導しています。またメモ取り上達のコツとしては、日頃から通訳以外のシーンでもメモを手書きで書く習慣を身につけるといいと思います。

Q10、通訳者としてのやりがいを感じるのはどんな時でしょうか?

月末に送られてくる支払明細書の額を見た時です(笑)私達の年収はクライアントから信頼していただいているその証だと思っています。またリクエストやご指名をいただいた時にやりがいを感じます。初めてのクライアントさまからのお仕事の時は指名をとるためにも普段以上に万全に準備して望みますね(笑)そして通訳をしている間も、お客様の表情をよく見るようにしています。自分のパフォーマンスにお客様が納得していらっしゃるかどうか、表情を見ているとすぐに分かってきます。

Q11、将来はどんな通訳者を目指していらっしゃいますか?

イケメンカリスマ通訳者を目指しています(笑)通訳者としては今の延長線上を目指しています。耳が遠くなるまで続けたいですね。後は教える仕事も続けて行きたいと思っています。将来的には通訳技術だけを教えるのではなく、通訳者としての技術と経験を活かし、効果的なコミュニケーションのあり方などを伝えていきたいと思っています。

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Q12、最後に、通訳者を目指している人達に一言メッセージをお願いします。

通訳という仕事は、スポーツや芸術の世界とは違って、本当に才能を持った一握りの人しか食べていけないという世界ではありません。全く才能が関係ないとは言いませんが、それは通訳以外のほとんどすべての仕事についても言えることですよね。通訳は普通の人間が普通に努力すればできる仕事だと思います。ひとつだけ才能が必要だとすれば、それは続ける才能なのではないでしょうか?通訳者になるのは狭き門だとも言われていますが必ずしもそうではありません。実際は、通訳学校を1期、2期だけで辞めてしまう人も多くそういう人が見かけ上の倍率を高めているだけの話だと思います。もちろん辞めるのは悪いことではありませんし、いろんな仕事を探す上でのひとつのステップなのでしょう。ただし、通訳者になるのであれば、通訳者に向いているか向いていないか自分で決めてしまう前に、ある程度継続するという覚悟は必要です。きちんと続けている人は、すべからく、最後には通訳者としてデビューできるだけの実力を身に付けています。現在教えている生徒さんの中から、近い将来お仕事でパートナーとして組めるような人が出て来ると思いますが、それが今からとても楽しみです。

編集後記:

終始笑いの絶えないインタビューでした。プライベートでは現在2歳半と5ヶ月のお子さんがいらっしゃいます。育児や家事には積極的に参加されているそうです。現在のお悩みは体調管理や集中力を高めるためにも、平均6時間睡眠を確保したいけど、難しいとおっしゃっていました。お話をしていて、お仕事もプライベートも大変充実されているのが伝わってきました。是非これからもイケメン通訳者として頑張ってください!

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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